この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスとの直接的な関連性のみが含まれています。
- 日本血栓止血学会(JSTH): 本稿におけるVTEリスク分類(低、中、高、最高リスク)およびそれに応じた予防戦略の指針は、日本血栓止血学会が発行した「肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン」に基づいています11。
- 複数の医学研究論文および臨床報告: がん患者におけるVTEリスクの増大(4~7倍)、特定のがん種(膵臓がん、肝臓がん)との関連性、および日本国内における直接経口抗凝固薬(DOACs)の役割に関する記述は、複数の査読済み学術論文で報告されたデータに基づいています89。
- 厚生労働省および関連医療機関の資料: 「エコノミークラス症候群」との比較によるVTEの概念説明や、水分補給の重要性、具体的な床上での運動方法などの患者指導に関する情報は、公的機関や医療機関が提供する資料を参考にしています26。
- 日本静脈学会: 弾性ストッキングの適切な圧迫圧(例:16-20mmHg)や装着方法に関する具体的な推奨は、日本静脈学会が発行したガイドラインや指針に基づいています14。
要点まとめ
- 静脈血栓塞栓症(VTE)は、消化器外科手術後の生命を脅かす可能性のある深刻な合併症ですが、適切な対策により予防が可能です。特に、血栓が肺に詰まる肺血栓塞栓症(PE)は極めて危険です1。
- 手術による長時間の不動、身体の自然な凝固反応、血管へのダメージという三つの要因が重なることで、術後は血栓ができやすい「完全な嵐」のような状態になります68。特に、がんの手術ではその危険性が著しく高まります9。
- 予防は、早期離床や足の運動、弾性ストッキング、空気圧迫装置などの「理学的予防法」と、抗凝固薬(血をサラサラにする薬)を用いる「薬物的予防法」を、個々の危険性に応じて組み合わせるのが基本です511。
- 患者様自身の積極的な参加が不可欠です。指示された運動の実践、弾性ストッキングの正しい着用、そして退院後に現れる可能性のある危険な兆候(足の腫れや突然の息切れなど)を早期に認識し、迅速に行動することが、安全な回復の鍵となります30。
「なぜ」:消化器外科手術後における静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクを理解する
このセクションでは、まずVTEの基本的な背景を解説します。単なる定義にとどまらず、なぜこの特定の患者群が高い危険性に晒されるのかを明らかにすることで、後述する予防策の重要性についての確かな理解を促すことを目的としています。
VTEとは何か、なぜそれが懸念されるのか?
静脈血栓塞栓症(VTE)は、二つの状態から成る医学的状況です。一つは深部静脈血栓症(DVT)で、これは深部(通常は脚)の静脈内に血の塊(血栓)が形成される状態です。もう一つは肺血栓塞栓症(PE)で、これはその血栓の一部が剥がれて血流に乗り、肺に到達して血管を詰まらせることで発生します1。この概念をより身近に理解するために、多くの人が聞き覚えのある「エコノミークラス症候群」と比較することができます2。名称は異なりますが、長時間の不動状態が血栓形成につながるという基本的な仕組みは同じです。中心的なメッセージは、肺血栓塞栓症(PE)が深部静脈血栓症(DVT)の最も危険な合併症であり、生命を脅かす可能性があるという点です1。したがって、最大の目標は、そもそもDVTの発生を防ぐことにあります。この考え方が、本稿で解説する積極的な予防策全体の基盤となります5。
術後の環境:血栓にとっての「完全な嵐」
手術は、主に三つの理由からVTEの危険性を高めます。これらは「ウィルヒョウの三主徴」として知られ、平易に説明することができます。
- 血液のうっ滞:手術中の長時間同じ姿勢の維持や、その後の床上安静により血流が低下します6。心臓が主要なポンプである一方、ふくらはぎの筋肉は重要な「第二のポンプ」(筋ポンプ作用)として機能します。この筋肉が使われないと、血液は下肢に滞りやすくなります1。
- 血液凝固能の亢進:手術という「侵襲」に対する身体の自然な反応として、出血を防ぐために血液が固まりやすくなります。これは本来、防御的な仕組みですが、時に過剰に働き、血栓を形成しやすくする可能性があります8。
- 血管内皮障害:手術そのものが、直接的または間接的に血管壁を傷つけることがあります。これにより、血管の内面にざらざらした部分ができ、血栓が付着・形成される起点となり得ます。
これらに加え、脱水も血液を「濃く」し、固まりやすくさせる一因となります6。
がんとの関連性:増幅されるリスク
がんを理由とする消化器手術は、がんでない場合の手術に比べてVTEの危険性が著しく高くなります。これは、手術そのものと、がんという病気自体からの二重の危険性です8。がん細胞は、血液の「粘稠度」を高める物質を放出することがあり、これにより血栓形成の基本的な危険性が、がんのない患者に比べて4倍から7倍に増加すると報告されています9。すべての消化器がんが危険性を高めますが、特に危険性が高いとされる種類も存在します。日本国内のデータでは、膵臓がんが最も高く、次いで肝臓がんとされています9。この事実は、VTE予防を単なる一過性の術後管理としてではなく、患者の包括的ながん治療戦略の不可欠な一部として位置づけるものです。VTEの危険性は、手術の傷が癒えた後も終わりません。なぜなら、根底にある生物学的な原因(がん)が存在し続ける可能性があるからです。これにより、なぜご自身の予防計画が、がんでない消化器疾患の患者よりも集中的であったり、長期間にわたったりするのかを理解する助けとなります。
医療チームはあなたの個人的なリスクをどう評価するか
危険性の評価は、体系的に行われます。日本の医師は、日本血栓止血学会(JSTH)のガイドラインに基づいた標準的なアプローチを用いています1。このガイドラインは、手術の種類と患者個人の因子を組み合わせて、患者を4段階の危険度(低、中、高、最高)に分類します11。考慮される因子には、年齢、肥満、VTEの既往歴、麻痺、ステロイドの使用、そしてがんの存在などが含まれます11。この日本のアプローチは、米国で使用されるカプリーニスコアのような国際的なモデルと比較すると、よりシンプルに見えるかもしれません9。しかし、これは意図的な選択であり、欧米の集団とは基本的なVTEや出血の危険性が異なる可能性のある日本の人口に合わせて調整されています9。これにより、画一的なモデルを適用するのではなく、患者一人ひとりの医学的・生理学的背景に最適化された、慎重にバランスの取れた予防計画が確実に提供されます。
表1:VTE個人リスク要因のチェックリスト
この非診断用のチェックリストは、患者様がご自身の危険性を理解する上で積極的に関与する手助けとなります。「危険性」という抽象的な概念を、具体的で個人化された項目リストに変えることで、予防戦略への遵守を促します。
リスク要因 | 自分に当てはまるか? (はい/いいえ/不明) | なぜ重要か? |
---|---|---|
60歳以上 | 高齢はVTEの独立した危険因子です。 | |
BMI > 25 (肥満) | 肥満は静脈への圧力を高め、炎症を促進します。 | |
がんの手術である | がんは身体の血液凝固能を著しく高めます。 | |
手術時間が2時間を超える | 不動時間が長いほど、血液うっ滞の危険性が高まります。 | |
血栓症の既往歴または家族歴 | VTEに対する遺伝的または後天的な素因を示唆します。 | |
術前の不動状態 | 手術前からすでに脚の血流が低下しています。 | |
エストロゲン含有薬の使用 | エストロゲンは血栓形成のリスクを高める可能性があります。 |
「どのように」:入院中のVTE予防に関する包括的ガイド
このセクションは、「何を期待すべきか」についての中心的な手引きです。多角的な予防アプローチを詳述し、各介入の目的と、それらがどのように連携して機能するかを解説します。
基盤となる対策:理学的予防法
- 早期離床:これは、患者が自ら行える最も重要な予防策と考えられています。歩行は脚の「筋ポンプ作用」を活性化させ、血液を心臓に押し戻し、うっ滞を防ぐために不可欠です1。
- ベッド上での運動:歩行が可能になる前に、簡単な運動が指導されます。最も重要なのは、足関節の背屈・底屈運動(足首を上下に動かす運動)です1。これは、ベッド上で筋ポンプを活性化させる主要な方法です。
- 弾性ストッキング:これらの特殊なストッキングは、足首で最も圧力が強く、上に向かうにつれて徐々に弱まる段階的圧迫を加えることで、静脈を圧迫し血流速度を速める助けとなります11。快適で使いやすい膝下までのハイソックス・タイプが一般的に推奨され、典型的な圧力は足首で16~20mmHgです11。
- 間欠的空気圧迫法(IPC):これは、ポンプに接続された脚用の空気注入式カフです。自動的に膨張・収縮を繰り返し、筋ポンプの働きを模倣して、脚から能動的に血液を送り出します8。これらの装置は、より高い危険性を持つ患者や、抗凝固薬の使用が危険すぎる場合にしばしば用いられます5。
安全網としての対策:薬物的予防法
抗凝固薬は、危険な血栓が形成される可能性を低くする薬剤です5。医療チームの最大の挑戦と専門性は、完璧なバランスを見つけることにあります。つまり、VTEを予防するのに十分な抗凝固薬を投与しつつ、手術部位での過度の出血を引き起こさないようにすることです8。患者様には、これが慎重に管理されており、薬剤の投与タイミングや用量は、手術の出血リスクと個人の要因に基づいて調整されることを理解していただく必要があります。例えば、ヘパリンは通常、手術による出血の危険性が低下した後に開始されます5。
日本で一般的に使用される薬剤には以下のようなものがあります:
- ヘパリン:速効性の注射薬です。低用量未分画ヘパリンと用量調節ヘパリンの両方が使用されます11。
- ワルファリン:効果が現れるまでに数日かかる経口薬です11。
- 直接経口抗凝固薬(DOACs):より新しいタイプの経口薬です。
ここで特筆すべきは、日本におけるがん関連血栓症の治療におけるDOACsの特別な役割です。国際的なガイドラインでは、がん患者に対して低分子量ヘパリン(LMWH)がしばしば推奨されますが16、日本ではこの適応でLMWHが承認されていません9。この臨床現場のギャップを埋める存在として登場したのが、承認済みであり18、がん患者において強力な有効性を示しているDOACs(エドキサバン、リバーロキサバン、アピキサバンなど)です9。これにより、DOACsは日本におけるVTE治療、特にがん患者の二次予防の根幹をなす薬剤となりました。この事実は、なぜ日本での治療法が、欧米での実践について見聞きする情報と異なる場合があるのかを説明し、それが自国における標準的で根拠に基づいた医療であることを患者に安心させるものです。
表2:VTE予防法の概要
この表は、周囲の患者に異なる治療法が適用されているのを見て生じるかもしれない混乱を解消するのに役立ちます。医師のリスク評価と、患者が受ける具体的な介入策とを明確に関連付け、信頼を築き、ケアプランが合理的で個別化されたものであることを理解する助けとなります。
リスクレベル (JSTH) | 典型的な予防戦略 | 作用 | 患者が経験すること |
---|---|---|---|
低リスク | 早期離床と運動 | 筋ポンプを自然に活性化させる | 看護師から歩行を促され、簡単な足の運動を教わる。 |
中リスク | 上記に加えて弾性ストッキング(ES) | 静脈を圧迫し血流速度を上げる | 膝丈のきついストッキングを着用する。 |
高リスク | IPCまたは低用量ヘパリン | 機械的に血液を送り出す、または血液を薄くする | 膨張・収縮するフットポンプを装着する、または腹部・大腿部に小さな注射を受ける。 |
最高リスク | 併用療法 (例: ヘパリン + IPC/ES) | 血液を薄くし、かつ機械的に血液を送り出す | 注射とストッキング/フットポンプの両方を併用する。 |
あなたの積極的な役割:安全な回復のための実践スキル
このセクションでは、受動的な理解から積極的な参加へと移行します。患者が自ら行うことが期待されるタスクについて、非常に詳細で実践的な「ハウツー」ガイドを提供し、能力と自信を身につけてもらうことを目指します。
弾性ストッキングをマスターする:ステップ・バイ・ステップ・ガイド
装着方法
- 転倒しないよう、安定した場所に座ります19。
- ストッキングの中に手を入れ、かかとの部分をつかみます20。
- かかと部分までストッキングを裏返します19。
- 足先を入れ、かかと部分のポケットがご自身の踵にぴったり合うように調整します。これが快適さと効果を確保する最も重要なステップです21。
- 残りの部分をゆっくりと脚に沿って引き上げ、すべてのしわを滑らかに伸ばします19。
トラブルシューティングとケア
- しわ:しわは、一点にかかる圧力を2倍、3倍にしてしまい、痛みや皮膚障害の原因となることがあります。丹念に伸ばす必要があります22。
- 痛み・不快感:痛みがある場合は、しわや位置のずれがないか確認してください。痛みが続く場合は、看護師に知らせてください。サイズや長さが合っていない可能性があります22。
- 皮膚のかぶれ・かゆみ:敏感肌の場合は、薄いライナーを内側に着用したり、保湿剤を塗布したりする(看護師に相談の上)ことが有効です。上端のシリコンバンドがかぶれの原因となることもあります22。
- 着用時間:通常、日中の立位・座位時に着用し、夜間は外すことが多いですが、必ず医師の具体的な指示に従ってください23。
安全な自己注射ガイド(指示された場合)
このセクションは、ヘパリンの自己注射を処方された患者様向けであり、非常に明確で安全に焦点を当てた内容でなければなりません。
- 準備:手を洗い、注射器を準備し、注射部位をアルコール綿で清拭し、完全に乾かします24。
- 部位の選択:推奨される部位は、腹部(へその周りを避ける)と大腿部です。しこりや刺激を防ぐために、注射部位を毎回変える(ローテーションする)ことの重要性を強調する必要があります24。
- 注射の手技:
- 皮膚を優しくつまみます。
- 指示された角度(45度または90度)で針を刺します。
- プランジャーをゆっくりと押し、薬剤を注入します。
- 針を抜き、コットンで軽く押さえます。重要なのは、注射部位をこすったり、もんだりしないことです。あざの原因となります24。
重要な安全警告(HIT):ヘパリン起因性血小板減少症(Heparin-Induced Thrombocytopenia – HIT)と呼ばれる、まれですが重篤な副作用について説明します。注射開始から5日以上経ってから注射部位に発疹や痛みを伴う赤いしこりが現れた場合、または薬剤投与中に新たな血栓の兆候が現れた場合には、直ちに医師に連絡するよう指導します26。これは命を救う可能性のある情報です。
回復を後押しする:水分補給と栄養
- 水分補給:血液が濃くなりすぎないように、十分な水分を摂ることの重要性を再度強調します。水やお茶などを推奨しますが、利尿作用のあるカフェインの過剰摂取には注意を促します6。水分制限がある場合は、必ず医師に確認してください。
- 栄養:消化器術後に適した、消化しやすい食事に関する一般的なアドバイスを提供します。当初は食物繊維の多い食品を避け、消化の良いものに焦点を当てます28。タンパク質は、脂身の多い肉よりも鶏胸肉や魚などの低脂肪の選択肢が推奨されます29。
退院後:警戒を怠らず、行動すべき時を知る
このセクションは、患者の安全にとって最も重要かもしれません。監視の責任を病院スタッフから患者とその家族に移し、彼らが自分自身の最良の擁護者となるための知識を身につけてもらうことを目的とします。
VTEの警告サインを見抜く
VTEは退院後も発症する可能性があることを強調する必要があります30。患者は常に警戒を怠ってはなりません。パニックや不確実な状況下では、長い症状リストを処理するのは難しいかもしれません。そのため、情報は明確に提示し、DVTとPEの症状をそれぞれの行動計画と共に分けて示す必要があります。
表3:DVTとPE:緊急の兆候を見分ける
この表は、命を救う可能性があります。異なる症状群を明確にし、最も重要なこととして、患者を適切なレベルの医療へと導き、PEの場合に危険な遅れを防ぎます。
深部静脈血栓症(DVT) – 脚のサイン | 肺血栓塞栓症(PE) – 胸と肺のサイン |
---|---|
症状:片脚の腫れ(両脚ではない)、痛みや圧痛(こむら返りのような痛みと表現されることが多い)、皮膚の赤みや紫色の変色、患部の熱感3。 | 症状:突然の息切れや呼吸困難、鋭い胸の痛み(特に深呼吸時)、頻脈、原因不明の咳(時に血痰を伴う)、めまいや失神2。 |
行動計画:直ちに医師またはクリニックに電話してください。この状態は深刻ですが、症状が非常に重くない限り、通常は救急車を呼ぶレベルの緊急事態ではありません。 | 行動計画:これは医療上の緊急事態です。最寄りの救急外来を受診するか、直ちに119番に電話してください。 |
長期的な健康と予防の継続
回復は旅路です。患者は、ウォーキングなどの穏やかな活動を続けることが奨励されます33。VTEの危険性を減らす長期的な生活習慣には、健康的な体重の維持、十分な水分補給、長時間の不動(例:長距離フライトや車での移動)を避けることが含まれます12。すべてのフォローアップ予約を守り、たとえ些細に見えても気になる症状は報告することが重要です33。
よくある質問 – 日本における現実的な懸念への対応
このセクションでは、日本の医療制度に特に焦点を当て、患者が抱くであろう現実的で日常的な疑問に答えます。
質問1:弾性ストッキングの費用は、日本の健康保険で療養費として払い戻しを受けられますか?
回答:可能性はありますが、特定の条件を満たす必要があります。医療用弾性着衣は、術後のリンパ浮腫や慢性静脈不全などの特定の病状に対して医師が処方した場合、「療養費」として保険適用の対象となることがあります34。具体的には、払い戻しを受けるためには、ストッキングが一定の圧迫圧(例:30mmHg以上、特別な理由があれば20mmHgでも認められる場合がある)を持ち、医師による正式な装着指示書と領収書が必要です34。手続きは、一度全額を自己負担で支払い、その後ご自身の保険者に申請して払い戻しを受ける形になります38。支給上限額の例として、一組あたり28,000円などが挙げられます35。このような実践的な金銭的ガイダンスを提供することは、この記事を一般的な医療ガイドから、日本の医療制度を乗り切るための真に役立つ資源へと昇華させる重要な差別化要因です。
質問2:血液をサラサラにする薬は、どのくらいの期間服用する必要がありますか?
回答:これは完全に個人の状況によります。手術のような一時的な大きな危険因子によって引き起こされたVTEの場合、治療は通常、一定期間(例:3ヶ月)で終了します。原因不明のVTEや、活動性のがんのような継続的な危険因子を持つ患者の場合は、再発を防ぐために長期間、あるいは無期限の治療が推奨されることがあります12。これは、主治医と一緒に下される決定です。
質問3:消化器手術後、どのような運動が安全ですか?
質問4:血栓も怖いし、出血も怖いです。医師はどうやって私にとって正しい判断を下すのですか?
回答:これは非常に良い、そして重要な質問です。患者様の恐怖はもっともなものです。ここで、パート2.2で触れた「バランスを取る行為」という概念を思い出してください。医師は、JSTHのガイドラインのようなリスク層別化モデルを用いて、個々の患者における血栓形成リスクと出血リスクを天秤にかけます11。予防法としてストッキングだけを用いるか、ストッキングに低用量の抗凝固薬を組み合わせるか、あるいはより積極的な併用療法を選択するかは、この慎重で個別化された計算の結果なのです。これは、患者様を両方の危険から可能な限り安全に保つための、継続的な評価プロセスです。
結論
消化器外科手術後の静脈血栓塞栓症(VTE)は、見過ごすことのできない重大な危険性をはらんでいますが、決して避けられない運命ではありません。本稿で詳述したように、VTEの発生機序は、手術という特殊な状況下で起こる生理学的な変化に基づいています。医療チームは、日本血栓止血学会(JSTH)のガイドライン11などの科学的根拠に基づき、患者様一人ひとりの危険性を評価し、早期離床、理学療法、そして必要に応じた薬物療法を組み合わせた、緻密に計算された予防計画を立てます。しかし、この戦いにおける最も重要なパートナーは、患者様ご自身です。ご自身の状態を理解し、弾性ストッキングの正しい装着や指示された運動を実践し、そして何よりも退院後に現れるかもしれないDVTやPEの警告サインに注意を払うこと。これらの積極的な関与が、安全な回復への道を確実なものにします。VTEに関する正しい知識は、不安を力に変えるための最初のステップです。この情報が、皆様の術後の道のりをより安全で安心なものにする一助となることを、JHO編集委員会一同、心より願っております。
参考文献
- 市立砺波総合病院. 静脈血栓塞栓予防|診療科・部門のご案内 [インターネット]. 富山県砺波市: 市立砺波総合病院; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.med.tonami.toyama.jp/departments/team/08kessen.html
- 日本整形外科学会. 「術後肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症」|症状・病気をしらべる [インターネット]. 東京: 日本整形外科学会; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/postoperative_pulmonary_thromboembolism.html
- リムズ徳島クリニック. 深部静脈血栓症 [インターネット]. 徳島県徳島市: リムズ徳島クリニック; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.limbs-cl.com/deep_vein_thrombosis
- 関節の広場. 合병症|いつまでも、歩きつづけるために。 [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.hiroba-j.jp/tka/complications/
- 協同工芸社. 手術を受けられる患者さまへ [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://kyodokodo.jp/doc/haisokusen/2-13.pdf
- 厚生労働省. 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)と 肺塞栓症予防のための説明書 [インターネット]. 東京: 厚生労働省; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000057066.pdf
- 東邦大学医療センター大森病院 周術期センター. 術後血栓予防 | 主な活動 [インターネット]. 東京: 東邦大学; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/perio/activity/dvt.html
- ファイザー株式会社. がん治療~がん関連血栓症の予防|がんを学ぶ [インターネット]. 東京: ファイザー株式会社; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.ganclass.jp/treatment/cat/cat03
- Horibe M, Yamashita K, Ushimaru H, Tanioka K, Washio M. 消化器がん治療におけるvenous thromboembolism (VTE). 日本血栓止血学会誌. 2023;34(5):584-589. doi:10.2491/jjsth.34.584. Available from: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/34/5/34_2023_JJTH_34_5_584-589/_html/-char/ja
- がん領域の循環器疾患ネットワーク. がん治療終了2年後には静脈血栓塞栓症リスクは非がん患者と同程度のレベルに低下 [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.cancercardio.net/articles/0023/index.html
- 日本血栓止血学会. 予防ガイドライン [インターネット]. 東京: 日本血栓止血学会; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: http://www.jsth.org/wordpress/438-2/
- 桂川さいとう内科循環器クリニック. 深部静脈血栓症ガイドライン [インターネット]. 京都: 桂川さいとう内科循環器クリニック; 2025年3月31日 [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://clinicsaito.com/2025/03/31/%E9%9D%99%E8%84%88%E8%A1%80%E6%A0%93%E7%97%87%E3%81%AE%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%8C%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE/
- レバウェル看護. 手術による肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症の発症予防は術後… [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/417/
- 日本静脈学会. 静脈疾患における圧迫療法ガイドライン 2024 [インターネット]. 2024年7月 [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://js-phlebology.jp/wp/wp-content/uploads/2024/07/%E2%91%A0%E5%9C%A7%E8%BF%AB%E7%99%82%E6%B3%95%E3%82%AB%E3%82%99%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%99%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%9A%E3%83%95%E3%82%99%E3%82%B3%E3%83%A1%E5%8E%9F%E7%A8%BF.pdf
- レバウェル看護. 肺血栓塞栓症の原因である深部静脈血栓症の術後の予防方法 [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/205/
- Key NS, Khorana AA, Kuderer NM, et al. Venous Thromboembolism Prophylaxis and Treatment in Patients With Cancer: ASCO Clinical Practice Guideline Update. J Clin Oncol. 2020;38(5):496-520. doi:10.1200/JCO.19.01461. Available from: https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/JCO.19.01461
- Di Nisio M, Porreca E, Candeloro M, et al. 手術を予定しているがん患者に対する血栓予防のための抗血栓薬. Cochrane Database Syst Rev. 2021;9(9):CD009447. doi:10.1002/14651858.CD009447.pub4. Available from: https://www.cochrane.org/ja/evidence/CD009447_blood-thinners-prevention-blood-clots-people-cancer-undergoing-surgery
- Therapeutic Research. がん関連静脈血栓塞栓症の治療選択肢としてのアピキサバン [インターネット]. 2023年7月 [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://therres.jp/r-open/img/open_202307_1.pdf
- 株式会社アステラ. 普通に履けない時の弾性ストッキングのやさしい履き方 [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: http://file001.shop-pro.jp/PA01047/596/pdf/sorriso_how_to_wear.pdf
- アルケア株式会社. 弾性ストッキング|アンシルクの履き方&脱ぎ方ガイド [インターネット]. 東京: アルケア株式会社; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.alcare.co.jp/medical/ansilk/howto.html
- 越谷大曲血管内カテーテル治療クリニック. 弾性ストッキングの 履き方 脱ぎ方 洗濯方法 [インターネット]. 埼玉県越谷市: 越谷大曲血管内カテーテル治療クリニック; 2024年1月 [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://kmok-jyoumyaku.jp/wp-content/uploads/2024/01/bb7686b2e5ae50690b2b9d15de67f761.pdf
- さいたま血管外科クリニック. 弾性ストッキング(ソックス)が履けない、続けられない時の原因と対処法 [インターネット]. 埼玉県さいたま市: さいたま血管外科クリニック; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://saitama-varix.com/1441
- ヘルスケア静脈瘤クリニック. 弾性ストッキングの正しい選び方&履き方のポイント – むくみの軽減に効果的 [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://health-vein.com/varix/varix-column/elastic_stockings/
- 持田製薬株式会社. 自己注射法マニュアル [インターネット]. 東京: 持田製薬株式会社; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://med.mochida.co.jp/generic/major/pdf/heparin_calcium/patient_manual.pdf
- 恵愛生殖医療医院. ヘパリン療法について [インターネット]. 埼玉県さいたま市: 恵愛生殖医療医院; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.tenderlovingcare.jp/gairai/treatment/fuiku_chiryou/heparin
- 厚生労働省. (案) 重篤副作用疾患別対応マニュアル [インターネット]. 東京: 厚生労働省; 平成22年 [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0225-5b.pdf
- 医薬品医療機器総合機構. 重篤副作用疾患別対応マニュアル 平成22年3月 (令和4年2月改定) [インターネット]. 東京: PMDA; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.pmda.go.jp/files/000245255.pdf
- NPO法人 がん情報局. よくわかる!大腸がん手術とその後の過ごし方 [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.ganjoho.org/knowledge/oncoloplan/colon/2nd_Dr.Nakamura.pdf
- 人形町消化器内科・内視鏡クリニック. 大腸ポリープ切除後の食事制限期間とおすすめの食事メニュー [インターネット]. 東京: 人形町消化器内科・内視鏡クリニック; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://ningyocho-naishikyo.jp/colonoscopy/colonoscopy06/
- ファイザー株式会社. がん治療~がん関連血栓症の原因|がんを学ぶ [インターネット]. 東京: ファイザー株式会社; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.ganclass.jp/treatment/cat/cat01
- 医療法人玲聖会 貴子ウィメンズクリニック. 妊娠中・出産後こそ血栓症に気をつけて! [インターネット]. 兵庫県西宮市: 医療法人玲聖会; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://takako-womens-clinic.com/blog/1418
- いのまたクリニック. 肺塞栓症の前兆や症状 [インターネット]. 愛知県名古屋市: いのまたクリニック; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://motoyama-inomataclinic.jp/blog/list/pte/
- 国立がん研究センター 東病院. 手術後の生活について [インターネット]. 千葉県柏市: 国立がん研究センター; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/clinic/thoracic_surgery/060/050/index.html
- 所沢市. 四肢のリンパ浮腫治療のための弾性着衣等に係る療養費の支給について [インターネット]. 埼玉県所沢市: 所沢市; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kurashi/kenkouhoken/kokuho/hokenkyufu/ryouyouhi2.html
- 港区. 弾性ストッキング等 [インターネット]. 東京都港区: 港区; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.city.minato.tokyo.jp/kyufu/kurashi/hoken/kenkohoken/k-kyufu/ryoyohi.html
- 全国健康保険協会. 「療養費」について [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/chiba/kenpoiin/kenpoiinkensyukai/291102002/300406001/300406002.pdf
- 公立学校共済組合北海道支部. 弾性着衣等を購入した場合の請求手続き [インターネット]. 北海道: 公立学校共済組合北海道支部; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.kouritu.or.jp/hokkaido/tetsuduki/chiryo/sisirinpahushutiryou/index.html
- 日本静脈学会. 療養費申請 [インターネット]. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://js-phlebology.jp/?page_id=4083
- 調布市. 国民健康保険加入者の四肢のリンパ浮腫治療のための弾性着衣等にかかる療養費申請 [インターネット]. 東京都調布市: 調布市; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.city.chofu.lg.jp/060080/p038024.html