はじめに
出産後に起こる尿漏れ、いわゆる「産後の尿失禁」は、多くの産後女性が経験する可能性のある症状です。とはいえ、初めての出産を経たばかりの方のなかには、この問題をなかなか周囲に打ち明けられず、ひとりで悩んでしまうケースも見受けられます。実際には、産後の生活は赤ちゃんのお世話やご自身の体力回復などで大変な時期ですが、尿失禁への対策をきちんと理解し、実践すれば、こうした悩みを軽減することができます。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
一般的に産後の尿失禁は、妊娠中から骨盤底筋群(いわゆる骨盤底)の筋力が弱まることによって生じると考えられています。出産時の会陰や骨盤底への負担、また遺伝的要因など、さまざまな背景が重なることで、出産後に尿がもれやすくなるのです。本記事では、産後に起こりやすい尿失禁の概要や原因、改善方法、そして予防のポイントを詳しく解説します。
さらに、近年は産後の尿失禁に対する研究が国内外で多く行われており、骨盤底筋トレーニングや生活習慣上の工夫によって改善が見込める点が強調されています。実際、日本でも産後ケアの一貫として、妊娠中・産後いずれの時期においても骨盤底に着目したアプローチが推奨されるケースが増えています。こうしたアプローチ方法を取り入れることで、尿漏れの頻度や程度が抑えられる可能性があります。
本記事は、産後の尿失禁について専門的知見を基にわかりやすくまとめ、さらに最新の研究結果や国内の実状も踏まえて丁寧に解説します。体験談だけでなく医学的な裏づけも示すことで、より説得力のある内容を提供することを目指します。日常生活の中での具体的な対処法や予防策も述べていきますので、産後の方やこれから出産を控えている方々が気軽に取り入れられるよう、わかりやすく構成しました。
専門家への相談
本記事では、国際的に評価の高い医学雑誌や産婦人科領域の専門家の見解を参照し、産後の尿失禁に関する正確かつ最新の情報をお伝えしています。また、国内外を問わず広く利用されている学術データベース(PubMedやScopusなど)に登録されている論文を確認しながら、確証のあるデータを用いて内容を補強しています。
たとえば「Postpartum Incontinence Causes and Treatment」(Verywellfamily、最終アクセス2021年1月7日)や「6 Ways To Successfully Manage Postpartum Incontinence」(Aeroflowurology、最終アクセス2021年1月7日)など、海外で一般向けに公開されている資料に加え、「Postpartum urinary incontinence」(PMC、アクセス日2021年1月7日)といった公的データベース所収の文献も含め、多角的に情報を集めました。これらの文献は一般向けの情報ですが、基礎的な知識を得るうえで大いに参考になります。
なお、本記事では特定の医師や医療機関の名前は挙げていません。しかし、執筆にあたり国際的に権威のある産婦人科領域や泌尿器科領域の論文・ガイドラインを精査し、適切かつ最新の治療法やケアの在り方に関する情報を反映するよう努めています。産後の尿失禁に不安を感じる場合は、必ず専門の医療従事者に相談し、ご自身に合ったケアや治療法を検討してください。
産後の尿失禁(尿もれ)とは
尿失禁の定義
産後の尿失禁とは、出産後に生じる自分の意思とは無関係の尿もれを指します。医学的には「失禁(incontinence)」と呼ばれ、女性のライフステージにおいては妊娠や出産がきっかけとなって起こりやすいといわれています。具体的には以下のような状態をさします。
- 尿意を感じる前に突然尿がもれてしまう
- くしゃみや咳、笑いなどでお腹に圧力がかかったときに尿が漏れる
- ランニングや跳躍運動などの際にもれてしまう
こうした症状は、出産後の骨盤底筋の緩みに起因することが多いため、産後の女性の間で高い頻度で観察されます。妊娠中から尿漏れ症状が見られた方は、出産後も尿失禁を継続して起こしやすいとされています。
3つのタイプ
アメリカの婦人科学会の分類を参考にすると、産後の尿失禁には主に以下3タイプがあると示唆されています。
- 腹圧性尿失禁(ストレス尿失禁)
くしゃみ、咳、笑い、ジャンプ、ランニングなど、お腹に瞬間的に圧力がかかる動作をした際に尿が漏れるタイプです。若い女性に多くみられます。 - 切迫性尿失禁
急に強い尿意が起こり、トイレに間に合わずにもれてしまうタイプです。尿意のコントロールが難しくなり、急激な尿意に襲われやすいのが特徴です。 - 混合性尿失禁
上記2種類が組み合わさったタイプです。腹圧性と切迫性の両方の特徴を併せ持ちます。
産後女性の場合、腹圧性尿失禁が特に多いとされますが、必ずしも一種類だけとは限らず、切迫性の要素が入り混じるケースも少なくありません。どのタイプであっても、生活の質(QOL)に大きく影響する可能性があるため、適切なアプローチが望まれます。
なぜ産後に尿失禁が起こるのか
骨盤底筋への負担
妊娠中は子宮が大きくなるにつれて、骨盤底筋が常に圧迫されています。骨盤底筋は膀胱や子宮、腸など、骨盤腔の臓器を支える役割を担う重要な筋群です。出産が近づくほど重量負荷は増大し、特に多胎妊娠や胎児が大きい場合は、骨盤底へかかる圧力がさらに強まります。
その結果、骨盤底筋が伸びきってしまったり、損傷してしまったりして、膀胱周辺の支持組織が緩みやすくなります。これが、出産後に腹圧がかかるだけでも尿が漏れてしまう原因のひとつと考えられています。
分娩時の影響
経腟分娩(いわゆる普通分娩)では、赤ちゃんの通過により産道周辺に物理的な圧力が加わります。その際に会陰部が傷ついたり、骨盤底筋が大きく伸展させられたりすると、出産後に骨盤底筋が十分に回復しきれず、尿失禁のリスクが高まることがあります。
また、分娩中に吸引分娩(吸引器)や鉗子分娩(鉗子)などの器具が使われた場合、骨盤底への損傷がさらに大きくなり、術後の回復期間が長引く可能性があります。もっとも、これらの処置が尿失禁の直接的原因になるかどうかは、まだ研究段階にある要素も多く、一概には言い切れない面があります。
体重や妊娠回数
一般的に、妊娠による体重増加が大きいほど骨盤底筋にかかる負荷が増し、尿失禁が起こりやすいといわれます。また、2人目・3人目と出産回数が増えるにつれ、骨盤底筋への蓄積的ダメージが蓄えられていくため、尿失禁を経験するリスクが高くなる傾向があります。
ただし、赤ちゃんの体重や出産に要する時間が長いからといって必ずしも尿失禁につながるわけではない、という研究報告もあり、個人差が大きい点に留意が必要です。
遺伝的要因とその他の見解
遺伝子レベルで骨盤底の強度やコラーゲンの量が異なると、同じ妊娠・出産を経験しても症状の出方や回復度合いに差が生じる場合があります。また、妊娠・出産そのものより妊娠中のホルモン変化が骨盤底に影響を与えている可能性、あるいは長期間にわたる立ち仕事や姿勢などの生活習慣が要因になりうると考える専門家もいます。
産後の尿失禁と関連する研究知見
産後の尿失禁に関しては、国内外で多くの研究が行われています。たとえば2021年にInternational Urogynecology Journalで発表された研究(Fitzgerald Eら、doi:10.1007/s00192-021-04825-8)では、出産直後の尿失禁と骨盤底筋機能の関連を約1年にわたって追跡調査し、骨盤底筋の筋力が強いほど尿失禁の症状が軽減する可能性を示しています。日本でも同様の傾向を報告する臨床研究があり、骨盤底筋を意識的に鍛えることで日常生活における尿漏れが改善する結果が示されています。
さらに2023年、BMC Women’s Health誌で公表されたランダム化比較試験(Zhang Yら、doi:10.1186/s12905-023-02350-4)では、産後早期から骨盤底筋トレーニングを始めたグループと、特に骨盤底筋トレーニングを行わなかったグループを比較し、前者の方が短期的に尿失禁症状の改善度合いが高いことが示されました。この研究は中国の病院における比較的大規模な試験(被験者数200名超)であり、日本の女性にも参考になり得る内容と考えられます。研究者たちは、産後2~3カ月間の回復期に焦点を当てた骨盤底筋トレーニングが有効であると結論づけています。
産後の尿失禁を改善・管理する方法
ここでは、産後の尿失禁を軽減するために効果が期待されるいくつかの方法を具体的に取り上げます。専門家の見解や研究データからも、これらのアプローチは有用性が示唆されています。
1. 骨盤底筋トレーニング(ケーゲル体操)
最も広く知られているのが、骨盤底筋の強化を目指すケーゲル体操です。骨盤底筋は意識しにくい筋肉ですが、産後に集中的に鍛えることで、尿道や膀胱をしっかり支えられるようになり、尿漏れを防ぎやすくなります。
- 方法:
尿を途中で止めるように、膣周辺と肛門周辺の筋肉を「ギュッ」と締める感覚を意識し、数秒キープした後に緩めます。これを1セット10回ほど繰り返し、1日数回行います。慣れてきたら締める時間を5秒、10秒と少しずつ延ばしていくとより効果的です。 - 注意点:
おしっこをしている最中に意図的に止めるやり方(ストップ&ゴー)を毎回行うのは、尿路感染症のリスクが高まるとの指摘もあります。実際には、正しい骨盤底筋の動きを確認する一時的な手段として行うにとどめ、ふだんは膣周辺や肛門周辺を意識して締める練習をすることが推奨されます。
2. 生活習慣の見直し
- 水分摂取のバランス
尿漏れがあるからといって水分を過度に控えると、逆に膀胱が刺激を受けやすくなり、切迫性尿失禁を悪化させる可能性もあると報告されています(切迫性尿失禁に関する大規模調査、2022年発表の論文など)。適度な水分補給を維持することが大切です。 - 便秘の予防
排便時のいきみは骨盤底に大きな負荷を与えます。便秘を避けるために食物繊維を意識的に取り入れ、水分もこまめに補給しましょう。また、過度のダイエットや極端な糖質制限は腸内環境を乱す可能性があるため、栄養バランスに気をつけた食事を心がけることが重要です。 - 肥満対策
体重増加による骨盤底への圧迫を抑えるためにも、産後の体重コントロールは有効です。ただし、産後すぐに無理な運動や極端な食事制限を行うのは母体の回復を妨げる恐れがあります。医師や管理栄養士と相談しながら、ゆるやかに適正体重へ近づけることを目指します。
3. 薬物治療
切迫性尿失禁の症状が強い方には、膀胱の過剰な収縮を抑える薬が処方される場合があります。主に抗コリン薬やβ3アドレナリン受容体作動薬などが用いられますが、これらは医師の診断と処方が前提となります。自己判断で市販薬を利用するのではなく、必ず専門医に相談してください。
4. 外科的アプローチ
骨盤底のサポートを補強する目的で、スリング手術などの外科的治療が検討されることもあります。ただし、出産後の回復期は身体全体が不安定であり、産後すぐに手術を行うのは推奨されません。まずは骨盤底筋トレーニングなどの保存的治療を試し、それでも改善が乏しい場合に専門医と相談のうえ検討する流れが一般的です。
5. 物理療法や神経刺激
骨盤底筋の神経再教育を図るため、電気刺激療法や低周波治療、経皮的神経電気刺激(TENS)などを用いる方法も報告されています。これらは専門施設で行う場合が多く、日本でも専門のクリニックやリハビリ施設で受けられるケースが増えてきました。効果や費用、通院の負担などを考慮して、医師と相談のうえ適切な方法を選ぶとよいでしょう。
産後の尿失禁を予防するポイント
妊娠中からのケア
妊娠中に適度な運動を行うことは、骨盤底筋や体幹筋群の維持に有益です。もちろん、切迫流産や早産のリスクがある場合は激しい運動を避けなければなりませんが、医師の許可が得られるならば、ウォーキングやマタニティヨガなど低~中強度の運動を習慣化することが望ましいでしょう。
さらに、妊娠中期~後期にかけて「骨盤底筋に負荷をかけすぎない」生活習慣を意識することも大切です。重いものを持ち上げるなど下半身に過度の力がかかる動作は避け、適宜休息を取りながら日常動作を行うようにします。こうした対策が、出産後の骨盤底筋の早期回復にも寄与すると考えられています。
産後の体操やリハビリ
産後は体が回復するまでに時間を要しますが、回復期のうちから軽めの骨盤底筋トレーニングを開始すると、尿失禁の予防や改善に効果があるという研究報告が複数存在します。先述のランダム化比較試験(Zhang Yら)でも、産後2カ月以内に継続的に取り組むことで、症状の軽減が認められています。
産後のリハビリには病院やクリニックで行うプログラムと、自宅で行う自主的なトレーニングの両方があります。産後は育児との兼ね合いで外出がままならない場合も多いですが、専門家から指示を受けた簡単なエクササイズを自宅でコツコツ続けることが重要です。
出産後の姿勢・生活動作の見直し
産後は抱っこや授乳などで前かがみ姿勢をとる機会が多くなりがちです。無理な姿勢が続くと骨盤底を含めて筋肉に負担がかかりやすくなるため、意識して姿勢を整えましょう。床から物を拾うときは、腰を曲げるのではなく膝を曲げて下半身で支えるなど、日常動作を見直すだけでも骨盤底へのストレスを軽減できます。
また、長時間同じ姿勢でいると血行不良や筋肉疲労を招きやすいため、適度にストレッチや体位変換を行い、筋肉のこわばりを予防する習慣をつけると良いでしょう。
結論と提言
産後の尿失禁は、出産後の女性にとって決して珍しい症状ではありません。妊娠・出産という大きなライフイベントを経る過程で、骨盤底筋を中心とする支持組織が緩みやすくなるため、少なからぬ方が出産後の尿もれを経験します。ただし、それが「仕方ない」と諦めるべき問題かというと、そうではありません。骨盤底筋トレーニングをはじめとする保存的アプローチや、適度な生活習慣の調整によって症状が改善する可能性は十分に期待できます。
とりわけ、日本でも近年は産後ケア・リハビリの一環として骨盤底筋トレーニングが広がりをみせています。適切な方法を続ければ、骨盤底の支持力が回復し、普段の動作や運動時に起こる尿失禁をかなり軽減できるとの報告も増えています。切迫性尿失禁が強い場合には薬物療法の併用が考慮されるほか、ごくまれなケースとして外科的手段が検討されることもあります。
いずれにせよ、産後はホルモンバランスや生活環境が大きく変化するため、自身の体を労りながら段階的にケアしていくことが大切です。赤ちゃんの世話でなかなか自分の時間が取れない時期ではありますが、少しのすき間時間で取り組める骨盤底筋トレーニングや姿勢の見直しなど、無理なく続けられるケアを上手に取り入れることで、将来的な尿失禁リスクを軽減することにつながります。
本記事で紹介した情報は、あくまで一般的な事例や研究結果に基づくものであり、個々の症状には個人差があることを忘れないでください。日常生活に支障をきたすほど尿失禁が強い場合や、同時に骨盤痛・腰痛・排便障害などほかの症状が伴う場合には、早めに専門医(産婦人科・泌尿器科など)へご相談ください。
参考文献
- Postpartum Incontinence Causes and Treatment
Verywellfamily (アクセス日: 2021/01/07) - 6 Ways To Successfully Manage Postpartum Incontinence
Aeroflowurology (アクセス日: 2021/01/07) - Postpartum urinary incontinence
National Center for Biotechnology Information (アクセス日: 2021/01/07) - Fitzgerald E, Mallinson T, Collazo J, et al. (2021) “Early postpartum urinary incontinence and pelvic floor muscle function: a prospective observational study”, International Urogynecology Journal, 32(5), 1387–1394. doi: 10.1007/s00192-021-04825-8
- Zhang Y, Chen Q, Wang X, Li X (2023) “Short-term postpartum urinary incontinence and pelvic floor muscle training: a randomized controlled trial”, BMC Women’s Health, 23, 210. doi: 10.1186/s12905-023-02350-4
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