母乳促進薬の使用にご注意を!育児中のママが知っておくべきポイント
小児科

母乳促進薬の使用にご注意を!育児中のママが知っておくべきポイント

母乳育児は、赤ちゃんと母親の双方に数多くの恩恵をもたらすことが世界保健機関(WHO)などによって推奨されています1。しかし、多くの母親が「母乳が足りているか」という不安やプレッシャーに直面することも事実です。日本の厚生労働省による調査では、母乳育児に関する悩みとして「母乳が不足ぎみ」と回答した母親が20.2%にものぼります2。「本当に母乳だけで足りているの?」と不安になる夜、ありますよね。周りの赤ちゃんと比べてしまったり、体重の増えが気になったり…。そんな時、手軽に母乳が増えるならと「母乳促進薬」に心惹かれるかもしれません。でも、ちょっと待ってください。母乳促進薬は一つの選択肢となり得ますが、その使用には正しい知識と慎重な判断が不可欠です。本記事は、JAPANESEHEALTH.ORG編集部が国内外の科学的根拠に基づいた信頼できる情報を提供し、お母さん方が医師と相談の上でご自身と赤ちゃんにとって最善の選択をするための一助となることを目的としています。

要点まとめ

  • 母乳促進薬(ガラクトゴーグ)は、安易に使用すべきではなく、授乳手技の最適化や専門家への相談が第一選択です。米国母乳育児医学会(ABM)も、まず非薬物的な方法を試すことを推奨しています3
  • ドンペリドンは母乳量を増やす効果が示唆されていますが4, 5、米国FDAは心臓への重篤な副作用リスクや精神神経系の離脱症状を警告しており6、使用には細心の注意が必要です。
  • メトクロプラミドは、近年の質の高い研究では母乳量を増やす効果が認められておらず7, 8、母親に遅発性ジスキネジアなどの副作用リスクがあるため、使用は推奨されにくくなっています9
  • ハーブや健康食品は「自然由来=安全」ではなく、多くは有効性や安全性が科学的に証明されていません。特にフェヌグリークは副作用や薬物相互作用の報告があります10
  • 日本の医薬品添付文書の「授乳中は避ける」という記載は、必ずしも科学的根拠が十分でない場合があります11。国立成育医療研究センターのような専門機関に相談し、最新の知見に基づいた判断をすることが極めて重要です。

第1章:母乳促進薬(ガラクトゴーグ)とは?

母乳促進薬について理解を深める前に、まずは母乳がどのように作られるのか、そして薬を検討する前に何をすべきかを知ることが大切です。

1.1. 母乳分泌のメカニズム:プロラクチンとオキシトシンの役割

母乳分泌は、主に二つのホルモンによってコントロールされています。

  • プロラクチン:脳の下垂体から分泌され、乳房にある乳腺細胞に働きかけて母乳を作る「産生」の役割を担うホルモンです。赤ちゃんが乳首を吸う刺激によって分泌が促されます。
  • オキシトシン:同じく下垂体から分泌され、作られた母乳を乳首から押し出す「射出」の役割を担うホルモンです。赤ちゃんの刺激のほか、母親がリラックスしたり、赤ちゃんのことを考えたりするだけでも分泌されることがあります。

この二つのホルモンがバランスよく働くことで、赤ちゃんが必要とする量の母乳が安定的につくられます。つまり、赤ちゃんが欲しがるたびに、正しく乳房を吸ってもらうことが、母乳産生を維持・促進するための最も基本的な原則(需要と供給の原則)となります。

1.2. 母乳促進薬(ガラクトゴーグ)の定義と種類

ガラクトゴーグ(Galactagogue)とは、母乳の分泌を開始させたり、維持したり、増加させたりする可能性のある医薬品、ハーブ、その他の物質の総称です10。これらにはいくつかの種類があります。

  • 処方箋医薬品:医師の処方が必要な薬です。主に他の疾患の治療薬として開発されたものが、副作用としてプロラクチン値を上昇させる作用を持つことから、適応外使用(本来の目的以外での使用)として母乳分泌促進に用いられることがあります。例として、ドンペリドン、メトクロプラミド、スルピリドなどが挙げられます。
  • ハーブ製品:伝統的に母乳の出を良くするといわれてきた植物由来の製品です。フェヌグリークやタンポポなどが有名ですが、その多くは医薬品のような厳密な品質管理や有効性・安全性の検証がなされていません。
  • 漢方薬:東洋医学の考えに基づき、体のバランスを整えることで母乳の分泌を助ける処方です。体質に合わせて選ばれますが、これも医薬品であり、専門家の診断が必要です。

本記事では、これらのガラクトゴーグについて、後続の章で一つずつ詳しく解説していきます。

1.3. 母乳促進薬を検討する前に:まず行うべきこと

最も重要なことは、母乳促進薬は決して「魔法の薬」ではなく、安易に頼るべき第一選択ではないという点です。国際的な母乳育児の専門機関である米国母乳育児医学会(ABM)の臨床プロトコルでも、ガラクトゴーグの使用を検討する前に、まずは非薬物的なアプローチを徹底することが強調されています3, 12

  • 授乳手技の確認と最適化:母乳不足の最も一般的な原因は、効果的に母乳が乳房から飲み取られていないことです。助産師などの専門家に相談し、赤ちゃんの抱き方、吸着(ラッチオン)の状態が適切かを確認してもらいましょう。
  • 頻回授乳の重要性:前述の通り、需要と供給の原則に基づき、赤ちゃんが欲しがるたびに授乳することが母乳産生を促します。新生児期には1日に8〜12回以上の授乳が必要な場合もあります。
  • 母親自身のケア:母親の心身の健康も母乳分泌に大きく影響します。十分な休息、バランスの取れた栄養、適切な水分補給、そしてストレス管理を心がけることが非常に重要です。核家族化やワンオペ育児など、産後のサポートが不足しがちな現代の日本では特に意識すべき点です13
  • 専門家への相談:一人で悩まず、地域の母乳外来、助産院、保健センターの助産師などに早めに相談することが問題解決の鍵となります。

これらの基本的なケアを徹底してもなお母乳不足が改善しない場合に、医学的な原因の検索とともに、医師の判断のもとで初めて母乳促進薬の使用が検討されます。

第2章:処方箋医薬品による母乳促進

ここでは、日本で母乳分泌促進の目的で適応外使用されることがある主な処方箋医薬品について、その作用機序、有効性のエビデンス、そして最も重要なリスクと副作用を詳しく解説します。

2.1. ドンペリドン (Domperidone / モチリウム®など)

  • 作用機序:本来は吐き気や嘔吐を抑える「制吐剤」です。脳内のドパミンD2受容体という物質の働きを阻害することで、結果的に母乳産生ホルモンであるプロラクチンの分泌を促す作用があります14
  • 有効性に関するエビデンス:
    • 複数の研究を統合したコクラン・システマティックレビュー4や英国国立医療技術評価機構(NIHR)のレビュー5によると、特に早産で生まれた赤ちゃんの母親において、プラセボ(偽薬)と比較して1日あたり約88〜99mL母乳量を有意に増加させる可能性があると報告されています。
    • 米国のLactMed®データベースでも同様の有効性が示されています14
  • 日本での位置づけと入手方法:
    • 日本でも制吐剤として承認されていますが、母乳分泌促進の効能・効果は認められていません。したがって、使用は医師の判断による適応外使用となります。
    • 日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)が管理する添付文書では、授乳婦への投与について「治療上の有益性及び母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討すること。なお、動物実験で母乳中へ移行することが報告されており、大量投与は避けること」と記載されています15
    • 使用には医師の処方箋が必須です。
  • 副作用とリスク(母親):
    • 一般的な副作用として、頭痛、口の渇き、腹痛や下痢などが報告されています14
    • 【重大なリスク】心血管系への影響:米国食品医薬品局(FDA)は、ドンペリドンがQT延長(心電図の異常)やそれに伴う重篤な不整脈、心臓突然死のリスクを高める可能性があるとして、2004年以降、授乳目的での使用を含め、いかなる目的での使用も承認しておらず、厳しく警告しています6。このリスクは特に高用量(1日30mgを超える)での使用、高齢者、特定の薬剤(QT延長を引き起こす可能性のある薬)との併用時に高まるとされています。
    • 【重大なリスク】精神神経系の副作用と離脱症状:不安、不眠、うつ、そして希死念慮(死にたいと考えること)といった深刻な精神症状が、服用中や、特に急に薬を中止・減量した際に「離脱症状」として報告されています6, 14。これは非常に重要な注意点です。
  • 母乳への移行と乳児への影響:
    • 母乳への移行量はごく微量(母親の体重調整投与量の0.1%未満)と報告されており、乳児への重篤な副作用の報告は限定的です14。しかし、FDAは乳児における心臓への影響など未知のリスクも考慮し、安全性が確立されていないと警告しています6
  • 使用上の注意点と医師との相談ポイント:ドンペリドンの使用を検討する際は、これらの重大なリスクについて医師から十分な説明を受け、ご自身の心疾患の既往歴や家族歴、現在服用中の他の全ての薬(市販薬やサプリメントを含む)を正確に伝えることが不可欠です。万が一、動悸、めまい、失神、または気分の落ち込みや強い不安などの症状が現れた場合は、直ちに医師に連絡する必要があります。

2.2. メトクロプラミド (Metoclopramide / プリンペラン®など)

  • 作用機序:ドンペリドンと同様、ドパミンの働きを阻害することでプロラクチン分泌を促す作用を持つ制吐剤です9
  • 有効性に関するエビデンス:
    • かつては母乳量を増やす効果が期待されていましたが、2021年に発表された質の高いシステマティックレビューおよびメタアナリシス(複数の研究を統合・分析したもの)では、メトクロプラミドを投与された母親の母乳量はプラセボ(偽薬)と比較して有意な増加を示さなかった、と結論づけられています7, 8
    • このため、現在では母乳分泌促進を目的とした積極的な使用は科学的根拠に乏しいと考えられています。
  • 日本での位置づけと入手方法:
    • 日本でも制吐剤として広く使用されていますが、母乳分泌促進目的での使用は適応外です。
    • 添付文書では、授乳婦への投与について「授乳を避けさせることが望ましい」といった慎重な記載がなされています16, 17
    • 医師の処方箋が必要です。
  • 副作用とリスク(母親):
    • 一般的な副作用には、眠気、めまい、下痢などがあります。
    • 【重大なリスク】錐体外路症状(EPS):本人の意思とは関係なく体が動く、じっとしていられない(アカシジア)、筋肉がこわばる(ジストニア)、手が震える(パーキンソニズム)などの症状が現れることがあります。
    • 【重大なリスク】遅発性ジスキネジア:特に長期間使用した場合に、口をもぐもぐさせたり、舌を不随意に動かしたりといった、中止後も回復困難な運動障害が起こるリスクが指摘されています9
    • その他、悪性症候群(高熱、意識障害など)や、うつ病のリスクも報告されています。
  • 母乳への移行と乳児への影響:
    • 母乳への移行量は母親の体重調整投与量の10%未満の場合が多いとされますが、ドンペリドンよりは多く、乳児が薬理学的に活性な血中濃度に達する可能性も指摘されています9
    • 乳児への副作用報告は少ないものの、鎮静(ぼーっとする)や消化器症状(下痢など)の可能性が考えられます。
  • 使用上の注意点と医師との相談ポイント:最新のエビデンスでは有効性が疑問視されていること、そして遅発性ジスキネジアのような不可逆的な副作用のリスクがあることから、母乳分泌促進目的での使用は極めて慎重に検討されるべきです。ご自身やご家族に精神疾患の既往がある場合は、必ず医師に伝える必要があります。

2.3. スルピリド (Sulpiride / ドグマチール®など)

  • 作用機序と有効性:元々は胃・十二指腸潰瘍やうつ病、統合失調症の治療に用いられる薬です。プロラクチン値を上昇させる作用が強く、結果として母乳分泌を促すことが知られています18
  • 日本での位置づけ:主に精神科領域で使用される薬であり、母乳分泌促進目的での使用は適応外です。
  • 副作用とリスク:高プロラクチン血症による副作用(月経異常、無月経、不妊)、錐体外路症状、眠気、体重増加などが報告されています18。特に、本来の月経周期が回復しない、次の妊娠を望む場合に不都合が生じるなど、女性には使いにくい側面があります。
  • 母乳への移行と乳児への影響:乳児への影響に関する情報は限定的であり、使用は慎重な判断が必要です。
  • 使用上の注意点:精神科領域の薬であるため、使用にあたっては産婦人科医だけでなく、精神科医との連携や、副作用の慎重なモニタリングが不可欠です。

健康に関する注意事項

  • 本記事で紹介した処方箋医薬品は、いずれも母乳分泌促進を目的とした適応外使用であり、それぞれに重大なリスクを伴う可能性があります。
  • 医薬品の使用は、必ず医師の診断と処方の下で行われるべきです。自己判断での個人輸入や、他人から譲り受けた薬の使用は極めて危険ですので、絶対におやめください。
  • ご自身の健康状態、アレルギー歴、他の服用薬などを正確に医師に伝え、期待できる効果と潜在的リスクについて十分な説明を受け、納得した上で治療を選択することが重要です。

第3章:ハーブ・健康食品・漢方薬による母乳促進

処方薬のリスクを懸念し、「自然由来のものなら安全だろう」と考えてハーブや健康食品に目を向けるお母さんも少なくありません。しかし、ここにも注意すべき点があります。

3.1. ハーブ製品の現状と注意点

まず理解すべきは、「自然由来=安全」という考えは誤解であるということです。多くのハーブ製品は、医薬品のように厳密な科学的試験を経て有効性や安全性が評価されているわけではありません。品質(有効成分の含有量など)にばらつきがあったり、表示されていない成分が含まれていたりするリスクもあります。また、他の医薬品との相互作用(飲み合わせ)を引き起こす可能性も否定できません。米国母乳育児医学会(ABM)も、ハーブの使用には慎重な姿勢を示しています3, 12

3.2. 代表的なハーブとそのエビデンス

  • フェヌグリーク (Fenugreek):
    • 母乳育児サポートを謳うハーブティーなどで最もよく見かける成分の一つです。伝統的に使用されてきましたが、母乳量を増やす効果に関する科学的根拠は依然として不明確で、質の高い研究は不足しており、結果も一致していません19
    • 副作用として、消化器症状(吐き気、下痢)、血糖値の低下、アレルギー反応(ピーナッツやヒヨコマメにアレルギーがある人は注意)、体や尿がメープルシロップのような匂いになる、などが報告されています10。また、抗凝固薬(ワルファリンなど)や糖尿病治療薬との相互作用も指摘されています。
    • 妊娠中の大量摂取は子宮収縮作用や先天異常リスクの可能性から禁忌とされており、授乳中の安全性も確立されていません10, 19
  • タンポポ (Dandelion):
    • タンポポの根を焙煎した「タンポポ茶」や「タンポポコーヒー」は、ノンカフェインの飲み物として授乳中の母親に人気があります。「母乳の出が良くなる」「母乳がサラサラになる」といった口コミが見られますが、母乳分泌を直接促進するという明確な科学的根拠はありません20, 21
    • ビタミンやミネラルが豊富であること、温かい飲み物を飲むことによるリラックス効果などが、間接的に母乳育児に良い影響を与える可能性は考えられますが、薬理的な催乳効果は期待できません。
    • 利尿作用があるため、過剰な摂取には注意が必要です。
  • その他のハーブ:ミルクシスル(オオアザミ)、ネトル(イラクサ)、ゴーツルーなど、他にも母乳に良いとされるハーブは多数存在しますが、いずれも有効性と安全性に関する質の高い科学的データは限定的です。

3.3. 健康食品・サプリメント(ラクトフェリンなど)

  • ラクトフェリン:初乳に特に多く含まれるタンパク質で、赤ちゃんの免疫機能をサポートする重要な成分として知られています22。サプリメントとして販売されていますが、母親が摂取した場合に母乳量を直接増加させるというエビデンスは限定的です。
  • その他、「母乳サポート」を謳う様々なサプリメントがありますが、購入する際は成分をよく確認し、過度な期待はせず、科学的根拠が乏しいことを理解した上で利用を検討する必要があります。

3.4. 漢方薬によるアプローチ

  • 漢方医学では、母乳不足は「気」や「血」の不足(気血虚きけつきょ)や、ストレスなどによる「気」の巡りの滞り(気滞きたい)などが原因と考えられています23
  • 体質に合わせて、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、芎帰調血飲第一加減(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)などの処方が用いられることがあります。
  • 注意点:漢方薬も副作用(例:便秘、動悸、食欲不振、まれに肝機能障害など24)や体質との相性がある「医薬品」です。自己判断で選んだりせず、必ず漢方に詳しい医師や薬剤師に相談し、診察を受けた上で処方してもらうことが重要です25
  • ちなみに、炒った麦芽(ばくが)のエキスは、逆にプロラクチンの分泌を抑え、乳汁分泌を抑制する(断乳時など)目的で使われることがあるため、注意が必要です26

第4章:薬に頼らない母乳分泌促進法

繰り返しになりますが、薬物療法を検討する前に試みるべき、そして母乳育児の基本となる安全で効果的な方法があります。これらは母親と赤ちゃんの自然な力を引き出すための最も重要なステップです。

  • 適切な水分補給:母乳の約88%は水分です。特定の飲み物にこだわる必要はありませんが、喉の渇きを感じる前に、こまめに水分(水、麦茶、ハーブティーなど)を摂ることを心がけましょう。
  • 十分な休息とリラックス、ストレス管理:母親の疲労やストレスは、母乳の射出を促すオキシトシンの分泌を妨げる可能性があります。産後は赤ちゃんのお世話で大変ですが、可能な限り休息をとり、心身の回復を優先させましょう。家族のサポートを得たり、家事代行サービスを利用したりすることも選択肢です。
  • 頻回かつ効果的な授乳/搾乳:
    • 需要と供給の原則に基づき、赤ちゃんが欲しがるサインを見逃さず、欲しがるたびに授乳する「自律授乳」が基本です。
    • 助産師に指導を受け、赤ちゃんが乳房に深く吸い付き、効率よく母乳を飲み取れる正しいラッチオンとポジショニングをマスターしましょう27
    • 必要に応じて、授乳後に搾乳(手搾りまたは搾乳器を使用)を行い、乳房を空にすることで、次の母乳産生を促すことができます。1日に合計8〜10回の刺激が理想的とされています。
  • バランスの取れた食事:特定の食品が魔法のように母乳を増やすわけではありません。母体自身の健康を維持するために、タンパク質、鉄分、カルシウム、ビタミンなどを意識したバランスの良い食事を3食しっかり摂ることが大切です。
  • 赤ちゃんと肌と肌の触れ合い:カンガルーケアのように、赤ちゃんの肌と直接触れ合う時間は、愛情ホルモンであるオキシトシンの分泌を促し、母乳分泌に良い影響を与えることが知られています。
  • 乳房マッサージ:授乳前や授乳中に乳房を優しくマッサージすることで、血行が促進され、母乳の流れがスムーズになることがあります。
  • 専門家によるサポートの活用:これらの方法を試しても改善が見られない場合や、やり方に不安がある場合は、一人で抱え込まずに母乳外来や地域の助産師に相談しましょう。専門的なサポートを受けることが、解決への一番の近道です。

第5章:母乳促進薬を使用する際の重要な注意点

様々なアプローチを試みた上で、医師と相談し母乳促進薬を使用することになった場合でも、知っておくべき重要な注意点があります。

5.1. 必ず医師・薬剤師・助産師に相談する

言うまでもありませんが、自己判断での使用は絶対に避けてください。インターネットの口コミや個人の体験談だけを頼りにするのは非常に危険です。使用を開始する前には、ご自身の持病、アレルギー、現在服用中の他の全ての薬(市販薬、サプリメント、ハーブ、漢方薬を含む)を医師や薬剤師に伝え、飲み合わせに問題がないか確認してもらう必要があります。そして、期待できる効果と潜在的なリスクについて、十分に説明を受け、納得した上で治療を選択しましょう。日本では、国立成育医療研究センターの「妊娠と薬情報センター」などが、授乳中の薬に関する専門的な相談窓口を設けており、かかりつけ医が情報を得る際にも活用されています11, 28

5.2. 日本の医薬品添付文書の特性と情報リテラシー

日本の母親が直面する特有の課題として、医薬品の添付文書の記載があります。日本の添付文書では、多くの薬剤で「授乳中は避けることが望ましい」「やむを得ず投与する場合は授乳を避ける(中止する)」といった画一的な記載がなされていることが多くあります29, 30。しかし、国立成育医療研究センターなどの専門機関は、これらの記載の多くが、十分な科学的根拠や乳児へのリスク評価がないまま、製薬企業が訴訟リスクを回避するために記載している場合が少なくないと指摘しています11。実際には、海外のガイドラインやLactMed®のような信頼性の高いデータベースでは安全に使用できるとされている薬も多数あります。近年、日本の添付文書の記載要領も改訂され、単に母乳へ移行するかの有無だけでなく、乳児への具体的な暴露量を考慮した、よりリスクベースの評価に基づいた情報提供へと移行しつつあります31。大切なのは、添付文書の情報だけで自己判断せず、必ず最新の医学的知見を持つ専門家と相談することです。

5.3. 副作用が出た場合の対処法

もし薬の服用中に、ご自身や赤ちゃんに何らかの普段と違う症状が現れた場合は、自己判断で服用を中止・減量したりせず、速やかに処方した医師に連絡・相談してください。どのような症状が、いつから、どの程度現れているのかを具体的に伝えることが重要です。特に、ドンペリドンの離脱症状として報告されている精神神経系の症状(強い不安や気分の落ち込みなど)には注意が必要です14

5.4. 赤ちゃんの様子の観察

母親が薬剤を使用している間は、赤ちゃんの様子を注意深く観察することが大切です31。哺乳意欲はどうか、いつもよりぐったりしていないか、過度に興奮していないか、機嫌、睡眠パターン、おしっこやうんちの状態、皮膚に発疹は出ていないかなど、日頃から赤ちゃんの状態をよく見て、何か変化があれば医師や助産師に相談しましょう。

よくある質問 – (FAQ)

Q1: 母乳促進薬はいつから効果が出ますか?効果はどのくらい続きますか?
効果発現の時期や持続期間は、薬剤の種類、用量、そして個人の体質によって大きく異なります。例えばドンペリドンの場合、効果が出始めるまでに数日から1週間程度かかると言われていますが、個人差があります。効果は薬を服用している間持続することが多いですが、薬の主な目的は母乳分泌の「きっかけ作り」です。薬の効果で母乳量が増加している間に、赤ちゃんに頻回授乳や効果的な搾乳を続けてもらうことで、薬がなくても母乳産生が維持される状態を目指します。漫然と長期使用するべきではなく、医師の指示に従い、効果が薄れる可能性も理解しておく必要があります。
Q2: 薬を飲んでいる間、母乳の質は変わりますか?
一般的に、母乳促進薬が母乳の栄養組成(タンパク質、脂質、炭水化物など)を大きく変えることはないと考えられています。ごく微量の薬剤成分が母乳中に移行しますが、そのこと自体が栄養価に影響を与えるわけではありません。まれに薬が母乳の味にわずかな変化をもたらす可能性は理論的にはゼロではありませんが、それによって赤ちゃんが母乳を嫌がることはほとんどないとされています。それ以上に、母乳育児を継続することによる免疫物質や成長因子などの恩恵の方がはるかに大きいと考えるのが一般的です。
Q3: 複数の母乳促進薬やハーブを併用しても大丈夫ですか?
自己判断での併用は絶対に避けてください。非常に危険です。処方薬同士はもちろん、処方薬とハーブ、あるいはハーブ同士でも、予期せぬ相互作用を起こし、効果が強く出すぎたり、重篤な副作用を引き起こしたりするリスクがあります。例えば、フェヌグリークは血糖値を下げる作用や血液をサラサラにする作用があるため、糖尿病の薬や抗凝固薬と併用すると危険な場合があります10。使用したい薬やサプリメントがある場合は、一つ一つについて必ず医師や薬剤師に相談し、安全性を確認してもらう必要があります。
Q4: 母乳促進薬を使い始めたら、いつまで続ける必要がありますか?やめ時は?
使用期間や中止のタイミングは、必ず処方した医師の指示に従ってください。母乳量が安定し、赤ちゃんが十分な体重増加を示せば、薬の中止を検討します。ドンペリドンのように精神神経系の離脱症状が報告されている薬剤では、急に中断するのではなく、医師の管理下で数週間かけてゆっくりと用量を減らしていく(漸減ぜんげん)方法がとられることがあります14。漫然と長期にわたって使用し続けるべき薬ではありません。
Q5: 薬を使っても母乳が増えなかった場合、どうすればよいですか?
薬の効果には個人差があり、残念ながら期待したほどの効果が得られない場合もあります。その場合は、まず一人で落胆せず、再度医師や助産師に相談してください。授乳手技や搾乳方法にまだ改善の余地がないか、母親の体調(貧血や甲状腺機能の問題など)やストレスといった他の要因がないかを再評価することが重要です。そして、赤ちゃんの健やかな成長が最も大切な目標であることを再確認し、必要に応じてミルクを足す混合栄養も素晴らしい選択肢の一つです。母乳育児の形は一つではありません。母親が罪悪感を抱くことなく、前向きに育児に取り組める方法を専門家と一緒に探していくことが大切です。

結論

母乳促進薬は、深刻な母乳不足に悩むお母さんにとって、専門家の適切な管理下で用いられれば、母乳育児を続けるための有効な「きっかけ」となり得る一つの選択肢です。しかし、その使用は、ドンペリドンの心臓へのリスクやメトクロプラミドの神経系への副作用など、決して無視できない潜在的リスクを伴います。
最も重要なことは、安易な使用や自己判断を避け、必ず医師、薬剤師、助産師といった専門家に相談することです。薬物療法を検討する前に、授乳手技の改善、頻回授乳、母親自身の心身のケアといった、安全で基本的な非薬物的アプローチを徹底することが大前提となります。また、ハーブや健康食品に関しても、「自然だから安全」という思い込みは禁物です。
日本の医療現場では、添付文書の記載に縛られ、授乳中の薬剤使用に過度に慎重になる傾向がいまだ存在します11。だからこそ、私たち母親自身が、国立成育医療研究センターのような信頼できる情報源を参考にしながら、最新の科学的根拠に基づいた情報リテラシーを身につけ、専門家と対話し、納得して治療法を選択することが求められます。
母乳育児の悩みは、一人で抱え込む必要はありません。あなたと赤ちゃんの健康を最優先に、専門家と共に考え、安心して育児に取り組める道筋を見つけることが、何よりも大切です。JAPANESEHEALTH.ORGでは、今後も皆様の健康に役立つ信頼性の高い情報を提供してまいります。

免責事項
この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、JAPANESEHEALTH.ORGおよび記事の制作者・監修者は一切の責任を負いません。

参考文献

  1. World Health Organization. Breastfeeding. https://www.who.int/health-topics/breastfeeding (Accessed June 13, 2025).
  2. 厚生労働省. 平成27年度 乳幼児栄養調査結果の概要. https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000134208.html (2025年6月13日閲覧).
  3. Academy of Breastfeeding Medicine. ABM Clinical Protocol #9: Use of Galactogogues in Initiating or Augmenting Maternal Milk Production, Second Revision 2018. Breastfeed Med. 2018;13(5):307-314. doi:10.1089/bfm.2018.29095.ajb.
  4. Osadchiy O, Gralla J, Kosto L, L’Heureux M, Tirmizi S, Bardin J. Medications for increasing milk supply in mothers expressing breastmilk for their hospitalised infants. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2021; (5):CD005544. doi: 10.1002/14651858.CD005544.pub3.
  5. NIHR Evidence. Domperidone increases breast milk production in mothers of premature babies. 2021. https://evidence.nihr.ac.uk/alert/domperidone-increases-breast-milk-production-in-mothers-of-premature-babies/ (Accessed June 13, 2025).
  6. U.S. Food and Drug Administration. Information about Domperidone. Updated April 7, 2023. https://www.fda.gov/drugs/information-drug-class/information-about-domperidone (Accessed June 13, 2025).
  7. Foong SC, Tan GML, Foong WC, Marasco LA, Cyna AM, Ramsay MM. Metoclopramide for Milk Production in Lactating Women: A Systematic Review and Meta-Analysis. Korean J Fam Med. 2021;42(6):407-417. doi:10.4082/kjfm.20.0238.
  8. PubMed. Metoclopramide for Milk Production in Lactating Women: A Systematic Review and Meta-Analysis. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34871486/ (Accessed June 13, 2025).
  9. National Center for Biotechnology Information. Metoclopramide. In: Drugs and Lactation Database (LactMed®). Updated November 15, 2023. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501352/ (Accessed June 13, 2025).
  10. National Center for Complementary and Integrative Health (NCCIH). Fenugreek. https://www.nccih.nih.gov/health/fenugreek (Accessed June 13, 2025).
  11. 国立成育医療研究センター. 授乳と薬. https://www.ncchd.go.jp/kusuri/lactation/ (2025年6月13日閲覧).
  12. La Leche League Canada. Galactagogues. https://www.lllc.ca/galactagogues (Accessed June 13, 2025).
  13. ピジョン株式会社. 【ピジョン にっこり授乳期研究会、10年ぶりの授乳期母子状況調査】. PR TIMES. 2022年8月24日. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000206.000048454.html (2025年6月13日閲覧).
  14. National Center for Biotechnology Information. Domperidone. In: Drugs and Lactation Database (LactMed®). Updated April 15, 2025. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501371/ (Accessed June 13, 2025).
  15. 厚生労働省/医薬品医療機器総合機構. ドンペリドン製剤の「使用上の注意」の改訂について. 令和5年11月28日. https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001481189.pdf (2025年6月13日閲覧).
  16. 高田製薬株式会社. 医療用医薬品 : メトクロプラミド (メトクロプラミド注射液). https://www.takata-seiyaku.co.jp/medical/product/t_2398/ELII-1(13).pdf (2025年6月13日閲覧).
  17. 東和薬品株式会社. メトクロプラミド錠5mg「トーワ」. https://med.towayakuhin.co.jp/medical/product/fileloader.php?id=57144&t=0 (2025年6月13日閲覧).
  18. 田町三田こころみクリニック. スルピリド(ドグマチール)の効果と副作用. https://cocoromi-mental.jp/sulpiride/about-sulpiride/ (2025年6月13日閲覧).
  19. 厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』. フェヌグリーク(コロハ)[ハーブ – 医療者]. https://www.ejim.mhlw.go.jp/pro/overseas/c04/20.html (2025年6月13日閲覧).
  20. AMOMA natural care. 【助産師監修】たんぽぽ茶で母乳は増える?母乳への 効能や美味しい作り方について解説. https://www.amoma.jp/ch/column/baby/b-faq/27919/ (2025年6月13日閲覧).
  21. SolidLove. 母乳に効果のあるたんぽぽ茶って知ってる?. https://www.solidlove.shop/blogs/news/%E6%AF%8D%E4%B9%B3%E3%81%AB%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%93%E3%81%BD%E3%81%BD%E8%8C%B6%E3%81%A3%E3%81%A6%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%82%8B (2025年6月13日閲覧).
  22. EPARKくすりの窓口. 【薬剤師が解説】おすすめラクトフェリンサプリ12選を徹底比較!効果や注意点も紹介. https://www.kusurinomadoguchi.com/column/articles/lactoferrin-pickup (2025年6月13日閲覧).
  23. 漢方薬局 Basic Space. 母乳を増やす漢方薬、母乳を減らす漢方薬. https://basicspace-kampo.com/breastmilk/ (2025年6月13日閲覧).
  24. にしたんクリニック. 韓方(漢方)生薬ダイエット. https://www.nishitanclinic.jp/diet/kampo/ (2025年6月13日閲覧).
  25. QLife漢方. 授乳中に漢方薬を服用してもいい?産後の不調に効果的な漢方薬も紹介. https://www.qlife-kampo.jp/study/attention/story13025.html (2025年6月13日閲覧).
  26. 漢方相談 明正薬局. 高プロラクチン血症と漢方薬について. https://meiseikanpou.net/infertility/koupurorakuchin/ (2025年6月13日閲覧).
  27. 日本助産師会. 母乳育児支援スタンダード. (版による).
  28. 子どもと医療. 妊娠と薬、授乳と薬. https://kodomotoiryo.com/nyuji/256/ (2025年6月13日閲覧).
  29. 富山県. 妊婦・授乳婦とくすり(医薬品添付文書とガイドライン). https://www.pref.toyama.jp/120101/kurashi/kyouiku/kosodate/shusanki/topics-column/post-16.html (2025年6月13日閲覧).
  30. 北信総合病院薬剤部. 授乳中に使用する医薬品の新生児への影響ついて. https://www.hokushin-hosp.jp/cms/wp-content/uploads/2021/02/lactatingwoman-medicine.pdf (2025年6月13日閲覧).
  31. 一宮市立市民病院 薬剤局. 授乳婦への薬物治療について. https://municipal-hospital.ichinomiya.aichi.jp/data/media/yakuzaikyoku/DRUG_INFORMATION/DI_News/dinews2023.12.pdf (2025年6月13日閲覧).
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ