要点まとめ
- 炎症性ニキビ(赤ニキビ)は、専門的な治療を要する医学的な疾患です。自己判断でのケアは避け、科学的根拠に基づくアプローチが不可欠です。
- 日本のニキビ治療は「尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン 2023」がゴールドスタンダードであり、本記事はこのガイドラインに完全準拠しています。
- 治療の基本は外用薬(塗り薬)です。アダパレン、過酸化ベンゾイル(BPO)が中心となり、これらを組み合わせた配合剤が強力な効果を発揮します。
- 抗生物質(飲み薬・塗り薬)は、薬剤耐性菌のリスクを避けるため、BPOとの併用と短期間の使用が鉄則です。
- ニキビが改善した後も、再発を防ぐための「維持療法」(外用薬の継続)が長期的な成功の鍵を握ります。
- ニキビ跡を防ぐ最善策は、炎症が起きている段階で早期に、かつ効果的な治療を開始することです。
第1部 炎症性ニキビの科学:なぜできるのかを理解する
1.1 炎症性ニキビとは? 正しい定義
炎症性ニキビ(医学用語:炎症性皮疹)は、毛包脂腺系(毛穴とその付属器官)を舞台とする慢性炎症性疾患です2。その特徴は、赤く腫れ上がった紅色丘疹(こうしょくきゅうしん)や、中心に膿(うみ)を持った膿疱(のうほう)といった皮疹です2。これらは、炎症を伴わない面皰(めんぽう、コメドや白ニキビ・黒ニキビとも呼ばれる)から発生することが多いですが、面皰の段階からすでに目に見えないレベルでの炎症(亜臨床的炎症)が始まっていることが近年の研究で明らかになっています5。つまり、ニキビは初期段階から本質的に「炎症性」の疾患なのです。この理解は、なぜ初期の面皰段階から積極的な治療介入が推奨されるのかを説明する上で極めて重要です。単なる「吹き出物」ではなく、進行性の医学的状態として捉えることが、適切な治療への第一歩となります。
日本における重症度の分類
日本皮膚科学会は、治療方針を決定するために、顔の片側に存在する炎症性皮疹(紅色丘疹と膿疱)の数に基づいた客観的な重症度分類を定めています6。
- 軽症: 炎症性皮疹が5個以下
- 中等症: 炎症性皮疹が6個以上20個以下
- 重症: 炎症性皮疹が21個以上50個以下
- 最重症: 炎症性皮疹が51個以上
美容面だけではない、心理社会的影響
ニキビは皮膚だけの問題ではありません。特に炎症が強く、目立つニキビは、患者の自尊心を傷つけ、うつ病や社会的孤立といった深刻な心理社会的負担を引き起こすことが知られています57。効果的な治療は、皮膚の状態を改善するだけでなく、生活の質(QOL)を向上させるためにも不可欠です。
1.2 ニキビ発症の4大要因
炎症性ニキビの発症には、相互に関連し合う4つの主要な要因が関与しています。
- 毛穴の詰まり(異常角化): 毛穴の出口の細胞が異常に増殖し、剥がれ落ちずに留まることで、毛穴が塞がれてしまいます(毛包漏斗部の異常角化)5。
- 皮脂の過剰分泌: アンドロゲン(男性ホルモン)などの影響で皮脂腺が活性化し、皮脂が過剰に分泌されます。この皮脂が詰まった毛穴の中に溜まっていきます10。
- C. acnes(アクネ菌)の増殖: 詰まった毛穴の中は、酸素が少なく皮脂が豊富なため、皮膚常在菌であるアクネ菌(Cutibacterium acnes)が増殖するのに最適な環境となります211。
- 炎症と免疫反応: 増殖したアクネ菌が、毛穴の壁を刺激し、体の免疫システムを活性化させることで、赤みや腫れ、膿といった炎症反応が引き起こされます5。
これら4つの要因は悪循環を形成し、ニキビを慢性化・悪化させます。効果的な治療は、これらの要因の一つ、あるいは複数に同時に働きかける必要があります。
第2部 日本のゴールドスタンダード:JDAガイドラインに基づく治療法
このセクションでは、日本の皮膚科で健康保険を用いて行われる、最も標準的で推奨度の高い治療法を「尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン 2023」に基づいて詳細に解説します123。
2.1 治療の基本:外用薬(塗り薬)
外用薬は、炎症性ニキビ治療の根幹をなすものです。ガイドラインで「強く推奨する」と位置づけられている薬剤を中心に、その作用機序、使用法、副作用、そして推奨度を解説します。
アダパレン(Adapalene)
- JDA推奨度: A(強く推奨する)
炎症性皮疹に対して、また炎症が治まった後の再発予防(維持療法)においても、強く推奨されています212。 - 作用機序: レチノイド(ビタミンA誘導体)様作用を持つ薬剤で、毛穴の異常角化を正常化させて詰まりを解消します。これにより、ニキビの初期段階である面皰の形成を抑制し、既存のニキビを改善します。また、抗炎症作用も併せ持ちます13。
- 使用法: 1日1回、夜の洗顔後に、ニキビのある部分だけでなく、ニキビができやすい顔全体に薄く塗布します。これは、目に見えないニキビの芽(微小面皰)を治療し、新たなニキビの発生を防ぐためです13。
- 主な副作用: 使い始めの数週間は、乾燥、皮むけ、ヒリヒリ感といった刺激症状が現れることがありますが、多くは継続使用するうちに軽減します。保湿剤を併用することで、これらの症状を和らげることができます13。妊娠中または妊娠の可能性がある場合は使用できません1314。
過酸化ベンゾイル(Benzoyl Peroxide, BPO)
- JDA推奨度: A(強く推奨する)
軽症から中等症の炎症性皮疹に対して強く推奨されています615。 - 作用機序: 強力な抗菌作用によりアクネ菌を殺菌します。また、角質を剥がす作用(角層剥離作用)により、毛穴の詰まりを改善します。特筆すべきは、アクネ菌がBPOに対して薬剤耐性を獲得しないという点です。これは、抗生物質の乱用による耐性菌問題が世界的に懸念される中で、極めて重要な利点です13。
- 使用法: 1日1回、洗顔後に塗布します。
- 主な副作用: アダパレンと同様に、乾燥、赤み、刺激感などが生じることがあります16。また、髪の毛や衣類、寝具などに付着すると脱色作用(漂白作用)があるため注意が必要です13。
配合外用薬
近年のニキビ治療の進歩は、異なる作用を持つ成分を一つに配合した薬剤の登場によって大きく後押しされました。これにより、複数の要因に同時にアプローチすることが可能になり、治療効果の向上と患者の利便性向上が図られています。
- クリンダマイシン 1% / 過酸化ベンゾイル 3% 配合ゲル(商品名:デュアック®配合ゲル)
JDA推奨度: A(強く推奨する)
中等症から重症の炎症性皮疹に強く推奨されます2。抗生物質であるクリンダマイシンの抗炎症・抗菌作用と、耐性菌を誘導しないBPOの殺菌作用を組み合わせた、強力な薬剤です17。 - アダパレン 0.1% / 過酸化ベンゾイル 2.5% 配合ゲル(商品名:エピデュオ®ゲル)
JDA推奨度: A(強く推奨する)
炎症性皮疹および維持療法に強く推奨されます2。毛穴の詰まりを改善するアダパレンと、殺菌作用を持つBPOを組み合わせることで、ニキビの4大要因のうち3つ(異常角化、アクネ菌増殖、炎症)に強力にアプローチします17。
外用抗菌薬(抗生物質の塗り薬)
- JDA推奨度: A(強く推奨する)
クリンダマイシン、ナジフロキサシン、オゼノキサシンなどが炎症性皮疹に強く推奨されています212。 - 作用機序: アクネ菌を殺菌し、炎症を鎮める効果があります。
- 極めて重要な注意点: 外用抗菌薬は、単独で長期間使用すべきではありません。その理由は、薬剤耐性菌の出現リスクを高めてしまうからです131819。耐性菌が蔓延すると、その抗生物質は将来的に誰に対しても効果がなくなってしまう可能性があります。このため、JDAガイドラインでは、外用抗菌薬を使用する際は、必ずアダパレンや過酸化ベンゾイル(BPO)と併用することを強く推奨しています6。この併用療法は、単に治療効果を高めるだけでなく、耐性菌の出現を防ぐという公衆衛生上の重要な意味を持っています。
2.2 中等症から重症の炎症への対策:内服薬(飲み薬)
炎症が広範囲に及ぶ、あるいは外用薬だけではコントロールが難しい中等症から重症のニキビに対しては、内服薬が用いられます。
内服抗菌薬(抗生物質の飲み薬)
- JDA推奨度: 強く推奨する
炎症性皮疹に対して、内服抗菌薬の使用は強く推奨されています2。推奨度は薬剤によって異なります。
抗菌薬の適正使用(Antibiotic Stewardship)
内服抗菌薬は非常に有効ですが、その使用には厳格なルールがあります。これは「抗菌薬の適正使用」と呼ばれ、薬剤耐性菌の蔓延を防ぐための世界的な取り組みです。
- 使用期間: 治療期間は可能な限り短期間に留めるべきであり、原則として最長3ヶ月までとされています18。これは、長期使用による耐性菌リスクや、腸内細菌叢などへの影響を最小限に抑えるためです。
- 併用療法の徹底: 内服抗菌薬は、単独で使用してはなりません。必ず過酸化ベンゾイル(BPO)などの外用薬と併用する必要があります1820。BPOが耐性を誘導しない殺菌作用を持つため、併用することで耐性菌の選択圧を下げることができます。
- 使用目的: 内服抗菌薬は、あくまで炎症が強い「急性炎症期」に限定して使用し、炎症が落ち着いたら速やかに中止します。その後は、再発を防ぐために外用薬による「維持療法」へと移行します8。
その他の内服療法
- 漢方薬: 一部の漢方薬(例:桂枝茯苓丸加薏苡仁、十味敗毒湯など)は、推奨度C1(選択肢の一つとして推奨する)とされています213。特に月経周期に関連して悪化するニキビなど、特定の病態に対して考慮されることがあります。
- ビタミン剤: ビタミンB群などが処方されることがありますが、JDAガイドラインでは、ニキビ治療における有効性を示す質の高いエビデンスが不足していることから、推奨度C2(十分な根拠がないので推奨しない)と位置づけられています2。これは、ビタミン剤の摂取を否定するものではありませんが、ニキビ治療の主軸とはならないことを意味します。
表1:JDAガイドラインに基づく保険適用の炎症性ニキビ治療薬(要約)
薬剤の種類 | 一般名・商品名(例) | JDA 2023 推奨度 | 主な作用機序 | 保険適用 |
---|---|---|---|---|
外用薬 – レチノイド様薬 | アダパレン(ディフェリン®) | A | 毛穴の詰まり改善、抗炎症 | あり |
外用薬 – 抗菌薬 | 過酸化ベンゾイル(ベピオ®) | A | 抗菌(耐性誘導なし)、角層剥離 | あり |
外用薬 – 配合剤 | アダパレン/過酸化ベンゾイル(エピデュオ®) | A | 毛穴の詰まり改善、抗菌 | あり |
外用薬 – 配合剤 | クリンダマイシン/過酸化ベンゾイル(デュアック®) | A | 抗菌(抗生物質+BPO)、抗炎症 | あり |
外用薬 – 抗菌薬 | クリンダマイシン(ダラシン®Tゲル) | A | 抗菌、抗炎症 | あり |
内服薬 – テトラサイクリン系 | ドキシサイクリン(ビブラマイシン®) | A | 抗菌、抗炎症 | あり |
内服薬 – テトラサイクリン系 | ミノサイクリン(ミノマイシン®) | A* | 抗菌、抗炎症 | あり |
内服薬 – マクロライド系 | ロキシスロマイシン(ルリッド®) | B | 抗菌、抗炎症 | あり |
この表は、日本の皮膚科で処方される主要な保険適用薬をまとめたものです。実際の治療では、患者一人ひとりの症状や重症度、肌質に合わせて、これらの薬剤が単独または組み合わせて用いられます。
第3部 先進治療、特殊治療、および海外の治療選択肢
標準的な保険診療で効果が不十分な場合や、特定の病態に対しては、保険適用外の治療や、海外では標準的でも日本では一般的でない治療法が検討されることがあります。
3.1 ホルモン性ニキビ:日米ガイドラインの比較
成人女性の、特にフェイスラインや顎に繰り返しできるニキビは、ホルモンバランスの影響が強いと考えられています。この「ホルモン性ニキビ」に対するアプローチには、日本と米国で顕著な違いが見られます。
- 米国皮膚科学会(AAD)の指針: 最新の2024年版AADガイドラインでは、女性患者に対して、経口避妊薬(OCPs)や抗アンドロゲン作用を持つスピロノラクトンの使用が「条件付きで推奨」されています8921。これらは米国ではホルモン性ニキビに対する主流の治療選択肢の一つです。
- 日本皮膚科学会(JDA)の指針: 一方、2023年版JDAガイドラインでは、スピロノラクトンはニキビ治療に対して「推奨度C2(推奨しない)」とされています2。また、経口避妊薬は月経困難症などに対しては承認されていますが、ニキビ治療を主目的とした第一選択薬としては、米国ほど明確には推奨されていません。
この違いは、どちらかのガイドラインが「正しい」あるいは「間違っている」ということを意味するわけではありません。ガイドラインは、各国の医薬品承認状況、その国で実施された臨床試験のデータ、そしてエビデンスを評価する方法論の違いなどを反映して策定されます。海外の情報を目にし、なぜ日本の主治医は同じ治療を提案しないのかと疑問に思うことがあるかもしれませんが、そこにはこうした背景が存在します。日本の医療制度の下で治療を受ける場合、JDAガイドラインが最も重要な基準となります。
表2:主要な治療法におけるJDAとAADの推奨度の比較
治療法 | JDA 2023 推奨度 | AAD 2024 推奨度 | 解説 |
---|---|---|---|
スピロノラクトン | C2(推奨しない) | 条件付き推奨 | 米国では女性のホルモン性ニキビに広く用いられるが、日本ではニキビへの適応はなく、有効性を示す国内データも乏しい。 |
経口避妊薬 (OCPs) | 推奨なし | 条件付き推奨 | 米国ではニキビ治療薬としてFDA承認された製品があるが、日本ではニキビを主目的とした標準治療とは位置づけられていない。 |
外用クラスコテロン | 推奨なし | 条件付き推奨 | 新しい作用機序を持つ外用抗アンドロゲン薬。米国では承認されているが、日本では未承認22。 |
3.2 究極の武器、ただし注意点あり:イソトレチノイン
- 高い有効性: 内服薬であるイソトレチノイン(商品名:アキュテイン、ロアキュタンなど)は、皮脂の分泌を強力に抑制し、毛穴の角化を正常化させ、抗炎症作用も持つことから、世界的に最も効果の高いニキビ治療薬として知られています。特に、他の治療法に反応しない重症の結節性・嚢腫性ニキビに対して著効します8。
- 日本での未承認という現実: しかし、イソトレチノインは日本の厚生労働省(MHLW)からニキビ治療薬として承認されておらず、健康保険は適用されません13。一部のクリニックで自由診療として処方されています。
- 重大なリスクとMHLWの警告: この薬剤が厳しく管理される最大の理由は、極めて高い催奇形性(胎児への奇形リスク)です7。服用中および服用終了後一定期間は、男女ともに厳格な避妊が絶対条件となります。その他にも、うつ病などの精神症状、肝機能障害、脂質異常症といった重大な副作用のリスクが報告されています23。
- 個人輸入の危険性: この薬剤を医師の監督なしに個人輸入で入手し使用することは、極めて危険です。厚生労働省も、その危険性について強い警告を発しています23。イソトレチノインは、その効果とリスクを熟知した専門医の厳格な管理下でのみ使用が許される薬剤であり、安易な使用は絶対に行うべきではありません。
3.3 クリニックでの施術とニキビ跡治療
- ステロイド局所注射: 炎症が特に強く、硬く盛り上がったニキビ(嚢腫や硬結)に対して、ステロイドを直接注射することで炎症を速やかに鎮める治療法です。JDAガイドラインでは、炎症を伴う嚢腫に対して推奨度B、肥厚性瘢痕(ケロイド状のニキビ跡)に対しては推奨度C1とされています2。
- ケミカルピーリング: グリコール酸やサリチル酸マクロゴールなどの薬剤を皮膚に塗布し、古い角質を除去することで毛穴の詰まりを改善する治療法です。JDAガイドラインでは、標準治療で効果不十分な場合の選択肢の一つ(推奨度C1)とされていますが、保険適用外の自由診療となります22425。
- ニキビ跡の治療: クレーター状の凹んだニキビ跡(萎縮性瘢痕)に対するレーザー治療やマイクロニードル治療などは、美容目的の治療と見なされ、原則として保険適用外です26。ただし、ケロイド状に盛り上がったニキビ跡(肥厚性瘢痕)に対する一部の治療は保険適用となる場合があります26。ニキビ跡を防ぐ最善の方法は、炎症が起きている段階で早期に、かつ効果的に治療を開始し、炎症を長引かせないことです。
第4部 毎日の習慣の役割:エビデンスに基づくアプローチ
日々のスキンケアや生活習慣もニキビに影響を与えますが、そのアプローチは科学的根拠に基づいて行うことが重要です。
4.1 科学的根拠のあるスキンケア法
- 洗顔: JDAガイドラインでは、1日2回の洗顔が推奨されています(推奨度C1)2。洗いすぎは、肌の保護に必要な皮脂まで奪ってしまい、バリア機能の低下や乾燥を招きます。肌が乾燥すると、それを補おうとしてかえって皮脂が過剰に分泌されるという悪循環に陥る可能性があります27。洗顔料をよく泡立て、優しく洗い、ぬるま湯で十分にすすぐことが基本です。
- 製品選択: 保湿を基本とし、「ノンコメドジェニックテスト済み」(ニキビの元であるコメドができにくいことが確認されている)と表示された製品や、「低刺激性」の製品を選ぶことが、同じく推奨度C1で推奨されています2。
- 保湿: 特にアダパレンやBPOといった乾燥を伴いやすい外用薬を使用している場合は、保湿が極めて重要です。適切な保湿は、皮膚のバリア機能を維持し、治療薬の刺激感を和らげ、治療の継続を助けます13。
- 化粧(メイク): JDAガイドラインでは、女性患者のQOL(生活の質)向上のために、メイクアップ指導を行うことが選択肢の一つ(推奨度C1)として推奨されています。ただし、使用する化粧品は低刺激性でノンコメドジェニックな製品を選ぶことが前提となります2。
4.2 ニキビと食事:事実と俗説を分ける
「チョコレートを食べるとニキビができる」といった話はよく耳にしますが、科学的な見解はどうでしょうか。
- JDAの公式見解: JDAガイドラインは、「特定の食べ物を一律に制限することは推奨しない」(推奨度C2)としています2。特定の食品がすべての人においてニキビを直接的に悪化させるという、質の高い科学的根拠は現時点では確立されていないためです。
- 個別性の考慮: ただし、ガイドラインは同時に、「個々の患者の食事指導においては、特定の食物摂取と痤瘡の経過との関連性を十分に検討して対応することが望まれる」とも述べています2。つまり、もし患者自身が特定の食べ物(例えば、高糖質な食品や乳製品など)を摂取した後に決まってニキビが悪化することを自覚している場合は、それを無視するのではなく、主治医に相談し、個別に対応を検討することが推奨されます。
- 世界的な研究の動向: 国際的な研究では、血糖値を急激に上げる高グリセミックインデックス(高GI)食や一部の乳製品がニキビを悪化させる可能性を示唆する報告もありますが24、まだコンセンサスは得られておらず、JDAのような公的機関がすべての人に一律の食事制限を推奨するには至っていません。基本は、極端な偏食を避け、バランスの取れた食事を心がけることが、皮膚を含む全身の健康にとって重要です。
第5部 炎症が治まった後:長期的な成功を目指して
5.1 クリアな肌の維持:見落とされがちな最も重要なステップ
炎症性ニキビの治療は、赤みや膿が引いたら終わりではありません。むしろ、そこからが長期的な成功を左右する重要な局面です。多くの患者が陥りがちな過ちは、目に見えるニキビが消えた途端に治療をやめてしまうことです28。しかし、ニキビは慢性疾患であり、治療を中断すれば高確率で再発します。この再発の連鎖を断ち切る鍵が「維持療法」です。
維持療法とは、炎症が治まった後も、目に見えるニキビがない状態を維持するために、治療を継続することです。その目的は、ニキビの根本原因である毛穴の詰まり(微小面皰)が再び形成されるのを防ぐことにあります。
この維持療法の重要性は、JDAガイドラインでも極めて高く評価されています。アダパレンや過酸化ベンゾイル(BPO)、あるいはそれらの配合剤を用いた維持療法は、推奨度A(強く推奨する)と位置づけられています229。これは、ニキビ治療において最もエビデンスレベルの高い推奨事項の一つです。急性期の炎症を抑える「鎮火」の治療から、新たな火種が生まれないようにする「防火」の治療へ。このパラダイムシフトを理解し、実践することが、ニキビを根本からコントロールし、長期的にクリアな肌を保つための最も確実な戦略です30。
5.2 ニキビ跡への対処法入門
炎症が強く、長引いてしまうと、皮膚の深い部分(真皮)がダメージを受け、ニキビ跡として残ってしまうことがあります。ニキビ跡には、凹んだクレーター状のもの(萎縮性瘢痕)、赤みが残るもの(炎症後紅斑)、茶色いシミになるもの(炎症後色素沈着)、盛り上がったケロイド状のもの(肥厚性瘢痕)などがあります231。
前述の通り、これらのニキビ跡に対する治療(レーザー、ケミカルピーリングなど)の多くは美容目的と見なされ、保険適用外の自由診療となります26。ニキビ跡の治療には多大な時間と費用がかかる場合があります。したがって、最も効果的で経済的な「ニキビ跡治療」は、ニキビ跡を作らないこと、すなわち、炎症が起きているアクティブなニキビを早期に、かつJDAガイドラインに沿った適切な方法で治療し、炎症を最小限に食い止めることに尽きます。
よくある質問
Q1: 炎症性ニキビは自分で潰しても良いですか?
Q2: 抗生物質の飲み薬を飲み始めたら、いつ頃効果が出ますか?
Q3: 海外で使われているホルモン治療(ピルやスピロノラクトン)を日本では受けられないのはなぜですか?
Q4: ニキビ治療にはどのくらいの期間がかかりますか?
結論:クリアな肌のためのアクションプラン
本稿では、日本皮膚科学会の最新ガイドラインに基づき、炎症性ニキビを科学的に理解し、効果的に治療するための包括的な情報を提供しました。最後に、皆様が明日から実践できるアクションプランをまとめます。
要点の再確認:
- 炎症性ニキビは医学的な疾患です。 自己流のケアではなく、科学的根拠に基づいた治療が必要です。
- JDAガイドライン2023が日本のゴールドスタンダードです。 治療方針はこの指針に基づいて決定されます。
- 治療は多角的なアプローチが基本です。 複数の作用機序を持つ薬剤を組み合わせ、特に抗生物質は耐性菌を防ぐために適正使用の原則(短期間、BPOとの併用)を厳守します。
- 最善の結果とニキビ跡の予防のために、早期に皮膚科専門医を受診してください。
- 維持療法こそが長期的な成功の鍵です。 炎症が治まっても、再発予防のための外用薬治療を継続することが極めて重要です。
最終的な行動喚起:
このガイドで得た知識を携え、ぜひ皮膚科専門医の診察を受けてください。ご自身の症状について、より具体的で的確な質問をすることができるはずです。医師とのパートナーシップこそが、治療成功への最短距離です。
この記事の情報源について
本ガイドの医学的情報の正確性と信頼性を担保するため、その主要な典拠を以下に明記します。
主要参考文献:
日本皮膚科学会ガイドライン 尋常性ざ瘡・酒さ治療ガイドライン2023. 日本皮膚科学会雑誌, 133巻 3号, p. 407-450, 2023.23
「尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン 2023」策定委員会(敬称略):
本ガイドラインは、日本の皮膚科学を牽引する以下の専門家によって策定されました。その専門知識の集大成が、本稿で解説した推奨事項の基盤となっています。
- 委員長: 林 伸和(虎の門病院皮膚科)
- 総括担当委員: 川島 眞(東京女子医科大学)、宮地 良樹(静岡社会健康医学大学院大学)
- 委員: 山﨑 研志(りふ皮膚科アレルギー科クリニック)、赤松 浩彦(藤田医科大学医学部応用細胞再生医学)、大森 遼子(東北大学皮膚科)、上中 智香子(和歌山県立医科大学皮膚科)、黒川 一郎(明和病院皮膚科)、幸野 健(日本医科大学千葉北総病院皮膚科)、小林 美和(こばやし皮膚科クリニック)、谷岡 未樹(谷岡皮フ科クリニック)、古村 南夫(福岡歯科大学皮膚科)、山﨑 修(島根大学医学部皮膚科)、山本 有紀(和歌山県立医科大学皮膚科)
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
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