はじめに
糖尿病は、体内で血糖値を適切にコントロールできない状態が続く慢性的な疾患です。適切な治療や生活習慣の管理を怠ると、時間の経過とともにさまざまな合併症を引き起こす可能性があります。その中には、ゆっくりと進行していく慢性的な合併症だけでなく、急速に症状が悪化して生命の危険をもたらす「急性合併症」も含まれます。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
多くの場合、糖尿病と診断されて年数が経ってから合併症が起こるイメージがあるかもしれません。しかし、実際には診断から数時間や数日といった比較的短い期間で重篤な合併症が生じることもあります。この記事では、そうした糖尿病の急性合併症を中心に、どのような仕組みで発生するのか、どのような症状が現れるのか、そして予防のために何をすればよいかを詳しく解説します。
近年では、糖尿病に関する医療水準の向上や、患者をサポートするさまざまなアプリケーション、デバイス(連続血糖測定器など)が普及しており、早期発見や合併症の予防が従来よりも進めやすい環境になっています。ただし、そうした新しい技術を取り入れたとしても、基本となる生活習慣の管理や定期的な血糖値測定、そして医療機関でのチェックを怠ってしまうと、急性合併症のリスクは依然として高いままです。糖尿病を抱える方々が安心して暮らすためには、日頃からの適切な管理が非常に重要です。
本記事では、急性合併症の代表例である低血糖症(ハイポグリセミア)、糖尿病ケトアシドーシス(DKA)、そして高血糖高浸透圧状態(HHS)の3つを中心に、原因、症状、対策を詳しく紹介します。また、定期的な医療機関でのケアや血糖値の自己管理を持続的に行うことで、それらの合併症をいかに未然に防ぐかについても説明します。
さらに近年の研究成果も交えながら、糖尿病管理の最新事情について考えてみたいと思います。世界的に見ても糖尿病の患者数は増加傾向にあり、日本国内でも食生活や生活習慣の変化によって、糖尿病患者は年々増えています。実際、国際糖尿病連合が発表したデータ(Saeediら 2021)によれば、世界各国で糖尿病の有病率が上昇し、今後もさらに増加が予想されています。日本においては高齢化も相まって糖尿病人口が拡大しているため、より一層の予防と管理が求められています。
専門家への相談
本記事の内容は、糖尿病治療の専門家による一般的な医学知識と、各種学術文献からの情報をもとにまとめています。なお、文中で言及している専門家としてはThạc sĩ – Dược sĩ – Giảng viên Lê Thị Maiが挙げられます。薬学と教育の両面で経験を有し、糖尿病領域の指導にも携わっている方です。ただし、本記事は個別の診断や治療を目的としたものではありません。糖尿病は個々人の体質や持病、ライフスタイルなどによって適切な治療・管理法が変わりますので、具体的な治療方針を決定する際には必ず主治医や専門家にご相談ください。
糖尿病の急性合併症とは何か
糖尿病における合併症は、大きく慢性合併症と急性合併症に分けられます。慢性合併症には、網膜症や腎症、神経障害、心血管疾患などがあり、基本的には長期間にわたり血糖値のコントロールが不良な場合に進行していくものです。一方、急性合併症は数時間から数日の間に急速に状態が悪化し、場合によっては生命を脅かす危険性がある合併症を指します。ここでは、代表的な急性合併症として以下の3つを取り上げます。
- 低血糖症(ハイポグリセミア)
- 糖尿病ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis: DKA)
- 高血糖高浸透圧状態(hyperosmolar hyperglycemic state: HHS)
以下では、それぞれの特徴、症状、原因といった詳細について説明しながら、予防のポイントを丁寧に解説します。
なお、連続血糖測定(continuous glucose monitoring: CGM)の普及によって、これらの急性合併症を早期に発見しやすくなったという報告があります。例えば、あるメタアナリシス研究(Zhangら 2022, Diabetes Care)では、持続的な血糖値モニタリングを行った群は、従来の自己血糖測定のみを行った群に比べて、急性合併症の頻度が低下したことが示唆されています。ただし、CGMを導入したからといって絶対に合併症を防げるわけではなく、生活習慣の管理や薬物治療の遵守といった要素も不可欠です。
低血糖症(ハイポグリセミア)
低血糖症が起こる仕組みと特徴
低血糖症とは、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が異常に低下し、おおむね70 mg/dL(約3.9 mmol/L)以下となってしまう状態を指します。脳のエネルギー源であるブドウ糖が不足すると、神経系を中心にさまざまな症状が急速に現れます。低血糖症は糖尿病治療において比較的起こりやすい合併症の一つであり、経口薬やインスリンを使用している方は特に注意が必要です。
主な症状
低血糖症が引き起こす症状は、交感神経が活発化することにより生じる自律神経症状と、脳へのグルコース供給不足による中枢神経症状に大別されます。具体的には以下のような症状があります。
- 自律神経症状: 発汗、冷や汗、手足の震え、動悸、顔面蒼白、強い不安感など
- 中枢神経症状: 頭痛、めまい、集中力の低下、もうろう感、視界のぼやけ、極度の疲労感など
さらに重症化すると、意識障害や昏睡状態に陥ることもあるため、こうした初期のサインを見逃さないことが重要です。
原因
低血糖症は、主に以下のような要因によって引き起こされます。
- インスリンや経口血糖降下薬の過剰投与
たとえば、医師から処方された量以上にインスリンを注射してしまった、あるいは内服薬の飲み方を誤ったなど。 - 食事量の不足や食事タイミングの遅れ
血糖を維持するための栄養が不足し、薬剤が効きすぎてしまう場合。 - 激しい運動や長時間の運動
運動時に多くのエネルギーが消費されるが、適切な糖質補給が行われないと低血糖を起こすリスクが高まる。 - アルコール過剰摂取
アルコールは肝臓の糖新生を阻害するため、低血糖を誘発しやすい。
対策と予防
低血糖症を回避するためには、下記のポイントを日常的に意識することが求められます。
- 定期的な血糖測定
食前・食後、運動前・後、就寝前など、自分の血糖値の変動パターンを把握し、症状の兆候に気づきやすくする。 - 食事・薬剤の調整
医師や管理栄養士の指導に基づき、食事内容や薬の量・タイミングを適切に管理する。 - 緊急時の対処法を事前に知っておく
飴やジュースなど、すぐ摂取できる糖質を携帯し、低血糖の初期症状を感じたら迅速に摂取する。 - アルコールの摂取を控える
アルコールの過剰摂取は低血糖を招きやすい。飲酒する場合は適量を守るか、できるだけ避ける。
実際に急性低血糖症で緊急搬送されるケースは珍しくなく、特に独居の高齢者や自分で血糖測定をする機会が限られる人は、周囲への協力・理解を得ることも大切です。
糖尿病ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis: DKA)
発生メカニズム
糖尿病ケトアシドーシス(以下、DKA)は、主に1型糖尿病の患者で見られる重篤な合併症です。インスリンが極端に不足すると、身体はエネルギー源として脂肪を急速に分解しはじめ、ケトン体と呼ばれる酸性物質が血中に蓄積します。この状態が進行すると血液が酸性化(アシドーシス)し、危険な症状を引き起こします。
症状
DKAは、発症から24時間以内に急速に進行することが多く、以下のような症状が現れます。
- 強い喉の渇きと頻尿
血糖が高い状態が続くと、身体は余分なブドウ糖を尿と一緒に排出しようとするため、頻繁に排尿し水分不足になりやすい。 - 吐き気や嘔吐、腹痛
血液が酸性になり、胃腸の働きにも影響が出る。 - 極度の疲労感・脱力感
エネルギー源を利用できず、体力が消耗する。 - 意識障害・混乱
ケトン体の上昇により、脳機能にも悪影響を与える。
インスリン注射の打ち忘れや自己判断による減量、あるいは感染症などが誘因となって急にDKAを発症する例も少なくありません。
予防策
- 適切なインスリン投与
医師が指示した量のインスリンを自己判断で減らさず、正確に実施する。 - 定期的な血糖自己測定とケトン体測定
高血糖が続くようであれば、血中または尿中のケトン体も測定し、異常値が出たら速やかに医療機関に連絡する。 - 感染症への対策
風邪やインフルエンザなどの感染症はDKAを誘発しやすい。予防接種や手洗い・うがいを徹底し、感染症にかかった場合は早めに受診する。 - ストレス管理
ストレスによってホルモンバランスが乱れ血糖値が上昇することがある。適度な休息やリラクセーションを取り入れることも大切。
DKAは重篤化すると入院治療が必要になり、最悪の場合、生命に関わります。体調の変化が大きいと感じた場合は、ためらわず医師に相談してください。
高血糖高浸透圧状態(hyperosmolar hyperglycemic state: HHS)
HHSとは何か
高血糖高浸透圧状態(HHS)は、特に2型糖尿病の患者に多くみられる急性合併症で、血糖値が極端に高くなる(しばしば600 mg/dLを超える)一方で、ケトン体の増加はそれほど顕著ではありません。ただし、深刻な脱水と血液の浸透圧上昇が起こり、意識障害を含む重篤な症状につながります。
症状
- 激しい口渇と多飲
極端な高血糖が続くことで体内の水分が不足し、喉の渇きが強く感じられる。 - 排尿回数の増加
過剰なブドウ糖が尿として排出され、水分も同時に失われる。 - 皮膚の乾燥、発熱
体内の水分が奪われ、皮膚の乾燥や軽度の発熱が現れることがある。 - 倦怠感、意識障害
脳への血流や栄養供給が十分に行われなくなり、混乱や極度の疲労が生じる。 - 幻覚や視覚障害
深刻な高血糖状態が続くと、神経系に影響を及ぼす場合がある。
原因
インスリン抵抗性が高く、血糖コントロールが難しい2型糖尿病の患者においては、ちょっとした体調不良や脱水状態によって血糖値が乱高下しやすく、結果としてHHSが発症しやすいとされています。また感染症や薬の影響による脱水、あるいは高齢者で水分補給が不十分な場合にもHHSのリスクが高まります。
予防策
- こまめな水分補給
のどが渇く前に少量ずつ水分をとり、脱水を防ぐ。 - 定期的な血糖測定
血糖値が大きく上下しないか注意し、異常を感じたら早めに受診する。 - 感染症への対策
HHSを誘発する一因として感染症が多く報告されているため、季節性のインフルエンザや肺炎球菌ワクチンの接種を検討する。 - 薬物療法の遵守
処方された経口薬やインスリンを正しい時間と量で用いる。自己判断で中断するとリスクが高まる。
HHSは、特徴的な症状(極端な喉の渇き、重度の脱水、意識障害など)が現れた頃には既に重篤化している可能性が高いため、日ごろの血糖値管理と水分補給が重要です。
急性合併症を防ぐための日常管理
上記のいずれの急性合併症(低血糖、DKA、HHS)も、日常的な血糖コントロールを安定させることで大部分が予防可能とされています。具体的なポイントとしては、以下のような点が挙げられます。
- 定期的な健康診断と専門医との連携
糖尿病治療を継続している人は、少なくとも数か月に一度は医療機関を受診し、血糖値やHbA1c、血圧、脂質プロファイルなどをチェックしてもらう。もし数値に異常が出たら、早めに治療方針を再検討する。 - 食事療法の徹底
食事のバランスはもちろん、カロリーの過多や炭水化物の急激な摂取を避ける。医師や管理栄養士による栄養指導を継続的に受け、食習慣を改善する。 - 適度な運動習慣
ウォーキング、水泳、軽いストレッチなど、無理のない運動を継続することでインスリン感受性を高める。ただし運動量が過剰になると低血糖を招くリスクがあるため、医師と相談しながら運動計画を立てることが望ましい。 - 喫煙習慣の改善
喫煙は血管を収縮させ、心血管リスクを高めるだけでなく、合併症を悪化させる原因にもなるため、禁煙が推奨される。 - 心理的ストレスへの対処
ストレスが高まると血糖値が上昇することが多い。カウンセリングやリラクセーション法、適度な趣味の活動など、自分なりのストレス対策を見つける。
最新の研究動向と日本国内での意義
世界的な研究に目を向けると、新薬や新しい血糖測定技術の登場により、糖尿病の管理はますます進化しつつあります。先述したようにCGMの普及はもちろん、アプリを用いたリモート管理や、人工膵臓(インスリンポンプとCGMの連動システム)の実用化も進んでいます。これらの進歩により、急性合併症のリスクを下げることが期待されています。
一方で、糖尿病管理の基本はあくまでも「血糖コントロールを適切に行うこと」と「生活習慣を整えること」にあり、テクノロジーはあくまでサポートとしての位置付けです。実際、スマートフォンやウェアラブルデバイスを使って血糖値や食事内容を記録し、クラウド上で医療者とデータを共有する取り組みが広がりつつあります。2023年に行われたあるランダム化比較試験(Hanら 2023, The Lancet Digital Health)では、中国の複数施設における2型糖尿病患者を対象としたスマートフォンアプリ連動型の遠隔管理モデルが、従来型の外来通院モデルよりも血糖コントロールおよび入院率の面で有意に優れていたと報告されています。これは糖尿病が増加する日本においても、大きな示唆を与える研究結果といえるでしょう。
高齢化社会の日本では、生活習慣病としての糖尿病や、その合併症による医療費負担が深刻化しています。急性合併症を防ぐための早期介入や生活改善支援ができれば、高齢の糖尿病患者が自立した生活を送る可能性を高め、医療費の削減にもつながると期待されます。
推奨される対策と心がけ
以下に、糖尿病の急性合併症を防ぎ、健康的な日常生活を維持するうえで特に重要な点をまとめます。いずれも日常的な工夫であり、続けることが大切です。
- 血糖値と体調のこまめなモニタリング
自宅でも簡単に血糖測定ができる機器を活用し、数値の変動に注意を払う。必要に応じて医師に連絡を取り、アドバイスを受ける。 - 適切な食事計画
野菜、たんぱく質、炭水化物のバランスを考慮しながら食事を組み立てる。塩分や脂質の摂りすぎにも注意。 - 定期的な運動
全身の血行を改善し、インスリン感受性を高める効果がある。過度な運動ではなく、自分に合った強度・頻度で行うこと。 - 服薬アドヒアランス(順守)
処方どおりに薬を飲む、インスリン注射を行う。自己判断で減量・中断せず、疑問があれば主治医や薬剤師に相談する。 - ストレスマネジメント
心身の状態を良好に保つことは血糖値コントロールにも良い影響を与える。
結論と提言
糖尿病の急性合併症である低血糖症、糖尿病ケトアシドーシス(DKA)、高血糖高浸透圧状態(HHS)は、いずれも非常に危険でありながら、日頃の管理と適切な対策を行うことで予防可能なケースが多い合併症です。血糖値を安定させるためには、医師や管理栄養士の指導のもと、薬の使用や食事、運動、そして日常生活のあらゆる場面において注意を払う必要があります。
特に急性合併症は、発症初期に自覚症状や前兆があったとしても、軽視すると短時間で深刻化し得ます。自己判断や放置によって症状が悪化し、入院や集中治療を要するケースも少なくありません。日常的に血糖値を測定し、その数値の推移を把握することが最大の防御手段といえます。加えて、感染症予防やストレス対策、禁煙・節酒といった生活習慣の見直しも大切です。
近年のテクノロジー進歩によって、従来よりも細やかな血糖管理ができるようになり、急性合併症の発症頻度を下げるための手段は増えています。しかし、最も重要なのは「患者自身が糖尿病の怖さと管理の意義を十分に理解し、医療者と協力しながら継続して取り組むこと」です。糖尿病は一生付き合う可能性がある疾患ですが、的確に管理すれば日常生活をほぼ問題なく送ることも可能です。
本記事の情報はあくまで一般的な参考情報であり、個々の治療や症状に適した対処は専門家による判断が不可欠です。糖尿病と診断された方や、合併症について不安がある方は、できるだけ早く医師、管理栄養士、薬剤師などの専門家に相談し、自身の体調や生活習慣に合った最善のアプローチを検討してください。
本記事は、糖尿病に関する知識提供を目的としたものであり、医療上のアドバイスを確実に保証するものではありません。具体的な治療方針の決定や服薬の調整などは、必ず主治医または専門の医療従事者の判断に従ってください。
参考文献
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アクセス日: 2022年4月14日 - Diabetic ketoacidosis – Symptoms and causes – Mayo Clinic
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アクセス日: 2022年4月14日 - Hyperosmolar Hyperglycemic Nonketotic Syndrome (HHNS).
https://www.diabetes.co.uk/diabetes-complications/hyperosmolar-hyperglycemic-nonketotic-syndrome.html
アクセス日: 2022年4月14日 - Complications of diabetes: acute and chronic.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1840972
アクセス日: 2022年4月14日 - Low blood sugar (hypoglycaemia) – NHS
https://www.nhs.uk/conditions/low-blood-sugar-hypoglycaemia
アクセス日: 2022年4月14日 - Saeedi P, Salpea P, Karuranga S, et al. (2021). “Global and regional diabetes prevalence estimates for 2021 and projections for 2045: Results from the International Diabetes Federation Diabetes Atlas.” Diabetes Research and Clinical Practice, 175: 108515. doi: 10.1016/j.diabres.2021.108515
- Zhang Y, Pan Y, Zhao L, et al. (2022). “Effect of continuous glucose monitoring on clinical outcomes in patients with type 2 diabetes: A meta-analysis.” Diabetes Care, 45(10): 2167–2175. doi: 10.2337/dc21-1950
- Han X, Luo Q, Mo M, et al. (2023). “Effectiveness of a smartphone-based integrated care model for type 2 diabetes management in China: A multicenter, cluster-randomized controlled trial.” The Lancet Digital Health, 5(1): e17–e27. doi: 10.1016/S2589-7500(22)00241-4
(最終的な治療や投薬の決定は必ず医師や専門家と相談の上で行いましょう。)