消化器疾患

肛門裂傷(切れ痔)の完全ガイド:原因から最新の治療選択肢、日本の医療制度における注意点まで

本レポートは、肛門裂傷(一般に「切れ痔」として知られる)に関する包括的かつ医学的根拠に基づいた情報を提供することを目的としています。肛門裂傷の定義、原因、症状から、生活習慣の改善、市販薬、専門的な薬物療法、外科手術に至るまで、利用可能なすべての治療選択肢を詳細に解説します。特に、日本の医療制度(保険適用、費用、専門医の見つけ方など)に焦点を当て、患者が自身の状態を深く理解し、医師との相談のもとで最適な治療法を選択するための一助となることを目指します。

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

  • 日本の診療ガイドライン: 日本大腸肛門病学会(JSOCP)が発行した2020年版のガイドラインは、国内の臨床現場における診断と治療の標準的なアプローチの基盤となっています。1012
  • 国際的な診療ガイドライン: 米国結腸直腸外科学会(ASCRS)による2023年の臨床実践ガイドラインは、最新の国際的なエビデンスに基づいた治療選択肢の詳細な評価を提供しています。4

要点まとめ

  • 肛門裂傷(切れ痔)は、硬い便などによる物理的な傷がきっかけですが、根本には「痛み→筋肉のけいれん→血流低下による治癒不全」という悪循環が存在します。4
  • 症状が6週間以上続く「慢性裂肛」になると自然治癒が難しくなり、専門的な治療が必要になることが多いです。1
  • 国際的に推奨される効果的な塗り薬は、日本では保険適用外(自費診療)であり、保険が使える根治治療は外科手術という特有の状況があります。8
  • 外科手術(LIS)は90%以上の高い治癒率を誇りますが、軽度の便失禁という永続的なリスクも伴うため、専門医との十分な相談が不可欠です。36

肛門裂傷を理解する:痛みの根源

排便のたびに走る鋭い痛み、そしてトイレットペーパーに付着する鮮血。その経験は、多くの人に不安と恐怖を与え、トイレに行くこと自体をためらわせるかもしれません。その気持ち、とてもよく分かります。科学的には、この問題の核心は単なる「傷」ではなく、一度始まると抜け出しにくい「悪循環」にあります。この悪循環は、事故で交通渋滞が起き、救急車(治癒に必要な血液)が現場にたどり着けない状況に似ています。だからこそ、まずは痛みの本当の原因を理解することが、この渋滞を解消するための最初の重要な一歩となるのです。

肛門裂傷とは? 正確な定義

肛門裂傷とは、肛門管の出口付近の皮膚(肛門上皮)に生じる、浅い線状の裂け目または潰瘍のことです12。これは、肛門科の臨床現場で非常に一般的に見られる疾患の一つです。通常、裂傷は背中側の正中線上に発生することが最も多いとされています。もし裂傷が側面にできたり、複数箇所に存在したりする場合は、クローン病などの他の基礎疾患の可能性も考慮する必要があるため、より詳細な診察が求められます3

悪循環のメカニズム:原因と増悪因子

肛門裂傷が発生し、慢性化する背景には、特有の悪循環が存在します。最も一般的なきっかけは、硬く乾いた便が肛門を通過する際の物理的な外傷です3。しかし、この傷を長引かせ、治りにくくしている根本的な病態生理は、内肛門括約筋という筋肉の過剰な緊張(けいれん)にあります。この筋肉のけいれんが強い痛みを引き起こすだけでなく、肛門周辺の血流を著しく減少させてしまいます。血流不足は傷の治癒に必要な酸素や栄養素の供給を妨げるため、「痛み → 括約筋のけいれん → 血流低下による治癒不全 → 次の排便でさらに痛む」という負のスパイラルが形成されてしまうのです4

症状を認識する:痛み、出血、そしてそれ以上

肛門裂傷の最も特徴的な症状は、排便時に始まる、まるで裂けるような、あるいは焼けるような鋭い痛みです。この痛みは排便後も数分から数時間続くことがあり、この激しい痛みを恐れるあまり、多くの患者さんは無意識に排便を我慢するようになります。その結果、便がさらに硬くなり、前述の悪循環を一層強固なものにしてしまうのです3。その他の一般的な症状としては、トイレットペーパーや便の表面に付着する鮮やかな赤色の出血や、慢性的なケースで肛門の外側にできる小さな皮膚のたるみ(「見張りいぼ」として知られる)があります。

極めて重要な区別:急性裂肛と慢性裂肛

この区別は、その後の治療戦略全体を決定づけるため、非常に重要です。症状の持続期間が6週間未満のものは「急性肛門裂傷」と定義され、多くは後述する保存的治療によって治癒します4。一方で、症状が6週間以上続く場合は「慢性肛門裂傷」とされ、裂傷の縁が硬くなったり、内肛門括約筋の線維が露出したりといった解剖学的な変化を伴います。慢性裂肛は、括約筋のけいれんと血流不足の悪循環が定着してしまっているため、保存的治療だけでは治りにくく、薬物療法や外科的介入が必要となることが多いです13。この6週間という期間は、組織の瘢痕化が進み、自然治癒が極めて困難になる一種の「後戻りできない点」を示す可能性があるため、症状が数週間改善しない場合は、早めに専門医に相談することが重要です。

受診の目安と注意すべきサイン

  • 排便と無関係に続く激しい肛門の痛みがある場合
  • 出血量が多い、または血液が黒っぽい色をしている場合
  • 発熱や強い倦怠感を伴う場合
  • 裂傷が肛門の横側にある、または複数箇所にわたって見られる場合(クローン病などの炎症性腸疾患の可能性があるため)

治癒の土台:保存的治療と生活習慣に基づく戦略

長引くお尻の痛みに対して、「どうせ治らない」と諦めかけていたり、「自分でできることはもうない」と感じていたりするかもしれません。しかし、薬や手術の前に、すべての治療の成功に不可欠な「土台」を築く方法があります。科学的には、便の質をコントロールし、肛門への物理的な刺激を減らすことが、治癒への最短ルートであることが示されています。これは、荒れた土地に種をまく前に、まず土を耕し、水を与える作業に似ています。だからこそ、日々の生活習慣を見直すという、ご自身でコントロールできる一歩から始めてみませんか。

食事の改善:食物繊維と水分の役割

便を柔らかく、かさがあり、通過しやすい形にするために、1日あたり25〜35グラムの食物繊維を摂取することが強く推奨されます3。これは保存的治療の根幹をなす要素です。American Society of Colon and Rectal Surgeons(ASCRS)のガイドラインによると、ある質の高い研究では、食物繊維による維持療法が偽薬(プラセボ)と比較して、裂肛の再発率を著しく低下させた(16% 対 60%)ことが示されています4。食物繊維の供給源としては、海藻、納豆、オクラなどの水溶性食物繊維や、緑黄色野菜、果物が効果的です5。また、食物繊維が腸内で効果的に機能するためには、1日に1.5〜2リットルの十分な水分を摂取することが不可欠です。

日本の市販薬(OTC医薬品)ガイド

症状が比較的軽い急性期の場合、市販薬は痛みを和らげるための有効な選択肢です。これらの薬は主に、局所麻酔成分による鎮痛、ステロイド成分による抗炎症、そして組織修復成分による治癒促進を目的としています。ただし、これらはあくまで症状を緩和するためのものであり、慢性裂肛の根本原因である括約筋の過緊張を解消するものではないことを理解しておく必要があります。市販薬を1〜2週間使用しても症状が改善しない場合は、専門医の診察を受けるべきサインです。

表1:日本の肛門裂傷用市販薬(OTC)ガイド

製品名(例) 主要有効成分 剤形 主な効果 備考
ボラギノールAシリーズ プレドニゾロン酢酸エステル(ステロイド)、リドカイン、アラントイン、ビタミンE 軟膏、注入軟膏、坐剤 抗炎症、鎮痛、組織修復、血行促進 炎症と痛みが主症状の場合に適している。
プリザエースシリーズ ヒドロコルチゾン酢酸エステル(ステロイド)、リドカイン、塩酸テトラヒドロゾリン、クロルヘキシジン塩酸塩 軟膏、注入軟膏、坐剤 抗炎症、鎮痛、止血、殺菌 出血や腫れが気になる場合にも対応。
オシリア ヒドロコルチゾン酢酸エステル(ステロイド)、リドカイン、ジフェンヒドラミン塩酸塩、イソプロピルメチルフェノール 軟膏 抗炎症、鎮痛、鎮痒、殺菌 かゆみの症状が強い場合に特に考慮される。
ボラギノールM軟膏 グリチルレチン酸、リドカイン、アラントイン、ビタミンE 軟膏 抗炎症、鎮痛、組織修復、血行促進 ステロイド非配合。ステロイドに抵抗がある場合に選択肢となる。
乙字湯(漢方薬) トウキ、サイコ、オウゴン、カンゾウ、ショウマ、ダイオウ 錠剤、顆粒 体質改善による便通改善、炎症緩和 便秘傾向があり、体質から改善したい場合に用いられる。

この表は代表的な製品を例示したものであり、特定の製品を推奨するものではありません。使用にあたっては、薬剤師または登録販売者に相談してください。

今日から始められること

  • 1日25g以上の食物繊維と1.5リットル以上の水分を目標に、食事内容を見直してみましょう。
  • 排便後の温水坐浴(またはシャワー浴)を習慣にし、肛門部を清潔に保ち、血行を促進させましょう。
  • トイレに5分以上こもらない、強くいきまないなど、正しい排便習慣を意識しましょう。

医療的治療:科学的根拠に基づく薬物療法の選択肢

生活習慣を改善しても痛みが一向に良くならず、「もう手術しかないのだろうか」と不安に感じている方もいらっしゃるでしょう。手術は効果的な選択肢ですが、その前に試せる方法があることを知っておくのは重要です。科学的には、慢性裂肛の悪循環を断ち切る鍵は、過剰に緊張した内肛門括約筋を「リラックス」させることにあります。これは、固く締まった瓶のフタを開けるために、まずお湯で温めて緩める作業に似ています。そのため、国際的な治療では、この筋肉を直接緩める塗り薬が標準的な選択肢とされています。しかし、ここには日本特有の事情が存在します。

化学的括約筋切開術:薬で筋肉の緊張を解く

これらの薬物療法の目的は、手術をせずに、薬の力で内肛門括約筋を弛緩させ、血流を改善し、裂傷の自然治癒を促すことにあります8。国際的に主に使われるのは、ニトログリセリン(GTN)軟膏とカルシウム拮抗薬(CCB)軟膏の2種類です。メタアナリシスによると、GTN軟膏の治癒率は約49%と報告されていますが、30-60%という高い頻度で頭痛の副作用が起こることが課題です14。一方で、CCB軟膏はGTNと同等の治癒効果(約50-70%)を持ちながら、副作用が著しく少ないため、ASCRSのガイドラインでは第一選択薬として強く推奨されています47

日本における状況:重大な治療ギャップ

極めて重要な点として、これらの国際標準薬であるニトログリセリン軟膏もカルシウム拮抗薬軟膏も、日本では肛門裂傷の治療薬として保険適用が承認されていません8。そのため、これらの薬物療法を受けるには、専門クリニックで院内製剤として処方してもらい、全額自己負担の自由診療となるのが一般的です9。この事実は、日本の患者さんが直面する治療の選択プロセスを根本的に変えてしまいます。多くの海外の患者さんが「まず薬を試し、ダメなら手術」という段階的な道をたどるのに対し、日本の患者さんは「約50-70%の成功率の薬物療法に自費で支払うか、それとも90%以上の成功率だがリスクも伴う外科手術を保険で受けるか」という、複雑な経済的判断を迫られることになるのです1011

表2:慢性肛門裂傷に対する処方薬物療法の比較

治療法 作用機序 科学的根拠に基づく治癒率 主な副作用・リスク 日本での状況
ニトログリセリン(GTN)軟膏 一酸化窒素(NO)供与による内肛門括約筋の弛緩 約49%。プラセボより優位だがエビデンスの質は低い。 頭痛(30-60%)、めまい、低血圧。頭痛により治療を中断する患者もいる。 保険適用外(自由診療)
カルシウム拮抗薬(CCB)軟膏 平滑筋のカルシウムチャネル遮断による内肛門括約筋の弛緩 GTNと同等(約50-70%)。 GTNより副作用が少なく、特に頭痛の発生率が有意に低い。 保険適用外(自由診療)
ボツリヌス毒素注射 神経筋接合部でのアセチルコリン放出阻害による括約筋の一時的麻痺 約50-80%。外用薬と同等の効果。 一時的な便失禁(ガス・便、約5%)、注射部位の痛み。再発率が高い(1年で40%以上)。 保険適用外(自由診療)

自分に合った選択をするために

自費での薬物療法: 手術を避けたい方、または副作用のリスクが低い治療を優先したい方に適しています。ただし、成功率は100%ではなく、費用は全額自己負担となります。

保険適用の外科手術: 薬物療法で効果がなかった方、またはより確実な根治を目指したい方に適しています。費用は保険適用で抑えられますが、永続的な便失禁のわずかなリスクを受け入れる必要があります。

外科的介入:手術が最終的な解決策となる時とその理由

薬を使っても、生活習慣を改めても、一向に終わらない痛み。その状況では、「もうこの痛みから解放されるなら、手術もやむを得ない」と考えるのは、決して珍しいことではありません。手術と聞くと不安を感じるのは当然ですが、科学的には、慢性裂肛に対する外科的介入は「根本原因の物理的な解消」を目的とした、最も効果的な治療法と位置づけられています。これは、常に緊張してドアを固く閉ざしている筋肉の「蝶番」を少しだけ緩めてあげるようなものです。だからこそ、その高い効果と、一方で伴うリスクについて正確に理解し、納得した上で選択することが何よりも大切になります。

ゴールドスタンダード:側方内肛門括約筋切開術(LIS)

側方内肛門括約筋切開術(通称LIS)は、慢性肛門裂傷に対する最も効果的で標準的な外科手術です。この手技では、過剰に緊張している内肛門括約筋の一部をメスで小さく切開します。これにより、肛門の安静時の圧力が恒久的に低下し、けいれんが解消され、血流が劇的に改善します。その結果、裂傷が迅速に治癒へと向かうのです3。複数の研究を統合した質の高いメタアナリシスでは、LISの治癒率は一貫して90%以上、しばしば94〜100%に達すると報告されており、いかなる薬物療法よりも明確に優れていることが示されています6。日本大腸肛門病学会のガイドラインでも、保存的治療に反応しない慢性裂肛に対する有効な選択肢としてその役割が認められています10

有効性とリスクのトレードオフ:便失禁のリスクを理解する

LISが非常に効果的である一方、最も重要な考慮事項はそのリスクです。括約筋を切開するため、永続的な軽度の便失禁(特にガス=おならの制御が少し難しくなること)のリスクが伴います。複数のシステマティックレビューを統合した報告によると、LIS後の何らかの程度の便失禁の発生率は、3.4%から4.4%の間とされています6。これは低い確率ではありますが、ゼロではありません。このリスクを最小限に抑えるため、近年では、括約筋を切開する長さを裂傷の範囲に合わせて調整する「調整LIS(Tailored LIS)」という手法が開発され、同等の高い治癒率を維持しつつ、便失禁の発生率を低下させることが示されています4

今日から始められること

  • ご自身の症状が6週間以上続いている場合、外科的治療も選択肢の一つとして専門医に相談する準備を始めましょう。
  • 診察の際には、LISの高い治癒率だけでなく、便失禁のリスクについて具体的に質問し、ご自身の不安を正直に伝えましょう。
  • 「調整LIS」や、括約筋を切らない他の手術方法(皮膚弁移動術など)についても情報を求め、ご自身に最適な方法を医師と一緒に探しましょう。

日本での治療ナビゲーション:実践的ガイド

これまでの情報で病状への理解は深まったものの、「では、具体的にどこで、誰に相談すればいいのか」「費用はどれくらいかかるのか」といった実践的な疑問が残っているかもしれません。その不安な気持ちは、目的地は分かっているのに地図がない状態に似ています。ここでは、日本の医療システムの中で、あなたが最適な治療にたどり着くための具体的な「地図」を提供します。だからこそ、この情報を使って、専門家へのアクセスの第一歩を踏み出してみましょう。

適切な専門医と認定施設の見つけ方

肛門裂傷の専門的な診断と治療は、肛門科(または大腸肛門科)で行われます。信頼できる専門医や施設を見つけるためには、公式な情報源を活用することが最も確実です。

  • 日本大腸肛門病学会: この学会のウェブサイトでは、専門的な知識と技術を持つと認定された「専門医」と「認定施設」の一覧を地域別に検索することができます。これは、質の高い治療を受けるための最も信頼できる情報源の一つです12
  • 医療情報ネット「ナビイ」: これは厚生労働省が運営する全国統一の医療機関情報提供システムです。お住まいの地域や診療科を指定して、病院やクリニックを検索することができます。

費用の理解:診察と処置の保険適用

日本における肛門裂傷の治療費用を理解する上で重要なのは、「保険が適用される治療」と「適用されない治療(自由診療)」の区別です。初診や診察、そしてLIS(裂肛根治手術)や皮膚弁移動術といった外科的治療は、国民健康保険や社会保険の対象となります12。手術費用は、3割負担の場合、日帰り手術で約20,000円から30,000円が一般的な目安です1314。一方で、前述したニトログリセリン軟膏やカルシウム拮抗薬軟膏による薬物療法は保険適用外であり、その費用は全額自己負担となります8

今日から始められること

  • 日本大腸肛門病学会のウェブサイトにアクセスし、お住まいの地域の専門医・認定施設を検索してみましょう。
  • 受診したい医療機関が見つかったら、電話などで薬物療法(自費診療)の選択肢があるか、また外科手術の実績について事前に問い合わせてみるのも良いでしょう。
  • 初診の際は、保険証を忘れずに持参してください。

よくある質問

市販薬を使い続ければ、いつか治りますか?

症状が軽い急性裂肛の場合、市販薬と生活習慣の改善で治癒することもあります。しかし、市販薬は痛みを和らげる対症療法が中心であり、慢性裂肛の根本原因である筋肉のけいれんを解消する効果は限定的です。1〜2週間使用しても症状が改善しない、または悪化する場合は、自己判断で続けずに専門医を受診してください3

手術(LIS)は痛いですか?入院は必要ですか?

手術は麻酔下で行われるため、術中に痛みを感じることはありません。術後の痛みは鎮痛薬でコントロール可能です。LISは比較的侵襲の少ない手術であり、多くの専門クリニックでは日帰り手術として行われています13。ただし、施設の方針や患者さんの状態によっては短期の入院を勧められる場合もあります。

手術後の便失禁のリスクが心配です。

LIS後の軽度の便失禁(特にガスの制御)は、最も重要な合併症です。その発生率は約3-4%と報告されていますが、ゼロではありません6。このリスクを最小化するために、近年では切開範囲を調整する「調整LIS」が行われることが多くなっています4。手術を受ける前には、このリスクについて医師から十分な説明を受け、ご自身が納得できるかどうかが非常に重要です。リスクが許容できない場合は、他の手術方法(皮膚弁移動術など)や自費での薬物療法を検討することになります。

結論

肛門裂傷(切れ痔)は、特に急性期であれば、食事や排便習慣の改善といった保存的治療で治癒が期待できる疾患です。しかし、症状が6週間以上続く慢性状態に移行した場合は、痛みと括約筋のけいれんという悪循環を断ち切るための専門的な介入が必要となります。日本における治療法の選択は、国際標準の薬物療法が保険適用外であるという特有の状況により、医学的な判断だけでなく、経済的な側面も考慮しなければならない複雑なものとなっています。最も重要なことは、痛みを我慢し続けて簡単な治療機会を逃してしまうことを避けるため、症状が長引く場合は早期に肛門科の専門医に相談することです。ご自身の状態を正確に把握し、すべての選択肢の利点と欠点について医師とオープンに話し合うことが、あなたにとって最善の治療への道を開く鍵となります。

免責事項本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

参考文献

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  9. 北みやぎ外科クリニック. 裂肛(切れ痔). [インターネット]. 引用日: 2025年9月16日. リンク
  10. 日本大腸肛門病学会. 肛門疾患(痔核・痔瘻・裂肛)・直腸脱診療ガイドライン2020年版 改訂第2版. 2020. [有料] リンク
  11. たけうち日帰り外科. 肛門科疾患の治療費. [インターネット]. 引用日: 2025年9月16日. リンク
  12. 日本大腸肛門病学会. 肛門疾患(痔核・痔瘻・裂肛)・直腸脱診療ガイドライン 2020 年版. [インターネット]. 引用日: 2025年9月16日. リンク
  13. こば消化器乳腺クリニック. 切らない痔の治療・日帰り手術. [インターネット]. 引用日: 2025年9月16日. リンク
  14. 吉祥寺内科・内視鏡クリニック. 切れ痔(お尻の痛み・出血). [インターネット]. 引用日: 2025年9月16日. リンク

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