【整形外科医監修】捻挫の治し方完全ガイド|最新応急処置PEACE & LOVE、重症度別の治療法、手術の判断基準まで
筋骨格系疾患

【整形外科医監修】捻挫の治し方完全ガイド|最新応急処置PEACE & LOVE、重症度別の治療法、手術の判断基準まで

捻挫は、スポーツ活動中や日常生活のふとした瞬間、例えば階段の踏み外しなどで、誰もが経験しうる最も一般的な怪我の一つです1。しかし、その頻度の高さから「たかが捻挫」と軽視されがちであるのが現状です2。多くの人が、痛みが多少和らげば医療機関を受診せずに自己判断で対処してしまいます。しかし、その判断が、将来にわたる慢性的な痛みや関節の不安定性(慢性足関節不安定症:Chronic Ankle Instability, CAI)、さらには変形性足関節症といった、より深刻な問題につながる危険性をはらんでいることをご存知でしょうか1。不適切な初期対応や不十分なリハビリテーションは、損傷した靭帯の治癒を妨げ、何度も同じ箇所を捻挫する「癖」がつく原因となります3。本記事は、このような捻挫に関する誤解を解き、科学的根拠に基づいた最も信頼できる情報を提供することを目的としています。従来の応急処置である「RICE」から、近年の研究でその有効性が見直され、新たに提唱されている「PEACE & LOVE」アプローチまで、最新の知見を網羅的に解説します。さらに、ご自身の捻挫がどの程度の重症度なのかを判断する基準、医療機関で行われる具体的な治療法(保存療法から手術まで)、そして二度と捻挫を繰り返さないための正しいリハビリテーションの方法まで、専門家の視点から段階的に、そして徹底的に掘り下げていきます。この記事を読み終える頃には、あなたは捻挫という怪我に対する正しい知識を身につけ、万が一の際に自信を持って適切な行動をとれるようになっているでしょう。これは、あなたの足首の健康を生涯にわたって守るための「信頼できる唯一のガイド」です。

この記事の科学的根拠

本記事は、引用された研究報告書に明記されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したリストです。

  • 日本スポーツ整形外科学会(JSOA): 本記事における捻挫の定義、重症度分類、保存療法、および子供の捻挫に関する注意点の記述は、同学会が公開するスポーツ損傷シリーズの指針に基づいています513
  • British Journal of Sports Medicine: 最新の応急処置アプローチ「PEACE & LOVE」に関する詳細な解説は、Blaise Dubois氏とJean-Francois Esculier氏によって同誌に発表された画期的な論文を根拠としています16
  • 北里大学による2025年の研究: 捻挫後の靭帯が構造的に安定するまでの期間に関する記述は、河端 将司講師の研究チームによる世界初のエコーを用いた臨床研究の結果に基づいています21
  • 米国整形外科学会(AAOS): 医療機関での診断と治療、および自宅でできるリハビリテーションプログラムに関する具体的な内容は、同学会が提供する患者向け情報「OrthoInfo」の推奨事項に基づいています923
  • オタワ足関節ルールに関する研究: 骨折の可能性を判断し、専門医の受診を強く推奨する基準は、国際的に認められた「オタワ足関節ルール」の妥当性を検証した医学論文に基づいています10

要点まとめ

  • 捻挫は靭帯の損傷であり、軽視すると慢性的な痛みや不安定性の原因となるため、自己判断は危険です。
  • 最新の応急処置は「PEACE & LOVE」です。これは過度な冷却や抗炎症薬を避け、体の自然な治癒プロセスを尊重するアプローチです。
  • 骨折が疑われるサイン(オタワ足関節ルール)がある場合は、直ちに整形外科を受診する必要があります。
  • 治療の基本は手術をしない保存療法ですが、重症例やアスリートには手術が検討されることもあります。
  • 痛みが消えても靭帯の治癒には時間が必要です。科学的根拠に基づいたリハビリテーションを最後まで行うことが、再発予防の最も重要な鍵となります。

捻挫とは?- 正しい知識が適切な対処の第一歩

捻挫への対処を始める前に、まず「捻挫とは何か」を正確に理解することが不可欠です。原因や損傷の程度を知ることで、なぜ特定の処置や治療が必要なのか、その理由が明確になります。

捻挫の医学的定義:靭帯の損傷

捻挫とは、関節に急激かつ不自然な力が加わることで、関節が許容できる可動域を超えて動かされ、骨と骨とを繋いで関節を安定させている「靭帯」や、関節を包む「関節包」といった軟部組織が損傷した状態を指します5。多くの人が混同しがちですが、捻挫は骨折や脱臼とは区別されます。整形外科では、X線(レントゲン)検査で骨に異常が見られない関節の怪我を「捻挫」と診断することが一般的です6。つまり、捻挫はレントゲンには写らない靭帯などの組織の損傷が主たる病態です。人体で最も捻挫を起こしやすい部位は足関節であり、そのほとんどは、足の裏が内側を向くように強く捻ってしまう「内反捻挫」です7。この時、足関節の外側にある靭帯、特に前距腓靭帯(ぜんきょひじんたい)や踵腓靭帯(しょうひじんたい)が損傷を受けやすくなります5

捻挫の重症度:あなたの捻挫はどのレベル?

捻挫は、損傷した靭帯の状態によって、大きく3つの重症度に分類されます。この分類は、その後の治療方針を決定する上で非常に重要です。日本のスポーツ整形外科の専門家集団である日本スポーツ整形外科学会(JSOA)では、靭帯の損傷度合いに応じて捻挫を以下のように分類しています5

表1:捻挫の重症度自己点検
重症度 靭帯の状態 主な症状
I度(軽症) 靭帯が一時的に伸びた状態(微細な断裂)
  • 外くるぶしの前や下あたりに軽い腫れと圧痛(押すと痛む)がある3
  • 痛みはあるが、なんとか歩行は可能3
  • 皮下出血はほとんど見られない。
II度(中等症) 靭帯が部分的に断裂した状態
  • 外くるぶしの広範囲にわたる明確な腫れと強い圧痛がある3
  • 皮下出血(あざ)が見られることがある。
  • 歩行は可能だが、強い痛みを伴い困難である4
III度(重症) 靭帯が完全に断裂した状態
  • 足首全体が大きく腫れあがり、激しい痛みがある3
  • 広範囲の皮下出血が顕著に見られる3
  • 痛みのため、体重をかけることができず、自力での歩行はほぼ不可能5
  • 関節がグラグラするような不安定感がある4

注意点として、痛みの強さと靭帯の損傷度が必ずしも比例するわけではないことを覚えておく必要があります6。靭帯によっては痛みを感じにくい部位もあり、「あまり痛くないから軽症だ」と自己判断してしまうのは危険です。

骨折との見分け方:すぐに病院へ行くべき危険なサイン

捻挫、特に重症の捻挫は、症状が骨折と非常によく似ているため、自己判断は禁物です9。以下に示すようなサインが見られる場合は、靭帯の重度損傷や骨折の可能性が高いため、応急処置を施した上で、直ちに整形外科を受診してください。その判断基準として、医療現場では「オタワ足関節ルール(Ottawa Ankle Rules)」という国際的な基準が用いられています。これは、不必要なX線検査を減らすために開発されたものですが、受診の目安として非常に有用です10

【整形外科の受診を強く推奨するサイン(オタワ足関節ルールに基づく)】

  • 足首周りの骨を押すと、ピンポイントで激しい痛みがある
    • 外くるぶしの先端から後方6cmの範囲
    • 内くるぶしの先端から後方6cmの範囲
  • 怪我の直後から、自力で4歩以上体重をかけて歩くことができない

これらのサインに加えて、以下のような症状が見られる場合も、緊急性が高いと考えられます。

  • 関節が明らかに通常とは違う方向に曲がっている(見た目の変形)
  • 足先の感覚がない、または痺れが強い
  • 急速に腫れが広がり、皮膚がパンパンに張っている

これらの症状は、神経や血管の損傷を伴っている可能性も示唆しており、一刻も早い専門的な診断と治療が必要です。

捻挫の応急処置:RICEから最新の「PEACE & LOVE」へ

捻挫をしてしまった直後の数分、数時間の対応が、その後の回復期間や後遺症の有無を大きく左右します。ここでは、広く知られている「RICE処置」と、医学の進歩に伴い新たに提唱されている「PEACE & LOVE」アプローチについて、その違いと根拠を詳しく解説します。

伝統的な応急処置「RICE」

長年にわたり、スポーツ現場や家庭での応急処置の基本とされてきたのが「RICE(ライス)処置」です。これは、Rest(安静)、Ice(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の4つの処置の頭文字をとったもので、日本スポーツ整形外科学会(JSOA)や米国整形外科学会(AAOS)などもその有効性を認めてきました5

  • Rest(安静): 損傷した部位を動かさず、安静に保ちます。体重をかけないようにし、さらなる損傷を防ぎます。
  • Ice(冷却): 氷嚢やアイスパックで患部を15〜20分冷やし、痛みと腫れを抑制します。
  • Compression(圧迫): 弾性包帯などで患部を適度に圧迫し、内出血や腫れの広がりを防ぎます。
  • Elevation(挙上): 患部を心臓より高い位置に保ち、重力を利用して腫れを軽減させます。

RICE処置は、受傷直後の痛みや腫れをコントロールする上で、現在でも一定の効果が期待できる方法です。

なぜ今「PEACE & LOVE」なのか? RICEの限界と新しい考え方

科学は常に進歩し、治療の常識も日々更新されています。近年、RICE処置、特に「完全な安静」と「冷却(アイシング)」の有効性について、新たな議論が巻き起こっています。いくつかの研究では、過度な冷却が損傷した組織の修復に必要な炎症反応を妨げ、結果的に回復を遅らせる可能性があることが示唆されています15。また、痛み止めとして使われる非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)も同様に、体の自然な治癒プロセスを阻害する可能性が指摘されています16。このような背景から、2020年に権威あるスポーツ医学雑誌『British Journal of Sports Medicine』で、カナダの理学療法士であるBlaise Dubois氏とJean-Francois Esculier氏によって、より包括的で長期的な視点に立った新しい応急処置のアプローチ「PEACE & LOVE」が提唱されました16。このアプローチは、単に初期の損傷を管理するだけでなく、組織の最適な治癒を促し、患者自身の心理面までをも考慮に入れた、現代的な考え方です。

【最新版】応急処置手順「PEACE & LOVE」徹底解説

「PEACE & LOVE」は、受傷直後の「PEACE」と、その後の回復期における「LOVE」という2つの段階から構成されています。

表2:PEACE & LOVE と RICE の比較
要素 RICE PEACE & LOVE 考え方の変化
安静/保護 Rest (安静) Protection (保護) 完全な安静から、痛みを悪化させない範囲での「保護」と早期の「適度な負荷」へ。
冷却/抗炎症 Ice (冷却) Avoid Anti-inflammatories (抗炎症薬の回避) 炎症を敵視するのではなく、治癒に必要なプロセスと捉え、過度な抑制を避ける。
圧迫 Compression (圧迫) Compression (圧迫) 腫れの抑制効果は共通して認められている。
挙上 Elevation (挙上) Elevation (挙上) 腫れの軽減効果は共通して認められている。
追加要素 なし Education (教育),
Load (負荷),
Optimism (楽観),
Vascularisation (血流促進),
Exercise (運動)
身体的な処置だけでなく、患者教育、心理状態、積極的な回復への取り組みを重視。

受傷直後(急性期:1〜3日間)は「PEACE」で穏やかに

  • P (Protection) – 保護: 受傷後1〜3日間は、痛みを引き起こす動きや負荷を避け、患部を保護します16。ただし、RICEの「安静」とは異なり、長期間の完全な固定は組織の強度を低下させるため、最小限に留めるべきとされています16
  • E (Elevation) – 挙上: 患部を心臓より高い位置に保ちます。これはRICEと同様に、腫れの軽減に有効です16
  • A (Avoid Anti-inflammatories) – 抗炎症薬の回避: 炎症は、損傷した組織を修復するための重要な生理反応です。痛み止め(NSAIDs)や冷却でこのプロセスを過度に抑制すると、長期的な組織の治癒に悪影響を及ぼす可能性があるため、避けるべきとされています16。痛みが強い場合は、医師の指導のもとで鎮痛薬を短期的に使用することを検討します。
  • C (Compression) – 圧迫: 弾性包帯やテーピングで患部を圧迫し、過度な腫れや内出血を抑制します。これもRICEと共通の考え方です16
  • E (Education) – 教育: 医療従事者は、患者自身が自分の体の治癒プロセスを理解し、過剰な治療に頼らず、能動的に回復に取り組むことの重要性を教育すべきであるとされています16

回復期からは「LOVE」で愛を込めて

急性期が過ぎたら、組織の修復を積極的に促す「LOVE」の段階に移行します。

  • L (Load) – 適度な負荷: 痛みを悪化させない範囲で、早期から体重をかけるなどの適度な負荷を開始します。機械的な刺激は、靭帯や筋肉、腱の修復と再構築を促し、組織の強度を高めます16
  • O (Optimism) – 楽観的な思考: 回復に対する前向きで楽観的な姿勢は、より良い治療結果と関連することが示されています。痛みに対する恐怖や不安は、回復の妨げになる可能性があります16
  • V (Vascularisation) – 血流促進: 受傷から数日後には、痛みを感じない範囲での有酸素運動(自転車こぎなど)を開始します。心血管活動は損傷部位への血流を増加させ、組織の治癒に必要な酸素や栄養素を届けます16
  • E (Exercise) – 運動: 関節の可動域、筋力、そしてバランス感覚(固有受容覚)を回復させるための積極的な運動を行います。適切な運動は、機能回復を助けるだけでなく、再発の危険性を大幅に減少させます16

医療機関での治療:いつ、どこで、何をするのか

応急処置はあくまで初期対応です。正確な診断と適切な治療計画のためには、整形外科の受診が不可欠です。ここでは、医療機関で行われる主な治療法について解説します。

保存療法:手術をしない治療が基本

幸いなことに、ほとんどの足関節捻挫は、手術を必要としない「保存療法」で良好に回復します5。保存療法の目的は、損傷した靭帯が適切な位置で治癒するのを助け、痛みや腫れを管理し、機能を回復させることです。

固定療法

損傷した靭帯に余計なストレスがかからないように、また、治癒に適した環境を作るために、患部を固定します。重症度に応じて、以下のような方法が選択されます。

  • 軽症〜中等症(I度・II度): テーピングや着脱可能なサポーター、装具(ブレース)などで固定します3。ある程度の動きは許容しつつ、不安定性を抑えます。
  • 重症(III度): 靭帯の断裂が著しい場合は、より強固な固定が必要です。ギプスやシーネ(副木)を用いて、2〜3週間程度、足首をしっかりと固定することがあります3

薬物療法

強い痛みや腫れを和らげる目的で、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の飲み薬や貼り薬が処方されることがあります9。ただし、前述の「PEACE & LOVE」の観点から、近年の研究ではNSAIDsの長期的な使用が組織の治癒を遅らせる可能性も指摘されています10。そのため、使用は医師の厳格な管理のもと、症状が強い期間に限定して短期的に行われるのが望ましいとされています。

物理療法

医療機関やリハビリテーション施設では、治癒を促進し症状を緩和するために、専門的な機器を用いた物理療法が行われることがあります。これには、超音波の微細な振動で組織の修復を促す「超音波治療」や、電気刺激で痛みを和らげる「電気治療」などがあります19

手術療法:どのような場合に検討されるのか

保存療法が基本である一方、特定の状況では手術が最善の選択肢となることがあります。手術を検討するのは、以下のような状況です3

  • 重度の靭帯断裂(III度損傷)があり、関節の不安定性が極めて著しい場合: 保存療法では十分な安定性が得られないと判断された場合。
  • 保存療法を長期間行っても、痛みや不安定感が改善しない場合: 慢性足関節不安定症(CAI)に移行してしまった場合。
  • 高いレベルでの競技復帰を目指す運動選手: より確実で強固な関節の安定性を再獲得する必要がある場合。
  • 骨片(骨のかけら)を伴う剥離骨折がある場合: 靭帯が骨の一部を剥がしながら断裂した場合。

手術の方法には、断裂した靭帯を直接縫い合わせる「靭帯修復術」や、他の部位から腱を移植して靭帯を再建する「靭帯再建術」などがあります。どの手術法を選択するかは、損傷の程度や部位、患者の年齢や活動レベルなどを総合的に考慮して、専門医が判断します。なお、足関節捻挫の手術適応については、専門家の間でも常に議論が重ねられている領域であり、例えば2024年の日本スポーツ整形外科学会(JSOA)の学術集会でも「足関節捻挫に対する手術療法」がパネルディスカッションの議題として取り上げられています20。これは、画一的な基準はなく、個々の患者に合わせた慎重な判断が求められることを示しています。

回復への道筋:正しいリハビリテーションが再発を防ぐ鍵

「痛みがなくなったから治った」と考えるのは、捻挫治療における最も大きな落とし穴です。痛みは治まっても、損傷した靭帯の強度が完全に戻っていなかったり、関節の安定性に関わる筋力やバランス感覚が低下したままだったりすることが、再発の最大の原因です1。完全な回復と再発予防のためには、科学的根拠に基づいたリハビリテーションが不可欠です。

回復期間の目安:日本の最新研究からわかること

捻挫の回復にかかる期間は、重症度によって大きく異なります。一般的な目安は以下の通りです3

  • 軽症(I度): 1〜2週間
  • 中等症(II度): 3〜6週間
  • 重症(III度): 6〜12週間以上(手術をした場合はさらに長期化)

しかし、これらの期間はあくまで自覚症状が改善する目安です。靭帯そのものが構造的に安定するには、さらに時間が必要であることが、日本の最新研究によって明らかになってきました。

【日本の最新の科学的根拠】

北里大学医療衛生学部の河端 将司(かわばた まさし)講師らの研究チームは、2025年に発表した研究で、超音波(エコー)画像を用いて捻挫後の靭帯の回復過程を追跡しました。これは世界初の試みであり、非常に重要な知見を提供しています21。その研究によると、靭帯の不安定性(ゆるみ)が怪我をしていない側と同等レベルまで回復するには、

  • 軽症(Grade 1)で約2週間
  • 中等症以上(Grade 2, 3)では6週間程度

かかることが示されました21。この結果は、「痛みが消えても、靭帯はまだ治癒の途中である」という事実を科学的に裏付けるものです。自己判断で早期にスポーツなどに完全復帰してしまうことの危険性を示唆しており、専門家の指導のもとで慎重にリハビリを進めることの重要性を物語っています。

リハビリテーションの3つの段階

効果的なリハビリテーションは、段階的に進めることが重要です。日本スポーツ整形外科学会(JSOA)や米国整形外科学会(AAOS)が示すプログラムは、概ね以下の3つの段階に分けられます4

  1. 第1段階(急性期後):関節可動域の回復
    固定によって硬くなった足首の関節を、再び滑らかに動かせるようにすることが目的です。痛みが出ない範囲で、足首を上下左右にゆっくりと動かす運動から始めます。この段階で無理をすると、再び炎症を起こしてしまうため注意が必要です。
  2. 第2段階(回復期):筋力の回復
    関節の可動域がある程度回復したら、次は足首を支える筋肉を鍛えます。特に、足首を外側に返す動きを担う「腓骨筋(ひこつきん)」の強化は、内反捻挫の再発予防に極めて重要です18。ゴムチューブなどを使って、軽い抵抗をかけながら筋力トレーニングを行います。
  3. 第3段階(機能回復期):バランスと固有受容覚の再教育
    最終段階では、より実践的な動きの中で関節を安定させる能力を取り戻します。固有受容覚とは、目をつぶっていても自分の手足がどこにあるかを感じる能力のことで、捻挫によってこの感覚は鈍ってしまいます。バランスボードの上に立ったり、不安定な足場で片足立ちをしたりする訓練を行い、脳と筋肉の連携を再教育し、とっさの動きにも対応できる、再発しにくい足首を作り上げます。

自宅でできるリハビリ運動プログラム

ここでは、米国整形外科学会(AAOS)が推奨する、科学的根拠に基づいた自宅でできる基本的なリハビリ運動プログラムを紹介します23。必ず医師や理学療法士の許可を得てから、痛みのない範囲で行ってください。

ストレッチ運動(関節可動域の改善)

タオルストレッチ
目的: ふくらはぎの筋肉(腓腹筋・ヒラメ筋)を伸ばす。
方法: 床に座って脚を伸ばし、タオルの両端を持って足の裏にひっかけます。かかとを突き出すようにしながら、タオルをゆっくりと手前に引き、ふくらはぎが伸びるのを感じる位置で30秒間保持します。これを数回繰り返します。

筋力強化運動

チューブを使った足首の運動
目的: 足首を動かす主要な筋肉(前脛骨筋、腓骨筋など)を強化する。
方法: 椅子に座り、運動用のチューブを机の脚などに固定し、もう一方を足の甲に巻きつけます。チューブの抵抗に逆らって、つま先を上に引き上げる運動(背屈)や、チューブを手に持って抵抗をかけながらつま先を下に押す運動(底屈)などを、それぞれ10〜15回繰り返します。

タオルカール
目的: 足の裏の筋肉を鍛える。
方法: 椅子に座り、床に広げたタオルの手前端にかかとを置きます。足の指だけを使って、タオルをたぐり寄せるように丸めさせます。これを数回繰り返します。

バランストレーニング

片足立ち
目的: バランス能力と固有受容覚を向上させる。
方法: 壁や椅子のそばに立ち、いつでも手で支えられる状態で、怪我をした側の足で片足立ちをします。まずは10秒から始め、慣れてきたら30秒、1分と時間を延ばしていきます。目を閉じて行うと、さらに難易度が上がります。

これらの運動はあくまで一例です。個々の状態に合わせた最適なプログラムについては、専門家の指導を仰ぐことが最も安全で効果的です。

よくある質問

湿布は冷たいものと温かいもの、どちらを使えばいいですか?

一般的には、受傷直後の急性期(2〜3日)は、炎症と腫れを抑えるために冷感湿布を使用します。その後、痛みが落ち着いてきた慢性期には、血行を促進して組織の修復を助けるために温感湿布に切り替えるのが良いとされています14。ただし、これはあくまで一般的な目安であり、「PEACE & LOVE」の考え方では過度な冷却は推奨されていません。迷った場合は医師や薬剤師に相談してください。

捻挫を繰り返しやすいのですが、なぜですか?

主な原因は2つ考えられます。一つは、最初の捻挫で靭帯が伸びたまま治癒してしまい、関節をしっかりと支えられなくなっている「機械的不安定性」です。もう一つは、足首の位置や動きを脳に伝える感覚器(固有受容器)の機能が低下し、バランスを崩しやすくなる「機能的不安定性」です1。どちらも、適切なリハビリテーションによって改善が期待できます。

子供の捻挫で気をつけることはありますか?

大人の捻挫と最も違う点は、骨折の危険性です。成長期の子供の骨には、骨が成長するための柔らかい軟骨部分「骨端線(こったんせん)」があります。捻挫と同じような仕組みで、この骨端線を損傷してしまう「骨端線損傷」という骨折を起こすことがあります5。大人の靭帯損傷よりも治癒に時間がかかったり、成長障害につながったりする可能性もあるため、「子供の捻挫はただの捻挫」と軽視せず、必ず整形外科を受診して正確な診断を受けることが重要です。

結論

捻挫は、決して「たかが捻挫」ではありません。その後の生活やスポーツ活動の質を大きく左右する可能性のある、重要な怪我です。本記事で解説してきたように、不適切な初期対応や不十分なリハビリは、慢性的な痛みや再発の危険性を著しく高めてしまいます。重要な要点を再確認しましょう。応急処置の進化を理解すること(従来のRICE処置に加え、近年の医学研究は「PEACE & LOVE」という、より包括的なアプローチを提唱しています。これは、体の自然な治癒力を最大限に引き出し、心理面も含めて能動的に回復に取り組むことの重要性を示しています)。正確な診断がすべての始まりであること(痛みの程度だけで重症度を自己判断せず、特に骨折が疑われるサインが見られる場合は、速やかに整形外科を受診してください)。そして、リハビリこそが再発予防の鍵であること(日本の最新研究が示すように、痛みが消えた後も靭帯が構造的に安定するには時間が必要です。専門家の指導のもと、関節可動域、筋力、バランス感覚を段階的に回復させるリハビリテーションを最後までやり遂げることが、完全な回復への唯一の道です)。この記事で得た科学的根拠に基づく知識が、あなた自身やあなたの大切な人が捻挫をした際に、冷静で適切な判断を下すための一助となれば幸いです。あなたの主治医や理学療法士と協力し、一日も早い回復と、二度と繰り返さないための体づくりを目指してください。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言を構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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