深部静脈血栓症(DVT)のすべて:原因・症状から日本の最新治療・予防法まで徹底解説
血液疾患

深部静脈血栓症(DVT)のすべて:原因・症状から日本の最新治療・予防法まで徹底解説

足の痛みやむくみ、腫れといった症状を経験した際、「ただの疲れだろう」と見過ごしてはいないでしょうか。それは「深部静脈血栓症(DVT)」、一般に「エコノミークラス症候群」としても知られる疾患の兆候かもしれません。しかし、この病気は飛行機の中だけで起こるものではありません。実際には、生命を脅かす可能性のある肺血栓塞栓症(いわゆる肺塞栓症)の主要な原因であり、手術後やがん治療中、あるいは長時間のデスクワークなど、私たちの日常生活の様々な場面に潜む、身近で重大な医療上の問題です。厚生労働省の研究班による推計では、日本におけるDVTの年間発生数は約14,674人、10万人のうち約12人が発症すると報告されており、決して稀な病気ではないことが示されています1。この記事では、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、最新の科学的根拠と日本の公式な診療指針に基づき、深部静脈血栓症の根本的な原因から、ご自身で確認できる症状、最新の診断・治療法、そして日常生活で実践できる予防策に至るまで、その全てを包括的かつ詳細に解説します。

この記事の科学的根拠

この記事は、引用元として明記された最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、本記事で提示される医学的指導の根拠となった主要な情報源とその関連性です。

  • 日本循環器学会(JCS)/日本肺高血圧・肺循環学会(JPCPHS): 本記事における診断アルゴリズム、治療選択(直接経口抗凝固薬の使用など)、特定の病態(遠位型DVT、がん関連血栓症)の管理に関する推奨は、田村雄一教授が班長を務める「2025年改訂版 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン」に基づいています2。これは日本のDVT診療における現在の最高権威です。
  • 米国血液学会(ASH): 治療期間の決定、在宅治療の可能性、直接経口抗凝固薬(DOACs)とワルファリンの比較に関する記述は、国際的な標準治療を示す「2020年版 静脈血栓塞栓症管理ガイドライン」を参考にしています3
  • 欧州心臓病学会(ESC): WellsスコアやD-ダイマー検査を用いたリスク層別化と診断戦略に関する記述は、欧州における診断基準の根幹をなす「2019年版 急性肺塞栓症診断・管理ガイドライン」の知見を取り入れています4
  • 厚生労働省(MHLW)および国立長寿医療研究センター(NCGG): 日本国内におけるDVTの発生頻度や高齢者における有病率に関する具体的な統計データは、日本の公的機関による研究報告に基づいています15

要点まとめ

  • 深部静脈血栓症(DVT)は、足の奥深くの静脈に血栓ができる病気で、肺塞栓症を引き起こす危険性があります。日本では年間約1.5万人が発症する身近な疾患です。
  • 原因は「血流の滞り」「血管の壁の障害」「血液が固まりやすい状態」の3つが重なることで、長時間同じ姿勢でいること、手術、がん、妊娠などが主な危険因子です。
  • 典型的な症状は「片足」の腫れ、痛み、皮膚の変色ですが、約半数は無症状です。診断は、問診(Wellsスコア)、血液検査(D-ダイマー)、そして確定診断のための下肢静脈超音波検査を組み合わせて行われます。
  • 治療の基本は、血栓の成長や新たな血栓を防ぐための抗凝固療法です。日本の2025年最新ガイドラインでは、有効性が高く、出血の危険性が低く、利便性の高い「直接経口抗凝固薬(DOACs)」が第一選択薬として強く推奨されています。
  • 予防には、こまめな運動、水分補給、適正体重の維持、そして医師の指示に基づく医療用弾性ストッキングの着用が有効です。足の異常に気づいたら、決して放置せず速やかに専門医に相談することが重要です。

第1章 深部静脈血栓症(DVT)とは何か?―病態生理から原因まで

深部静脈血栓症を正しく理解するためには、まず、それが体内のどこで、どのようにして発生するのかを知ることが不可欠です。

1.1. DVTの定義:血栓ができる場所と種類

深部静脈血栓症(DVT)とは、その名の通り、皮膚の表面近くにある表在静脈ではなく、体の奥深く、主に筋肉に囲まれた「深部」の静脈に血栓(血液の塊)が形成される病気です。多くは足の静脈で発生します。

DVTは、血栓ができた場所によって、臨床的な重要性が異なる2つのタイプに大別されます。この分類は、後の治療方針を決定する上で極めて重要です。日本循環器学会(JCS)の2025年版ガイドラインでは、以下のように定義されています2

  • 近位型(きんいがた)DVT(または中枢型): 膝の裏にある膝窩(しつか)静脈よりも心臓に近い部分(大腿静脈など)に血栓ができるタイプです。ここにできた血栓は、血流に乗って剥がれやすく、肺に到達して重篤な肺血栓塞栓症(肺塞栓症)を引き起こす危険性が高いため、積極的な治療の対象となります。
  • 遠位型(えんいがた)DVT(または末梢型、下腿型): 膝よりも足先側の静脈(腓骨静脈やヒラメ筋静脈など、ふくらはぎの静脈)に血栓ができるタイプです。近位型に比べて肺塞栓症を引き起こす危険性は低いとされています。

1.2. なぜ血栓はできるのか?Virchow(ウィルヒョウ)の三主徴

DVTが発生する根本的なメカニズムは、19世紀にドイツの病理学者ルドルフ・ウィルヒョウによって提唱された「Virchowの三主徴」という古典的な理論で説明することができます。この理論は、現代医学においても血栓形成を理解する上で中心的な概念であり続けています。権威ある医学情報源であるStatPearlsにおいても、この三主徴がDVTの病態生理の根幹であることが解説されています6。これら3つの要因が単独、あるいは複合的に作用することで、DVTの発症危険性が高まります。

  1. 血流のうっ滞(停滞): 静脈内の血流が滞ることが、血栓形成の最も一般的な要因です。ふくらはぎの筋肉は「第二の心臓」とも呼ばれ、筋肉が収縮することで足の血液を心臓に送り返すポンプの役割を果たしています。しかし、長時間足を動かさないでいると、このポンプ機能が働かず、血液がよどみ、固まりやすくなります。
    • 具体例:長時間の航空機搭乗(エコノミークラス症候群)、デスクワーク、車の運転、手術後の安静臥床、ギプス固定など。
  2. 血管内皮障害: 静脈の内側を覆う血管内皮細胞は、通常、血液が固まらないように滑らかな状態を保っています。しかし、この内皮が何らかの原因で傷つくと、その修復過程で血小板が集まり、血栓形成の引き金となります。
    • 具体例:手術による血管の直接的な損傷、骨折や打撲などの外傷、感染症や炎症による血管壁の障害、中心静脈カテーテルの留置など。
  3. 血液凝固能の亢進: 体内に血液を固まりやすくする何らかの要因が存在する状態です。血液中の凝固因子が過剰に活性化されたり、逆に凝固を抑制する因子が減少したりすることで、血栓が作られやすくなります。
    • 具体例:悪性腫瘍(がん)、妊娠・出産後、経口避妊薬(ピル)やホルモン補充療法の使用、脱水、特定の遺伝的素因(先天性アンチトロンビン欠損症など)など。

第2章 あなたは大丈夫?DVTのリスク因子と典型的な症状

DVTは誰にでも起こりうる病気ですが、特定の要因を持つ人は発症の危険性が高まります。自身の危険性を認識し、注意すべき症状を知ることが、早期発見・早期治療への第一歩です。

2.1. DVTのリスク因子セルフチェックリスト

日本循環器学会(JCS)および米国血液学会(ASH)のガイドラインで共通して挙げられている主要な危険因子を基に、ご自身の状況を確認できるチェックリストを作成しました23。当てはまる項目が多いほど、DVTに対する注意が必要です。

□ 最近、大きな手術(特に整形外科や腹部・骨盤の手術)を受けた

□ がん(悪性腫瘍)と診断されている、または治療中である

□ 最近、骨折などの外傷を負った

□ 3日以上、病気や怪我で寝たきりの状態であった

□ 妊娠中、または出産後である

□ 経口避妊薬(ピル)やホルモン補充療法を使用している

□ 肥満(BMI 25以上)である

□ 40歳以上である

□ 過去にDVTや肺塞栓症と診断されたことがある

□ 血栓ができやすい体質(血栓性素因)と診断された血縁者がいる

□ 長時間(例:4時間以上)の乗り物での移動やデスクワークで、足を動かさないでいた

2.2. DVTを疑うべき症状:見逃してはいけないサイン

DVTを疑うべき最も典型的で重要なサインは、主に「片方の足」に現れます。日本循環器学会のガイドラインでも、以下のような症状が挙げられています2

  • 片足の腫れ(浮腫): 最も一般的な症状です。左右のふくらはぎや太ももの太さを比べると、明らかに片方だけが腫れているのが分かります。靴や靴下の跡が強く残ることもあります。
  • 痛み: ふくらはぎに鈍い痛みや、突っ張るような痛みを感じます。歩行時や、足首を反らせた時に痛みが強まることがあります(Homans徴候)。
  • 圧痛: ふくらはぎの内側を指で押すと、痛みが現れます。
  • 皮膚の色の変化: 足の皮膚が赤紫色や赤褐色に変色することがあります。
  • 熱感: 腫れている部分に熱っぽさを感じます。

【重要】これらの症状は必ずしも全て現れるわけではなく、症状の強さも様々です。そして、最も注意すべき点は、桂川さいとう内科循環器クリニックが指摘するように、DVT患者の約半数は自覚症状が全くないということです7。症状がないからといって危険性がないとは限りません。特に危険因子を持つ方は、症状の有無にかかわらず注意が必要です。

第3章 【科学的根拠に基づく診断】DVTを確定するための検査フロー

「足が腫れて痛い」という症状で医療機関を受診した場合、医師はどのようにしてDVTの診断を下すのでしょうか。DVTの診断は、単一の検査だけで決まるものではなく、問診、診察、血液検査、画像検査の結果を論理的に組み合わせて行われます。このプロセスは、国際的なガイドラインに沿った標準的な手順です4

3.1. Step 1: 臨床的確率の評価(Wellsスコア)

まず医師は、患者の症状や危険因子を詳細に聞き取り、診察を行います。その上で、DVTの「らしさ」、すなわち検査を行う前にDVTである可能性がどの程度あるか(検査前確率)を客観的に評価します。この際に広く用いられるのが「Wellsスコア」と呼ばれる点数評価法です8

Wellsスコアは、がんの既往、最近の麻痺やギプス固定、臥床、局所の圧痛、足全体の腫れ、ふくらはぎの周径差、圧痕性浮腫、表在静脈の拡張といった項目を点数化し、合計点に応じてDVTの可能性を「低」「中」「高」の3段階に層別化します。この評価は、その後の検査計画を立てる上で非常に重要な役割を果たします。

表1:DVTの臨床的確率を評価するWellsスコアの項目例
臨床的特徴 点数
活動性のがん(治療中または過去6ヶ月以内に緩和ケア) +1
下肢全体の腫脹 +1
健側と比較して3cm以上のふくらはぎの腫脹 +1
圧痕を伴う浮腫(患側のみ) +1
ベッド上安静が3日以上、または過去12週以内に大手術 +1
DVTの既往 +1
深部静脈系に沿った圧痛 +1
下肢の麻痺、不全麻痺、または最近のギプス固定 +1
DVT以外の診断の可能性が高い -2
合計点による評価: 0点以下(低確率)、1-2点(中確率)、3点以上(高確率)

出典: HOKUTO App8、日本静脈学会9の情報を基に作成。

3.2. Step 2: D-ダイマー検査の役割

D-ダイマーは、体内で血栓が形成され、それが線溶系(血栓を溶かす仕組み)によって分解される際に生じる物質です。D-ダイマーを測定する血液検査は、特にDVTを「否定する」ために非常に有用です。この検査の大きな特徴は、「感度」は高いが「特異度」は高くない点にあります。

  • D-ダイマーが陰性(基準値以下)の場合: 体内で有意な血栓形成が起きていない可能性が非常に高いことを意味します。特に、WellsスコアでDVTの可能性が「低い」と判断された患者でD-ダイマーが陰性であれば、DVTはほぼ否定でき、追加の画像検査は不要となることが多いです。
  • D-ダイマーが陽性(基準値以上)の場合: 体のどこかで血栓ができている可能性を示唆しますが、DVT以外の状態(手術後、外傷、感染症、妊娠、がんなど)でも上昇するため、陽性であること自体がDVTの確定診断にはなりません。この場合は、確定診断のために次のステップである画像検査が必要となります。

この診断戦略は、不要な画像検査を減らすための効率的かつ国際的な標準アプローチとして、米国血液学会(ASH)や欧州心臓病学会(ESC)のガイドラインでも推奨されています34

3.3. Step 3: 確定診断のための画像検査(下肢静脈超音波検査)

DVTの診断を確定するための最も重要かつ標準的な検査が「下肢静脈超音波(エコー)検査」です。これは放射線被曝や造影剤の使用がなく、患者への負担が少ない安全な検査です。検査では、プローブと呼ばれる装置を足の皮膚に当て、静脈の状態を観察します。

健康な静脈は、プローブで上から圧迫すると容易に潰れます。しかし、内部に血栓が存在する静脈は、圧迫しても完全には潰れません(非圧迫性)。この所見が、DVTの確定診断における最も信頼性の高い指標となります。Le Gal氏らによるシステマティックレビューによれば、近位部DVTに対する超音波検査の感度(DVTがある場合に正しく陽性と判定する確率)は90.1%、特異度(DVTがない場合に正しく陰性と判定する確率)は98.5%と報告されており、非常に高い診断精度を持つことが科学的に証明されています10

第4章 【2025年最新ガイドライン準拠】DVTの治療法完全ガイド

DVTと診断された場合、治療の主な目的は以下の3つです。これらを達成するために、治療の中心となるのが「抗凝固療法」です。日本循環器学会の2025年版最新ガイドラインでは、近年の大規模臨床試験の結果を反映した、より安全で効果的な治療法が推奨されています2

  1. 肺塞栓症の発症予防:足の血栓が肺に飛ぶのを防ぐ、最も重要な目標です。
  2. 症状の緩和と血栓後症候群の予防:足の痛みや腫れを和らげ、後遺症として残る慢性的な痛みやむくみ、皮膚の変化(血栓後症候群)を防ぎます。
  3. DVTの再発予防:一度DVTを発症した人は再発しやすいため、将来の再発を防ぎます。

4.1. 治療の主軸:抗凝固療法

抗凝固療法とは、「血液をサラサラにする薬」を用いて、血液が固まるのを防ぐ治療法です。ここで重要なのは、抗凝固薬は既にできてしまった血栓を直接「溶かす」薬ではない、という点です。その主な役割は、①既存の血栓がこれ以上大きくならないようにする、②新たな血栓が作られるのを防ぐ、の2点です。これにより、体が本来持っている血栓を溶かす力(線溶系)が働きやすい環境を整え、結果的に血栓が縮小・消失するのを助けます。

4.2. DOACs vs ワルファリン:なぜDOACが第一選択なのか?

かつてDVTの抗凝固療法では、長年にわたり「ワルファリン」という薬が標準的に用いられてきました。しかし、近年のDVT治療における最大の変革は、「直接経口抗凝固薬(DOACsまたはドアック)」の登場です。

日本循環器学会の2025年版ガイドライン、および米国血液学会の2020年版ガイドラインは、特別な理由(重度の腎機能障害、特定の自己免疫疾患など)がない限り、DVT治療の第一選択薬としてワルファリンではなくDOACsを強く推奨しています211。その理由は、DOACsがワルファリンと比較して、以下の3つの点で明確に優れていることが、複数の大規模な国際臨床試験によって証明されたためです。

  1. 同等以上の有効性: Hokusai-VTE試験(エドキサバン)12、EINSTEIN-PE試験(リバーロキサバン)13、AMPLIFY試験(アピキサバン)14など、数千人から数万人規模の患者を対象とした試験で、DOACsは血栓再発予防効果においてワルファリンに劣らない(非劣性である)ことが一貫して示されました。
  2. 優れた安全性: 抗凝固薬の最も懸念される副作用は出血です。上記の臨床試験において、DOACsはワルファリンと比較して、重大な出血、特に生命を脅かす頭蓋内出血の発生率を有意に低下させました。
  3. 格段に高い利便性:
    • 食事制限が不要:ワルファリンはビタミンKによって効果が減弱するため、納豆や青汁などビタミンKを多く含む食品の摂取が制限されますが、DOACsにはその必要がありません。
    • 頻繁な採血が不要:ワルファリンは効果に個人差が大きく、定期的な血液検査で効果を調整する必要がありましたが、DOACsは効果が安定しているため、原則として定期的なモニタリングは不要です。
表2:日本で使用可能なDVT治療のための主要な直接経口抗凝固薬(DOACs)
一般名(商品名) 標準的な用法・用量 食事の影響 腎機能に応じた用量調節
アピキサバン(エリキュース®) 初期7日間は10mgを1日2回、その後5mgを1日2回 なし 必要14
リバーロキサバン(イグザレルト®) 初期21日間は15mgを1日2回、その後20mgを1日1回 あり(15mg以上は食後服用) 必要13
エドキサバン(リクシアナ®) ヘパリン等で初期治療後、体重に応じ30mgまたは60mgを1日1回 なし 必要15

注意:実際の用法・用量は個々の患者の状態により異なります。必ず医師の指示に従ってください。

4.3. 治療期間はどのくらい?

抗凝固療法をいつまで続けるかは、DVTが何によって引き起こされたか、そして将来の再発危険性がどの程度かによって個別に決定されます。米国血液学会(ASH)のガイドラインでは、以下のような考え方が示されています3

  • 一過性の強い危険因子によるDVT(例:大きな手術後):危険因子が解消されれば再発の危険性は低いため、通常は3ヶ月間の治療が推奨されます。
  • 原因不明のDVTまたは持続性の危険因子によるDVT(例:活動性のがん):再発の危険性が高いため、最低3ヶ月間の治療後、出血の危険性と再発の危険性を天秤にかけ、治療を延長(例:6ヶ月、あるいは無期限)するかどうかを判断します。

4.4. 特殊な状況での治療:血栓溶解療法と下大静脈(IVC)フィルター

これらは全ての患者に行われる治療ではなく、ごく限られた特殊な状況でのみ検討される選択肢です。

  • カテーテル血栓溶解療法: 血栓が非常に広範囲に及び、足の血流が完全に途絶えて壊死に陥る危険性がある最重症例(有痛性青股腫など)において、カテーテルを用いて血栓に直接、血栓溶解薬を投与する方法です。出血の危険性が高いため、適応は慎重に判断されます。
  • 下大静脈(IVC)フィルター: 重篤な出血を合併しているなどの理由で抗凝固薬が全く使用できない患者において、足の血栓が肺に流れるのを防ぐ目的で、腹部の太い静脈(下大静脈)に金属製のフィルターを留置する方法です。

第5章 【ケース別】特定の患者集団における治療の最適化

DVTの管理は、全ての患者で一様ではありません。特に、がん患者や、血栓がふくらはぎに限定される遠位型DVTの患者では、治療方針の決定に際して特別な配慮が必要です。2025年版のJCSガイドラインでは、これらの点に関する重要な更新がなされました2

5.1. がん関連血栓症(Cancer-Associated Thrombosis: CAT)の管理

がん患者は、健常者と比較してDVTを発症する危険性が4~7倍高いとされています。これは、がん細胞自体が血液を固まりやすくする物質を放出することや、化学療法、手術、中心静脈カテーテルの使用などが危険因子となるためです。JCS 2025年版ガイドラインにおける重要な改訂点として、従来のがん関連血栓症の標準治療であった低分子量ヘパリン(注射薬)に加え、DOACs(内服薬)も標準治療の選択肢として明確に推奨されるようになりました。これにより、多くのがん患者が、入院や頻繁な通院を必要とする注射薬ではなく、利便性の高い内服薬での治療を受けられる可能性が広がりました。

5.2. 遠位型(下腿型)DVTの管理方針

ふくらはぎの静脈に限定される遠位型DVTの管理は、長年議論の的でした。2025年版JCSガイドラインでは、この点に関して日本の臨床現場に大きな影響を与える重要な方針転換が示されました。桂川さいとう内科循環器クリニックもこの改訂を重要視しています7

最新のガイドラインでは、重篤な症状や肺塞栓症の合併、強い再発危険因子がない遠位型DVTに対しては、直ちに抗凝固療法を開始するのではなく、一連の下肢静脈超音波検査で注意深く経過を観察する(保存的治療)という選択肢がクラスI(強く推奨)として推奨されました2。これは、多くの遠位型DVTは自然に消失すること、また肺塞栓症を引き起こす危険性が低いことから、全ての患者に抗凝固薬を投与することによる不必要な出血の危険性を避けることを目的とした、極めて合理的な方針です。ただし、経過観察中に血栓が近位側に進展した場合は、速やかに抗凝固療法が開始されます。

第6章 DVTの再発を防ぐために―日常生活でできる予防策のすべて

一度DVTの治療が終了した後も、再発を防ぐための取り組みは非常に重要です。薬物療法に加え、日常生活でのセルフケアを実践することが、長期的な健康維持につながります。

6.1. 理学的予防法

日本循環器学会のガイドラインでも、以下のような理学的な予防法が推奨されています2。厚生労働省も同様の啓発を行っています16

  • 長時間の同一姿勢を避ける: デスクワークや長距離の移動中は、少なくとも1時間に1回は立ち上がって歩いたり、座ったままでも足首を回したり、かかとの上げ下ろし運動を行ったりして、ふくらはぎの筋肉を動かすことを心がけましょう。
  • 医療用弾性ストッキングの着用: 医師の指導の下、適切な圧迫圧とサイズの医療用弾性ストッキングを日中に着用することは、血流の改善に有効です。足首部分の圧迫が最も強く、上に向かうにつれて段階的に圧迫が弱くなる「段階的圧迫」設計のものが推奨されます。市販の着圧ソックスとは異なるため、選択には専門家のアドバイスが必要です。
  • 十分な水分補給: 体内の水分が不足すると、血液が濃縮されて固まりやすくなります。のどの渇きを感じる前に、こまめに水分を摂取することが重要です。
  • 適度な運動と体重管理: ウォーキングなどの定期的な有酸素運動は、全身の血行を促進し、ふくらはぎのポンプ機能を活性化させます。また、肥満はDVTの確立された危険因子であるため、適正な体重を維持することも予防につながります。

6.2. 抗凝固薬服用中の注意点

抗凝固薬を服用している間は、血液が固まりにくくなるため、出血に対する注意が必要です。

  • 出血傾向: 軽い打撲で青あざ(皮下出血)ができやすくなる、歯磨きの際に歯茎から出血しやすくなる、鼻血が出やすくなる、といったことが起こり得ます。転倒や頭部の強打には特に注意し、万が一の場合は速やかに医療機関を受診してください。
  • 他剤との相互作用: 他の薬剤、特に市販の痛み止め(非ステロイド性抗炎症薬:NSAIDs)や一部の抗生物質、抗真菌薬は、抗凝固薬の効果に影響を与えることがあります。また、セントジョーンズワートなどのサプリメントも注意が必要です。新たな薬やサプリメントを始める前には、必ず主治医や薬剤師に相談してください。

よくある質問(FAQ)

Q1: DVTは飛行機に乗る時だけ気をつければ良いのでしょうか?

いいえ、それは誤解です。飛行機での長距離移動は「エコノミークラス症候群」として有名ですが、DVTの危険性は日常生活のあらゆる場面に潜んでいます。国立循環器病研究センターが指摘するように、本質的な危険は「長時間足を動かさないこと」にあります17。長時間のデスクワーク、バスや新幹線での移動、車の運転、病気での寝たきり状態など、飛行機以外の状況でも同様の注意が必要です。

Q2: 治療にかかる費用はどのくらいですか?健康保険は適用されますか?

はい、DVTの診断(超音波検査など)と治療(抗凝固薬など)は、すべて健康保険の適用対象です。薬剤費は使用する薬の種類(DOACsかワルファリンかなど)によって異なります。自己負担額が一定の上限を超えた場合には、高額療養費制度を利用して払い戻しを受けることができます。具体的な費用については、治療を受ける医療機関の相談窓口や、ご加入の健康保険組合にお問い合わせください。

Q3: 弾性ストッキングはドラッグストアで売っているものでも良いですか?選び方は?

ドラッグストアなどで市販されている一般的な着圧ソックスと、医療機関で処方される「医療用弾性ストッキング」は異なります。医療用は、適切な治療効果を得るために、個人の足のサイズ(足首、ふくらはぎ、太ももの周径など)を正確に測定し、医師が判断した適切な圧迫圧のものを選ぶ必要があります。不適切な製品の使用は、かえって血行を悪化させる危険性もあります。必ず医師や専門の知識を持つ看護師、弾性ストッキング・コンダクターなどに相談の上、適切なものを選んでください。

Q4: ワルファリン服用中は納豆がダメと聞きましたが、DOAC(直接経口抗凝固薬)でも食事制限はありますか?

これは非常に重要な質問であり、DOACsの大きな利点の一つです。従来のワルファリンは、納豆、クロレラ、青汁などに多く含まれるビタミンKによってその効果が弱められてしまうため、これらの食品の摂取を厳しく制限する必要がありました。しかし、DOACs(アピキサバン、リバーロキサバン、エドキサバンなど)は、ビタミンKとは異なる経路で血液を固まりにくくするため、食事による影響をほとんど受けません。したがって、納豆を含め、食事制限は一切不要です。これにより、患者さんの食生活の質は大幅に向上しました。

結論

深部静脈血栓症(DVT)は、誰にでも起こりうる一方で、その危険性が見過ごされがちな疾患です。しかし、本記事で解説したように、その原因、危険因子、症状に関する正しい知識を持つことで、早期発見が可能になります。さらに、近年の医学の進歩、特に直接経口抗凝固薬(DOACs)の登場により、治療はより安全で効果的、かつ利便性の高いものへと大きく変化しました。日本の2025年版最新ガイドラインは、こうした世界標準の知見を反映した、日本の患者にとって最適な治療戦略を示しています2

DVTは、適切に診断・治療されれば、重篤な合併症である肺塞栓症を防ぎ、十分に管理することが可能な病気です。日々の生活における予防策を実践するとともに、もしご自身の足に腫れや痛みといった異常を感じた際には、決して自己判断で放置することなく、本記事で得た知識を携えて、速やかに循環器内科や心臓血管外科などの専門医に相談してください。あなたの健康を守るための勇気ある一歩が、何よりも重要な鍵となるのです。

免責事項本記事は、情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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