糖尿病と白内障はなぜ危険?網膜症リスクと手術の注意点
この記事でわかること
目次
結論から言うと
糖尿病と白内障には深い関係があります。糖尿病がある人は、糖尿病のない人と比べて白内障がより早期に、しかも約5倍の高頻度で発症するとの報告があります[6]。原因は加齢による濁りとは別に、高血糖が続くことで水晶体の中にソルビトールという物質が蓄積し、浸透圧の変化で水晶体の線維が膨らんで壊れていく「糖尿病白内障」という仕組みが働くためです[1]。
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血糖値が大きく上下すると、白内障が進んだわけではないのに一時的にメガネが合わなくなることがあるとの報告があります[3]。また、白内障の濁りが強いと医師が眼の奥(網膜)を確認できなくなるため、糖尿病がある人は白内障手術の前に網膜症の状態を調べておくことが特に重要です[1]。この記事では、糖尿病がある人に特有のこの2点にしぼって解説します。手術の費用やレンズの選び方、術後の一般的な過ごし方は別記事にまとめています。
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要点まとめ
編集方針:JHO編集部がAIツールの支援を受け、公的機関・学会・査読論文と照合して作成。最終確認は人の目。医師による個別診断の代わりにはなりません。数値・分類はガイドライン改定により変わることがあります(2026年7月時点)。
糖尿病があり、白内障を指摘されている方へ 確認したい5つのポイント
糖尿病と白内障の関係 ― どんな合併症の仲間なのか
日本糖尿病学会の解説では、糖尿病の悪い状態が長く続くと全身にさまざまな慢性合併症が起こる可能性が高くなるとされ、主な慢性合併症は大きく3種類に整理されていると報告されています[5]。ひとつは網膜症・腎症・神経障害といった、糖尿病に特徴的な細い血管(細小血管)の合併症です[5]。もうひとつは、糖尿病だけに起こるとは限らないものの糖尿病があるとより進行しやすい、動脈硬化による脳卒中・心筋梗塞・足病変といった太い血管(大血管)の合併症です[5]。そしてもうひとつが、かかりやすく治りにくい感染症や認知症などです[5]。白内障は、このうち網膜症と同じ「細小血管合併症」寄りの仕組み(高血糖による代謝異常)で起こる部分と、単なる加齢としての側面の両方を持つ、少し特殊な位置づけの合併症だと言えます。この記事では、その中でも糖尿病そのものが関わる部分にしぼって解説します。
糖尿病白内障とは?加齢性白内障と何が違うのか
白内障はカメラのレンズにあたる水晶体が濁り、視界がかすむ・まぶしく感じる・視力が落ちるといった症状を起こす病気です[6]。もっとも多いのは加齢によるもので、50代では約6割、80歳以上ではほぼ全員に発症するとされ、誰にでも起こる老化現象のひとつです[6]。
糖尿病と白内障の関係を考えるときは、この加齢性の白内障とは別に考える必要があります。糖尿病がある人には「糖尿病白内障」と呼ばれる、糖尿病そのものが原因となる白内障が起こります。日本白内障学会誌の総説によると、糖尿病白内障のおおもとの原因は持続する著しい高血糖です[1]。水晶体の中にはアルドース還元酵素(AR)という酵素があり、高血糖の状態が続くとこの酵素がブドウ糖をソルビトールという物質に変換します[1]。ソルビトールは水晶体の線維の中に蓄積し、浸透圧の上昇を招き、その結果、細胞内に水分が流入して線維が膨らみ、やがて崩壊します。これが糖尿病白内障の本態と報告されています[1]。実際、この酵素の働きを抑える薬(アルドース還元酵素阻害薬)を投与すると、動物実験で白内障の進行が抑えられることが確認されており、この酵素が糖尿病白内障の原因のひとつであることを裏づけていると報告されています[1]。
このソルビトールが関わる代謝経路は「ポリオール経路」と呼ばれ、古くから薬学領域で研究されてきました。この経路は水晶体だけでなく、末梢神経・網膜・腎臓など全身の多くの組織に存在し、糖尿病の神経障害や網膜症、白内障、角膜症といった合併症に共通してかかわる経路のひとつと報告されています[1]。つまり糖尿病白内障は、糖尿病の慢性合併症の一種として、網膜症や神経障害と同じ根っこ(高血糖による代謝異常)から生じている点が、加齢性白内障と大きく異なります。
研究段階の話として、日本白内障学会誌の総説では、ポリオール経路以外にも「エピジェネティクス」と呼ばれる、遺伝子の並び自体は変えずに働き方を調整する仕組みが糖尿病白内障の形成にかかわっている可能性が紹介されていると報告されています[1]。動物モデルを使った研究では、ヒストンのアセチル化にかかわる酵素を阻害する薬を使うと、水晶体の混濁形成が抑えられたり、いったん濁った水晶体が再び透明になったりする現象が報告されており、この過程で新たな白内障原因因子として「Plk3」という遺伝子が同定されたと報告されています[1]。これらはまだ動物モデルでの基礎研究の段階であり、人への治療薬として確立したものではありませんが、将来的に糖尿病白内障の進行を薬で抑えたり、いったん濁った水晶体を再透明化したりする研究の方向性のひとつとして紹介されていると報告されています[1]。
なお、眼科の教科書などでは、1型糖尿病の若い患者に急速に進む「真性糖尿病白内障(雪片状白内障)」と、糖尿病がある人に起こる通常の加齢性白内障(糖尿病に合併した加齢性白内障)を区別する考え方が伝統的に紹介されることがあります。ただし、この区別についての発症頻度や診断基準の詳細を、今回参照した無料で閲覧できる学会・公的機関の資料の範囲では確認できませんでした。急速に視力が落ちる白内障がとくに若い糖尿病患者に起こりうるという臨床的な注意点自体は押さえておく価値がありますが、具体的な統計値については資料が確認でき次第、本記事を更新します。
薬学系の総説でも、白内障の病型ごとの危険因子が整理されており、水晶体の後ろ側が濁る「後嚢下白内障」というタイプの危険因子として「糖尿病」が明確に挙げられていると報告されています[7]。日本白内障学会誌の総説でも、糖尿病患者に起こりやすい白内障のタイプとして、後嚢下混濁と皮質混濁の2つが指摘されています[1]。後嚢下白内障は急激かつ高度な視力低下を引き起こしやすく、短期間のうちに手術が必要になることが多いタイプです[1]。皮質混濁は周辺から進行することが多く、初期は視力そのものは落ちなくてもコントラストの低下やまぶしさ、ピントの合わせにくさを自覚することが少なくありません[1]。
糖尿病と白内障、数字で見る加齢性白内障との違い
糖尿病がある人にどのくらいの頻度で白内障が起こるのか、公表されている資料をもとに整理します。まず、薬学系の総説では糖尿病患者の約20%が白内障に罹患していると考えられており、糖尿病白内障の発症・進行のリスクは血糖値と糖尿病の罹病期間に応じて上昇すること、糖尿病患者では健常な人と比較して白内障がより早期に、かつ約5倍の高頻度で発症するとの報告が紹介されていると報告されています[6]。同じ総説では、2011年の厚生労働省「患者調査」をもとに、白内障は糖尿病網膜症を除く眼科疾患の中でもっとも患者数の多い疾患であると述べられています[6]。あわせて2011年の「国民健康・栄養調査報告」(厚生労働省)では、糖尿病が強く疑われる人および糖尿病の可能性が否定できない人を合わせると全人口の27.1%にのぼり、4人に1人が該当する計算になると紹介されています[6](いずれも2011年時点の調査で、現在の数値とは異なる可能性があります)。
米国・カリブ海地域で行われた大規模疫学調査(Barbados Eye Study、Beaver Dam Eye Studyなど)でも、糖尿病のない人に比べて糖尿病患者では有意に白内障が発症しやすく、とくに後嚢下混濁と皮質混濁が起こりやすいタイプと報告されています[1]。糖尿病の学会誌に掲載された疫学レビューでは、Barbados Eye Studyにおいて4年間の観察の結果、対象者の約22%に白内障がみられ、白内障の発症・進行にかかわる因子として年齢・性別・社会的階層・糖尿病が挙げられ、HbA1cのレベルと白内障発症の相関も強く、水晶体皮質に白内障を認めた症例の50%、後嚢下白内障を認めた症例の11%で、経過観察中の平均HbA1c値が11.5%以上であったと報告されています[2]。
糖尿病を発症した年齢によっても白内障手術に至る割合は変わります。米国のWisconsin Epidemiologic Study of Diabetic Retinopathy(WESDR)では、若年発症例996例・高齢発症例1,370例の糖尿病患者2,366人について10年間観察したところ、10年間で白内障手術に至った累積悪化率は若年発症例で8.3%、高齢発症例で24.9%であったと報告されています[2]。若年発症例では年齢が高いこと・網膜症が重症であること・蛋白尿が検出されることが白内障手術を受けた症例に多く、高齢発症例では高齢であることやインスリンを使用していることが白内障手術の必要性と関連していたと報告されています[2]。
| 比較項目 | 加齢性白内障 | 糖尿病に合併した白内障 |
|---|---|---|
| 主な機序 | 酸化ストレスによる水晶体タンパク質(クリスタリン)の変性・凝集[7] | 高血糖→アルドース還元酵素→ソルビトール蓄積→浸透圧上昇→水晶体線維の膨化・崩壊[1] |
| 進行の速さ | 数十年単位でゆっくり進行することが多い[6] | 血糖値・罹病期間に応じてリスクが上昇し、より早期に発症しやすいとの報告がある[6] |
| 起こりやすい濁りのタイプ | 皮質・核・後嚢下いずれも加齢とともに増える[6] | 後嚢下混濁・皮質混濁が起こりやすいとの報告がある[1] |
| 発症頻度の目安 | 80歳以上ではほぼ全員に発症[6] | 糖尿病のない人と比べ約5倍の頻度との報告[6] |
出典:森麻美・石井邦雄「白内障の病態および治療の現状と今後の展望」ファルマシア50巻3号217-221頁(2014)[6]/髙村佳弘「糖尿病白内障」日本白内障学会誌36巻24-30頁(2024)[1]/宮田佳樹「白内障の薬物治療」日本白内障学会誌34巻33-34頁(2022)[7]
血糖値の変動で一時的に見え方が変わるのはなぜ?よくある誤解
糖尿病と白内障のかかわりの中でも、とくに見落とされがちなのがこの現象です。「血糖値が乱れると急に見えづらくなる」「新しいメガネがすぐ合わなくなった」という経験を、糖尿病がある人からよく聞きます。これは白内障が急に進行したというより、水晶体の屈折率(光の曲がり方)そのものが一時的に変化しているために起こる現象であることが少なくありません[3]。
日本視能訓練士協会誌に掲載された調査では、糖尿病の教育入院をした98名196眼を対象に、入院時・退院時(2週間後)・退院1ヶ月後の屈折度と空腹時血糖値を測定していると報告されています[3]。その結果、196眼中84眼(42.9%)に±0.5D以上の屈折度の変動が認められ、変動を認めた84眼のうち56眼(66.7%)は退院時に遠視化する方向へ変化し、その変化は最大+2.125Dに達したと報告されています[3]。遠視化する傾向は、入院時の血糖値が高く、しかも入院中の血糖の低下幅が大きい患者に、統計的に有意に多く認められました(P<0.01)[3]。
この現象の仕組みについて、同論文は「高血糖時にグルコースが代謝される過程で水晶体内に多量のソルビトールの蓄積をもたらし、浸透圧の変化が起こり、水晶体繊維の膨化をきたし、屈折率が変化する」と説明しています[3]。つまり、糖尿病白内障そのものを引き起こすのと同じソルビトールの蓄積・浸透圧変化という仕組みが、白内障になるほど進行する前の段階でも、水晶体の屈折力を一時的に変えるかたちで表れていると研究者は考察しています[1][3]。
同調査では、血糖コントロール後も約1ヶ月間は屈折の変動を示す例がほとんどであったとされ、著者らは血糖調整中の患者に新しいメガネを処方する際には屈折度の変動を念頭に置き、血糖値が安定するまで少なくとも1ヶ月間はメガネの処方を控えたほうがよいと考察しています[3]。同時に、患者に対しては血糖値の変化によって一時的な屈折変化が起こりうることを説明し、不安を取り除くことが必要だとも述べられています[3]。この論文は1993年発表のもので比較的古い報告ですが、水晶体のソルビトール蓄積という基本的な機序自体は、その後の糖尿病白内障研究でも変わらず支持されています[1]。
同調査ではさらに、年齢(36〜80歳、平均58.0歳)・糖尿病の罹病期間(1ヶ月〜35年、平均7年8ヶ月)・治療方法(食事療法・経口血糖降下薬・インスリン療法)・糖尿病網膜症の有無(対象全体の43.9%に網膜症あり)と、この屈折変動との関係も調べていますが、いずれも屈折変動との明確な関連は認められなかったと報告されています[3]。つまり、この一時的な屈折変化は、年齢や糖尿病の重症度そのものよりも、その時点での血糖値の急激な変動幅と関係している可能性がある現象だと言えます[3]。
なお、高血糖時にどちら向き(近視寄りか遠視寄りか)に屈折が変化するかについては、文献によって見解が分かれています。この論文が引用する過去の報告では、高血糖に伴う近視化(いわゆる「diabetic myopia」)が一般的な傾向として紹介される一方、逆に遠視化を示した報告も複数あり、この論文自体の調査でも入院時(高血糖時)に近視寄りだったものが血糖改善後に遠視化する方向への変化が66.7%と多数を占めたと報告されています[3]。屈折変動の原因としては、角膜形状の変化・前房深度・水晶体の位置異常・水晶体屈折率の変化・網膜の浮腫などが一般的に考えられていますが、多くは水晶体の屈折率の変化を主な原因としているとされ、この変化がなぜ近視化・遠視化のどちらに向かうかは、今なお不明な点が多いと報告されています[3]。
ここで大切なのは、「血糖の変動による一時的な見え方の変化」と「網膜症による視力低下」「白内障そのものの進行」は別のものだという点です。一時的な屈折変化は血糖が安定すれば自然に戻っていくことが多い一方、網膜症による視力低下や、いったん進行した白内障は自然には戻りません[3]。見え方の変化が血糖のせいなのか、それとも別の眼の病気が隠れているのかは、自己判断せず眼科で確認することが必要です。
すぐに眼科を受診したほうがよいサイン
- 飛蚊症(視界に糸くずや虫のようなものが飛んで見える)が急に増えた[4]
- 視野の一部が欠ける、カーテンがかかったように見える部分がある[4]
- 片目だけ急に視力が落ちた、ものが二重に見える
- 網膜症や黄斑浮腫の検査を1年以上受けていない[4]
- 白内障手術後に、目の痛み・充血・かすみが急に強くなった(感染や炎症の可能性)
視力低下などの自覚症状は、網膜症がかなり重症になるまで出てこないことが多いとされ、自覚症状がなくても年に1回は眼科で網膜症の検査を受けることが推奨されていると報告されています[4]。
なぜ危険?糖尿病があると白内障が「網膜症を隠す」問題
糖尿病網膜症は、眼の中で光を感じる網膜の血管が高血糖によって傷むことで起こる合併症です。国立健康危機管理研究機構 糖尿病研究センターの解説によれば、糖尿病網膜症は日本における失明原因の第3位とされています(1位は緑内障)[4]。日本糖尿病学会の一般向け解説でも、成人になってからの失明原因の第3位は糖尿病であると説明されており、進行すると眼底出血や網膜剥離により失明することもあると報告されています[5]。
日本では、糖尿病網膜症の重症度を分類する方法として「改変Davis分類」がよく使われ、単純網膜症・増殖前網膜症・増殖網膜症の3段階に分けられます[4]。これとは別に、網膜の中心部(黄斑)にむくみが起こる糖尿病黄斑浮腫は、網膜症のどの段階でも起こりうるとされ、網膜症そのものの重症度にかかわらず視力低下の原因になるとの調査結果があります[4]。
ここで白内障が問題になるのは、水晶体が濁ることで、眼底検査(網膜を観察する検査)そのものが難しくなるからです。日本白内障学会誌の総説では、糖尿病患者の白内障術後において特有の問題のひとつとして、白内障術後の糖尿病網膜症の進行が挙げられていると報告されています[1]。術後に糖尿病網膜症が進行するという報告がある一方で、自然経過と差がないため手術とは関係ないとする報告もあり、この違いは眼底写真の所見に対する主観的な評価に基づいている部分が大きいとする研究報告があります[1]。糖尿病がある人において、白内障手術後に中心網膜厚が増加する、すなわち糖尿病黄斑浮腫が悪化することを示した報告もあり、特に手術前からすでに黄斑浮腫があった症例で悪化が起こりやすかったと報告されています[1]。糖尿病のない患者でも白内障手術後に黄斑浮腫が出現することが知られており、糖尿病患者ではこれが術後に発症したり進行したりすることがあるとの指摘もあります[8]。
さらに、糖尿病患者への白内障手術後には前嚢収縮(水晶体の袋の一部が縮む現象)が高度に起こることが知られており、術後にフレア値(炎症の指標)が高くなりやすい、すでに糖尿病網膜症がある症例でとくに高度に起こると報告されています[1]。前嚢収縮が強いと周辺網膜の観察やレーザー光凝固治療に支障をきたすため、術後の炎症管理をしっかり行うことが前嚢収縮の予防につながるとする研究報告があります[1]。
このように、白内障が進んで水晶体が濁ってしまうと、(1)その奥にある網膜症の状態を正確に評価しづらくなる、(2)手術そのものが網膜症や黄斑浮腫に影響しうる、という2つの意味で、糖尿病がある人の白内障は「白内障だけの問題」では済みません。だからこそ、白内障手術を検討する段階で、可能な範囲で網膜症・黄斑浮腫の状態を確認しておくことが重要だと、複数の眼科の総説で共通して指摘されています[1][8]。具体的にどの程度まで血糖コントロール(HbA1cの数値など)を整えてから手術に臨むべきかという個別の基準値については、今回参照した無料で閲覧できる資料の範囲では確認できませんでした。学会発行の有料ガイドライン(糖尿病診療ガイドライン等)に詳細な基準が示されている可能性があるため、時期の判断は必ず主治医・眼科医と相談してください。
糖尿病網膜症の重症度と治療の選択肢
白内障の話に入る前に、そもそも糖尿病網膜症がどのように進み、どう治療されるのかを押さえておくと、「なぜ白内障の前に網膜症を確認するのか」が理解しやすくなります。まず糖尿病のために網膜の毛細血管が閉塞し始め、この範囲が広がると血流がまったくない「無血管野」ができます[8]。血流不足で低酸素状態になった網膜からは血管内皮増殖因子(VEGF)が産生され、これが網膜血管に働きかけて血液網膜関門を障害し、網膜のむくみや滲出性の剥離を引き起こすと報告されています[8]。さらに進行すると、VEGFの作用で血管増殖組織ができ、これが牽引性の網膜剥離や硝子体出血を招き、より進行すると虹彩にも新生血管を生じて血管新生緑内障を発症し、失明に至ることがあると報告されています[8]。
単純網膜症の段階では、網膜血管の透過性が高まることで生じる網膜のむくみや滲出性剥離が、ものを見る中心である黄斑部に集中して起こる「糖尿病性黄斑症」が問題になるとされ、レーザー治療などで増殖性病変への進行を食い止めれば失明には至らず、周辺視野が保たれるため日常生活は可能と報告されています[8]。増殖網膜症まで進むと、網膜血管からの繊維血管増殖組織が網膜と硝子体の境界面に沿って伸び、増殖組織や硝子体の収縮・牽引によって硝子体出血や牽引性網膜剥離を生じ、視力低下をきたすと報告されています[8]。血管新生緑内障の段階は、新生血管からの滲出や解剖学的な隅角の閉塞で眼圧が上昇する、もっとも進行した状態とされ、短期間で失明に至ることがあると報告されています[8]。
治療の原則は、この血管増殖因子(VEGF)の産生や作用を抑えることとされ、実際の治療としては網膜光凝固(レーザー治療)で新生血管の発生を予防したり、すでにできた新生血管を固めたりする方法、硝子体出血や網膜剥離がある場合の硝子体手術、糖尿病黄斑浮腫に保険適用のあるステロイドや抗VEGF抗体を硝子体に注入する治療法などが行われていると報告されています[4][8]。血管新生緑内障まで進んだ場合は、房水の産生を抑える毛様体破壊術や、人工的な房水流出路を作るバイパス手術、角膜・水晶体・硝子体が透明で網膜剥離がなければ汎網膜光凝固のみで新生血管を退縮させる方法などが選択肢になると報告されています[8]。
| 網膜症の段階 | 網膜で起きていること | 主な治療の選択肢 |
|---|---|---|
| 単純網膜症 | 毛細血管がもろくなり、瘤・出血・むくみが生じる。黄斑部に及ぶと糖尿病性黄斑症に[4][8] | 血糖・血圧コントロール。黄斑症にはレーザー治療や抗VEGF薬[8] |
| 増殖前網膜症 | 毛細血管が閉塞し無血管野が拡大。近くの血管が拡張・蛇行[4] | 網膜光凝固(レーザー治療)の適応を検討[4] |
| 増殖網膜症 | 新生血管ができ、硝子体出血や牽引性網膜剥離を起こしうる[4][8] | 汎網膜光凝固、硝子体手術[4][8] |
| 血管新生緑内障 | 虹彩に新生血管、眼圧が上昇し短期間で失明に至ることも[8] | 毛様体破壊術、バイパス手術、汎網膜光凝固など[8] |
出典:国立健康危機管理研究機構 糖尿病研究センター「網膜症」[4]/大島健司「眼科治療の進歩と成績」糖尿病47巻10号784-785頁(2004)[8]
白内障が問題になるのはまさにこの段階分類のためです。水晶体が濁って眼底が見えにくくなると、今どの段階にいるのか、レーザー治療の適応があるのかどうかを眼科医が正確に判断しづらくなります。白内障手術を検討するタイミングで網膜症の段階を確認しておくことは、白内障そのものの治療だけでなく、網膜症の管理という意味でも重要だと研究者は考察しています[1]。
糖尿病がある人の白内障手術、他に何が違う?
糖尿病があるからといって白内障手術そのものが受けられないわけではありません。むしろ、水晶体が濁ったまま網膜症の経過観察が難しくなる状態を放置するより、適切なタイミングで手術を行うことが勧められる場合があります。ここでは、糖尿病がない人の白内障手術と比べて、糖尿病がある人で特に注意されているポイントを整理します。
| 項目 | 糖尿病がない場合 | 糖尿病がある場合に注意されている点 |
|---|---|---|
| 術前の眼底評価 | 通常の眼底検査 | 白内障の濁りで見えにくい網膜症・黄斑浮腫の状態を、できる範囲で事前に確認[1] |
| 術後の黄斑浮腫 | まれに起こることが知られている[8] | 術前から黄斑浮腫があった症例で特に悪化しやすいとの報告[1] |
| 前嚢収縮 | 通常は目立ちにくい | 糖尿病網膜症がある症例で高度に起こりやすいとの報告がある[1] |
| 感染症全般への注意 | 通常の創部管理 | 糖尿病では感染症にかかりやすく治りにくいことが一般に知られており[5]、より注意深い経過観察が行われることがある |
出典:髙村佳弘「糖尿病白内障」日本白内障学会誌36巻24-30頁(2024)[1]/大島健司「眼科治療の進歩と成績」糖尿病47巻10号784-785頁(2004)[8]/日本糖尿病学会「一般の方へ:糖尿病合併症について」[5]
白内障手術後に眼内炎(眼の中の感染)が起こりやすくなる度合いについて、糖尿病の有無で具体的に何倍違うかという数字は、今回参照した資料の範囲では見当たりませんでした。日本糖尿病学会の解説では、糖尿病の慢性合併症として「かかりやすく治りにくい感染症」が一般的に挙げられていますが[5]、これは白内障手術に限った数値ではありません。手術後の傷の治り方や感染管理について気になる場合は、担当の眼科医に個別に確認することをおすすめします。
手術のタイミングについても、糖尿病がない人であれば「日常生活に不便を感じ始めたら検討する」という比較的自由な判断でよい場合が多いのに対し、糖尿病がある人では事情が少し異なります。すでに述べたとおり、水晶体が濁ると網膜症の評価そのものが難しくなるため、視力の不便さだけでなく、網膜症の管理という観点からも手術のタイミングが検討されることがあるとの報告があります[1]。特に、後嚢下白内障のように急激に進行するタイプは、視力低下だけでなく網膜観察の妨げになる速度も速いため、比較的早めに手術が検討されることが多いと報告されています[1]。逆に増殖網膜症やすでに黄斑浮腫がある症例では、手術による網膜症の悪化リスクをふまえ、可能な範囲でレーザー治療や抗VEGF治療によって網膜側を安定させてから手術に臨む、という判断がなされることもあるとの報告があります[1][8]。いずれにしても、糖尿病がある人の白内障手術のタイミングは、視力そのものだけでなく網膜の状態も含めて眼科医が総合的に判断するものであり、「見えにくくなったら自分で決める」だけでは足りない場合がある、という点を押さえておくとよいでしょう。
受診の目安 ― どのくらいの頻度で眼科に通えばよいか
国立健康危機管理研究機構 糖尿病研究センターの解説では、糖尿病の患者は、目の見え方が正常だと思っていても、1年に1回は眼科を受診して網膜症の検査を受けることが推奨されると報告されています[4]。日本糖尿病学会の解説でも、視力低下を防ぐためには早期発見と治療が大切であり、少なくとも年1回、場合によってはより頻回に眼科を受診し、網膜症の程度を検査することが勧められていると報告されています[5]。
眼科と内科(糖尿病の主治医)が別々の医療機関である場合、情報共有のために「糖尿病眼手帳」(日本糖尿病眼学会が作成)や「糖尿病連携手帳」を使うと便利だと報告されています[4]。眼科では、屈折検査(視力検査)・眼圧測定・細隙灯顕微鏡検査・眼底検査(直像鏡・倒像鏡・眼底撮影・蛍光眼底造影)・光干渉断層計(OCT)などが行われ、網膜症や黄斑浮腫の診断に用いられます[4]。
血糖コントロールについては、血糖値が悪い人ほど網膜症の発症・重症化が多いと言われる一方、急激に血糖を下げると一時的に糖尿病網膜症が悪化する可能性があるとも指摘されており、すでに網膜症がある場合は注意が必要と報告されています[4]。血圧コントロールも網膜症の発症・重症化に関わり、ACE阻害薬やARBといった降圧薬は網膜症の発症を抑える効果が高いとの報告があります[4]。日本の多施設研究であるJapan Diabetes Complications Study(JDCS)では、観察開始後1年で網膜症の新規発症が5〜6%、網膜症の増悪が1〜2%にみられ、網膜症の発症に関与する因子としてHbA1c値・糖尿病罹病期間・収縮期血圧が挙げられていると報告されています[2]。
網膜症・白内障の発症を防ぐために、生活の中でできること
糖尿病白内障も糖尿病網膜症も、根っこにあるのは高血糖の持続です。そのため、予防・重症化予防の基本的な考え方は共通しています。国立健康危機管理研究機構 糖尿病研究センターの解説では、網膜症の発症予防・重症化予防にかかわる要素として、次の5つが整理されていると報告されています[4]。
第一に、糖尿病そのものの発症予防です。糖尿病にならなければ網膜症にもならず、糖尿病になってからの期間が長いほど網膜症になりやすいとされ、同じ年齢の患者でも診断が早かった人ほど網膜症のリスクは高くなると報告されています[4]。第二に血糖コントロールで、血糖コントロールが悪い人ほど網膜症の発症・重症化が多いとされる一方、血糖を積極的に下げる介入を行ったグループのほうが緩やかな血糖コントロールのグループより網膜症の発症率が低いという臨床研究の結果も紹介されていると報告されています[4]。ただし、急激に血糖を下げると一時的に網膜症が悪化する可能性があるとも言われており、すでに網膜症がある場合は主治医と相談しながら進めることが必要と報告されています[4]。
第三に血圧コントロールです。高血圧そのものが網膜に病変を起こすことがあるほか、高血圧は糖尿病網膜症を悪化させるとも言われており、適切な降圧は網膜症の新しい発症と重症化の予防につながると報告されています[4]。第四に糖尿病腎症の発症予防で、腎症で起こる微量アルブミン尿も網膜症を進行させる因子と考えられており、血糖・血圧コントロール(特にACE阻害薬・ARBの使用)で予防・改善が可能と報告されています[4]。第五に脂質代謝異常の治療で、中性脂肪を下げるフィブラート系の薬に網膜症の重症化を抑える効果があるとする複数の臨床試験が紹介されていると報告されています[4]。
これらはいずれも網膜症を念頭に置いた整理ですが、糖尿病白内障の主原因である高血糖そのものを抑えるという意味では、白内障の発症・進行の抑制にも重なる部分が大きいと研究者は考察しています[1]。どの治療をどこまで行うかは、年齢や低血糖が起きるリスクなど個々の事情によって変わるため、本人と主治医がよく相談して決める必要があると報告されています[4]。
海外の疫学調査と日本のデータを比べると
糖尿病と白内障の関係について、実は「糖尿病患者の白内障手術到達率」のような大規模な住民調査は、米国やカリブ海地域では古くから行われている一方、日本国内で同じ形式の大規模調査を行った報告は、今回参照した資料の範囲では見当たりませんでした。この違いそのものが、日本の患者さんが知っておくとよいポイントです。
米国のWESDR(Wisconsin Epidemiologic Study of Diabetic Retinopathy)やカリブ海のBarbados Eye Studyは、数千人規模の住民を対象に、糖尿病の発症年齢別・HbA1cレベル別に白内障の発症率や手術到達率を長期間追跡した調査です[2]。これに対して日本では、糖尿病の合併症を長期追跡する代表的な多施設研究であるJapan Diabetes Complications Study(JDCS)が、主に網膜症・腎症・神経障害・大血管障害を対象にしており、白内障そのものの手術到達率を主要な指標としては扱っていないと報告されています[2]。日本国内の白内障の疫学は、患者調査や国民健康・栄養調査といった全国調査のデータをもとに間接的に語られることが多く、糖尿病患者に絞った白内障の大規模住民追跡データは、米国のWESDRのような形では確認できませんでした[6]。
| 調査 | 国・地域 | 対象規模・期間 | わかったこと |
|---|---|---|---|
| WESDR | 米国(ウィスコンシン州) | 糖尿病患者2,366人、10年間追跡 | 白内障手術到達率は若年発症例8.3%、高齢発症例24.9%[2] |
| Barbados Eye Study | カリブ海・バルバドス | 3,193人、4年間追跡 | 約22%に白内障。HbA1c高値の症例で白内障が多い[2] |
| JDCS | 日本 | 2型糖尿病患者2,205人、8年目時点 | 網膜症の新規発症は年5〜6%、増悪は年1〜2%(白内障は主要指標に含まれず)[2] |
| 患者調査・国民健康栄養調査 | 日本(厚生労働省、2011年) | 全国調査 | 白内障は糖尿病網膜症を除く眼科疾患で最多。糖尿病が強く疑われる人は全人口の27.1%[6] |
出典:山本禎子・川崎良・山下英俊「糖尿病眼合併症の疫学―白内障,緑内障を含む―」糖尿病47巻10号777-780頁(2004)[2]/森麻美・石井邦雄「白内障の病態および治療の現状と今後の展望」ファルマシア50巻3号217-221頁(2014)[6]
この差から言えるのは、「糖尿病と白内障」という大枠の関係は海外の大規模調査で繰り返し確認されている一方、日本人の糖尿病患者にそのままの倍率(約5倍など)が当てはまるかどうかを直接確認した大規模な国内データは、少なくとも今回のリサーチでは見つからなかったということです。海外データをそのまま日本人に当てはめてよいかどうかは慎重に考える必要があり、この点は今後の日本国内の疫学研究が待たれる部分だと言えます。
| 適用時期 | 年収の目安 | 計算式 | 100万円の場合 |
|---|---|---|---|
| ~2026年7月診療分 現行 | 年収約370万~770万円(区分ウ) | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% | 87,430円 |
| 2026年8月診療分から 見直し後(第1段階) | 年収約370万~770万円(区分ウ) | 85,800円+1%(PDF原文の表記) | 約92,940円<br><small>(編集部試算)</small> |
| + 年間上限 53万円(新設) | |||
※「100万円の場合」の金額のうち、現行(~2026年7月)欄は出典PDFに記載の計算例そのものです。2026年8月欄について、出典PDFに印字されているのは「85,800+1%」という表記のみです。1%を乗じる基準額(現行の267,000円に相当する部分)と、100万円の場合の約92,940円は、PDFに印字されておらず、現行制度と同じ計算方法にもとづくJHO編集部試算です。正確な金額は加入されている健康保険組合等にご確認ください。
※ 制度は改定されることがあります。受診・手術の時期によって自己負担額が変わるため、最新の情報は
厚生労働省の高額療養費制度ページで必ずご確認ください。
出典:厚生労働省「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」(令和7年12月16日) (PDF)
|JHO確認日:2026-07-16
眼科・内科の受診時に持っていくと役立つメモ
- いつから見え方の変化に気づいたか(急にか、徐々にか)
- 直近3〜6ヶ月のHbA1c・血糖値の推移(お薬手帳や検査結果があれば持参)
- ここ1年で眼底検査(網膜症の検査)を受けたかどうか、受けた病院名
- 糖尿病眼手帳・糖尿病連携手帳を持っていれば一緒に持参する[4]
- 今使っている糖尿病の薬(インスリンを含む)と、直近で血糖を大きく下げる治療変更があったか
- 白内障手術を勧められた場合、網膜症・黄斑浮腫の有無を確認してもらえたか、主治医(内科)にも伝えたか
糖尿病と白内障の関係のうち、白内障手術の前に望ましいHbA1cの具体的な目標値や、手術までにどのくらいの期間、血糖・網膜症の状態を安定させるべきかという明確な数値基準については、今回参照した無料で閲覧できる資料の範囲では記載が見当たりませんでした。この点は学会発行の有料ガイドライン等でより詳しく定められている可能性があり、患者ごとの網膜症の重症度によっても判断が変わるため、必ず担当の眼科医・糖尿病専門医と相談して決めてください。
よくある質問
糖尿病があると、白内障手術後にメガネがすぐ合わなくなりますか?
糖尿病があると白内障手術後に感染しやすいのですか?
目薬で糖尿病白内障を予防したり、進行を遅らせたりできますか?
参考文献
- 髙村佳弘「糖尿病白内障」日本白内障学会誌 36巻1号 24-30頁(2024) https://www.jstage.jst.go.jp/article/cataract/36/1/36_36-006/_pdf/-char/ja
- 山本禎子・川崎良・山下英俊「糖尿病眼合併症の疫学―白内障,緑内障を含む―」糖尿病 47巻10号 777-780頁(2004) https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo1958/47/10/47_10_777/_pdf/-char/ja
- 今井マユミ・三浦永理・矢部智紗・陳志堂・鴨下泉「糖尿病患者における血糖調整時の屈折度変化について」日本視能訓練士協会誌 21巻 74-78頁(1993) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jorthoptic1977/21/0/21_0_74/_pdf/-char/ja
- 国立健康危機管理研究機構 糖尿病研究センター(糖尿病情報センター)「網膜症」 https://dmic.jihs.go.jp/general/about-dm/060/050/01.html
- 日本糖尿病学会「一般の方へ:糖尿病合併症について」 https://www.jds.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=3
- 森麻美・石井邦雄「白内障の病態および治療の現状と今後の展望」ファルマシア 50巻3号 217-221頁(2014) https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/50/3/50_217/_pdf/-char/ja
- 宮田佳樹「白内障の薬物治療」日本白内障学会誌 34巻 33-34頁(2022) https://www.jstage.jst.go.jp/article/cataract/34/1/34_34-005/_pdf/-char/ja
- 大島健司「眼科治療の進歩と成績」糖尿病 47巻10号 784-785頁(2004) https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo1958/47/10/47_10_784/_pdf/-char/ja
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更新日:2026年7月21日。内容に誤りや古い情報にお気づきの際はご連絡ください。
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