【科学的根拠に基づく】糖尿病運動療法の完全ガイド:日本糖尿病学会の指針に基づく包括的行動計画
糖尿病

【科学的根拠に基づく】糖尿病運動療法の完全ガイド:日本糖尿病学会の指針に基づく包括的行動計画

糖尿病は、もはや他人事ではなく、日本の公衆衛生における大きな課題となっています。厚生労働省の調査によれば、数多くの人々が糖尿病またはその予備群であると推定されており、特に高齢化が進む社会においてその管理は急務です。しかし、適切な知識と実践があれば、糖尿病は良好に管理できる病気でもあります。食事療法と並び、その治療の根幹をなすのが「運動療法」です。本記事は、JapaneseHealth.org編集委員会が、日本糖尿病学会の最新ガイドラインをはじめとする最も信頼性の高い科学的根拠に基づき、糖尿病を持つ方々が安全かつ効果的に運動療法を実践するための包括的な行動計画を提示するものです。なぜ運動が不可欠なのかという科学的根拠から、具体的な運動の種類、時間、強度、そして日常生活に運動を取り入れる日本の文化に根差した方法まで、専門家の監修のもと、詳細に解説します。

この記事の科学的根拠

この記事は、インプットされた研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。

  • 日本糖尿病学会 (JDS): 本記事における運動療法の主要な推奨事項(有酸素運動、レジスタンス運動の頻度、強度、時間など)は、同学会の「糖尿病診療ガイドライン2024」に準拠しています。
  • 厚生労働省 (MHLW): 日本における糖尿病の現状と有病率に関する統計データは、同省が実施する「国民健康・栄養調査」に基づいています。
  • 日本老年医学会 & 日本糖尿病学会: 高齢の糖尿病患者様に関する運動療法、特に転倒予防の重要性についての指針は、両学会が共同で発行した「高齢者糖尿病診療ガイドライン2023」を参考にしています。
  • 国際的なコンセンサス: 米国糖尿病協会(ADA)などの国際的な権威ある機関のガイドラインとの比較を通じて、本記事で提示される推奨事項が世界標準の科学的証拠によっても裏付けられていることを確認しています。

要点まとめ

  • 科学的根拠: 運動は、インスリンの助けを借りずに血糖を筋肉に取り込む「GLUT4」という仕組みを活性化させ、血糖値を直接的かつ長期的に改善します。
  • 運動の三本柱: 効果的な運動療法は、「有酸素運動」(週150分以上)、「レジスタンス運動」(週2〜3回)、そして「柔軟・バランス運動」の組み合わせが理想的です。
  • 最適なタイミング: 血糖値管理の観点から、運動の最も効果的なタイミングは食後1〜2時間です。
  • 安全第一: 運動開始前には必ず医師によるメディカルチェックを受け、低血糖の予防策(補食の携帯など)を徹底することが不可欠です。
  • 日本ならではのアプローチ: 「ラジオ体操」や、日常生活でのこまめな活動(生活活動量)を増やすことは、誰でも実践しやすく、科学的にも効果が証明されています。
  • 個別化の重要性: すべての運動計画は、個人の健康状態、年齢、合併症の有無に応じて調整されるべきです。必ず主治医と相談し、自分だけの計画を立てましょう。

第1部:なぜ運動は糖尿病治療に不可欠な柱なのか?

運動療法について具体的に学ぶ前に、なぜそれが糖尿病管理においてこれほどまでに重要視されるのか、その背景と科学的な理由を深く理解することが不可欠です。

1.1. 日本における糖尿病の現状:公衆衛生上の挑戦

糖尿病はもはや稀な病気ではなく、日本の公衆衛生を揺るがす大きな課題となっています。厚生労働省が実施する「国民健康・栄養調査」は、その深刻な規模を浮き彫りにしています。2016年の調査では、約1000万人が「糖尿病が強く疑われる者」とされ、さらに1000万人が「糖尿病の可能性を否定できない者」、いわゆる予備群であると推定されました1

この状況は近年も改善されていません。2019年の調査では、「糖尿病が強く疑われる者」の割合は男性で19.7%、女性で10.8%に達しました2。直近の2023年のデータでも、この割合は男性16.8%、女性8.9%と依然として高く、過去10年間で「男女とも有意な増減はみられない」と報告されています3。これは、糖尿病が社会に深く根付いた慢性的な国民病であることを示しています。

特に注目すべきは、50歳以上で有病率が急増するという年齢との強い関連性です2。急速に高齢化が進む日本において、糖尿病とその合併症がもたらす社会的・経済的負担は今後さらに増大することが予測されます。さらに、糖尿病は高血圧や脂質異常症といった他の生活習慣病を併発することが多く、これらが複合的に心血管疾患の危険性を高めることも知られています4。このような背景から、運動を中心とした生活習慣の管理は、単なる選択肢ではなく、生活の質を維持し、深刻な合併症を防ぐための必須要件と言えるのです。

1.2. 運動療法の科学的根拠:「どのように」の前に「なぜ」を理解する

運動の重要性を真に理解するためには、その科学的機序に目を向ける必要があります。運動は、糖尿病患者の体内で強力な「生理学的な薬」として機能し、複数の経路を通じて血糖コントロールに貢献します5

巨視的なレベルでは、運動中に筋肉はエネルギー源として血中のグルコース(糖)と遊離脂肪酸を直接消費します6。これにより、運動後には血糖値が直接的に低下します。さらに、長期的に運動を継続することで、インスリン感受性の改善、脂質代謝の安定化、血圧の低下、心肺機能の向上といった多岐にわたる効果が得られ、糖尿病の最も恐ろしい合併症の一つである心血管イベントの危険性を低減させます7

細胞レベルでは、そのメカニズムはさらに精緻です。筋肉細胞には、グルコースを細胞内に取り込むための「輸送ゲート」として機能する「GLUT4(グルコース輸送体4)」が存在します8。通常、このゲートを開くにはインスリンの「鍵」が必要ですが、運動による筋肉の収縮は、インスリンとは独立した信号を送り、細胞内部に待機していたGLUT4を細胞膜の表面へと移動させます9。これにより、グルコースが血液中から筋肉内へと入るための「入口」が増え、インスリンの助けをほとんど、あるいは全く必要とせずにエネルギーとして利用されるのです10。これは極めて重要な点であり、運動が膵臓の負担を軽減し、血糖を処理するための代替経路を提供することを意味します。

この作用には二つの側面があります:

  • 即時的な効果: 食後のウォーキングのような一度の運動セッションでも、このGLUT4の移動が活性化され、血糖値を直ちに下げる効果があります9
  • 長期的な効果: 特に筋力トレーニング(レジスタンス運動)を定期的に行うと、筋肉量そのものが増え、筋肉内のGLUT4タンパク質の総量も増加します6。これにより、筋肉はより効率的な「糖を吸い取るスポンジ」と化し、安静時でさえも体全体のグルコース処理能力が向上するのです。

これら二つのメカニズムの組み合わせが、バランスの取れた一貫性のある運動プログラムが糖尿病の治療計画に不可欠であることの、揺るぎない科学的根拠となっています。

第2部:日本糖尿病学会の指針に基づく詳細な行動計画

最高レベルの正確性と安全性を確保するため、本ガイドは日本糖尿病学会(JDS)が発行する『糖尿病診療ガイドライン2024』を主軸とし、国際的な医療機関の推奨事項を統合して構築されています11

2.1. 包括的運動プログラムの「3つの柱+1」

糖尿病患者にとって効果的な運動プログラムは、単一の運動に偏るのではなく、多様な活動をバランス良く組み合わせることが鍵となります。これを、ご自身の健康への「投資ポートフォリオ」と考えてみましょう。

2.1.1. 有酸素運動:基本の土台

定義: ウォーキング、サイクリング、水泳、軽いジョギングなど、大きな筋群をリズミカルに使う活動です12
作用機序: 血中のグルコースを直接エネルギーとして消費し、心肺機能を向上させます6
JDSガイドラインの目標: 「中強度」の運動を週に合計150分以上、少なくとも週3日に分けて実施し、運動しない日が2日以上続かないようにすることが推奨されています11

2.1.2. レジスタンス運動(筋力トレーニング):”糖を吸うスポンジ”を育てる

定義: ダンベル、トレーニングチューブ、自重などの抵抗に逆らって筋肉を強化する運動です12
作用機序: 筋肉量を増やすことでインスリン抵抗性を改善し、体内にグルコースを貯蔵する「タンク」を大きくすることで血糖値の安定に貢献します6
JDSガイドラインの目標: 週に2〜3回、連続しない日に実施します。各種目10〜15回繰り返せる程度の負荷から始め、徐々に強度を上げて8〜12回の反復で限界に達する程度を目指します。全身の主要な筋群を対象とした5種類以上の運動を行うことが望ましく、怪我を避けるためには正しいフォームが極めて重要です11

2.1.3. 柔軟・バランス運動:体を支える補助システム

定義: ストレッチ、ヨガ、太極拳、片足立ちなどの運動です12
重要性: 特に高齢者において、運動機能を維持し、重大な合併症につながりかねない「転倒を予防」するために不可欠です13
JDSガイドラインの目標: 週に2〜3日以上実施することが推奨されます13

2.1.4. 「+1」の要素 – NEAT:日常生活に運動を溶け込ませる

定義: NEAT(Non-Exercise Activity Thermogenesis、非運動性活動熱産生)とは、正式な運動以外の身体活動全般を指します。例えば、家事、階段の上り下り、買い物での歩行などが含まれます7
重要性: 日本の状況を鑑みた近年の研究では、日々の「生活活動量」を増やすことが、血糖コントロールに極めて効果的であることが示されています7

日本のJDSガイドラインと、米国糖尿病協会(ADA)などの国際的なガイドラインが、有酸素運動とレジスタンス運動の核心的な推奨事項においてほぼ完全に一致している事実は、その科学的証拠の強固さを物語っています1114。日本のガイドラインが特に重視しているのは、高齢者のためのバランス運動と、日々の総活動量を増やすという視点であり、これは日本の人口構成や生活様式に対する深い洞察を反映しています。

2.2. 「いつ」「どれくらい」:運動スケジュールの最適化

最適なタイミング

科学的コンセンサスは明確です。食後の血糖コントロールに最も効果的な運動のタイミングは、「食事を始めてから1〜2時間後」です6。この時間帯は血糖値がピークに達するため、運動によって余剰な糖を筋肉が効率的に吸収してくれます15

強度と量の定量化

強度(運動のきつさ):

  • 主観的運動強度(RPE): 自覚的なきつさの尺度を用いるのが最も実用的です。「中強度」とは、「ややきつい」と感じるレベルで、会話はできるが歌うことはできない状態に相当します11。これは患者自身が簡単に使える最も効果的なツールです。
  • 心拍数: 監視デバイスがあればカルボーネン法も利用できますが、その簡便さからRPEが優先されます13

量(運動の総量):

  • 歩数での目標設定: JDSのガイドラインは非常に実践的な換算方法を提示しています。週150分の有酸素運動という目標は、週あたり約15,000歩の追加歩行に相当します。これは、現在の歩数に加えて1日あたり2,000歩を追加し、最終的に1日合計約8,000歩を目指すという、管理しやすく具体的な目標に分解できます11。これは非常に追跡しやすく、実行に移しやすい指標です。
  • 準備運動と整理運動: 運動前には必ず5分間のウォーミングアップを、運動後には5分間のクールダウンとストレッチを行いましょう11

表1:週単位の運動推奨事項の概要(JDSガイドライン2024に基づく)

以下の表は、推奨される運動内容を分かりやすくまとめたもので、患者さんが日々の計画を立てる際の参考に資するものです1113

運動の種類 強度 時間・量 頻度
有酸素運動 中強度(「ややきつい」と感じる程度) 週に150分以上 または 1日8,000歩目標 週に3日以上(2日以上空けない)
レジスタンス運動 8〜15回の反復で疲労を感じる程度 各種目 1〜3セット 週に2〜3回(連続しない日)
柔軟・バランス運動 心地よい伸びを感じる程度 各動作 10〜30秒保持 週に2〜3日以上

2.3. 安全が最優先:メディカルチェックと重要注意事項

医療に関するトピックにおいて、患者の安全は絶対的な最優先事項です。誤った運動の実践は、利益よりも大きな危険をもたらす可能性があります。

メディカルチェック

新しい運動プログラムを開始する前には、必ず医師に相談することが義務付けられています16。医師は全身の健康状態を評価し、網膜症、腎症、神経障害、心血管系の問題といった潜在的な合併症の有無を確認し、個人に合った適切な助言を行います13

運動を避けるべき場合(禁忌)

以下のいずれかの徴候が見られる場合は、運動を中止または延期する必要があります:

  • 空腹時血糖値が250 mg/dL以上である16
  • 尿中または血中にケトン体が検出される(ケトーシス状態)16
  • 脱水状態にある、あるいは急性の感染症にかかっている17
  • 体調不良、異常な疲労感、めまい、胸の痛みなどを感じる6

一般的な予防策

  • 足のケア: 特に神経障害を持つ方にとっては極めて重要です。常に自分に合った適切な靴を履き、運動の前後には水ぶくれや擦り傷がないか足を入念にチェックしましょう16
  • 水分補給: 運動前、運動中、運動後に十分な水分を摂取してください16
  • 環境: 極端な暑さや寒さの中での運動は避けましょう16
  • 低血糖への備え: 速やかに吸収される炭水化物を含む補食を常に携帯してください(詳細は第3部で後述)。

表2:運動前あんぜんチェックリスト

毎回の運動前にこの簡単なチェックリストを使い、安全な習慣を身につけましょう。

  • ☐ 今日の体調は良好ですか?
  • ☐ 血糖値は高すぎませんか?(250mg/dL未満)
  • ☐ 低血糖に備えた補食は携帯しましたか?
  • ☐ 水分補給のための飲み物はありますか?
  • ☐ 適切で快適な靴を履いていますか?
  • ☐ 今日の運動計画は、無理のない適切な内容ですか?

2.4. 計画の個別化:あらゆる状況に対応する運動

高齢者のための指針

高齢者の場合は、有酸素運動、レジスタンス運動、そして特に転倒予防のためのバランス運動を組み合わせた、多角的なアプローチが推奨されます13。強度は「楽である」から「ややきつい」と感じる程度の中等度が適切です13。焦らず、ゆっくりと運動の強度と時間を増やしていくことが大切です。

合併症を持つ方のための指針

  • 腎症: 初期段階では運動制限は不要です。しかし、病期が進行した場合(ステージ3以降)は、状態に応じて強度を調整する必要があります。過度に激しい運動や長時間の運動は避け、日常生活を維持するための低強度の運動が推奨されます18。運動後に一時的に尿蛋白が出ることがありますが、これにより病状が悪化することはありません11
  • 網膜症: 事前に眼科専門医の診察が必要です。病状の重症度によっては、高強度で振動を伴う運動や、強い力みを伴う運動が制限される場合があります。
  • 神経障害: 足のケアに最大限の注意を払う必要があります16。バランス運動が鍵となります。また、運動強度に対して心拍数が適切に上昇しない可能性や、起立性低血圧の危険性があるため、急な姿勢の変更は避けるべきです19

座りがちな習慣を打破する:小さな動きの力

これは近年のガイドラインにおける最も重要かつ新しい推奨事項の一つです。この考え方は、「ジムに行かなければならない」という固定観念から脱却し、一日を通じて活動的でいることの重要性を強調します。

ルール: 30分以上連続して座っている時間を中断させる11
行動: わずか3分間の軽いウォーキングや、スクワットのような簡単なレジスタンス運動を行うだけでも、食後の血糖値、インスリン値、中性脂肪の上昇を抑える効果が期待できます11。これは特にデスクワーク中心の方にとって、非常にとり組みやすく効果的な戦略です。

2.5. 日本的なアプローチ:身近で効果的な選択肢

ラジオ体操:国民的エクササイズ

ラジオ体操は、単なる懐かしい習慣ではなく、科学的にも効果が裏付けられ、日本の文化に深く根付いた公衆衛生ツールです。
利点: 有酸素運動、柔軟運動、バランス運動の要素を組み合わせた全身運動です20。天候に左右されず、自宅で、室内で、誰でも簡単に行える、参入障壁の低い活動です20
科学的根拠: 研究によれば、ラジオ体操は血糖値を有意に低下させる可能性があり21、その運動強度は速歩に匹敵するとされています22。また、高齢者の俊敏性、バランス能力、持久力を改善し、虚弱(フレイル)対策にも有効です20
実践方法: 約7分間の運動セッションとして、第一と第二の両方を行うことが推奨されます。最大の効果を得るためには、一つ一つの動作を意識的に、そして正確に行うことが重要です23

運動プログラムにラジオ体操を組み込むことは、戦略的に大きな利点があります。これは何百万人もの日本人の日常習慣と結びついており、医療上の助言をより身近で、実行可能で、信頼できるものにします。

第3部:実践に役立つツールと追加情報

3.1. 低血糖の予防と対策に関する実践的ガイド

症状を認識する

低血糖の一般的な兆候には、冷や汗、動悸、手の震え、頭痛、目のかすみ、極度の疲労感などがあります6

即時的な対処法

標準的な対処法は、速やかに吸収される炭水化物を10〜15g摂取することです。これは、糖分を含む飲料、ブドウ糖の錠剤やゼリーを意味し、脂肪分を含むチョコレートなどは糖の吸収を遅らせるため適切ではありません24

コンビニエンスストアを活用した解決策

これは、最も実践的で日本独自のガイドです。日本全国どこにでもあるコンビニエンスストアは、信頼できる緊急時の供給源となります。

表3:日本のコンビニエンスストアで推奨される補食
この表は、低血糖の対処や予防が必要な際に、患者さんが戸惑うことなく適切な商品を選べるよう、具体的な製品例を挙げた視覚的なガイドです242526

目的 種類 具体的な商品例 ポイント
即時的な血糖上昇 清涼飲料水・果汁飲料 コカ・コーラ、ファンタ、アクエリアス 脂肪分が少なく、吸収が速い
ラムネ菓子・ブドウ糖タブレット 森永ラムネ 主成分がブドウ糖である
運動前の補食・持続的なエネルギー源 小さめのおにぎり 塩むすび、昆布おにぎり 玄米や麦飯を選ぶと食物繊維も摂れる
ヨーグルト 無糖ヨーグルト タンパク質も補給できる
大豆バー SOYJOY 低GI(グリセミック・インデックス)で血糖値が安定しやすい

よくある質問

運動は食前と食後、どちらが効果的ですか?

血糖コントロールという観点からは、食後1〜2時間以内の運動が最も効果的です15。この時間帯は血糖値が最も高くなるため、運動によって筋肉が効率的に糖を利用し、血糖値の上昇を抑えることができます。ただし、運動の習慣を継続することが最も重要ですので、ご自身のライフスタイルに合わせて実行可能な時間帯を選ぶことが大切です。

運動をしてはいけない場合はありますか?

はい、あります。安全を最優先するため、体調が悪い時、空腹時血糖値が250mg/dL以上でケトーシスを伴う場合、重度の合併症がコントロール不良の状態にある時などは運動を避けるべきです16。運動を始める前、特に新しいプログラムを開始する際には、必ず主治医に相談し、メディカルチェックを受けてください。

週に150分の運動が難しい場合はどうすればよいですか?

目標達成が難しい場合でも、全く運動しないよりは少しでも体を動かす方がはるかに良いです。まずは日常生活の中で座っている時間を減らし、30分ごとに立ち上がって数分歩くことから始めてみましょう11。エレベーターの代わりに階段を使う、一駅手前で降りて歩くなど、小さな工夫を積み重ねる「生活活動量」の増加も非常に効果的です。徐々に時間を延ばしていくことを目指しましょう。

低血糖が心配です。どうすれば予防できますか?

低血糖の予防には、運動前の血糖値測定、運動強度や時間に応じた補食の準備が重要です。特にインスリンや特定の経口血糖降下薬を使用している方は注意が必要です。運動前、運動中、運動後に血糖値を測定し、自分の体がどのように反応するかを把握しましょう。そして、万が一のためにブドウ糖や糖分の多いジュースなどの補食を常に携帯することが不可欠です24

結論

運動療法は、糖尿病管理において薬物療法と比肩するほど強力で、不可欠な治療法です。本記事で解説した要点をまとめます。

  • 一貫性が強度に勝る: 定期的な運動習慣を維持することが、何よりも大きな利益をもたらします。
  • バランスの取れたプログラムが理想: 有酸素運動、レジスタンス運動、柔軟性を組み合わせることで、包括的な効果が期待できます。
  • 安全が最優先: 常に自分の体に耳を傾け、安全原則を遵守してください。

最後に、最も重要な助言はこれに尽きます。「必ず主治医と相談し、あなただけの運動計画を立てましょう」。患者さん一人ひとりの体質や健康状態は異なります。個々の状況に合わせた、最も安全で効果的な助言を提供できるのは、あなたの主治医だけです。科学的根拠に基づいた安全な方法で、今日からあなたの健康を改善する旅を始めましょう。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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