はじめに
人は生まれたときに割り当てられた性(いわゆる「生物学的な性」)と、自分自身が内面で認識する性(ジェンダー・アイデンティティ)が一致しない場合があります。生物学的には男性として育ちつつも、自分のなかでは「女性だ」と強く感じながら生きてきた方は、しばしば「トランスジェンダー女性」(男性から女性へ移行した人)と呼ばれます。こうした方々は、幼少期から周囲の環境との摩擦に悩んだり、家族や友人にカミングアウトする過程で大きな困難に直面することがあります。一方で、社会的に自分の性自認にあった姿で過ごし、心身ともに女性らしさを実現しようとさまざまな方法を選択される方もいます。本稿では、男性から女性への移行(いわゆる「MTF:Male to Female」)を考えるうえでの経緯、ホルモン療法や外科的アプローチ、そして性生活や月経の有無などに関して詳しく解説します。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
専門家への相談
この記事の執筆にあたり、参考とした専門的な情報源としては、医学研究機関や各種ガイドライン、国際的なLGBTQ+関連組織などが挙げられます。特に以下のような情報や機関は、世界的に広く認知され、専門家による査読が行われているため、信頼性が高いとされています。
- 世界各地域でのトランスジェンダー研究やガイドライン
- 医療機関(例:Cleveland ClinicやJohns Hopkins Medicineなどが公表するトランスジェンダーに関する情報)
- 心理学・精神医学の専門家団体(例:American Psychological Association など)
なお、本記事は医療従事者や医学研究者による正式な診療行為や個別のアドバイスに代わるものではありません。ホルモン療法の導入や手術などの大きな決定をする際には、必ず専門の医師や医療機関でのカウンセリング・診察を受けてください。
男性から女性へのトランスジェンダー移行とは
本人のアイデンティティと社会的役割
男性として生まれたものの、自分自身を「女性」として認識している人は、幼い頃から性役割への違和感を抱くことがあります。例えば、幼少期に女の子向けの服や遊びに自然と惹かれる、男性的な行動を強いられると苦痛を感じる、思春期以降になると男性的な体の変化(声変わりや体毛の増加など)に強い不安や嫌悪感を抱く、といった事例が多く報告されています。
ただし「トランスジェンダーに該当するか否か」を決めるのは、外見や服装だけではありません。あくまで自身の内面的な性自認が、男性として割り当てられた性と一致しないと感じるかどうかが重要なポイントです。実際、見た目は「男性の姿」のままでも内面では女性として生きている方もいれば、積極的に女性らしい見た目を追究しつつ社会に出ている方もいます。
社会的ステップ:外見やふるまいの変化
自分のなかで「女性として生きたい」と明確に認識できると、社会的に女性らしいスタイルや名前を用いるケースが多く見られます。たとえば以下のような変化があります。
- 外見や身だしなみ
髪を長く伸ばす、女性用の服や下着を着る、メイクやスキンケアを丁寧に行う、など。体毛が気になる場合は脱毛処置を選ぶ人もいます。 - 言葉づかいや声のトーン
話し方や声の高さを工夫して、より「女性らしい」話し方を意識する方がいます。 - 仕草やふるまい
しなやかな立ち居振る舞いを取り入れる、表情の作り方を女性的に近づける、といった試みをすることも珍しくありません。
こうした社会的なステップを踏む段階では、家族や周囲の理解を得にくい場合があります。「家族に猛反対される」「職場での扱いが変わる」「友人関係が悪化する」など、多くの障壁が生じやすいため、精神的なサポートを受けることが非常に重要とされています。
ホルモン療法(エストロゲンなど)の導入
男性から女性への移行を望む方のなかには、ホルモン療法を選択される方が多くいます。いわゆる「エストロゲン補充療法」は女性ホルモンを外から補うことで、身体的特徴をより女性に近づけることを目的としています。具体的には以下のような変化が期待されます。
- 乳房の発達
個人差はあるものの、半年から1年ほどでバストサイズに多少の変化が見られる場合が多いです。 - 筋肉量の減少・体脂肪の再分配
もともと男性に比べて女性は筋肉量が少なく脂肪が付きやすいため、エストロゲンが増えると体がやや柔らかく丸みを帯びたシルエットになることがあります。 - 肌質や体毛の変化
肌がやや柔らかくなる、ヒゲや体毛の伸びが遅くなる傾向がみられる場合があります。 - 感情面の変化
ホルモンバランスが変わるため、情緒の起伏が以前とは変わることがあります。
ただし、ホルモン療法には副作用も指摘されています。血栓リスク、肝機能への負担、血圧上昇、糖尿病リスクの増加などが挙げられるため、自己判断で薬剤を入手するのは極めて危険です。必ず専門の医師や内分泌科での検査・診断・定期的なフォローアップを受ける必要があります。
ホルモン療法に関する近年の研究
2023年に米国小児科学会誌『Pediatrics』に掲載された体系的レビューによると、若年層の性別違和に対するホルモン療法の効果や安全性を検証した研究が増えています(Chew, D. ら, 2023, doi:10.1542/peds.2022-056576)。このレビューは主に未成年の事例を対象としていますが、ホルモン療法を導入する際に医師の慎重な管理が極めて重要であることを示しています。成人に対しても同様に定期的な検査やカウンセリングを行うことで副作用リスクを低減しつつ、より望ましい身体的変化が得られる可能性が示唆されています。
また、2021年にJAMA Surgeryに掲載された大規模レビュー研究では、ホルモン療法や各種手術を含む性別肯定ケア(gender-affirming care)を受けたトランスジェンダー女性の精神的健康状態が改善しうるとの報告もなされています(Almazan, A. N. & Keuroghlian, A. S., 2021, doi:10.1001/jamasurg.2021.0952)。ただし、これはあくまでも多くの研究データを統合した一般的な傾向であり、個々人の状況によって効果やリスクは異なることに留意が必要です。
手術的アプローチ(性別適合手術など)
トランスジェンダー女性のなかには、より女性としての身体を求めて「性別適合手術(SRS)」や「性別肯定手術(Gender Affirmation Surgery)」を受ける方もいます。男性生殖器(ペニスや精巣)を除去し、女性の性器に近い構造(膣や外陰部など)を形成する手術です。あくまでも個人の希望や医療環境、体調等によって選択の可否が変わるため、すべてのトランス女性がこの手術を受けるわけではありません。
- 陰茎や精巣の除去
精巣を取り除くことでテストステロンの産生が大幅に減少します。 - 膣の形成
既存の組織を利用して、女性の膣構造に近い空間を形成します。この際、性感を保ちやすいよう神経を慎重に扱う技術が求められます。 - 膣の拡張(ダイレーション)
形成した膣は瘢痕化によって縮小しやすいため、定期的に拡張器を挿入して空間を維持する必要があります。これは術後の重要なケアのひとつです。 - 見た目の女性化
希望に応じて、喉仏の縮小手術や顔面女性化手術(フェイシャル・フェミニゼーション・サージャリー)、豊胸手術などを受けることもあります。
これらの手術には大きな費用や身体的負担、長期間の術後ケアが伴うため、慎重な準備とカウンセリングが不可欠です。また、手術の適応条件として、一定期間のホルモン療法や精神科医による診断が求められるケースが多いです。
男性から女性へ移行した場合の性的関係と性機能
手術後の膣や外陰部は、生殖機能こそ女性と同じではありませんが、性感や性的快感は得られる可能性があります。ただし、個人差も大きく、手術の方法や術後のリハビリ・ケアの状況によって感度や満足度が変わります。
- 性交時の潤滑
形成された膣には自発的な分泌液を生成する器官(子宮頸管など)が存在しないため、潤滑ゼリーなどを利用する必要があります。 - ダイレーション(膣の拡張作業)
手術後の膣は、時間経過とともに内壁が癒着し、奥行きや幅が狭まるリスクがあります。定期的なダイレーションを行わないと、将来的に性交時の痛みや挿入困難が起こりやすくなります。性行為によってある程度は維持される場合もありますが、パートナーの有無に関わらずセルフケアは重要です。 - 性的快感の有無
神経の温存に配慮した手術が行われるため、多くの場合はオーガズムを含む性的快感を感じることが可能と報告されています。ただし、ホルモン療法や手術の影響で性欲が変化する方もおり、個人差は大きいです。
月経があるのか?
しばしば「トランスジェンダー女性は手術後に月経があるのか?」という疑問が生まれます。しかし、子宮や卵巣がないため、自然な生理周期や月経出血を経験することはありません。外見は女性に近づく一方で、体の内部における生殖器官そのものは男性由来を除去しているため、生理的に「子宮内膜が剥がれ落ちる」という現象は起こらないのです。
ただし、ホルモンバランスの影響で「PMSに類似したイライラや不安定さを感じる」と語るトランス女性もいます。これはエストロゲンや黄体ホルモンの投与量やタイミング、あるいは心理的要因による可能性があると推測されています。いずれにしても「月経血が出る」わけではないことは明確です。
心理的・社会的な課題
男性から女性へ移行するプロセスは、身体面だけでなく心理・社会的にも多くの課題が伴います。たとえば、以下のようなことが挙げられます。
- 家族や友人の理解
トランスジェンダーに対する偏見や無理解から、「単なる趣味」「精神疾患」などとみなされることがまだ少なくありません。拒絶される恐怖や孤立感に苦しむ方もいます。 - 職場や学校での差別
見た目が変化する過程で周囲の目が変わり、就労環境や学生生活で苦労するケースが多々あります。公的文書(パスポートや保険証など)に記載された性別と自己表現が異なることでトラブルが生じることもあります。 - 医療アクセスの困難
トランスジェンダー向けの医療を提供する機関が限られている、あるいは費用が高額であるなどの理由で、必要なケアが受けにくい現状があります。
こうした課題に向き合うには、コミュニティ支援や専門家のサポート、カウンセリングなどが役立ちます。また、日本国内でも少しずつではありますが、LGBTQ+フレンドリーな医療機関や心理カウンセリングサービス、企業の採用・雇用改善施策などが広がりつつあります。
結論と提言
男性から女性へ移行する方々は、自己のジェンダー・アイデンティティを実現するため、ホルモン療法や手術、社会的役割の変化などに取り組む場合があります。こうした選択は身体的・心理的・社会的に大きな影響があるため、専門家の診断・治療と周囲の理解が欠かせません。特にホルモン療法は医師の監督下で行い、副作用を含めたリスクマネジメントを徹底する必要があります。性別適合手術に至る場合も、長期的な術後ケアとダイレーションが必要であることを十分に理解しておくことが重要です。
一方で、月経や妊娠などの生殖機能に関しては、生物学的に備わった臓器(子宮や卵巣など)がないため、手術後も生理が起こったり妊娠ができたりするわけではありません。身体の外見が女性に近づく反面、女性特有の生殖器能は基本的には獲得できない点は押さえておきましょう。
トランスジェンダー女性として生きるには、社会的偏見と闘うことも避けられません。周囲のサポートや差別防止の取り組みを充実させること、本人にとっても孤立感を減らし、自尊感情を保つ手助けとなります。社会全体が、多様なジェンダーのあり方を尊重する方策をさらに進めることが望まれます。
本記事は情報提供を目的としており、医療上の助言を代替するものではありません。具体的な治療や判断を行う際は、必ず専門の医療機関にご相談ください。
参考文献
- Glossary of Transgender Terms
https://www.hopkinsmedicine.org/news/articles/glossary-of-terms-1
アクセス日: 14/10/2022 - Transgender people, gender identity, and gender expression
https://www.apa.org/topics/lgbtq/transgender.pdf
アクセス日: 14/10/2022 - Transgender Identities
https://www.plannedparenthood.org/learn/gender-identity/transgender
アクセス日: 14/10/2022 - Gender Affirmation
https://my.clevelandclinic.org/health/treatments/21526-gender-affirmation-confirmation-or-sex-reassignment-surgery
アクセス日: 14/10/2022 - Being Trans in Asia and the Pacific
https://weareaptn.org/wp-content/uploads/2017/10/APTN-Fact-Sheets-Being-Trans.pdf
アクセス日: 14/10/2022 - Chew, D. ら (2023). Hormonal Treatment in Young People With Gender Dysphoria: A Systematic Review. Pediatrics, 151(6), e2022056576. doi:10.1542/peds.2022-056576
- Almazan, A. N. & Keuroghlian, A. S. (2021). Associations Between Gender-Affirming Surgeries and Mental Health Outcomes: A Systematic Review. JAMA Surgery, 156(7), 611–618. doi:10.1001/jamasurg.2021.0952
(上記文献は、いずれもトランスジェンダーに関する情報を提供し、国際的に信頼度の高い学術雑誌・機関からのエビデンスを示しています。最新の医学的知見を取り入れることで、多角的な視点からトランスジェンダー女性の健康と生活の課題を理解する一助となります。)