【科学的根拠に基づく】目の手術後の食事 完全ガイド｜創傷治癒を促す栄養素から避けるべき食品、飲酒の是非まで

第1章：なぜ術後の食事が重要なのか？- 回復のメカニズムを科学する

手術の成功は、治療のゴールであると同時に、身体が回復に向けて歩み始めるスタート地点でもあります。そして、その回復プロセスを力強く後押しするのが、日々の「食事」です。ここでは、なぜ術後の栄養管理が単なるエネルギー補給以上の意味を持つのか、その科学的な理由を紐解いていきましょう。

1.1. 手術という「計画された侵襲」と身体の反応

どれほど安全で精密な手術であっても、身体にとっては「計画された侵襲（しんしゅう）」、つまり一種のストレスです。この侵襲に対し、私たちの体は予測可能な一連の反応を示します。特に重要なのが「創傷治癒」のプロセスです。このプロセスは、大きく分けて3つの段階を経て進みます。

• 炎症期: 手術直後から始まり、傷ついた組織の血を止め、細菌などの異物を排除する段階。
• 増殖期: 新しい血管が作られ、コラーゲン線維によって傷が埋められていく段階。
• 成熟期: 新しくできた組織が時間をかけて再構築され、より丈夫になっていく段階。

これらの各段階で、体はそれぞれ異なる種類の「材料（栄養素）」と「エネルギー」を大量に必要とします。

1.2. 栄養が果たす3つの重要な役割

適切な栄養摂取は、この複雑な治癒プロセスを円滑に進めるための鍵となります。その役割は、主に以下の3つに大別できます。

1. 組織の修復（Building Blocks）: タンパク質を構成するアミノ酸は、切開された目の組織や新しい血管を再構築するための「レンガ」そのものです。材料が不足すれば、当然ながら回復は遅れてしまいます。
2. 炎症の制御（Inflammation Control）: 炎症は治癒に不可欠な反応ですが、過剰になりすぎると腫れや痛みを長引かせ、かえって回復の妨げになります。オメガ3脂肪酸のような特定の栄養素は、この炎症反応が暴走しないよう、適切にコントロールする「交通整理」の役割を担います。
3. 防御機能の支援（Immune Support）: 手術後は一時的に免疫力が低下し、感染症にかかりやすくなります。ビタミンやミネラルは、免疫細胞が正常に機能し、術後の感染リスクから体を守るための「潤滑油」として不可欠です。

周術期（手術前後）の適切な栄養管理が、術後の合併症、特に感染症のリスクを有意に低下させることは、6,370人もの患者を対象とした56の研究を統合・解析した大規模なメタアナリシスによっても強く支持されています⁹。つまり、術後の食事は、回復を運に任せるのではなく、科学的根拠に基づいて積極的に管理すべき「医療的介入」なのです。

第2章：【攻めの栄養学】回復を加速させる食品と栄養素

「〜してはいけない」という制限だけでなく、「何を積極的に食べるべきか」を知ることが、回復への最短距離切符です。ここでは、体の治癒能力を最大限に引き出すための「攻めの栄養学」について詳しく解説します。

2.1. 創傷治癒の主役「タンパク質」

なぜ必要か: 目の組織（角膜、結膜など）の主成分であるコラーゲンの生成や、新しい細胞の再生には、その材料となるアミノ酸が不可欠です。タンパク質が不足すると、傷の治りが遅れる直接的な原因となります。

推奨される食品: 消化吸収の良い良質なタンパク質源として、魚（特にタラやカレイなどの白身魚）、鶏むね肉（皮なし）、卵、豆腐・納豆などの大豆製品、ヨーグルトや牛乳などの乳製品が挙げられます。

実践のヒント: 術後で食欲がない時は、栄養補助飲料（市販のプロテイン飲料など）や、喉ごしの良い茶碗蒸し、豆腐のすり流しスープなどを活用しましょう。一度にたくさん食べられなくても、少量ずつ回数を分けて摂取することで、必要なタンパク質を無理なく補給できます。

2.2. 炎症をコントロールする「良質な脂質」

脂質と聞くと敬遠しがちですが、種類を選べば回復の強力な味方になります。

積極的に摂りたい「オメガ3脂肪酸」: 体内の過剰な炎症反応を抑制する効果が知られています。特に、サバ、イワシ、サンマなどの青魚や、アマニ油、えごま油に豊富に含まれます。近年のメタアナリシスでは、オメガ3脂肪酸の補給が、術後によく見られるドライアイの症状を緩和する可能性も示唆されています⁴。

避けるべき脂質: 一方で、過剰な飽和脂肪酸（肉の脂身、バターなど）や、特にトランス脂肪酸（マーガリン、ショートニング、市販の揚げ物、スナック菓子に多く含まれる）は、体内の炎症を促進する可能性があるため、回復期には控えめにすることが米国麻酔科学会のレビューでも推奨されています¹。

2.3. 目の健康と修復を支える「ビタミン・ミネラル」

ビタミンとミネラルは、体の機能を正常に保ち、治癒プロセスを円滑に進めるために不可欠な微量栄養素です。特に以下の栄養素は、目の手術後の回復において重要な役割を果たします。

2.4. 腸内環境と免疫：プロバイオティクスの力

なぜ重要か: 腸は「第二の脳」とも呼ばれ、全身の免疫機能の約7割が集中していると言われています。手術というストレスで乱れがちな腸内環境を整えることは、術後の感染リスクを低減させる上で非常に重要です。

推奨される食品: 善玉菌そのものであるプロバイオティクスが豊富な、ヨーグルト、納豆、味噌、キムチ、ぬか漬けといった日本の伝統的な発酵食品を日常的に取り入れましょう。

第3章：【守りの食事術】術後に避けるべき・注意すべき食品と成分

回復を妨げる要因を避けることも、「攻めの栄養学」と同じくらい重要です。ここでは、なぜ特定の食品や成分を控えるべきなのか、その医学的根拠を詳しく解説します。

3.1. 飲酒：なぜ「1週間禁止」が推奨されるのか？

日本の多くの眼科クリニックや日本眼科医会の指針では、術後約1週間の禁酒が推奨されています⁵。これは単なる慣習ではなく、明確な医学的理由に基づいています。

科学的根拠（The “Why”）:
アルコールが回復の妨げとなる理由は主に3つあります。第一に、アルコールは血管を拡張させ、血流を増加させる作用があります。これにより、手術した目の充血や腫れを助長し、炎症を悪化させる可能性があります²⁹。第二に、アルコールには強い利尿作用があり、体内の水分が失われやすくなります。組織の修復には十分な水分が不可欠であり、脱水状態は回復を遅らせる一因となり得ます³⁰。最後に、処方された抗菌薬や抗炎症薬の効果に影響を与えたり、予期せぬ副作用を引き起こしたりする可能性があるため、薬を服用している期間は特に厳禁です。

結論: 安全のため、少なくとも術後1週間は禁酒し、飲酒の再開については必ず主治医の許可を得るようにしてください。

3.2. 塩分の過剰摂取

なぜ避けるべきか: 塩分（ナトリウム）の摂りすぎは、体内に水分を溜め込み、むくみ（浮腫）や血圧上昇の原因となります。これが目の周囲の組織に影響を与え、不快な腫れや回復の妨げになる可能性があります¹。

注意すべき食品: ラーメンのスープ、インスタント食品、加工肉（ハム、ソーセージ）、漬物、スナック菓子など、塩分の多い食品は控えましょう。

実践のヒント: 厚生労働省が「日本人の食事摂取基準（2020年版）」で示す食塩相当量の目標量（成人男性7.5g/日未満、女性6.5g/日未満）を意識しましょう²⁶。昆布やかつお節などの出汁の旨味を活かすことで、薄味でも美味しく感じられ、減塩につながります。

3.3. 血糖値を急上昇させる糖質

なぜ避けるべきか: 血糖値の急激な上昇（血糖値スパイク）は、血管にダメージを与え、創傷治癒を遅らせる要因となります。また、免疫機能の低下を招き、感染リスクを高める可能性も指摘されています¹。特に糖尿病をお持ちの方は、術後の厳格な血糖コントロールが極めて重要です。

注意すべき食品: 菓子類、ケーキ、加糖飲料（ジュース、炭酸飲料）はもちろんのこと、白米や白いパン、うどんといった精製された炭水化物の過剰摂取にも注意が必要です。

実践のヒント: 炭水化物を摂る際は、食物繊維が豊富で血糖値の上昇が緩やかな、玄米、全粒粉パン、そば、または芋類などを選ぶことを心がけましょう。

3.4. 刺激物とカフェイン（文化的側面への配慮）

香辛料（わさび、唐辛子等）: 一部の日本のクリニックでは、術後数日間は控えるよう指導されることがあります¹⁰。これらの食品が創傷治癒を直接的に阻害するという強力な科学的根拠は限定的ですが、血流を促進する作用があるため、人によっては創部の違和感や熱感につながる可能性があります。ご自身の体調と相談し、不安であれば数日間は控えるのが賢明です。

カフェイン（コーヒー、緑茶等）: こちらも同様に、控えるよう指導されることがあります¹⁰。カフェインの過剰摂取は、一時的な血圧上昇や利尿作用による脱水につながる可能性があるため、回復期は1日に1〜2杯程度に留めるなど、適量を心がけると良いでしょう。

第4章：術後の期間別・食事プランモデル

ここでは、術後の回復段階に応じた食事プランのモデルをご紹介します。ご自身の体調に合わせて調整してください。

4.1. 手術当日〜3日目（急性炎症期）

目標: 消化に優しく、栄養価の高い食事で、身体の負担を最小限に抑える。

メニュー例: お粥、よく煮込んだうどん、豆腐、茶碗蒸し、野菜のポタージュスープ、バナナ、ヨーグルト。

ポイント: 常温または人肌に温めたものがおすすめです。水分補給（水、麦茶など）をこまめに行うことを忘れないでください。

4.2. 術後4日目〜1週間（増殖期）

目標: タンパク質とビタミンを意識的に増やし、組織の再構築を本格的にサポートする。

メニュー例: 白身魚の煮付け、鶏ささみとブロッコリーの蒸し料理、豆腐とわかめがたっぷり入った具沢山の味噌汁、ほうれん草のおひたし。

4.3. 術後1週間以降（成熟期）

目標: バランスの取れた食事パターンへ移行し、長期的な目の健康を維持する土台を作る。

ポイント: 多様な食品を組み合わせ、特に抗酸化作用や抗炎症作用のある食品を積極的に取り入れましょう。野菜、果物、全粒穀物、魚、良質な油を中心とした「地中海食」は、加齢黄斑変性などの目の疾患リスクを低減させる上で有益であることが、米国国立眼研究所（NEI）の研究者らによる大規模研究でも示唆されています³。

よくある質問

結論

本記事で解説してきたように、目の手術後の食事は、単に空腹を満たすための行為ではありません。それは、回復を早め、合併症のリスクを減らし、そして長期的な目の健康を守るための、あなた自身ができる積極的な「治療」の一部なのです。「守りの食事術」で回復を妨げる要因を賢く管理し、「攻めの栄養学」で体の治癒力を最大限に引き出す。この両輪を意識することが、より早く、より快適な術後生活への確実な近道となります。この記事で得た知識が、あなたの不安を和らげ、より良い回復への一助となることを心から願っています。