聴覚障がい者との円滑なコミュニケーション術 | 根気と適切な方法がカギ
耳鼻咽喉科疾患

聴覚障がい者との円滑なコミュニケーション術 | 根気と適切な方法がカギ

音声を中心としないコミュニケーションは、独自の特性を持っています。しかし、その特性を理解し、適切な方法を用いることで、聴覚に障がいのある方々との間に深く、豊かな関係を築くことは十分に可能です。この記事は、聴覚障がい者とのコミュニケーションの壁がもたらす孤立や疎外感を乗り越え、相互理解の架け橋となることを目指しています。当事者の方、ご家族、医療・福祉関係者、そしてコミュニケーションに関心のあるすべての方々へ、この記事が具体的な知識、スキル、そして新しい視点を提供できることを願っています。本記事の情報は、厚生労働省1, 2、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会3、日本聴覚医学会4といった日本の公的機関や専門学会、そして信頼できる国内外の学術研究に基づいており、読者の皆様に確かな情報をお届けすることをお約束します。

要点まとめ

  • 聴覚障がいは「伝音難聴」「感音難聴」など多様で、聞こえ方は一人ひとり異なります。補聴器や人工内耳も万能ではなく、個々の状況に合わせた理解が不可欠です1, 5
  • コミュニケーションの成功は、静かな環境、明るい照明、適切な距離といった物理的な準備と、「どのような方法が分かりやすいですか?」と尋ねる心理的な配慮から始まります6, 7, 8
  • 「ゆっくり、はっきり話す」ことに加え、口元を見せる読話の補助、ジェスチャーや表情、筆談、そしてUDトーク9のような支援アプリなど、複数の方法を柔軟に組み合わせることが極めて重要です。
  • 日本の公的制度である「電話リレーサービス」10, 11は、聴覚障がい者の電話利用を支える重要なインフラです。利用方法を理解し、活用することが推奨されます。
  • 職場や医療、教育現場など特定の場面では、障害者総合支援法に基づく合理的配慮が求められます。情報保障のための具体的な工夫と、社会全体での理解促進が共生社会の実現につながります。

1. 聴覚障がいの基礎知識:多様な「きこえにくさ」を理解する

「聴覚障がい」と一括りにせず、その多様性を理解することは、適切な配慮への第一歩です。障がいの種類や程度、そしてその背景は一人ひとり異なり、それぞれに合わせたコミュニケーション方法が求められます。原記事でも指摘されているように、「耳が不自由と一口に言っても…人によって異なります」という視点は、誤解を防ぎ、真の理解を促す上で非常に重要です。

1.1. 聴覚障がいとは?種類と程度

聴覚障がいは、音の伝達経路のどこに問題があるかによって、主に3つのタイプに分類されます。

  • 伝音難聴: 外耳から中耳にかけての音を伝える部分に問題が生じる難聴です。原因としては、中耳炎や耳垢の詰まりなどがあり、治療によって聴力が回復する可能性もあります。
  • 感音難聴: 音を感じ取る内耳(蝸牛)や、音の情報を脳に伝える聴神経に問題が生じる難聴です。加齢や騒音、特定の薬剤などが原因となり、一般的に治療による回復は難しいとされています。
  • 混合難聴: 伝音難聴と感音難聴の両方の特徴を併せ持つ難聴です。

聴力のレベルはデシベル(dB)で表され、一般的に以下のように分類されます。身体障害者福祉法における等級定義も参考に、聞こえ方の違いを理解することが助けになります12

難聴の程度 聴力レベルの目安 聞こえ方の例
軽度難聴 25dB以上 40dB未満 小さな声やささやき声が聞き取りにくい。騒がしい場所での会話が困難。
中等度難聴 40dB以上 70dB未満 普通の大きさの会話が聞き取りにくい。補聴器が必要になることが多い。
高度難聴 70dB以上 90dB未満 非常に大きな声でないと聞こえない。補聴器なしでの会話はほぼ不可能。
重度難聴(ろう) 90dB以上 耳元の大きな声も聞こえない、または音の存在しかわからない。

また、「ろう」「中途失聴」「難聴」という言葉は、それぞれ異なる背景を持っています。ろう者は主に手話を第一言語として育った人々を指し、中途失聴者は人生の途中で聴力を失った人々、難聴者は残存聴力を活用してコミュニケーションをとることが多い人々を指します。これらの用語や背景の違いを理解し、画一的な見方を避けることが重要です。

1.2. 日本における聴覚障がい者の現状

厚生労働省の「令和4年生活のしづらさなどに関する調査」によると、日本国内の在宅の聴覚・言語障害者数は約37.9万人と推計されています13。これは社会の重要な一員であり、その人口動態を理解することは社会全体の課題を把握することにつながります。特に、日本の急速な高齢化に伴い、加齢性難聴者の数は増加傾向にあります14, 12

この問題は日本に限りません。世界保健機関(WHO)は、世界の聴覚障害者数を約4億6600万人と推定し、対策を講じなければ2050年には9億人を超える可能性があると警告しています5。聴覚障がいは、国際的にも取り組むべき重要な健康課題なのです。

1.3. コミュニケーション方法の多様性

聴覚障がいのある人々が用いるコミュニケーション手段は、その人の聴力レベル、障がいを受容する過程、受けてきた教育、そして現在の生活環境によって大きく異なります。補聴器や人工内耳は聞こえを助ける重要なツールですが、決して万能ではありません1, 5。装用していても、騒音の中や複数人での会話では聞き取りに困難が伴うことがあり、効果には個人差が大きいのです。

厚生労働省の調査(平成28年)では、コミュニケーション手段として手話が25%、口話が10%、筆談が23%、補聴器が25%という割合が示されています1。令和4年の調査でも、これらの手段が引き続き重要な役割を果たしていることが確認されています13, 15。多くの人は、これらの手段を一つだけ使うのではなく、状況に応じて音声、ジェスチャー、指文字などを柔軟に組み合わせています。相手がどの手段を主として使うか、またはどの組み合わせを好むかを理解し、尊重する姿勢が円滑なコミュニケーションの鍵となります。

2. コミュニケーションの前に:準備と心構え

効果的なコミュニケーションは、言葉を交わす前から始まっています。環境を整え、お互いの心理的な壁を取り払う準備をすることで、コミュニケーションの質は劇的に向上します。

2.1. 相手のコミュニケーションニーズの確認

初対面の場合、相手がどのようなコミュニケーション方法を望んでいるかを丁寧に尋ねることが最も重要です。「どのような方法が分かりやすいですか?」あるいは「筆談と話すのと、どちらが良いですか?」など、相手にプレッシャーを与えない形で確認しましょう。補聴器や人工内耳を装用しているか、どちらの耳が聞き取りやすいか、手話を使うかなどを事前に確認することで、より適切な配慮が可能になります7

2.2. コミュニケーション環境の整備

コミュニケーションをとる環境は、情報の伝達に大きく影響します。以下の点に配慮することで、聞き取りやすさ、読み取りやすさを格段に改善できます。

  • 騒音の少ない場所を選ぶ: 補聴器は周囲の雑音も拾ってしまうため、騒がしいカフェや駅のホーム、BGMの大きな店内は避け、静かな個室や会議室、公園のベンチなどを選びましょう6, 8
  • 明るい照明を確保する: 表情や口の動きは、言葉を補う重要な情報源です。相手の顔に影ができないよう、十分な明るさを確保し、窓を背にするなどの逆光は避けてください6, 8
  • 適切な距離と位置関係を保つ: 正面に向き合い、互いの視線が合う位置が基本です。口元がはっきりと見える1~2m程度の距離が適切とされることが多いです16, 17, 6, 8
  • マスク着用時の課題に対応する: マスクは口元を隠し、読話を著しく困難にします。ある研究では、マスク着用が聴覚障がい者のコミュニケーションに大きな影響を与えたことが報告されています18。可能であれば透明マスクやフェイスシールドを使用するか、筆談やコミュニケーション支援アプリを積極的に活用しましょう。

2.3. 心理的な配慮:安心感と信頼関係の構築

技術的な方法論以上に、心理的な配慮がコミュニケーションの質を決定づけます。「聞き取れないこと」に対する気まずさや焦りを相手に感じさせない、安心できる雰囲気作りが何よりも大切です16, 8。聞き返されたときに嫌な顔をせず、笑顔や頷きといった肯定的な反応を示すことで、相手は安心してコミュニケーションを続けることができます。特に日本では、相手に負担をかけたくないという遠慮の気持ちが働きがちです。だからこそ、「何度でも言ってくださいね」という姿勢や、会話が途切れても焦らず待つ忍耐強さが、信頼関係の礎となります。

3. 基本的なコミュニケーション方法と実践のコツ

環境と心の準備が整ったら、次はいよいよ具体的なコミュニケーション方法です。一つの方法に固執せず、状況に応じて柔軟に組み合わせることが成功の鍵です。

3.1. 明瞭で自然な話し方

聞こえにくい人に対して、つい大声で話してしまいがちですが、これは必ずしも効果的ではありません。むしろ、音の歪みを引き起こし、かえって聞き取りにくくなることがあります。重要なのは以下の点です。

  • ゆっくり、はっきり、区切って話す: 早口や小声は避け、一語一語を明瞭に、単語や文節の間で少し間を取りながら話しましょう16, 17, 6, 8
  • 自然なトーンと口の動きを保つ: 補聴器や人工内耳は、過度な抑揚や不自然な口の動きを歪みとして捉えることがあります。高齢の難聴者を対象とした研究でも、自然な発声法の工夫の重要性が指摘されています19
  • 紛らわしい言葉を言い換える: 「7時(しちじ)」と「1時(いちじ)」のように紛らわしい言葉は、「ななじ」「いちじ」と言い換えたり、「夜の7時です」と補足したりする工夫が有効です17

3.2. 読話(口話・読唇)を助ける工夫

読話は、相手の口の形や動きから言葉を読み取るスキルです。これを助けるためには、話し手が口元をはっきりと見せることが大前提となります16, 17, 6, 8。ただし、不自然に口を大きく開けすぎると、かえって読み取りにくくなるため注意が必要です6, 8。また、読話だけで全ての情報を正確に把握するのは非常に困難であり、一般的には内容の3分の1程度しか理解できないとも言われています20。そのため、読話はあくまで補助的な手段と捉え、筆談やジェスチャーなど他の方法と必ず併用することが不可欠です。

3.3. 効果的なジェスチャーと表情の活用

言葉以外の非言語的な情報も、コミュニケーションを豊かにする重要な要素です。言葉の意味を補うような、自然で分かりやすい身振り手振りを加えることで、伝わりやすさが向上します17, 20, 6, 8。また、喜び、悲しみ、疑問といった感情を表情で豊かに示すことで、言葉のニュアンスがより正確に伝わります6, 8。ただし、あまりに大げさな動きは相手の集中を妨げることもあるため、自然な範囲で行うことが大切です。

3.4. 筆談の活用:正確な情報伝達のために

複雑な内容や固有名詞、数字、専門用語など、口頭での伝達が難しい場合や、聞き返しが多くなる時には、筆談が非常に有効です1。紙とペンだけでなく、スマートフォンやタブレットのメモ機能、ホワイトボードなど、状況に応じて使いやすいツールを選びましょう。文字は大きく、簡潔な表現を心がけ、必要であれば図や記号で補足すると、より分かりやすくなります。また、専門的な支援として、話し手の言葉を要約してリアルタイムで文字に起こす「要約筆記」という方法もあり、厚生労働省の意思疎通支援事業としても提供されています1, 2

3.5. 手話によるコミュニケーション

手話は単なる身振り手振りではなく、独自の文法体系を持つ視覚言語です。特に、ろう者にとっては母語(第一言語)であり、この理解と尊重がコミュニケーションの第一歩となります1。日本で使われているのは主に「日本手話」で、音声日本語とは語順などが異なります。公的な場面や専門的な会話では、手話通訳者の派遣が必要となることもあります。手話通訳者の派遣は、厚生労働省の意思疎通支援事業や地方自治体の制度を通じて依頼することが可能です2。全日本ろうあ連盟21などの当事者団体も関連情報を提供しています。「こんにちは」「ありがとう」といった簡単な挨拶の手話や指文字を知ることから、手話の世界に触れてみるのも良いでしょう。

4. テクノロジーを活用したコミュニケーション支援

近年のテクノロジーの進化は、聴覚障がいのある人々のコミュニケーションを大きく変えつつあります。様々なツールを理解し、適切に活用することで、コミュニケーションの可能性はさらに広がります。

4.1. 補聴器と人工内耳:聞こえを補うために

補聴器には耳かけ型や耳あな型など様々なスタイルがあり、個々の聴力や生活スタイルに合わせて、耳鼻咽喉科医や認定補聴器技能者といった専門家による適切な選択と調整(フィッティング)が不可欠です1, 22。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の「聴覚管理マニュアル」4でも、その重要性が強調されています。一方、人工内耳は、重度の感音難聴者向けの医療機器で、内耳に電極を埋め込む手術と、術後のリハビリテーションが必要です1, 22。これらの機器を装用していても、騒音下での聞き取りには限界があることなど、ユーザーへの配慮は引き続き重要です。

4.2. コミュニケーション支援アプリ(音声認識文字変換アプリなど)

スマートフォンの普及により、会話をリアルタイムで文字に変換するアプリが身近なツールとなりました。日本で利用可能な主要なアプリには、それぞれ特徴があります。

アプリ名 特徴 主な利用シーン
UDトーク9, 23 リアルタイム字幕、多言語翻訳、豊富な法人・教育機関向けプラン。会議や講演会での実績多数。プランにより初期費用・月額費用が異なる24 会議、講演会、学校の授業、窓口業務
こえとら25, 26 NICT開発の技術を活用。シンプルな操作性。インターネット接続がない状況でも一部機能が利用可能で、災害時も想定されている。 日常会話、外出先、緊急時
YY文字起こし / YYProbe27 シンプルなデザイン、オフライン機能、19言語翻訳。笑い声などをアニメーションで表示するユニークな機能も。YYProbeは法人向け。 日常会話、小規模なミーティング、多言語環境
Notta27 高精度の音声認識に加え、AIによる自動要約機能が特徴。長時間の会議やインタビューの記録に便利。 会議、インタビュー、講義の文字起こしと要約

これらのアプリは、会議や面接時の情報保障ツールとして非常に有効であり1, 28、利用シーンや必要な機能、予算に応じて最適なものを選択することが重要です。

4.3. 電話コミュニケーションの支援技術

口元が見えず、音声情報だけが頼りとなる電話は、聴覚障がいのある人にとって特に困難なコミュニケーション手段の一つです。しかし、これも技術の力で乗り越えることが可能になっています。

電話リレーサービス(日本):
これは、「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律」11に基づき、公共インフラとして提供されているサービスです。通訳オペレータが、聴覚や発話に困難のある人と聞こえる人の間を、手話や文字と音声とで通訳し、24時間365日、双方向の電話コミュニケーションを実現します10, 11。このサービスは、一般財団法人日本財団電話リレーサービス11, 29によって提供されており、アプリまたは郵送で利用登録が可能です。料金プランには月額料の有無があり、通話料は別途発生します29。特筆すべきは、110番(警察)、119番(消防・救急)、118番(海上保安庁)への緊急通報にも対応している点です10, 29

また、サービスの一環として提供される「ヨメテル29, 30は、通話相手の音声をリアルタイムで文字に表示するアプリで、音声での会話が可能な難聴者などにとって非常に有用です。

その他、補聴器に搭載されているテレコイル機能は、対応電話機や磁気ループシステムが設置された場所で、周囲の雑音を抑えてクリアな音声を聞き取るのに役立ちます。また、電話の音量を大きくする増幅器や、着信を光で知らせる装置なども有効な補助機器です22

4.4. その他の支援技術

日常生活の中にも、コミュニケーションを助ける技術は数多く存在します。テレビやオンライン動画の字幕機能、ドアベルや火災報知器、目覚まし時計などを振動や光で知らせる通知装置、そして教育現場や講演会で話し手の声を直接補聴器に届けるFMシステムなどの補聴援助システムも、情報格差をなくすために重要な役割を果たしています22

5. 特定の場面におけるコミュニケーション

コミュニケーションの方法は、相手や状況によって柔軟に変える必要があります。ここでは、いくつかの具体的な場面を取り上げ、それぞれのポイントを解説します。

5.1. 日常会話(家族、友人とのコミュニケーション)

親しい間柄では、お互いが楽に意思疎通できる独自のルールやサインを決めておくと便利です。例えば、よく使う言葉を簡単なジェスチャーで示すなどの工夫が考えられます。最も重要なのは、聞き取れなかった時に「もう一度言って」と気兼ねなく言える信頼関係です。繰り返しや確認をためらわない、安心できる関係性を築くことが、円滑なコミュニケーションの土台となります。海外の親向けガイド22, 31でも、このような関係構築の重要性が説かれていますが、日本国内の家族会や支援団体の情報も参考にすると良いでしょう。

5.2. 職場でのコミュニケーション

職場は、一日の多くの時間を過ごす重要な生活の場です。障害者雇用促進法では、企業に対して、障がいのある従業員が能力を発揮できるよう「合理的配慮」を提供することを義務付けています。聴覚障がいのある同僚に対しては、以下のような配慮が考えられます。

  • 会議・打ち合わせ: 発言者の口元が見やすい席を確保する、アジェンダや資料を事前に共有する、UDトークなどのアプリや議事録で内容を文字化する、といった情報保障が有効です。
  • 協力体制の構築: 企業が聴覚障がい者の受け入れに際して課題を感じるケース32がある一方で、データは多くの聴覚障がい者が活躍していることを示しています5, 14, 33。個人の努力だけに頼るのではなく、職場全体で支援する意識を持つことが、共に働きやすい環境づくりにつながります。
  • 相談窓口の活用: ハローワークの専門窓口や、ジョブコーチによる支援32など、聴覚障がい者の就労を支援する専門機関も存在します。

5.3. 医療機関でのコミュニケーション

医療現場では、専門用語が多く、情報の誤解が健康に直結する可能性があるため、特に正確で丁寧なコミュニケーションが求められます。受診する際は、症状や質問したいことを事前にメモしておく、筆談用具やアプリを持参する、必要に応じて支援者に同行してもらうなどの準備が有効です。医療スタッフには、自身の聞こえの状態や希望するコミュニケーション方法を明確に伝えましょう。医療機関側も、問診票の工夫や説明用資料の活用、そして十分な時間をかけた対話が重要です。あるスコーピングレビューでは、医療従事者とのコミュニケーション支援として、非言語的戦略、人的支援、環境適応、技術支援など7つのテーマが挙げられています34。WHOも、プライバシーを確保し、背景雑音を最小限に抑え、顔を見て話し、筆談や図を活用することを推奨しています8

5.4. 教育現場でのコミュニケーション

教育現場では、児童生徒一人ひとりのニーズに合わせた合理的配慮が不可欠です。具体的には、発言者が分かりやすい座席への配慮、FMシステムなどの補聴援助システムの活用、授業内容を文字で伝えるノートテイカーや手話通訳者の配置などが挙げられます。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の「小児難聴診療の手引き」4などを参考に、学習に必要な情報が適切に保障される環境を整えることが重要です。UDトークのようなアプリも、教育現場で広く活用され始めています24。最終的な目標は、聴覚に障がいのある児童生徒が、他の生徒たちと共に学び、成長できるインクルーシブな教育環境を実現することです。

5.5. 緊急時・災害時のコミュニケーション

災害などの緊急時において、情報は命を守る上で極めて重要です。テレビの字幕放送、スマートフォンの緊急速報メール、防災アプリなど、音声に頼らない情報入手手段を日頃から確認しておくことが大切です。避難所では、情報ボードの設置や筆談用具の準備、手話ができるボランティアの配置など、情報伝達手段を確保するための配慮が求められます。特に、コミュニケーション支援アプリ「こえとら」は、インターネット接続がないオフライン環境でも利用できるため26、事前にスマートフォンにダウンロードしておくことが推奨されます。

6. コミュニケーションを深めるために:さらなるステップ

基本的な方法を身につけた上で、さらに一歩踏み出すことで、コミュニケーションはより深く、豊かなものになります。

6.1. 手話の学習

手話を学ぶことは、コミュニケーションの選択肢を広げるだけでなく、ろう文化への理解を深める素晴らしい機会です。地域の福祉センターやNPOが主催する手話教室やサークル、オンラインの学習プラットフォームなど、学ぶ方法は様々です。

6.2. 読話(口話)スキルの向上

読話のスキルは、専門機関での訓練や教材を用いた自主学習によって向上させることができます。ただし、前述の通り読話には限界があるため、あくまで補助的な手段として捉え、他の方法と組み合わせることの重要性を忘れないようにしましょう。

6.3. 聴覚障がい者関連団体との連携

全日本ろうあ連盟21, 35や地域の難聴者協会、手話サークル36といった当事者団体は、貴重な情報交換や仲間作りの場となります。団体の活動や、季刊「MIMI」37のような出版物を通じて、当事者の視点やコミュニティの最新動向を知ることができます。

6.4. 周囲への啓発と理解促進

この記事で得た知識や情報を、ぜひご家族や職場、学校などの身近な人々と共有してみてください。聴覚障がいのある人がコミュニケーションしやすい環境を、一人で作るのではなく、みんなで共に作っていくという意識が大切です。東京2025デフリンピック26のようなイベントも、社会全体の理解を深める良い機会となるでしょう。

健康に関する注意事項

  • 本記事は、聴覚に障がいのある方々とのコミュニケーションを円滑にするための情報提供を目的としており、医学的診断や治療、リハビリテーションに関する専門的な判断を代替するものではありません。
  • 個々の聴覚の状態やコミュニケーションのニーズは多様です。具体的な診断、治療方針、補聴器や人工内耳の選択・調整、専門的なコミュニケーション訓練については、必ず耳鼻咽喉科専門医、聴覚言語専門士、認定補聴器技能者などの専門家にご相談ください。
  • 本記事で紹介する支援技術やサービスの情報は、作成時点(2025年6月)のものです。最新の情報については、各提供機関の公式サイト等でご確認ください。

よくある質問

補聴器をつけていれば普通に聞こえるのですか?

いいえ、そうとは限りません。補聴器は音を大きくして聞こえを補助しますが、聞こえ方を完全に元通りにするものではありません。特に、騒がしい場所や複数人が同時に話す環境では、言葉の聞き取りが依然として難しいことがあります。また、聞こえ方には個人差が大きく、補聴器がその人の聴力に合わせて精密に調整されているかどうかも重要です。したがって、補聴器を装用している方と話す際も、本記事で紹介したような配慮(ゆっくり話す、口元を見せるなど)を心がけることが大切です1

手話は世界共通ですか?

いいえ、手話は世界共通の言語ではありません。音声言語に日本語、英語、中国語などがあるように、手話も国や地域によって独自の文法や語彙を持つ、独立した言語です。日本で主に使われているのは「日本手話(JSL)」です。国際的な会議など、異なる国のろう者が集まる場では、補助的に「国際手話」が用いられることもありますが、これはあくまで共通の基盤を持たない人々がコミュニケーションをとるための方便であり、どの国の母語話者にとっても第二言語のような位置づけになります1

コミュニケーション支援アプリはどれを選べばいいですか?

最適なアプリは、ご利用になる目的や状況によって異なります。選ぶ際のポイントは、①利用シーン(一対一の会話か、会議や講義か)、②必要な機能(リアルタイムでの表示速度、翻訳機能の要否、内容の保存や編集が可能か)、③ご予算(無料か、月額費用がかかるか)、④お使いのスマートフォンのOS(iOS/Android)です。例えば、会議での情報保障が主目的であれば法人向けプランが充実した「UDトーク」が、日常会話で手軽に使いたい場合は「こえとら」や「YY文字起こし」が候補になるでしょう。本記事の4.2.で主要なアプリの特徴を比較していますので、ご自身のニーズに最も合うものを見つけてみてください。

電話リレーサービスは誰でも使えますか?料金は?

電話リレーサービスは、聴覚や発話に困難があり、事前の利用登録を済ませた方が利用できる公的なサービスです。聞こえる人が利用登録なしで、聴覚障がいのある方に電話をかけることも可能です。料金については、サービスの利用登録やアプリのダウンロードは無料ですが、通話料は利用者が負担します。料金プランはいくつか用意されており、月額料金がかかるプランと、かからないプランがあります。詳しくは本記事の4.3.で解説しているほか、提供機関である日本財団電話リレーサービスの公式サイトで最新の情報をご確認ください10

職場で聴覚障がいのある同僚にどのように配慮すればよいですか?

最も重要なのは、ご本人に直接、どのような配慮が必要かを確認することです。良かれと思った配慮が、必ずしも本人の望むものではない場合もあります。その上で、一般的に有効な配慮としては、①会議では発言者の口元が見える席に座ってもらう、②資料やアジェンダを事前に共有して話の流れを追いやすくする、③発言者を明確にしてから話す「ネームイン」を徹底する、④必要に応じて筆談やコミュニケーション支援アプリ(UDトークなど)を活用する、⑤メールやチャットなど、文字でのコミュニケーション手段を積極的に併用する、といった点が挙げられます。詳しくは本記事の5.2.をご参照ください32

結論

聴覚に障がいのある方との円滑なコミュニケーションは、決して乗り越えられない壁ではありません。本記事で解説したように、視覚的な情報を活用すること、ゆっくりと明瞭に話すこと、ジェスチャーや表情を豊かにすること、静かな環境を整えること、そしてテクノロジーを賢く利用することなど、多様なアプローチを柔軟に組み合わせることで、情報の伝達は格段にスムーズになります。

しかし、最も重要なのは「技術」以上に「心」です。相手を深く理解しようとする姿勢、伝わらないことへの忍耐力、そして何よりも「伝えたい」「分かり合いたい」という共感の気持ちが、あらゆる方法論の根底にあるべきです。完璧な方法が一つだけ存在するわけではありません。相手のニーズを尊重し、試行錯誤を重ねながら、双方にとって快適なコミュニケーションスタイルを共に見つけていくプロセスそのものが、信頼関係を築く上でかけがえのない価値を持つのです。

コミュニケーションスキルは一朝一夕に身につくものではなく、日々の意識と実践が大切です。本記事がその一助となり、そして社会全体で聴覚障がいへの理解と配慮がさらに深まることで、誰もが安心して対話に参加できる共生社会が実現できることを、私たちは心から願っています。

免責事項この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

参考文献

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