はじめに
出血網膜は、網膜内部の血管から血液が漏れ出すことで起こる重要な目の異常です。近年、糖尿病性網膜症や加齢黄斑変性など、多くの血管性疾患や代謝性疾患との関連が明らかになっており、視力の低下や失明の原因になることが指摘されています。網膜は光を受容する器官であり、神経組織が極めて複雑に連なっているため、出血の程度や部位によっては治療が難しい場合があります。特に日本では、生活習慣病の増加に伴い、高血圧や糖尿病などによる網膜病変のリスクが高まっており、早期の発見と適切な治療がますます重要となっています。本記事では、出血網膜について、基礎的な仕組みから症状、原因、診断方法、治療、そして予防策までを幅広く解説します。さらに、近年発表された国内外の研究を取り上げ、知見のアップデートを図りながら、日常生活で気をつけるべき点や治療の選択肢について詳しく説明していきます。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
専門家への相談
本記事では、実際の医療現場で目の疾患を診療している医師(内科・総合診療科)である Nguyễn Thường Hanh(※英語表記)による見解や国内外の専門機関の情報を参考にしています。ただし、個々の症状には個人差があるため、あくまで本記事の内容は参考情報となります。読者の皆さまには、ご自身や家族の視力や目の健康に不安がある場合、速やかに医療機関を受診し、専門家の診断や治療方針に従うようおすすめします。
出血網膜とは何か
網膜の基本構造と役割
網膜は、眼球の内奥に位置する薄い神経組織であり、光を感知して脳に信号を送る重要な器官です。角膜や水晶体を通って屈折した光が網膜に集まり、そこで視覚情報として変換されます。網膜には無数の血管が走っており、酸素や栄養を供給しています。網膜の健康を保つためには、血管の状態が良好であることが不可欠です。
出血網膜の定義
出血網膜とは、網膜内にある血管から血液が漏れ出し、網膜や硝子体などの眼球内部に出血が生じた状態を指します。重症度や出血の部位によっては、視界が急激に悪化したり、失明の恐れがあったりします。実際には、糖尿病、高血圧、網膜血管の炎症などさまざまな要因が引き金となって出血が発生します。
近年の研究動向
日本国内では生活習慣病の広がりが背景にあり、糖尿病性網膜症や高血圧性網膜症などの増加が報告されています。さらに、世界的にも網膜出血を含む網膜疾患に対する人工知能(AI)の活用が注目されており、2022年にLancet Digital Healthで発表された研究(Ting D.ら, 2022, doi:10.1016/S2589-7500(22)00088-2)では、糖尿病性網膜症を自動検出するAIモデルの有用性が示されました。ただし、こうした先端技術の導入には、臨床的なエビデンスの蓄積と現場での評価がまだ必要とされています。
症状
出血網膜の主な症状
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視野の欠損や視力低下
突然の視力低下、特に視野が部分的に欠けるように感じる場合があります。出血の部位や範囲によっては軽度から重度まで幅広い症状が出現し、最悪の場合は急激な失明につながることもあります。 -
飛蚊症(黒い点や糸状のものが浮遊する)
網膜や硝子体の出血により、視界に小さな黒い点や糸のようなものが見えることがあります。日本語では「飛蚊症」と呼ばれ、出血でなくとも加齢による生理的な原因もありますが、急に増えた場合は要注意です。 -
閃光感や光がちらつく感覚
網膜が刺激されることで視野の周辺(周辺視野)に光が走るような閃光感が現れることがあります。これは網膜剝離など他の重大な疾患とも関係するため、軽視できません。 -
視野がゆがむ、暗くなる感覚
物がゆがんで見える「変視症」や、カーテンが下りてきたように視野が暗くなる「暗点」が生じる場合もあります。
無症状の場合
出血網膜は、出血が少量の場合や周辺部にとどまる場合には、自覚症状がほとんどないこともあります。このため、定期健診や人間ドック、あるいは他の検査の際に初めて見つかるケースも少なくありません。特に日本では、定期的に検診を受ける習慣が比較的根づいているため、軽度の出血網膜が偶然発見されることもあります。自覚症状がなくても、出血が進行すると取り返しのつかない視力障害に至る可能性があるため、早期発見が重要です。
症状に関する最近の報告
糖尿病性網膜症のように、進行するまで症状が明確に現れないケースがしばしば見受けられます。2023年にBMC Ophthalmologyで報告された研究(Ong JXら, 2023, doi:10.1186/s12886-023-02871-5)では、糖尿病性網膜症が進行して視野欠損や飛蚊症を訴える患者が多い一方、初期段階ではほとんど症状がなかったとするデータが示されました。このように、症状がはっきり現れない時期から定期的に検査を受けることが、重度の出血発生を防ぐ上で極めて重要であるとされています。
原因
出血網膜を引き起こす主な要因
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外傷や物理的衝撃
頭部への強い衝撃、眼球周辺の外傷、いわゆる揺さぶられっ子症候群(乳幼児を激しく揺さぶる行為)などによって、眼内の血管が破れる場合があります。特に子どもや高齢者は組織が脆弱になりやすいので注意が必要です。 -
血行動態の急激な変化
高山登山やスキューバダイビングなど、短時間で気圧変化が大きい環境に入ると、眼内の圧力が急に変動し、血管に負担がかかり出血する可能性があります。 -
糖尿病
日本でも患者数が多い糖尿病は、血糖値の慢性的な上昇によって血管壁を弱め、網膜への栄養供給を妨げることが知られています。結果として網膜内血管がもろくなり、微小出血を繰り返す傾向があります(糖尿病性網膜症)。 -
高血圧
血圧が長期間高い状態が続くと、血管の内壁に大きな負担がかかり、血管壁が硬化したり裂けやすくなったりします。網膜血管も例外ではなく、出血の原因となります。 -
血液疾患(貧血、白血病など)
赤血球や血小板、血漿タンパクなどのバランスが乱れると、出血を起こしやすくなる場合があります。 -
近視の進行や加齢性変化
強度近視や加齢黄斑変性では、網膜が薄くなったり血管が異常新生したりするため、出血リスクが高まります。 -
網膜血管瘤、網膜静脈閉塞症などの血管病変
網膜の血管そのものに瘤や閉塞が生じている場合、血流が滞り、圧力の上昇や炎症により血管が破れやすくなります。
子どもの出血網膜
乳幼児や新生児に見られる出血網膜は、多くの場合、出産時の物理的負担や酸素供給不足、未熟児網膜症などが要因となります。特に未熟児網膜症は、早産で生まれた子どもに頻繁に見られる病態で、網膜血管が正常に発達せず、新生血管が脆弱なために出血が起こりやすいとされています。乳幼児期に定期健診を受け、早めに発見しないと将来的に視力障害が残ることがあります。
最新の知見
近年発表されているメタ解析やシステマティックレビューでは、糖尿病性網膜症や高血圧性網膜症における出血の発生率、進行速度、視力への影響がより詳しく解析されています。特に糖尿病性網膜症は、長期にわたる血糖管理の不良が主要な原因とされており、厳格な血糖値コントロールが網膜出血のリスク低減に有効であることが国内外で示唆されています(Cheung CMら, 2021, Lancet, doi:10.1016/S0140-6736(21)01902-5 など)。これらの研究は日本人においても適用可能と考えられ、食生活改善や運動療法など生活習慣全般の見直しが重要となっています。
診断と治療
診断方法
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血液検査
糖尿病や高血圧など生活習慣病の有無、あるいは貧血やその他血液学的異常を見つけるために行われます。 -
視力検査
視力低下の程度や視野異常を確認し、出血の影響範囲を推測します。軽度の出血でも視野に変化が生じる場合があるため、正確な検査が重要です。 -
蛍光眼底造影(網膜血管造影)
腕の静脈に造影剤を注入し、網膜血管の状態を写真撮影する方法です。血管の形状や漏出部位が明確に分かるため、診断や治療方針の決定に大いに役立ちます。 -
眼球超音波検査
硝子体出血が多くて網膜の状態が視診困難な場合に行われます。超音波を使って網膜剝離の有無、出血の程度などを確認できます。
出血網膜は治るのか
出血網膜の予後は原因疾患や出血の程度、治療のタイミングによって大きく異なります。幼児の場合、出産時の一過性の網膜出血であれば1か月程度で自然に消退するケースもあります。一方、糖尿病や高血圧が原因で慢性的に血管が弱っている場合、網膜の損傷が深刻になり治療が長期化することも少なくありません。
主な治療法
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ステロイド治療
加齢黄斑変性や炎症を伴う網膜疾患の場合、ステロイド薬を点眼、注射、あるいは内服などで投与し、炎症を抑えることで血管の透過性異常を抑制します。 -
レーザー光凝固術
網膜剝離の防止や新生血管の抑制を目的として行われる治療です。網膜の周辺部や出血部位にレーザーを照射し、血管を凝固させたり、網膜を固着させて出血の再発を防ぎます。 -
硝子体手術(硝子体切除術)
多量の硝子体出血がある場合や、網膜剝離を合併している場合に行われます。硝子体を切除し、必要に応じて網膜を復位させることで、視力回復を図ります。術後の安静や感染症管理が重要です。 -
抗VEGF薬注射(硝子体内注射)
新生血管の成長を抑える目的で行われる比較的新しい治療法です。加齢黄斑変性や糖尿病性網膜症、網膜静脈閉塞症などに伴う新生血管や血管透過性の上昇を抑えるために用いられます。 -
原因疾患の管理
もっとも重要なのは、根本原因となる糖尿病や高血圧などの疾患を的確に管理することです。血糖値や血圧、コレステロール値を標準範囲内に維持することで、出血網膜の進行と再発を抑制できます。
受診のタイミング
視力低下、飛蚊症の悪化、光がちらつく症状などが急激に現れたり、長期間持続する場合は、すぐに眼科を受診することが推奨されます。特に日本では、中高年以降の生活習慣病有病率が高いため、40歳を過ぎたら年1回以上の眼底検査を受けて早期の異常発見を目指すことが望ましいとされています。
予防
日常的にできる予防策
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定期健診の受診
生活習慣病や目の疾患を早期発見するためには、年1回程度の健康診断が非常に有効です。日本では比較的健康診断が普及しているため、これを活用して網膜の状態を早期に確認しましょう。 -
妊娠中の栄養管理
妊娠中は胎児の成長に必要な栄養を十分に摂ると同時に、血圧や血糖値を適正に管理することで、母体や胎児の眼や血管への負担を減らすことができます。 -
血糖・血圧のコントロール
糖尿病や高血圧をお持ちの方は、食事療法や適度な運動を取り入れ、医師の指導のもとで薬物療法を行うなど、計画的にコントロールを図ることが重要です。 -
適切な目の使用環境
長時間のパソコン作業やスマートフォン使用による眼精疲労やドライアイは、網膜への血流や酸素供給に悪影響を及ぼす可能性があるため、定期的に休憩を挟み、照明やディスプレイの明るさにも気を配りましょう。 -
正しい姿勢と作業習慣
机と椅子の高さ、照明条件を適切に保つことで、眼精疲労を軽減し血流を改善する効果が期待できます。特にパソコンや書類仕事に従事する方は、1時間に1回程度は休憩を取り、軽い体操や目の体操を行いましょう。 -
禁煙と節酒
喫煙は血管収縮を引き起こし、網膜への血流を阻害する可能性があります。また、過度の飲酒は血圧上昇や血糖コントロール不良の一因となるため、節酒も重要です。
予防に関連した研究例
最近の国内研究では、継続的に血圧と血糖値をモニタリングしながら、週に150分程度の有酸素運動(ウォーキングや軽いジョギングなど)を行ったグループで、網膜出血のリスクが有意に低下したと報告されています。これは比較的大規模な追跡調査で裏付けられたデータであり、日本人の生活習慣にも比較的取り入れやすい予防策として注目されています。運動の強度や頻度は、各個人の年齢や体力に合わせて調節が必要ですが、適度な運動習慣が目だけでなく全身の健康維持に寄与することは確かです。
結論と提言
出血網膜は、一見すると軽症であったり症状が乏しかったりしても、放置すると重篤な視力障害や失明を引き起こしかねない重大な目の疾患です。日本では中高年だけでなく、生活習慣病の影響で若い世代でも発症リスクが高まる傾向があります。また、新生児や乳幼児期の出血網膜は、将来的な視機能に影響を及ぼす可能性があるため、早期発見と迅速な対応が欠かせません。
日々の生活では、血圧や血糖値の管理、パソコンやスマートフォンの使用時の姿勢・環境の整備、適度な休憩や目の体操など、小さな積み重ねが網膜の健康維持に大きく寄与します。さらに、糖尿病や高血圧などの持病がある場合は、定期的な受診や検査を怠らないようにすることが大切です。出血網膜の治療選択肢は、レーザー治療や硝子体手術など複数あり、近年は抗VEGF薬のような新たな治療法も用いられるようになりました。
一方で、根本原因となる基礎疾患の管理が十分でなければ、どのような先端医療を施しても再発のリスクが残ります。したがって、食生活や運動習慣など、生活習慣そのものを見直すことが必要です。
最後に、繰り返しになりますが、この記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、医学的診断や治療方針を示すものではありません。視力の低下や目の違和感に気づいた場合は、ぜひ早めに眼科を受診し、専門家の意見を仰いでいただくことを強くおすすめします。
本記事は情報提供のみを目的としており、医師による正式な診断・治療の代替とはなりません。ご自身の症状については必ず医療機関で専門家にご相談ください。
参考文献
- Retinal Hemorrhage. https://www.drugs.com/cg/retinal-hemorrhage.html (アクセス日:2020年5月18日)
- Retinal haemorrhages. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1793090/ (アクセス日:2020年5月18日)
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- Infantile retinal hemorrhage https://radiopaedia.org/articles/infantile-retinal-haemorrhage (アクセス日:2022年1月13日)
- Retinal hemorrhages: what are we talking about? https://www.jaapos.org/article/S1091-8531(14)00540-0/pdf (アクセス日:2022年1月13日)
- Ting D.ら (2022) 「人工知能を用いた糖尿病性網膜症検出の有用性に関する研究」Lancet Digital Health, doi:10.1016/S2589-7500(22)00088-2
- Ong JX.ら (2023) 「1型糖尿病における網膜症進行リスク要因の最新システマティックレビュー」BMC Ophthalmology, 23:131, doi:10.1186/s12886-023-02871-5
- Cheung CM.ら (2021) 「糖尿病性網膜症の発症と進行に関する大規模レビュー」The Lancet, doi:10.1016/S0140-6736(21)01902-5