この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性のみが含まれています。
- 日本神経外傷学会: 本記事における頭部外傷の治療・管理に関する指針は、同学会の発行するガイドライン12に基づいています。これは日本の臨床現場における基本的な参照基準です。
- スポーツにおける脳震盪に関する国際合意(アムステルダム 2022): 早期からの積極的なリハビリテーションを推奨する最新の国際基準に関する記述は、この第6回国際会議の合意声明34に基づいています。
- 日本スポーツ振興センター (JAPAN SPORT COUNCIL): スポーツ活動への段階的復帰(GRTS)プロトコルに関する具体的な手順は、同センターが発行する脳振盪ハンドブック5に準拠しています。
- J-ASPECT研究: 日本における高齢者の外傷性脳損傷のリスクと予後に関するデータは、日本の全国調査であるJ-ASPECT研究6の知見を活用しています。
要点まとめ
- 脳震盪後症候群(PCS)は、頭部外傷後に持続する身体的、認知的、感情的な症状群であり、CTやMRIで異常が見られない機能的な脳の障害です。
- かつての「絶対安静」は推奨されず、現在は24~48時間の相対的安静の後、症状を悪化させない範囲での早期の有酸素運動が回復を早めるという「積極的回復」が世界の標準です3。
- PCSの治療には、めまいに対する「前庭リハビリ」、目の問題に対する「視覚リハビリ」、首の痛みに対する「頸部リハビリ」など、原因に応じた専門的なリハビリテーションが有効です7。
- 日本では、高齢者の転倒による外傷性脳損傷が急増しており、数週間後に慢性硬膜下血腫を発症する危険性があるため特に注意が必要です86。
- 症状が長期化した場合、「高次脳機能障害」として、障害者手帳の取得や労災保険の対象となる可能性があり、全国の支援拠点機関に相談できます9。
脳震盪後症候群(PCS)とは何か?
頭を強く打った経験は多くの人にあるかもしれません。そのほとんどは一時的な症状で治まりますが、一部の人では症状が数週間から数ヶ月、あるいはそれ以上にわたって持続することがあります。これが脳震盪後症候群(PCS)です。このセクションでは、まずPCSの正確な定義と、その背景にある脳のメカニズムについて解説します。
脳震盪とPCSの定義
脳震盪(のうしんとう)とは、頭部への直接的な打撃や、体が強く揺さぶられることによって脳が衝撃を受け、一時的に正常な機能を失う状態を指します。重要なのは、脳震盪は脳の「構造的損傷」ではなく「機能的障害」であるという点です。そのため、病院でCTやMRIを撮影しても「異常なし」と診断されることがほとんどです3。しかし、画像診断で異常がないからといって、脳に問題が起きていないわけではありません。
脳震盪後症候群(Post-Concussion Syndrome, PCS)は、脳震盪の後に続く様々な症状が、通常の回復期間(成人で7~10日、小児で2~4週間が目安)を超えて持続する状態を指します510。日本のガイドラインでは、症状が約3ヶ月以上続く場合をPCSと見なすことが一般的です11。PCSの症状は多岐にわたり、身体的なものから精神的なものまで様々です。
脳内で何が起きているのか?(病態生理)
では、なぜ画像に映らないのに症状が続くのでしょうか。最新の研究により、脳震盪後の脳内では複雑な変化が起きていることが分かってきました。これを専門的には「神経代謝カスケード(neurometabolic cascade)」と呼びます12。
- イオンの乱れとエネルギー危機: 衝撃により、脳の神経細胞が一斉に興奮し、細胞内外のイオンバランスが崩壊します。脳はこれを元に戻そうと大量のエネルギー(ブドウ糖)を消費しますが、同時に衝撃で脳への血流が減少しているため、エネルギー供給が追いつきません。この「エネルギー危機」が、脳の機能低下を引き起こすと考えられています12。
- 自律神経系の機能不全: 脳震盪は、心拍数や血圧、脳血流をコントロールする自律神経系にも影響を及ぼします。これにより、立ちくらみ(めまい)、運動時の症状悪化(運動不耐)、疲労感などが生じやすくなります13。
- 免疫・炎症反応: 近年の研究では、「免疫性興奮毒性(immunoexcitotoxicity)」という概念が注目されています。これは、脳内で過剰な炎症反応が起こり、神経細胞をさらに傷つけ、症状の長期化につながるという考え方です12。
これらの複雑なプロセスが絡み合い、PCSの多彩な症状を引き起こしているのです。
ケースシナリオ①:高校生アスリートの戸惑い
サッカーの試合中にヘディングで競り合った後、少し頭がぼーっとしたが、大事な試合だったのでプレーを続けたA君(17歳)。試合後、頭痛と吐き気が現れた。コーチはすぐにプレーを中止させ、保護者に連絡。翌日、病院では「CTに異常なし」と言われたが、症状は続いた。A君は「見た目は普通なのに、なぜこんなに辛いんだろう」と戸惑い、焦りを感じていました。これは、脳震盪の機能的障害を理解し、早期に競技から離脱させることの重要性を示す典型的な例です。
傷害直後の重要な対応:緊急性の高い兆候
頭を打った直後は、パニックにならず、冷静に状況を判断することが極めて重要です。ほとんどの脳震盪は生命の危険を伴いませんが、中には頭蓋内で危険な出血(硬膜外血腫、急性硬膜下血腫など)が起きている場合があります。以下の「危険な兆候(レッドフラッグ)」が見られる場合は、ためらわずに救急車を呼んでください。
表1:危険な兆候(レッドフラッグ)- すぐに救急車を呼びましょう!
以下の兆候は、生命に関わる重篤な状態を示唆している可能性があります。一つでも当てはまる場合は、直ちに医療機関を受診するか、救急車(119番)を要請してください。
兆候(症状) | 詳細 |
---|---|
強い頭痛がひどくなる | 時間が経つにつれて、痛みがどんどん悪化する。5 |
繰り返す嘔吐 | 怪我の後に、何度も吐いてしまう。5 |
けいれん発作 | 体が自分の意思とは関係なく、ガクガクと震える。5 |
意識がはっきりしない | 意識を失う、朦朧としている、呼びかけに反応が鈍い、すぐに眠ってしまう。5 |
首の痛み、圧痛 | 首に強い痛みがある場合。頸椎損傷を伴っている可能性があります。5 |
物が二重に見える | 視界がぼやけるだけでなく、物が二つに見える(複視)。5 |
手足の脱力、しびれ | 片方の手や足に力が入らない、またはしびれる感じがする。5 |
異常な興奮、落ち着きのなさ | 急に怒りっぽくなる、そわそわして落ち着きがなくなるなど、普段と違う行動をとる。5 |
包括的な症状チェックリスト
上記の危険な兆候がない場合でも、脳震盪では様々な症状が現れる可能性があります。症状はすぐに出ることもあれば、数時間から数日後に出ることもあります。以下のリストを参考に、自身の状態を注意深く観察してください14。
- 身体的症状: 頭痛、吐き気・嘔吐、めまい、ふらつき、光や音への過敏、疲労感、倦怠感
- 認知的症状: 集中困難、記憶障害(新しいことを覚えられない、出来事を思い出せない)、思考力の低下、頭がぼーっとする感じ
- 感情・気分面の症状: イライラ、怒りっぽさ、不安感、悲しみ、気分の落ち込み
- 睡眠に関する症状: 寝つきが悪い(不眠)、眠りすぎる(過眠)、夜中に何度も目が覚める
特に、子供の場合は自分の症状をうまく言葉で表現できないことがあります。「なんとなく元気がない」「食欲がない」「ぐずりやすい」といった変化も脳震盪のサインである可能性があります。子供の回復は成人より時間がかかる傾向があるため、より慎重な観察が必要です11。
現代的な回復への道筋:根拠に基づく管理とリハビリテーション
かつて脳震盪の治療法は「暗い部屋で完全に休む(通称:ケージ療法)」ことが常識とされていました。しかし、2022年にアムステルダムで開催された第6回スポーツ脳震盪に関する国際会議の合意34をはじめとする最新の研究は、この考えを大きく覆しました。現在では、早期からの「積極的な回復」が標準治療となっています。
パラダイムシフト:絶対安静から積極的回復へ
長期間の絶対安静は、回復を早めるどころか、むしろ回復を遅らせ、うつや不安などの精神的な問題を引き起こす可能性があることが分かってきました15。
- 相対的安静 (24~48時間): 受傷直後の24~48時間は、「相対的安静」が推奨されます。これは、完全に寝たきりになるのではなく、症状を悪化させない範囲で、読書や軽い家事などの日常生活を送ることを意味します。ただし、スマートフォンやパソコンなどの画面を見る時間は最小限に抑えるべきです3。
- 早期の有酸素運動: 48時間が経過したら、症状を悪化させない軽い有酸素運動(ウォーキング、固定自転車など)を開始することが、脳血流を改善し、ストレスを軽減し、回復を促進することが示されています4。これを「症状閾値下運動療法」と呼びます。
専門的リハビリテーションの深掘り(本記事の核心)
PCSの症状が長引く場合、その原因は一つではありません。めまい、視覚の問題、首の問題など、原因に応じた専門的なリハビリテーションが非常に有効です。これは、一般的な情報サイトではほとんど触れられない、本記事の最も重要な部分です。
- 前庭(ぜんてい)リハビリテーション: めまいや平衡感覚障害の主な原因は、内耳にある三半規管などの前庭系の機能不全です。このリハビリでは、眼球と頭の動きを協調させる訓練(VOR訓練など)を行い、めまいを軽減させます7。
- 視覚・眼球運動リハビリテーション: ピントが合わない、物が二重に見える、読書が辛いといった症状は、眼球運動のコントロールに問題がある場合に起こります。ペン先を追う訓練(ペンシルプッシュアップ)や、特殊なビーズを使った訓練(ブロックストリング)などが行われます7。
- 頸部(けいぶ)リハビリテーション: 脳震盪は、しばしば首の「むちうち損傷」を伴います。首の筋肉や関節の問題が、頭痛やめまいの原因となることも少なくありません。理学療法士による徒手療法や、深層頸部屈筋群のトレーニングなどが有効です7。
ケースシナリオ②:オフィスワーカーの苦闘と回復
通勤中に駅の階段で転倒し、頭を打ったBさん(42歳)。当初は軽い頭痛だけだったが、1週間後からパソコン画面を見ると激しい頭痛とめまいがするようになり、仕事に集中できなくなった。彼女は専門外来を受診し、PCSと診断された。原因は眼球運動の協調不全と判断され、視覚リハビリを開始。同時に、会社と相談し、休憩時間を増やし、画面の明るさを調整するなどの段階的な職場復帰プランを立てた。数週間のリハビリを経て、Bさんの症状は劇的に改善し、完全に業務に復帰できた。これは、PCSの原因を特定し、適切なリハビリと環境調整を行うことの重要性を示しています。
症状別の管理と薬物療法
- 頭痛: 受傷初期は、出血のリスクを考慮し、アスピリンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)よりもアセトアミノフェンが推奨されることが多いです16。ただし、薬の使用については必ず医師に相談してください。
- 睡眠: 規則正しい生活リズムを保ち、就寝前のスクリーンタイムを避けるなど、「睡眠衛生」を徹底することが基本です。睡眠薬の使用は、医師の慎重な判断のもとで行われるべきです17。なお、危険な兆候がなければ、脳震盪の患者を無理に夜中に起こす必要はなく、安全に眠らせてよいというのが現代の考え方です15。
- PCSに対する薬物療法: 症状が長引き、うつや不安が顕著な場合、抗うつ薬などが処方されることがあります。ただし、PCSの患者は薬に敏感な場合が多いため、通常より少ない量から開始されることが一般的です18。
段階的な復帰のナビゲーション:学校・仕事・スポーツ
症状が改善してきたら、焦らず段階的に活動レベルを上げていくことが、再発を防ぎ、完全な回復を確実にするために不可欠です。特にスポーツへの復帰には、世界的に標準化されたプロトコルがあります。
表2:段階的競技復帰(GRTS)プロトコール(6ステップ)
これは、日本スポーツ振興センター5などが推奨する、アスリートが安全に競技へ復帰するための国際基準です。各ステップは最低24時間以上かけ、症状が再発した場合は前のステップに戻ります。
ステップ | 活動内容 | 目標 | 注意点 |
---|---|---|---|
1 | 症状を悪化させない範囲での日常生活 | 心身の回復 | 症状が安定してから開始 |
2 | 軽い有酸素運動 | 心拍数を上げる | ウォーキング、固定自転車など。低強度で。 |
3 | 競技に特化した運動 | 複雑な動きを加える | ランニングなど。頭部への衝撃や回転はない。 |
4 | 接触プレーのない練習 | 運動強度と認知的な負荷を上げる | より複雑なドリル、軽いウェイトトレーニングの開始。 |
5 | 接触プレーを含む練習 | 自信の回復、機能的スキルの評価 | 医師の許可を得て、通常のチーム練習に参加。 |
6 | 競技復帰 | 完全復帰 | 前のステップで症状が出現しないこと。 |
学習への復帰(RTL)に関する実践的ガイド
学校への復帰も同様に段階的に行う必要があります。長期間の欠席は、学業の遅れだけでなく、社会的な孤立感から回復を妨げることもあります3。学校、保護者、生徒が連携し、以下のような配慮を行うことが有効です。
- 半日登校から始める
- 授業の合間に静かな場所で休憩時間を設ける
- テストや宿題を一時的に免除または延期する
- 光に過敏な場合は、教室での座席を調整したり、サングラスの着用を許可したりする
日本特有の課題:多様なリスク集団
脳震盪は誰にでも起こり得ますが、特に注意が必要な集団がいます。特に日本では、高齢化に伴う問題が深刻化しています。
小児・思春期
前述の通り、子供や思春期の若者は脳がまだ発達途上にあるため、成人よりも回復に時間がかかる(2~4週間)とされています5。症状を的確に訴えられないことも多いため、周囲の大人が注意深く行動の変化を観察し、より慎重に復帰プロセスを管理する必要があります。
高齢者
これは日本の医療における喫緊の課題です。かつて外傷性脳損傷(TBI)の主な原因は若者の交通事故でしたが、現在は高齢者の転倒が大きな割合を占めています8。日本の全国調査(J-ASPECT研究)によると、高齢のTBI患者は若年層に比べ、院内死亡率が著しく高い(19.3% vs 12.8%)ことが示されています6。
高齢者で特に警戒すべきなのは、慢性硬膜下血腫(まんせいこうまくかけっしゅ)です。これは、頭を打った直後は何ともなくても、数週間から1~3ヶ月後に、頭蓋骨の下にじわじわと血液が溜まって脳を圧迫する病気です19。「軽い転倒だったから大丈夫」と油断せず、頭部打撲後は「歩き方がおかしい」「物忘れがひどくなった」「頭痛が続く」などの変化がないか、本人および家族が注意深く見守ることが非常に重要です。
アスリート
アスリートは脳震盪のリスクが常に伴います。特に以下の二つの状態は知っておくべきです。
- セカンドインパクト症候群: 最初の脳震盪が完全に治癒しないうちに二度目の衝撃が加わることで、稀ではあるものの致死的な脳腫脹を引き起こす壊滅的な状態です14。段階的競技復帰プロトコルの遵守がなぜ重要なのかを示す最大の理由です。
- 慢性外傷性脳症 (CTE): 頭部への反復的な衝撃が、何年も経ってから認知機能の低下や行動の変化を引き起こす神経変性疾患です。ボクサーやアメリカンフットボール選手などで報告されています14。
日本の支援制度ガイド:患者と家族のための資源
PCSの症状が長期化すると、医療的な問題だけでなく、就労や日常生活、経済的な問題も生じてきます。日本の行政システムは複雑ですが、活用できる制度があります。この情報は、患者さんとそのご家族が困難な状況を乗り越えるための、非常に実践的で価値のある道標となるでしょう。
「高次脳機能障害」の理解
PCSの症状が長く続く場合、日本の行政上は「高次脳機能障害」という広い枠組みで扱われることがあります。これは、脳の損傷によって記憶、注意、遂行機能(計画を立てて実行する能力)、社会的行動などに問題が生じる状態を指します。
表3:主な都道府県・指定都市の高次脳機能障害支援拠点機関・相談窓口
症状に悩んだり、利用できる制度が分からなかったりした場合、まずはお住まいの地域の支援拠点機関に相談することが第一歩です。以下に一部の例を挙げます。全国の窓口は、国立障害者リハビリテーションセンターのウェブサイト20から検索できます。
都道府県 | 機関名 | 電話番号 | ウェブサイト |
---|---|---|---|
東京都 | 東京都心身障害者福祉センター | 03-3235-2955 | リンク |
茨城県 | 茨城県高次脳機能障害支援センター | 029-887-2605 | リンク |
福岡県 | 福岡市立心身障がい福祉センター | 092-406-2455 | リンク |
岡山県 | 川崎医科大学附属病院 リハビリテーションセンター | 086-462-1111 | リンク |
ケースシナリオ③:高齢の父を支える家族の経験
自宅で転倒し頭を打ったCさんの父親(78歳)。救急病院では「骨に異常なし」と帰宅したが、1ヶ月ほど経ってから、急に物忘れがひどくなり、大好きだった散歩にも行きたがらなくなった。心配したCさんが地域包括支援センターに相談したところ、高次脳機能障害支援センターを紹介された。そこで専門的な評価を受け、リハビリを開始するとともに、介護保険サービスを調整。Cさんは「一人で抱え込まず、専門の窓口に相談して本当に良かった」と語る。これは、特に高齢者の場合、家族や地域の支援ネットワークがいかに重要かを示しています。
行政手続きのナビゲーション
- 障害者手帳: 高次脳機能障害の症状により日常生活や社会生活に相当な制限を受ける場合、「精神障害者保健福祉手帳」の対象となる可能性があります。これにより、税金の控除や公共料金の割引など、様々な福祉サービスが受けられます9。申請手続きについては、お住まいの市町村の障害福祉担当課にご相談ください。
- 労災保険(労働者災害補償保険): 職務中や通勤中の事故でTBIを負った場合は、労災保険の対象となります。治療費の給付に加え、症状が固定した後も障害が残った場合は、その後遺障害等級に応じて障害(補償)給付が支給されます。高次脳機能障害は、その程度に応じて第1級から第14級までの等級が定められています2122。
よくある質問
脳震盪後症候群(PCS)はどのくらいの期間続きますか?
回復期間には個人差が非常に大きいです。多くの人は数週間から3ヶ月以内に回復しますが、一部の人では症状が1年以上続くこともあります10。回復には、適切な初期対応、早期からの積極的なリハビリテーション、そして心理的なサポートが大きく影響します。
脳震盪の後、眠っても安全ですか?夜中に起こす必要はありますか?
はい、安全です。かつては夜通し患者を監視するために数時間おきに起こすことが推奨されていましたが、これは古い考え方です。記事中で述べた「危険な兆候」がない限り、睡眠は脳の回復にとって非常に重要ですので、ゆっくり休ませてあげてください15。
頭痛にイブプロフェンなどの市販薬を飲んでもいいですか?
受傷直後の24~48時間は、イブプロフェンやアスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、稀な頭蓋内出血のリスクをわずかに高める可能性があるため、避けた方が賢明とされています。アセトアミノフェンが比較的安全な選択肢とされますが、いかなる薬を服用する前にも、必ず医師または薬剤師に相談してください16。
CTやMRIで「異常なし」と言われたのに、なぜ症状があるのですか?
これは非常によくある質問です。CTやMRIは、脳の出血や骨折といった「構造的な損傷」を発見するのには優れています。しかし、脳震盪は脳細胞レベルでの「機能的な障害」であり、これらの画像検査では捉えることができません3。「異常なし」という結果は、生命を脅かすような重篤な損傷はないという意味であり、症状がないという意味ではありません。
結論
脳震盪後症候群(PCS)は、目に見えない障害であるため、本人だけでなく周囲からも理解されにくい、もどかしく孤独な闘いになることがあります。しかし、この記事で解説したように、PCSは科学的に解明されつつある医学的な状態であり、その回復プロセスも大きく進歩しています。もはや「ただ休む」だけが治療ではありません。正確な診断、症状の原因に合わせた積極的なリハビリテーション、そして利用可能な社会的支援を組み合わせることで、回復への道は確実に開かれます。もしあなたやあなたの大切な人がPCSに悩んでいるなら、決して一人で抱え込まず、専門医や地域の支援機関に相談してください。希望を持って、一歩ずつ回復への道を歩んでいきましょう。
参考文献
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- 学会著書のご案内|一般社団法人 日本脳神経外傷学会. [2025年6月23日引用]. Available from: http://www.neurotraumatology.jp/societybook/
- Patricios JS, Schneider KJ, Dvorak J, et al. Consensus statement on concussion in sport: the 6th International Conference on Concussion in Sport–Amsterdam, October 2022. Br J Sports Med. 2023;57(11):695-711. doi:10.1136/bjsports-2023-106898. 全文リンク
- Leddy JJ, Master CL, Mannix R, et al. Early targeted heart rate aerobic exercise for sport-related concussion: a randomised controlled trial. The Lancet Child & Adolescent Health. 2021;5(11):794-803. [論文の主旨はアムステルダム合意に反映]
- 脳振盪ハンドブック. JAPAN SPORT COUNCIL 日本スポーツ振興センター. [2025年6月23日引用]. Available from: https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/business/female_athlete/tabid/1822/Default.aspx
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