母乳の出を早める方法:専門家が教える完全ガイド
産後ケア

母乳の出を早める方法:専門家が教える完全ガイド

出産という大仕事を終えたばかりの母親にとって、赤ちゃんの栄養である母乳がいつから、どのくらい出るのかは大きな関心事です。特に初産婦の場合、「本当に母乳だけで足りるのだろうか」「周りの人はもっと早くからたくさん出ていたみたいだけど…」といった不安を抱えることは決して珍しくありません。厚生労働省の調査でも、授乳に関する困りごととして「母乳が足りているかどうかわからない」が40.7%と最も多く挙げられています1。このような不安感は、母親の精神的な負担になるだけでなく、実は母乳分泌そのものにも影響を与えかねません。ストレスや緊張は、母乳を乳房から射出する役割を担うオキシトシンというホルモンの分泌を妨げることが知られています2。この記事の目的は、これから母乳育児を始める、あるいは始めたばかりの日本の母親たちに向けて、母乳がスムーズに出るように促し、安定した母乳量を確立するための包括的で信頼性の高い、そして実践的な情報を提供することです。科学的根拠に基づいた知識と、日本の医療専門家のアドバイスを融合させ、母乳育児の旅をより安心して、自信を持って歩めるようサポートすることを目指します。

要点まとめ

  • 母乳は「需要と供給」の原則で成り立っており、赤ちゃんが吸うほど多く作られます。最も重要なのは、赤ちゃんのサインに合わせた1日8~12回以上の頻回授乳です3, 4
  • 母乳の分泌には、母乳を作る「プロラクチン」と、母乳を押し出す「オキシトシン」という2つのホルモンが関わっています。夜間の授乳はプロラクチン分泌に、リラックスはオキシトシン分泌に重要です2, 5
  • 母親自身のケアも不可欠です。バランスの取れた和食中心の食事、1日2リットル程度のこまめな水分補給、そして十分な休息と睡眠が母乳育児を支える土台となります2, 5
  • 乳首の痛みや吸い付きの悪さは、多くの場合ラッチオン(赤ちゃんの含ませ方)に問題があります。一人で悩まず、入院中に助産師から正しい方法を学ぶことが極めて重要です1
  • 日本には産後ケア事業、保健センター、母乳外来など、母親を支える多くの公的・専門的サポートが存在します。困難を感じたら、ためらわずに専門家に相談することが大切です6, 7

1. 母乳育児の素晴らしいメリット:赤ちゃんとママのために

母乳は、赤ちゃんにとって最適な栄養源であるだけでなく、母親と赤ちゃんの双方に多くの恩恵をもたらします。世界保健機関(WHO)は、母乳育児を「子どもの健康と生存を保証する最も効果的な方法の一つ」と位置づけています8。母乳には、赤ちゃんの成長に必要な栄養素がバランス良く含まれているほか、感染症から守る免疫物質や、脳の発達を促す成分も豊富です。実際に、母乳で育った子どもは知能テストの成績が良い傾向があり、将来的に過体重や肥満、糖尿病になるリスクが低いことも報告されています8。さらに、米国小児科学会(AAP)は、母乳育児が乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクを低減し、呼吸器感染症や中耳炎、特定のアレルギー疾患(喘息、アトピー性皮膚炎など)にかかりにくくすると指摘しています9。母親にとっても、母乳育児は産後の子宮収縮を促し、身体の回復を助けます。また、長期的には乳がんや卵巣がん、2型糖尿病、高血圧などのリスクを低減する効果も期待できます8。日本の「授乳・離乳の支援ガイド」でも、母乳は乳児にとって代謝負担が少なく、感染症の発症や重症度を低下させる利点があり、母親の産後の回復促進や良好な母子関係形成にも役立つとされています1。そして何よりも、授乳を通じて深まる母子の絆は、かけがえのないものです。

2. 母乳はいつから、どうやって作られるの?知っておきたい母乳分泌の仕組み

母乳の生産は、実は妊娠中期から始まっています(ラクトジェネシスI:分泌開始期)。この時期に作られるのが「初乳」です。そして、出産後2~5日頃になると、多くの母親が乳房の張りを感じ始め、母乳の量が目に見えて増えてきます。これが一般的に「お乳が下りてきた」と言われる状態で、医学的にはラクトジェネシスII(分泌活性化期)と呼ばれます2。その後、母乳の生産は赤ちゃんの需要に応じて調整されるようになり、安定した母乳育児期(ラクトジェネシスIII:乳汁産生維持期)へと移行します。特に初乳は「液体の金」とも称されるほど貴重で、量は少ないものの(新生児の最初の授乳では小さじ1杯程度4)、抗体やタンパク質が豊富に含まれ、生まれたばかりの赤ちゃんの免疫システムを守るために非常に重要な役割を果たします。

母乳を作り出す司令塔:プロラクチンとオキシトシンの働き

母乳の分泌には、主に二つのホルモンが深く関わっています。「プロラクチン」と「オキシトシン」です10。プロラクチンは「母乳産生ホルモン」で、赤ちゃんが乳首を吸う刺激(吸啜刺激)によって分泌が促され、乳腺細胞に母乳を作るよう指令を出します5。一方、オキシトシンは「母乳射出ホルモン」で、作られた母乳を乳首へと押し出す役割を担います。このオキシトシンは、母親がストレスや不安を感じていると分泌が抑制されてしまうことがあります2。杏林大学保健学部看護学科の加藤千晶准教授は、「赤ちゃんが乳頭を吸うと、その刺激が母の脊椎を通って、脳下垂体に伝わります。脳下垂体が刺激をキャッチすると、プロラクチンが分泌され、乳汁を作ります。同時に脳下垂体からオキシトシンが分泌されて乳汁を搾り出します」と解説しています10。この二つのホルモンが協調して働くことで、母乳は作られ、赤ちゃんに届けられるのです。

「吸われるほど作られる」母乳の基本原則

母乳の量は、基本的に「需要と供給の法則」に従います。つまり、赤ちゃんが乳房から母乳を飲み取る量が多いほど、母親の体は「もっと母乳が必要だ」と認識し、より多くの母乳を生産しようとします。逆に、授乳回数が少なかったりすると、体は生産量を減らしてしまいます2。産後しばらくすると、お乳は赤ちゃんが飲んだ量だけ作られるようになります11。したがって、母乳の出を良くするためには、頻繁かつ効果的に乳房から母乳を排出させることが最も重要な原則となります。

3. 専門家が教える!母乳の出をスムーズに促すための具体的な方法

母乳分泌を促すためには、赤ちゃんのサインを読み取り、母親自身の心と体を整え、必要に応じて優しい刺激を取り入れるという、多角的なアプローチが有効です。

最重要!赤ちゃんのサインに合わせた頻回授乳

これが母乳量を増やすための最も基本的かつ強力な方法です。

  • 出産直後からの早期接触と初乳の大切さ: 出産後、母子の状態が安定していれば、できるだけ早く肌と肌を触れ合わせる「早期皮膚接触(カンガルーケア)」を行い、最初の1時間以内に授乳を開始することが、WHO8や日本のガイドライン12でも推奨されています。ある研究では、生後1時間以内に授乳を開始した赤ちゃんと比較して、開始が遅れた赤ちゃんは新生児死亡リスクが33%高かったと報告されており13、早期授乳の重要性を示しています。
  • 授乳頻度とタイミング: 新生児期の授乳は、時間を決めるのではなく、赤ちゃんが欲しがるサイン(口をパクパクさせる、舌を出すなど)を見逃さずに与える「自律授乳」が基本です。新生児は通常、24時間で8~12回以上の授乳が必要です4。特に夜間の授乳は、母乳産生ホルモンであるプロラクチンの分泌を高めるために重要です5
  • 正しい抱き方と含ませ方(ラッチオン)のコツ: 効果的な授乳のためには、正しいラッチオンが不可欠です。赤ちゃんが口を大きく開け、乳首だけでなく乳輪の大部分を深くくわえるのがポイントです。浅い吸い付きは、乳頭の痛みや亀裂の原因になるだけでなく、母乳産生量の低下につながります。入院中に助産師や看護師から具体的な指導を受け、正しいラッチオンを身につけることが非常に重要です1
  • 産後3ヶ月は練習期間: 母乳育児は、母親も赤ちゃんも初めての経験です。加藤千晶准教授は、「産後3ヵ月ぐらいは母乳育児の練習期間なのだとゆったり構えて、気長に継続できるといいですね」とアドバイスしています2。焦らず、気長に取り組む姿勢が大切です。

ママのからだを整える:母乳育児を支える食事・生活習慣

母親の心身の健康は、質の良い母乳を安定して作るための基盤です。

  • 水分補給はこまめに: 母乳の約88%は水分です2。1日に2リットル程度を目安に、こまめに水分を摂ることが推奨されています2。授乳のたびにコップ一杯の水分を摂る習慣や、体を温める白湯、具だくさんのスープなどもお勧めです5
  • バランスの取れた栄養: 母乳は母親の血液から作られるため、母親の栄養状態は重要です2。特定の食品が母乳量を劇的に増やすという科学的根拠は限定的ですが、主食・主菜・副菜のそろったバランスの良い食事を心がけましょう。特に、体を温めるとされる根菜類や、血液の材料となる鉄分を多く含む食品(レバー、赤身肉、ほうれん草など)を意識すると良いでしょう5
  • 十分な休息と睡眠: 睡眠は母乳分泌を促すホルモン「プロラクチン」の分泌に不可欠です5。赤ちゃんが寝ている間に一緒に休息するなど、意識的に休息時間を確保しましょう。
  • ストレスは大敵!リラックスしてオキシトシンを味方に: ストレスはオキシトシンの分泌を妨げます2, 5。温かいお風呂に入る、好きな音楽を聴くなど、意識的にリラックスする時間を作りましょう。家事や育児を一人で抱え込まず、家族や地域の産後ケア事業などを積極的に活用することが大切です6, 14

母乳育児を応援する栄養素と和食メニュー例

栄養素 授乳期/母体への役割 和食メニュー例
鉄分 血液の材料、貧血予防 ひじきの煮物、ほうれん草のおひたし、レバーの煮付け、あさりの味噌汁、赤身魚の刺身・焼き魚
カルシウム 骨や歯の形成、母体の骨量維持 小魚(しらす、煮干し)、乳製品、豆腐・納豆などの大豆製品、緑黄色野菜(小松菜など)
たんぱく質 母乳の主成分、母体の体力回復 魚、肉、卵、大豆製品(豆腐、納豆、味噌)、乳製品
葉酸 細胞分裂・増殖に関与、赤ちゃんの成長 緑黄色野菜(ほうれん草、ブロッコリー)、枝豆、納豆、いちご
ビタミンD カルシウムの吸収促進、免疫機能調整 きのこ類(特に干し椎茸)、魚介類(鮭、いわし)、卵黄
食物繊維 便秘予防、腸内環境改善 野菜類、きのこ類、海藻類、豆類、いも類、玄米
オメガ3系脂肪酸 赤ちゃんの脳・神経発達に関与、母体の抗炎症作用 青魚(さば、いわし、さんま)、えごま油、亜麻仁油、くるみ

出典:JAPANESEHEALTH.ORG編集部が各種栄養情報を基に作成

やさしい刺激でサポート:おっぱいマッサージと温罨法

  • おっぱいマッサージ: 乳房の血液循環を良くし、母乳の分泌を促す効果が期待できます2。乳房の張りやしこりの緩和にも役立ちます5。ただし、強い力は乳腺を傷つける可能性があるため、優しく行うことが重要です15。桶谷式乳房マッサージのような専門的な手技もありますが16、自己流で行う前に助産師や母乳外来で指導を受けるのが最も安全です。
  • 温罨法(蒸しタオルなど): 授乳前におっぱいを温めることは、血行を促進し、母乳の出をスムーズにするのに役立ちます5。蒸しタオルや温かいシャワーが手軽です。
  • ツボ刺激: 東洋医学では、足の内くるぶしの一番高いところから指4本分上にある「三陰交(さんいんこう)」というツボが母乳の出に関係すると言われています5。優しくマッサージしたり温めたりするのも良いでしょう。

ハーブや民間療法:知っておくべきことと注意点

母乳の出を良くするとされるハーブティーやサプリメント(ガラクトagogue)は日本でも人気があります5。一部のハーブ(例:フェヌグリーク、ミルクシスル)には伝統的な使用実績があり、母乳量の増加を示唆する小規模な研究もありますが17、多くのハーブについて質の高い科学的根拠はまだ十分とは言えません18。「天然成分だから安全」とは限らず、授乳中に禁忌とされるものや副作用が懸念されるものもあります5。これらの製品を試す前には、必ず医師や助産師などの医療専門家に相談してください。

4. こんな時どうすれば?母乳育児のよくある疑問と専門家のアドバイス

母乳育児中には様々な疑問や困難が生じます。ここでは代表的なものにお答えします。

健康に関する注意事項

  • この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。ご自身や赤ちゃんの健康状態に不安がある場合は、必ずかかりつけの医師や助産師にご相談ください。
  • 乳房にしこりや赤み、熱感、強い痛みがあり、発熱や悪寒などの全身症状を伴う場合は乳腺炎の可能性があります。速やかに医療機関を受診してください。
  • ハーブティーやサプリメントを含む、あらゆる製品を使用する前には、その安全性と適切性について必ず医療専門家にご確認ください。

「母乳、足りてる?」一番多い不安にお答えします

「母乳が足りているか」という不安は、多くの母親が抱える最大の悩みです1。しかし、赤ちゃんの様子や排泄状況を客観的に観察することで判断できます。

表2: 母乳が足りている?赤ちゃんとママの安心チェックポイント
チェック項目 赤ちゃんのサイン ママの感覚
おしっこ ・生後5日以降、1日に6回以上、色の薄いおしっこが出ているか。
・おむつがずっしり重いか。
うんち ・生後数日で黒緑色の胎便から黄色っぽく水っぽい便に変わり、1日に数回(個人差あり)出ているか。
体重増加 ・生後数日は一時的に体重が減るが、その後順調に増え、生後1~2週間で出生体重に戻り、その後も月齢に応じたペースで増えているか(母子健康手帳の成長曲線と比較)。
授乳の様子 ・1日に8~12回以上、赤ちゃんが欲しがるタイミングで授乳できているか。
・授乳中にゴクゴクと母乳を飲む音が聞こえるか。
・授乳後、赤ちゃんが満足そうで落ち着いているか。
・授乳前におっぱいが張っている感じがあり、授乳後には柔らかくなっているか。
・射乳反射(おっぱいがツーンとする感じなど)があるか。
赤ちゃんの様子 ・肌にハリがあり、機嫌が良い時間があるか。
・活気があるか。

出典:JAPANESEHEALTH.ORG編集部が各種専門情報を基に作成

乳首の痛み、おっぱいの張りすぎ(緊満):どう対処する?

  • 乳首の痛み: 多くの場合、不適切なラッチオンが原因です。我慢せずに助産師に相談し、正しいラッチオンを教えてもらいましょう。
  • おっぱいの張りすぎ(緊満): 乳房がカチカチに張って痛む状態です。放置すると乳腺炎の原因になることもあります。対処法としては、授乳前に軽く搾乳して乳輪部を柔らかくしてから授乳し、授乳後は冷やすと痛みが和らぐことがあります。最も重要なのは、頻繁に授乳または搾乳して、乳房を空にすることです19

専門家への相談のタイミング

以下のような場合は、一人で悩まずに早めに助産師や医師、母乳外来などの専門家に相談しましょう。加藤千晶准教授も、「いろいろ試しても変わらないときは、一人で悩まず近くの助産師や母乳外来などに相談をしてくださいね」とアドバイスしています2

  • 赤ちゃんの体重増加が思わしくない、またはおしっこやうんちの回数が少ない。
  • 授乳時の乳首の痛みが続く、または悪化する。
  • 乳房の張りがひどく、自分で対処できない。
  • 乳房にしこりや赤み、熱感があり、発熱など乳腺炎の兆候が見られる。
  • 母親自身が精神的に非常に辛い、不安が強い、または抑うつ的な気分が続く。

5. ひとりで悩まないで!日本のママのための母乳育児サポート情報

日本には、母乳育児に奮闘する母親を支えるための様々な社会的・専門的リソースが整備されています。これらを活用することは、決して特別なことではありません。

公的なサポートと専門機関

出産した産院や助産院は、退院後も母乳相談や母乳外来でサポートを提供しています。また、各市町村の保健センターでは、乳幼児健診や育児相談を通じて母乳育児に関する情報提供や支援を行っています1。近年注目されているのが、市町村が実施する「産後ケア事業」です。これは出産後1年以内の母子を対象に、宿泊型や訪問型で授乳指導(乳房マッサージを含む)や心身のケア、育児サポートを提供するもので、母親の大きな支えとなります6

信頼できる専門家

母乳育児支援において中心的な役割を担うのは助産師です7。また、母親や赤ちゃんの医学的な問題については産科医や小児科医が、授乳中の服薬については国立成育医療研究センターの「妊娠と薬情報センター」などが専門的な相談窓口となります20。さらに、母乳育児支援に関する高度な知識と技術を持つ国際認定ラクテーション・コンサルタント(IBCLC)も頼りになる存在です。

表3: 困ったときの相談窓口:日本の母乳育児サポートリソース
相談先 主なサポート内容 探し方・連絡先例
産院の助産師・看護師 入院中の授乳指導、退院後の母乳相談、ラッチオン・ポジショニング指導、乳房トラブル対応 出産した産院に問い合わせ
地域のかかりつけ助産師/助産所 継続的な母乳育児支援、家庭訪問、乳房ケア、育児相談 日本助産師会のウェブサイト7で検索、地域の保健センターからの紹介
市町村保健センター 乳幼児健診、育児相談、母親学級、母乳育児に関する情報提供 お住まいの市町村役場に問い合わせ
母乳外来 専門的な母乳育児相談、乳房トラブル(乳腺炎、乳管閉塞など)のケア、IBCLCによるコンサルテーション 地域の病院や助産院に問い合わせ、インターネット検索
産後ケア施設 宿泊型・通所型・訪問型での産後ケア、授乳指導、乳房マッサージ、育児サポート、母親の休息支援 お住まいの市町村役場(産後ケア事業担当課)に問い合わせ
国立成育医療研究センター「妊娠と薬情報センター」 妊娠中・授乳中の服薬に関する専門的な相談 ウェブサイト20参照、電話相談あり

出典:JAPANESEHEALTH.ORG編集部が各種公的情報および専門機関情報を基に作成

よくある質問

初乳はなぜそんなに大切なのですか?量が少なくても心配ないですか?

初乳は「液体の金」とも呼ばれ、出産後数日間だけ分泌される特別な母乳です。量は新生児の胃の大きさに合わせた少量(小さじ1杯程度)ですが、免疫グロブリンA(IgA)などの抗体を非常に豊富に含み、生まれたばかりの赤ちゃんを感染症から守る「最初の予防接種」のような役割を果たします4。また、タンパク質が豊富で、赤ちゃんの未熟な消化管の働きを助け、胎便の排出を促す効果もあります。量が少ないのは生理的なことであり、赤ちゃんの小さな胃にはそれで十分です。心配せず、この貴重な初乳を1滴でも多く赤ちゃんにあげることが重要です。

夜中の授乳は本当に必要ですか?眠いのですが…

はい、新生児期の夜中の授乳は母乳分泌を確立するために非常に重要です。母乳を作るように指令を出すプロラクチンというホルモンは、夜間や睡眠中に最も活発に分泌されるためです5。夜中に授乳することで、プロラクチンのレベルが高く保たれ、日中の母乳産生量も増えるという好循環が生まれます。大変な時期ですが、可能であれば家族に協力してもらい、日中に赤ちゃんと一緒に休息をとるなどして、この重要な時期を乗り切りましょう。

母乳育児中にお酒やカフェインは絶対にダメですか?

母親が摂取したアルコールやカフェインは母乳に移行します。アルコールは赤ちゃんの神経発達に影響を与える可能性があるため、授乳中の飲酒は原則として推奨されません。カフェインについては、少量であれば影響は少ないとされていますが、過剰に摂取すると赤ちゃんが興奮しやすくなったり、寝つきが悪くなったりすることがあります。コーヒーなら1日に1~2杯程度に留めるのが賢明です。いずれの場合も、授乳直後の摂取は避け、摂取してから時間を空けて授乳するなどの工夫が必要です。判断に迷う場合は、必ず医師や助産師に相談してください。

帝王切開だと母乳の出が悪くなるというのは本当ですか?

帝王切開そのものが母乳の出を直接的に悪くするわけではありません。しかし、術後の痛みや体力の消耗、母子の分離などにより、授乳開始が遅れたり、初期の授乳頻度が確保しにくかったりすることが、母乳分泌の立ち上がりに影響を与える可能性があります。しかし、帝王切開後でも、できるだけ早く赤ちゃんと肌を合わせ、専門家のサポートを受けながら頻回授乳を試みることで、多くの母親が母乳育児を成功させています16。焦らず、ご自身の体の回復を優先しながら、できることから始めていきましょう。

母乳とミルクの混合栄養ではダメなのでしょうか?

混合栄養は全く問題なく、むしろ多くの家庭で実践されている現実的で賢明な選択肢です。母乳育児には多くのメリットがありますが、母乳だけに固執するあまり母親が心身ともに疲弊してしまっては元も子もありません。厚生労働省のガイドラインでも、必要に応じて育児用ミルクを使う支援の重要性が述べられています1。日本精神神経学会も、「人工乳でも赤ちゃんは問題なく成長しますから、母乳にこだわりすぎないことも大切です」と指摘しています21。母親の気持ちと健康を最優先に、ご家庭に合った最適な栄養方法を選択することが何よりも大切です。

結論

母乳育児の確立には時間と根気が必要であり、すべての母親と赤ちゃんにとって、その道のりはユニークです2。他の誰かと比べることなく、赤ちゃんのサインを信じ、ご自身のペースで進んでいくことが大切です。母乳育児で困難を感じたときに助けを求めることは、決して弱さではなく、むしろ問題に積極的に向き合い、解決しようとする強さの表れです。日本には、本稿で紹介したように、多くの専門家やサポート資源が存在します22。この記事では母乳育児を推奨してきましたが、それがすべての人にとって唯一の選択肢というわけではありません。最も大切なのは、赤ちゃんが十分に栄養を摂り、母親が心身ともに健康であることです。この記事が、あなたの母乳育児の旅を少しでも明るく、確かなものにするための一助となれば幸いです。

免責事項この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

参考文献

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