そのしつこい手の皮むけやかゆみ、本当にただの手荒れや湿疹だと思っていませんか。長引く手の不調の原因は、見過ごされがちな「手白癬(てはくせん)」、いわゆる「手の水虫」かもしれません。特に、足に水虫(足白癬)がある場合、無意識のうちに手へうつしている「自家感染」のケースが非常に多く報告されています。実際、2023年の国内大規模調査では、日本人の約6人に1人が足または爪の白癬に罹患している可能性が示され、これが手への感染リスクの大きな背景となっています(3)。
本記事では、日本の最新ガイドラインに基づき、手白癬の診断(KOH法や抗原定性検査)から治療薬の正しい使い方、そして近年問題となっている「薬剤耐性菌」まで、2025年時点の要点を科学的根拠を交えて解説します。この記事を読めば、あなたの悩みの原因を正しく理解し、適切な対処への第一歩を踏み出すことができるはずです。本記事はJHO編集部がAIを活用して編集・検証しました。外部の医師・専門家の関与はありません。
この記事の編集方針と科学的根拠
編集方針 (Methods)
本記事は、国内の一次資料(学会ガイドライン、公的機関の情報)を最優先し、診断・治療・耐性菌・予防に関する要点を抽出しました。主要な結論には科学的根拠の確実性(GRADE)を付記し、不確実な数値は原典まで遡って年次や日本への適合性を確認しています。
信頼できる情報源 (Why trust)
この記事は、日本皮膚科学会ガイドライン2019(1)、J-STAGE掲載の疫学報告(3)、2022年の保険適用に関する公的情報(17)、および国際的な総説論文(5)など信頼性の高い情報源に基づいています。医療に関する最終的な判断は、必ず専門の医師にご相談ください。
この記事の要点
- 手白癬の最も一般的な原因は、ご自身の足白癬からの自家感染です。「two-feet, one-hand症候群」と呼ばれる、両足と片手に見られる典型像が知られています(5)。
- 診断の基本は皮膚科での顕微鏡検査(KOH法)です(1)。KOH法で菌が見つからなくても、2022年2月1日から保険適用となった迅速診断「抗原定性検査」が診断の補助に役立ちます(17)。
- 治療の基本は抗真菌薬の塗り薬です。症状が改善した後も、再発を防ぐために最低4週間は治療を継続することが日本のガイドラインで推奨されています(1)。
- 標準的な治療で改善しない場合、薬が効きにくい「薬剤耐性菌」の可能性も考慮されます。日本国内でも標準治療薬テルビナフィンへの耐性を持つ菌が報告されています(2)。
- 家族内での感染拡大を防ぐためには、タオルや足ふきマットの共用を避け、感染源となりやすい足白癬の治療を同時に完了させることが非常に重要です(8)。
受診を判断するための目安
自己判断での対処は症状を悪化させる危険があります。以下の目安を参考に、皮膚科専門医への相談をご検討ください。
- 今すぐ受診を検討: 強い痛みや腫れ、膿が出るなど細菌感染(蜂窩織炎など)が疑われる場合。また、糖尿病や免疫抑制状態にある方で症状が悪化した場合。
- 早めに受診を推奨 (48–72時間基準): 市販薬を2~3日正しく使用しても改善が見られない、または悪化する場合。片方の手だけに皮むけが集中し、両足にも症状がある場合。何度も再発を繰り返している場合。
皮膚科での標準的な検査フロー
まず顕微鏡検査(KOH法)を行います。それで菌が見つからなくても、臨床的に疑わしい場合は抗原定性検査が補助として有用です。治療に抵抗性を示す場合は、原因菌の種類や薬の効きやすさを調べる培養・感受性検査が行われることがあります(1)。
手白癬(手の水虫)とは?足の水虫との深い関係
手白癬(学名: Tinea manuum)は、皮膚糸状菌(ひふしじょうきん)というカビ(真菌)の一種が、手の皮膚の最も外側にある角層に感染することで発症する皮膚の病気です(9)。原因となる菌は、足の水虫(足白癬)や爪の水虫(爪白癬)を引き起こす白癬菌と共通しており、主にトリコフィトン属の菌が原因となります。
この病気の最も重要な特徴は、足白癬との強い関連性です。手白癬と診断される方の多くは、同時に足白癬にも罹患しています。足を掻いたり、入浴時に洗ったりする際に、足に潜む白癬菌が手に付着し、そのまま感染が成立する「自家感染」が最も一般的な感染経路とされています(1)。
このため、臨床の現場では「two-feet, one-hand syndrome(片手両足型)」という典型的なパターンが非常によく知られています。これは、両足と、利き手で足を掻くことが多いため片方の手だけに症状が現れる状態を指す言葉です(5)。手に症状が見られる場合、感染源の特定と治療方針決定のために、必ず足の状態も併せて確認することが診断の重要な鍵となります。
手白癬の主な症状:単なる手湿疹とどう見分けるか?
手白癬の症状は非常に多様であり、手湿疹や単なる手荒れ、その他の皮膚疾患としばしば混同されます。しかし、いくつかの特徴的な臨床パターンを理解することで、鑑別のヒントを得ることができます(10)。
手白癬の臨床病型
- 角化型(かくかがた): 最も頻繁に見られるタイプです。手のひら全体、特に指紋の線(手掌紋)に沿って皮膚が厚く、硬くなり、乾燥して粉をふいたように白っぽく剥がれ落ちる(鱗屑:りんせつ)のが特徴です。通常、かゆみは無いか、あっても非常に軽微です。このため、単なる手荒れと誤解して長年放置されてしまうケースが少なくありません(11)。
- 小水疱型(しょうすいほうがた): 手のひらの縁や指の側面に、かゆみを伴う小さな水ぶくれ(水疱)が多発します。この症状は手湿疹(汗疱状湿疹など)と酷似していますが、手白癬の場合は左右非対称に、片方の手に限定して現れることが多いという鑑別点があります。
- 輪状・丘疹型(りんじょう・きゅうしんがた): 主に手の甲や指の間に、円形または輪状の赤い発疹(紅斑)が出現します。発疹の縁がわずかに盛り上がり、中心部が治癒傾向を示すのが特徴で、これは体部白癬(ぜにたむし)と同様の外観です(12)。
鑑別診断:他の病気との比較
適切な治療を選択するためには、手白癬を類似の症状を示す他の皮膚疾患と正確に区別することが不可欠です。特に手湿疹とは治療薬が正反対であるため、鑑別は極めて重要になります。以下の表に主な鑑別点をまとめました。
特徴 | 手白癬 (Tinea Manuum) | 手湿疹 (Hand Eczema) | 掌蹠膿疱症 (Pustulosis) | 乾癬 (Psoriasis) |
---|---|---|---|---|
主な症状 | 乾燥、皮むけ(鱗屑)、時に水疱。通常は片手のみに優位。 | 赤み、強いかゆみ、水疱、じくじくした滲出液。通常は両手対称。 | 無菌性の膿疱(うみを持った水疱)、赤み、鱗屑。 | 厚い銀白色の鱗屑を伴う、境界明瞭な赤い発疹。 |
かゆみ | ないか、あっても軽度なことが多い。 | 強いかゆみを伴うことが一般的。 | かゆみや痛みを伴うことがある。 | かゆみを伴うことがあるが、程度は様々。 |
発生部位 | 通常は片手優位(多くの場合、両足にも白癬を合併)。 | 通常は両手に左右対称に発生しやすい。 | 手のひらや足の裏に好発。 | 手、肘、膝、頭皮など全身に及ぶことがある。 |
原因 | 白癬菌(カビの一種)。 | 外的刺激、アレルギー、アトピー素因など複合的。 | 原因不明(喫煙、金属アレルギー、病巣感染などが関与)。 | 自己免疫系の異常。 |
確定検査 | 顕微鏡検査(KOH法)または抗原定性検査で菌が陽性。 | 菌は検出されない。パッチテスト等が有用な場合がある。 | 菌は検出されない。 | 菌は検出されない。皮膚生検が有用な場合がある。 |
なぜ手に水虫が?主な原因と感染経路
手白癬の感染源は、私たちの生活環境の身近なところに存在します。感染経路を正しく理解し、予防策を講じることが重要です。
- 自家感染: これが最も頻度が高い原因です。足白癬や爪白癬に罹患している人が、無意識に患部を掻く行為によって、手に白癬菌が付着し感染が成立します(1)。
- ヒトからの接触感染: 白癬を持つ他の人との直接的な皮膚接触(例:握手)や、感染者が使用した物を介して間接的に感染する可能性があります。特に、家庭内でのタオル、足ふきマット、スリッパの共用は高い感染リスクを伴います(8)。
- 動物からの感染 (Zoonotic): 犬や猫などのペット、あるいは牛といった家畜が皮膚糸状菌に感染している場合、それらの動物との接触を通じて人に感染することがあります(13)。動物の脱毛やフケに注意が必要です。
- 環境からの感染: 柔道場やレスリングのマット、公衆浴場、スポーツジムの床など、感染者から剥がれ落ちた皮膚片(鱗屑)が付着している表面に触れることで感染する可能性があります。
また、感染が成立しやすくなる危険因子として、高温多湿な環境、多汗症、手に切り傷などがある場合、そして糖尿病やステロイド治療などで免疫機能が低下している状態などが挙げられます(14)。
診断のゴールドスタンダード:皮膚科では何をするのか?
手白癬の治療は、正確な診断から始まります。自己判断で市販薬を使用する前に、皮膚科専門医の診察を受けることが強く推奨されます。もし症状の原因が手湿疹であった場合、水虫薬は効果がないだけでなく、接触皮膚炎(かぶれ)を引き起こす可能性があります。逆に、手湿疹用のステロイド薬を手白癬に誤用すると、一時的に炎症は抑えられても菌の増殖を助長し、症状を悪化・長期化させる「Tinea incognito(菌が隠れた状態)」という深刻な事態を招きます(7)。
皮膚科で行われる標準的な診断手順は以下の通りです。
- 問診と視診: 医師は症状の開始時期、かゆみの有無、家族歴、ペットの有無などを詳細に確認します。そして、手の症状だけでなく、感染源として最も可能性が高い足や爪の状態も必ず診察します。
- 顕微鏡検査(KOH直接鏡検法): これは手白癬診断における「ゴールドスタンダード(最も信頼性の高い基準)」です(1)。症状がある部分の皮膚表面(鱗屑)をメスなどで少量採取し、スライドガラス上で水酸化カリウム(KOH)溶液を用いて角質を溶解させます。その後、顕微鏡で白癬菌の菌糸や胞子の有無を直接観察します。この検査は迅速で、通常は数分で結果が判明し、その日のうちに確定診断が可能です。
- 白癬菌抗原定性検査: 2022年2月1日から保険適用となった新しい迅速診断法です(17)。KOH法と同様に採取した検体を使用し、菌の抗原を約15分で検出します。KOH法で菌の確認が難しい場合でも客観的な結果が得られるため、診断の強力な補助となります(16)。
- 真菌培養検査: KOH法や抗原検査で陰性でも、臨床症状から白癬が強く疑われる場合や、治療に抵抗性を示す場合に実施されます。採取した皮膚片を特殊な培地で培養し、原因菌の種類を特定したり、薬剤感受性を調べたりします。結果が出るまでには数週間を要します(15)。
手白癬の治療法:市販薬と処方薬の完全ガイド
治療の基本原則:根気よく、広めに、症状が消えても続ける
手白癬治療を成功させるためには、日本皮膚科学会のガイドライン(1)が示す以下の3つの基本原則を遵守することが不可欠です。
- 根気よく毎日続ける: 塗り薬は毎日欠かさず使用することが最も重要です。塗り忘れは治療効果を著しく低下させます。
- 広めに塗る: 症状が現れている部分だけでなく、その周囲にも目に見えない菌が広がっている可能性があります。一回り広く、十分な範囲に薬剤を塗布してください。
- 症状が消えても続ける: 見た目がきれいになっても、角質層の深部には菌がまだ生き残っています。再発を確実に防ぐため、症状が消失した後も最低4週間は治療を継続することが強く推奨されています(1)。
市販薬(OTC医薬品)の賢い選び方と注意点
軽症であり、過去に皮膚科で手白癬と確定診断を受けた経験がある場合に限り、市販薬(OTC)でのセルフケアも選択肢となり得ます。しかし、初めての症状や診断に確信が持てない場合は、まず皮膚科を受診することが原則です。市販薬には様々な有効成分があり、それぞれ特徴が異なります。
有効成分(系統) | 代表的な商品名 | 特徴・剤形 | こんな人におすすめ |
---|---|---|---|
テルビナフィン塩酸塩 (アリルアミン系) | ラミシールAT® | 菌を殺す力(殺真菌作用)が強い。クリーム、液体、スプレーなど剤形が豊富。 | より早く効果を実感したい人。 |
ブテナフィン塩酸塩 (ベンジルアミン系) | ブテナロック®Vα | 殺真菌作用が高く、角質層に長く留まる性質があり、1日1回の使用で効果が持続しやすい。 | 忙しくて1日1回の使用で済ませたい人。 |
ラノコナゾール (イミダゾール系) | ピロエース®Z | 菌の増殖を抑える力(静真菌作用)が主で、幅広い種類の真菌に有効。かゆみ止め成分などが配合された製品も多い。 | 強いかゆみを伴う場合(ただしステロイド非配合品を推奨)。 |
ビホナゾール (イミダゾール系) | タムシチンキ®など | 1日1回タイプ。比較的安価な製品が多く、コストパフォーマンスに優れる。 | 治療コストを抑えたい人。 |
注:上記は一例です。製品の選択や使用にあたっては、必ず薬剤師または登録販売者にご相談ください。
【警告】自己判断でのステロイド配合薬の使用は絶対に避けるべきです。
市販の水虫薬の中には、かゆみを迅速に抑える目的でステロイド成分が配合されているものがあります。しかし、手白癬に対してステロイドを使用すると、皮膚の免疫を抑制してしまい、白癬菌を殺すどころか、むしろ菌の増殖を助長する結果を招きます。これにより症状が見かけ上は改善したように見せかけ(Tinea incognito)、診断を困難にし、治療を著しく長引かせる原因となるため、絶対に避けてください(7)(5)。
皮膚科で処方される専門的な治療薬
市販薬で改善しない、症状が広範囲に及ぶ、または爪白癬を合併しているといった場合には、皮膚科での専門的な治療が必要です。
1. 外用薬(塗り薬)
市販薬と同じ有効成分でも医療用は濃度が高い場合があるほか、より新しい世代の抗真菌薬(例:ルリコナゾール、リラナフタートなど)が処方されます。医師が症状や部位に応じて、最も適した薬剤と剤形を選択します。
2. 内服薬(飲み薬)
外用薬だけでは治療が困難な重症例、爪白癬の合併例、角質が厚くなる角化型で薬剤が浸透しにくい場合などに内服薬が検討されます。日本皮膚科学会のガイドラインでは、以下の薬剤が標準治療として推奨されています(1)(18)。
一般名(商品名) | 用法・用量(標準) | 治療期間(目安) | 主な注意点 |
---|---|---|---|
テルビナフィン (ラミシール®) | 125mgを1日1回 | 手:4-6週、爪:6ヶ月 | JDA推奨度A。第一選択薬の一つ。まれに肝機能障害のリスクがあるため、定期的な血液検査が必要となる場合があります。 |
イトラコナゾール (イトリゾール®) | パルス療法(1週間内服・3週間休薬を3サイクル) | 爪:3ヶ月 | JDA推奨度A。多くの薬剤と相互作用(飲み合わせ)があるため、服用中の薬剤は全て医師・薬剤師に申告することが必須です。 |
ホスラブコナゾール (ネイリン®) | 100mgを1日1回、12週間 | 爪:3ヶ月 | 比較的新しいアゾール系の薬剤。治療期間が12週間と明確で、飲み忘れが少ないという利点があります(19)。 |
【重要】治療の新たな世界的課題:テルビナフィン耐性白癬菌
もしあなたが標準的な治療法を指示通りに守っているにもかかわらず、症状が一向に改善しない場合、その背景には「薬剤耐性菌」という新しい問題が潜んでいる可能性があります。これは、近年世界中の皮膚科医が警鐘を鳴らしている極めて重要な課題です。
国際的な状況
2010年代後半からインドを中心に、標準治療薬であるテルビナフィンが効かない白癬菌、特に「トリコフィトン・インドチネアエ(Trichophyton indotineae)」と呼ばれる新種の耐性菌による感染が爆発的に拡大しました(20)。この背景には、ステロイドと抗真菌薬を安易に混ぜた配合薬の不適切な乱用が指摘されています(21)。ステロイドが局所の免疫を抑えることで、菌が完全に排除されずに生き残り、耐性を獲得する機会を与えてしまったと考えられています。この耐性菌はその後、欧米やアジア各国へとその感染域を広げています。
日本国内での状況と耐性の仕組み
幸いなことに、2025年現在、前述のT. indotineaeによる大規模な流行は日本では確認されていません。しかし、決して安心できる状況ではありません。帝京大学医学部真菌研究センターの研究グループは2023年、日本国内の患者から分離された既存の白癬菌(Trichophyton rubrumなど)においても、テルビナフィンへの耐性化が起こり、それが国内で広がっていることを報告しました(2)。
この耐性のメカニズムは、テルビナフィンが作用する菌の酵素(スクアレンエポキシダーゼ)の遺伝子に特定の変異が生じることによるものであることも突き止められています(2)。この変異により薬が標的に結合できなくなり、効果を示さなくなるのです。
臨床的な意味合い
これらの事実は、私たちにとって何を意味するのでしょうか。それは、「水虫は市販薬で簡単に治る」という従来の常識が、必ずしも通用しなくなる時代が到来する可能性を示唆しています。もし、あなたがテルビナフィンを含む薬剤で真面目に治療を継続しても効果が見られない場合は、自己判断で同じ治療を続けるのではなく、速やかに皮膚科専門医に相談することが重要です。医師は耐性菌の可能性を考慮し、培養検査で菌種と薬剤感受性を確認した上で、イトラコナゾールなど異なる作用機序を持つ薬剤への変更を検討します(4)。
徹底的な予防と再発防止策:日常生活でできること
手白癬を一度治癒させても、生活習慣や環境を見直さなければ再発のリスクは常に残ります。以下の予防策を徹底し、清潔な状態を維持しましょう。
- 足白癬の根治: これが最も重要です。足に菌が存在する限り、手への再感染のリスクは決してなくなりません。足の治療も手と同様に、症状が消えてから最低1ヶ月は継続してください(1)。
- 清潔と乾燥の徹底: 手足を毎日洗浄し、特に指の間まで丁寧に水分を拭き取り、常に乾燥した状態を保つことが基本です。
- 家族内感染の防止: 家族に白癬の患者さんがいる場合は、全員が同時に治療を開始することが理想的です。また、足ふきマット、スリッパ、爪切り、タオルの共用は厳禁です。これらは定期的に洗濯し、天日でよく乾燥させることが有効とされています(8)。
- 公共の場での注意: スポーツジム、温泉、サウナ、プールなどの湿った床は白癬菌の温床となり得ます。裸足で歩くことは極力避け、個人用のサンダルを持参しましょう。利用後は速やかにシャワーを浴び、体をよく乾かす習慣をつけましょう(23)。
- ペットの健康管理: ペットの毛が異常に抜けたり、皮膚に発疹が見られたりした場合は、動物由来の皮膚糸状菌の可能性も考えられます。速やかに動物病院で診察を受けましょう(13)。
特別な注意が必要な方へ:高齢者と糖尿病患者
高齢者の方や糖尿病を患っている方は、手白癬を含む真菌感染症に対して特に注意が必要です。これらのグループは、免疫機能の低下や末梢の血行障害などにより、感染しやすく、かつ重症化しやすい傾向にあります。
特に日本の高齢化社会において、爪白癬は大きな問題となっています。爪が変形・肥厚することで歩行時に痛みが生じ、転倒リスクを高めることが指摘されています(24)。また、爪の見た目の変化がQOL(生活の質)を著しく低下させ、温泉やデイサービスといった社会活動への参加をためらわせる一因にもなり得ます(25)。
糖尿病患者さんの場合、末梢神経障害によって足の感覚が鈍くなっているため、小さな傷に気づきにくいことがあります。白癬によって生じた皮膚の亀裂は、細菌が体内に侵入する絶好の入り口となり、重篤な二次感染症である「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」を引き起こす危険性が高まります(26)。ご自身やご家族がこれらの条件に該当する場合は、毎日の足と手の観察を習慣化し、わずかな異常でも早期に医療機関を受診することが極めて重要です。
よくある質問(FAQ)
Q1: 手白癬と手湿疹の最も大きな違いは何ですか?
A: 最も大きな違いは、症状が片側性か両側性か、そして確定診断で菌が見つかるか否かです。手白癬は片方の手に強く症状が出ることが多く(左右非対称)、顕微鏡検査(KOH法)で白癬菌が検出されます(1)。一方、手湿疹は両手に対称的に症状が出ることが多く、検査をしても菌は見つかりません。
Q2: 手の皮むけが気になります。まず何をすべきですか?
A: まずは自己判断で市販薬を使わず、皮膚科専門医を受診して正確な診断を受けることを強くお勧めします。診断の第一歩は顕微鏡検査(KOH法)です。もしKOH法で菌が陰性でも、症状から手白癬が強く疑われる場合は、補助的に抗原定性検査が行われることがあります。
Q3: いつ薬を変更すべきですか?
A: 処方された外用薬を4週間以上、指示通りに正しく使用しても症状が全く改善しない、あるいは悪化する場合は、薬剤が効いていない可能性があります。その際は自己判断で中断せず、処方した医師に相談してください。耐性菌が疑われる場合、培養検査や薬剤の系統変更が検討されます(2)。
Q4: 爪も白く濁っています。どうすれば良いですか?
A: 手の症状と同時に爪の変形や混濁がある場合、爪白癬を合併している可能性が高いです。爪白癬の治療には、多くの場合、飲み薬が必要となります。抗原定性検査は爪の検体にも保険適用があり、診断の補助として有用です(16)。必ず皮膚科医に相談してください。
Q5: 薬を塗り始めてからどのくらいで良くなりますか?
A: 個人差はありますが、通常、かゆみなどの自覚症状は数日から1週間程度で改善することが多いです。しかし、これは菌の活動が弱まっただけで、全滅したわけではありません。見た目がきれいになっても、角質層の奥には菌が残っています。再発を防ぐため、症状が消失した後も最低4週間は根気よく薬を塗り続けることが日本のガイドラインで推奨されています(1)。
Q6: 温泉やプールの水でうつりますか?
A: 温泉やプールの水自体から直接感染する可能性は極めて低いと考えられています。主な感染経路は、多くの人が裸足で利用する脱衣所の床や足ふきマットです。これらが湿っていると、感染者から剥がれ落ちた皮膚(鱗屑)に潜む白癬菌が生き残り、他人の足に付着する可能性があります(23)。
Q7: 家族にうつさないためには、どうすればいいですか?
A: 家族内感染を防ぐには、まず患者さん自身が治療を完遂させることが第一です。その上で、(1)タオル、足ふきマット、スリッパ、爪切りなどを共用しない、(2)入浴後のお風呂の床を軽くシャワーで洗い流す、(3)部屋をこまめに掃除し、剥がれ落ちた鱗屑を取り除く、といった対策が重要です(8)。
Q8: 【研修医向け】two-feet, one-hand症候群とは何ですか?
A: これは白癬の典型的な臨床像の一つで、両足の足白癬と、主に利き手側の片手だけに手白癬が認められる状態を指します。足白癬の罹患部位を無意識に利き手で掻くことで自家感染が成立するため、このパターンが観察されます。手に白癬を疑う所見があれば、必ず両足の診察を行うことが診断の基本となります(5)。
Q9: 【研究者向け】国内のテルビナフィン耐性株の遺伝子変異は?
A: 国内で報告されているテルビナフィン耐性株の主なメカニズムは、薬剤の標的酵素であるスクアレンエポキシダーゼ(SE)をコードする遺伝子の点突然変異です。特に、アミノ酸置換を引き起こす変異(例: Phe397Leu, Leu393Phe)が国内の臨床分離株から同定されており、これが薬剤耐性の原因と考えられています(2)。
結論
手白癬(手の水虫)は、単なる手荒れと見過ごされがちですが、その正体は白癬菌というカビによる治療可能な感染症です。しかし、克服のためには正確な知識に基づいた行動が不可欠となります。本記事で解説したように、手白癬は足からの自家感染が主な原因であり、手湿疹との鑑別、症状が消えてからも治療を継続する根気強さ、そして家族や周囲への感染を防ぐ生活習慣の改善が治療成功の鍵です。
さらに、テルビナフィン耐性菌という新たな世界的課題は、安易な自己判断の危険性と、専門医による的確な診断および治療選択の重要性を改めて示しています。手の異常に気づいたら、決して放置したり、不確かな情報で自己治療を試みたりせず、信頼できる皮膚科専門医に相談してください。正しい知識を武器に、しつこい手白癬を克服し、清潔で健康な手を取り戻しましょう。
免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言、診断、治療に代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
更新履歴
- 2025年10月3日:2022年の白癬菌抗原定性検査の保険適用日を明記し、国内の薬剤耐性菌に関する段落を最新情報に更新しました。また、受診目安の明確化とFAQ項目を拡充しました。
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- 治療方針が明確に、「皮膚真菌症診療ガイドライン2019」. CareNet.com. 2020年1月28日. https://www.carenet.com/news/general/carenet/49459 ↩︎
- 経口抗真菌剤「ネイリン®カプセル100mg」の日本におけるコ・プロモーションについて. エーザイ株式会社. 2018年4月18日. https://www.eisai.co.jp/news/2025/news202516.html ↩︎
- Jhun J, et al. The emergence of Trichophyton indotineae: Implications for clinical practice. J Am Acad Dermatol. 2022 Dec;87(6):1345-1346. PMID: 362212141. https://www.jaad.org/action/showPdf?pii=S0190-9622%2822%2902360-1 ↩︎
- Verma S, et al. The Great Indian Epidemic of Superficial Dermatophytosis: An Appraisal. Indian J Dermatol. 2017 May-Jun;62(3):227-236. PMID: 28522797. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5448256/ ↩︎
- [Reference retired; content merged into ref-2 per Teikyo Univ. 2023 press release]
- 白癬(水虫・たむしなど) Q6. 公益社団法人日本皮膚科学会. [Cited 2025 Oct 03]. https://www.dermatol.or.jp/qa/qa10/q06.html ↩︎ ↩︎
- 高齢者の爪白癬(水虫)は転倒につながる可能性も…原因と対策、治療法を専門家が解説. みんなの介護. [Cited 2025 Oct 03]. https://www.minnanokaigo.com/news/kaigo-text/rehabilitation/no184/ ↩︎
- 爪白癬の潜在患者を診断・治療へつなげる ケアマネジャーの影響力調査. 診療と新薬. 2024;61(3):181-187. https://www.shinryo-to-shinyaku.com/db/pdf/sin_0061_03_0181.pdf ↩︎
- 糖尿病と水虫の関係性を教えてください. ユビー. [Cited 2025 Oct 03]. https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/5_2utgnsbir7 ↩︎