この記事の科学的根拠
この記事は、引用された研究報告書で明示されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下に、本記事で提示されている医学的指針に直接関連する情報源のみを一覧で示します。
- 米国心臓協会(AHA): 本記事における高血圧緊急症の管理、特に急性期における血圧上昇の管理に関する指針は、米国心臓協会が発行した科学的声明に基づいています14。
- 日本高血圧学会(JSH): 日本における高血圧の診断基準、治療目標、および治療戦略に関する記述は、日本高血圧学会が発行した「高血圧治療ガイドライン2019」に準拠しています78。
- 世界保健機関(WHO): 成人における高血圧の薬物治療に関する国際的な視点と推奨事項は、世界保健機関(WHO)のガイドラインを参考にしています1415。
- 厚生労働省(MHLW): 日本における高血圧の有病率や治療状況に関する統計データは、厚生労働省が実施した「国民健康・栄養調査」などの公式調査に基づいています2024。
要点まとめ
- 高血圧緊急症とは、血圧が180/120 mmHg以上に上昇し、脳、心臓、腎臓などの臓器障害を伴う状態で、直ちに集中治療室での点滴治療が必要です。
- 臓器障害の兆候(激しい頭痛、胸痛、息切れ、意識障害など)がない場合、たとえ血圧が高くても「緊急症」ではなく、慌てて血圧を下げすぎるとかえって危険な場合があります。
- 日本では約4300万人が高血圧に罹患しており、特に職場でのストレスが原因となる「職場高血圧」が問題視されています。家庭での血圧測定が極めて重要です。
- 日本高血圧学会のガイドラインでは、75歳未満の成人の降圧目標は130/80 mmHg未満とされ、生活習慣の改善が治療の基本となります。
- 予防と管理には、食塩摂取量の制限(1日6g未満)、カリウムの積極的な摂取、適度な運動、質の良い睡眠、そしてストレス管理が不可欠です。
第1部:日本の現状から理解する高血圧クライシス
このセクションでは、問題の全体像を把握するための基礎知識を構築します。最新の国際的合意に基づき医学用語を明確に定義し、日本の国家統計を用いて問題の重要性を明らかにします。
1. 危機の定義:高い数値から医療的緊急事態まで
1.1 重症高血圧の範囲:重要用語の明確化
現代の臨床アプローチでは、単に血圧の数値だけでなく、急性の標的臓器障害(脳、心臓、腎臓などへのダメージ)の有無が治療戦略を決定する上で最も重要な要素となります。米国心臓協会(AHA)などの最新の科学的声明によると、用語の理解は次のように整理されています1。
- 高血圧緊急症(Hypertensive Emergency): これは、血圧が著しく高い状態(通常180/120 mmHg以上)で、かつ、脳、心臓、腎臓、網膜などに新規または進行性の臓器障害の証拠を伴う状態です1。この状態は、直ちに病院での治療、多くは集中治療室(ICU)での点滴による降圧薬投与を必要とします3。迅速かつ厳密に管理された介入が、重要臓器の機能を保護し、患者の予後を改善するために不可欠です。
- 「高血圧緊急」概念の変化(Hypertensive Urgency): かつてこの用語は、血圧が著しく高いものの、臓器障害の証拠がない状態を指すために使われていました。しかし、近年の米国心臓協会(AHA)の科学的声明では、この用語の使用は推奨されていません。なぜなら、過度に積極的な治療を招き、かえって害をもたらす可能性があるためです1。現代のアプローチでは、このような状態を「無症候性の著しい血圧上昇」と分類し、点滴による緊急治療は不要と判断します2。適切な戦略は、内服薬の再開や調整、そして注意深い経過観察です。無症状の患者の血圧を急激に下げすぎると、重要臓器への血流が低下し、脳卒中や急性腎障害などの有害事象を引き起こす危険性があることが、複数の研究から示されています5。
この用語の変遷は、治療哲学の根本的な変化を反映しています。焦点はもはや血圧計の「数値を治療する」ことから、患者の「臨床状態を治療する」ことへと移行しました。真の高血圧緊急症(症状と臓器障害あり)と、無症候性の重症高血圧を明確に区別することは、医原性の害(治療によって引き起こされる害)を避け、患者の安全を確保するために極めて重要です。これは、国民への啓発においても大きな意味を持ちます。すなわち、血圧が180/120 mmHgを超えていても、胸痛、息切れ、体の麻痺などの症状がなければ、まずはかかりつけ医に連絡することが推奨されます。しかし、高い数値にこれらの症状が伴う場合は、ためらわずに救急車(119番)を呼ぶべきです。
1.2 診断の基準値:JSH、AHA、WHOの比較
主要な保健機関が用いる高血圧の分類基準には差異があり、これを理解することは日本の状況を把握する上で重要です。
- 日本高血圧学会(JSH)2019年ガイドライン: 日本の医療現場における基準です。診察室血圧が140/90 mmHg以上を高血圧と定義しています7。JSHガイドラインの特筆すべき点は、130-139/80-89 mmHgの範囲を「高値血圧」と位置づけていることです9。これは病気とは見なされないものの、本格的な高血圧への移行を防ぐために直ちに生活習慣の改善が求められるハイリスク状態とされています。
- 米国心臓協会(AHA)2017年ガイドライン: AHAはより低い基準値を設定しており、130/80 mmHg以上をステージ1高血圧、140/90 mmHg以上をステージ2高血圧と分類します2。この積極的な分類は、特に心血管疾患の危険性が高い患者において、より早期からの治療介入を促す哲学を反映しています13。
- 世界保健機関(WHO)2021年ガイドライン: WHOは、高血圧と確定診断された人で血圧が140/90 mmHg以上の場合に薬物治療の開始を推奨しています14。この基準値はAHAよりもJSHに近く、多様な医療資源や背景を持つ世界的な状況を考慮したアプローチを強調しています16。
表1:血圧分類の比較(JSH 2019 vs AHA 2017)
分類 | JSH 2019 ガイドライン (診察室血圧, mmHg) | AHA 2017 ガイドライン (診察室血圧, mmHg) |
---|---|---|
正常血圧 | <120 かつ <80 | <120 かつ <80 |
正常高値血圧 / 上昇血圧 | 120-129 かつ <80 (正常高値) / 130-139 または 80-89 (高値血圧) | 120-129 かつ <80 (上昇血圧) |
高血圧 I度 / ステージ1 | ≥140 または ≥90 (I度~III度に分類) | 130-139 または 80-89 |
高血圧 II度以上 / ステージ2 | (AHAのような「ステージ2」という用語はなし) | ≥140 または ≥90 |
出典: 2
1.3 「沈黙の殺人者」:急性臓器障害の症状を見抜く
高い血圧の数値を真の医療的緊急事態に変える具体的な兆候を詳述することは、国民の健康教育にとって不可欠です。
- 神経系の障害: 高血圧性脳症、急性虚血性脳卒中または出血。症状には、激しい頭痛、錯乱、視覚の変化、体のしびれや脱力、ろれつが回らない、などが含まれます1。
- 心臓の障害: 急性心不全、急性肺水腫、急性冠症候群(心筋梗塞、不安定狭心症)。症状には、胸の痛み、息切れ、動悸などがあります1。
- 腎臓の障害: 急性腎障害。臨床検査(血清クレアチニン値の上昇など)によって特定されます1。
- 血管の障害: 急性大動脈解離(引き裂かれるような激しい背中の痛み)、妊娠中の女性における子癇前症・子癇1。
- 網膜の障害: 高血圧性網膜症(グレードIII-IV)。眼底検査で確認できます1。
表2:高血圧緊急症における急性標的臓器障害の症状
臓器系 | 関連する病態 | 主な症状・兆候 |
---|---|---|
脳 | 高血圧性脳症、脳卒中、頭蓋内出血 | 激しい頭痛、錯乱、吐き気、けいれん、視覚の変化、片側の脱力やしびれ、ろれつが回らない |
心臓 | 急性冠症候群、急性心不全、急性肺水腫 | 胸の痛みや圧迫感、息切れ(特に横になるとき)、動悸、極度の疲労感 |
腎臓 | 急性腎障害 | 尿量の減少、足や足首のむくみ(浮腫)、吐き気 |
大動脈 | 急性大動脈解離 | 突然の引き裂かれるような激しい胸や背中の痛み、首や顎に放散する痛み |
眼 | 高血圧性網膜症 (グレードIII-IV) | かすみ目、視力低下、飛蚊症(患者に自覚症状がない場合もある) |
出典: 1
この表は、抽象的な医学用語を具体的で認識しやすい症状に変換し、いつ緊急医療を求めるべきかについての重要な公教育ツールとなります。
2. 日本における高血圧の規模:国家的な健康課題
2.1 国家統計分析:一つの「国民病」
公式データを用いて、日本における高血圧問題の広がりと影響を定量化します。
- 有病率: 日本では推定4300万人が高血圧に罹患しており、文字通り「国民病(こくみんびょう)」となっています20。これは日本人の約3人に1人に相当する数字です21。この状態は、国内の主要な死因である脳卒中や心臓病の最大の危険因子です23。
- 人口統計(厚生労働省データ):
- 治療率と管理率: 高い有病率にもかかわらず、その管理は大きな課題です。
推定4300万人の患者数と、治療を受けている1609万人との間には、著しい「ケア・ギャップ」が存在します。これは、約2700万人が未診断、未治療、あるいは高血圧の治療を受けていない可能性があることを示唆しています。さらに、治療中の人々でさえ、半数以下しか目標血圧を達成していません。この事実は、課題が認識だけでなく、診断、治療開始、そして長期的な治療継続にあることを浮き彫りにします。
2.2 社会経済的影響
高血圧が日本の医療制度と社会に与える財政的負担は甚大です。
- 年間医療費: 高血圧性疾患に直接関連する医療費は、年間1兆7050億円という莫大な額に上ります20。
- 死亡率への影響: 高血圧性疾患による直接の死亡者数は年間約11,665人ですが20、この数字は真の影響を完全には反映していません。高血圧は、主要な死因である脳卒中や心臓病を引き起こす最大の危険因子であるため、その間接的な影響は計り知れません。
第2部:高血圧発作の多因子的な原因
このセクションでは、「なぜ」高血圧が起こるのかという問いを掘り下げ、特に日本の文化に即してストレスを主要な要因として取り上げ、その他の生活習慣や医学的要因を包括的に評価します。
3. 現代日本社会におけるストレスの中心的な役割
3.1 ストレスによる高血圧の生理学
ストレスがどのようにして血圧を上昇させるのか、その生物学的メカニズムを解説します。
- ホルモン経路: ストレスを感じると、体はコルチゾールのような副腎皮質ホルモンを分泌します。これらのホルモンが分解される過程で活性酸素が増加し、血圧を上昇させます17。また、アドレナリンのようなホルモンも放出され、血管を直接収縮させます17。
- 神経経路: ストレスは交感神経系を活性化させ、心拍数を増加させ、血管を収縮させることで、直接的に血圧を上昇させます28。ストレスが慢性化すると、このシステムが常に活性化された状態になり、持続的な高血圧につながる可能性があります。
3.2 「過労死」文化と職場高血圧
これは日本の読者にとって特に重要で、特定の医学的状態と著名な社会問題を関連付けるユニークな部分です。
- 定義: 「職場高血圧(しょくばこうけつあつ)」とは、仕事中のストレス、プレッシャー、締め切りなどにより血圧が上昇するものの、医師の診察室を含む他の環境では正常値を示す仮面高血圧の一種です28。
- 危険因子: 研究によると、裁量権が狭い、あるいは自己管理度が低い仕事は特にストレスが多く、収縮期血圧が正常に見えても拡張期血圧を上昇させる可能性があると指摘されています28。
- 重要性: この状態は、定期的な健康診断では見逃されやすい一方で、通常の高血圧よりも死亡リスクが高いとされており、特に危険です28。
「職場高血圧」のような臨床的存在が日本の医療および公の言説で認識されていることは、文化社会的な現象が医学的に捉えられている証です。この状況は、多くの日本人労働者の実体験と臨床ガイドラインを直接結びつけます。この種の「仮面高血圧」は通常の診察では発見が困難であるため、日本高血圧学会(JSH)のガイドラインでは、他の国際的なガイドラインと比較して、家庭での血圧測定(家庭血圧)の重要性が特に強く強調されています31。JHO(JAPANESEHEALTH.ORG)の記事としても、家庭血圧測定を単なる「良い習慣」としてではなく、日本で一般的な危険な状態を発見するための必須ツールとして強く推奨すべきです。
3.3 「タイプA」性格とその他のストレス関連シナリオ
- 性格との関連: 短気、高い競争心、仕事中毒などを特徴とする「タイプA」性格は、ストレスを感じやすく、結果として高血圧になりやすいとされています28。
- 白衣高血圧(はくいこうけつあつ): 医療環境での不安によって一時的に血圧が上昇する状態です。一過性であることが多いものの、ストレスによる血圧上昇傾向の指標となる可能性があります29。
- 不安とパニック: 急性の不安発作やパニック発作は、突発的で著しい血圧の上昇を引き起こすことがあります30。
4. 生活習慣、遺伝、そして基礎疾患
4.1 四つの基本要素:食事、運動、睡眠、悪習慣
広く認識されている生活習慣要因について解説します。
- 食事: 過剰なナトリウム摂取は主要な原因です。野菜、果物、カリウムが豊富なバランスの取れた食事(例:DASH食)の重要性が強調されます2。JSHガイドラインは、1日の食塩摂取量を6g未満にすることを長年推奨しています33。
- 運動: 定期的で中程度の運動(ウォーキング、ジョギング、水泳など)は、ストレスを軽減し、血行を改善し、血圧を安定させるのに役立ちます29。
- 睡眠: 質の高い睡眠(理想的には7~8時間)の不足は、ストレスホルモンと交感神経の活動を高め、高血圧の一因となります17。
- 喫煙と飲酒: タバコに含まれるニコチンは血管を収縮させます。過度の飲酒も血圧を上昇させ、睡眠の質を低下させます2。
4.2 二次性の原因特定:高血圧が症状である場合
突発的で重度の高血圧は、時に他の基礎疾患の兆候である可能性があります。
- 内分泌疾患: 褐色細胞腫や甲状腺機能亢進症などの状態は、しばしば頭痛や動悸を伴う劇的な血圧上昇を引き起こすことがあります3。
- 腎動脈狭窄: 腎臓への血液供給を担う動脈が狭くなることで、重度の高血圧が生じることがあります。場合によっては、腎機能を維持するためにステント留置術が必要になることもあります19。
- その他の要因: 遺伝的要因も既知の危険因子です29。
第3部:臨床管理と治療計画
このセクションでは、原因から解決策へと移り、高血圧クライシスへの即時的な医療対応と、管理のための長期戦略を、JSHガイドラインを中心に詳述します。
5. 高血圧緊急症への即時対応
5.1 初期評価と安定化
病院や救急外来での重要な初期対応のステップを概説します。
- 確認とモニタリング: 患者は集中治療室(ICU)に入院し、持続的な血圧モニタリングと点滴による薬物治療を受ける必要があります2。
- 標的臓器障害の特定: 直後の目標は、どの臓器系が障害を受けているかを評価・特定することです。これが薬剤選択の指針となります1。
5.2 薬理学的介入:標的を絞ったアプローチ
AHAの科学的声明と国際的ガイドラインに基づき、使用される具体的な点滴薬について解説します。
- 一般原則: 目標は、血圧を急激に正常化させることではなく、管理された方法で下げることです。初期目標は、最初の1時間で平均動脈圧(MAP)を約10~20%低下させ、その後23時間かけて徐々に下げることです3。急激な降圧は、臓器の虚血(血流不足)を悪化させる可能性があります3。
- 臓器障害に応じた薬剤選択(表3参照):
表3:高血圧緊急症における臓器障害別の静注薬
急性病態 | 初期の血圧目標 | 推奨される静注薬 |
---|---|---|
急性大動脈解離 | 直ちに収縮期血圧 <120 mmHg | エスモロール と ニトロプルシド、ニトログリセリン、またはニカルジピン |
急性肺水腫 | 直ちに収縮期血圧 <140 mmHg | ニトログリセリン、ニトロプルシド、ラベタロール、クレヴィジピン(β遮断薬は禁忌) |
急性冠症候群 | 直ちに収縮期血圧 <140 mmHg | エスモロール、ニトログリセリン |
急性腎障害 | 数時間で平均動脈圧を20-25%低下 | ラベタロール、ニカルジピン、クレヴィジピン、フェノルドパム |
子癇前症・子癇 | 直ちに収縮期血圧 <160 mmHg、拡張期血圧 <105 mmHg | ラベタロール、ニカルジピン、硫酸マグネシウム、ヒドララジン(ACE阻害薬/ARBは禁忌) |
虚血性脳卒中 | 慎重に。血圧が >220/120 mmHgでない限り降圧しない | ラベタロール、ニカルジピン |
出典: 1
この表は専門的ですが、本稿の専門性と深さを示しており、後の簡潔な解説の土台となります。
6. 長期管理:JSHのアプローチと国際的視点
6.1 JSH高血圧治療ガイドライン2019:核心となる原則
慢性高血圧管理における日本の標準治療を詳述します。
- 診断基準: 診察室血圧が 140/90 mmHg 以上7。
- 治療開始: 140/90 mmHgの閾値で薬物療法が検討されます。「高値血圧」(130-139/80-89 mmHg)の範囲にあり、かつリスクが高い患者については、1~3ヶ月の生活習慣改善で効果が不十分な場合に薬物療法が検討されることがあります9。
- 降圧目標:
6.2 第一選択薬と家庭血圧測定の重要な役割
- 薬物療法: JSHは、WHOやAHAと同様に、ACE阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、カルシウム拮抗薬(CCB)、サイアザイド系利尿薬を第一選択薬として推奨しています15。選択は個別化されることがあります(例:高齢者にはCCB)14。
- 家庭血圧測定(HBPM): これはJSHガイドラインの際立った特徴です。最終的な診断と治療の決定は、診察室血圧と診察室外血圧(家庭血圧)の組み合わせに基づくべきであると強調しています31。家庭血圧の目標は通常、より厳格です(例:合併症を持つ患者では<125/75 mmHg)31。この実践は、白衣高血圧や仮面高血圧(職場高血圧を含む)を発見するために不可欠です29。
真の高血圧緊急症における積極的で分刻みの管理と、慢性高血圧や無症候性の重症高血圧に対する忍耐強く、生活習慣を優先する段階的なアプローチとの間には、明確な対比があります。緊急事態は、点滴薬とICUでのモニタリングによる即時安定化を必要とする急性の生理学的危機です。対照的に、慢性高血圧は、生活習慣の改善と経口薬の遵守から始まる持続可能な管理計画を必要とする長期的な危険因子です。これら二つの道筋を区別することは、患者の不安を管理し、適切な健康行動を促進するために極めて重要です。
第4部:積極的なアプローチ:予防と生活習慣の習得
このセクションでは、高血圧を予防し、または生活習慣の改善を通じて効果的に管理するための、根拠に基づいた実践的なアドバイスを国民に提供します。
7. 高血圧に強い生活習慣を築く
7.1 食生活の改革:ナトリウムとカリウムのバランス
- ナトリウムの削減: 食塩を減らすための具体的なヒント。食卓塩を避ける、加工食品やファストフード、醤油を控える。パンやシリアルに含まれる隠れた塩分にも注意が必要です32。日本の国家的目標は1日6g未満です33。
- カリウムの増強: 果物、野菜、全粒穀物、低脂肪乳製品が豊富な食事(DASH食)を強調します2。豆類、ナッツ、アボカドなど、カリウムが豊富な具体的な食品にも言及します32。
- 健康的な飲み物: ビーツジュース、ザクロジュース、ハイビスカスティーの潜在的な利点についても触れます32。
7.2 運動という処方箋:健康の柱
- 有酸素運動: 週のほとんど(5日以上)、少なくとも30分の中強度の活動(ウォーキング、ジョギング、サイクリング)29。
- 筋力トレーニング: 週に2~3日、筋力トレーニングを追加することも推奨されます32。
7.3 ストレスと睡眠の管理
- ストレス管理: リラックスするための時間を意識的に作ること29。日々のマインドフルネス、瞑想、深呼吸などの根拠に基づいた技法を解説します32。
- 睡眠衛生: 定期的な睡眠スケジュールと、ストレスホルモンを調節するための7~8時間の質の高い睡眠を目指すことの重要性17。
7.4 節度と禁煙の重要性
第5部:統合と戦略的提言
この最終セクションでは、情報を主要なポイントにまとめ、各ガイドラインを直接比較し、利用者に具体的な推奨事項を提供します。
8. ガイドラインの調和:比較分析
8.1 JSH vs AHA vs WHO:主な相違点と共通点
主要なガイドラインの核心的な推奨事項を明確に提示するために、要約表を用います。
- 共通点: すべてのガイドラインが、生活習慣の改善の最重要性、第一選択薬のクラス(ACE阻害薬/ARB、CCB、利尿薬)、そして心血管リスクを低減するための降圧という共通目標に同意しています。
- 主な相違点:
- 診断基準値: JSH/WHO (≥140/90) 対 AHA (≥130/80)。
- 治療哲学: JSHの「高値血圧」カテゴリは、人口の大部分に対して「生活習慣改善第一」のアプローチを促す一方、AHAの低い基準値は米国でより早期の薬物介入につながる可能性があります。
- 家庭血圧測定の重視: JSHガイドラインは、診断と管理において家庭血圧測定に強く明確に依存するという点で独特であり、これは日本における仮面高血圧や職場高血圧の有病率に対する直接的な対応です31。
表4:主要推奨事項の比較(JSH 2019 vs AHA 2017 vs WHO 2021)
推奨領域 | JSH 2019 ガイドライン | AHA 2017 ガイドライン | WHO 2021 ガイドライン |
---|---|---|---|
診断基準値 | ≥140/90 mmHg | ≥130/80 mmHg (ステージ1) | ≥140/90 mmHg |
降圧目標 (<75歳) | <130/80 mmHg | <130/80 mmHg | <140/90 mmHg (合併症なしの場合); 収縮期血圧<130 mmHg (心血管疾患ありの場合) |
降圧目標 (≥75歳) | <140/90 mmHg | <130/80 mmHg (個別化) | <140/90 mmHg |
第一選択薬 | ACE阻害薬/ARB, CCB, 利尿薬 | ACE阻害薬/ARB, CCB, 利尿薬 | ACE阻害薬/ARB, CCB, 利尿薬 |
家庭血圧測定に関する見解 | 診断と管理に必須として非常に重視 | 診断確定とモニタリングに推奨 | 推奨 |
8.2 治療の個別化
現代のすべてのガイドラインは、リスク層別化を強調しています。治療は画一的ではなく、患者の全体的な心血管リスク、年齢、合併症に基づいて調整されます9。
よくある質問
血圧が高いと言われましたが、これは「高血圧緊急症」ですか?
必ずしもそうではありません。「高血圧緊急症」とは、単に血圧が高いだけでなく、激しい頭痛、胸痛、息切れ、意識の混濁、体の麻痺といった、脳・心臓・腎臓などの臓器がダメージを受けていることを示す症状を伴う状態を指します1。症状がなく、ただ血圧の数値が高いだけの場合は、多くは緊急の点滴治療を必要としません。しかし、放置してよいわけではないため、速やかにかかりつけの医師に相談してください。
なぜ日本では家庭での血圧測定がそれほど重要視されるのですか?
ストレスで血圧が上がるのはなぜですか?
血圧の薬は一度飲み始めたら、一生やめられないのですか?
必ずしもそうとは限りません。高血圧治療の基本は、食事療法や運動療法といった生活習慣の改善です。薬物療法を開始した後でも、体重の減少、大幅な減塩、定期的な運動習慣の確立などにより、血圧が安定して正常範囲内にコントロールできるようになった場合、医師の判断のもとで薬の量を減らしたり、中止したりすることが可能な場合があります。自己判断で中断せず、必ず主治医と相談することが重要です。
結論
高血圧は、日本の公衆衛生における静かで、しかし巨大な課題です。特に、現代社会のストレス、とりわけ職場環境から生じるストレスは、無視できない主要な原因として認識されています。本稿で明らかになったように、血圧の数値が高いこと自体が常に医療的緊急事態を意味するわけではありません。むしろ、胸痛や意識障害などの臓器障害を示す症状の有無が、緊急対応を要するかどうかの決定的な分かれ目となります。日本の医療状況においては、診察室では見逃されがちな「仮面高血圧」を検出するため、家庭での血圧測定が任意ではなく、適切な診断と管理に不可欠な要素となっています。予防と治療の礎は、減塩や運動といった生活習慣の改善にあり、これは薬物療法と並行して、あるいはそれに先立って行われるべき最も重要なステップです。JHO(JAPANESEHEALTH.ORG)は、国民一人ひとりが自らの血圧に関心を持ち、正しい知識に基づいて行動することで、この「国民病」を克服できると信じています。
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