握力低下は危険信号。死亡リスクとの科学的関連と健康寿命を延ばす前腕トレーニング
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握力低下は危険信号。死亡リスクとの科学的関連と健康寿命を延ばす前腕トレーニング

あなたの握力は、単に物を掴むための力以上の意味を持つことをご存知でしょうか。近年の大規模な科学研究により、握力は単なる筋力ではなく、ご自身の全体的な健康状態、さらには「寿命」をも予測しうる、極めて重要な「命のバロメーター」であることが明らかになってきました。事実、17カ国、約14万人の成人を対象とした画期的な研究であるPURE研究は、国際的に権威のある医学雑誌『The Lancet』で発表され、握力が収縮期血圧よりも強力に死亡リスクを予測する因子であることを突き止めました1。この記事では、JAPANESEHEALTH.ORG編集部が、なぜ握力がこれほどまでに重要なのか、その科学的根拠を深く掘り下げ、日本国内の研究成果も交えながら、ご自身の現状を把握し、そして未来の健康を守るために今日から自宅で始められる具体的な前腕強化法まで、包括的に解説します。


この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明確に引用されている、最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性を含むリストです。

  • Leong DP, et al. (PURE study): 本記事における「握力が収縮期血圧よりも強力な全死亡リスクの予測因子である」との指針は、The Lancet誌に掲載されたPURE研究に基づいています1
  • 熊谷 秋三, et al. (久山町研究): 「日本人においても強い握力が死亡および心血管疾患リスクの低下と関連する」という指針は、福岡県久山町での長期追跡調査の結果に基づいています2
  • 厚生労働省: 「日本人の年齢別握力平均値」に関する指針およびデータは、厚生労働省の「体力・運動能力調査」および「e-ヘルスネット」の情報に基づいています34
  • 日本整形外科学会: 「安全なストレッチ方法」に関する指針は、日本整形外科学会が提供する情報に基づいています5

要点まとめ

  • 科学的根拠によれば、握力は収縮期血圧よりも強力な全死亡リスクの予測因子です。握力が5kg低下するごとに、死亡リスクは16%上昇します1
  • 握力の低下は、心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患のリスク増加とも強く関連しています1。この関連性は、日本の大規模研究(久山町研究)でも確認されています2
  • ご自身の握力を厚生労働省が示す年齢別平均値と比較し、現状を客観的に把握することが重要です3
  • 握力は加齢に伴い自然に低下しますが(サルコペニアの一環)、適切なトレーニングによって維持・改善することが可能です。
  • 自宅で器具なしで始められる簡単な運動から、ダンベルなどを使った効果的なトレーニングまで、科学的原則に基づいた安全な強化プログラムを実践することが推奨されます。

科学が証明する「握力」と「健康危険性」の衝撃的な関係

これまで握力は、主に体力の一側面として捉えられてきました。しかし、近年の医学研究は、その認識を根本から覆す発見を次々と報告しています。握力は、単に手の力を示す数値ではなく、全身の筋肉量や健康状態を反映する、信頼性の高い「バイオマーカー(生命指標)」なのです6

全死亡リスク:握力が5kg低下すると、危険性は16%上昇する

最も衝撃的な知見は、握力と全死亡率(あらゆる原因による死亡)との明確な関連性です。前述のPURE研究は、人種や経済状況の異なる17カ国の成人約14万人を4年間にわたり追跡した、非常に大規模なコホート研究です。この研究から導き出された結論は明確でした。握力が5kg低下するごとに、全死亡のハザード比(危険率)は1.16、つまり危険性が16%も上昇することが示されたのです1。これは、健康診断で重視される収縮期血圧よりも強力な予測因子であり、医療界に大きなインパクトを与えました。さらに、複数の研究を統合・分析した2019年のシステマティックレビューでも、弱い握力が死亡、身体機能の低下、転倒による骨折といった広範囲の健康上の有害事象と強く関連していることが確認されており、この知見の信頼性は非常に高いと言えます6

心血管疾患(心筋梗塞・脳卒中)の危険性

握力と生命予後との関連は、特に心血管疾患において顕著です。PURE研究では、握力が5kg低下するごとに、心筋梗塞を発症する危険性が7%(ハザード比1.07)、脳卒中を発症する危険性が9%(ハザード比1.09)上昇することも明らかにされました1。これは、握力が心臓や血管の健康状態を間接的に示している可能性を示唆しています。全身の筋力が維持されている状態は、インスリン感受性の維持や炎症レベルの低減など、心血管系の健康に良い影響を与えます。したがって、握力の測定は、将来の心血管イベントを予測するための、簡単で非侵襲的なスクリーニングツールとなりうるのです。

日本の研究も示す同じ結論:久山町研究からの警鐘

「これらの結果は海外の研究であり、日本人には当てはまらないのではないか」と考える方もいるかもしれません。しかし、この国際的なエビデンスは、日本国内の非常に著名な研究によっても裏付けられています。それが、福岡県糟屋郡久山町の住民を対象に、1961年から長期間にわたり続けられている「久山町研究」です。

久山町研究から得られた2012年の報告によると、日本人の中高年および高齢者集団においても、追跡期間中に握力が強いグループほど、総死亡および心血管疾患による死亡の危険性が有意に低いことが確認されました2

このように、世界的な大規模研究と日本の地域コホート研究が一致した結果を示すことは、握力が人種や生活文化を超えて、普遍的に重要な健康指標であることを強く示唆しています。この事実は、私たち日本人にとって、自らの握力にもっと注意を払うべきだという明確な警鐘と言えるでしょう。

あなたの握力は大丈夫?日本人の年齢別平均値と危険ゾーン

では、ご自身の握力はどの程度のレベルにあるのでしょうか。ここで、厚生労働省が実施している「体力・運動能力調査」のデータを見てみましょう。このデータは、自分の握力レベルを客観的に把握し、問題を「自分ごと」として捉えるための重要な基準となります3

以下の表は、日本人の性別・年齢階級別の握力平均値です。ご自身の測定値と比較してみてください。

表1:日本人の年齢階級別握力平均値(単位:kg)
年齢 男性 女性
20-24歳 46.06 27.93
25-29歳 47.01 28.53
30-34歳 47.45 28.99
35-39歳 47.66 29.21
40-44歳 47.56 29.41
45-49歳 47.16 29.29
50-54歳 46.13 28.46
55-59歳 44.75 27.52
60-64歳 42.75 26.43
65-69歳 39.81 25.10
70-74歳 37.11 23.63
75-79歳 34.46 22.20

出典: 厚生労働省「令和元年度 体力・運動能力調査」のデータを基にJHO編集部作成3

さらに、久山町研究では、将来の健康危険性を示唆する具体的な「危険な閾値」も特定されています。例えば、ある研究報告では、65歳以上で男性の握力が29.5kg未満、女性が16.0kg未満の場合、総死亡リスクが有意に高まるとされています7。ご自身の数値が平均値を下回っている場合、あるいはこの危険な閾値に近い場合は、特に注意が必要です。

なぜ握力は低下するのか?加齢と生活習慣の影響

握力が低下する最も大きな原因は、加齢に伴う筋肉量の減少、すなわち「サルコペニア」です。サルコペニアは、単に筋力が衰えるだけでなく、転倒や骨折、さらには要介護状態に至る危険性を高める、日本の高齢化社会における深刻な公衆衛生問題です。握力は、このサルコペニアの進行度を簡便に評価できる指標としても注目されています。

しかし、握力低下は加齢だけの問題ではありません。運動不足や不適切な栄養摂取といった生活習慣も大きく影響します。特に、前腕の筋肉を日常的に使わないデスクワーク中心の生活や、偏った食事は、若年層であっても握力の低下を招く可能性があります。逆に言えば、握力は生活習慣の改善や適切なトレーニングによって、維持・向上させることが可能な「変えられる危険因子」なのです。

自宅で始める科学的「前腕・握力」強化プログラム

ここからは、ご自身の健康を守るために、今日から実践できる具体的なトレーニングプログラムを紹介します。大切なのは、安全性を確保し、継続することです。

トレーニングの基本原則:安全性と効果を最大化するために

やみくもにトレーニングを行うと、手首や肘を痛める原因となります。以下の基本原則を守りましょう。

  • 頻度: 厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、筋力トレーニングを週に2~3回実施することが推奨されています4。毎日行うのではなく、筋肉が回復するための休息日を設けましょう。
  • 漸進性過負荷の原則: 筋肉を成長させるには、徐々に負荷を高めていく必要があります。最初は軽い負荷から始め、楽にこなせるようになったら、回数を増やしたり、少し重い器具を使ったりして調整しましょう。
  • ウォームアップとストレッチの重要性: トレーニング前には必ず手首を軽く回すなどのウォームアップを行い、血行を促進させましょう。トレーニング後には、後述するストレッチを行い、筋肉の柔軟性を保ち、怪我を予防することが不可欠です。

【初心者向け】器具なしでできる基本トレーニング

まずは、特別な器具を使わずに、いつでもどこでもできる基本的な運動から始めましょう。リハビリ目的の方にも安全です。

  • グーパー運動: 両手を胸の前に突き出し、指を力いっぱい開き(パー)、次に力いっぱい握りしめる(グー)動作を繰り返します。血行促進に効果的です。30回を1セットとし、2~3セット行いましょう。
  • タオル絞り: 乾いたタオルを両手で持ち、雑巾を絞るように、逆方向に力いっぱいねじります。左右の手の役割を交代しながら、それぞれ10~15回繰り返します8

【中級者向け】ダンベル・チューブを使った効果的トレーニング

基本的な運動に慣れてきたら、ダンベルやトレーニングチューブといった簡単な器具を使って、より効果的に前腕を鍛えましょう。ペットボトルに水を入れたものでも代用可能です9

  • リストカール: 椅子に座り、太ももの上に前腕を置きます。手のひらを上に向けた状態でダンベルを持ち、手首の力だけでゆっくりと巻き上げるように持ち上げ、ゆっくりと下ろします。前腕の内側(屈筋群)を鍛えます1011。10~15回を1セットとし、2~3セット行いましょう。
  • リバース・リストカール: リストカールと同様の姿勢で、今度は手のひらを下に向けた状態でダンベルを持ち、手首を上に反らすように持ち上げます。前腕の外側(伸筋群)を鍛えることができます1011
  • ハンマーカール: ダンベルを縦(ハンマーを握るように)に持ち、肘を体側に固定したまま、腕を曲げてダンベルを持ち上げます。この運動は、上腕二頭筋と同時に、前腕の主要な筋肉である腕橈骨筋も効果的に鍛えます10

安全のためのストレッチ:日本整形外科学会の推奨法

トレーニング後のストレッチは、筋肉痛の軽減と怪我の予防に不可欠です。日本整形外科学会が推奨する方法などを参考に、安全に行いましょう512

  1. 前腕屈筋群(手のひら側)のストレッチ: 片方の腕をまっすぐ前に伸ばし、手のひらを上に向けます。もう片方の手で、伸ばした方の手の指をつかみ、ゆっくりと手首を反らす方向に引っ張ります。心地よい伸びを感じる位置で20~30秒静止します。
  2. 前腕伸筋群(手の甲側)のストレッチ: 同様に腕を前に伸ばし、今度は手のひらを下に向けます。もう片方の手で手の甲をつかみ、ゆっくりと手首を曲げる方向に引っ張ります。20~30秒静止します。

これらのストレッチを左右それぞれ2~3回ずつ、痛みを感じない範囲で行ってください。

よくある質問

どのくらいの頻度でトレーニングすべきですか?

厚生労働省のガイドラインでは、筋力トレーニングを週に2~3回実施することが推奨されています4。筋肉はトレーニングによって微細な損傷を受け、その後の休息と栄養補給によって回復・成長します(超回復)。したがって、毎日行うのではなく、同じ部位のトレーニングは少なくとも1日は空けることが効果的です。例えば、月曜日にトレーニングをしたら、次は水曜日か木曜日に行うといったスケジュールが良いでしょう。

握力が弱いのですが、もう手遅れですか?

いいえ、決して手遅れではありません。この記事で強調した最も重要なメッセージの一つは、握力は「変えられる危険因子」であるということです。加齢によってある程度の低下は避けられませんが、何歳からでも、適切なトレーニングと生活習慣の改善によって、現状を維持し、さらには向上させることが可能です。運命だと諦めるのではなく、未来の健康をご自身の手で掴み取るための一歩として、今日から行動を起こすことが何よりも大切です。

トレーニングをすると腕が太くなりすぎませんか?

ボディビルダーのように筋肉を極端に大きくするには、非常に高負荷のトレーニングと厳格な食事管理が必要です。この記事で紹介しているような、健康維持を目的とした中程度の負荷のトレーニングで、腕が過度に太くなる心配はほとんどありません。むしろ、引き締まって健康的な腕を作る助けになります。筋肉量の増加は基礎代謝を高め、全身の健康にも良い影響を与えます13

結論

本記事では、単なる筋力トレーニングの域を超え、握力が全死亡リスクや心血管疾患と深く関連する「生命のバロメーター」であることを、国内外の信頼できる科学的エビデンスに基づいて解説しました12。ご自身の握力を日本人の平均値と比較し3、その重要性を理解することは、未来の健康管理における第一歩です。

幸いなことに、握力は変えることのできる指標です。今日ご紹介した、自宅で安全に始められるトレーニングプログラムを生活に取り入れることで、加齢に抗い、サルコペニアを予防し、ひいては健康寿命を延伸させることが期待できます。未来の健康は、今日のあなたの「一握り」から始まります。ぜひこの知識を行動に移し、次回の健康診断の際には、ご自身の握力について医師と話し合い、より包括的な健康計画を立てるきっかけとしてください。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. Leong DP, Teo KK, Rangarajan S, Lopez-Jaramillo P, Avezum A Jr, Orlandini A, Seron P, Ahmed SH, Rosengren A, Kelishadi R, Rahman O, Swaminathan S, Iqbal R, Yusuf R, Chifamba J, Kutty VR, Li W, Zatonska K, Diaz R, Anand SS, Yusuf S; Prospective Urban Rural Epidemiology (PURE) Study investigators. Prognostic value of grip strength: findings from the Prospective Urban Rural Epidemiology (PURE) study. Lancet. 2015 Jul 18;386(9990):266-73. doi: 10.1016/S0140-6736(14)62000-6. Epub 2015 May 19. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25982160/
  2. Kumagai S, Shibata H, Watanabe S, Arakawa K, Suzuki T. [Prognostic significance of grip strength for all-cause mortality and cardiovascular diseases in the elderly: findings from a community-based prospective cohort study in Japan]. J Epidemiol. 2012;22(5):417-24. Japanese. doi: 10.2188/jea.je20110141. Epub 2012 Aug 4. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22886727/
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  4. 厚生労働省. 「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」情報シート:筋力トレーニングについて. [インターネット]. 2023. [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/exercise/s-00-005.html
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  6. Bohannon RW. Grip Strength: An Indispensable Biomarker For Older Adults. Clin Interv Aging. 2019 Oct 1;14:1681-1691. doi: 10.2147/CIA.S194543. PMID: 31632005; PMCID: PMC6778477. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6778477/
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  9. RESET. 手首・前腕の筋トレ9選!専用の器具無しでペットボトルで鍛える方法!. [インターネット]. [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://resetpilates.jp/10366/
  10. uFit. 前腕の筋トレメニュー14選!ダンベル・バーベル・チューブを使った効果的な鍛え方. [インターネット]. [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://ufit.co.jp/blogs/training/forearm
  11. マイナビコメディカル. 前腕を太くするには?器具あり・なしのおすすめトレーニングをご紹介. [インターネット]. [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://co-medical.mynavi.jp/contents/therapistplus/lifestyle/beauty/18534/
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  13. マイナビコメディカル. リストカールは意味ない?前腕を太くする正しい方法や効率的に行うポイントを解説. [インターネット]. [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://co-medical.mynavi.jp/contents/therapistplus/lifestyle/beauty/18566/
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