この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下の一覧には、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性が含まれています。
- 日本産科婦人科学会(JSOG): 本記事における、日本の授乳中の母親に対する混合経口避妊薬(COC)の「生後6ヶ月までの禁忌」や、その他の避妊法に関する推奨事項は、同学会が公表したガイドラインに基づいています1。
- 世界保健機関(WHO): 混合経口避妊薬やプロゲスチン単独ピルの使用時期に関する国際的な視点や、レボノルゲストレル(LNG)を緊急避妊の第一選択とする推奨は、WHOの指針を参考にしています2。
- 米国疾病予防管理センター(CDC)/米国産科婦人科学会(ACOG): 産後期間における血栓症リスクを考慮した避妊薬の使用時期に関する詳細な分類や、LARC(長時間作用型可逆的避妊法)の有効性に関する記述は、これらの機関が発表した医学的適格性基準に基づいています3。
- 国立成育医療研究センター: 授乳中の医薬品使用に関する専門的な相談窓口として紹介している「妊娠と薬情報センター」の情報は、同センターの公式発表に基づいています4。
要点まとめ
- 混合ピル(エストロゲン含有): 日本のガイドラインでは、血栓症リスクと母乳への潜在的影響のため、産後6ヶ月までは授乳中の母親への使用が禁忌とされています1。
- ミニピル(プロゲスチン単独): エストロゲンを含まないため、母乳への影響が少なく血栓症リスクを増加させないことから、授乳中の母親にとって第一選択となる経口避妊薬です5。通常、産後1ヶ月健診などで医師と相談の上、開始します。
- 厳格な服薬遵守が必要: ミニピルは効果を維持するために、毎日決まった時間に服用することが極めて重要です。3時間以上の遅れで効果が低下する可能性があります6。
- 緊急避妊薬: 授乳中でも使用可能ですが、種類によって母乳への影響が異なります。レボノルゲストレル(LNG)含有薬が推奨され、服用後24時間の授乳中断が必要です7。
- LARC(長時間作用型可逆的避妊法): 子宮内避妊具(IUD)や皮下インプラントなどのLARCは、失敗率が1%未満と非常に効果が高く、「セットすれば忘れてもよい」利便性から、授乳中の母親にとって優れた選択肢です8。
- 専門家への相談が必須: どの避妊法を選択するにせよ、必ず産婦人科医に相談し、ご自身の健康状態、生活様式、将来の家族計画に合った最適な方法を決定することが不可欠です。
なぜ授乳中の避妊が重要なのか?
産後の身体は、次の妊娠に備える前に十分な回復期間を必要とします。この時期の避妊は、母親と赤ちゃんの双方の健康を守るために不可欠です。
予測不能な排卵の再開
「完全母乳育児中は妊娠しない」という考え方は、授乳期無月経法(Lactational Amenorrhea Method – LAM)として知られていますが、絶対的な保証はありません。なぜなら、産後最初の月経が来る前に排卵が起こることが多いからです9。つまり、自覚症状がないまま妊娠可能な状態に戻っている可能性があるのです。研究によれば、母乳育児をしていない女性では早ければ産後25日から27日で、完全母乳育児の女性でも早ければ産後73日で排卵が再開することが示されています10。したがって、性交渉を再開する際には、授乳の有無にかかわらず、効果的な避妊法を用いることが強く推奨されます9。
出産間隔を空けることの重要性
米国産科婦人科学会(ACOG)を含む多くの専門機関は、出産から次の妊娠までの期間(妊娠間隔)を最低でも18ヶ月空けることを推奨しています11。特に産後6ヶ月以内の妊娠は、早産や低出生体重児といった次回の妊娠における有害事象のリスクを高めることが報告されています12。日本においても、母親の身体が十分に回復するために、少なくとも1年間の間隔を空けることが望ましいとされています9。
日本の産後避妊の現状と課題
日本における産後の避妊法選択には特徴的な傾向が見られます。複数の調査によると、一般的に最も広く使用されている避妊法はコンドームで、その使用率は80%にも上ります13。この傾向は産後の母親においても同様です14。しかし、コンドームは一般的な使用状況における失敗率が12%から21%と比較的高く、正しい使用が徹底されない場合には意図しない妊娠に至る可能性があります1215。膣外射精や基礎体温法といった他の伝統的な方法はさらに信頼性が低く、特に月経周期が不安定な産後期には推奨されません13。
この背景には、専門家による情報提供やカウンセリングの不足という課題が存在します。ある研究では、過去3年間に避妊に関する個別カウンセリングや集団教育を実施した経験のある日本の助産師は40%未満であったことが示されています16。産後1ヶ月健診は家族計画について相談する絶好の機会ですが、この機会が十分に活用されていない現状が、「避妊効果のギャップ」を生み出しています。ピルやLARCのような効果の高い方法についての知識が不足し、効果の低い方法に依存する傾向があるのです。
授乳中無月経法(LAM):自然だが厳格な条件付きの方法
授乳中無月経法(LAM)は、赤ちゃんが頻繁に母乳を吸うことでプロラクチンというホルモンの分泌が促され、排卵が抑制されるという体の自然な仕組みを利用した避妊法です17。
この方法が約98%という高い効果を発揮するためには、以下の3つの条件がすべて厳密に満たされている必要があります12:
- 無月経であること:産後、まだ一度も月経が再開していない。
- 赤ちゃんが生後6ヶ月未満であること:この方法は産後6ヶ月間のみ有効です。
- 完全母乳、またはそれに近い頻度で授乳していること:赤ちゃんが母乳以外の食べ物や飲み物(水、お茶、ミルクなど)をほとんど摂取していない。授乳は昼夜を問わず頻繁に行われ、日中は4時間以上、夜間は6時間以上間隔が空かないことが目安です。
現代の生活様式において、これらの条件を維持することは容易ではありません。搾乳機の使用は赤ちゃんが直接吸うほどのホルモン刺激にならない可能性があり18、おしゃぶりの使用は授乳頻度を減らす可能性があります18。また、赤ちゃんが離乳食を始めると授乳回数が減り、LAMの効果は失われます。そのため、LAMを利用している母親も、3つの条件のうち1つでも満たされなくなった場合に備えて、すぐに切り替えられる別の避妊法を準備しておくことが賢明です19。
エストロゲン含有ピル(混合ピル):授乳初期に推奨されない理由
一般的に「ピル」として知られる混合経口避妊薬(Combined Oral Contraceptives – COCs)は、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲスチン(黄体ホルモン)の2種類の女性ホルモンを含んでいます17。このうち、エストロゲンの存在が、授乳中の使用において重大な懸念事項となります。主に以下の2つの理由から、特に産後初期の服用は推奨されません。
最大の懸念:静脈血栓塞栓症(VTE)のリスク
産後の女性の体は、分娩時の過剰な出血を防ぐため、血液が固まりやすい「過凝固状態」にあります。これは自然な防御機構ですが、副作用として脚などに血の塊(血栓)ができやすくなるというリスクを伴います5。日本産科婦人科学会(JSOG)のガイドラインによれば、産後のVTEリスクは非妊娠時と比較して著しく高く、特に産後1〜6週間では84倍、産後7週〜3ヶ月でも8.9倍に達するとされています1。このリスクは産後1週間目がピークです。
一方で、混合ピルに含まれるエストロゲン自体にも、VTEのリスクを高める作用があることが知られています。産後のVTEリスクが自然に高い状態にある母親がエストロゲン含有ピルを服用すると、2つのリスク要因が重なり合い、危険な血栓が形成される可能性が急激に高まります。これが、産後早期に混合ピルが絶対的に禁忌とされる、最も重要な医学的根拠です5。
母乳と赤ちゃんへの影響
エストロゲンは、母乳の産生を促すプロラクチンというホルモンの働きを抑制する可能性があり、結果として母乳の分泌量が減少することが懸念されています17。産後の母乳分泌がまだ安定していない時期にエストロゲンを摂取することは、この大切なプロセスを妨げる可能性があります。また、ごく微量のホルモンが母乳に移行することも確認されています。その量が非常に少なく、赤ちゃんの成長への長期的な悪影響を示す決定的な証拠はありませんが、古い高用量ピルに関する報告では、新生児に黄疸や乳房の腫れが見られたという稀なケースも記録されています20。日本のガイドラインを含む多くの文献では、赤ちゃんへの深刻な悪影響に関する科学的証拠は「不明確」または「証明されていない」としながらも5、新生児の健康に関してはあらゆる潜在的リスクを回避するという「予防原則」が重視されています。これが、日本でより慎重な推奨がなされている理由です。
国内外のガイドライン比較:なぜ日本の基準は厳しいのか?
授乳中の混合ピル使用に関するガイドラインは、日本と国際機関で顕著な違いがあります。これはリスク管理に対する考え方の違いを反映しています。
- 日本産科婦人科学会(JSOG): 最も慎重なアプローチを採用し、授乳中の女性に対して産後6ヶ月までの混合ピル服用を禁忌としています1。6ヶ月経過後は、医師の厳格な監督下で検討可能となります。これは母親と赤ちゃんの双方に対するあらゆる潜在的リスクを最大限排除することを優先する考え方です。
- 世界保健機関(WHO): 産後6週間までは使用を推奨せず(カテゴリー3)、6週から6ヶ月までは、他の適切な方法がない場合に限り「利益がリスクを上回ることが多い」として検討の余地がある(カテゴリー2)としています21。
- 米国産科婦人科学会(ACOG)/米国疾病予防管理センター(CDC): より実践的なリスク・ベネフィット分析に基づいています。VTEの最大リスク期間である産後21日(3週)までは禁忌(カテゴリー4)ですが、それを過ぎるとリスクは低下すると考えます。そのため、他のVTEリスク因子(肥満、帝王切開歴など)がなければ、産後21〜42日の間でも検討可能とし、産後42日(6週)を過ぎれば、ほとんどの授乳婦において大きな制限なく使用可能(カテゴリー2)としています2223。
日本の母親は、国内の医師から「6ヶ月待つように」という指導を受けた場合、それが日本の安全基準に基づいた適切なアドバイスであることを理解することが重要です。
表1:授乳中の混合経口避妊薬(COC)使用に関するガイドライン比較
組織 | 産後期間 | 推奨 | 主な理由 |
---|---|---|---|
JSOG (日本) | < 6ヶ月 | 禁忌1 | 母親のVTE高リスク、母乳/赤ちゃんへの潜在的影響 |
> 6ヶ月 | 検討可能1 | VTEリスク低下、母乳への影響減少 | |
WHO | < 6週 | 非推奨 (カテゴリー3)21 | VTEリスク、母乳への影響 |
6週 – 6ヶ月 | 利益/リスクを考慮 (カテゴリー2)21 | 他の選択肢がない場合、利益が上回る可能性 | |
> 6ヶ月 | 使用可 (カテゴリー1) | リスクが低い | |
ACOG/CDC (米国) | < 21日 | 禁忌 (カテゴリー4)23 | 許容できないVTEリスク |
21-42日 | 利益/リスクを考慮 (カテゴリー3/2)23 | VTEリスク低下、個人リスクを考慮 | |
> 42日 | 使用可 (カテゴリー2)23 | VTEリスクと母乳への影響は最小限と見なされる |
注:カテゴリー分類はWHO/CDCのもので、1が最も安全、4が禁忌を示します。
プロゲスチン単独ピル(ミニピル):授乳中の第一選択肢
混合ピルに対する厳しい制約がある中で、プロゲスチン(黄体ホルモン)のみを含む経口避妊薬、通称「ミニピル」(Progestin-Only Pills – POPs)が、授乳中の母親にとって安全かつ主要な選択肢として浮上します。
なぜミニピルは安全なのか?
ミニピルの安全性の根拠は、その成分にあります。エストロゲンを含まないため、混合ピルが持つ2つの大きな懸念点を解消します5。
- 血栓症(VTE)リスクを増加させない:エストロゲンを含まないため、産後の過凝固状態にある母親の血栓症リスクをさらに高めることがありません5。
- 母乳への影響がほとんどない:国内外の研究やガイドラインは、プロゲスチン単独であれば母乳の量や質に悪影響を及ぼすことはほとんどないという点で一致しています5。
これらの利点から、ミニピルはWHOやACOG/CDCを含む世界の多くの医療機関によって、授乳中の女性に適した避妊法として推奨されています21。
いつから服用を開始できるか?
ミニピルは安全とされていますが、服用開始時期についてはいくつかの見解があります。
- 国際的な推奨 (CDC/ACOG): 米国のガイドラインでは、出産後すぐにでもミニピルの服用を開始できるとしています21。しかし、一部の専門家は、母乳分泌の初期段階(ラクトジェネシス)が外部からのホルモンの影響を全く受けずに自然に確立されるよう、産後4〜6週間待つことを提案しています18。
- 日本での実践: 日本ではより慎重なアプローチが取られる傾向にあります。多くの医師は、母親の体の回復状態や授乳が安定したことを確認するため、産後1ヶ月健診の際に相談し、服用を開始することを勧めます24。
効果と服用の注意点:厳格な時間遵守が鍵
ミニピルの一般的な使用における失敗率は約9%です6。この効果は、使用者の服薬遵守度に大きく依存します。これがミニピルの最大の課題です。薬は毎日、同じ時刻に服用しなければならず、許容される時間のずれはわずか3時間です。通常の服用時刻から3時間以上遅れた場合、避妊効果が失われる可能性があり、数日間はコンドームなど他の避妊法を併用する必要があります6。
新生児の世話で生活リズムが不規則になりがちな産後の母親にとって、毎日決まった時間に薬を飲むことは大きな挑戦です。アラームを設定するなど、飲み忘れを防ぐための工夫が不可欠です。
最も一般的な副作用は、月経周期の変化です。不正出血や少量の出血が続いたり、逆に無月経になったりすることがありますが、これらは通常、健康上の問題とはなりません8。
日本では、ミニピルは医師の処方が必要な医療用医薬品であり、産婦人科で処方されます。近年ではオンライン診療(遠隔医療)も普及しており、自宅で診察を受けて処方箋を受け取ることも可能です5。
緊急避妊薬(アフターピル):予期せぬ事態への備え
緊急避妊薬(Emergency Contraception – EC)は、コンドームの破損や避妊なしの性交渉など、予期せぬ事態の後に妊娠を防ぐための重要な手段です。授乳中でも使用は可能ですが、赤ちゃんの安全を確保するために、薬の種類を正しく選び、専門家の指示に厳密に従う必要があります。
レボノルゲストレル(LNG)含有薬:授乳中の推奨選択肢
ノルレボ錠などに代表されるレボノルゲストレル(LNG)を主成分とする緊急避妊薬は、WHOをはじめとする多くの機関から、授乳中の女性にとって安全で優先されるべき選択肢と見なされています25。ごく微量が母乳に移行する可能性を考慮し、日本の公式なガイドラインでは、最大限の安全を期して服用後24時間は授乳を中断し、その間の母乳は搾乳して廃棄する(Pump and Dump)ことが推奨されています2025。この間、赤ちゃんには事前に搾乳・冷凍しておいた母乳や粉ミルクを与えます。
ウリプリスタール酢酸エステル(UPA)含有薬:より慎重な対応が必要
エラワンなどに代表されるウリプリスタール酢酸エステル(UPA)は、LNGとは異なる薬物動態を持ち、母乳中に長くとどまることが知られています。そのため、UPAを服用した場合は、7日間(1週間)という長期間の授乳中断が求められます25。1週間の授乳中断は、母乳分泌量の深刻な低下や、赤ちゃんの乳頭混乱を引き起こす可能性があり、母乳育児の継続にとって大きな障壁となります。したがって、母乳育児を続けたい母親にとって、UPAは現実的な選択肢とは言えず、LNGが明確に推奨されます。
緊急避妊薬を使用する際の行動ステップ
- 医師への申告:処方を求める際には、必ず「現在授乳中である」ことを明確に医師に伝えてください25。これにより、医師は最適な薬剤(LNG)を選択できます。
- 授乳中断期間の遵守:推奨される中断期間(LNGなら24時間)を厳守してください。
- 副作用の観察:頭痛、吐き気、腹痛、不正出血などが起こることがありますが、通常は数日で軽快します。症状が重い場合は医師に相談しましょう25。
- オンラインでの個人輸入の危険性:厚生労働省は、処方箋医薬品の個人輸入に対して強い警告を発しています25。海外のサイトなどから購入した薬は、偽造品や粗悪品である危険性が非常に高く、母子の健康を深刻に脅かす可能性があります。緊急避妊薬は必ず国内の医療機関で、医師の診察のもと処方を受けてください。
他の避妊法との比較:LARCやその他の選択肢
経口避妊薬以外にも、産後の女性が利用できる優れた避妊法は数多く存在します。全体像を把握することで、よりご自身に合った選択が可能になります。
効果が非常に高い「LARC(長時間作用型可逆的避妊法)」
LARCは、一度装着すれば数年間にわたって高い避妊効果が持続する方法で、失敗率は1%未満です8。「セットすれば忘れてもよい」という利便性から、多忙な産後の母親に特に適しています。
- ホルモン付加子宮内避妊具(IUD)(例:ミレーナ): T字型の器具を子宮内に挿入し、ごく少量のプロゲスチンを子宮内に直接放出します。ホルモンの作用が局所的であるため、母乳への影響は無視できるほど少なく、安全とされています20。効果は5〜8年持続します。
- 銅付加子宮内避妊具(IUD): ホルモンを一切含まず、銅の作用で受精を妨げます。母乳育児に全く影響を与えません18。効果は最長10年持続します。IUDの装着は、子宮の回復を待って産後4〜6週の健診時に行われるのが一般的です26。
- 皮下インプラント型避妊具: マッチ棒ほどの大きさの柔軟な棒(インプラント)を、腕の内側の皮下に埋め込みます。プロゲスチンを持続的に放出し、3年間にわたり99.9%以上という非常に高い避妊効果を発揮します8。授乳中でも安全に使用でき、産後4〜6週以降の装着が推奨されます1827。
その他の方法
- コンドーム: 日本で最も普及している方法です13。母乳に影響せず、性感染症予防の効果もありますが、他の方法に比べて失敗率が高いことが欠点です15。
- 避妊注射(デポプロベラ): 3ヶ月に一度、プロゲスチンを注射する方法です。授乳中でも使用可能ですが、一部の女性で母乳分泌量が減少したという報告もあるため、注意が必要です18。
表2:産後の各避妊法の比較一覧
方法 | 効果 (一般的な使用) | 母乳への影響 | 開始時期の目安 (日本) | 使用者による管理 |
---|---|---|---|---|
混合ピル (COC) | 91-93%6 | 分泌量を減少させる可能性17 | 産後6ヶ月以降1 | 毎日の服用 |
ミニピル (POP) | 約91%6 | ほとんど影響なし5 | 産後4-6週 (医師と相談)24 | 毎日の厳格な時間遵守 |
ミレーナ (LNG-IUD) | >99%12 | 有意な影響なし20 | 産後4-6週26 | 5-8年間不要 |
銅付加 IUD | >99%12 | 影響なし18 | 産後4-6週26 | 10年間不要 |
皮下インプラント | >99%12 | ほとんど影響なし27 | 産後4-6週18 | 3年間不要 |
避妊注射 | 約94%8 | 一部で影響の可能性18 | 産後6週以降18 | 3ヶ月ごとの注射 |
コンドーム | 約87%15 | 影響なし | いつでも | 性交渉ごとの使用 |
LAM | 92-98% (条件遵守時)8 | 影響なし (基盤) | 産後から6ヶ月まで | 3つの厳格な条件遵守 |
日本の母親のための行動計画
適切な避妊法を選択することは、ご自身の健康と将来の家族計画を守るための主体的な行動です。以下のステップを参考に、自信を持って決断を下しましょう。
ステップ1:ご自身のニーズと希望を整理する
医療機関を受診する前に、ご自身の考えを整理しておくと、相談がスムーズに進みます。
- 将来の妊娠計画: 「将来、子どもをもう一人望むか?」「もし望むなら、どのくらい間隔を空けたいか?」これにより、LARCのような長期的な方法か、ピルのような短期的な方法かが見えてきます。
- 服薬遵守の自信: 「毎日決まった時間に薬を飲むことを忘れずに続けられるか?」もし自信がなければ、IUDやインプラントのような「セットすれば忘れてもよい」方法が適しているかもしれません。
- 方法への抵抗感: 「体内に器具を入れること(IUD)や、皮下に埋め込むこと(インプラント)に抵抗はないか?」
- その他の要因: 性交渉の頻度、持病の有無、月経をどうしたいか(定期的に来てほしい、ない方が楽など)も考慮しましょう。
ステップ2:医師への相談 – いつ、何を質問するか
相談に最適なタイミングは、産後1ヶ月健診です9。この重要な診察の際に、積極的に避妊について切り出しましょう。効果的な相談のために、質問リストを準備していくことをお勧めします。
【医師への質問リスト(例)】
- 「私の健康状態と完全母乳育児という状況を踏まえて、私と赤ちゃんにとって最も安全で最適な避妊法は何だと思われますか?」
- 「その方法を、最も早く開始できるのはいつからですか?」
- 「ミニピル、ミレーナ、銅付加IUD、皮下インプラントについて、それぞれの利点と欠点を私の状況に合わせて詳しく教えてください。」
- 「もしミニピルを選んだ場合、飲み忘れたり遅れたりした時はどう対処すればよいですか?」
- 「それぞれの方法の一般的な副作用と、どのように注意していけばよいですか?」
- 「これらの方法にかかる費用は、健康保険の対象になりますか?」
ステップ3:信頼できる情報源を活用する
かかりつけの産婦人科医に加えて、日本国内には信頼性の高い専門的な相談窓口があります。
- 妊娠と薬情報センター: 厚生労働省の事業として、国立成育医療研究センター内に設置されている非常に重要な情報源です28。妊娠中および授乳中のあらゆる医薬品の使用に関する不安や疑問に対し、専門家が電話やオンラインで個別相談に応じてくれます4。薬の説明書を読んで不安になった場合や、医師に聞きそびれた複雑な質問がある場合に特に有用です。相談は有料で予約制ですが、母子の詳細な情報に基づいて最も正確なアドバイスを受けることができます4。これは、インターネット上の不確かな情報から母親を守るための「情報のセーフティネット」と言えるでしょう。連絡先は国立成育医療研究センターの公式サイトや、全国の拠点病院で確認できます2930。
- 日本産科婦人科学会(JSOG): 公式ウェブサイトで公開されている診療ガイドラインは、日本の医療基準を理解するための確かな情報源です9。
よくある質問
授乳中に混合ピル(エストロゲン含有ピル)を飲んではいけないのはなぜですか?
ミニピルを飲み忘れたらどうすればいいですか?
ミニピルの服用がいつもの時間から3時間以上遅れた場合、避妊効果が低下している可能性があります6。気づいた時点ですぐに1錠服用し、その後は通常通りの時間に服用を続けてください。そして、その後数日間(通常は2日間)は、コンドームを使用するなど、他の避妊法を併用する必要があります。詳しい対処法は、処方を受けた医師や薬剤師に必ず確認してください。
緊急避妊薬(アフターピル)を飲んだ後、すぐに授乳を再開できますか?
いいえ、すぐには再開できません。薬の種類によって中断すべき期間が異なります。日本で一般的に推奨されるレボノルゲストレル(LNG)含有の緊急避妊薬を服用した場合、赤ちゃんの安全のため、服用後24時間は授乳を中断し、その間の母乳は搾って捨てることが推奨されます25。必ず医師に授乳中であることを伝え、指示に従ってください。
どの避妊法が一番効果が高いですか?
可逆的な避妊法の中で最も効果が高いのは、子宮内避妊具(IUD)や皮下インプラントといったLARC(長時間作用型可逆的避妊法)です。これらの方法の一般的な使用における失敗率は1%未満と非常に低くなっています8。ピルやコンドームは、正しく継続して使用できるかどうかが効果に大きく影響します。
結論
授乳期間中の避妊は、母親自身の心身の健康を守り、次の妊娠に備えるための大切な準備期間を確保するために不可欠です。日本の医療基準では、安全性を最優先し、エストロゲンを含まないミニピル(プロゲスチン単独ピル)や、LARC(長時間作用型可逆的避妊法)が授乳中の母親にとって推奨される選択肢となります。混合ピルは、産後6ヶ月を過ぎるまでは禁忌とされていることを理解しておくことが重要です。
それぞれの方法には利点と欠点があり、最適な選択は個人の健康状態、生活様式、そして将来の家族計画によって異なります。最も重要なことは、インターネット上の断片的な情報に頼るのではなく、産後1ヶ月健診などの機会を利用して、必ず産婦人科医に相談することです。専門家との対話を通じて、ご自身と赤ちゃんにとって最も安全で、かつ継続しやすい避妊法を見つけ、安心して育児に専念できる環境を整えましょう。
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- 妊娠中の薬の相談などをオンラインで申し込みできるようになりました – 宇美町ホームページ. [インターネット]. [引用日2025年7月28日]. Available from: https://www.town.umi.lg.jp/soshiki/42/32457.html
- 国立成育医療研究センター 妊娠と薬情報センター – MEICIS メンタル相談室. [インターネット]. [引用日2025年7月28日]. Available from: https://sodan.meicis.jp/tsurumi/750/
- 妊娠と薬情報センターについて – 厚生労働省. [インターネット]. [引用日2025年7月28日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/343-1_1.pdf