この記事の科学的根拠
この記事は、ご提供いただいた研究報告書に明示された、最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に、本記事で提示される医学的指導の根拠となった主要な情報源とその関連性を示します。
- 日本呼吸器学会 (JRS): 本記事における特発性肺線維症(IPF)の診断基準、治療方針、薬物療法の推奨に関する記述は、日本呼吸器学会が発行した「特発性肺線維症の治療ガイドライン2023」に準拠しています9。これは日本の臨床現場における最も権威ある指針です。
- ATS/ERS/JRS/ALAT: 進行性線維化を伴う間質性肺疾患(PF-ILD/PPF)という新しい概念に関する解説は、米国胸部学会(ATS)、欧州呼吸器学会(ERS)、日本呼吸器学会(JRS)、ラテンアメリカ胸部協会(ALAT)が共同で発行した2022年の国際臨床実践ガイドラインに基づいています8。
- 難病情報センター / 厚生労働省 (MHLW): 日本の公的支援制度である「指定難病」に関する定義、認定基準、申請手続き、医療費助成の内容についての具体的な情報は、厚生労働省所管の難病情報センターが提供する公式情報に基づいています18。
- 主要な医学論文: 病気のメカニズム、疫学、特定治療薬の効果に関するより深い科学的解説は、「The New England Journal of Medicine (NEJM)」27や「The Lancet」などの国際的な査読付き医学雑誌に掲載された研究論文を根拠としています。
要点まとめ
- 肺線維症は、肺が硬くなる病気であり、ウイルスや細菌が原因の感染症ではないため、他人にうつることはありません。
- 原因が特定できない「特発性肺線維症(IPF)」が最も一般的で、進行性の経過をたどりますが、近年では進行を遅らせるための抗線維化薬という有効な治療選択肢があります。
- 日本の「指定難病医療費助成制度」を利用することで、高額になりがちな治療費の自己負担を大幅に軽減することが可能です。
- 咳や息切れといった症状に気づいたら、早期に呼吸器内科を受診し、正確な診断を受けることが極めて重要です。
肺線維症とは?その正体と「感染しない」という重要な事実
肺線維症とは、何らかの原因によって肺の壁(間質)に炎症や損傷が繰り返し起こり、それを修復する過程で線維組織が異常に増殖し、結果として肺が硬く、縮んでしまう病気の総称です。この「線維化」により、肺は本来のしなやかさを失い、ガス交換の重要な場である「肺胞」が破壊されていきます4。健康な肺を柔らかいスポンジに例えるなら、線維化した肺は水気を失って硬くなったスポンジのようなもので、うまく膨らんだり縮んだりできなくなります。
肺が硬くなる「線維化」のメカニズム
肺線維症の根本的なメカニズムは複雑ですが、近年の研究によりその一端が解明されつつあります。有力な仮説として、「肺胞上皮細胞の反復性損傷と異常な修復プロセス」が挙げられます。これは、何らかの刺激(未知の要因、ウイルス、喫煙など)によって肺の最も繊細な部分である肺胞上皮細胞が繰り返し傷つけられ、その傷を治そうとする過程で、本来なら制御されているはずの線維芽細胞が過剰に活性化し、コラーゲンなどの線維成分を大量に産生してしまうという考え方です。この異常な修復が続くことで、肺の構造が徐々に破壊され、不可逆的な線維化に至ると考えられています22。
結論:肺線維症は感染症ではありません
最も重要な点として、肺線維症は感染症ではありません。この病気はウイルスや細菌によって引き起こされるものではないため、咳やくしゃみ、あるいは日常的な接触を通じて他人にうつる(伝染する)ことは絶対にありません4。患者さんがマスクを着用していることがありますが、それは他人への感染を防ぐためではなく、インフルエンザや風邪などの一般的な感染症からご自身の身を守るためです。なぜなら、肺線維症の患者さんにとって、こうした呼吸器感染症は「急性増悪」という命に関わる危険な状態を引き起こす可能性があるからです。
なぜ肺線維症になるのか?特定できる原因と「特発性」
肺線維症は、原因が特定できる「二次性肺線維症」と、原因が不明な「特発性間質性肺炎(IIPs)」に大別されます。正確な原因を突き止めることは、適切な治療方針を決定する上で極めて重要です。
原因が特定できる「二次性肺線維症」
特定の病気や環境因子が引き金となって発症するタイプです。主な原因には以下のようなものがあります。
- 膠原病・自己免疫疾患: 関節リウマチや全身性強皮症、多発性皮膚筋炎といった自己免疫疾患では、免疫システムが自身の体を攻撃することで肺に炎症が及び、線維化を引き起こすことがあります6。
- 職業・環境要因(じん肺): アスベスト(石綿)、シリカ(ケイ酸)、金属粉塵などを長期間吸い込むことで発症します。建設業や鉱業などの特定の職業に従事していた方に多く見られます4。
- 薬剤性: 一部の抗がん剤、抗不整脈薬、抗生物質などが、副作用として肺に損傷を与え、線維化の原因となることがあります16。
- 放射線治療: 乳がんや肺がんなどで胸部に放射線治療を受けた場合、その影響で肺に炎症が起こり、後に線維化へと進展することがあります。
- 過敏性肺炎: 鳥のフンやカビの胞子など、特定の有機物を繰り返し吸い込むことによってアレルギー反応が起こり、慢性化すると肺線維症に至ることがあります。
原因不明の「特発性間質性肺炎(IIPs)」とその中心である特発性肺線維症(IPF)
明らかな原因が見当たらないにもかかわらず、間質に炎症や線維化が起こる病気を総称して「特発性間質性肺炎(IIPs: Idiopathic Interstitial Pneumonias)」と呼びます。このIIPsの中で最も頻度が高く(約80-90%)、代表的な病気が特発性肺線維症(IPF: Idiopathic Pulmonary Fibrosis)です5。IPFは他のタイプに比べて進行性で、予後が比較的厳しいとされています。
IPFの発症に直接的な原因はありませんが、いくつかの危険因子が知られています。
IPFの主な危険因子
・喫煙:最も強力かつ確実な危険因子です14。
・高齢:50歳以上に多く、加齢とともに発症率が上昇します。
・性別:男性に多く見られます。
・遺伝的要因:ごく稀に家族内で発症することがあります。
・胃食道逆流症(GERD):胃酸が食道へ逆流する病気も関連が指摘されています。
肺線維症は遺伝しますか?
「この病気は子供に遺伝するのではないか」と心配される方も多くいらっしゃいますが、肺線維症の大部分は遺伝しません。ただし、患者さんの5%未満というごく一部に、家族内で複数の発症者が見られる「家族性肺線維症」が存在します18。特定の遺伝子変異との関連が研究されていますが、たとえ関連遺伝子を持っていたとしても、家族の全員が発症するわけではありません。ご心配な場合は、主治医に相談することが重要です。
肺線維症の主な症状と進行
肺線維症の症状は、ゆっくりと現れるため、初期には気づきにくいのが特徴です。しかし、病気が進行すると生活に大きな影響を及ぼします。
初期症状:気づきにくい「乾いた咳」と「労作時息切れ」
最も一般的な初期症状は、痰を伴わない乾いた咳(乾性咳嗽)と、体を動かした時に感じる息切れ(労作時息切れ)です2。「年のせい」「運動不足のせい」だと思い込み、見過ごされがちですが、特に「以前は平気だった坂道や階段で息が切れるようになった」といった変化は重要なサインです。
進行期の症状
病状が進行すると、肺のガス交換能力がさらに低下し、安静にしていても息苦しさを感じるようになります。着替えや入浴といった日常の軽い動作でも息切れが起こるようになり、生活の質(QOL)が著しく低下します。その他の症状としては、全身の倦怠感、食欲不振、体重減少などが現れることがあります。また、指先が太鼓のばちのように丸くなる「ばち指」や、血液中の酸素が不足することで唇や爪が紫色になる「チアノーゼ」が見られることもあります6。
命に関わる「急性増悪」とは
肺線維症の経過中に、特に注意すべき合併症が「急性増悪(きゅうせいぞうあく)」です。これは、1ヶ月以内に急激に呼吸状態が悪化する現象で、風邪やインフルエンザなどの感染症、手術、薬剤などが引き金となることもありますが、原因不明で起こることもあります。急性増悪は死亡率が非常に高く、極めて危険な状態であるため、急に息苦しさが増した場合は、直ちに医療機関を受診する必要があります18。
【国際・国内ガイドライン準拠】肺線維症の診断プロセス
肺線維症の診断は、単一の検査だけで確定できるものではなく、複数の検査結果を総合的に評価する複雑なプロセスを要します。特に、治療法や予後が大きく異なるIPFとそれ以外の病型を正確に鑑別することが極めて重要です。
診断の重要性:正確な病型分類が治療方針を決める
肺線維症の治療は、その原因や病型によって全く異なります。例えば、IPFに対しては抗線維化薬が治療の中心ですが、膠原病に伴う肺線維症の場合はステロイドや免疫抑制薬が第一選択となります9。誤った診断は不適切な治療につながる危険性があるため、専門医による慎重な診断が不可欠です。
検査の流れ
診断は通常、以下のステップで進められます。
- 問診・身体診察: 詳しい病歴(喫煙歴、職業歴、家族歴、服用中の薬、他の病気の有無など)の聴取。聴診器で胸の音を聞き、「パチパチ」「バリバリ」という特徴的な断続性副雑音(ベルクロラ音)の有無を確認します2。
- 画像検査: 診断の鍵となるのが、高分解能CT(HRCT)です。HRCTは、肺をミリ単位の非常に薄い断面で撮影することで、肺の細かな構造を詳細に観察できます。IPFに典型的な所見は「通常型間質性肺炎(UIP)パターン」と呼ばれ、特に肺の底の方(下葉)の外側(胸膜直下)に「蜂巣肺(ほうそうはい)」と呼ばれる蜂の巣状の陰影が見られるのが特徴です8。
- 呼吸機能検査: スパイロメトリーという検査で、肺活量(特に努力性肺活量:FVC)や1秒量などを測定し、肺がどれだけ硬くなっているか(拘束性換気障害)を評価します。また、肺拡散能(DLco)を測定し、ガス交換能力の低下度合いを調べます。
- 血液検査: 間質性肺炎の活動性を示すマーカーであるKL-6やSP-Dの数値を測定します。また、膠原病を鑑別するために、様々な自己抗体の有無を調べます。
- 外科的肺生検: 上記の検査でも診断が確定しない場合に検討されることがあります。胸腔鏡を用いて肺の一部を採取し、顕微鏡で組織を直接観察する検査です。しかし、患者への負担が大きいため、近年ではHRCT所見が典型的であれば生検を省略するケースが増えています25。
多分野専門家による集学的検討(MDD)
今日の肺線維症の診断において「ゴールドスタンダード(標準的診断法)」とされているのが、集学的検討(MDD: Multidisciplinary Discussion)です。これは、呼吸器内科医、放射線診断医、病理医といった異なる分野の専門家が一同に会し、患者の全ての検査データ(臨床情報、画像、病理組織など)を突き合わせて議論し、最も確からしい診断を下すプロセスです。MDDにより、診断の正確性が大幅に向上することが知られています19。
【2023年最新版】肺線維症の治療法:進行を遅らせ、QOLを維持する
残念ながら、現時点では線維化して硬くなった肺を元の柔らかい状態に戻す根本的な治療法はありません。しかし、近年の目覚ましい進歩により、病気の進行を遅らせ、症状を和らげ、患者さんの生活の質(QOL)を維持するための有効な治療法が登場しています。治療の目標は、病気の進行抑制とQOLの維持に置かれます。
薬物療法
薬物療法は、病気のタイプによって大きく異なります。
- 抗線維化薬: IPF治療の中心となる薬剤です。現在、日本で承認されているのはニンテダニブ(商品名:オフェブ®)とピルフェニドン(商品名:ピレスパ®)の2種類です9。これらの薬剤は、線維化に関わる細胞の増殖やコラーゲンの産生を抑えることで、肺機能(FVC)の低下速度を約50%抑制する効果が証明されています13。病気の進行を止めるわけではありませんが、そのスピードを緩やかにし、急性増悪のリスクを減らすことが期待されます。
- ステロイド・免疫抑制薬: かつてはIPFにも使用されていましたが、現在ではその有効性が否定され、むしろ有害事象のリスクを高める可能性があるため、原則として使用されません9。一方で、関節リウマチなどの膠原病に伴う肺線維症や、非特異的間質性肺炎(NSIP)など、炎症が主体のタイプに対しては、今なお中心的な治療薬として用いられます。
非薬物療法
薬物療法と並行して行われる重要な治療です。
- 在宅酸素療法(HOT: Home Oxygen Therapy): 血液中の酸素濃度が一定以下に低下した場合に導入されます。携帯用の酸素ボンベや濃縮器を使用し、自宅や外出先で酸素を吸入することで、息苦しさを軽減し、心臓への負担を和らげ、活動範囲を広げることができます。これはQOLを維持するために非常に重要です。
- 呼吸リハビリテーション: 理学療法士などの指導のもとで行われる包括的なプログラムです。監視下での運動療法(歩行トレーニングなど)、呼吸法(口すぼめ呼吸、腹式呼吸)の指導、栄養指導、疾患教育などが含まれます。筋力や持久力を維持し、息切れを上手にコントロールする方法を学ぶことで、より活動的な生活を送ることを目指します。
肺移植
薬物療法や酸素療法でもコントロールが困難な進行期の患者さんに対する唯一の根治的治療選択肢です。しかし、ドナー不足や、年齢・合併症などの厳しい適応基準があるため、ごく一部の患者さんに限られます。
新しい考え方「進行性線維化を伴う間質性肺疾患(PF-ILD)」
近年の研究における重要な進歩の一つが、「進行性線維化を伴う間質性肺疾患(PF-ILD: Progressive Fibrosing Interstitial Lung Disease)」という概念の確立です。これは、2022年の国際ガイドラインでは「進行性肺線維症(PPF: Progressive Pulmonary Fibrosis)」として定義されています8。
これは、IPF以外の様々な間質性肺疾患(例えば、膠原病に伴うもの、過敏性肺炎など)の中にも、IPFと同様に線維化が自己増殖的に進行していく一群が存在するという認識に基づいています。つまり、原因が何であれ、「線維化が進行し続ける」という共通の表現型(phenotype)を持つ病態として捉える考え方です24。
PF-ILD/PPFは、過去1年以内に以下の3つの基準のうち2つ以上を満たす場合に診断されます。
- 呼吸器症状の悪化
- 呼吸機能検査における肺機能の有意な低下
- HRCT画像における線維化所見の悪化
この概念の臨床的な意義は非常に大きく、これまでIPFにしか承認されていなかった抗線維化薬(ニンテダニブ)が、これらのPF-ILD/PPFと診断された患者さんにも使用可能となった点です27。これにより、より広い範囲の肺線維症患者さんが、進行を抑制する治療の恩恵を受けられる可能性が広がりました。
日本の公的支援制度:指定難病としての医療費助成
日本には、肺線維症の患者さんの経済的負担を軽減するための優れた公的支援制度があります。その中心となるのが「指定難病医療費助成制度」です。
「指定難病」とは何か?
指定難病とは、厚生労働省が定めた、(1)発病の機構が明らかでなく、(2)治療方法が確立していない、(3)希少な疾病であって、(4)長期の療養を必要とする、という4つの要件を満たす病気のことです。この制度は、原因究明や治療法開発を推進するとともに、患者さんの医療費負担を軽減することを目的としています。特発性間質性肺炎(IPFを含む)は、指定難病85番として認定されています18。
医療費助成を受けるための条件と手続き
この制度の助成を受けるには、まず主治医によって特発性間質性肺炎と診断され、かつ、その重症度が一定の基準以上であると判定される必要があります。具体的な手続きは以下の通りです。
- 呼吸器専門医が診察と各種検査に基づき、診断と重症度分類を行います。
- 医師が政府の定める様式に従って、詳細な診断書である「臨床調査個人票」を作成します。
- 患者さんまたはご家族が、この臨床調査個人票や住民票などの必要書類を、お住まいの地域を管轄する保健所に提出します。
- 提出された書類は、都道府県に設置された審査会で審査され、認定されれば「医療受給者証」が交付されます。
特筆すべき点として、2024年4月から診断基準と重症度分類が改定され、多くの場合で侵襲性の高い外科的肺生検を行わなくても、HRCT画像所見などに基づいて指定難病の申請が可能となり、患者さんの負担が軽減されました25。
助成の内容
認定されると、指定難病に関連する医療(診察、検査、薬剤、在宅酸素療法など)にかかる費用の自己負担額に上限が設けられます。この上限額は、世帯の所得に応じて決まりますが、高額な抗線維化薬の費用を含め、医療費の大部分が公費で賄われるため、患者さんの経済的負担は大幅に軽減されます。これは、安心して治療を続ける上で非常に重要な制度です。
肺線維症と共に生きる:日常生活の注意点とセルフケア
肺線維症と診断された後も、日常生活での工夫や自己管理によって、病気の進行を穏やかにし、QOLを高く保つことが可能です。
- 禁煙: 何よりもまず、絶対に禁煙することが不可欠です。喫煙は病状を悪化させる最大の要因です。
- 感染予防: 急性増悪の引き金となる感染症を防ぐため、手洗いやうがいを徹底し、人混みではマスクを着用しましょう。インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種も主治医と相談の上、積極的に行いましょう。
- 栄養管理: バランスの取れた食事を心がけ、適切な体重を維持することが大切です。息切れのために食事が十分に摂れない場合は、少量ずつ頻回に分けるなどの工夫をしましょう。
- 運動と休息のバランス: 過度な安静はかえって筋力低下を招きます。呼吸リハビリテーションの指導に基づき、無理のない範囲でウォーキングなどの運動を継続しましょう。疲れたら十分に休息をとることも同様に重要です。
- 精神的ケア: 難病と向き合うことは、大きな精神的ストレスを伴います。不安や悩みを一人で抱え込まず、家族や友人、主治医、看護師、ソーシャルワーカーなどに相談しましょう。同じ病気を持つ人々と交流できる患者会に参加することも、大きな支えとなることがあります。
よくある質問
肺線維症と診断されたら、余命はどのくらいですか?
これは非常に多くの方が抱く切実な疑問ですが、一概にお答えすることはできません。肺線維症の進行速度は、病気のタイプや個々の患者さんによって大きく異なり、個人差が非常に大きいのが実情です14。かつては診断後の平均生存期間が3~5年と言われた時代もありましたが、それは抗線維化薬が登場する前のデータです。現在では、ニンテダニブやピルフェニドンといった有効な治療薬によって、病気の進行を大幅に遅らせることが可能になりました。数字に一喜一憂するのではなく、主治医と緊密に連携し、現在の自分にとって最善の治療を継続し、QOLを維持することに集中することが最も重要です。
新しい治療薬の治験に参加できますか?
世界中で肺線維症に対する新しい治療薬の開発が進められており、日本国内でも多くの臨床試験(治験)が行われています。治験に参加できるかどうかは、病状や年齢、合併症の有無など、それぞれの試験が定める厳格な基準によって決まります。もし治験に興味がある場合は、まずは主治医に相談してみてください。大学病院などの大規模な医療機関では、現在進行中の治験に関する情報を持っている可能性が高いです。主治医が、あなたの病状が参加基準に合致するかどうかを評価し、適切な情報を提供してくれるでしょう。
家族や職場に病気のことをどう伝えればいいですか?
病気のことを周囲にどう伝えるかは、非常にデリケートな問題です。まず大切なのは、ご自身が病気を正しく理解することです。伝える際には、(1)この病気は感染症ではないので、うつる心配はないこと、(2)息切れなどの症状により、以前のように重い物を持ったり、急いで動いたりすることが難しい場合があること、(3)タバコの煙や強い臭い、埃っぽい環境は咳を誘発するため避ける必要があること、などを具体的に説明すると、理解や協力を得やすくなります。特に職場に対しては、体調に応じた業務内容の調整(例:力仕事から事務作業へ)などを相談する必要が出てくるかもしれません。必要であれば、医師や医療ソーシャルワーカーに相談し、伝え方についてアドバイスを求めるのも良い方法です。
結論
肺線維症は、確かに深刻で、生涯にわたって付き合っていく必要のある慢性疾患です。しかし、「不治の病」と絶望する必要は決してありません。この記事で解説したように、医学の進歩は目覚ましく、抗線維化薬の登場によって病気の進行を遅らせることが可能になりました。さらに、日本には手厚い指定難病医療費助成制度があり、経済的な心配をせずに治療に専念できる環境が整っています。
最も重要なことは、早期に正確な診断を受け、専門医のもとで科学的根拠に基づいた適切な治療を開始し、粘り強く続けることです。同時に、禁煙、感染予防、リハビリテーションといった自己管理を積極的に行い、利用できる公的支援制度を最大限に活用すること。これらを通じて、病気の進行をコントロールし、自分らしい生活を長く維持することは十分に可能です。希望を失わず、主治医や医療チームと協力しながら、前向きに治療を続けていきましょう。
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