この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書に明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストは、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスとの直接的な関連性を示したものです。
- 日本甲状腺学会(JTA)および日本内分泌外科学会(JAES): 甲状腺癌の管理に関する2024年改訂版臨床ガイドライン1040や、バセドウ病の放射性ヨード内用療法に関するガイドライン15など、本記事における日本の臨床現場に即した治療選択、アブレーションの適応、安全管理基準に関する記述は、これらの組織が策定した指針に基づいています。
- 米国甲状腺学会(American Thyroid Association, ATA): 放射性ヨウ素治療に関する患者向け情報39や、低リスク甲状腺癌に対する放射性ヨウ素治療の推奨に関する見解12は、この記事における国際的な標準治療や最新の考え方を反映させるための基礎となっています。
- 米国国立がん研究所(National Cancer Center, NCCN)および米国国立医学図書館(NCBI/PubMed): 甲状腺癌の臨床実践ガイドライン14や、副作用、妊孕性への影響、二次がんリスクに関する多数の系統的レビューおよび研究論文18182123は、本記事におけるリスクとベネフィットに関する議論の科学的正確性を担保するために参照されています。
要点まとめ
- 放射性ヨウ素治療は、甲状腺細胞がヨウ素を選択的に取り込む性質を利用した「標的療法」であり、甲状腺癌やバセドウ病の治療に高い効果を発揮します。
- 副作用には短期的なもの(唾液腺炎、吐き気など)と長期的なもの(甲状腺機能低下症、ごくわずかな二次がんリスク)がありますが、多くは管理可能であり、特に中〜高リスクの甲状腺癌では治療の利益が危険性を大きく上回ります。
- 治療効果を最大化するため、治療前には日本の食文化に合わせた厳格な「ヨウ素制限食」が必要です。
- 治療後は、周囲の人々(特に子供や妊婦)への不要な被ばくを避けるため、一定期間、日常生活における具体的な安全対策(トイレの使用法、他者との距離など)を遵守することが極めて重要です。
- 最新の医療ガイドラインでは、特に低リスクの甲状腺癌に対しては、手術や放射性ヨウ素治療を避ける「積極的経過観察」などの個別化されたアプローチが推奨されるようになっています。
放射性ヨウ素治療の科学的根拠:その仕組みと目的
知識と信頼の基盤を築くため、このセクションでは放射性ヨウ素治療が「どのように」、そして「なぜ」機能するのかを、診断目的と治療目的の違いを明確にしながら、わかりやすい言葉で解説します。
甲状腺細胞への「スマート爆弾」:作用機序の解説
この治療法の基本原理は、一つの生物学的な事実に集約されます。それは、甲状腺が血中からヨウ素を能動的に取り込み、甲状腺ホルモンを生成する体内で唯一の主要な臓器であるということです3。放射性ヨウ素治療は、このメカニズムを巧みに利用します。患者さんが放射性ヨウ素、具体的にはヨウ素131(I-131)を含むカプセルを服用すると、それは血流に入り、甲状腺の細胞(正常な細胞とがん細胞の両方)に選択的に吸収され、そこに留まります4。
甲状腺細胞内に取り込まれたI-131は、ベータ(β)線という種類の放射線を放出します。このエネルギーは非常に短い距離(数ミリメートル)しか進みません。この局所的な放射線が甲状腺細胞のDNAを損傷・破壊し、細胞死に至らせる一方で、周囲の組織への影響はごくわずかにとどまります1。これこそが、この治療が「標的療法」と呼ばれる所以です。
ここで、治療に用いられるI-131(細胞を破壊する)と、診断に用いられるヨウ素123(I-123)とを明確に区別することが重要です。I-123は、甲状腺の機能を視覚化するための甲状腺スキャンなどの画像診断に用いられる別の同位体です。これは細胞に損傷を与えず、この違いを理解することは、患者さんが診断検査に対して不必要な不安を抱かないために不可欠です3。
甲状腺疾患治療における主な適用
放射性ヨウ素治療は、主に分化型甲状腺癌と甲状腺機能亢進症という二つの主要な甲状腺疾患群の治療における重要な手段です。治療の目的は患者さんの具体的な状態によって大きく異なり、その目的を明確に理解することは、患者さん自身が治療プロセスに積極的に関与するための第一歩となります。日本内分泌外科学会(JAES)の2024年臨床ガイドラインでは、癌治療におけるI-131の使用目的が明確に分類されており、患者さんと医師が共通の言語で対話する助けとなります10。
分化型甲状腺癌(乳頭癌・濾胞癌)に対して
甲状腺全摘除術後、I-131療法は主に三つの目的で使用されます。
- 残存甲状腺破壊(アブレーション): これは最も一般的な目的です。手術後、ごく微量の正常な甲状腺組織や、肉眼では見えない微小ながん細胞が残存している可能性があります。アブレーションの目的は、I-131を用いてこの残存組織を完全に破壊することです2。これには二つの重要な利点があります。第一に、がんの再発リスクを低減させる可能性があります。第二に、そしてより重要な点として、将来の再発を早期に発見するための腫瘍マーカー「サイログロブリン(Tg)」の血液検査の感度と信頼性を大幅に向上させます10。
- 術後補助療法: 画像診断では確認できない微小な腫瘍が残存していると疑われる、中等度の再発リスクを持つ患者さんに適用されます。ここでの目標は、これらの潜在的ながん細胞を根絶することによって、無病生存率を改善することです10。
- 治療: 癌が頸部リンパ節や、肺・骨などの遠隔臓器に転移している場合、より高線量のI-131がこれらの転移したがん細胞を探し出し、破壊するために用いられます11。
ご自身の治療目的が、経過観察の精度向上のための「アブレーション」なのか、リスク低減のための「術後補助療法」なのか、あるいは転移巣に対する「治療」なのかを理解することは、治療の利益とリスクについて医師とより深く有意義な対話を持つ助けとなります。
甲状腺機能亢進症(例:バセドウ病)に対して
バセドウ病のような状態では、甲状腺が過剰に活動し、ホルモンを過剰に産生します。ここでの放射性ヨウ素治療の目的は、甲状腺を「鎮静化」させることです。慎重に計算された、より少量のI-131を用いて、過活動な甲状腺細胞を適度に破壊し、ホルモン産生を正常または低いレベル(甲状腺機能低下症)に導きます6。最終的な目標は、甲状腺機能亢進症を恒久的に治癒させ、患者さんが抗甲状腺薬に依存しない生活を送れるようにすることです。
リスクと副作用の透明性ある解説
潜在的な副作用について、いたずらに恐怖を煽ることなく、正直でバランスの取れた議論を行うことが極めて重要です。このセクションでは、系統的レビューや公的ガイドラインに基づき、副作用の発生率、管理方法、そして臨床的背景におけるリスクの位置づけに焦点を当てます。
短期的な副作用:知っておくべきことと管理法
短期的な副作用のほとんどは一般的ですが、通常は一時的なものであり、管理が可能です。これらは治療後数日から数週間のうちに現れることが多いです。
- 頸部と唾液腺: 放射線による甲状腺炎(頸部の軽度の痛みや腫れ)や唾液腺炎が最も一般的な副作用です。唾液腺炎は、唾液腺も少量のヨウ素を取り込むために起こり、顎や頬の痛みや腫れ、口の渇き(口腔乾燥症)、味覚の変化(味覚障害)といった症状を引き起こします1。
- 消化器系: 特に高線量のI-131を用いた場合に、吐き気や嘔吐が起こることがあります。これらの症状は通常、事前に処方される制吐剤で良好にコントロールされます1。
- 全身症状: 倦怠感、頭痛、全身の不快感などが現れることがあります。これはI-131の影響も一部ありますが、多くは治療前に必須となる甲状腺機能低下状態(甲状腺ホルモン薬の休薬による)が原因です18。
患者さんがこれらの症状を主体的に管理できるよう、以下の表に早見ガイドを示します。
副作用 | 一般的な症状 | 典型的な発症時期 | 推奨される管理法 |
---|---|---|---|
唾液腺炎 | 顎や頬の痛み・腫れ、口の渇き、味覚の変化 | 治療後1~3日 | 十分な水分補給、唾液分泌を促すための酸っぱい飴やレモンをなめる、唾液腺領域の穏やかなマッサージ、医師の指示による鎮痛剤の使用。 |
吐き気・嘔吐 | むかつき、嘔吐の可能性 | 数時間後~1、2日後 | 治療前に処方された制吐剤の服用、少量で軽い食事を心がける、脂っこい食べ物や香りの強い食べ物を避ける。 |
放射線性甲状腺炎 | 頸部の痛み、張り、軽度の腫れ | 治療後1~3日 | 市販の鎮痛剤(アセトアミノフェンなど)や医師の指示による抗炎症薬の使用。 |
倦怠感・不快感 | 疲労感、活力の欠如、頭痛 | 数週間続く可能性あり | 十分な休息、水分補給の維持。甲状腺ホルモン補充療法を再開すれば徐々に改善します。 |
データは主に以下の文献から集約: 1
長期的な視点と管理
長期的な影響は、特に甲状腺機能、妊孕性、二次がんのリスクに関して、多くの患者さんにとって大きな関心事です。
- 甲状腺機能低下症: バセドウ病で治療を受けたほとんどの患者さん、および甲状腺全摘除術後のすべての患者さんにとって、永続的な甲状腺機能低下症の発症は副作用ではなく、治療の「目的とする結果」であることを強調する必要があります8。この状態は、毎日1錠の甲状腺ホルモン補充薬(例:チラーヂン)を服用することで、非常に簡単かつ効果的に管理できます。この薬は、体が自ら作れなくなったホルモンを補うだけであり、患者さんは完全に普通の生活を送ることができます19。
- 妊孕性と家族計画: これは重大な関心事であり、科学的データに基づいて直接的に対処する必要があります。
- 男性において: 高い累積線量のI-131は、一時的な精子数の減少を引き起こす可能性があります。この影響は線量に依存し、通常は時間とともに回復します20。JAESの2024年ガイドラインでは、非常に高い総累積線量(14ギガベクレル超)を受けると予想される男性に対して、精子凍結保存の検討を推奨しています10。
- 女性において: 研究により、放射性ヨウ素治療が長期的な不妊を引き起こしたり、将来の妊娠における流産や先天異常のリスクを増加させたりしないことが示されています10。
- 重要な安全勧告: 日本および国際的な主要な医療ガイドラインはすべて、男女ともにI-131による治療後6~12ヶ月間は挙児を避けるべきであるという共通の勧告を強調しています。これは、放射性物質が体内から完全に排出され、ホルモンレベルが安定したことを確認するためです3。
- 二次がんのリスク: これは最も繊細なテーマであり、慎重かつ洗練されたアプローチが求められます。患者さんがインターネットで情報を検索すると、しばしば科学的背景を欠いた扇動的な情報に遭遇することがあります。例えば、あるブログ記事が「緊急速報!」といった見出しを使い、「乳がんによる死亡率が12%増加」24と主張すれば、それは極度の恐怖を引き起こしかねません。専門的な医療記事は、統計データと患者さんの恐怖との間の溝を埋めなければなりません。正しいアプローチは以下の通りです。
- 科学的コンセンサスを冷静に提示する: 大規模な研究調査により、高線量のI-131治療から数年後に、一部の二次がん(白血病や唾液腺がんなど)のリスクが、線量に依存してわずかに増加する可能性があることが示されています9。
- リスクを文脈の中に置く: このリスクを直ちに適切な文脈に置くことが不可欠です。絶対リスクは非常に低いのです。中等度または高リスクの甲状腺癌を持つ患者さんにとって、放射性ヨウ素治療が再発や癌による死亡を防ぐという利益は、将来の二次がんという小さな統計的リスクをはるかに上回ります。これは世界中の主要ながん関連機関の一致した見解です。
- 権威ある情報源を引用する: 米国甲状腺学会(ATA)やJAESのガイドラインは、これらのリスクを慎重に検討した上で、適切な患者さんに対して放射性ヨウ素治療を引き続き推奨しています9。これはまた、利益が明確でない超低リスクの患者さんに対しては放射性ヨウ素の使用を避けるという方向にガイドラインが進化している主な理由の一つでもあります12。
- 違いを説明する: 「相対リスク」(例:12%増加)と「絶対リスク」(大規模な集団における実際の症例数の変化)の違いを患者さんに理解してもらう必要があります。絶対リスクのわずかな増加も、相対的なパーセンテージで表現されると非常に憂慮すべきものに見えることがあります。患者さんが遭遇しうる不安な情報を認め、それを科学的な概念で説明することで、私たちは信頼を築き、正統な医療ガイドラインの立場を強化することができます。
日本における放射性ヨウ素治療の実践ガイド
このセクションでは、一般的な知識から、日本の医療システムにおける患者さんの体験に合わせた、実践的で段階的なガイドへと移行します。
準備が鍵:日本の食文化に合わせたヨウ素制限食
治療の1~2週間前から食事中の非放射性ヨウ素を制限する目的は、甲状腺細胞を「飢えさせる」ことにあります。ヨウ素が不足すると、細胞はより「貪欲」になり、治療用のI-131を効率的に吸収するようになり、それによって治療効果を最大化します15。日本でこの食事療法を遵守することは、主食となる多くの食品にヨウ素が含まれているため、困難を伴う場合があります。欧米風の一般的なリストでは不十分です。患者さんは日本の食文化に即した具体的なガイダンスを必要としています。
食品群 | 絶対に避けるべき食品 | 表示の確認が必要な食品 | 安全な代替選択肢 |
---|---|---|---|
海藻類 | 昆布、わかめ、のり、ひじき、もずく、寒天 | 海藻粉末、海藻エキスを含むあらゆる製品 | なし。完全に避ける必要があります。 |
調味料 | 昆布だし、天然塩。一部の醤油や味噌にはだしが含まれる可能性あり。 | 「アミノ酸等」といった調味料は海藻由来の可能性がある。 | 精製塩、しいたけや鰹節のだし、砂糖、酢、胡椒、ハーブ類。 |
魚介類 | 魚類、貝類。一部の指針では赤身魚(マグロ、サバなど)を避けるよう推奨。 | かまぼこ、ちくわなどの魚肉加工品。 | ほとんどの肉類(牛、豚、鶏)、卵。一部の指針ではエビ、イカ、タコは適量なら可。 |
乳製品 | 牛乳、チーズ、ヨーグルト、アイスクリーム | 菓子パン、洋菓子など、牛乳やバターを含む可能性のある製品。 | ヨウ素が強化されていない豆乳、植物油。 |
加工食品 | 多くのインスタント食品、缶詰、スープ、ソース類。 | 昆布、わかめ、寒天、ヨウ素といったキーワードがないか成分表示を熟読。 | 安全な食材を用いて自炊するのが最善。 |
医薬品・サプリメント | ポビドンヨードを含むうがい薬(イソジンなど)や一部の総合ビタミン剤。 | あらゆる医薬品、サプリメントの成分を確認。 | 服用中のすべての薬について医師に相談する。 |
データは主に以下の文献から集約: 4
治療プロセス:入院から退院まで
入院前: 最終確認が行われます。これには、ヨウ素制限食の遵守、および必要な期間(通常2~4週間)の甲状腺ホルモン薬(チラーヂン)の休薬確認が含まれます。一部の患者さんは、休薬の代わりにタイロゲン(遺伝子組換えTSH)の注射を受けることができ、これにより甲状腺機能低下の症状を避けることができます4。
入院期間(アイソトープ管理病棟にて):
- 患者さんは、放射線が外部に漏れるのを防ぐために、通常は鉛で遮蔽された特別室で過ごします1。
- 治療自体は非常にシンプルで、I-131のカプセルを1つまたは複数、水で飲むだけです7。
- 医療スタッフとの接触は、彼らの被ばくを減らすために最小限に抑えられます。スタッフは線量計を身につけ、必要に応じて移動式の遮蔽板を使用することがあります17。
- 持ち込む私物は必要最小限にすべきです。病室に持ち込んだ物は放射能を帯びる可能性があり、退院時に持ち帰れない場合があります17。
- 尿を通じて余分なI-131を体外に排出するのを助けるため、十分な水分摂取が奨励されます17。
退院基準: 退院は決まった日数に基づくものではありません。医療スタッフが特別な測定器を用いて、患者さんの体内に残存する放射線量を測定します。このレベルが法律で定められた安全基準値を下回り、公衆の安全が確保されると判断された時点で、退院が許可されます17。
自宅に戻ってから:放射線安全対策チェックリスト
退院後も、患者さんの体内には少量のI-131が残っており、主に尿、汗、唾液を通じて排出し続けます。以下の予防策は、身近な人々、特に子供や妊婦を不要な放射線被ばくから守るためのものです1。
予防策 | 典型的な実施期間 | 具体的な指示 |
---|---|---|
トイレ | 3~7日間 | 使用後は毎回2回水を流す。男性も尿の飛散を防ぐため座って排尿する。石鹸と水で念入りに手を洗う。 |
睡眠 | 3~7日間 | 個室で一人で寝る。それが不可能な場合は、他の人との間に少なくとも1~2メートルの距離を保つ。 |
洗濯 | 3~7日間 | 自身の衣類、タオル、寝具は家族のものとは別に洗濯する。 |
子供や妊婦との接触 | 1~3週間 | 近接接触(1メートル以内)を避ける。1日15分以上子供を抱いたり、抱きしめたりしない。添い寝を避ける。 |
身の回り品 | 3~7日間 | タオル、歯ブラシ、カミソリ、コップ、食器、箸、スプーンなどを共有しない。これらの食器は別に洗う。 |
親密な接触 | 1週間 | キスや性交渉を避ける。 |
公共の場所 | 1週間 | 人混み(電車、バス、映画館など)への外出を控える。公共交通機関を利用せざるを得ない場合は、他人との距離を保つよう努める。 |
重要事項: 医師は、あなたが受けた具体的な線量に基づいて、これらの予防策を遵守すべき正確な期間を指示します。この表はあくまで一般的な目安です。
データは主に以下の文献から集約: 3
専門家の視点と治療施設の選択
このセクションでは、単なるガイドから一歩進んで、変化しつつある甲状腺癌治療の背景を議論し、質の高いケアを日本で探すためのデータに基づいた指針を提供することで、記事を専門的な報告書のレベルへと高めます。
進化するガイドライン:個別化・患者中心のアプローチへ
甲状腺癌の管理において、世界的な大きな変化が起きており、日本はこの潮流の最前線にいます。診断技術の進歩に伴い、生命を脅かすことのないであろう非常に小さくリスクの低い腫瘍が発見されるケースが増えています30。データによると、甲状腺癌の罹患率は上昇していますが、死亡率は安定、あるいはわずかに減少しており、これは進行の遅い癌の「過剰診断」の可能性を示唆しています30。
この理解は、「より少ないことが、より良いことである(less is more)」という哲学につながりました。ATA12とJAES10の双方のガイドラインは、これらの低リスク患者に対して、より低侵襲なアプローチをますます推奨するようになっています。
- 積極的経過観察: 超低リスクの微小乳頭癌に対して、JAESの2024年ガイドラインは、即時手術ではなく「積極的経過観察」を強く推奨しています。これは日本が先駆的に取り組み、その安全性と有効性を証明してきたアプローチです10。
- 放射性ヨウ素の選択的使用: 手術を受けた低リスク患者に対して、ATAとJAESのガイドラインは現在、術後の放射性ヨウ素の定型的な使用は多くの場合不要であると明言しています。大規模な研究により、この患者群では生存率を改善しない一方で、不要な副作用や治療費を増加させることが示されています10。
この情報は、患者さんにとって力づけとなるものです。低リスクの癌と診断されても、必ずしも一連の積極的な治療を受ける必要はありません。患者さんは、これが最新の専門的勧告に合致したアプローチであるという知識を持って、積極的経過観察や放射性ヨウ素の不使用といった選択肢について、安心して医師と議論すべきです。これは治療の放棄ではなく、洗練された最新のケアの証なのです。
卓越した治療を求めて:日本の主要な甲状腺治療センター
甲状腺癌のような複雑な病状では、治療成績は多くの症例を扱い、専門的な多分野チーム(内分泌内科医、外科医、核医学医など)を擁する施設でより良好となる傾向があります14。主要な病院に関するデータに基づいた情報を提供することは、治療先を探している患者さんにとって大きな価値をもたらします。日本における甲状腺癌の治療症例数データは、特定の専門病院が大学病院や主要ながんセンターと共に、際立って多数の患者を扱っていることを示しています。
病院名 | 都道府県 | 市区町村 | 特筆すべき点 |
---|---|---|---|
伊藤病院 | 東京都 | 渋谷区 | 日本で最も患者数の多い甲状腺専門病院。33 |
隈病院 | 兵庫県 | 神戸市 | 手術件数で常にトップクラスの甲状腺専門病院。33 |
金地病院 | 東京都 | 北区 | 手術・非手術ともに多数の症例を持つ専門病院。33 |
やました甲状腺病院 | 福岡県 | 福岡市 | 九州地方における主要な専門病院。33 |
野口病院 | 大分県 | 別府市 | 歴史と実績のある専門病院。33 |
福島県立医科大学附属病院 | 福島県 | 福島市 | 非手術的治療(RAIを含む)の症例数が多い大学病院。33 |
九州大学病院 | 福岡県 | 福岡市 | 非手術的治療法に専門性を持つ主要な大学がんセンター。33 |
大阪公立大学医学部附属病院 | 大阪府 | 大阪市 | 関西地方の主要な大学がんセンター。33 |
東京医科大学病院 | 東京都 | 新宿区 | 手術件数の多い東京の主要大学病院。33 |
国立がん研究センター中央病院/東病院 | 東京都/千葉県 | 中央区/柏市 | 先進的な臨床試験や研究を行う国立のがんセンター。36 |
データは主に以下の文献から集約: 33。このリストは網羅的なものではなく、あくまで参考です。最適な治療施設については、主治医とよく相談してください。
よくある質問
放射性ヨウ素治療は痛みを伴いますか?
治療自体は、カプセルを水で飲むだけなので全く痛みはありません。治療後数日して、放射線性甲状腺炎や唾液腺炎による首や顎の周りの軽い痛みや圧迫感を感じることがありますが、これは通常、市販の鎮痛剤で管理できる程度です1。多くの患者さんは、大きな苦痛なく治療期間を終えられます。
治療後、いつから通常の生活に戻れますか?
退院後、ほとんどの日常活動は再開できますが、周囲への安全対策として、数日から1週間程度は他者との近接接触を避けるなどの注意が必要です(表3参照)。特に子供や妊婦との接触には、より長い期間(1~3週間)の注意が求められます3。甲状腺ホルモン薬を休薬していた場合は、治療後に再開すると倦怠感なども徐々に改善していきます。具体的な期間については、受けた線量によって異なるため、必ず担当医の指示に従ってください。
二次がんのリスクについて、本当に心配しすぎる必要はないのでしょうか?
これは非常に重要なご質問です。大規模な研究で、高線量の治療後に特定のがんのリスクが統計的に「わずかに」上昇する可能性が示されています9。しかし、この「絶対リスク」の増加は非常に小さいものです。例えば、中等度から高リスクの甲状腺癌を持つ患者さんにとって、この治療によって癌の再発を防ぎ、生命を守るという「確かな利益」は、将来の二次がんという「非常に低い確率のリスク」をはるかに上回ります。医師がこの治療を勧めるのは、その利益が危険性を大きく凌駕すると判断した場合に限られます。低リスクの患者さんには、そもそもこの治療が推奨されなくなってきているのも、このようなリスクと利益のバランスを慎重に考えているためです12。
結論
放射性ヨウ素治療は、標的を精密に攻撃する、効果の高い治療法です。適切に選択された患者さんにとって、病状をコントロールし再発を防ぐというその利益は、管理可能なリスクを大きく上回ります。現代の甲状腺医療は、ますます個別化されています。すべての人にとって唯一「正しい」治療法というものは存在しません。最善の治療とは、十分な情報を得た患者さんと、専門的な医療チームとの間で下される共同の決定の成果なのです。私たちは、このガイドが皆様にとって、疑問を投げかけ、懸念を表明し、ご自身のヘルスケア計画に積極的に参加するための基盤となることを願っています。知識は力であり、力を得た患者さんこそが、健康への道のりにおける最良のパートナーなのです。
付録:権威ある情報源と専門家
より深く学び、一次情報源にアクセスするために、以下の組織のウェブサイトを推奨します。
- 日本甲状腺学会(JTA): 日本における甲状腺疾患に関する研究と臨床実践の第一人者である組織。理事長の田上哲也医師などの専門家のリーダーシップのもと、ガイドラインが策定されています37。
- 日本内分泌外科学会(JAES): 外科手術や放射性ヨウ素治療のような関連療法の基準を設定する組織。原尚人医師や杉谷巌医師などの専門家によって、重要なガイドラインが作成されています4041。
- 国立がん研究センター がん情報サービス: 日本の癌患者さんとその家族のための、包括的で信頼性の高い情報源です20。
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