はじめに
脳は頭蓋骨の内側にある複数の膜(硬膜・くも膜・軟膜)で保護されています。その中で、硬膜とくも膜のあいだに血液が溜まる状態を「硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)」と呼びます。頭部への衝撃や慢性的な外力などが原因となり、脳実質を圧迫して重大な合併症をもたらす場合があるため、早めの発見と適切な治療がとても重要です。本稿では、硬膜下血腫の基本的な理解から症状、原因、リスク要因、診断・治療法、そして予防策までを詳しく解説します。また、国内外の信頼できる研究や医療機関が示す最新知見も交えながら、その要点を整理し、日常生活での注意点を含めてわかりやすくまとめました。
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本稿の内容は複数の文献や医療機関の情報をもとに解説しています。また、後述する研究や海外の専門誌における分析なども活用し、可能な限り科学的根拠を踏まえてまとめています。ただし、ここで紹介する情報はあくまでも一般的な参考情報です。患者さん個々の状態や症状によって最適な治療方針は異なりますので、実際には担当の医師など医療の専門家にご相談ください。
硬膜下血腫とは何か(概要)
硬膜下血腫(硬膜下出血)とは
脳の外層には三層の膜がありますが、そのうち外側の硬膜と内側のくも膜のあいだに生じる血液の貯留を「硬膜下血腫」と呼びます。血腫(けっしゅ)とは、単純にいうと「血のかたまり」です。強い外力で脳内の静脈が破れて急激に出血を起こすこともあれば、小さなダメージが時間をかけて血液の滲出(しんしゅつ)を引き起こし、ゆっくり大きくなる場合もあります。前者を「急性硬膜下血腫」、後者を「慢性硬膜下血腫」と分類することが多いです。
- 急性硬膜下血腫:交通事故・高所からの落下・激しいスポーツ外傷などにより頭蓋内に強力な衝撃が加わり、血管が破れて短時間で血液が貯留します。脳圧が急上昇して、生命を脅かす重度の症状が出やすいのが特徴です。
- 慢性硬膜下血腫:高齢者や慢性的に頭部へ繰り返し衝撃が加わりやすい人などに多くみられます。脳の萎縮などで張力を受けやすくなった静脈から、時間をかけて血液がにじみ出ることで血腫が徐々に増大します。
いずれのタイプも、脳を圧迫して意識障害や神経症状を引き起こす原因となり、早急な処置が必要です。特に急性硬膜下血腫は救急対応を要するケースが多く、治療が遅れれば命に関わります。
症状が重篤化する理由
急性硬膜下血腫では、短時間で大量に出血が起こり、脳圧(脳内圧)が上昇し、脳実質を圧迫します。こうなると脳細胞への血流や酸素供給が阻害され、意識障害や重度の神経麻痺など、深刻な症状を呈するリスクが非常に高まります。一方、慢性硬膜下血腫でも、時間をかけて血腫が拡大すると最終的には脳を圧迫し、頭痛や意識障害、手足の脱力・まひ、認知機能の低下などを引き起こすことがあります。特に高齢者は脳が委縮し、脳表面の血管(架橋静脈)が引っ張られやすい状態にあるため、わずかな衝撃や日常的な負荷でも出血が起こりやすくなるのです。
硬膜下血腫の症状
主な兆候・症状
硬膜下血腫の症状は、血腫の大きさ・発症スピード・圧迫される脳部位などによってさまざまです。以下に主な症状を挙げます。
- 意識障害:突然の意識消失、もしくは時間経過とともに意識がもうろうとしていく
- 頭痛:激しい頭痛、徐々に増す圧迫感をともなう持続的な痛み
- 嘔吐や悪心:脳圧亢進にともない嘔気や吐き気を訴える
- めまい・ふらつき:体のバランスが取りづらくなる
- 言語障害:呂律が回りにくい、発語が困難になる
- 片麻痺または四肢の脱力:片側または両側に力が入りにくい、しびれ
- 視覚障害:視野が狭くなる、かすむ、二重に見える
- 記憶障害・混乱:日時や場所がわからなくなる、物忘れが急増する
- 性格・行動の変化:興奮、衝動性の亢進、もしくは無気力など極端な変化
- けいれん・発作:脳圧の上昇や脳への刺激で痙攣が起こる
乳幼児の場合
新生児や乳幼児では、頭部外傷後に次のような症状がみられます。
- 大泉門(だいせんもん)の膨隆:乳児の頭頂部にある泉門が腫れる
- 哺乳不良:母乳やミルクを飲まない
- 過度のぐずりや甲高い泣き声
- 嘔吐が続く
- 頭囲の急激な拡大
- 過度の眠気または興奮
上記の症状はいずれも頭蓋内圧の上昇などを示唆する重要なサインであり、緊急診察が必要となる場合があります。
症状が見られたら要注意
特に頭部外傷直後は軽症に思えても、後から血腫が形成されて症状が現れるケースがあります。事故や転倒後、「そのときは大丈夫だったが、数日後に意識がもうろうとしはじめた」など、時間差で症状が出ることは珍しくありません。高齢者の場合はさらに遅れることもあるため、少しでも異変があれば早急に医療機関を受診することが大切です。
硬膜下血腫の原因
主な原因
- 重度の頭部外傷:交通事故、高所からの転落、コンタクトスポーツなど強い衝撃
- 軽微な外傷の反復:高齢者や慢性アルコール多飲者が繰り返す転倒など
- 血管脆弱性:高齢にともなう脳の萎縮で静脈が伸び、簡単に破れやすくなる
硬膜下血腫の多くは頭部外傷が直接的な引き金となります。ただし、わずかな打撲でも長期間かけて出血が広がり、慢性硬膜下血腫を引き起こすことがあるため、油断は禁物です。特に65歳以上の高齢者や抗凝固薬を使用している方は、脳内出血リスクが高まるため注意が必要です。
リスクを高める要因
- 抗凝固薬の使用:アスピリンなどの血液をサラサラにする薬剤
- 慢性アルコール多飲:転倒のリスクが上がるうえ、栄養不良で血管の脆弱化も起きやすい
- 血液凝固障害:血友病などの先天的疾患や肝機能障害
- 過去の頭部外傷の既往:繰り返す外傷で脳膜が弱くなっている可能性
- 高齢:脳萎縮により静脈が引っ張られ、簡単に破れる
硬膜下血腫の診断
診断に用いられる主な検査
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頭部CT(コンピュータ断層撮影)
頭部外傷で救急搬送されると、まずは頭部CTが一般的に行われます。急性期の出血は鮮明に映し出されるため、硬膜下血腫の有無やおおよその大きさを短時間で評価できます。 -
MRI(磁気共鳴画像法)
CTでは判別が難しい慢性期の血腫を検出しやすいとされています。慢性硬膜下血腫の場合は、発症から時間が経過して血液成分の信号がCTと異なるパターンを示すことがあり、MRIのほうが有利なことが多いです。ただし、CTに比べ撮像時間が長く、急性期患者では慎重に選択されることもあります。 -
血管造影(デジタルサブトラクション血管造影)
稀なケースで、動脈瘤や動静脈奇形などの合併が疑われるときに行われます。カテーテルを鼠径部から挿入し、頸動脈などを通して造影剤を注入しながらX線撮影することで、血管の形態や出血源を詳細に把握できます。
診断のポイント
- 頭部外傷の既往:いつ、どんな衝撃だったのか、意識消失はあったか
- 症状の経過:外傷直後からの時系列、頭痛・意識レベル・神経症状の推移
- 画像検査との照合:CTやMRI所見と臨床像の一致性
特に慢性硬膜下血腫は「外傷が軽微だった」「はっきりした記憶がない」場合でも発症することがあるため、医師が頭痛や認知機能の低下などから疑いをもって検査を行うケースがあります。
硬膜下血腫の治療
治療方針の大枠
治療の基本は、脳を圧迫している血腫を除去し、脳圧を下げることです。急性期か慢性期かによって手術方法や治療の優先度が変わります。
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急性硬膜下血腫
- 血腫量が多い場合:脳を救うため、緊急的に開頭手術を行うことが多いです。頭蓋骨の一部を外科的に開け、凝固した血腫を取り除き、出血源を止血する必要があります。
- 血腫量が比較的少ない場合:小孔ドリリング(直径数ミリの孔を開けて血液を吸引)で対応することもあります。ただし症状が重度の場合は開頭が必要となります。
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慢性硬膜下血腫
- 穴開け洗浄術:ドリリングまたはバリ穴と呼ばれる小さな穴を頭蓋骨に開け、たまった血液を洗浄し、脳圧を下げます。
- 開頭血腫除去:血腫がかなり大きく脳を圧迫している場合や、部分的に凝固している場合に検討されます。
- 経過観察:血腫が小さく、症状がほとんどないケースでは定期的な画像検査を行いながら様子を見る場合もあります。
補助的な薬物治療
- 利尿薬・ステロイド:脳浮腫(脳むくみ)を軽減する目的で用いられることがあります。
- 抗てんかん薬:痙攣発作のリスクが高い場合に投与される。
- その他:抗凝固療法を中断または調整したり、ビタミンK製剤を投与して出血リスクを下げたりすることもあります。
術後・回復期のケア
手術後や保存的療法中に回復を早めるには、以下の点に注意する必要があります。
- 十分な休養・睡眠:脳の治癒を促すうえでとても大切
- 激しい運動の回避:再出血防止のため、スポーツや重量物の運搬などは主治医と相談
- アルコールの制限:少なくとも完治までは飲酒を控える
- 服薬管理:抗てんかん薬や抗凝固薬の調整が必要な場合、医師の指示に厳密に従う
特に自動車の運転や危険を伴う機械操作については、医師からの許可がおりるまで控えることが望まれます。
治療成績と回復予後に関する近年の研究
近年、硬膜下血腫(特に慢性)の症例数は高齢化に伴い増加傾向にあり、少ない侵襲で効果的に血腫を除去する方法の研究が盛んに行われています。2022年に医学誌「Translational Stroke Research」に掲載されたWittらのレビュー論文(doi:10.1007/s12975-021-00934-3)では、慢性硬膜下血腫の病態や治療法の進歩について分析し、患者の年齢や血腫の厚さ、脳の萎縮度合いなどが手術法や再発率に大きく関わると報告されました。
さらに2022年「Neurosurgery Clinics of North America」に掲載されたAlfordらの総説(Neurosurg Clin N Am. 2022 Apr;33(2):311-320. doi:10.1016/j.nec.2021.11.008)では、慢性硬膜下血腫の術後合併症や再発リスクを下げるためのアプローチとして、開頭手術だけでなくドリリング洗浄後の持続ドレーン留置や炎症コントロールに関わる薬物療法の重要性が強調されています。これらの知見は日本国内での治療方針にも応用可能であり、実際に高齢化が進む日本でも少しずつ導入が進んでいます。
こうした研究から、血腫の発見が遅れて大きくなってしまうと再発リスクも高まる傾向があるため、早期受診と早期治療が重要であると繰り返し示唆されています。日本国内の医療機関では、画像検査の精密化と低侵襲手術技術の向上により、比較的安全に早期治療を受けられるケースが増えつつあります。
硬膜下血腫の予防
予防策の重要性
硬膜下血腫は、頭部外傷を避けることでかなりの確率で防げます。特に高齢者では転倒による軽微な衝撃でも出血が起こりやすくなるため、日常生活での安全対策が必要不可欠です。以下の項目を意識することで、頭のケガを大きく減らせる可能性があります。
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ヘルメットの着用
自転車やバイク、スキー、スケートボードなど、転倒のリスクがあるアクティビティを行うときは、サイズの合ったヘルメットを着用します。頭部保護が最も効果的な外傷予防策です。 -
シートベルトの使用
自動車に乗車する際は必ずシートベルトを締めることで、衝突事故時の頭部外傷を減らします。座席位置やエアバッグの有無にかかわらず、ベルトの装着は基本です。 -
子どもの安全対策
幼児・小児がいる家庭では、チャイルドシートやベビーチェアを正しく装着したり、テーブルの角に保護クッションを取り付けたり、階段や危険箇所にゲートを設置するなど、家庭内の事故防止策を徹底しましょう。 -
転倒防止
特に高齢者は筋力・バランス感覚の低下で転びやすくなっています。室内では段差をなくし、手すりの設置や床の滑り止めなどの工夫が大切です。散歩や外出の際は杖の使用や、夜間の照明を十分確保するなどの注意が必要です。
アルコールとの付き合い方
慢性的にアルコールを大量に飲む人は、転倒や事故のリスクが高まるだけでなく、栄養不足や肝機能障害を起こしやすくなります。そうすると血管の脆弱化が進むため、わずかな衝撃でも硬膜下血腫を発症するリスクが上昇します。過度の飲酒習慣がある場合は、量を減らしたり禁酒を検討するなど、健康管理を見直すことが大切です。
日常生活の注意点
治療後の再発を防ぐには
硬膜下血腫の治療後は、体内の状態が徐々に回復していく一方で、再発を防ぐための日常生活管理が重要となります。
- 主治医の診察を継続:定期的なCTやMRIで再発がないか確認
- 適度なリハビリテーション:頭部への衝撃を避けつつ、医師やリハビリスタッフの指示に従い運動機能を回復させる
- 睡眠不足・過労に注意:脳の疲労回復を妨げる要因は避ける
- 処方薬の遵守:抗てんかん薬や止血に関わる薬の用量・服用時期を守る
高齢者の方へ
高齢者では脳の萎縮が進んでいることが多く、血管が張力を受けやすい状態です。たとえば、転倒しなくても頭を急に振った衝撃などで出血の可能性が高まります。日常動作でも無理な姿勢で急に立ち上がる、椅子に座るときにバランスを崩すといった動きには十分注意しましょう。かがむ動作や段差の昇り降りなど、ふだんの生活でも安全を優先した動作を心がけ、万が一の怪我を防ぐことが鍵です。
まとめと提言
硬膜下血腫は、頭部外傷がきっかけとなって脳実質を圧迫し、重度の神経症状や意識障害を引き起こす深刻な病態です。急性型では短時間で死に至るケースもあり、慢性型でも放置すれば再発や合併症を誘発する恐れがあります。しかしながら、近年の画像検査や手術技術の進歩により、早期に発見し適切に治療を行えば、良好な回復が期待できる症例も増えています。
- 頭部外傷後は必ず経過を観察し、異変があればすぐに医療機関へ
- 高齢者や抗凝固薬を使用している方は特に注意
- 術後も医師の指示に従ったリハビリや生活管理を徹底して再発を防ぐ
- 日常的に転倒・衝撃を防ぐ工夫をし、ヘルメット・シートベルト等の安全対策を行う
日本国内でも高齢化に伴い硬膜下血腫の患者数は増えていますが、研究や診療技術も急速に発展しています。頭部外傷は誰にでも起こり得るため、「もしものとき」に備えて本記事の内容を理解し、早期受診を心がけることが大切です。
注意:本記事の情報は一般的な医療知識の紹介であり、診断や治療方針を最終的に決定するものではありません。必ず担当医や専門の医療従事者に相談し、指示を仰いでください。
参考文献
- Intracranial Hematoma. Mayo Clinic. (アクセス日不定)
- Subdural Hematoma. MedlinePlus. (アクセス日不定)
- Subdural Hematoma. Cleveland Clinic. (アクセス日不定)
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- Ferri, Fred. Ferri’s Netter Patient Advisor. Philadelphia, PA: Saunders / Elsevier, 2012. (ダウンロード版)
- Witt T.C. ほか (2022) “Chronic Subdural Hematoma: A Review of Epidemiology, Pathophysiology, and Management,” Translational Stroke Research, 13(5):788–802, doi:10.1007/s12975-021-00934-3
- Alford E.N. ほか (2022) “Chronic Subdural Hematoma,” Neurosurgery Clinics of North America, 33(2):311-320, doi:10.1016/j.nec.2021.11.008
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