流産を経験されたあなたへ：再び妊娠を目指すための栄養・食事ガイド

心と身体の回復のために：流産後の過ごし方

流産後の身体は、たとえ妊娠初期であっても、出産後と同じように大きな変化を経験しています。身体的な回復と、目には見えない心の回復、その両方に時間をかけて丁寧に向き合うことが、次のステップに進むための大切な土台となります。

身体のケア：回復への道のり

流産後の身体は、ホルモンバランスの急激な変化や子宮の回復過程にあり、非常にデリケートな状態です。英国産科婦人科学会（RCOG）などの専門機関が示すガイドラインに基づき、注意すべき点とケアの方法を解説します⁴。

• 出血（しゅっけつ）
  流産後、1〜2週間は生理のような出血が続くのが一般的です。最初の数日は量が多く、次第に減っていき、茶色のおりものに変わっていきます。この期間は、感染症のリスクを避けるため、タンポンの使用は控え、清潔なナプキンを使用してください⁴。
• 痛み（いたみ）
  生理痛に似た下腹部痛が数日間続くことがあります。通常は市販の鎮痛剤（アセトアミノフェンやイブプロフェン）で和らげることができますが、痛みが我慢できないほど強い場合は、医療機関に相談しましょう⁴¹⁰。
• 休息と活動
  流産後の1週間は、無理をせず、できるだけ身体を休めることを最優先にしてください¹³。家事などもパートナーに協力してもらい、心身ともにリラックスできる時間を確保しましょう。激しい運動や長距離の旅行は、少なくとも次の生理が来るまでは避けるのが賢明です³。仕事への復帰は、ご自身の体調と相談しながら決めましょう。多くの女性が1週間程度で復帰しますが、心身の回復には個人差があるため、焦る必要はありません⁴。
• 入浴と性交渉
  感染予防のため、シャワー浴が推奨されます。湯船に浸かるのは、出血が完全に止まってからにしましょう。性交渉の再開は、出血と痛みが完全になくなり、あなたとパートナー双方が心身ともにその準備ができたと感じる時まで待つことが大切です。医学的には、流産後2週間は控えることが推奨されますが¹⁴、焦る必要はありません。
• 生理の再開
  流産後、次の生理は通常4〜6週間で再開します。ただし、排卵は生理の再開前に起こる可能性があるため、すぐに次の妊娠を望まない場合は、適切な避妊を行うことが重要です⁴。

心のケア：悲しみと向き合う

身体の回復と同じくらい、あるいはそれ以上に、心の回復には時間と丁寧なケアが必要です。流産によって生じる悲しみ、怒り、罪悪感、不安といった感情は、すべて自然な反応です¹²。その感情を否定せず、ご自身が感じている気持ちをそのまま受け止めることから始めましょう。

• 自分をいたわるセルフケア
  日本の心理カウンセリングの現場でも推奨されている、心を癒すための具体的な方法をいくつかご紹介します¹²。
  • 感情を表現する： 気持ちを言葉にできる方は、日記や手紙に書き出してみましょう。言葉にするのが難しい場合は、好きな色で絵を描いたり、粘土をこねたり、楽器を演奏したりすることも、感情を外に出す助けになります。
  • リラックスする時間を持つ： 深呼吸は、今すぐできる最も簡単なリラックス法です。意識的に深く息を吸い、ゆっくりと吐き出すことを繰り返してみましょう。読書や音楽鑑賞、日向ぼっこなど、自分が「心地よい」と感じる時間を作ることが大切です。
  • 自分に優しい言葉をかける： もし、あなたの大切な親友が同じ経験をして悲しんでいたら、どんな言葉をかけますか？その言葉を、そのまま自分自身にかけてあげてください。「悲しいよね、でも大丈夫だよ」と、自分自身に優しく寄り添いましょう。
  • 疲れたら休む： 「何かをしなければ」と焦る必要はありません。心や身体が「疲れた」と感じたら、それは休息が必要なサインです。罪悪感を感じずに、ゆっくりと休みましょう。
• パートナーとの対話
  流産は、女性だけが経験するものではなく、カップルふたりにとっての出来事です¹²。パートナーも、あなたとは違う形で悲しみや喪失感を抱えているかもしれません。お互いの気持ちを否定せず、ただ「そう感じているんだね」と受け止め合う時間を持つことが、ふたりの絆を深め、共に乗り越える力になります。
• サポートを求める勇気
  一人で抱えきれないと感じたら、ためらわずに外部のサポートを頼ってください。日本には、さまざまな形の支援があります。
  • 専門家への相談： かかりつけの産婦人科医はもちろん、精神科や心療内科、公認心理師や臨床心理士によるカウンセリングも有効です。地方自治体が設置している相談窓口もあります¹⁵。
  • ピアサポート： 同じ経験をした人たちと気持ちを分かち合う「ピアサポートグループ」や「患者会」は、孤独感を和らげ、「自分だけではない」という安心感を与えてくれます¹⁶。
  • 文化的な寄り添い方（水子供養）： 日本には古くから、亡くなった赤ちゃんを弔う「水子供養」という文化があります¹⁷。これは、お寺などで供養を行うことで、親が心の整理をつけ、悲しみを乗り越えるための一つの方法です。これは完全に個人の選択であり、宗教的な儀式です。一部で言われるような「供養をしないと祟りがある」といった考えは、仏教の教えとは関係のない迷信であり、恐れる必要は全くありません¹⁸。ご自身の気持ちが安らぐと感じる場合に、一つの選択肢として考えてみるとよいでしょう。

身体を癒す食事：流産後の回復を支える栄養素

流産後の身体は、出血によって栄養素が失われ、子宮の組織が回復しようとしている状態です。この時期の食事は、単に空腹を満たすだけでなく、身体の回復を積極的にサポートするための「薬」とも言えます。ここでは、「科学的視点」と、日本で古くから大切にされてきた「和の知恵」の両方から、回復期に最適な食事法を解説します。

回復期に特に重要な栄養素（科学的視点）

妊娠によって蓄えられていた栄養素が失われ、身体はそれを補おうとしています。特に以下の栄養素を意識的に摂取することが、回復を早める鍵となります。

• 鉄分 (Iron)
  出血によって最も失われやすいのが鉄分です。鉄分は、血液の主成分である赤血球を作るために不可欠で、不足すると貧血になり、疲労感、めまい、息切れなどの原因となります¹⁰。身体の回復には十分な酸素が必要であり、その酸素を運ぶ赤血球をしっかり作ることが最優先です。多く含まれる食材は、赤身の肉、レバー、あさり、卵、ほうれん草、小松菜、大豆製品などです¹⁰¹⁹。
• ビタミンC (Vitamin C)
  ビタミンCには二つの重要な役割があります。一つは、植物性食品に含まれる「非ヘム鉄」の吸収を助ける働き¹⁹。もう一つは、傷ついた子宮内膜などの組織の修復に欠かせないコラーゲンの生成をサポートする働きです¹⁹。多く含まれる食材は、パプリカ、ブロッコリー、柑橘類（レモン、オレンジ）、いちご、キウイフルーツ、じゃがいもなどです。
• タンパク質 (Protein)
  タンパク質は、私たちの身体のあらゆる細胞の材料となる栄養素です。傷ついた組織を修復し、新しい細胞を作るために、良質なタンパク質を十分に摂取することが不可欠です²⁰。多く含まれる食材は、肉、魚、卵、乳製品、大豆製品（豆腐、納豆）などです。
• 水分と温かい食事 (Fluids and Warm Meals)
  出血によって失われた水分を補給し、身体の代謝をスムーズにするために、十分な水分摂取が重要です。特に、身体を温めるスープや出汁（だし）は、水分と栄養を同時に補給でき、消化にも優しいため、この時期に最適です²¹。

身体を温め、養う食事（和の知恵）

東洋医学や日本の伝統的な考え方では、出産や流産後の女性の身体は「血（けつ）」を消耗し、「冷え」やすい状態にあると考えられています³。この「血」とは、単なる血液だけでなく、身体に栄養を運び、ホルモンバランスを整える働き全般を指します。「冷え」は血行を悪化させ、回復を遅らせる原因となるため、身体を内側から温める食事が非常に重要視されます。積極的に摂りたい「身体を温める」食材は、鶏肉（特に骨付きのスープ）、生姜、ねぎ、かぼちゃ、山芋、根菜類（ごぼう、れんこん）などです³。一方で、流産後1ヶ月程度は、冷たい飲み物、生野菜（サラダ）、きゅうりやトマトなどの夏野菜、南国の果物（マンゴー、パイナップル）、白砂糖を多く含むお菓子といった「身体を冷やす」食材は避けることが賢明とされています³。この伝統的な知恵は、科学的にも理にかなっており、温かい食事は胃腸の働きを助けて消化吸収を良くし、血行を促進して栄養を身体の隅々まで届ける助けとなります。

実践のヒント：流産後の1〜2週間は、無理に手の込んだ料理を作る必要はありません。パートナーに頼んだり、宅配サービスを利用したりするのも良い方法です²²。温かいお味噌汁や野菜スープ、消化の良いお粥やうどんなど、心と身体がほっとするような食事を心がけましょう²³。

次の妊娠に向けて：妊娠しやすい身体をつくる栄養ガイド

心と身体が少しずつ回復してきたら、次のステップとして、将来の妊娠に向けた身体づくりを考える方もいらっしゃるでしょう。ここからは、希望を持って未来を見据えるための「プレコンセプションケア（妊娠前からのケア）」の考え方に基づき、妊娠しやすい身体の土台を作るための栄養について解説します。流産を経験したからといって、次の妊娠が難しくなるわけではありません。むしろ、一度妊娠したという事実は、あなたの身体に妊娠する力があることの証でもあります³。焦らず、ご自身のペースで、最適なコンディションを整えていきましょう。

妊娠準備に不可欠な「三大栄養素」

厚生労働省や日本産科婦人科学会が特に重要性を強調している、妊娠準備期間に必須の栄養素があります。これらは、次の妊娠を健やかに迎えるための「お守り」のような存在です。

• 葉酸 (Folic Acid) – 最も重要な栄養素
  葉酸は、ビタミンB群の一種で、妊娠準備において最も重要な栄養素と言っても過言ではありません。妊娠ごく初期（妊娠に気づくか気づかないかの時期）の赤ちゃんの脳や脊髄が作られる過程で、葉酸は極めて重要な役割を果たします。この時期に葉酸が不足すると、「神経管閉鎖障害」という先天性異常のリスクが高まることが、多くの研究で明らかになっています²⁴。この障害が起こると、流産や死産につながることもあります。そのため、厚生労働省は、妊娠を計画している女性に対し、妊娠の1ヶ月以上前から妊娠3ヶ月までの間、通常の食事（1日240µg）に加えて、サプリメントから1日400µg（マイクログラム）の葉酸を摂取することを強く推奨しています⁵²⁵。食事に含まれる「食事性葉酸」は体内で利用される効率が低いため、吸収率の高いサプリメントでの補給が不可欠とされています²⁶。残念ながら、この推奨はまだ十分に浸透しておらず、日本の研究では妊娠初期の女性の葉酸充足率はわずか2.4%という報告もあります²⁷。意識的な摂取が非常に重要です。
• 鉄分 (Iron)
  流産後の回復期だけでなく、妊娠準備期間中から鉄分を十分に蓄えておくことは、次の妊娠にとって大きなアドバンテージになります。妊娠すると、赤ちゃんに栄養と酸素を送るために血液量が大幅に増え、鉄分の必要量も急増します（特に妊娠中期以降は、非妊娠時の1.5倍以上）²⁸。しかし、日本の20〜30代女性の多くは、もともと鉄分が不足しがちな傾向にあります²⁹。妊娠前から鉄分をしっかり補っておくことで、妊娠中の貧血を予防し、赤ちゃんが育ちやすい体内環境を整えることができます。
• ビタミンD (Vitamin D)
  近年、妊娠との関連で注目されているのがビタミンDです。ビタミンDは、カルシウムの吸収を助けて骨を強くする働きで知られていますが、最近の研究では、子宮内膜の環境を整え、受精卵の着床を助ける働きや、免疫機能を調整して流産のリスクを低減する可能性が示唆されています³⁰。海外のメタアナリシス（複数の研究を統合した信頼性の高い研究）では、血中のビタミンD濃度が十分な女性は、そうでない女性に比べて生児獲得率が高いという報告もあります³¹。ビタミンDは、食事から摂る（きのこ類、魚類など）ほか、日光を浴びることで皮膚でも生成されますが、日焼け対策などで不足しがちなため、サプリメントでの補給も有効な選択肢です。

その他、妊娠準備に役立つ栄養素と生活習慣

カルシウム（赤ちゃんの骨や歯の形成に不可欠）、亜鉛（細胞分裂やホルモンの働きに関わる）なども重要です³²。特定の栄養素だけでなく、様々な食材を組み合わせたバランスの良い食事（和食が理想的）が基本となります²¹。また、国際的なガイドラインでも、適正体重の維持、禁煙、アルコールやカフェインの過剰摂取を控えることが推奨されています⁹。

専門家への相談：どのサプリメントをどのくらい摂るべきかについては、自己判断せず、必ずかかりつけの医師や管理栄養士に相談しましょう。あなたの体質や食生活に合わせた、最適なアドバイスをもらうことが大切です。

流産を繰り返さないために：不育症について

一度の流産は誰にでも起こりうることですが、もし流産や死産を2回以上繰り返した場合、「不育症（ふいくしょう）」の可能性があります。不育症は、妊娠はするものの、赤ちゃんが育たずに流産や死産を繰り返してしまう状態で、適切な検査と治療によって、多くの方が出産に至ることが可能です¹¹。ここでは、不育症に関する基本的な知識と、日本国内で受けられるサポートについて解説します。

不育症の定義と原因

日本では、**「流産あるいは死産を2回以上経験した状態」**を不育症と定義しています³⁴。これには、連続していない場合や、すでに出産の経験がある場合も含まれます³⁵。以前は「習慣流産（3回以上の連続した流産）」という言葉が使われていましたが、現在は2回の経験から検査や治療を検討することが国際的にも一般的になっています⁹。
不育症の主な原因と検査は以下の通りです³⁶³⁷：

• 子宮形態異常：子宮の形に生まれつき異常がないか（中隔子宮など）を、3D超音波検査や子宮卵管造影検査で調べます。
• 抗リン脂質抗体症候群（APS）：血液が固まりやすくなる自己免疫疾患で、血栓が胎盤の血流を妨げる原因となります。特殊な血液検査で診断します。
• 内分泌（ホルモン）異常：甲状腺機能の異常や糖尿病などがリスクを高めることがあります。血液検査で調べます。
• 夫婦の染色体異常：ご夫婦のどちらかに、自覚症状のない染色体の構造異常（均衡型転座など）がある場合、受精卵の染色体異常の確率が高まることがあります。ご夫婦の血液検査で調べます。
• 流産絨毛染色体検査：流産した際に、胎児（絨毛）組織の染色体を調べる検査です。これにより、流産の原因が胎児側の染色体異常であったかどうかを特定でき、次の治療方針を立てる上で非常に重要な情報となります³⁸。

治療法と日本の助成制度

検査で原因が特定された場合、それに応じた治療が行われます。例えば、抗リン脂質抗体症候群には低用量アスピリンやヘパリン注射³⁶、子宮形態異常には手術などが行われます。一方で、検査をしても約半数の方では明確な原因が見つかりません。しかし、原因不明の場合でも、専門家による精神的なサポート（Tender Loving Careとして知られる）を受けながら妊娠経過をみることで、出産率が向上するという報告もあります⁹。

よくある質問

結論

流産という経験は、あなたの人生において、計り知れないほど深く、つらい出来事であったことと思います。しかし、この悲しみの中から、ご自身の心と身体にゆっくりと向き合い、未来への希望を育んでいくことは可能です。この記事でお伝えしてきた栄養や食事、生活習慣に関する情報は、あなたの回復と次の妊娠に向けた身体づくりの一助となるはずです。しかし、最も大切なことは、あなた一人で悩まず、専門家の力を借りることです。この記事をきっかけに、ぜひかかりつけの医師や専門家と、あなたの今後のケアについて話し合ってみてください。あなたは決して一人ではありません。日本には、あなたを支えるための多くの専門家と、同じ経験を分かち合える仲間がいます。どうか、その手を頼ることをためらわないでください。あなたの未来が、再び希望の光に満ちたものとなることを、心から応援しています。