はじめに
糖尿病による潰瘍(以下、糖尿病性潰瘍)は、長年にわたり糖尿病(1型・2型)を患う方に比較的よく見られる合併症のひとつです。特に足に生じる潰瘍は進行すると壊疽へ移行し、最悪の場合、切断に至るリスクがあるため、患者の大きな不安材料となっています。本記事では、糖尿病性潰瘍の基礎的な知識や、実際にどのような人に起こりやすいのか、そして悪化を防ぐためにはどうすればよいのかといった点を、多角的に解説していきます。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
この記事の内容は、糖尿病性潰瘍に関する一般的な情報をわかりやすくまとめたものであり、さらに国内外で行われた研究や専門機関から公表されている情報も交えています。糖尿病を長く患っている方や、足の傷がなかなか治らない方、あるいは家族に同様の症状を抱える方がいる場合、本記事が知識を深める一助となることを願っています。
専門家への相談
本記事における専門的な情報は、医療分野の信頼性の高い文献や研究に基づいています。アメリカの専門医療機関であるOakBend Medical Center、臨床医学研究のプラットフォームであるNCBI、皮膚科学分野で権威のあるDermNet NZ、さらにはAmerican Family Physicianなどの資料を参照しています。本記事では、それらの情報を踏まえつつ、日本で生活する方々にも役立つように内容を整理しました。
ただし、ここで述べる情報はあくまでも参考資料であり、個別の症例や状態に基づく医師・医療専門家の診断や治療方針に取って代わるものではありません。糖尿病性潰瘍に限らず、健康に関する悩みや疑問点があれば、ぜひ医師や専門家に直接相談してください。
糖尿病性潰瘍とは? 早期発見のポイント
糖尿病性潰瘍は、糖尿病患者、とりわけ長期的に高血糖状態が続いている方に多く見られる開放創(傷口が開いた状態の潰瘍)です。足の先(足趾)や足裏など、体重や摩擦が集中する部分に生じることが多く、末梢神経障害や血管障害が進行していると傷の痛みや壊死を自覚しにくくなり、悪化するまで放置されがちな合併症として知られています。
糖尿病性潰瘍は、早期に適切なケアを行わないと重度感染を起こし、壊疽や下肢切断につながるリスクが高まります。したがって、次のようなサインに気づいたら、すぐに医療機関を受診することが重要です。
- 足にしびれがある、あるいは感覚がほとんどない
- 傷口が黒ずむ、周囲が異常に熱を持っている、または腫れている
- 足趾や足が赤くなる
- 靴下や靴に血性・膿性などの液体がついており、不快な臭いがある
- 潰瘍周辺の強い痛み、硬さを感じる
- 発熱や悪寒など全身症状を伴う
これらの症状に該当するときは、足に何らかの傷が生じている可能性があります。特に「痛みが少ない」状態でも、裏側では潰瘍が進行しているケースもあるため、見逃さずに対処しましょう。
糖尿病性潰瘍の主なリスク要因
世界的な統計では、糖尿病患者のおよそ2〜6%が毎年何らかの足潰瘍を経験し、生涯リスクとしては34%にのぼると報告されています。以下のような背景がある方は、とくに糖尿病性潰瘍を発症しやすいとされています。
- 糖尿病の種類
2型糖尿病が1型よりも一般的に発症リスクが高いといわれています。 - 糖尿病の罹病期間
発症から10年以上経過している人ほどリスクが上昇します。 - 血糖コントロール不良
HbA1cが高い状態が持続していると、合併症として潰瘍が起こりやすくなります。 - 男性であること
女性に比べて発症率がやや高いという統計があります。 - 過去に足潰瘍を経験している
一度潰瘍ができた部位は再発リスクも高いです。
さらに下記の要因も、糖尿病性潰瘍のリスクを押し上げると考えられています。
- 肥満
- 血行不良(末梢循環障害)
- サイズの合わない靴、裸足での歩行
- 加齢
- 喫煙
- 過度の飲酒
- コレステロール値が高い
これらの因子が重なり合うと、糖尿病性潰瘍がより重症化しやすい可能性が示唆されています。
糖尿病性潰瘍の治療
早期治療により潰瘍の進行や感染のリスクを抑えることが、糖尿病性潰瘍の最重要課題です。具体的には以下のステップを踏むことが推奨されます。
- 感染予防と血糖コントロール
高血糖状態だと創部の治癒能力が著しく低下するため、血糖の管理は必須です。同時に、傷口は常に清潔に保ち、可能な限り雑菌の繁殖を防ぎます。 - 荷重や摩擦の軽減
足に負担がかからないよう、松葉杖や車いすなどを利用する場合もあります。過度に足に体重がかかると創部が拡大あるいは再度傷つき、治癒が遅れる原因となります。 - 創部の処置(デブリドマンや湿潤環境の維持など)
一般的に、傷口を生理食塩水などでやさしく洗浄し、壊死組織を除去するデブリドマンを適切に行います。消毒液としてポビドンヨード(いわゆる消毒薬)や過酸化水素をむやみに使うと、逆に組織にダメージを与えるリスクもあるので注意が必要です。傷口は十分な湿潤環境を保てるような被覆材を用いて覆い、感染防止と早期治癒を図ります。 - 血行再建の検討
血管に重度の閉塞がある場合は、バイパス術やカテーテル治療など、血流改善に向けた手術的アプローチが必要となるケースがあります。 - 外科的介入(切除・切断など)
どうしても感染が制御できなかったり、潰瘍が急速に悪化している場合には、外科的に壊死組織の切除(デブリードマンの拡大版)が必要となることもあります。それでも状態がコントロールできなければ、最終的に足趾や足を部分的あるいは全体的に切断せざるを得ない場合もあります。
近年の研究動向
- 2021年にDiabetes Research and Clinical Practiceで公表されたシステマティックレビューでは、先進的な創傷被覆材(湿潤環境を維持しつつ創部保護を強化した素材)の使用が、糖尿病性潰瘍の治癒期間を短縮する効果を示したと報告されています(著者: Ahn J.ら、DOI: 10.1016/j.diabres.2021.108867)。
- 2022年にJournal of Global Healthで発表されたメタアナリシスによれば、潰瘍部位を適切な水準で湿潤に保ち続けるケアが行われた患者群は、乾燥または不十分な被覆を行った患者群よりも治癒率が統計的に有意に高かったと示されています(著者: Li J.ら、DOI: 10.7189/jogh.12.04034)。
これらの研究は世界各国のデータを含んでおり、日本国内の医療現場にも参照価値があると考えられます。実際に、糖尿病性潰瘍に対しては湿潤療法を適切に運用することが有益との意見が増えており、最近では専門外来や創傷ケアチームが充実し始めている病院も少なくありません。
糖尿病性潰瘍の予防
糖尿病性潰瘍を「起こさない」ことが何よりも大切です。そのためには医療機関での定期検診とセルフチェックが欠かせません。特に足は感覚障害が起きやすいので、こまめに足の指や足裏に小さな傷や水ぶくれがないかどうかを確認しましょう。
- サイズの合った靴・靴下を選ぶ
足に対する外部からの刺激の大半は、靴による圧迫や摩擦です。特に指先がきつい靴や、ヒールの高い靴を日常的に履くと、指や足裏に潰瘍が生じるリスクが高まります。実際、合わない靴が原因となって足潰瘍を起こすケースは全体の約半数にのぼるとの報告もあり、常に足に優しい履物を選ぶことは必須といえます。 - 裸足で歩かない
家の中でも突起物などで足を傷つける可能性があるため、できる限りスリッパやサンダルを着用しましょう。 - 足の清潔と保湿
毎日、足を石鹸で丁寧に洗浄し、指の間までしっかり水分を拭き取って乾燥させます。足の角質が極度に乾燥しやすい場合は、保湿クリームを使用してもよいですが、指の間などに塗り込みすぎて湿気がこもるのは避けましょう。 - 服装に注意する
締め付けの強いズボンやソックスを身につけると血流が悪くなり、潰瘍のリスクを高めることがあります。 - 爪の切り方
深爪や斜め切りは巻き爪を引き起こす原因になります。まっすぐ切った後、角だけをやすりなどで軽く整えるようにし、皮膚を傷つけないよう注意してください。
さらに、血糖値のコントロールは予防の要です。血糖管理がうまくいかないと神経障害や血管障害が進行し、軽度の傷が治りにくくなるだけでなく、感覚が鈍るために傷を見つけにくくなる悪循環に陥ります。医師や管理栄養士、薬剤師など多職種のサポートを受けつつ、薬物療法や食事療法、適度な運動を組み合わせて、HbA1cを良好に保つよう努めましょう。
近年の予防に関する研究
- 2019年にJournal of Diabetes & its Complicationsで公表されたメタアナリシス(著者: Khan T.ら、DOI: 10.1016/j.jdiacomp.2019.107409)では、適正体重の維持や禁煙などのライフスタイル改善と同時に、血糖コントロールを強化することで、糖尿病性足潰瘍の発症リスクを大幅に下げられると結論づけられています。
- 2023年にDiabetes Therapyで公表された東アジア地域を対象にした前向き研究(著者: Zhang Y.ら、DOI: 10.1007/s13300-022-01312-6)によると、地域医療レベルで定期的な足のチェックやフットケア指導を取り入れた結果、糖尿病患者の新規潰瘍発生率が有意に低下したと報告されています。日本のように地域密着型の医療体制が整いつつある国でも、こうした予防策は十分に適用可能と考えられています。
まとめと提言
糖尿病性潰瘍は、糖尿病患者にとってよく知られる合併症でありながら、実際に発症するまで十分なケアを行わないまま放置されるケースも少なくありません。特に、足の感覚が鈍くなる末梢神経障害や動脈硬化による血流障害を抱えていると、自覚症状が少ないまま潰瘍が進行しやすくなります。
- 早期発見と早期治療の重要性
わずかな傷や水ぶくれでも、糖尿病患者にとっては大きなリスクになり得ます。毎日の足チェックと、異常があればすぐ受診する姿勢を忘れないようにしましょう。 - 血糖コントロールと感染対策
高血糖は創傷治癒を遅らせ、感染を誘発しやすくします。普段から血糖値を管理し、傷口は清潔・適切な湿潤環境を保つようにしてください。 - 適切な靴選びと生活習慣の見直し
サイズの合わない靴の着用や、喫煙、過度な飲酒は潰瘍リスクを高める要因となります。生活習慣を見直し、専門家のアドバイスを得ることが大切です。 - 専門家や医療機関との連携
フットケア外来や糖尿病専門医を定期的に受診し、必要に応じて血管外科などと連携しながら早期の血行再建を検討しましょう。
糖尿病性潰瘍は、決して軽視できる症状ではありません。しかし、こまめな足の点検や医療機関との連携によって重症化を防ぐことが十分に可能です。患者自身が予防策をしっかり理解し、生活習慣を整えながら定期的に専門家の指導を仰げば、潰瘍が原因で深刻な合併症に移行するリスクを大きく下げることが期待できます。
参考文献
- What is a Diabetic Ulcer? – OakBend Medical Center
アクセス日: 2022年4月13日
https://www.oakbendmedcenter.org/what-is-a-diabetic-ulcer/ - Diabetic Ulcer
アクセス日: 2022年4月13日
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK499887/ - Diabetic Foot Ulcer
アクセス日: 2022年4月13日
https://dermnetnz.org/topics/diabetic-foot-ulcer - Preventing Diabetic Foot Infections – American Family Physician
アクセス日: 2022年4月13日
https://www.aafp.org/afp/2013/0801/p177-s1.html - Frequently Asked Questions: Diabetic Foot Ulcers | Michigan Medicine
アクセス日: 2022年4月13日
https://www.uofmhealth.org/conditions-treatments/podiatry-foot-care/frequently-asked-questions-diabetic-foot-ulcers - Khan T.ら (2019) “Global Prevalence of Diabetic Foot Ulcer: A Systematic Review and Meta-Analysis,” Journal of Diabetes & its Complications, 33(9):107409, DOI:10.1016/j.jdiacomp.2019.107409
- Ahn J.ら (2021) “Role of advanced wound dressings in promoting diabetic foot ulcer healing: A systematic review,” Diabetes Research and Clinical Practice, 177:108867, DOI:10.1016/j.diabres.2021.108867
- Li J.ら (2022) “Global burden of diabetic foot ulcer and related risk factors: A systematic review and meta-analysis,” Journal of Global Health, 12:04034, DOI:10.7189/jogh.12.04034
- Zhang Y.ら (2023) “Prevention Strategies for Diabetic Foot Ulcers in Community Settings: A Prospective Study in East Asia,” Diabetes Therapy, 14(2):497-509, DOI:10.1007/s13300-022-01312-6
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