要点まとめ
- 膀胱瘤は、骨盤を支える筋肉や組織が弱まることで膀胱が膣内に落ち込む状態(骨盤臓器脱の一種)で、日本の女性、特に経産婦や高齢者に多く見られます2。
- 主な症状には、膣からの脱出感(ピンポン玉のようなものが触れる)、頻尿、残尿感、尿漏れなどがあり、生活の質を大きく低下させることがあります3。
- 治療法は、生活習慣の改善や骨盤底筋体操といった保存療法から、リングペッサリー、そして手術まで多岐にわたります。手術には、自身の組織を使う方法や、腹腔鏡を用いた低侵襲な方法などがあります4。
- かつて広く行われたメッシュ手術(TVM)は、合併症のリスクから世界的に見直されており、日本でも実施には厳しい制限が設けられています。治療法の選択は、専門医との相談を通じて、個々の状況に合わせて慎重に行うことが極めて重要です5。
- 症状に気づいたら、決して一人で悩まず、婦人科や泌尿器科の専門医に相談することが、解決への第一歩です。早期の相談が、より良い治療結果につながります。
1. 膀胱瘤を理解する:なぜ起こるのか?
膀胱瘤を正しく知ることは、不安を和らげ、適切な対処法を見つけるための第一歩です。この状態は、骨盤内の解剖学的な構造が変化することによって引き起こされます。
解剖学から見る膀胱瘤のメカニズム
私たちの骨盤の底には、子宮、膀胱、直腸といった臓器をハンモックのように支える「骨盤底筋群」という筋肉や、筋膜・靭帯といった結合組織が存在します6。膀胱瘤は、主にこの骨盤底筋群や、膀胱と膣の間にある結合組織が損傷したり弱まったりすることで、本来の位置にあるべき膀胱を支えきれなくなり、膣のほうへ落ち込んでしまう状態を指します37。これは、前膣壁が下がる「前膣壁脱」の一つの形です。国際的な定義では、国際禁制学会(ICS)や国際ウロギネコロジー学会(IUGA)などが標準化された用語を定めており、このような正確な用語の理解は、医療の質を高める上で重要です89。一つの部位のゆるみが、他の部位への負担となり、ドミノ倒しのように他の臓器脱を引き起こす可能性もあるため、骨盤底全体を一つのユニットとして考えることが大切です10。
誰がなりやすい?日本の女性における主なリスク要因
膀胱瘤は、特定の要因を持つ女性でリスクが高まることが知られています。特に日本の女性を対象とした研究から、以下の要因が重要であることが示されています。
- 出産:経膣分娩は、骨盤底筋群に大きな負担をかけます。特に、出産回数が多いこと(ある日本の研究では、出産回数が1回増えるごとにリスクが1.51倍になると報告されています2)、大きな赤ちゃんを産んだ経験などがリスクを高めます。
- 加齢と閉経:年齢を重ねること、特に閉経による女性ホルモン(エストロゲン)の減少は、骨盤内の組織の弾力性やしなやかさを低下させます5。日本でのデータでは、骨盤臓器脱の有病率は70~79歳でピークに達すると報告されています11。
- 腹圧がかかる生活習慣:慢性的な咳、便秘による排便時のいきみ、日常的に重いものを持ち上げること、そして肥満は、常に骨盤底に圧力をかけるため、リスクとなります5。日本の女性を対象とした研究では、BMI(肥満指数)が23.1 kg/m²以上であることも有意なリスク要因(リスクが1.12倍)と同定されています2。
- 家族歴:骨盤臓器脱の家族歴がある場合、リスクが著しく高まることが日本の研究で指摘されています。そのリスクは3.06倍にも上るとされ、これは遺伝的な組織の脆弱性が関与している可能性を示唆する非常に重要な知見です2。
- 過去の骨盤内手術:子宮摘出術などの婦人科手術の既往も、骨盤の支持構造を変化させる一因となることがあります12。
- その他の要因:喫煙も組織の劣化に関与すると考えられています5。
特筆すべきは、これらのリスク要因が単独ではなく、組み合わさることで骨盤臓器脱のリスクが複合的に高まるという点です2。日本の研究では、出産回数(3回以上を推奨)、BMI(23.1 kg/m²以上を推奨)、そして家族歴という3つの要因を組み合わせた予測モデルが提案されています13。変えられる要因(BMI)と変えられない要因(家族歴、出産歴)が混在することは、予防策や早期発見の重要性を示唆しています。ご自身の状況に当てはまる要因があるかを知ることは、健康管理において非常に有用です。
2. 膀胱瘤の症状:見逃さないためのサイン
膀胱瘤の症状は多岐にわたり、生活の様々な場面で影響を及ぼす可能性があります。初期には気づきにくい「違和感」として現れることも少なくありません。これらのサインを知り、ご自身の体からのメッセージを正しく受け取ることが重要です。
これって膀胱瘤?よくある症状のチェックリスト
以下のような症状に心当たりはありませんか?一つでも当てはまるものがあれば、それは膀胱瘤のサインかもしれません。
- 膣の脱出感・異物感:「何か丸いものが下がってくる感じ」「ピンポン玉のようなものが触れる」といった感覚が最も特徴的な症状です6。特に、入浴時や、午後になって立ち仕事が続いた後などに感じやすくなることがあります10。
- 泌尿器系の症状:
- 消化器系の症状:便秘になりやすい、排便時にいきむ必要がある、といった症状が現れることもあります6。骨盤臓器脱に関連する便秘の正式な分類も存在します9。
- 性機能に関する症状:性交時に痛みを感じる(性交痛)、感覚が変わるなどの問題が生じることがあります6。
- その他の症状:下腹部や骨盤周辺の不快感、腰痛、脱出した部分が下着にこすれて出血やおりものが増えること、重症化すると歩行が困難になる場合もあります56。
生活の質(QOL)への影響
膀胱瘤は直接的に生命を脅かす病気ではありませんが、その症状は日々の活動、精神的な健康、そして社会的な交流に大きな影を落とします14。トイレが気になって外出を楽しめない、趣味のスポーツを諦めなければならない、パートナーとの関係に悩むなど、その影響は深刻です。ある日本の女性医療従事者を対象とした調査では、骨盤臓器脱を含む骨盤底機能障害の症状を持つ人々はQOLが有意に低いことが示されています1。これらの症状は「歳のせい」ではなく、治療可能な医学的な状態であることを認識することが重要です。
症状の進行と文化的背景
膀胱瘤の症状は、治療せずに放置すると時間ととも悪化する傾向があります10。初めは時々感じる程度の軽い不快感が、やがて持続的で深刻な制約へと変わっていく可能性があります。多くの日本の女性は、症状を「加齢による自然な変化」と捉えたり、恥ずかしさから医療機関への相談をためらったりして、症状がかなり進行するまで我慢してしまうことがあります5。特に、婦人科系の問題を公に話すことへの抵抗感といった文化的背景も、受診の遅れにつながっているかもしれません。しかし、これらの症状は治療できるものであり、我慢する必要はありません。「最近、少し変だな」と感じるその小さなサインは、あなたの体が送る大切なメッセージです。早期に相談することで、症状の悪化を防ぎ、よりシンプルで効果的な治療を選択できる可能性が高まります。
3. 日本における膀胱瘤の診断プロセス
膀胱瘤の診断は、患者さんの話を丁寧に聞くことから始まります。日本の医療現場では、正確な診断を下し、他の病気の可能性を排除し、一人ひとりに最適な治療計画を立てるために、慎重で包括的な診察が行われます。
診察室で何が行われるか?
専門医を受診すると、通常、以下のような診察が行われます。安心して受診できるよう、事前に流れを知っておきましょう。
- 問診:医師はまず、あなたの症状、それがいつから始まり、どのような時に悪化するか、そして生活にどのような影響を及ぼしているかを詳しく尋ねます。出産歴、既往歴、過去の手術歴、現在の生活習慣なども重要な情報となります5。症状やQOLを評価するための標準化された質問票が用いられることもあり、これは客観的で体系的な評価につながります1。
- 内診:婦人科の診察台で、膣や骨盤内の状態を直接確認します。リラックスした状態、お腹に力を入れた状態(いきんだ状態)、場合によっては立った状態など、様々な体位で診察することで、臓器がどの程度下がってくるかを正確に評価します5。クスコ(膣鏡)という器具を使い、膣壁のどの部分が下がっているのか(膀胱瘤か、あるいは他の臓器脱か)を特定します15。
- POP-Q(骨盤臓器脱定量化法):これは、骨盤臓器脱の重症度を客観的に評価するための国際的な標準システムです9。膣内の特定部位の長さを測定し、脱の程度を数値化・段階分け(ステージ分類)します5。この標準化された評価法を用いることで、治療方針の決定や治療効果の判定がより正確になります。
必要に応じて行われる追加検査
基本的な診察に加え、症状や状態に応じて以下のような検査が行われることがあります。これらの検査は、隠れた問題を見つけ出し、より安全で効果的な治療を行うために重要です。
- 尿検査・尿培養検査:頻尿や残尿感といった症状が、尿路感染症によるものでないかを確認します16。
- 残尿測定(PVR):排尿後に、膀胱内にどれくらいの尿が残っているかを測定します。通常、超音波(エコー)検査で簡単に行うことができ、排尿機能の障害の程度を評価します5。
- 尿流動態検査(ウロダイナミクス検査):尿失禁や排尿困難が顕著な場合に、膀胱の機能(尿を溜める機能、排出する機能)を詳細に調べる検査です5。尿流測定(ウロフロメトリー)などが含まれます5。
- 画像検査:
- 膀胱鏡検査:血尿など、他の膀胱疾患が疑われる場合に、細いカメラを尿道から挿入して膀胱の内部を直接観察します6。
日本の臨床現場では、日本泌尿器科学会や日本産科婦人科学会などが策定した診療ガイドラインに基づいた、丁寧で網羅的な診断アプローチが重視されます518。これは、単に膀胱瘤を確認するだけでなく、併存する可能性のある他の病態(例えば、潜在的な腹圧性尿失禁5)を明らかにし、治療の選択や予後予測に役立てるためです。このような徹底した評価は、患者さん一人ひとりにとって最善のケアを提供するという、日本の医療が持つ包括的な哲学を反映しています。
4. 膀胱瘤の治療選択肢:あなたに合った方法を見つける
膀胱瘤の治療目標は、症状を和らげ、生活の質を改善することです。幸いなことに、治療法には様々な選択肢があり、症状の程度、年齢、健康状態、そしてご自身の希望などを総合的に考慮し、医師と相談しながら最適な方法を選択することができます19。
保存療法:手術を選ばないアプローチ
症状が比較的軽い場合や、手術を希望しない、あるいは健康上の理由で手術が難しい場合には、まず保存療法が試されます。
a. 生活習慣の改善
骨盤底への負担を減らすことは、症状の悪化を防ぎ、改善させるための基本です。日本の診療ガイドラインでも、すべての患者さんに推奨されています5。
- 体重管理:肥満は腹圧を高めるため、適正体重を維持することが重要です。
- 便秘の解消:食物繊維の多い食事や十分な水分摂取を心がけ、排便時のいきみを避けましょう。
- 禁煙:慢性的な咳の原因となる喫煙を止めることは、腹圧の軽減につながります。
- 重いものを避ける:日常的に重いものを持ち上げる習慣を見直しましょう。
b. 骨盤底筋体操(kotsubanteikin taisō)
「ケーゲル体操」としても知られるこの運動は、弱った骨盤底筋群を鍛え、臓器を支える力を強化するもので、軽度から中等度の膀胱瘤に有効です52021。ある報告では、適切な指導のもとで行えば、ステージ3の骨盤臓器脱まで症状と重症度の改善が見られるとされています5。ただし、正しい方法で継続することが不可欠であり、専門の理学療法士の指導を受けたり、指導用のビデオや資料を活用したりすることが推奨されます520。根気が必要ですが、副作用のない安全な治療法です。
c. リングペッサリー療法
これは、医療用のリング状の器具を膣内に挿入し、下垂した臓器を物理的に支える方法です561017。症状のあるステージ2以上の骨盤臓器脱で、手術を希望しない方、または手術待機中の一時的な対策として用いられます5。手術をせずに速やかに症状を軽減できるという大きな利点がありますが、おりものが増える、異物感、まれに出血やびらんを起こすことがあるといった欠点もあります。また、定期的な交換や自己着脱・洗浄が必要で(通常3~4ヶ月に1回10)、根本的な治療法ではないため、その使用は限定的です10。
d. エストロゲン療法
閉経後の女性で、膣粘膜の萎縮が見られる場合に、エストロゲンの膣錠やクリームを使用することがあります。これにより組織の潤いや弾力性が改善され、ペッサリーによる不快感や、脱に伴う乾燥感などの症状が緩和されることがあります1720。
外科療法:より積極的な治療
保存療法で十分な効果が得られない場合や、症状が重い場合には、手術が検討されます。日本のガイドラインでは、症状のあるステージ2以上の骨盤臓器脱で、本人が希望し、保存療法が困難な場合に手術が推奨されます5。手術方法は多岐にわたり、それぞれに利点と欠点があります。
a. 自己組織による修復術(腟壁形成手術)
これは、患者さん自身の膣壁の組織を縫い縮めて補強し、膀胱を支える壁を再建する伝統的な手術です1022。後述するメッシュ(人工素材)を用いないため、メッシュ関連の合併症の心配がないことが最大の利点です。日本国内の主要な専門施設からの報告でも、この「腟壁形成手術」は安定して高い件数が行われており、依然として標準的な治療法の一つであることが示されています23。ただし、修復に用いる組織自体の強度が十分でない場合、再発率がメッシュ手術よりも高くなる可能性があるとされています22。
b. メッシュ手術:現状と慎重な議論
メッシュ手術は、ポリプロピレンなどの人工素材のシートを用いて弱くなった組織を補強する手術で、アプローチの方法によって大きく二つに分けられます。
メッシュ問題に関する重要な視点
近年、特に経膣的にメッシュを留置するTVM(Transvaginal Mesh)手術において、メッシュが膣壁から露出する(メッシュびらん)、痛み、感染、メッシュの硬化による違和感といった特有の重篤な合併症が世界的に問題視されています52022。コクラン・レビューという信頼性の高い複数の研究をまとめた報告では、TVM手術は自己組織による修復術と比較して、解剖学的な再発率は低いものの、メッシュびらんのための再手術、術後の腹圧性尿失禁、膀胱損傷のリスクが高いことが示されました22。このため、米国食品医薬品局(FDA)をはじめとする各国の規制当局が警告を発し、その使用は非常に慎重になっています。日本においてもこの問題は深刻に受け止められており、特定の素材(PTFE)を用いたTVM手術は実施可能ですが、全症例の登録が義務付けられるなど、厳しい管理下に置かれています5。ある日本の主要な専門病院のデータでは、膀胱瘤に対するメッシュを使用した経膣手術の件数は2022年以降ゼロになっており23、臨床現場での意識が大きく変化していることがうかがえます。このため、メッシュ手術について検討する際は、その利点とリスクを専門医と十分に話し合い、最新の情報を得ることが不可欠です。
- 経膣メッシュ手術(TVM – 人工骨盤底形成術):
膣側から切開し、ハンモックのようにメッシュを挿入して膀胱を支える方法です610。当初は再発率の低さから期待されましたが6、前述の通り重篤な合併症のリスクから、現在その実施は極めて限定的です。一度TVM手術で問題が生じると、再手術が困難であることも指摘されています10。 - 腹腔鏡下仙骨膣固定術(LSC):
お腹に数カ所の小さな穴を開けてカメラ(腹腔鏡)を挿入し、膣と仙骨(背骨の下端にある骨)との間にメッシュを渡して固定し、膣全体を吊り上げて支持する方法です5610。お腹からのアプローチのため、TVMで問題となる膣へのメッシュびらんのリスクが低いとされ、TVMへの懸念が高まるにつれて、特に子宮脱や膣断端脱に対する標準術式として日本でも普及が進みました5。ロボット支援下での手術も保険適用となっています。ただし、膀胱瘤・直腸瘤に対するLSCの症例数は特定の施設では減少傾向も見られ、代わりに他の腹腔鏡手術が増加しているとのデータもあり23、膀胱瘤に対しては、LSC以外の様々な低侵襲手術が開発・選択されている可能性が示唆されます。
c. その他の手術方法
- 腹腔鏡・ロボット支援手術:LSC以外にも、腹腔鏡や手術支援ロボットを用いて膀胱瘤を修復する様々な術式が開発されています。ある日本の病院では、「腹腔鏡下膀胱脱手術」の件数が近年大幅に増加しており23、より低侵襲なアプローチへのシフトが見られます。
- その他の術式:子宮も同時に下がっている場合は膣式子宮全摘術が、また、ご高齢で性交渉の希望がない方には、膣を閉鎖する「膣閉鎖術」が選択されることもあります1020。
治療法比較のまとめ
どの治療法が最適かは、一人ひとり異なります。以下の表は、選択肢を比較検討する際の参考にしてください。
治療法の種類 | 概要と主な対象 | 利点 | 欠点・リスク |
---|---|---|---|
保存療法 (骨盤底筋体操など) | 軽度〜中等度の症状。手術を希望しない方。 | 非侵襲的、副作用がほとんどない、自己管理が可能。 | 効果が出るまで時間がかかる、継続が必要、重度の脱には効果が限定的21。 |
リングペッサリー | 中等度〜重度の症状で、手術が困難または希望しない方。 | 即時的な症状緩和、手術を回避できる。 | 異物感、おりものの増加、定期的な交換・管理が必要、根本治療ではない10。 |
手術療法 (自己組織) | 症状のある中等度〜重度の脱で、根本治療を望む方。 | メッシュ関連の合併症がない。 | 自身の組織が弱い場合、再発の可能性がある22。 |
手術療法 (腹腔鏡下仙骨膣固定術 – LSC) | 重度の脱、特に子宮脱や膣断端脱を伴う場合。 | 低侵襲(傷が小さい)、長期的な解剖学的支持に優れる5。 | 全身麻酔のリスク、腹腔内手術の合併症、メッシュ関連リスク(TVMより低い)。 |
5. 治療後の生活:回復と再発予防のために
治療の成功は、医療機関での処置だけで完結するものではありません。その後の生活における自己管理が、長期的な快適さと再発予防の鍵を握ります。
手術後の回復期間
手術を受けた場合、適切な回復期間が必要です。入院期間は手術方法によって異なり、例えばTVM手術で約7日間、LSC手術で約1週間が目安とされています610。退院後も、骨盤底に負担をかけない生活が重要です。具体的には、手術後1〜2ヶ月は重いもの(例えば3kg以上)を持つことを避ける、便秘にならないように食事に気をつける、といった指導がなされます610。医師の指示に従い、焦らずに体を回復させることが大切です。
再発を防ぐための長期的なセルフケア
治療方法にかかわらず、再発リスクを最小限に抑えるためには、骨盤底に優しい生活を継続することが不可欠です。これには、保存療法で挙げた「生活習慣の改善」(体重管理、便秘対策など)や、「骨盤底筋体操」の継続が含まれます6。治療によって症状が改善された後も、これらのケアを日常の一部として取り入れることが、長期的な成功につながります。
継続的なフォローアップの重要性
治療後は、定期的に専門医の診察を受けることが推奨されます。特に手術後は、1年から1年半程度の経過観察が行われることがあります6。フォローアップは、治療結果の確認、合併症の早期発見、そして再発の兆候を捉えるために非常に重要です。何か気になる変化があれば、次の診察を待たずに相談しましょう。
6. 膀胱瘤の予防:骨盤底を健やかに保つために
膀胱瘤は、一度なってから治療するだけでなく、できれば予防したいものです。特に、リスク要因が分かっているからこそ、予防的なアプローチが可能です。将来の自分のために、今日からできることを始めましょう。
予防の基本は、骨盤底筋群への過度な負担を避け、筋力を維持することです。具体的には、これまで述べてきた「変えられるリスク要因」への対策がそのまま予防につながります。
- 妊娠中・産後の骨盤底筋体操:妊娠中から骨盤底筋体操を始めることは、出産によるダメージを軽減し、産後の回復を助ける上で非常に有効です。
- 適切な体重の維持:肥満は常に骨盤底に負担をかけます。バランスの取れた食事と適度な運動で、体重をコントロールしましょう。
- 正しい物の持ち上げ方:物を持ち上げる際は、膝を曲げて腰を落とし、腹圧をかけすぎないように意識します。
- 咳や便秘の管理:アレルギーや喘息があれば適切に治療し、食物繊維を多く摂るなどして便通を整え、排便時のいきみを避けましょう。
7. いつ、どこへ相談すればいい?日本の専門医療機関
「もしかして膀胱瘤かも?」と思ったら、ためらわずに専門家に相談することが最も重要です。適切な診断と治療への道は、その一歩から始まります。
受診すべきタイミング
この記事で紹介したような症状(膣の脱出感、排尿の悩みなど)に一つでも心当たりがあり、それがあなたの日常生活に影響を与えていると感じたら、それが受診のタイミングです。症状が軽いからといって放置せず、早めに相談することで、より多くの治療選択肢の中から最適なものを選ぶことができます。
相談できる専門家
骨盤臓器脱の診療は、主に以下の診療科が専門としています。
- 婦人科・産婦人科:女性の骨盤内臓器全般を扱っており、多くの骨盤臓器脱の診断・治療を行っています。
- 泌尿器科:特に排尿に関する症状が強い場合、泌尿器科が専門的な検査や治療を行います。近年では、女性の泌尿器疾患を専門とする「女性泌尿器科」を標榜する施設も増えています。
- ウロギネ外来(女性骨盤底医学):婦人科と泌尿器科の両方の領域にまたがる骨盤底の疾患を専門的に扱う外来です。日本でも、東京大学医学部附属病院の「女性骨盤センター」24や、辻仲病院柏の葉の「骨盤臓器脱センター」23のように、複数の科が連携して包括的な医療を提供する専門施設があります。
かかりつけの婦人科医にまず相談し、必要に応じて専門の施設を紹介してもらうのも良い方法です。大切なのは、信頼できる医師を見つけ、あなたの悩みを正直に話すことです。
健康に関する注意事項
- この記事で提供される情報は、一般的な知識の提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。
- ご自身の症状や健康状態について具体的な懸念がある場合は、必ず資格を持つ医療専門家(医師、婦人科医、泌尿器科医など)に直接ご相談ください。自己判断で治療を開始したり、中断したりすることはおやめください。
よくある質問
Q1. 膀胱瘤は危険な病気ですか?放置するとどうなりますか?
Q2. 膀胱瘤になったら、必ず手術が必要ですか?
Q3. 膀胱瘤があっても運動はできますか?
はい、運動は可能ですが、種類を選ぶことが重要です。骨盤底に過度な圧力をかける運動、例えば、重いウェイトリフティング、激しいジャンプを伴う運動、強い腹筋運動などは、症状を悪化させる可能性があるため避けた方が賢明です。一方、ウォーキング、水泳、サイクリング、ヨガなどは、全身の健康維持に役立ち、推奨される運動です。特に、骨盤底筋体操は症状の改善に直接つながるため、積極的に行うべきです21。どのような運動が安全で効果的かについては、自己判断せず、主治医や理学療法士に相談することをお勧めします。
Q4. 手術で使われる「メッシュ」とは何ですか?安全ですか?
メッシュとは、ポリプロピレンなどで作られた網目状のシートのことで、骨盤臓器脱の手術において、弱くなった組織を補強するために使用される人工素材です。しかし、特に膣からメッシュを挿入するTVM手術では、術後にメッシュが膣壁から露出したり、痛みや感染、組織の硬化を引き起こしたりする重篤な合併症が世界的に問題となりました22。このため、現在、TVM手術の実施は非常に慎重に行われており、日本でも厳しい基準のもとで管理されています5。一方、お腹からアプローチする腹腔鏡下仙骨膣固定術(LSC)でもメッシュは使用されますが、こちらはTVMに比べて合併症のリスクが低いとされています。メッシュを使用するかどうか、どの術式を選ぶかは、その利点とリスクを専門医と十分に話し合い、ご自身の状況を理解した上で決定することが極めて重要です。
Q5. 家族に骨盤臓器脱の人がいます。自分もなりやすいですか?
はい、その可能性は高いと考えられます。日本の女性を対象としたある信頼性の高い研究では、母親や姉妹に骨盤臓器脱の既往がある女性は、そうでない女性に比べて骨盤臓器脱になるリスクが約3倍も高いことが報告されています(オッズ比 3.06)2。これは、体の組織の柔らかさや強さといった遺伝的な要因が、骨盤臓器脱の発症に強く関わっていることを示唆しています。ご家族に既往歴がある場合は、ご自身もリスクが高いことを認識し、体重管理や便秘予防、骨盤底筋体操など、予防的なセルフケアに早期から取り組むことが特に重要です。
結論
膀胱瘤(骨盤臓器脱)は、多くの日本人女性が経験する可能性のある身近な健康問題でありながら、その悩みはしばしば語られることなく、一人ひとりの生活の質を静かに蝕んでいきます。本記事を通して、JAPANESEHEALTH.ORG編集部は、この繊細な問題に対する正確で信頼できる情報を提供し、読者の皆様が抱える不安を少しでも和らげることを目指しました。膀胱瘤の原因となるリスク要因、生活に影響を及ぼす多様な症状、そして日本国内で利用可能な最新の治療選択肢まで、科学的根拠に基づいた知識は、ご自身の状態を理解し、次の一歩を踏み出すための力となります。特に、治療法の選択においては、骨盤底筋体操のような保存療法から、自己組織を用いた伝統的な手術、そして腹腔鏡を用いた低侵襲手術、さらには慎重な議論が必要なメッシュ手術まで、多様な選択肢が存在します。最も重要なことは、これらの選択肢を専門医と十分に話し合い、ご自身の価値観とライフスタイルに合った最適な道筋を共に見出すことです。症状に気づくことは、決して終わりではなく、より快適な日常を取り戻すための始まりです。この記事が、あなたが一人で悩む時間を終わらせ、専門家への相談という扉を開けるきっかけとなることを心から願っています。
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