月経に関する悩みは多くの女性が経験しますが、「これは普通のこと」と我慢してしまうケースが少なくありません。しかし、自身の健康状態を客観的に把握するためには、まず医学的な「正常」の基準を知ることが不可欠です。これにより、漠然とした不調が、専門家への相談を必要とする明確なサインである可能性に気づくことができます。国際産婦人科連合(FIGO)が定める正常な月経周期の国際基準は、自身の状態を評価するための重要な指標となります1。日本産科婦人科学会(JSOG)の定義では、正常な周期は25日から38日、持続期間は3日から7日とされており、国際基準とほぼ一致しています2。これらの数値を自身の月経周期と比較し、記録することは、健康管理の第一歩です。日本の調査では、多くの女性が月経痛などを「我慢するもの」と認識している実態が明らかになっていますが3、臨床的な基準を知ることで、見過ごされがちな健康問題に早期に対処し、QOL(生活の質)を維持・向上させることができます。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
- 正常な月経周期は24〜38日、持続期間は8日以内が国際的な目安です。自身の周期と比較し、健康指標として捉えることが重要です。1
- 「3ヶ月以上月経が来ない」状態は、ホルモンバランスの乱れや多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)などのサインかもしれず、婦人科受診の明確な目安です。2
- 経血量が異常に多く、生活に支障が出る「過多月経」は、見過ごされがちな鉄欠乏性貧血の主な原因です。倦怠感やめまいも貧血の症状である可能性があります。78
- 鎮痛剤が効かないほどの月経痛は「月経困難症」という治療対象の症状で、背景に不妊の原因ともなる子宮内膜症が隠れていることがあります。10
- 日本の健康保険制度のもとで、LEP(低用量ピル)やLNG-IUS(ミレーナ)など、月経の悩みを改善する効果的で安全な治療選択肢が利用可能です。2122
はじめに:自身の基準を知る – 「正常な月経」とは?
毎月のことだから、この不調が普通なのか異常なのか分からない——。そのように感じるのは、あなただけではありません。多くの女性が同じように感じ、「我慢すべきこと」だと思い込んでいます。しかし、まずは医学的な「正常」の基準を知ることで、自分の状態を客観的に把握し、必要な行動を起こす第一歩になります。これは、漠然とした不安を、対処可能な課題へと変えるための重要なプロセスです。
私たちの体内のホルモンバランスは、まるで精密なオーケストラのようです。脳からの指令(指揮者)が卵巣(演奏者)に伝わり、決まったリズムでホルモン(音)を奏でることで、規則的な月経が起こります。このリズムが「正常」の範囲内にあるかを知ることは、オーケストラが正しく機能しているかを確認する上で不可欠です。国際産婦人科連合(FIGO)や日本産科婦人科学会(JSOG)が示す数値は、そのための「楽譜」と言えるでしょう12。
このセクションの要点
- 正常な月経周期の国際基準は、周期24〜38日、持続期間8日以内、経血量5〜80mLです。
- 自身の月経を記録し、この客観的な基準と比較することが、健康管理の第一歩となります。
ポイント1:タイミングの異常(周期の異常:いつもと違う「間隔」と「こない」不安)
生理が予定通りに来なかったり、間隔がバラバラだったりすると、「自分の体に何か問題があるのでは?」と不安になるのは自然なことです。周期の乱れはホルモンバランスの変動を示しており、ストレスや生活習慣も影響するため、誰にでも起こり得ます。
科学的には、月経周期の異常は「頻発月経(周期が25日未満)」「稀発月経(周期が39日以上)」「無月経(3ヶ月以上来ない)」などに分類されます42。この背景には、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)のように、卵巣での排卵がスムーズに行われなくなる状態が隠れていることがあります5。ホルモンの交通整理がうまくいかないと、卵巣という道路で排卵の渋滞が起きてしまう、とイメージすると分かりやすいかもしれません。そのため、持続する周期の異常は、単なる「乱れ」ではなく、体の内部で起きていることへの重要な手がかりなのです。
受診の目安と注意すべきサイン
- 日本産科婦人科学会は「3ヶ月以上月経が来ない」場合を、医療機関への相談を検討すべき明確なサインとしています2。
- 「様子見」で放置することは、PCOSや甲状腺疾患といった、早期管理が望ましい慢性疾患の診断を遅らせるリスクを伴います。
ポイント2:経血量の異常(経血量の異常:多すぎる「量」と潜む貧血リスク)
経血量が多すぎて、日中の活動や夜の睡眠にまで支障が出るのは、非常につらい経験です。「これも個性のうち」と諦めてしまう方も少なくありません。しかし、その量の多さは生活の質を大きく下げるだけでなく、気づかないうちに貧血が進行しているサインかもしれません。
医学的には1周期あたり140mL以上の経血量を「過多月経」と呼びますが、これを自宅で測ることは不可能です7。そのため、専門家は「ナプキンが1〜2時間もたない」「経血にレバーのような大きな血の塊が混じる」といった自覚症状を重要な判断材料とします。過多月経は、体にとって毎月大量の鉄分が失われることを意味します。これは、まるで蛇口が少しずつ開きっぱなしになっている水道管のように、じわじわと体内の鉄分という貯水を枯渇させていきます。その結果として生じる鉄欠乏性貧血が、多くの女性が「生理のつらさ」として片付けてしまう倦怠感や息切れの正体であることは少なくありません8。
受診の目安と注意すべきサイン
- ナプキンを1〜2時間ごとに交換する必要がある、または夜間に寝具を汚すことがある。
- 経血にレバーのような大きな血の塊が混じる。
- 月経中や月経後に、原因不明の倦怠感、めまい、息切れ、立ちくらみが続く場合は、貧血の可能性があります。
ポイント3:重い痛みと関連症状(月経痛と関連症状:我慢してはいけない「痛み」)
鎮痛剤を飲んでも効かないほどのひどい痛みで、毎月のように大切な予定を諦めたり、仕事や学校を休んだりしていませんか。「生理痛はあって当たり前」という考えが社会には根強くありますが、その痛みは、治療が必要な「月経困難症」という病気のサインである可能性があります。
月経痛の多くは、子宮を収縮させるプロスタグランジンという物質が過剰に作られることで起こります。しかし、時にその痛みの裏には、子宮内膜症という、本来子宮の内側にあるべき組織が他の場所にできてしまう病気が隠れています1213。これは、庭に生えるはずの植物が、家の壁や床から生えてきてしまうようなものです。その結果、月経のたびに炎症や癒着が起こり、痛みが悪化します。子宮内膜症は進行性の疾患であり、不妊症の主要な原因の一つであることが、欧州生殖医学会(ESHRE)のガイドラインなどでも指摘されています14。日常生活に支障をきたすほどの痛みは、将来の健康を守るためにも「我慢」すべきではない、重要なシグナルなのです。
受診の目安と注意すべきサイン
- 市販の鎮痛薬が効かない、または効かなくなってきた。
- 痛みが原因で、学業や仕事などの日常生活に支障が出ている。
- 月経痛に加え、性交時や排便時にも痛みを感じる。
- これまで経験したことのない、突然の激しい痛みや、月経期間外にも続く痛みがある。
ポイント4:月経以外の出血(不正出血:月経ではない出血)
生理期間でもないのに出血があると、何か悪い病気ではないかと、とても心配になると思います。その不安はごく自然な反応です。月経以外の性器出血は「不正出血」と呼ばれ、ホルモンバランスの乱れなど、様々な原因が考えられます。
近年、産婦人科診療では、国際的な標準に合わせて「異常子宮出血(Abnormal Uterine Bleeding: AUB)」という包括的な用語が導入されています15。これは、様々な原因を体系的に整理し、診断への道筋を明確にするための、いわば「捜査マニュアル」のようなものです6。原因には、排卵の乱れによるホルモン性のもの、子宮頸管ポリープのような良性のもの、そして頻度は低いものの、子宮体がんや子宮頸がんといった悪性疾患の可能性も含まれます11。どのような理由であれ、続く出血や閉経後の出血は、必ず検査が必要なサインです。自己判断せず、婦人科で原因を特定してもらうことが大切です。
受診の目安と注意すべきサイン
- 月経と月経の間に、少量でも出血が持続する。
- 性交後に出血がある。
- 閉経後(1年以上月経がない状態の後)に、いかなる量の出血でもあった場合。
日本における婦人科受診の実際:準備と流れ
月経の異常に気づいたとき、婦人科を受診することに、少し緊張やためらいを感じるかもしれません。しかし、事前に流れを知り、伝えるべきことを整理しておくだけで、そのハードルはぐっと下がります。
診察は、まず丁寧な問診から始まります。医師は、あなたが今一番困っている症状を理解しようと努めます。その際、事前に症状をメモしておくと、落ち着いて正確に伝えることができます。内診に抵抗がある場合は、その気持ちを遠慮なく伝えてください。性交経験のない方など、状況によっては必須ではなく、お腹の上からの超音波(エコー)検査などで代用できることも多くあります。信頼できる医師を見つけるためには、日本産科婦人科学会(JSOG)のウェブサイトで、地域ごとに認定された「産婦人科専門医」を探すことも有効な手段の一つです。詳しくは、婦人科専門医を探すページをご覧ください。
今日から始められること
- 最終月経がいつから始まったか、ここ数ヶ月の周期(何日間隔か)をメモに書き出してみましょう。
- 一番量が多い日のナプキンの交換頻度や、痛みの程度(仕事を休む必要があるかなど)を具体的に記録しておくと、診察がスムーズに進みます。
日本の医療制度における治療選択肢の包括的ガイド
月経の悩みに対する治療法は、この数十年で大きく進歩しました。かつては「我慢する」か「手術する」かの選択肢が主でしたが、現在は日本の健康保険制度のもとで、生活の質を大きく改善できる多様な治療が利用可能です。
どの治療法を選択するかは、症状の原因や重症度、そしてあなたのライフプラン(妊娠希望の有無など)によって異なります。これは、目的地に応じて、電車、バス、飛行機といった最適な交通手段を選ぶのに似ています。例えば、機能性の月経痛に対しては、痛みの原因物質を抑えるNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が有効です。一方、子宮内膜症などが背景にある痛みや、経血量をコントロールしたい場合には、ホルモンバランスを整えるLEP(低用量ピル)や、子宮内で直接作用するLNG-IUS(ミレーナ)が優れた選択肢となります。それぞれの治療法には、異なるメリットと注意すべき点があるため、医師と相談しながら、自分にとって最適な「乗り物」を見つけることが大切です。
自分に合った選択をするために
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs): まずは痛みをしっかり抑えたい場合に有効です。コクラン・レビューによれば、その鎮痛効果は科学的に高く評価されています19。ただし、胃腸への負担に注意が必要です20。
低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP): 痛みと量の両方を改善し、周期を安定させたい場合に適しています。稀ですが血栓症のリスクがあるため、PMDAは足の急な痛みや激しい頭痛などの初期症状に注意喚起しています1021。
レボノルゲストレル放出子宮内システム(LNG-IUS): 特に過多月経に悩み、長期間(最長5年)の安定した効果を望む場合に非常に有効な選択肢です。一度装着すれば、日々の服薬の手間がありません722。
見過ごされる影響:日本の社会課題としての月経ヘルス
月経に伴う不調は、個人の問題としてだけでなく、社会全体にも大きな影響を及ぼしています。多くの女性が「隠れ我慢」をしている現状が、客観的なデータによって示されています。
例えば、月経関連の症状による労働生産性の低下が引き起こす経済的損失は、日本医療政策機構の調査によると、日本全体で年間約3,628億円にも上ると試算されています3。これは、多くの女性が、つらい症状を抱えながらも「いつも通りに振る舞おう」と無理をしている結果です。この背景には、月経のつらさに対する社会的な理解、特に男女間の認識のギャップが存在することも指摘されています248。この問題は、単に個人のQOL(生活の質)の向上だけでなく、ジェンダー平等や経済的な観点からも、社会全体で取り組むべき重要な課題なのです。
このセクションの要点
- 月経随伴症状による経済的損失は、日本全体で年間約3,628億円と試算されています。
- 「隠れ我慢」という文化的背景や、症状への理解不足が、この社会課題の根底にあります。
よくある質問
生理痛がひどいのですが、市販の鎮痛薬で対処していれば大丈夫ですか?
生理周期が少しずれるのは普通のことですか?どのくらい続いたら受診すべきですか?
ストレスや体調によって一時的に周期が数日ずれることは誰にでも起こり得ます。しかし、日本産科婦人科学会は「3ヶ月以上月経が来ない」状態を、専門家による評価が必要な明確なサインとしています2。また、周期が常に24日より短い、あるいは39日より長い状態が続く場合も、一度相談することをお勧めします。
経血にレバーのような塊が混じります。これは異常ですか?
小さな塊は時折見られることがありますが、親指大以上の大きな塊が頻繁に出る場合は、経血量が通常より多い「過多月経」のサインです7。過多月経は鉄欠乏性貧血の原因となるため、婦人科での相談が推奨されます。
ピル(LEP)の血栓症リスクが心配です。
LEP服用による血栓症のリスクは、妊娠中や出産後のリスクと比較すると低いものの、ゼロではありません。そのため、日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、急な足の痛み・腫れ、突然の息切れ、激しい頭痛など、血栓症を疑う初期症状を定め、これらの症状が現れた場合は直ちに服用を中止し、救急医療機関を受診するよう注意喚起しています21。服用前には医師による適切な問診が行われますので、不安な点は遠慮なく相談してください。
結論
本稿で概説した月経異常の4つの主要なサイン—タイミング、量、痛み、そして月経以外の出血—は、あなたの身体が発する重要な健康シグナルです。日常生活に支障をきたすほどの症状は「正常」ではなく、我慢すべきものではありません。幸いにも、日本の医療制度下では、科学的根拠に基づいた安全かつ効果的な治療法が、健康保険を利用して手頃な費用で受けることが可能です。本稿の情報を活用し、自身の症状を客観的に評価し、専門医との対話に臨むことで、一人ひとりが自身の健康の主体的な管理者となることができます。さらに詳しい情報については、女性の健康に関する他の記事もご覧ください。月経があなたの人生をコントロールするのではなく、あなたが自身の健康をコントロールする時代です。
免責事項
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
参考文献
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