この記事の科学的根拠
本記事は、引用元として明記された最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、本記事で提示される医学的指導の根拠となった実際の情報源とその関連性を示したものです。
- 全国健康保険協会(高知支部): 日本における甲状腺疾患の有病率や性差に関する記述は、同協会が公開した統計データに基づいています1。
- 日本甲状腺学会(JTA): 橋本病やバセドウ病の定義、診断基準、および日本の標準治療に関する解説は、同学会が発行する各種診療ガイドラインに準拠しています478。
- 2023年発表の系統的レビュー(Rzeszow大学等): クルクミンの抗酸化作用が甲状腺疾患の病態に理論的にどう関与しうるかという科学的背景は、酸化ストレスと甲状腺疾患の関連をまとめたこのレビューに基づいています3。
- 2021年発表の薬理レビュー(Caron P氏等): 甲状腺ホルモン薬(レボチロキシン)の吸収に影響を与える要因に関する詳細な解説と、ウコン摂取に関する具体的な推奨事項は、この包括的なレビュー論文の知見に基づいています12。
- ClinicalTrials.gov登録の臨床試験: 橋本病患者に対するクルクミンの効果を検証中の最新研究に関する情報は、米国国立衛生研究所(NIH)が管理する臨床試験登録データベースに基づいています5。
要点まとめ
- ウコンの主成分クルクミンは、抗炎症・抗酸化作用により理論上は甲状腺疾患に有益な可能性がありますが、その効果はまだ研究段階です。
- 橋本病に対しては、自己免疫による炎症を緩和する可能性が研究されていますが、質の高い証拠は限定的です。
- バセドウ病では、合併症である甲状腺眼症の線維化プロセスへの影響が基礎研究レベルで示唆されています。
- 甲状腺ホルモン薬(チラージンS®等)とウコンを同時に摂取すると、薬の吸収が阻害される可能性があります。服用時間を最低4時間以上空けることが強く推奨されます。
- ウコンは治療薬ではなく、標準治療に取って代わるものではありません。新しいサプリメントを始める前には、必ず主治医に相談することが最も重要です。
ウコン(クルクミン)とは? なぜ甲状腺との関係が注目されるのか
ウコン(ターメリック)は、古くから料理の香辛料や伝統医学で利用されてきたショウガ科の植物です。その鮮やかな黄色の元となっているのが、ポリフェノールの一種である「クルクミン」という成分です。近年、このクルクミンが持つ多様な生理活性作用が科学的に注目されており、特に甲状腺疾患との関連で重要視されるのが、その強力な抗炎症作用と抗酸化作用です2。
注目される2つの作用:抗炎症作用と抗酸化作用
抗炎症作用
多くの慢性疾患の根底には、体内でくすぶり続ける「慢性炎症」が存在します。クルクミンは、炎症を引き起こす体内の様々な信号伝達物質(例えばNF-κBなど)の働きを調節することで、この炎症プロセスを抑制する可能性が研究されています2。橋本病やバセドウ病といった自己免疫性甲状腺疾患は、免疫系の異常な働きによる慢性的な炎症がその本態であるため、クルクミンの抗炎症作用が理論的に有益ではないかと考えられています。
抗酸化作用
私たちの体は、呼吸によって取り入れた酸素を利用する過程で、細胞を傷つける「活性酸素」を産生します。この活性酸素によるダメージは「酸化ストレス」と呼ばれ、老化や様々な病気の原因となります。クルクミンは、この活性酸素を直接的に除去する能力と、体自身が持つ抗酸化酵素の働きを高める能力の両方を備えています3。甲状腺疾患、特に橋本病やバセドウ病の病態においても、酸化ストレスが関与していることを示唆する研究報告が増えており3、クルクミンの抗酸化作用が甲状腺を保護する方向に働く可能性が期待されています。
【疾患別に徹底解説】あなたの甲状腺の状態とウコンの安全性
重要:ウコン(クルクミン)の影響は、甲状腺疾患の種類によって研究の状況や注意点が大きく異なります。ご自身の状態と照らし合わせてお読みください。
2.1. 橋本病(慢性甲状腺炎)とウコン
橋本病とは?
日本甲状腺学会の定義によれば、橋本病は自己免疫の異常により、自身の甲状腺組織を異物と認識して攻撃してしまうことで、甲状腺に慢性的な炎症が起こる疾患です4。この炎症が長く続くと甲状腺の細胞が徐々に破壊され、甲状腺ホルモンの産生能力が低下し、「甲状腺機能低下症」に至ることがあります。全国健康保険協会のデータによると、橋本病は日本の甲状腺疾患の中で最も多く、特に成人女性の約30人に1人が罹患し、男女比は1対10~15と圧倒的に女性に多いとされています1。
期待される効果
前述の通り、橋本病の病態の根底には自己免疫による「慢性炎症」と「酸化ストレス」があります。そのため、クルクミンが持つ抗炎症作用と抗酸化作用が、この病態プロセスを理論上は緩和する可能性があると考えられています。
科学的根拠の現在地
橋本病に対するクルクミンの効果を直接検証した質の高い人間での研究は、まだ非常に限られています。いくつかの小規模な研究や、甲状腺機能がわずかに低下した状態(潜在性甲状腺機能低下症)に対する研究は存在しますが、明確な結論には至っていません。
重要な点として、イスファハン医科大学の研究チームにより、橋本病患者を対象としてクルクミン補給の有効性を検証する、より厳密な二重盲検ランダム化比較試験が現在進行中です(2023年登録)5。この結果が待たれるところであり、この分野がまだ研究途上であることを示しています。
患者の体験談(参考情報)
甲状腺専門の薬剤師であるイザベラ・ウェンツ博士が自身のウェブサイトで公開している情報によると、橋本病患者の中にはクルクミンを摂取して関節痛の軽減などを体験したという声があることが紹介されています6。しかし、これはあくまで個人の体験談をまとめたものであり、全ての人に当てはまる医学的効果を保証するものではないことを理解することが極めて重要です。
2.2. バセドウ病とウコン
バセドウ病とは?
日本甲状腺学会の「バセドウ病治療ガイドライン2019」によると、バセドウ病は甲状腺を過剰に刺激する自己抗体(TRAb)が作られることで、甲状腺ホルモンが過剰に産生されてしまう自己免疫疾患です7。動悸、体重減少、手の震え、多汗などの症状(甲状腺中毒症症状)が現れます。
研究の特異的な焦点:甲状腺眼症(バセドウ病眼症)への影響
バセドウ病に対するクルクミン研究は、甲状腺機能そのものよりも、特徴的な合併症である「甲状腺眼症(またはバセドウ病眼症)」に焦点が当てられています。甲状腺眼症は、眼球の後ろにある組織に炎症やむくみが生じ、眼球突出などの症状を引き起こす状態です。
2021年に台湾の長庚紀念医院などの研究グループが発表した基礎研究では、この眼症の組織が硬くなる「線維化」のプロセスにクルクミンがどう影響するかが調べられました8。結果として、実験モデルにおいてクルクミンが線維化に関わる細胞(線維芽細胞)の活性化を抑制することが示唆されました8。
注意点
これはあくまで試験管レベルの基礎研究であり、人間のバセドウ病や甲状腺眼症に対する治療法として確立されたものでは全くありません。バセドウ病と診断された場合は、抗甲状腺薬、アイソトープ治療、手術といったガイドラインで定められた標準治療を受けることが最優先です7。
2.3. 甲状腺結節・甲状腺がんとウコン
基礎研究レベルの知見
甲状腺のしこりである「結節」や甲状腺がんに関しても、クルクミンの影響を調べた研究が存在しますが、そのほとんどは基礎研究の段階です。
- 良性の甲状腺結節を持つ患者を対象とした小規模な臨床研究で、クルクミンを含む天然抽出物の組み合わせが結節のサイズ縮小に寄与した可能性が報告されています9。
- 培養された甲状腺がん細胞(特に乳頭がん)を用いた複数の試験管内研究(in vitro研究)では、クルクミンががん細胞の増殖や転移を抑制したとする結果が報告されています1011。
【極めて重要】自己判断での使用は絶対に避けるべき理由
警告:上記の知見は全て研究段階のものであり、人間のがん治療に有効であるという質の高い証拠(エビデンス)は全く確立されていません。甲状腺がんやその疑いがあると診断された場合は、日本甲状腺学会や日本内分泌外科学会が定める診療ガイドラインに基づいた標準治療(手術、放射線治療、薬物療法など)を最優先することが絶対です8。自己判断でサプリメントに頼ることは、適切な治療を受ける機会を失いかねない、大変危険な行為です。
【最重要】安全な摂取法と甲状腺ホルモン薬(チラージンS®等)との飲み合わせ
このセクションは、甲状腺疾患の治療を受けている方が安全にウコンと付き合う上で最も重要な情報です。
3.1. ウコン摂取の一般的な注意点
疾患の有無にかかわらず、ウコン(クルクミン)のサプリメントを摂取する際には、以下の点に注意が必要です。
- 胃腸症状:過剰に摂取すると、下痢、吐き気、腹痛などの胃腸症状を引き起こす可能性があります。
- 血液凝固への影響:クルクミンには血液を固まりにくくする作用(抗血小板作用)がある可能性が指摘されています。そのため、手術を控えている方や、血液をサラサラにする薬(抗凝固薬や抗血小板薬)を服用中の方は、必ず事前に医師に相談してください。
- サプリメントの品質:市場には様々なウコン製品がありますが、品質は様々です。不純物が含まれていたり、有効成分であるクルクミンの含有量が標準化されていなかったりする製品もあります。信頼できるメーカーの製品を選ぶことが重要です。
3.2. 甲状腺ホルモン薬との相互作用は? 科学的見解
結論から:現時点(2025年現在)で、クルクミンが甲状腺ホルモン補充薬であるレボチロキシン(日本での代表的な製品名:チラージンS®)の作用を直接的に強めたり弱めたりするという、質の高い臨床報告は非常に限定的です。
しかし、自己免疫性甲状腺疾患を持つ方が最も注意すべきは「薬の吸収」の問題です。
フィリップ・カロン氏らによる2021年の包括的なレビュー論文によれば、レボチロキシンの吸収は、食事(特に食物繊維)、コーヒー、カルシウムや鉄といったミネラルサプリメント、その他多くの薬剤によって大きく影響を受ける(吸収が阻害される)ことが広く知られています12。
この事実は、クルクミンとの関係を考える上で非常に重要です。ウコンやクルクミンのサプリメントは、その吸収性を高めるために食事と一緒に摂取されることが多いため、レボチロキシンと同時に、あるいは近い時間帯に摂取した場合、薬の吸収を低下させてしまう可能性が十分に考えられます。薬の吸収が不安定になると、甲状腺ホルモンの血中濃度が乱れ、治療効果に影響を及ぼす恐れがあります。
安全な服用のための具体的ルール
甲状腺ホルモン薬の効果を最大限に引き出し、サプリメントによる影響を最小限に抑えるため、以下のルールを厳守してください。
- 甲状腺ホルモン薬は、必ず起床後すぐの空腹時に、コップ1杯程度の十分な量の水(白湯)で服用してください。
- ウコン(クルクミン)を含むサプリメントや、朝食などの食事は、甲状腺ホルモン薬の服用から最低でも4時間以上、できればそれ以上時間を空けて摂取するようにしてください。
この時間差を設けることが、薬の安定した吸収を確保するための最も確実で安全な方法です12。
結論:専門医と相談し、賢くウコンと付き合うために
ウコンおよびその主成分クルクミンは、特に橋本病の背景にある炎症や酸化ストレスに対して、理論的に有益な可能性を秘めた成分です。しかし、その効果や安全性に関する人間での科学的証拠は、まだ研究の途上にあるというのが現状です。
重要なことは、ウコンは「治療薬」ではないという事実を理解することです。甲状腺疾患の治療の基本は、医師の診断のもとで行われる薬物療法などの標準治療であり、サプリメントがそれに取って代わることは決してありません。
何か新しいサプリメントを始めたい、あるいは現在摂取しているものについて不安がある場合、最も重要な行動は一つです。それは、ご自身の病状と治療内容を最もよく理解している主治医(内科・内分泌専門医)に相談することです。
この記事で得た情報を基に、次の診察の際に「ウコンの摂取を考えているのですが、私の病状や薬との関係で注意すべき点はありますか?」と、ぜひ主治医に質問してみてください。専門家との対話こそが、あなたにとって最も安全で最適な健康管理への確実な第一歩となるでしょう。
よくある質問
Q1: 1日にどのくらいの量のウコン(クルクミン)を摂取すれば安全ですか?
甲状腺疾患を持つ方に対するウコン(クルクミン)の最適な摂取量や安全な上限量について、明確に定められた基準は存在しません。多くの臨床研究では1日あたり500mgから2000mg程度のクルクミンが使用されていますが、これはあくまで研究上の設定です。過剰摂取は下痢や吐き気などの胃腸症状を引き起こす可能性があるため2、もし試す場合は少量から始め、体の変化に注意を払うことが賢明です。しかし、最も重要なのは摂取量よりも先に主治医に相談することです。
Q2: 妊娠中や授乳中にウコンをサプリメントとして摂取しても安全ですか?
妊娠中および授乳中のウコン(クルクミン)サプリメントの安全性は確立されていません。食事に含まれる通常の香辛料としての量を超える摂取は、避けるべきとされています。胎児や乳児への影響が不明であるため、この期間のサプリメントとしての摂取は推奨されません。必ずかかりつけの産婦人科医や甲状腺の主治医に相談してください。
Q3: どのウコンサプリメントを選べばよいですか?
JAPANESEHEALTH.ORGとして特定の製品を推奨することはできませんが、一般的な選択基準として、第三者機関による品質検査を受けていること、有効成分であるクルクミンの含有量が明記され標準化されていること、不要な添加物が少ないことなどが挙げられます。クルクミンは体への吸収率が低いという課題があり、黒コショウの成分(ピペリン)を配合したり、脂質と組み合わせたりして吸収性を高めた製品もあります。しかし、どのような製品を選ぶにせよ、まずは医師や薬剤師に相談することが大前提となります。
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