この記事の科学的根拠
この記事は、出典元の研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下に示すリストは、実際に参照された情報源と、提示されている医学的指導との直接的な関連性を示したものです。
- Medicina (Kaunas)誌の研究: 本記事における矯正治療の痛みと食事、生活の質(QOL)への影響に関する指針は、出典資料に引用されている同誌の研究に基づいています1。
- 日本矯正歯科学会 (JOS): 日本の文脈における矯正治療中の食事に関する注意点や、専門家としての具体的な推奨事項は、日本の歯科矯正分野における最高権威である同学会の公式見解を引用しています3。
- 米国矯正歯科学会 (AAO): 矯正中に推奨される、および避けるべき食品の基本的なリストに関する国際的な標準は、同学会のガイドラインに基づいています4。
- Journal of International Oral Health誌の研究: 栄養状態が歯の移動を支える生物学的反応に直接影響を与えるという、本記事の科学的な核心部分は、同誌に掲載された研究成果を根拠としています5。
- 厚生労働省 (MHLW): 日本における口腔衛生への意識の高さを背景情報として提示するため、同省が公表した歯科疾患実態調査の公式データを活用しています2。
要点まとめ
- 矯正治療中の痛みは、歯が動く際の正常な炎症反応が原因であり、食事の工夫によって管理することが可能です。
- 硬い食品や粘着性の高い食品を避けることは、装置の破損を防ぎ、治療期間の遅延という危険性を減らすために不可欠です。
- カルシウム、ビタミンD・K、タンパク質、ビタミンCなどの栄養素は、歯を支える骨や歯肉の健康を維持し、治療を科学的にサポートします。
- 治療段階や症状(痛み、口内炎など)に応じて食事内容を調整することで、生活の質(QOL)を維持しながら治療を継続できます。
- 日本矯正歯科学会などの権威ある機関からのアドバイスを参考に、担当歯科医師と相談しながら食事計画を立てることが最も重要です。
なぜ矯正治療中の食事がこれほど重要なのか?科学的視点からの解説
矯正治療中の食事管理は、単に「不快だから」という理由だけではありません。治療の成功、期間、そして最終的な結果にまで影響を及ぼす、科学的な理由が存在します。
1. 歯が動く仕組みと炎症反応
矯正装置が歯に力を加えると、歯の周りの骨(歯槽骨)では、一方の骨が吸収され(破骨細胞の働き)、もう一方では新しい骨が作られる(骨芽細胞の働き)という「骨のリモデリング」という現象が起こります。このプロセスによって歯は少しずつ移動します。この骨のリモデリングには、必ず無菌性の「炎症反応」が伴い、これが痛みの主な原因となります1。硬い食べ物を噛むという行為は、このデリケートな状態にある歯根やその周囲の組織に物理的な圧力を加え、炎症を増強させ、痛みを悪化させる可能性があるのです。
2. 矯正装置の保護と治療期間への影響
ブラケットやワイヤーといった矯正装置は精密に作られていますが、想定外の強い力には耐えられません。硬い食品を噛むことでブラケットが外れたり、ワイヤーが変形したりすると、計画通りに歯に力がかからなくなり、治療の進行が遅れてしまいます。装置の修理や再装着には追加の通院や費用が必要になる場合もあり、結果的に治療期間全体が延長する大きな危険性(リスク)となります。国際的な医療機関であるクリーブランド・クリニックも、この危険性を指摘しています6。
3. 口腔衛生と二次的トラブルの危険性
矯正装置の周りは非常に複雑な構造をしており、食べかすが詰まりやすく、歯ブラシも届きにくくなります。これにより、歯垢(プラーク)が蓄積しやすくなり、虫歯や歯肉炎の危険性が著しく高まります。特に糖分が多く粘着性の高い食品は、装置に絡みついて虫歯菌の温床となります。治療中に虫歯や重度の歯肉炎が発生すると、その治療を優先させるために矯正治療を一時中断せざるを得ない場合もあり、治療計画全体に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
歯の移動を科学的にサポートする必須栄養素
適切な栄養摂取は、矯正治療によって常にリモデリング(再構築)が起きている歯周組織を、内側から支えるために極めて重要です。ある横断研究では、不適切な栄養状態が、矯正力に対する歯周組織や骨の生物学的反応に悪影響を及ぼす可能性が示唆されており、栄養専門家の関与が有益である可能性も指摘されています5。
カルシウム:骨の主成分
- 役割:歯を支える歯槽骨の主成分であり、骨のリモデリングに不可欠なミネラルです。矯正治療中の骨の吸収と再生を円滑に進めるためには、十分なカルシウム供給が欠かせません。
- 推奨食品:牛乳、ヨーグルト、チーズなどの乳製品、しらす干しなどの小魚、豆腐、高野豆腐、小松菜、水菜。
ビタミンD:カルシウムの吸収を助けるパートナー
- 役割:腸管でのカルシウムの吸収効率を高め、体内のカルシウム濃度を適切に保つ働きがあります。カルシウムをどれだけ摂取しても、ビタミンDが不足しているとその効果は半減してしまいます。
- 推奨食品:サケ、サバ、サンマなどの魚類、干ししいたけ、きくらげなどのきのこ類。また、適度な日光浴も体内でのビタミンD生成を促します。
ビタミンK:骨へのカルシウム定着を促す
- 役割:吸収されたカルシウムが骨に沈着し、骨形成を促進するのを助ける役割を持ちます。骨の「セメント」のような働きをすると考えられています。
- 推奨食品:納豆、ほうれん草、ブロッコリー、春菊。
タンパク質:組織修復の基礎材料
- 役割:歯肉や、歯と骨をつなぐ歯根膜といった歯周組織の主成分はタンパク質(コラーゲン)です。これらの組織の修復と再生のためには、良質なタンパク質の摂取が必須です。
- 推奨食品:卵、鶏肉(特にささみや胸肉)、魚、豆腐や納豆などの大豆製品、乳製品。
ビタミンC:コラーゲン生成と歯肉の健康
- 役割:タンパク質からコラーゲンを生成する過程で不可欠なビタミンです。また、抗酸化作用により、矯正治療に伴う歯肉の炎症を抑制する効果も期待できます。
- 推奨食品:ピーマン、ブロッコリー、カリフラワー、キウイフルーツ、柑橘類。
【段階・症状別】矯正ライフを乗り切る食事ガイド
矯正治療中の食事は、画一的なものではなく、治療の段階やその時々の症状に合わせて柔軟に変えていくことが、快適に乗り切るための鍵となります。
装置装着・調整直後(~1週間):痛みが最も強い時期
この時期は、歯が動き始めることによる痛みが最も強く現れます。無理に固形物を食べる必要はありません。流動食や、舌と上顎で潰せるくらいの柔らかさの食事が中心となります。米国矯正歯科学会(AAO)も、この時期には柔らかい食品を推奨しています4。
- 具体的なメニュー案:栄養バランスを考えた野菜や果物のスムージー、野菜のポタージュ、卵豆腐、具なしの茶碗蒸し、おかゆ、ヨーグルト、栄養補助ゼリーなど。
痛みが和らいできた時期:通常の食事への移行期
痛みが落ち着いてきたら、少しずつ食事の形態を固形に近づけていきます。ただし、まだ硬いものは避け、柔らかく煮込んだ料理や、食材を小さく切ったり、細かく刻んだりする工夫が必要です。
- 具体的なメニュー案:日本の食卓で馴染み深い、豆腐ハンバーグ、魚の煮付け、鶏つくね、豚の角煮、柔らかく煮たうどん、マカロニグラタンなどが良いでしょう7。
口内炎ができてしまった時
装置が口の粘膜に擦れて、口内炎ができてしまうことも少なくありません。口内炎がある時は、食事が苦痛になりがちです。香辛料の効いた辛いもの、酸味の強いもの、熱すぎるものなど、刺激になる食事は避け、人肌程度の温度のものをゆっくり食べるようにしましょう。粘膜の修復を助けるビタミンB群(特にビタミンB2、B6)を多く含む、レバー、うなぎ、卵、乳製品、納豆などを意識的に摂取することも有効です。
【専門家推奨】矯正中に積極的に食べるべき食品リスト
以下の表は、矯正治療中に推奨される食品をカテゴリー別にまとめたものです。調理法を工夫することで、食事のバリエーションを豊かに保つことができます。
カテゴリー | 具体的な食品例 | ポイント |
---|---|---|
主食 | おかゆ、雑炊、リゾット、柔らかく炊いたご飯、煮込みうどん、マカロニ | 水分を多く含み、噛まずに食べられるものが中心。 |
主菜(タンパク質源) | 豆腐ハンバーグ、鶏つくね、ひき肉のあんかけ、茶碗蒸し、卵豆腐、白身魚の煮付けや蒸し料理、半熟卵 | ひき肉や、元々柔らかい食材を活用する。煮る、蒸すといった調理法が適している。 |
副菜(ビタミン・ミネラル源) | マッシュポテト、カボチャやニンジンの煮物、ほうれん草のペースト、大根のそぼろ煮、野菜スープ | 野菜は繊維が断ち切られるまで、くたくたに煮込むか、ミキサーにかける。 |
果物・乳製品 | バナナ、完熟した桃や柿、すりおろしリンゴ、ヨーグルト、牛乳、飲むヨーグルト | そのまま食べられる柔らかいものや、加工されたものが便利。 |
間食・デザート | プリン、ゼリー、ムース、アイスクリーム、カステラ | 気分転換にもなるが、糖分の多いものは食後の歯磨きを徹底する。 |
【要注意】避けるべき食品とその科学的根拠
矯正治療の成功のためには、特定の食品を避けることが極めて重要です。その理由を科学的な根拠と共に理解することで、食事管理への意識が高まります。
カテゴリー | 具体的な食品例 | 避けるべき科学的根拠 | 代替案・工夫 |
---|---|---|---|
硬い食品 | せんべい、ナッツ類、フランスパンの皮、氷、硬い肉 | 装置に過度の力がかかり、ブラケットの脱離やワイヤーの変形を引き起こす最大の原因6。歯根にも負担をかける。 | 肉はひき肉にするか、圧力鍋で柔らかく煮込む。 |
粘着性の高い食品 | キャラメル、ヌガー、餅、ガム、グミ | 装置に強力に付着し、除去が極めて困難。装置を破損させる危険性がある上、虫歯の直接的な原因となる。 | 原則として避ける。甘いものが欲しい場合は、プリンやゼリーを選ぶ。 |
繊維質が多く絡まりやすい食品 | えのき、ニラ、ほうれん草、アスパラガス、水菜 | 細い繊維がワイヤーやブラケットの隙間に複雑に絡まり、歯ブラシでは除去しにくく、歯垢の温床となる。 | ミキサーにかけてスープにするか、細かく刻んで卵焼きなどに混ぜ込む。 |
前歯で噛み切る食品 | りんごの丸かじり、骨付き肉、とうもろこし、ハンバーガー | 前歯のブラケットに直接強い力がかかり、脱離する危険性が非常に高い。 | りんごは薄切りかすりおろしに。肉は骨から外し、とうもろこしは粒を外してから食べる。 |
着色しやすい食品 | カレー、コーヒー、紅茶、赤ワイン | 装置(特にゴム)に着色しやすい。審美性を気にする場合は摂取頻度を考える。 | 摂取後は早めに口をゆすぐか、歯を磨く。ストローを使うのも有効。 |
食事の悩みとQOL(生活の質)を維持するヒント
矯正治療は長期にわたることが多く、食事制限が精神的なストレスになることもあります。研究でも、矯正治療中の痛みが食事やQOLに悪影響を与えることが示されています1。しかし、いくつかの工夫で、その負担を大きく軽減することが可能です。
- 調理器具を活用する:ミキサーやフードプロセッサー、圧力鍋は、硬い食材を柔らかく調理するための強力な味方です。週末に野菜スープや肉そぼろなどを作り置きしておくと、平日の食事準備が格段に楽になります。
- 外食時のメニュー選びのコツ:友人との会食などを諦める必要はありません。日本の飲食店には、矯正中でも選びやすいメニューが多くあります。うどん屋では「かけうどん」や「釜玉うどん」、定食屋では「煮魚定食」や「豆腐ハンバーグ定食」などが良い選択肢です。ステーキハウスなどに行く場合は、ナイフとフォークで細かく切ってから食べるようにしましょう。
- 痛みの心理的側面と向き合う:調整後の痛みは辛いものですが、それは「歯が計画通りに動いている証拠」でもあります。痛みを治療の進行を示すポジティブなサインと捉えることで、精神的な負担が和らぐことがあります。痛みが強い時は無理せず、自分を労って柔らかい食事に切り替えましょう。
専門家からのアドバイス:日本矯正歯科学会(JOS)の見解
日本国内における歯科矯正分野の最高権威である、公益社団法人 日本矯正歯科学会(JOS)は、矯正治療中の食事に関して、患者からのよくある質問に対し、公式な見解を示しています3。その中で特に強調されているのが、食後の口腔ケアの重要性です。
「矯正装置がついているとどうしても食べ物がつまり易くなりますので、食事が終わったら歯ブラシを持参し、歯を磨くか、うがいを心がけてください。」3
このアドバイスは、特に外食時において重要です。日本の文化では外食の機会も多いため、携帯用の歯ブラシセットを常に持ち歩く習慣をつけることが、矯正治療中の口腔衛生を維持する上で非常に効果的であると、国内の最高権威が明言しているのです。これは、本記事で解説してきた食事内容の選択と並行して実践すべき、極めて重要な生活習慣と言えるでしょう。
よくある質問
装置の調整後、痛みがひどくて何も食べられません。どうすればいいですか?
調整後の1~3日は痛みが最も強く出やすい時期です。これは歯が動き始めた正常な反応ですので、過度に心配する必要はありません。この期間は無理に固形物を摂ろうとせず、栄養価の高いスムージー、ポタージュスープ、栄養補助ゼリー、ヨーグルトなどでエネルギーと栄養を補給しましょう。痛みが我慢できない場合は、担当の歯科医師に相談の上、処方された鎮痛剤を服用することも検討してください。
食事のたびに食べ物が挟まって、ストレスを感じます。何か良い対策はありますか?
食べ物が挟まるのは、矯正治療中は避けられない現象ですが、ストレスを軽減する工夫は可能です。まず、繊維質の多い野菜(えのき、ニラなど)や、細かく砕けやすい食品(ナッツ類など)を避けることが有効です。また、食後はすぐに強めにうがいをして、大きな食べかすを洗い流しましょう。携帯用の口腔洗浄器(ウォーターピックなど)を使用するのも非常に効果的です。最終的には、日本矯正歯科学会が推奨するように3、食後すぐに歯を磨く習慣を徹底することが最も確実な解決策です。
矯正中に栄養が偏ってしまわないか心配です。
柔らかいものばかり食べていると、確かに栄養バランスが崩れやすくなります。特にタンパク質やビタミン、ミネラルが不足しがちです。ひき肉や卵、豆腐などの柔らかいタンパク質源を意識的に取り入れましょう。また、野菜や果物はミキサーにかけてスムージーやスープにすれば、ビタミンや食物繊維を手軽に摂取できます。市販のプロテインパウダーや栄養補助食品を、担当の歯科医師や管理栄養士に相談の上で活用するのも良い方法です。
外食や会食の機会が多いのですが、どのように対応すれば良いですか?
外食を避ける必要はありません。メニュー選びが重要になります。和食(煮物、焼き魚、うどん、豆腐料理など)、洋食(グラタン、リゾット、オムレツなど)には、矯正中でも食べやすい料理が多くあります。硬そうな肉料理などは避け、もし注文した場合はナイフで細かく切り、奥歯でゆっくり噛むようにしましょう。そして最も大切なのは、食後に備えて歯ブラシセットを持参することです3。化粧室などでさっと歯を磨くだけで、虫歯の危険性を大幅に減らし、不快感も解消できます。
結論
矯正治療中の食事管理は、単なる「我慢」や「制限」ではありません。それは、科学的根拠に基づき、治療の成功を積極的に後押しするための重要な「戦略的行為」です。本記事で解説したように、①痛みを管理し、②装置を保護し、③歯の移動に必要な栄養を供給するという三つの柱を理解し実践することが、快適で確実な治療への近道となります。痛みが強い時期、食べ物が挟まる不快感、栄養の偏りへの不安など、治療中には様々な困難が伴いますが、正しい知識と少しの工夫で、それらの大部分は乗り越えることができます。この記事で得た情報を参考に、ぜひご自身の担当歯科医師と密に連携を取りながら、あなたにとって最適な食事計画を立て、健康的で美しい歯並びを手に入れるというゴールを目指してください。
参考文献
- Strak E, Furtak-Niczyporuk M, Czochrowska E, Gozdowski D, Kulesa-Mrowiecka M, Zadurska M. Assessment of Pain, Diet, and Analgesic Use in Orthodontic Patients: An Observational Study. Medicina (Kaunas). 2025 Feb 28;61(3):357. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11857334/
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- 公益社団法人 日本矯正歯科学会. 矯正歯科治療について [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.jos.gr.jp/about
- American Association of Orthodontists. What Can I Eat with Braces? A Comprehensive Guide [インターネット]. 2023 [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://aaoinfo.org/blog/what-can-i-eat-with-braces/
- Sachan A, Singh A, Sharma P, Jurel S, Singh S, Agrawal L. Pain Perception, Knowledge, Attitude, and Diet Diversity in Patients Undergoing Fixed Orthodontic Treatment: A Pilot Study. J Int Oral Health. 2024 Oct;16(5):453-458. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11589171/
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- 室木歯科クリニック. 矯正中の食事は何を食べる?気をつけるべき ポイントと注意点 [インターネット]. 2025 [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://muroki-dc.com/blog/606768