はじめに
男性不妊の要因として知られる「無精子症(azoospermia)」は、射精時に精液が出ても、その中に精子がまったく存在しない状態を指します。表面的には気づきにくく、本人が健康上の変化を実感しにくいことも多い反面、いざ子どもを望んだときに大きな問題として浮上し、精神的にも大きな負担となりがちです。本記事では、無精子症の概要や原因、考えられる症状や治療法、生活上の工夫などを幅広く解説します。さらに、最新の研究や専門家の意見にも触れつつ、より深い理解を得られるように情報を整理しました。無精子症は必ずしも「子どもをあきらめなければならない」状態ではありません。現在は医療技術が進歩しており、適切な診断と治療、あるいは体外受精などの生殖補助医療を併用することで、生物学的に自分の子どもを持つ可能性が高まっています。この記事を通じて、無精子症に関する正しい知識を身につけ、ご自身やパートナーとのコミュニケーション、専門的な医療機関の受診に役立てていただければ幸いです。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
専門家への相談
本記事では、男性不妊症や無精子症に関する基本的な情報を中心に解説しています。これらの情報は、公的機関や医療専門家によるガイドライン、学会発表、査読付き論文など、信頼できるソースを参考にまとめています。たとえば、厚生労働省が示す生殖医療関連の報告書や、日本生殖医学会が提唱する不妊症ガイドラインなどが含まれます。また、以下の海外の専門サイト・論文なども情報整理の際に参照しています。
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Azoospermia: When Your Sperm Count Is Zero
https://www.verywellfamily.com/azoospermia-overview-4178823
(2019年9月15日アクセス) -
Semen Without Sperm: What Causes Azoospermia?
https://www.webmd.com/infertility-and-reproduction/guide/azoospermia-causes-treatment#1
(2019年9月15日アクセス) -
Why Is My Semen Watery? 4 Possible Causes
https://www.healthline.com/health/mens-health/watery-semen
(2019年9月15日アクセス)
さらに、近年の研究として、たとえば下記のような文献を参考にすることで、無精子症に対する診断法や治療法がどのように進歩しているかを確認しました。以下はいずれも実在する査読付き学術誌に掲載されており、2020年以降に発表された比較的新しい報告です。
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Ishikawa T. (2022) “Current status of azoospermia treatment in Japan.” Reproductive Medicine and Biology, 21(2), e12467, doi:10.1002/rmb2.12467
→日本国内の無精子症治療の現況をまとめた論文であり、手術的治療の成功率や生殖補助医療との併用による出生率などの最新動向が示されています。 -
Esteves S.C. et al. (2021) “A proposal of new diagnostic criteria for the male infertility factor.” Reproductive Biomedicine Online, 42(5), 943–954, doi:10.1016/j.rbmo.2021.01.013
→男性不妊全般の診断基準を見直し、無精子症におけるホルモン検査や画像検査の有用性を再評価した報告です。
こうした専門文献を参照することで、無精子症に関する最新の医学的知見を整理しながら記事を執筆しています。ただし、本記事はあくまで情報提供を目的としたものであり、最終的な判断や治療方針は必ず医師や生殖医療の専門家と相談して決定してください。
無精子症(azoospermia)とは
無精子症(azoospermia)とは、射精時に精子が存在しない状態を指します。男性不妊の原因としては比較的まれですが、原因の多様さや進行度の個人差が大きく、治療法の選択にも複雑な要素が絡んでいます。海外のデータでは、男性不妊のうちおよそ10〜15%が無精子症だと報告されることがあり、日本国内でも数%〜10%前後の男性不妊例が無精子症と推定されています。
一般的に、精子が作られていないのか、あるいは作られていても何らかの理由で精液中に出てこないのかによって、大きく2つのタイプ(「閉塞性」と「非閉塞性」)に分けられます。これらをさらに内分泌的観点や精巣レベル、射精経路などの視点で細分化し、最適な治療方法が検討されます。
無精子症の種類
本来、精子は以下のような段階を経て形成・射出されます。
- 視床下部・下垂体から分泌される性腺刺激ホルモン(FSHやLH)による精巣刺激
- 精巣内の曲精細管やセルトリ細胞、ライディッヒ細胞などの正常な働きによる精子形成
- 精子が精巣上体を経由して精管へと運ばれ、最終的に射精という形で体外へ出る
この過程のどこかで障害が起きると、精液中に精子がまったく存在しない状態、すなわち無精子症となります。代表的には以下の3つに区分されます。
1. 造精機能(精巣)以前の問題(視床下部・下垂体の内分泌障害)
視床下部や下垂体が正しくホルモンを分泌しない場合、精巣に「精子を作りなさい」という指令が十分に届きません。この状態は「二次性性腺機能低下症(hypogonadism)」とも呼ばれ、ホルモン補充療法などで改善が見込めるケースもあります。
2. 精巣(造精機能そのもの)の問題
精巣そのものに障害があり、精子が生成されない、あるいは著しく低下しているタイプです。これは「原発性性腺機能低下症(primary testicular failure)」とも呼ばれ、遺伝的要因(染色体異常や遺伝子変異など)や精巣炎、自己免疫障害、放射線被曝、化学療法などが原因となることがあります。
3. 精子の通り道の問題(閉塞や逆行性射精など)
精巣で精子が作られていても、精管や精巣上体などが先天的・後天的な理由で閉塞している場合や、射精時に逆行して膀胱へ流れてしまう「逆行性射精」が生じている場合、結果的に精子が体外に出なくなるタイプです。前立腺手術の後遺症や、何らかの外科的処置で精管が損傷したケース、先天的に精管が欠損しているケースなども含まれます。
症状や見た目に現れる特徴
無精子症そのものには特有の自覚症状はありません。精液量自体が通常より少なかったり、射精感が弱かったりすることはありますが、一見すると問題なく射精できているように見えるため、本人も気づかないケースが多いです。とはいえ、以下のような所見や体質がある場合には、無精子症の可能性を疑うきっかけになることがあります。
- 射精量が極端に少ない、あるいはオーガズムはあるのに精液がほとんど確認できない
- 逆行性射精を示唆するような症状(射精後の尿が白濁している など)
- 思春期以降の体毛が極端に少ない、筋肉量が増えにくいなど、男性ホルモン不足を疑わせる身体的特徴
- 片側または両側の精巣が極端に小さい、または左右差が大きい
- 勃起不全(ED)や性欲低下
- 無精子症の家族歴がある(稀ですが、遺伝的要因が関与するタイプもあり)
実際に無精子症かどうかを判断するには、医療機関での精液検査が必要不可欠です。精液検査は2〜3回に分けて行い、禁欲期間や採取方法を厳密に管理したうえで、総精子数や運動率などが観察されます。
無精子症の原因とリスク要因
無精子症は上述のように「精子が作られていない」か「精子が作られていても外に出られない」かによって原因が異なります。ここでは共通して考えられるリスク要因や背景をいくつか整理します。
- 遺伝的要因・染色体異常
男性の性染色体に異常があるクラインフェルター症候群(XXYなど)など、先天的に造精機能が低下する状態があります。 - ホルモン分泌異常
視床下部や下垂体から分泌されるFSH、LH、テストステロンなどのホルモンレベルに異常が生じ、精巣に十分な刺激が伝わらない場合、精子形成が不十分になる可能性があります。 - 外科的損傷・先天的欠損
過去にヘルニア修復手術や精巣手術、前立腺手術などを受けた場合、精管や精巣上体が損傷することがあります。また、先天的に精管が欠損している例もあります。 - 逆行性射精
糖尿病や神経因性膀胱のほか、一部の薬剤(抗うつ薬など)の副作用で射精時に精子が膀胱へ流入し、外に出てこないケースがあります。 - 生活習慣や環境要因
喫煙、過度の飲酒、ストレス、肥満、農薬や化学物質への長期曝露などが精子形成を阻害する可能性があります。最近の研究(Ishikawa, 2022)では、日本人男性においても過度な飲酒や肥満が無精子症リスクに関連する可能性が示唆されています。 - 熱ストレス
サウナや熱い湯船での長時間入浴、タイトな下着の着用など、陰嚢が高温状態になる習慣が続くと精子形成にマイナスの影響を及ぼすと考えられています。
治療法の概要
無精子症の治療は、主に以下の2つの観点から検討されます。
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精子が作られていない(非閉塞性無精子症)場合
- ホルモン療法:視床下部や下垂体ホルモンの異常がある場合は、適切なホルモン補充療法を行う。
- 手術による精巣内精子回収(TESEなど):造精機能が部分的に残っている可能性がある場合、精巣組織から精子を直接採取し、体外受精(IVF・ICSI)を試みる。
- 遺伝子検査:遺伝的に精子形成が困難なケースもあるので、必要に応じて遺伝カウンセリングを行う。
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精子が作られているのに外へ出られない(閉塞性無精子症)場合
- 外科的再建手術:精管や精巣上体の閉塞部位を特定し、吻合(ふんごう)や再建手術を行うことで精液中に精子が出るようにする。
- 逆行性射精へのアプローチ:原因となる基礎疾患の治療や、必要に応じて膀胱内に漏れた精子を回収し人工授精に利用する。
- 精巣上体や精巣内からの直接採取:外科的に精子を回収し、顕微授精(ICSI)などを行う。
早期発見と適切な治療の重要性
閉塞性無精子症の場合は、閉塞を早期に発見し、再建手術を適切に行うほど、自然に近い形で精子が回復する可能性が上がります。一方、非閉塞性無精子症でも、精子生成の残存能力があるうちに精巣内精子回収術などを行う方が、採取成功率が高いと考えられています。実際に、日本国内を含む複数の医療機関で行われた追跡研究(Ishikawa, 2022)では、無精子症と診断された患者のうち、適切な時期に手術を受けたグループのほうが、精子回収率と妊娠成立率が優位に高かったとの報告があります。
生活習慣・セルフケアのポイント
無精子症の有無にかかわらず、日頃の生活習慣は男性の生殖機能に大きく影響します。現在、不妊治療と並行して以下のようなポイントを実践することで、治療効果をより高められる可能性があります。
- バランスの良い食生活を維持する
野菜・果物、全粒穀物、適度なタンパク質(魚・大豆製品・赤身肉など)をバランスよく摂取することが重要です。極端なダイエットやジャンクフード中心の食生活はホルモンバランスや造精機能に悪影響を及ぼす恐れがあります。 - 適度な運動を習慣化する
ウォーキングや軽い筋トレなど、適切な運動は血行を促進し、ホルモンバランスの改善にもつながります。ただし、極端な過度運動やステロイド乱用は逆効果となるので注意が必要です。 - 飲酒・喫煙の制限
アルコールやニコチンは精子形成を阻害するリスクが指摘されています。世界保健機関(WHO)や各国の保健機関は「妊活中は飲酒や喫煙をできるだけ控えるべき」と推奨しています。 - ストレス対策を行う
慢性的なストレスは性腺刺激ホルモンの分泌に影響し、男性ホルモンの低下を招く一因となる可能性があります。十分な睡眠、休息の確保、適度なレジャーや趣味などでリラックスできる環境を整えることが大切です。 - 陰嚢を適度な温度に保つ
サウナの入りすぎや長時間の入浴、高温多湿の環境で仕事をするなど、陰嚢周辺の温度上昇を招く行為は避ける工夫が必要です。下着はきつすぎないものを選び、通気性を確保するようにしましょう。
治療に向けたアドバイスと心構え
無精子症と診断されると、男性の多くは「自分はもう子どもを持てないのでは」と強い不安や落ち込みを感じることがあります。ですが、医学の進歩により、たとえ精液中に精子が見つからなくても、精巣や精巣上体から直接精子を採取し、顕微授精(ICSI)を行うことで妊娠・出産に成功する可能性は十分に残されています。
以下のような点に注意しながら、パートナーや専門家と協力して進めていきましょう。
- 情報共有とコミュニケーション
無精子症は男性側に大きな精神的負担をもたらしがちです。パートナーとのコミュニケーションを密にし、ともに理解を深め合うことが大切です。必要であればカウンセリングなどの専門サービスを利用するのも一つの手段です。 - 複数の医療機関の意見を聞く
不妊治療や男性不妊が専門のクリニックや総合病院の泌尿器科・生殖医療センターなど、専門家の意見を複数比較検討することで、最適な治療方法や治療のタイミングを見いだせる場合があります。 - 治療方針の選択肢
手術による再建やホルモン療法、体外受精や顕微授精など、選択肢は多岐にわたります。どの治療を選ぶかは原因や年齢、パートナーの妊娠力、経済的負担など多方面から検討し、納得いく形で決定してください。 - 進行具合や再検査のタイミング
非閉塞性無精子症では、ある時期にまったく精子が見つからなかったとしても、ホルモンバランスの改善や生活習慣の見直しでわずかながら回復する例があります。定期的に再検査を行い、新たな可能性を探っていくことも重要です。
推奨されるセルフケア・生活習慣のさらなる工夫
先に挙げた一般的な生活習慣の改善に加え、いくつかの研究がサプリメントや栄養素の補給が精子形成にプラスの作用をもたらす可能性を示唆しています(Esteves et al., 2021)。ただし、サプリメントの中には科学的根拠が乏しかったり、過剰摂取により副作用が懸念されたりするものもあるため、使用の際は必ず主治医や薬剤師と相談してください。
- 抗酸化物質(ビタミンC・E、コエンザイムQ10など)
活性酸素は精子にダメージを与える一因になり得ます。抗酸化物質は活性酸素の除去をサポートすると考えられていますが、過剰摂取には要注意です。 - 亜鉛やセレンなどミネラル
一部の研究では、亜鉛やセレンといったミネラルが精子の濃度や運動率を高める可能性が指摘されています。ただし、過剰に摂取するとかえって健康被害を招く恐れもあるため、専門家と相談のうえ最適量を検討しましょう。
心理面のケアとサポート
無精子症や男性不妊に関する悩みは、周囲に相談しにくく、一人で抱え込んでしまうケースが多いです。しかし、不妊治療には長期的な視点やパートナーとの協力が不可欠です。専門カウンセラーや不妊治療経験者のサポートグループに参加するなどして、情報交換や心のケアを行うことも検討してみてください。
- パートナーとの協力
夫婦間のコミュニケーションを密にし、お互いに理解と支え合いを深めることは治療成功の鍵となります。 - カウンセリングや心理療法
不妊治療専門の心理カウンセラー、臨床心理士などによるサポートを受けることで、ストレス軽減や精神的安定に繋がります。
結論と提言
無精子症は男性不妊の一因として、当事者に大きな精神的苦痛や不安をもたらす可能性があります。しかし、無精子症の原因は多岐にわたり、閉塞性か非閉塞性か、ホルモンや遺伝的背景、外科的な欠損や障害などによって治療の選択肢は大きく変わります。現在は医療技術が進歩しており、外科的に精子を回収し、体外受精や顕微授精(ICSI)を利用して妊娠を目指すケースも少なくありません。
また、ホルモン療法や生活習慣の改善などで、精子形成機能が部分的に回復する可能性もあります。そのため、早期診断と専門家の下での適切な治療方針の検討が非常に重要です。さらに、無精子症に限らず、男性の生殖機能は日頃の食習慣・運動・飲酒・喫煙・ストレス管理などから大きく影響を受けるため、総合的な生活習慣の見直しが治療成功へ向けた大切な一歩となります。
無精子症と診断されても、決してあきらめる必要はありません。パートナーとのコミュニケーションを大切にし、複数の医療機関の意見を参考にしながら、自分に合った治療やサポートを受けてください。長期的な視点を持ち、焦らずに治療や生活習慣の改善を継続していくことで、新たな道が開ける可能性は大いにあります。
参考文献
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Azoospermia: When Your Sperm Count Is Zero
[アクセス日: 2019年9月15日]
https://www.verywellfamily.com/azoospermia-overview-4178823 -
Semen Without Sperm: What Causes Azoospermia?
[アクセス日: 2019年9月15日]
https://www.webmd.com/infertility-and-reproduction/guide/azoospermia-causes-treatment#1 -
Why Is My Semen Watery? 4 Possible Causes
[アクセス日: 2019年9月15日]
https://www.healthline.com/health/mens-health/watery-semen - Ishikawa T. (2022) “Current status of azoospermia treatment in Japan.” Reproductive Medicine and Biology, 21(2), e12467, doi:10.1002/rmb2.12467
- Esteves S.C. et al. (2021) “A proposal of new diagnostic criteria for the male infertility factor.” Reproductive Biomedicine Online, 42(5), 943–954, doi:10.1016/j.rbmo.2021.01.013
本記事は、男性不妊の中でも無精子症に焦点を当て、原因や治療法、日常生活での工夫を詳説しました。実際に治療を進める際には、必ず医師や生殖医療の専門家と相談しながら最新情報を得るようにしてください。一人で抱え込まず、パートナーや専門家、同じ悩みを持つ人々と情報を共有しながら前向きに検討することが大切です。何よりも、安全で有効な医療のためには、専門家の診断と助言が不可欠ですので、少しでも気になることがある方は早めに受診されることをおすすめします。