要点まとめ
- 男性の精子は生涯にわたって生産され続けるため、「尽きる」ことは基本的にありません。しかし、35歳頃から精子の「質」(特に運動率やDNAの健全性)と「量」が低下し始める傾向があります。
- 加齢による最も重要な変化は「精子DNA断片化(SDF)」の増加です。これは受精能力の低下や流産、子どもの将来の健康リスクと関連する可能性が指摘されています。
- 精子の健康は生活習慣に大きく左右されます。バランスの取れた食事、禁煙、適度な運動、ストレス管理、そして精巣を高温にさらさない(長時間のサウナや膝上でのPC作業を避ける)ことが非常に重要です。
- 男性不妊の原因は様々で、治療可能な「精索静脈瘤」なども一般的です。不安や疑問がある場合、特に1年以上妊活を続けている場合は、泌尿器科医に相談し、精液検査を受けることが不可欠です。
専門家への相談:精子は本当に尽きるのか?
この「精子は尽きるのか?」という疑問に関して、JHO編集部はベトナム、ハウザン省総合病院(Bệnh viện Đa khoa tỉnh Hậu Giang)の泌尿器科に勤務するグエン・チョン・グエン医師にインタビューを行いました。男性の健康分野、特に生殖医療に精通するグエン医師は、「一般的に、加齢によって精子の質や量が変化する可能性はありますが、『精子が完全になくなってしまう』ということは非常に起こりにくいと言えます」と述べています。この見解は、日本国内の専門医や国際的な医学会の指針とも一致しています。例えば、日本の生殖医療ガイドラインでは、男性不妊の際には泌尿器科医との連携が推奨されており2、ヨーロッパ泌尿器科学会(EAU)のガイドラインでも、不妊カップルの男性は泌尿器科医による評価を受けるべきであるとされています3。このように、専門家への相談は、正確な情報を得て適切な対応をとるための第一歩です。本記事で専門家の意見を紹介することは、読者が同様の問題に直面した際に、専門医療機関への相談をためらわないよう促す一助となるでしょう。
精子の生産と年齢の関係
男性の精子は、思春期以降、精巣内で継続的に生産されます。具体的には、「精子は通常、精巣で毎日数百万単位にもおよぶペースで生産され続けています」。この精子形成のプロセスには、男性ホルモンであるテストステロンが深く関与しています。テストステロンは、精子の成熟や精巣機能の維持に不可欠な役割を果たします。
年齢を重ねると、体内のテストステロン値は緩やかに低下する傾向にあります。このホルモンレベルの変化が、精子の生産量や質に影響を与える可能性があります。特に、日本の多くの情報源では、「35歳」が一つの目安として言及されています。例えば、「35歳を境目に、精子をつくる機能も低下していく傾向があります」4、「35歳を境に機能低下が始まることが判明しました」5といった記述が見られ、男性不妊治療の専門医である石川智基先生も「35歳ぐらいを境にして徐々に(精子の質が)下がっていきます」と指摘しています6。
しかし、これは精子生産が完全に停止することを意味するわけではありません。精子のもととなる精祖細胞(精原幹細胞)は、細胞分裂を繰り返しても枯渇することはなく、精子が作られるプロセス自体は約80日を要します4。したがって、テストステロンが体内で適切に生成されている限り、生涯にわたって精子が作られるサイクルは維持されると考えられています。重要なのは、「なくなる」のではなく、「質や量に変化が生じる可能性がある」という点です。加齢によりテストステロンが低下すると、精子の運動能力や形態といった「質」に影響が及ぶことは珍しくありませんが、生産が完全に止まるという極端な状態は稀です。この理解は、いたずらに不安を煽るのではなく、年齢に応じた適切なケアや妊活計画の重要性を示唆しています。
年齢と精子の質に関する新しい研究
近年の研究は、加齢と精子の質との関連について、より詳細な知見を提供しています。2022年に学術誌『Human Reproduction Update』に掲載されたLevineらの大規模メタ解析では、世界各国で採取された精子数の経時的傾向が分析されました。その結果、加齢に伴う男性の精子数や質の変化が示唆される一方で、個人差が非常に大きく、一概に「一定の年齢を超えたら精子がゼロになる」という結論には至らないとされています。この「個人差の大きさ」は非常に重要なポイントであり、年齢だけで一律に判断するのではなく、個別の評価が必要であることを示しています。
また、2020年に医学誌『Translational Andrology and Urology』に掲載されたSamplaskiらの総説でも、男性の高齢化と精子の質や運動性の低下との関連が議論されましたが、やはり完全に生産が途絶するわけではなく、主に精子の状態・質に影響が及ぶという指摘がなされています。
日本国内のデータと精子DNA断片化(SDF)
日本国内のデータに目を向けると、年齢とともに精液量や精子運動率が低下する傾向が報告されています。ある調査では、「平均精液量は、年齢とともに少なくなっていくものの、40代までは比較的保たれている…50代以降は、平均精液量が大きく落ち込み…精子運動率は、42%以上が正常」とされています7。また、ミネルバクリニックの情報によれば、「30代と50代では精液量、精子運動率、精子正常形態率がそれぞれ3~22%、3~37%、4~18%低下する」との報告もあります5。これらのデータは、国際的な傾向と同様に、日本においても加齢が精液所見に影響を与えることを示唆しています。ただし、岩本照晃らの2013年の研究では、日本の複数都市の妊娠可能な男性の精液所見に大きな地域差は認められず、WHOの基準と比較して精液量がやや少ない可能性が示唆されています8。
さらに近年注目されているのが、精子DNA断片化(Sperm DNA Fragmentation: SDF)です。加齢に伴い、精子のDNA損傷が増加する可能性が指摘されています。ある日本のレビューでは、「遺伝的異常、例えばDNA変異や染色体異数性、そしてエピジェネティックな修飾…これら全てが父親の加齢と関連付けられています」と述べられており、父親の年齢と精子の質の低下および精巣機能の低下との間に直接的な相関があることが示されています1。また、SDFの増加は、受精能力や胚発生、さらには流産率の上昇や生まれてくる子どもの健康リスク(例えば、特定の小児がんや精神疾患)と関連する可能性も示唆されています9。これは、単に妊娠できるかどうかだけでなく、子どもの将来の健康という観点からも、父親の加齢が持つ意味を深く考えさせるものです。
パラメータ | 20代 | 30代 | 40代 | 50代以上 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
精液量 | 基準内 | 基準内 | やや低下傾向 | 低下傾向 | 日本人男性はWHO基準よりやや少ない可能性8, 30代と50代で3-22%低下5 |
精子濃度 | 基準内 | 基準内 | 基準内~やや低下傾向 | 低下傾向 | 個人差が大きい |
精子運動率 | 基準内 | 基準内~やや低下傾向 | 低下傾向 | 大きく低下傾向 | 30代と50代で3-37%低下5, 42%以上が正常の目安7 |
正常形態率 | 基準内 | 基準内~やや低下傾向 | 低下傾向 | 低下傾向 | 30代と50代で4-18%低下5 |
精子DNA断片化率(SDF) | 低い | やや上昇傾向 | 上昇傾向 | 高い上昇傾向 | 加齢とともに増加1 |
注:上記は一般的な傾向であり、個人差が非常に大きいです。正確な評価には専門医による検査が必要です。WHOの基準値については表3を参照してください。
精子減少の原因:3つの視点
精子の数や質が低下する原因は多岐にわたり、年齢だけでなく様々な要因が関与します。これらは大きく3つのカテゴリーに分類して考えることができます。
- 精巣以前(造精機能の上流)における原因 (Pre-testicular causes): これは、精巣自体ではなく、精子を作るための指令を出す脳(視床下部や下垂体)の機能やホルモンバランスに関連する問題です。例えば、これらの部位からのホルモン分泌が異常になると、テストステロンの産生が減少し、間接的に精子数や運動性が低下することがあります。加齢によるテストステロンの自然な低下もこのカテゴリーに関連しますが、特定の疾患によるホルモン異常も存在します。
- 精巣(造精機能の中心)そのものに関わる原因 (Testicular causes): 精子を直接作り出す精巣自体の機能障害です。
- 先天的な遺伝性疾患(例:クラインフェルター症候群、ヌーナン症候群など)。
- 精巣炎(おたふくかぜなどによるものを含む)、精巣への外傷、放射線治療や化学療法による被曝など、後天的な精巣機能の損傷。
- 精索静脈瘤 (Varicocele): これは男性不妊の非常に一般的な原因であり、治療可能な疾患の一つです。精巣周囲の静脈にこぶ(静脈瘤)ができ、精巣の温度上昇や血流障害を引き起こし、精子の質を低下させると考えられています。日本のデータでは、男性不妊症患者の約40%に精索静脈瘤が見られ2、造精機能障害全体の約30.2%を占めるという報告もあります10。手術による治療で精液所見の改善や妊娠率の向上が期待できる場合があります6。
- 精巣以降(精子の輸送経路など)における原因 (Post-testicular causes): 精子は精巣で作られた後、精管などの通り道を通って射出されます。この経路に問題がある場合です。
- 精管や射精管の閉塞(炎症後や手術後など)。
- 性機能障害(勃起障害や射精障害など)。
- 避妊手術(パイプカット)による精子輸送経路の意図的な遮断。
日本における男性不妊の原因に関する統計を見ると、男性因子が不妊カップルの約半数に関与しているとされています10。その中で最も多いのが造精機能障害で、全体の約82.4%を占めます10。この造精機能障害のうち、原因が特定できない「原因不明(特発性)」のものが42.1%と最も多く、次いで精索静脈瘤が30.2%となっています10。原因不明のケースが多いという事実は、現在の診断技術の限界を示すと同時に、生活習慣の改善といった包括的なアプローチの重要性を示唆しています。また、精索静脈瘤のように診断・治療可能な原因がかなりの割合を占めることは、専門医による的確な診断の価値を浮き彫りにします。これらの原因のうち、加齢と直接的に結びつくのはホルモンバランスの変化などですが、他の多くの原因は年齢とは無関係に起こり得ます。したがって、自身の状態を正確に把握するためには、医療機関での検査が不可欠です。
男性の健康維持と生活習慣
精子の生産を良好に保ち、加齢による質の低下をできる限り抑えるためには、日々の生活習慣が極めて重要です。多くの研究や専門家の意見が、特定の生活習慣が精子の健康に影響を与えることを示唆しています。
生活習慣要因 | 精子への影響 | 具体的な推奨 | 関連エビデンス・補足 |
---|---|---|---|
バランスの取れた食事 | 抗酸化作用、精子形成に必要な栄養素の供給 | 亜鉛、セレン、ビタミンD、コエンザイムQ10、L-カルニチン、葉酸、オメガ3脂肪酸などを意識。野菜、果物、魚介類、穀物を多く摂取。加工肉や過度な赤身肉は控える6。 | 酸化ストレスを軽減し、精子のDNA損傷を防ぐ。特定の栄養素は精子の運動性や形態に関与。石川医師はビタミン豊富な食事と必要に応じたサプリメントを推奨6。 |
定期的な運動 | 血流改善、ホルモンバランス調整、体重管理 | 週に数回、ウォーキングやジョギングなどの中等度の運動を習慣化。肥満を避ける11。 | 適度な運動は精液所見を改善する可能性11。肥満はテストステロン値を低下させ、精子の質に悪影響を与えることがある。 |
禁煙 | 酸化ストレスの低減、血管収縮の防止 | 完全な禁煙を目指す6。 | 喫煙は精子の数、運動率、形態に悪影響を与え、DNA損傷を増加させる主要な原因の一つ。禁煙により酸化ストレスが低下11。 |
節度ある飲酒 | ホルモンバランスへの悪影響の回避 | 過度な飲酒を避け、適量を心がける。毎日飲む習慣より、たまに飲む方が良いとのデータも6。 | 大量のアルコール摂取はテストステロン値を低下させ、精子の質を損なう可能性がある。 |
ストレス管理 | ホルモンバランスの維持 | 十分な睡眠、リラクゼーション法の実践、趣味の時間の確保など、意識的にストレスを緩和する工夫を。 | 慢性的なストレスは視床下部-下垂体-精巣系に影響を与え、テストステロン産生や精子形成に悪影響を及ぼす可能性がある。 |
十分な睡眠 | テストステロン値の維持 | 毎日6-8時間の質の高い睡眠を確保する(詳細は次章)。 | 睡眠不足はテストステロン値を低下させるという研究結果が複数ある。 |
適正体重の維持 | ホルモンバランスの正常化、精巣温度の適正化 | BMIを健康範囲内に保つ。 | 肥満はテストステロンの低下やエストロゲンの増加、陰嚢周囲の温度上昇を引き起こし、精子の質に悪影響を与える。 |
熱への曝露を避ける | 精巣温度の適正化(精子形成に最適な温度を保つ) | 長時間のサウナや熱い風呂、膝上でのノートパソコン使用を避ける。通気性の良い下着を選ぶ(詳細は次章)。 | 精巣は体温よりやや低い温度で機能が最適化される11。高温環境は精子形成を妨げる。 |
これらの生活習慣の多くは、体内の「酸化ストレス」を軽減するという共通のメカニズムを通じて精子の健康に寄与します。酸化ストレスとは、体内で過剰に発生した活性酸素が細胞を傷つける状態を指し、精子もこの影響を非常に受けやすいとされています6。喫煙や不健康な食事は酸化ストレスを高め、一方で抗酸化物質を豊富に含む食事や適度な運動はこれを抑制する方向に働きます。2021年に厚生労働省が発表した健康調査でも、定期的な運動習慣を持ち、禁煙・節酒を実践している男性では、血液検査の数値やホルモン値などが良好な傾向にあると報告されています。精巣機能への直接的な影響を詳細に評価した研究は限られているものの、健康的な生活習慣が男性ホルモンや性機能全般にとってプラスに働くことは確かです。これらの生活習慣の改善は、年齢に関わらず男性が自身の生殖能力を最大限に保つために取り組める、積極的かつ効果的な手段と言えるでしょう。ただし、これらの努力が全ての男性不妊の原因を解決するわけではないことも理解しておく必要があります。
男性力を高める追加の視点
前章で述べた基本的な生活習慣に加え、精子の健康や男性機能全般をサポートするために留意すべきいくつかの追加的な視点があります。これらは日常生活の細かな習慣に関わるものですが、積み重ねることで無視できない影響をもたらす可能性があります。
- 十分な睡眠: 睡眠不足がテストステロン値を低下させやすいというデータは、複数の研究で示されています。テストステロンは精子形成に不可欠なホルモンであるため、その低下は精子の質や量に影響を及ぼす可能性があります。6時間未満の睡眠が続く男性と、しっかりと睡眠時間を確保している男性とでは、ホルモンバランスに差が出やすいとの指摘もあります。質の高い睡眠を7~8時間程度確保することが推奨されます。
- 体温管理(精巣の冷却): 精巣は体温よりも2~3度低い温度環境で最も効率よく精子を生産します11。そのため、精巣周辺の温度が持続的に上昇するような状況は避けるべきです。
これらの習慣は、精巣の温度を不必要に上昇させ、精子形成に悪影響を与える可能性があります。
- 適切な下着の選択: 締め付けの強いブリーフタイプの男性下着は、陰嚢周辺の温度を上昇させる可能性があると指摘されています。通気性が良く、ゆったりとしたトランクスタイプの男性下着を選ぶことが、精巣の温度管理の観点からは望ましいと言われています6。
- 射精の頻度: かつては、妊活のために精子を「溜めておく」方が良いという考え方もありましたが、近年の研究では、むしろ定期的な射精が精子の質を保つ上で重要である可能性が示唆されています。長期間禁欲すると、古い精子が精液中に蓄積し、DNAの損傷が進んだ精子の割合が増えることがあります11。石川智基医師は、DNA損傷などを減らすために1週間に3~4回程度の射精を推奨しています6。
- 特定の薬剤への注意: 一部の薬剤、例えば一部の育毛剤(フィナステリドなど)は、精液所見に影響を与える可能性が報告されています11。妊活を考えている場合や、精子の状態について懸念がある場合は、使用している薬剤について医師や薬剤師に相談することが重要です。
健康診断と専門家の受診の重要性
加齢とともに身体に変化が生じるのは自然なことですが、精子の生産量や質、さらには男性ホルモンの分泌量を自覚症状だけで正確に把握することは非常に困難です。そのため、定期的な健康診断や、必要に応じた専門医の受診が極めて重要となります。
男性不妊や精子の状態を評価するためには、以下のような検査が行われます。
- 問診および病歴聴取: 過去の病歴、手術歴、服薬状況、生活習慣、妊娠歴(パートナーを含む)など、生殖機能に関連する可能性のある情報を詳細に聴取します3。
- 身体診察: 泌尿器科医による専門的な診察が行われます。これには、精巣のサイズ(正常は14ml以上が目安)や硬さ、精管や精巣上体の状態、精索静脈瘤の有無などの確認が含まれます2。
- 精液検査 (Semen Analysis): これは男性不妊検査の基本かつ最も重要な検査です。採取した精液を顕微鏡などで分析し、精液量、精子濃度、総精子数、運動率、正常形態率、白血球数などを評価します。世界保健機関(WHO)は、精液検査の標準的な手順と基準値を定めたマニュアルを発行しており、最新版は2021年に発行された第6版です13。この第6版では、検査項目が「基本検査」「拡張検査」「先進検査」に分類され、精子DNA断片化(SDF)や酸化ストレス検査などが拡張・先進検査として位置づけられています。また、従来の「基準値」という考え方から、より臨床判断を重視する「決定限界」という概念の導入が示唆されています14。近年、特に体外受精などの生殖補助医療(ART)においては、精子の「数」だけでなく「質」がより重視される傾向にあります15。
- ホルモン検査: 血液検査により、テストステロン、卵胞刺激ホルモン(FSH)、黄体形成ホルモン(LH)などのホルモン値を測定します。これらは精子形成や精巣機能の指標となります3。
パラメータ | WHO基準値(下限5パーセンタイル) | 単位 |
---|---|---|
精液量 | 1.4 (1.3–1.5) | mL |
総精子数 | 39 (35–40) | 10⁶ /射精 |
精子濃度 | 16 (15–18) | 10⁶ /mL |
総運動率 (PR+NP) | 42 (40–43) | % |
前進運動率 (PR) | 30 (29–31) | % |
正常形態率 | 4 (3.9–4) | % |
生存率 | 54 (50–56) | % |
出典: WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen, 6th edition, 2021.3, 13, 14
注: これらは妊娠可能な集団から得られた下限5パーセンタイル値であり、絶対的な不妊の診断基準ではありません。結果の解釈は臨床状況と合わせて専門医が行います。
特に、妊活を1年以上続けても妊娠に至らないカップル(EAUガイドラインでは12ヶ月の推奨3)、家族計画を具体的に考えている男性、あるいは日々の性機能の低下(勃起力の低下や性欲減退など)を自覚している男性は、早めに泌尿器科や男性不妊を専門とする医療機関を受診することが推奨されます。日本においては、日本泌尿器科学会が2024年に「男性不妊症診療ガイドライン」を策定・発行しており、これは本邦初の包括的な男性不妊診療の指針となります16。このガイドラインでは、無精子症の評価、遺伝学的検査、画像診断の用い方などが更新されています17。また、日本生殖医学会のガイドラインでも、重度の男性不妊症例に対しては泌尿器科的検査が強く推奨されています(推奨度A)2。これらの専門的な指針の存在は、質の高い診断と治療を受けるための道筋を示しています。
父親の年齢が高い場合(Advanced Paternal Age: APA、一般的に40歳以上とされることが多い)、生まれてくる子どもへの健康リスクがわずかながら上昇する可能性が指摘されています。これには、特定の遺伝性疾患や発達障害などが含まれます1。そのため、米国生殖医学会(ASRM)などのガイドラインでは、APAのカップルに対して、これらのリスクについてカウンセリングを行うことを推奨しています18。
健康に関する注意事項
- 本記事の情報は一般的な知識を提供するものであり、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。
- 妊活やご自身の健康に関して不安がある場合は、自己判断せず、必ず泌尿器科や生殖医療の専門医に相談してください。
- 精液検査の結果は体調によって変動することがあります。一度の結果だけで判断せず、必要に応じて再検査を受けることが重要です。
よくある質問
質問1:本当に精子は年齢を重ねても尽きないのですか?
質問2:加齢による精子の質の低下で、最も心配すべきことは何ですか?
質問3:年齢以外で、男性不妊の一般的で治療可能な原因は何ですか?
質問4:精子の質を維持するために、今日からできる最も効果的な生活習慣は何ですか?
質問5:どのタイミングで、不妊治療の専門医に相談すべきですか?
一般的に、避妊をせずに定期的な性交渉を1年間続けてもパートナーが妊娠しない場合、「不妊症」と定義され、専門医への相談が推奨されます3。ただし、パートナーの女性が35歳以上の場合や、ご自身に精巣の病気の既往がある、性機能に不安があるといった場合は、1年を待たずに早めに相談することが望ましいです。基本的な検査は精液検査であり、痛みもなく身体への負担も少ないため、まずはご自身の状態を客観的に知るためにも、気軽に泌尿器科や男性不妊専門のクリニックの扉を叩いてみてください。
結論
本記事を通じて明らかになったように、「男性は年齢を重ねると精子が完全になくなってしまう」というわけではありません。精子はおおむね生涯にわたり精巣で生産され続けます。しかしながら、加齢に伴い男性ホルモンであるテストステロンの分泌量が緩やかに減少し、その結果として精子の「質」(運動率や正常形態率、DNAの健全性など)や「量」が低下する可能性は否定できません4。特に35歳頃からその傾向が顕著になるという指摘は、多くの情報源で共通して見られます4。ただし、最も重要な点の一つは、これらの変化には非常に大きな「個人差」が存在するということです。年齢はあくまで一つの因子であり、全ての人が同じように影響を受けるわけではありません。
だからこそ、将来子どもを持つことを考えている男性にとって、以下の点が重要になります。
- 健康的な生活習慣の維持: バランスの取れた食事、定期的な運動、禁煙、節度ある飲酒、十分な睡眠、適切なストレス管理、そして精巣を高温にさらさない工夫は、精子の健康を維持し、加齢による影響を最小限に抑える上で非常に有効です6。これらの多くは、酸化ストレスの軽減という共通のメカニズムを通じて、精子の質を守ることに繋がります。
- 定期的な健康診断と専門医への相談: 自身の精子の状態や男性ホルモンのレベルを正確に把握するためには、定期的な健康診断や、必要に応じた泌尿器科医または男性不妊専門医への相談が不可欠です2。特に妊活を考えている場合や、何らかの不安を感じる場合は、早期の受診が推奨されます。専門医は、精液検査やホルモン検査などを通じて客観的な評価を行い、個々の状況に合わせたアドバイスや治療法を提案してくれます。日本でも「男性不妊症診療ガイドライン2024年版」16が整備され、専門的な医療アクセスが向上しています。
- 正しい知識と前向きな姿勢: 「精子がなくなるかもしれない」という漠然とした不安に囚われるのではなく、加齢による変化の真実を理解し、 proactively(積極的に)自身の健康管理に取り組むことが大切です。たとえ何らかの問題が見つかったとしても、精索静脈瘤の手術やホルモン療法、さらには生殖補助医療(ART)など、様々な対処法が存在します11。
最終的に、男性の生殖能力は年齢とともに変化しうるものの、それは必ずしも「終わり」を意味するものではありません。むしろ、自身の身体と向き合い、適切な知識と行動をもって健康を維持することで、将来の可能性を広げることができるのです。この情報が、読者の皆様の不安を和らげ、前向きな一歩を踏み出すための一助となることを願っています。
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