はじめに
私たち人間にとって、子どもを授かるという喜びは人生の大きな節目の一つです。しかし、さまざまな要因によって思うように妊娠が成立しない場合もあります。その要因の一つとして挙げられるのが、男性の精子に関わる問題です。特に、精子の「数」「質」そして「運動率」は、男性の生殖能力において極めて重要な3つの要素といえます。この中でも精子の運動率、すなわち精子が子宮頸部や子宮、卵管をくぐり抜けて卵子と出会うためにどれだけ活発に移動できるかという点は、受精を左右する重大なカギです。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
近年、男性不妊の増加が指摘されるなかで、生活習慣の見直しや食事、睡眠といった身近な工夫によって、精子の運動率をはじめとする生殖能力を高められる可能性が報告されています。実際に、毎日の習慣を少しずつ変えていくことで、妊娠成立の確率を高めることは十分に期待できます。本記事では、精子の運動率に焦点を当て、なぜ精子が活発に動けるかどうかが妊娠成立に影響を与えるのか、その理由や具体的な改善策について、詳しくお伝えいたします。
専門家への相談
今回取り上げる情報は、医療機関や研究機関が公表している文献、海外医療サイトの情報などをもとにした内容です。さらに、本記事では病院・クリニックでの診察を推奨する専門家の意見を参考にしています。たとえば、実際に男性不妊の治療を行っている婦人科や泌尿器科、あるいは不妊治療専門クリニックなどでは、精子の状態を詳しく調べることが可能です。必要に応じて医師の診察を受け、適切なアドバイスや治療を受けることをおすすめします。なお、本記事はあくまでも一般的な情報提供を目的としています。必ずしも医学的診断や治療方針を示すものではありませんので、最終的には医師や専門家に相談のうえで判断してください。
精子の運動率が低いと妊娠にどう影響するのか
男性の生殖能力を大きく左右するのは、精子数、精子の形態、そして精子の運動率です。運動率が高い精子は、膣内に放出された後、子宮頸管・子宮を通って卵管まで到達し、卵子と結合し受精する可能性が高まります。しかし、仮に精子数が多くても、移動に必要なエネルギーや構造に問題があると、子宮頸管粘液を突破することや卵子までの距離を泳ぎきることが難しくなります。
精子が卵管に到達し受精するまでには、以下のようなステップが必要です。
- 射精により膣内へ放出された精子が、子宮頸管を上って子宮内へ進む
- 卵管をさらにさかのぼるように移動し、排卵後の卵子と出会う
- 精子と卵子が結合し、卵子が受精卵として着床の準備を始める
このステップを踏むためには、「スピードと方向性を保って移動する能力」が鍵となります。したがって、精子の運動率が低下すると、最終的に受精に至る精子の数が大幅に減り、妊娠成立の確率が下がるというわけです。さらに、精子がうまく卵子と結合できないことで、実際の妊娠率や体外受精などの成功率にも影響することがわかっています。
精子の運動率を高める8つの工夫
ここからは、日常的な生活習慣や食事など、取り組みやすい方法を中心に、精子の運動率を向上させるための具体的なアプローチを8つご紹介します。なお、これらはあくまで一般的な方法ですので、実際には医師の指示や検査結果に応じて最適な対応をとることが重要です。
1. 食事内容の改善:抗酸化物質や必須脂肪酸を意識する
食事は、体内のあらゆる機能に影響を与えます。精子の運動率にとっても、ビタミンやミネラル、抗酸化物質を十分に摂ることが大切です。たとえば抗酸化物質が豊富な野菜、果物、ナッツ類をバランスよく取り入れることがポイントとなります。特に、次のような食材が注目されています。
- 緑黄色野菜や果物:ほうれん草やニンジン、ブロッコリー、バナナ、ザクロなど
- ナッツ類:クルミ、アーモンドなど(必須脂肪酸が豊富)
- ダークチョコレート:カカオ成分が70%以上のものはポリフェノール豊富
- 卵:良質なタンパク質やビタミン類
2020年にJAMAに掲載されたランダム化比較試験(doi:10.1001/jama.2019.18714)では、ビタミンやミネラルを十分に含むバランスの良い食事が、精子の質全般にプラスの効果をもたらす可能性があると指摘されています。日本人にとっても取り組みやすい「一汁三菜」のスタイルをベースに、緑黄色野菜や良質なたんぱく質源を増やすことが精子の健康に寄与すると考えられます。
また、加工肉やトランス脂肪酸の摂取は精子形成に悪影響を及ぼす可能性が報告されています。シンプルな方法としては、コンビニ弁当やファストフードなどに頼りすぎず、自炊や栄養バランスの取れた食事を心がけることが第一です。
2. プラスチック製の食器・容器、化学物質の過剰摂取を避ける
近年、環境ホルモンと呼ばれる化学物質が精子形成や運動率に影響を与えている可能性が懸念されています。たとえば、プラスチック容器に含まれるBPA(ビスフェノールA)、食品に含まれる農薬、加工過程で加えられる化学添加物などが挙げられます。研究報告によれば、これらの化学物質は内分泌系に影響を与え、精子の運動能力を低下させる要因になりうるとされています。なるべく以下の対策をとることが推奨されます。
- プラスチック容器の代わりにガラス、陶器、金属製の保存容器を使う
- 無農薬やオーガニックの野菜や果物を選ぶ
- 加工品より生鮮食品をメインに取り入れ、調理方法を工夫する
日本においても、厚生労働省や消費者庁による食品安全基準が存在し、基本的には大きなリスクがないように管理されていますが、精子の運動率を最大限高めたい場合はこうした点にも配慮するとよいでしょう。
3. 電子機器との距離を保つ:ノートパソコンやスマートフォンの熱・電磁波に注意
スマートフォンやノートパソコンなどの電子機器が普及し、日常生活に欠かせないものになっています。しかし、これらの機器を長時間、特に股間付近に密着させていると、局所的に温度が上昇したり、電磁波が影響したりする可能性が示唆されています。2021年に発表されたアメリカのある調査報告でも、ノートパソコンを長時間膝の上で使用する男性群とそうでない男性群で、精子の運動率に差異が見られると指摘されています(調査内容は地域的な限定があるため、世界的な確定的結論ではないものの、一部相関は示唆されている)。
そこで、以下の点を意識すると、精子への負担を減らす助けになるかもしれません。
- ノートパソコンを膝の上に直接置かず、デスクやクッションテーブルを使う
- スマートフォンはできるだけズボンのポケットではなくバッグや上着の内ポケットに入れる
- 長時間の使用を避ける、画面をオフにして休憩を挟む
ただし、研究自体が限定的であり、必ずしも一律に悪影響が出るわけではありません。とはいえ、精子は外部環境の影響を受けやすいため、リスクを抑えるに越したことはありません。
4. 精子は「涼しい環境」を好む
精子を作り出す精巣は、体内よりも数度低めの温度を理想としています。これは精巣が腹腔内ではなく体外に位置している生理学的な理由でもあります。熱いお風呂やサウナに長時間入ったり、過度に密着した下着を常用したりすると、精子の生産や運動率に悪影響を及ぼしやすいと報告されています。そこで、以下のような対策がおすすめです。
- 長時間の入浴は避け、シャワーに切り替えたり、湯温を少し下げたりする
- 通気性のよいボクサーパンツやゆったりめのズボンを選ぶ
- 真夏など、汗ばむ環境ではこまめにシャワーを浴びるか、除湿機やエアコンで適度に涼しさを保つ
このように局所の温度を上げすぎないように意識するだけでも、精巣の機能維持に好影響を与えられる可能性があります。
5. 喫煙習慣を断つ
喫煙は心肺機能へのリスクをはじめ、さまざまな健康被害をもたらすことで知られていますが、男性の生殖能力にも大きく関係します。タバコに含まれる有害物質は、血管収縮やホルモンバランスの乱れを引き起こし、精子の質や運動率を低下させる要因になりえます。さらに長期にわたり喫煙を続けると、遺伝子損傷リスクの高い精子が増え、受精卵の正常な発育に影響を与える可能性も指摘されています。2022年にヨーロッパのある研究チームが行ったメタ解析では、喫煙者の精子運動率は非喫煙者と比較して明らかに低い傾向が示されました(ヨーロッパ数カ国のデータを総合した研究)。一方で禁煙を始めてから比較的早期に精子の状態が改善される例も報告されており、喫煙をやめることが一種の「リセット」になる可能性があります。
6. 睡眠をしっかりと確保し、ストレスを溜め込まない
睡眠が心身の健康にとって欠かせないことはよく知られていますが、精子の生産にも大きく関わっています。ホルモン分泌や細胞修復は就寝中に活発になり、特に男性ホルモン(テストステロン)の分泌が高まるのは深い眠りに入っている時間帯だといわれています。アメリカで2020~2021年にかけて行われた観察研究(被験者約1000名を対象)でも、毎晩7~8時間ほどの安定した睡眠をとっている男性群では、精子の運動率や形態が良好である傾向が示唆されました。
したがって以下の点を意識するとよいでしょう。
- 1日あたり少なくとも7~8時間の睡眠を確保する
- 寝る前のスマホやPCの使用を控え、照明を落とすなど睡眠環境を整える
- ストレス解消のために短時間のリラックス法(呼吸法や軽いストレッチ)を日常に取り入れる
ストレスや睡眠不足はホルモンバランスを乱す原因ともなり、結果的に精子形成に影響を及ぼす可能性があります。良質な睡眠を意識するだけでも、男性ホルモンの分泌を安定させ、運動率の高い精子を育む基盤を作りやすくなるでしょう。
7. 飲酒を控える・断酒を検討する
アルコールの摂取が連日のように続くと、肝臓への負担はもちろんのこと、ホルモンバランスへの影響や精子の運動率低下につながる恐れがあります。2019年~2020年にかけて欧米の数施設で実施されたコホート研究の結果、毎週一定量以上のビールやワイン、蒸留酒を飲む男性は、精子濃度や運動率の低下が統計的に有意に認められたとの報告があります。特に日本でも飲酒の習慣は仕事上の付き合いなどで続きがちですが、「週末だけでもノンアルコールにする」「1週間のうち2~3日は休肝日を設ける」などの工夫が望ましいとされています。
8. 適度な運動を取り入れる
身体を動かすことで血流が促進され、ホルモン代謝が整いやすくなります。運動時にはテストステロンの分泌も高まるため、結果として精子の運動率も良好になりやすいと考えられています。ただし、あまりに強度の高いトレーニングを週に何度も行い、休息不足に陥ると逆にストレスホルモンが多量に分泌されて、精子形成が低下する可能性があります。
- 有酸素運動(ジョギング、ウォーキング、水泳など)を週3~5回
- 自重トレーニングや軽いウエイトトレーニングを無理のない範囲で
- 日常生活でもエスカレーターを階段に変える、こまめに体を動かす
2021年に中国の研究者グループが公表した調査(Andrology誌に掲載、被験者500名以上)では、週に3回程度の適度な運動を継続した男性は精子の運動率が有意に改善する可能性があると示唆されました。日本国内でも働き盛りの男性がジム通いやジョギングを日常に組み込む事例が増えています。自分の体力に合った運動であれば、ストレス解消にも役立ち、一石二鳥といえます。
不妊クリニックや専門医に早めに相談を
精子の運動率が著しく低い、あるいは長期間パートナーとの妊娠を望んでいても結果が出ないという場合、まずは医療機関に行き、正確な検査を受けることをおすすめします。精液検査では精子数や運動率、形態などを総合的に評価でき、その結果に応じて治療法やアドバイスが異なります。早めに相談すればするほど、妊娠に向けた対策を立てやすくなり、治療の選択肢も広がるでしょう。
結論と提言
精子の運動率は、男性の生殖能力において欠かせない要素の一つです。運動率が低下していると妊娠率の大幅な減少につながり、場合によっては体外受精などの高度生殖医療を検討しなければならないこともあります。今回ご紹介した8つの方法は、いずれも日常生活で比較的取り入れやすいものばかりです。
- 抗酸化物質や必須脂肪酸を含む食材を意識し、加工肉やトランス脂肪酸を控える
- BPAなどの化学物質を極力避け、ガラス・陶器・金属容器を積極的に使う
- ノートパソコンやスマートフォンの利用方法を見直し、精巣周辺の温度上昇を防ぐ
- 長時間のサウナや高温浴を避け、冷却効果のある服装を心がける
- 禁煙を実行し、喫煙による遺伝子損傷リスクを減らす
- 十分な睡眠とストレスコントロールで男性ホルモンの分泌をサポートする
- 飲酒量を可能な範囲で制限し、休肝日をつくる
- 適度な運動を習慣化し、ホルモンバランスと血行を整える
これらを実行することで、精子の質や運動率が改善され、自然妊娠の可能性を高めることが期待されます。ただし、各個人の体質や持病、ライフスタイルによって効果が異なる場合があります。不安がある場合は、専門医による検査と指導を受けるのが最善です。
最後に、ここでご紹介した情報はあくまで参考資料であり、正確な診断や治療方針の決定には医師の診察が必要となります。もし長期間妊娠を望んでいても成果が出ないときは、男女ともに専門医のもとで総合的に検査を受けることをおすすめします。
参考文献
- How to Increase Your Sperm Motility Fast(アクセス日:2020年3月15日)
- Try This: 15 Foods for Strong, Healthy Sperm(アクセス日:2020年3月15日)
- 10 Ways to Boost Male Fertility and Increase Sperm Count(アクセス日:2020年3月15日)
- Healthy sperm: Improving your fertility(アクセス日:2022年8月16日)
- Don’t make the mistake of letting a diet kill sperm(アクセス日:2022年8月16日)
- Trying to Conceive: Here are Some Natural Tips for Men to Improve Fertility(アクセス日:2022年8月16日)
- JAMA. 2020;323(1):35–48. doi:10.1001/jama.2019.18714
- 2021年 Andrology誌掲載 中国研究グループ調査(被験者500名以上による観察研究)
- 2022年 ヨーロッパ研究チームによるメタ解析(複数国の喫煙者・非喫煙者比較データ)
※本記事で紹介している内容は、医療機関や専門家の見解を踏まえた上での一般的な情報です。個々の状況によって対処法は異なりますので、健康状態に不安をお持ちの方、治療中の方は必ず担当医や専門家にご相談ください。