近年の科学の進歩は、私たちの胎児観を根底から覆しました。かつては受動的で何も感じない存在と考えられていた胎児が、実際には活発に動き、学び、記憶する、能動的な学習者であることが明らかになってきたのです1。この驚くべき発達の核心にあるのが、「感覚運動統合」という概念です。これは、胎児の自発的な「動き」と、それによって生じる「感覚」が分かちがたく結びついており、この相互作用こそが脳の発達を駆動するという考え方です1。
この記事では、最新の科学的知見に基づき、お腹の中で繰り広げられる感覚発達という壮大なシンフォニーの全貌を、週数ごとに詳細に解き明かしていきます。それは、生命の最も初期の段階で、私たちがどのようにして「感じる」ことを学び始めるのかという、深遠な物語です。
要点まとめ
- 感覚発達は触覚から始まる: 妊娠7-8週には顔周りに感覚受容器が発達し、胎児が自己の身体を認識する最初の手段となります2。これは「外にある脳」とも表現される重要な感覚です3。
- 聴覚は母子の絆の礎: 妊娠18週頃から音を聞き始め、特に母親の声を記憶します4。この出生前の学習は、生後の安心感や言語発達の基礎を築きます5。
- 味覚と嗅覚は羊水で学ぶ: 母親の食事が羊水の風味となり、胎児は多彩な味や香りを体験します6。この経験が、赤ちゃんの将来の食の好みに影響を与える可能性があります7。
- 視覚も胎内で発達: 妊娠後期には、光の明暗を感知するだけでなく、人間の顔のような光のパターンを好んで追視する生得的な能力が示されます5。
- 日本の研究が世界をリード: 胎児の「動き」が「こころ」を生むという「赤ちゃん学」8や、ロボット工学で発達の謎に迫る「構成論的発達科学」9は、発達障害の起源を胎児期にまで遡って理解しようとする新しい視点を提供しています。
胎児の感覚発達マイルストーン:週数別 完全ガイド
この記事全体を通して参照できるよう、妊娠週数ごとの五感の発達マイルストーンを以下に示します。この表は、感覚器官の「構造」の形成と、実際に機能し始める「機能」の発現を区別している点が特徴です。
妊娠週数・期間 | 触覚 | 聴覚 | 味覚 | 嗅覚 | 視覚 | 科学的根拠・出典 |
---|---|---|---|---|---|---|
妊娠初期 | ||||||
7-8週 | 顔(特に唇と鼻)の感覚受容器が発達。最も早く発達する感覚。 | 耳の原型(耳介)が形成開始。機能はまだない。 | – | 嗅覚器の原型が形成開始。 | 目の原型(眼杯)が形成される。 | 2 |
9週 | – | – | 味蕾の原型が形成され始める。 | – | – | 4 |
10-11週 | 手足を動かし始め、子宮壁や自身に触れることで最初の触覚刺激を得る。 | – | – | – | まぶたが形成される。 | 10 |
12週 | 手のひらや足の裏に感覚受容器が広がる。 | – | – | – | – | 5 |
妊娠中期 | ||||||
13-15週 | – | – | 味蕾が発達し、羊水を介して味を感じ始める可能性がある。 | 母親の食事由来の匂い分子を羊水中で感知し始める。 | – | 4 |
16-18週 | – | 耳が機能し始め、母親の心音や血流音など体内の音を聞き始める。 | – | – | 閉じたまぶたを通して光の明暗を感知し始める。 | 4 |
20週 | – | 聴覚系がさらに発達し、外界の音にも反応し始める。 | – | 嗅覚受容体が発達。 | – | 4 |
24-26週 | 全身の皮膚で圧覚や温度などを感じられるようになる。 | 聴覚がほぼ完成に近づき、音の高低や強弱を区別できるようになる。母親の声を認識し始める。 | 甘味と苦味を明確に区別する。 | 嗅覚が発達し、匂いの記憶が形成され始める。 | まぶたが上下に分かれ、目を開閉できるようになる。網膜が完成。 | 11 |
27週 | – | – | – | – | 光の明暗を脳で感じ取る。 | 12 |
妊娠後期 | ||||||
28-30週 | 痛覚を含む、より広範な感覚(熱、冷たさ、圧)を全身で感じられるようになる。 | 記憶した音(母親の声や特定の音楽)に反応を示す。 | – | – | – | 5 |
32週 | 把握反射が強まり、へその緒を掴むこともある。 | – | 味覚が完成し、新生児と同レベルになる。 | 嗅覚が完成し、生後すぐに母親の匂いを嗅ぎ分けられる準備が整う。 | – | 6 |
34週以降 | – | – | – | – | 顔のような光のパターンを追視する傾向が示される。 | 5 |
妊娠初期(1〜13週):感覚の夜明け
妊娠初期は、生命の設計図が驚異的なスピードで具現化していく時期です。この段階で、すべての感覚の基礎が築かれますが、中でも「触覚」は他の感覚に先駆けて目覚め、胎児の脳と身体の最初の対話を始めます。
触覚:最初の感覚、そして「外にある脳」
五感の中で最も早く、そして最も重要な役割を果たすのが触覚です。妊娠7〜8週ごろには、胎児の顔、特に唇と鼻の周りに最初の感覚受容器が発達します2。これは単なる生物学的な事実以上の意味を持ちます。この時期の皮膚は、発生学的に見ると脳と同じ外胚葉という組織から分かれて作られます。そのため、専門家の中には「この時期の皮膚は、体の表面を覆っている脳である」と表現する人もいます3。この視点は、触覚がなぜこれほど根源的な感覚であるかを説明してくれます。
この最初の感覚は、胎児自身の動きによって磨かれていきます。妊娠10週頃から手足を動かせるようになると10、胎児は子宮の壁に触れたり、自分の身体に触れたりします。これらの動きは、当初は目的を持たない自発的なもので、「モーターバブリング(運動の喃語)」と呼ばれます1。しかし、このランダムに見える動きの一つひとつが、皮膚の感覚受容器を刺激し、その情報が発達途上の脳へと送られます。このプロセスを通じて、胎児は「自分の身体はどこまであるのか」「手とは何か」といった、自己の身体地図(ボディマップ)を脳内に描き始めるのです。つまり、触覚は、胎児が自己の存在を認識するための最初の、そして最も直接的な手段なのです。
感覚器官の土台作り
触覚が最初の対話を始める一方で、他の感覚器官も将来の機能発現に向けて着々と準備を進めています。妊娠初期には、視覚の元となる眼杯、聴覚の元となる耳胞、嗅覚の元となる鼻板といった、各感覚器官の「原型」が形成されます10。
この段階では、まだ感覚器官から脳への神経回路は未熟であり、感覚情報を処理する機能はありません。言わば、高性能なセンサー(ハードウェア)が組み立てられている段階であり、それを動かすためのプログラム(ソフトウェア)のインストールはまだ先のことです。しかし、この時期に脳と神経管が急速に発達していることは極めて重要です。なぜなら、将来これらの感覚器官から送られてくる膨大な情報を処理するための、中央制御センターが構築されているからです13。妊娠初期は、来るべき感覚の時代に備え、静かに、しかし確実に土台を築き上げている重要な期間なのです。
妊娠中期(14〜27週):音と味の世界へ
妊娠中期に入ると、胎児の世界は劇的に広がります。それまで静かだった環境に音が響き渡り、羊水を通じて多彩な味がもたらされます。これは単なる感覚の目覚めではなく、外界との本格的なコミュニケーションの始まりであり、生後の絆や好みを形成する上で極めて重要な学習期間です。
聴覚:母の声が届くとき
胎児の聴覚は、妊娠18〜20週頃から機能し始め、25週頃にはかなり洗練されてきます4。子宮の中は無音ではありません。母親の力強い心音、血液が流れる音、消化器の音といった体内の音に加え、羊水というフィルターを通して外界の音も届いています2。
中でも特別な意味を持つのが、母親の声です。胎児は、子宮の壁ごしに聞こえる母親の声のリズムや抑揚のパターンを聞き、それを記憶します12。この出生前の学習は、科学的にも証明されています。新生児は、見知らぬ女性の声よりも母親の声を好むことが数々の研究で示されています。有名な「キャット・イン・ザ・ハット」研究では、妊娠後期に母親が特定の物語を繰り返し読み聞かせたところ、生まれたばかりの赤ちゃんは、同じ物語の朗読を他の物語よりも長く聞こうとしました5。これは、胎児が音を単に聞くだけでなく、それを学習し、記憶していることの強力な証拠です。さらに、日本の研究では、新生児が「ba」と「da」のような微妙な音の違いを区別できることが確認されており、胎内で高度な音韻処理能力の基礎が形成されていることが示唆されています14。この聴覚を通じた学習は、生まれてすぐに母親を認識し、安心感を得るための重要な準備なのです。
味覚と嗅覚:最初の「食育」は羊水から
妊娠13〜15週頃に味蕾が発達すると、胎児は新たな感覚の世界に足を踏み入れます4。母親が摂取した食事に含まれる風味豊かな揮発性化合物は、胎盤を通過して羊水を満たし、胎児はそれを日常的に飲み込むことで、多彩な味と香りを体験します6。これは、胎児にとって最初の「食育」と言えるでしょう。
ある実験では、羊水に甘味を加えると胎児は飲む回数を増やし、苦味を加えると減らしたことが報告されており、胎児が味を明確に区別していることがわかります2。この出生前の味覚体験は、生後の食の好みに直接的な影響を与えます。この現象は「経胎盤的化学感覚の連続性(trans-natal chemosensory continuity)」と呼ばれます15。複数の研究を統合したメタアナリシスによると、妊娠中に母親が特定の風味(例:ニンジン、ニンニク、アニスなど)を摂取した場合、新生児はその風味に対して、より長く頭を向けたり、口を動かしたりする行動が有意に増加することが示されています7。これは、胎内で慣れ親しんだ味や香りに対する明らかな好意的な反応であり、母親の多様な食生活が、子どもの将来の健康的な食習慣の扉を開く可能性を示唆しています。
視覚:光と影の知覚
五感の中で最もゆっくりと発達するのが視覚です。しかし、妊娠中期にはその基礎が着実に築かれます。妊娠24〜26週頃になると、それまで閉じていたまぶたが上下に分かれ、胎児は目を開けたり閉じたりできるようになります11。
子宮の中は暗いものの、完全な暗闇ではありません。母親の腹壁を通して、驚くほど多くの光が差し込むことがあります5。胎児は、この光の明暗を脳で感じ取ることができます。この知覚には、メラトニンというホルモンが関与していると考えられています。母親が暗闇を感じると多く分泌され、明るさを感じると少なくなるメラトニンが胎盤を通過し、胎児の脳に昼夜の情報を伝達するのです3。これは、生後の概日リズム(サーカディアンリズム)の形成に向けた、最初の訓練なのかもしれません。
この時期の感覚の発達は、単独で進むわけではありません。聴覚と味覚・嗅覚の発達は、新生児が生き延びるために最も重要な二つのタスク、すなわち「母親との絆の形成」と「栄養摂取」のための、精巧な準備期間です。胎児は、子宮の中で、最も重要な存在である母親の声と、その人固有の味や香りを学習します。これにより、新生児は全く未知の世界に放り出されるのではなく、すでに馴染みのある手がかりに満ちた世界へと移行することができるのです。この巧妙な生存戦略こそ、妊娠中期の感覚発達が持つ深い意味なのです。
妊娠後期(28〜40週):統合、記憶、そして誕生への準備
妊娠最後の三半期は、個々の感覚が成熟するだけでなく、それらが統合され、より複雑な情報処理が行われる段階へと移行します。脳は記憶を形成し、学習能力はさらに洗練され、来るべき誕生の瞬間に向けて、心と身体の最終準備を整えます。
感覚の統合と記憶の芽生え
この時期の胎児は、もはや単一の感覚情報に反応するだけではありません。例えば、外からの音(聴覚)が、母親がお腹をなでる振動(触覚)と同時に起こることで、複数の感覚が結びついた、より複雑な神経ネットワークが形成されます1。
この高度な情報処理能力は、記憶と学習の証拠によって裏付けられます。胎児は、新しい音に対して最初は驚いて心拍数を上げたり体を動かしたりしますが、その音が繰り返し提示されると、次第に反応が弱まっていきます(馴化)。これは、その音が無害で馴染みのあるものだと認識し、記憶していることを示しています1。さらに、この時期には睡眠と覚醒のサイクルがより明確になり、胎児自身の脳が覚醒状態を調節する能力を身につけていることがうかがえます4。胎児に「意識」があるのかという問いは、科学的にも哲学的にも非常に難しく、大脳皮質が未完成であるため成人と同じ意識はないとされていますが、何らかの形の気づきや感覚的認識の存在を完全に否定することはできません16。
視覚の洗練:顔を好む生得的傾向
妊娠後期には、視覚系も著しい成熟を遂げます。胎児はまばたきをし、瞳孔は光に反応するようになります4。そして、この時期の視覚能力に関する最も驚くべき発見の一つが、顔に対する生得的な好みです。
ある画期的な研究では、妊娠後期の胎児のいる子宮に向けて、光の点を照射する実験が行われました。その結果、胎児は、ランダムなパターンの光よりも、人間の顔のように配置された(逆三角形の)光のパターンを、より長く目で追うことが明らかになりました5。これは、人間が他者の顔に注意を向けるという、最も根源的な社会的本能が、生後の経験によって学習されるのではなく、生まれつき備わっている可能性を強く示唆しています。お腹の中にいる時から、私たちはすでに「人」に惹かれるようにプログラムされているのかもしれません。
誕生への最終準備
五感は、誕生という一大イベントを乗り越えるための最終準備においても重要な役割を果たします。
触覚は、胎児が子宮内で窮屈になるにつれて、最も快適で、かつ分娩に最適な頭位(頭を下にした姿勢)を見つけるのに役立ちます11。
妊娠30週以降には痛覚の神経経路が完成し、分娩のプロセスを乗り切るための重要な感覚が備わります5。
また、胎児は横隔膜を上下させ、呼吸のような動きを練習します。これは脳幹によって制御される感覚運動プロセスであり、出生後すぐに始まる自発呼吸のための重要なリハーサルです10。
これらの準備は、胎児が単なる生物学的存在から、社会的存在へと移行する基盤を築いていることを示しています。母親の声への選好(聴覚)、母親の味や香りへの親近感(化学感覚)、そして顔への生得的な注意(視覚)。これらはすべて、生まれてすぐに養育者との間に強い絆を築き、社会的な相互作用を開始するための、あらかじめ組み込まれたツールキットなのです。社会性の起源は、私たちがこれまで考えていたよりもはるかに早く、子宮の中の感覚の世界から始まっているのです。
日本からの視点:「赤ちゃん学」と構成論的発達科学
胎児の発達という神秘的な領域において、日本の研究者たちは世界をリードするユニークな貢献を果たしています。特に、胎児の「動き」を心の起源と捉える「赤ちゃん学」や、ロボット工学を駆使して発達の謎に迫る「構成論的発達科学」は、生命の始まりを理解するための新しい扉を開いています。
小西行郎博士の思想:「動き」が「こころ」を生み出す
日本の「赤ちゃん学」の創設者の一人である小西行郎博士は、「『動く』ことから『こころ』が生まれてくる」という画期的な仮説を提唱しました17。彼の思想の核心は、胎児の動き(胎動)が単なる脳成長の副産物ではなく、むしろ脳の発達そのものを駆動する根源的な力であるという点にあります18。
小西博士は、胎児期の自発的な運動、すなわち「モーターバブリング」が、特定の刺激に反応する原始反射や、さらには目的を持った意図的な行動へと発展していく連続的なプロセスを重視しました19。これは、発達の起点を出生後に置く従来の考え方とは一線を画し、胎児期からの行動の連続性を科学的に探求することの重要性を説くものです。この視点は、発達障害の理解にも警鐘を鳴らしており、その発生メカニズムを解明するためには、行動の出発点である胎児期にまで遡って観察する必要があると主張しています18。
世界をリードする構成論的発達科学
日本の独創性は、「構成論的発達科学」という大規模な学際的研究プロジェクトにおいても際立っています9。このアプローチの最大の特徴は、医学や心理学の知見に基づき、ロボット工学や情報科学を用いて仮想的な胎児モデルをコンピュータ上に構築し、発達の原理をシミュレーションで検証する点にあります9。
この研究から得られた重要な成果の一つに、子宮内環境の重要性の証明があります。研究者たちは、胎児モデルを、浮力のある羊水に満たされた「子宮内」環境と、重力のある「子宮外」環境で動かし、脳に入力される感覚情報がどう変わるかを比較しました。その結果、環境が違うだけで、動きから得られる触覚フィードバックが劇的に変化し、それが脳に形成される身体地図の質に顕著な違いを生むことが示されました9。これは、早産児が発達上の課題を抱えるリスクが高いことに対し、満期産までの子宮内での感覚運動経験がいかに重要であるかを、システムレベルで説明する強力な科学的根拠となります。
この日本の研究は、発達障害の理解にパラダイムシフトをもたらす可能性を秘めています。自閉症スペクトラム障害(ASD)などを、従来のように後になって現れる「社会性の障害」として捉えるのではなく、その起源を、胎児期や新生児期における根源的な感覚運動情報の統合プロセスの違いに求めるという、全く新しい視点を提示しているのです9。これは、発達の多様性を、欠損ではなく「違い」として理解する道を開くものであり、日本の研究が、人間の発達の本質を問い直す世界的な議論の最前線にいることを示しています。
健康に関する注意事項
- この記事で提供される情報は、一般的な知識の提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。
- ご自身の健康状態や妊娠に関する具体的な懸念や症状がある場合は、必ずかかりつけの医師や産婦人科医、その他の資格を持つ医療専門家にご相談ください。
よくある質問
お腹の赤ちゃんに話しかけたり、音楽を聴かせたりすることに本当に意味はありますか?
妊娠中の食事が、赤ちゃんの将来の好き嫌いに影響するというのは本当ですか?
胎児に「意識」や「こころ」はあるのでしょうか?
特別な「胎教」は必要ですか?
早産で生まれた赤ちゃんの感覚発達は、どのようにサポートすれば良いですか?
結論
科学が裏付ける親子の絆
この記事で見てきたように、妊娠中にお腹に優しく触れたり、歌を歌いかけたり、話しかけたりする行為は、単なる感傷的なジェスチャーではありません。それらは、胎児が確かに知覚し、学習している、意味のあるコミュニケーションなのです6。胎児は母親の声を記憶し、その声に安らぎを覚えます。
同様に、母親の健康で多様な食生活は、自身の健康のためだけでなく、赤ちゃんにとって最初の「味覚教育」となります。胎内で慣れ親しんだ風味は、生後の食の好みに繋がり、将来の健康的な食習慣の礎となる可能性があります7。
しかし、ここで重要なのは、特別な「胎教」でスーパーベビーを育てようと気負う必要はないということです。最も大切なのは、母親が心身ともに健康で、リラックスして過ごすこと3。愛情に満ちた穏やかな妊娠生活そのものが、胎児にとって最も豊かで十分な感覚のカリキュラムとなるのです。
研究の最前線と残された謎
胎児の感覚の世界については、多くのことが解明されてきましたが、まだ多くの謎が残されています。胎児の「意識」の本質とは何か20。長期的な記憶はどのように形成されるのか。そして、早産で生まれた赤ちゃんの感覚発達を、私たちはどのようにすればより良くサポートできるのか。これらの問いは、今後の研究が解き明かしていくべき重要な課題です。
かつて日本の研究者たちが、サルの胎児を用いて感覚器の発達過程を体系づけようと計画したように21、科学者たちの探求は今も続いています。
確かなことは、妊娠という約十ヶ月の期間が、驚異的な感覚の発達と学習の連続であるということです。子宮の中で奏でられるこの静かなシンフォニーを理解することは、生命の始まりに対する私たちの畏敬の念を深め、親と子の間に存在する見えないけれど確かな絆の尊さを、改めて教えてくれるのです。
この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。
参考文献
- Toda T, Fukunaga K, Kanzaki R, et al. Fetal Origin of Sensorimotor Behavior. Front Neurosci. 2018;12:339. doi:10.3389/fnins.2018.00339. PMID: 29881358.
- 株式会社アップリカ・チルドレンズプロダクツ. 赤ちゃんの五感の始まり|赤ちゃんManabiya(まなびや) [インターネット]. Aprica; [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.aprica.jp/manabiya/c3/5/.
- 公立邑智病院. うむやがすし 第30号 [インターネット]. 公立邑智病院; 2018年4月 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.kouritu-cch.jp/wordpress/wp-content/themes/kouritu-cch-sp/pdf/umugayasushi201804.pdf.
- Cleveland Clinic. Fetal Development: Week-by-Week Stages of Pregnancy [インターネット]. Cleveland Clinic; 2022年6月22日更新 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://my.clevelandclinic.org/health/articles/7247-fetal-development-stages-of-growth.
- Shivanna B. Womb with a view: Sensory development in utero | Your Pregnancy Matters | UT Southwestern Medical Center [インターネット]. UT Southwestern Medical Center; 2023年4月18日 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://utswmed.org/medblog/sensory-development-utero/.
- ManuscriptEdit. From Sound to Touch: How the Womb Shapes Fetal Sensory Development [インターネット]. ManuscriptEdit; 2024年4月19日 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.manuscriptedit.com/scholar-hangout/from-sound-to-touch-how-the-womb-shapes-fetal-sensory-development/.
- Spahn L, Callahan K, D’Adamo CR, et al. Chemosensory continuity from prenatal to postnatal life in humans: a systematic review and meta-analysis. Am J Clin Nutr. 2023;117(5):981-999. doi:10.1016/j.ajcnut.2023.03.011. PMID: 36996962.
- withnews編集部. 子どもは親のもの?赤ちゃん学の第一人者が心配した「親目線の育児」 [インターネット]. withnews; 2019年9月27日 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://withnews.jp/article/f0190927000qq000000000000000W07n10801qq000019817A.
- 長谷川真人, 明和政子. 胎児からの発達原理の解明に基づく発達障害のシステム的理解 [インターネット]. 科学研究費助成事業; 2016年 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-AREA-4401/4401_jigo_hyoka_hokoku_ja.pdf.
- ロート製薬株式会社. 【妊娠カレンダー】胎児の成長過程とママの体はどう変わるのかを知ろう! | ヘルスケア [インターネット]. ココロートPARK; 2023年4月12日更新 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://coco.rohto.com/article/kiji/healthcare/140/.
- ヒロクリニック. 妊娠から出産まで胎児の成長過程とNIPT(新型出生前診断)について【医師監修】 [インターネット]. ヒロクリニックNIPT; [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.hiro-clinic.or.jp/nipt/from-pregnancy-to-childbirth/.
- ユニ・チャーム株式会社. 妊娠7ヶ月(妊娠24週、25週、26週、27週)の胎児と母体の状態 [インターネット]. moony; [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://jp.moony.com/ja/tips/pregnancy/pregnancy/hyakka/pt0026.html.
- Berezovska O. Fetal Brain Development Stages: When Does a Fetus Develop a Brain? [インターネット]. Flo; 2023年8月15日更新 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://flo.health/pregnancy/pregnancy-health/fetal-development/fetal-brain-development.
- 岡井崇. 胎内から胎外へ・脳の発達|一般社団法人関東連合産科婦人科学会 [インターネット]. 関東連合産科婦人科学会; 2011年 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://jsog-k.jp/journal/lfx-journal_detail-id-15920.htm.
- Lecanuet JP, Schaal B. Preparing for Life After Birth: Introducing the Concepts of Intrauterine and Extrauterine Sensory Entrainment in Mammalian Young. Front Integr Neurosci. 2019;13:56. doi:10.3389/fnint.2019.00056. PMID: 31708781.
- Newsweek日本版編集部. 妊娠22週で、胎児は思考力や感覚を持つ? 「妊娠中絶の罪」を科学から考える [インターネット]. ニューズウィーク日本版; 2022年6月29日 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.newsweekjapan.jp/stories/woman/2022/06/post-714_6.php.
- withnews編集部. 子どもは親のもの?赤ちゃん学の第一人者が心配した「親目線の育児」 [インターネット]. withnews; 2019年9月27日 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://withnews.jp/article/f0190927000qq000000000000000W07n10801qq000019817A.
- 小西行郎. 今なぜ発達行動学なのか | 診断と治療社 [インターネット]. 診断と治療社; 2013年 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.shindan.co.jp/np/isbn/9784787820334/.
- アートチャイルドケア. 気づくチカラ・学ぶチカラ – 事業所内・院内保育はアートチャイルドケア [インターネット]. アートチャイルドケア; [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.the0123child.com/advantage/laboratory01_02/.
- Lagercrantz H. The emergence of human consciousness: from fetal to neonatal life. Pediatr Res. 2009;65(3):255-260. doi:10.1203/PDR.0b013e31819746cf. PMID: 19092726.
- 国立公衆衛生院. サル胎児の発達と感覚系に関する生理学的研究 [インターネット]. 国立保健医療科学院; 1983年 [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.niph.go.jp/wadai/mhlw/1983/s5801012.pdf.