はじめに
私たちが日常生活でよく耳にする「虫垂炎(いわゆる盲腸の炎症)」は、急性の腹痛を引き起こす代表的な疾患のひとつです。日常の中で「なんとなく右下腹が痛い」「食欲が落ちて熱っぽい」などの症状を経験しても、必ずしも虫垂炎だと考えない方が多いかもしれません。しかし、虫垂炎の進行は早く、いったん悪化すると大きなリスクを伴うため、できるだけ早期に「虫垂炎かもしれない」と気づき、医療機関で正確な検査・治療を受けることが大切です。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
本記事では、虫垂の概要、炎症・感染が生じる主な原因、そして「ここを押さえておくべき」といわれる主な症状の特徴について、なるべく具体的に解説します。さらに、緊急対応が必要となる理由や、近年の医療現場での治療法についても整理し、参考となる研究結果を織り交ぜながら解説を試みます。虫垂炎の症状は年齢や体調により異なる場合があるため、どのような方でも予備知識を持っておくことが望ましいでしょう。
専門家への相談
本記事では、虫垂炎に関する医学的内容を扱いますが、あくまでも情報提供が目的であり、最終的には医師などの専門家による診断・治療が必要です。本記事で言及する内容は、信頼できる医療機関や学術文献にもとづいています。特に、医療上のアドバイスや処置については、必ず医師の判断を仰ぐようにしてください。また本記事中には、医療専門家の見解として「バクシー・グエン・トゥオン・ハン医師(日本語表記: Bác sĩ Nguyễn Thường Hanh)」の意見が参照されていますが、最終的な受診・治療方針はご自身の主治医と相談のうえ決定いただくことを推奨します。
虫垂とは何か
虫垂(いわゆる「盲腸の突起部分」)は、結腸(大腸)の始まりである盲腸に付着している細長い管状の器官です。長さは一般的に5〜10センチほどで、腹部右下に位置することが多いとされます。消化吸収機能はさほど顕著ではないものの、虫垂にはリンパ組織が含まれ、免疫系に一部関わるとする報告があります。さらに「腸内細菌の避難所」として有益菌を蓄える役割を果たしているのではないか、という考えも提案されています。
もっとも、虫垂が炎症を起こした際(虫垂炎)には急性期の強い痛みや感染症状を引き起こすことが多く、放置すれば重篤な合併症へと進行するリスクが高い点で知られています。特に日本では、一般的な救急病院で頻繁に診察される外科的疾患のひとつです。
虫垂炎の原因と背景
虫垂炎は、虫垂内の通路が何らかの原因によって詰まり、細菌感染や炎症が拡大することで起こります。ここでは考えうる主な原因・要因を挙げてみます。
- 閉塞(詰まり)
糞石(硬く固まった便)や、種子類(果物の種など)、寄生虫(回虫や蟯虫など)、粘液のかたまりなどによって虫垂内部が物理的に詰まると、血行障害や細菌増殖が起こりやすくなります。その結果、虫垂壁が炎症を起こし、痛みや感染症状が進行するケースがあります。ときには腹部への外傷などによって虫垂が破裂し、激しい腹痛へ直結する例もあります。 - 感染症による炎症
サルモネラ菌や赤痢菌(シゲラ)、あるいは呼吸器感染(ウイルス・細菌)の影響が腸管へ波及するなど、全身や局所的な感染が原因で虫垂に炎症が広がることがあります。 - 寄生虫
定期的に駆虫をしていない場合、回虫や蟯虫などが虫垂に入り込み、そこにとどまってしまうことで炎症を引き起こすケースも報告されています。 - 腫瘍(非常に稀な原因)
虫垂に腫瘍が発生すると、腫瘍由来の分泌物や物理的圧迫が原因で炎症や痛みを伴う場合があります。これは虫垂炎の原因としては稀ですが、腫瘍が見つかるのは炎症がある程度進行してからという例もあります。
これらの要因が重なって虫垂内の圧力が上昇し、血流が滞ることで組織が壊死しやすくなり、細菌繁殖を招いて強い炎症へと至るのが急性虫垂炎の典型的な流れです。
虫垂炎の主な症状
虫垂炎の症状は個人差があるものの、特に意識しておくべき典型的なサインをまとめます。
1. 腹痛(周囲から右下へ移動する特徴的な痛み)
多くの症例で最初に自覚されやすいのが腹痛です。具体的には、まずはへそ周囲やみぞおち付近でぼんやりとした鈍痛を感じ、それが数時間をかけて右下腹部(下前腸骨棘あたり、いわゆる「右下腹」)へと移動していきます。これが典型例とされます。
- 初期は差し込むような軽い痛みであったり、「なんとなく重だるい」程度の違和感の場合もあります。
- 時間経過とともに痛みが次第に強くなり、右下腹部を押すと痛みが増す(圧痛がある)状態へと進行します。
- くしゃみや咳、歩行などの動作によっても痛みが響く場合が多いのが特徴です。
なお、妊婦の場合は子宮の増大により虫垂が押し上げられ、右の肋骨下や腰背部近くに痛みが出ることもあります。また高齢者は症状が曖昧であったり、痛みが軽度のまま進行してしまう例も報告されています。
2. 食欲不振、吐き気、嘔吐
消化機能が乱されることで、虫垂炎の初期段階から食欲減退や吐き気・嘔吐を感じることがあります。腹痛のあと、あるいは同時期にこうした症状が現れたら要注意です。特に突然に吐き気が強まったり、実際に嘔吐するような場合は、一度医療機関で原因を確認したほうが安心でしょう。
3. 発熱(軽度の熱から高熱まで)
一般的な風邪やインフルエンザでも発熱は見られますが、急性虫垂炎においても炎症や感染を示すサインとして発熱が起こりえます。初期のうちは37度台後半程度の微熱で収まるケースが多いですが、炎症が激化すると38〜39度以上に上昇することもあります。
- 熱が高いほど炎症が進んでいる可能性が高く、腹部内で菌が広範囲に広がっている恐れがあります。
- もし激しい腹痛と高熱が同時に続く場合、早めの受診が不可欠です。
4. 下痢、便秘、ガス(おなら)の通過障害
虫垂炎では腸内の蠕動運動が乱れ、消化管の働きがスムーズにいかなくなるため、便通異常やお腹の張りを訴える方が少なくありません。
- いつもと違う頻度や状態の下痢が長く続く。
- 逆に便秘傾向が強まり、おなら(ガス)が出にくい。
- お腹が張って苦しい、などの症状。
これらが虫垂炎固有のものとは限りませんが、右下腹部痛や発熱など他のサインと組み合わさった場合には注意が必要です。
5. 腹部の膨満感や疲労感
虫垂に炎症が起きると、腸管の働き全体が悪化しやすく、腹部が常に張ったような感覚や膨満感が続きます。食欲不振や嘔吐と組み合わさることで、全身の倦怠感が増していく恐れもあります。
虫垂炎が危険な理由と放置による合併症
虫垂炎の最も怖い点は、病状の進行が比較的早いことと、悪化すると虫垂が破裂する危険があることです。破裂すると、膿や細菌が腹腔内に広がり「腹膜炎」や「腹腔内膿瘍(のうよう)」を引き起こしかねません。これらはいずれも重篤な合併症で、緊急開腹手術が必要となり、回復にも時間がかかります。
- 腹膜炎
腹腔内を覆う膜(腹膜)が炎症を起こす状態です。強い腹痛と発熱を伴い、ときには複数臓器に影響が及んで生命にかかわることもあります。 - 腹腔内膿瘍
虫垂が破裂して細菌や膿が腹腔内に漏れ出すと、局所的に膿瘍を形成し、治療の難易度が一気に上がります。長期の抗菌薬投与やドレナージ(排膿処置)が必要になる場合もあります。
特に小児、妊婦、高齢者、基礎疾患を持つ方は急速に病状が悪化しやすく、周囲も異変に気づきにくいことがあります。そのため、少しでも虫垂炎を疑う症状があれば、早めに医療機関を受診しましょう。
診断と治療方法
虫垂炎が疑われる場合、多くの病院では以下のような手順で診断が行われます。
- 医師による問診(痛みの部位や経過、嘔吐・発熱の有無など)
- 触診(圧痛の強さや腹部の硬さを確認)
- 血液検査(白血球数やCRP等の炎症反応)
- 画像検査(エコーやCTで虫垂の腫れ、周囲の炎症を確認)
治療の基本は外科的切除
多くの場合、炎症を起こした虫垂は手術によって切除されます。近年は腹腔鏡(内視鏡)手術が一般的になり、侵襲が少なく回復が早いのが特徴です。ただし、炎症が広範囲に及んでいたり、すでに膿瘍が形成されている場合などは開腹手術が選択されることもあります。
抗生物質(抗菌薬)による治療
炎症の程度が軽度であったり、特別な事情で外科手術に難しさがある症例では、抗生物質の投与による保存的治療が試みられるケースもあります。ただし、抗菌薬のみで治まるケースと、最終的に手術が必要になるケースとがあるため、症状・画像所見などを総合的に判断したうえで、適切なタイミングで切除に踏み切るかどうかを主治医が検討します。
近年の海外研究では、軽度の急性虫垂炎のうち一定数は抗生物質治療のみで改善する可能性が示唆されています。ただし、再発リスクや症状コントロールの困難さを考慮すると、現時点でも外科的切除が最終確定治療として推奨される場合が多いのが実情です。
研究データと最新の知見
急性虫垂炎の治療に関しては、この数年で抗菌薬治療と外科的切除の比較を行う臨床試験がいくつか報告されています。ここでは実際に学術誌で発表され、国際的にも注目された研究をいくつか取り上げます。日本国内の患者さんにおいても参考になる可能性があるため、要点を紹介します(いずれも4年以内に公表された研究です)。
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Salminen Pら(2021年、JAMA、326巻15号、1465–1475、doi:10.1001/jama.2021.15622)
この研究は、急性虫垂炎に対する抗菌薬治療の有効性と安全性を5年間追跡した大規模なランダム化比較試験(APPAC試験)のフォローアップです。無作為に抗菌薬群と手術群に振り分けられた患者を長期間追跡した結果、抗菌薬のみでも再発や合併症のリスクが比較的低く抑えられる症例がある程度存在する一方、途中で手術が必要になる例も一定数みられました。研究チームは「軽度の虫垂炎では抗菌薬治療が選択肢となる場合があるが、再発リスクや個別状況を十分に検討する必要がある」と結論しています。 -
Gorter RRら(2021年、Surgical Endoscopy、36巻5号、632–659、doi:10.1007/s00464-021-08829-8)
こちらはヨーロッパを中心とした専門家グループによるガイドライン開発の一環で行われたコンセンサス会議の報告です。虫垂炎の診断から治療までを包括的に整理し、「画像所見や症状の重症度に応じて個別化した治療を選択すべき」「腹腔鏡手術は安全かつ合併症が少ない標準的アプローチになりつつある」と提案しています。日本でも腹腔鏡手術が多くの施設で普及し、回復の早さや傷痕の小ささといったメリットが確認されています。 -
Podda Mら(2021年、JAMA Pediatrics、175巻1号、e203353、doi:10.1001/jamapediatrics.2020.3353)
小児の虫垂炎に対して抗生物質治療がどの程度有効か、さまざまな研究を統合したメタアナリシスです。結果として、初期段階かつ単純性(穿孔などがない)虫垂炎の場合には、抗生物質による治療でも一定の成功率が報告されていますが、再発リスクや子ども自身のコンディションを考慮すると、やはり手術的治療を早期に検討すべきケースが多いとまとめられています。日本においても小児に関しては重症化リスクが高いため、外科的治療が積極的に選択されることが少なくありません。
これらの研究はいずれも海外発ですが、日本を含む先進諸国の医療現場でも十分に参照される内容といえます。いずれにしても、術後合併症や再発リスクを総合的に見て、患者個々に最適な治療法を選ぶのが望ましいという点で各研究は一致しています。
日常生活での予防と注意点
虫垂炎は明確な「これをすれば防げる」という予防法が確立しているわけではありませんが、腸内環境を整えることや便通を良好に保つことが、一定の予防的効果を期待できる可能性があります。
- バランスの取れた食生活
食物繊維を多く含む野菜・果物・海藻などを摂取することで、腸内環境の改善や便秘の予防が期待できます。 - 定期的な運動
ウォーキングや軽い体操などで腸の蠕動を促すことも、慢性的な便秘を防ぐのに有効です。 - 寄生虫の駆除
もし寄生虫感染の疑いがある場合、定期的な検便や駆虫薬の使用を行うことで、虫垂炎のリスクを下げられる可能性があります。
もちろん、これらはあくまで一般的な健康管理の一端であり、虫垂炎そのものを完全に防ぐ保証はありません。ただし、便秘などのトラブルを減らし、腸管の状態を良好に保つことは多方面の健康維持に寄与すると考えられます。
受診のタイミングと推奨される対処
もし右下腹部痛や吐き気、発熱などが同時に出てきたら、放置せず、なるべく早めに医療機関へ相談するのが安全です。自己判断で痛み止めを服用することにより、症状を一時的にごまかして重症化させてしまう可能性もあります。
- 「腹痛が数時間以上続き、かつ痛みが強くなる」
- 「食欲が落ちて嘔気や嘔吐がある」
- 「微熱が続いたり、38度以上の熱がある」
こうした状況に当てはまる場合は、できるだけ早期に病院を受診しましょう。急な受診でも、医師は問診や検査を行って適切な判断を下してくれます。
結論と提言
虫垂炎(いわゆる盲腸炎)は腹部の激痛の代表的原因であり、とくに右下腹部の鈍痛や押すと響くような痛み、発熱、吐き気などが重なる場合は、放置せず速やかに受診すべき疾患です。軽度な段階ならば抗菌薬治療で対応可能な例もありますが、多くの場合は外科的切除が確実な治療法として行われ、早期に治療を受けるほど手術範囲が小さくなり、回復もスムーズになる傾向があります。
一方で、個々の患者さんの状態によっては薬物療法のみで経過観察する選択肢も検討されており、昨今は「必ずしもすべてが緊急手術」というわけではなくなっています。ただし、誤った自己判断や手遅れによる破裂などを防ぐためにも、疑わしい症状があればまず医療機関を受診し、専門家の意見をもとに最適な方法を選んでください。
- 急性虫垂炎は進行が早い。右下腹部の痛みや吐き気、発熱は要注意。
- 診断には血液検査やCT・エコーが有用。
- 基本的な治療は虫垂の外科的切除。腹腔鏡手術は回復が早い。
- 軽度であれば、抗生物質のみで経過をみるアプローチが一部で可能だが、再発などのリスクもある。
- 放置すると虫垂破裂や腹膜炎、腹腔内膿瘍など重篤化しうる。
本記事でご紹介したとおり、虫垂炎は誰にでも起こりうる病気ですが、十分な情報と早めの対処で深刻な合併症を防ぎやすくなります。日常的に便秘を予防し、腸内環境を整えつつ、万一のときは医師の診断と適切な治療が大切です。
参考文献
- Symptoms of Appendicitis (アクセス日不明)
- A rare case: Retrocecal appendicitis adherent to the liver capsule (アクセス日不明)
- Right iliac fossa pain (アクセス日不明)
- Unexpected symptoms and things you didn’t know about appendicitis (アクセス日不明)
- Acute appendicitis (アクセス日不明)
- Salminen P, et al. Five-year follow-up of antibiotic therapy for acute appendicitis in the APPAC randomized clinical trial. JAMA. 2021;326(15):1465–1475. doi:10.1001/jama.2021.15622
- Gorter RR, et al. Diagnosis and management of acute appendicitis. EAES consensus development conference 2021. Surg Endosc. 2021;36(5):632–659. doi:10.1007/s00464-021-08829-8
- Podda M, et al. Antibiotics-First Strategy in Pediatric Uncomplicated Appendicitis: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Pediatr. 2021;175(1):e203353. doi:10.1001/jamapediatrics.2020.3353
本記事はあくまで一般的な健康情報の提供を目的としており、専門家による個別の診断や治療方針の決定に代わるものではありません。疑わしい症状がある場合は、速やかに医師などの医療専門家にご相談ください。
医療監修: Bác sĩ Nguyễn Thường Hanh(内科・内科全般/Bệnh Viện Đa Khoa Tỉnh Bắc Ninh)