自閉症児の言葉を育む科学的アプローチ:家庭でできることから専門的支援まで【専門家監修】
小児科

自閉症児の言葉を育む科学的アプローチ:家庭でできることから専門的支援まで【専門家監修】

「うちの子、言葉が遅いかも…」「周りの子と比べてしまう…」お子さまの言葉の発達について、そのような不安や焦りを感じ、インターネットで情報を検索する中で、断片的な情報に振り回され、心を痛めている保護者の方も少なくないでしょう。そのお気持ち、そしてお子さまのために最善を尽くしたいと願う強い想いを、私たちは深く理解しています。その不安は、決してあなた一人だけのものではありません。1

まず最も大切なことは、言葉はコミュニケーションを構成する数多くの手段の一つに過ぎない、という視点です。言葉を発すること(発語)だけがゴールではありません。お子さまが指をさす、視線を送る、大人の手を取って何かを伝えようとする(クレーン現象)といった、言葉以外のサイン。その一つひとつが、お子さまの「伝えたい」という心の表れであり、コミュニケーションの確かな一歩なのです。1

この記事は、そのような保護者の皆さまが、確かな情報という羅針盤を手に、希望を持って次の一歩を踏み出すために作成されました。私たちは、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会として、世界中の科学的根拠(エビデンス)と日本の専門家の知見を統合し、「家庭で今すぐできること」から「専門的な支援の選択肢」まで、考えうる全ての情報を網羅的かつ体系的に解説します。この記事を最後までお読みいただくことで、あなたは深い安心感と具体的な行動計画を得ることができるでしょう。

免責事項

本記事は情報提供を目的としており、医学的診断や治療に代わるものではありません。お子さまのことでご心配な点がある場合は、必ずかかりつけの小児科医、児童精神科医、言語聴覚士などの専門家にご相談ください。

この記事から得られること(要点まとめ)

  • 自閉症における言葉の発達がなぜ、どのように起こるのか、その科学的な仕組みについての深い理解。2, 3
  • 明日からご家庭で実践できる、エビデンスに基づいた具体的な関わり方の全て4, 5
  • 日本国内で利用できる専門的な療育法と公的支援サービスの全体像とアクセス方法6, 7, 8
  • 一人で悩まず、専門家と共に子どもの成長を支えるための確かな次の一歩

1. 自閉スペクトラム症(ASD)と言葉の発達:科学的背景と日本の現状

適切な支援の第一歩は、正しい理解から始まります。ここでは、自閉スペクトラム症(ASD)の基本的な定義から、なぜ言葉の発達に特性が見られるのかという科学的背景、そして日本のASD児が置かれている実際の状況までを、公的機関の情報を基に深く掘り下げていきます。この知識は、保護者の皆さまが抱えがちな不要な自責の念を取り除き、適切な支援の土台を築くための力となります。

1.1. 自閉スペクトラム症とは?(厚生労働省・NCNPの定義)

まず、最も重要な事実として、自閉スペクトラム症(ASD)は「生まれつきの脳機能の発達の違い」であり、親の育て方や愛情不足が原因ではない、ということを力強く強調します。9 これは、日本の厚生労働省が公式に示している見解です。この科学的真実を理解することは、保護者の方がご自身を責めることなく、前向きな支援に集中するための第一歩です。

日本の国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は、ASDの主な特性を以下の3つの領域で解説しています。10

  • 対人関係の相互性の困難さ:相手の気持ちを察したり、その場の空気を読んだり、年齢相応の友人関係を築いたりすることが苦手な場合があります。例えば、一人遊びを好む、視線が合いにくい、相手の表情から感情を読み取るのが難しい、といった様子が見られることがあります。
  • コミュニケーションの困難さ:言葉の発達に遅れが見られたり、言葉を字義通りに解釈したり、独特の言い回しをしたりすることがあります。たとえ言葉が流暢であっても、会話のキャッチボールが続かなかったり、一方的に自分の興味のあることばかりを話してしまったりすることもあります。11
  • 限定された反復的な興味・行動:興味の範囲が非常に限られており、特定のもの(例えば、電車や数字など)に強いこだわりを示すことがあります。また、決まった手順や日課を重んじ、急な変更に対応するのが苦手な場合や、手をひらひらさせる、体を揺らすといった反復的な動き(常同行動)が見られることもあります。

これらの特性は一人ひとり異なった形で現れ、その程度も様々です。だからこそ、「スペクトラム(連続体)」と呼ばれているのです。

1.2. なぜ言葉の発達に違いが生まれるのか?脳科学からのヒント

近年の脳科学研究は、ASD児の脳機能の特性が、どのように言語発達に影響を与えるのかを少しずつ解き明かしています。これは誰のせいでもなく、生まれ持った神経学的な違いによるものです。例えば、金沢大学の研究グループは、定型発達の子どもが他者とのコミュニケーションの中で自然と相手の顔や声に注意を向けるのに対し、ASDの子どもの脳では、こうした「社会的注意」に関わる脳領域の活動が異なる可能性があることを示しました。2

また、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)や理化学研究所の研究では、ASDの脳は「予測」の機能に特性がある可能性が示唆されています。12, 3 私たちは、他者が次に何を言うか、どう行動するかを無意識に予測しながらコミュニケーションをとっています。この予測機能の違いが、言葉の意味を文脈から理解したり、会話の流れを掴んだりすることの難しさに繋がっているのかもしれません。これらの研究は、言葉の遅れが単なる「やる気」や「練習不足」の問題ではなく、脳の神経科学的な背景に基づいていることを示しており、支援方法を考える上で重要なヒントを与えてくれます。

1.3. 日本の子どもたちのリアル:日本自閉症協会の調査データから

「うちの子だけなのでは…」という孤立感は、保護者の方にとって大きな負担です。しかし、データは、あなたと同じように悩み、一歩ずつ進んでいる多くの家族がいることを示しています。社団法人日本自閉症協会が30年間にわたる相談事業をまとめた2021年の報告書は、日本のASD当事者の言語能力に関する貴重な実態データを提供しています。13

この報告書によると、例えば学齢期(7歳~12歳)のお子さんにおいても、約3割が主に一語文で話すか、あるいは意味のある言葉(有意味語)がない状態であることが示されています。13 この事実は、発語がゆっくりであることや、言語発達のペースが個性的であることが、決して珍しいことではないと教えてくれます。多くのお子さんが、それぞれのペースで、言葉やその他のコミュニケーション手段を時間をかけて習得していくのです。このデータを共有することは、保護者の方が現実的な視点を持ち、他者と比較して焦るのではなく、お子さま自身の成長のペースを尊重するための助けとなります。

2. 親が主導する支援の基本原則:エビデンスに基づく家庭での関わり方(PMI)

「家庭で何かできることはないか」と考えるとき、それは単なる育児の工夫に留まりません。実は、保護者の方が主体となって行う関わりは、「親が媒介する介入(Parent-Mediated Intervention: PMI)」として国際的に有効性が認められている、効果的な治療アプローチの一つなのです。4, 14 ここでは、その科学的根拠と、支援の土台となる心構えを解説します。

2.1. 「親が媒介する介入(PMI)」とは?

PMIとは、親がセラピストや言語聴覚士といった専門家の指導やコーチングを受け、子どもの発達を促すための技術を学び、それを日常生活の中で実践する支援アプローチです。14 療育施設などの特別な場面だけでなく、食事やお風呂、遊びといった家庭という最も自然な環境で支援が行われるため、子どもが学んだスキルを日常生活で使いやすくなる(般化しやすい)という大きな利点があります。

その有効性は、数多くの研究によって裏付けられています。例えば、2018年に医学雑誌『Autism』で発表されたメタアナリシス(複数の研究結果を統合して分析したもの)では、PMIが幼いASD児の言語・コミュニケーション能力に対して、統計的に有意な効果を持つことが明確に示されました。4 これは、保護者の皆さまの日々の愛情深い関わりが、科学的にも子どもの成長を力強く後押しするものであることを意味しています。

2.2. 支援の土台となる5つの心構え

PMIを効果的に実践するためには、具体的なテクニックの前に、まず保護者の方の心の持ち方が非常に重要になります。以下の5つの心構えは、お子さまとの信頼関係を築き、支援の効果を最大限に高めるための土台となります。

  • 焦らない、比べない、待つ姿勢: お子さまには、その子自身の成長のペースがあります。他の子と比較したり、結果を急いだりせず、お子さまが自分の力で何かを伝えようとする瞬間をじっくりと待つ姿勢が大切です。15
  • 「話させる」のではなく「話したくなる」環境作り: 「これ言ってごらん」といったプレッシャーは、かえって話すことへの抵抗感を生んでしまうことがあります。1 お子さまが安心し、自ら何かを伝えたくなるような、楽しくて受容的な雰囲気を作ることが何よりも重要です。
  • 小さな「できた」を具体的に褒める: 発語だけでなく、指差しができた、視線が合った、身振りを真似したなど、どんなに小さなコミュニケーションの試みも見逃さず、「指差しできたね!」「見てくれたんだね、ありがとう」と具体的に褒めてあげましょう。16 肯定的なフィードバックが、次への意欲を引き出します。
  • 言葉以外のコミュニケーションを認める: クレーン現象や身振り、表情も、お子さまにとっては大切な意思表示です。5 まずはその意図を汲み取り、「ジュースが欲しいんだね」と代弁してあげることで、行動と言葉を結びつける手助けができます。
  • 楽しむことが一番の近道: 親自身が関わりを楽しむ姿勢は、お子さまに伝わります。17 義務感で接するのではなく、心から一緒に遊ぶ時間を楽しむこと。それが、子どもの学習意欲にとって最高の栄養となるのです。

3. 今日からできる!言葉とコミュニケーションを育む10の実践的アプローチ

ここでは、専門家も推奨する具体的なテクニックを、なぜそれが有効なのかという科学的根拠や専門的な背景と共に紹介します。これらのアプローチは、前述した「親が媒介する介入(PMI)」の考え方に基づいています。導入として、日本の言語聴覚士協会理事である西野将太氏が提唱する「発語を促す4つのステップ」(①模倣を引き出す、②相互のやりとりを楽しむ、③言葉の理解を促す、④発語を促す)を念頭に置くと、各アプローチの位置づけがより理解しやすくなります。5

  1. 視覚支援(絵カード・写真)の活用: ASDのお子さまの多くは、耳で聞く情報よりも目で見る情報の方が理解しやすいという特性があります。17 活動の予定を絵カードで示したり、物の名前を写真で見せたりすることで、先の見通しが立ち、安心して行動できます。これは後のセクションで解説する専門的療育法「PECS」の基礎にも繋がる、非常に重要なアプローチです。
  2. シンプルで具体的な言葉かけ: 「あれ取って」のような曖昧な指示ではなく、「そこの赤い車、取ってちょうだい」のように、具体的で短い言葉で話しかけましょう。1 これは、ASD児の脳の情報処理特性に配慮した方法で、言葉の理解を助けます。
  3. 子どもの興味に寄り添う(インサークル戦略): お子さまが夢中になっている遊びや好きなキャラクターの世界に、親が「入れてもらう」という姿勢で関わります。17 例えば、ミニカーを並べているなら、その横で「ブーブー、走るねえ」と一緒に遊びます。これは、現代の療育の主流である「自然主義的発達行動介入(NDBI)」の基本原則でもあります。
  4. 模倣(まねっこ)遊び: 発声や動作の模倣は、言語発達の重要な土台です。18 まずは親が子どもの動きや声を真似する「逆模倣」から始めると、子どもは注目されていると感じ、やりとりが生まれやすくなります。「バイバイ」や「パチパチ」などの簡単な動作から始めましょう。
  5. 選択肢を与える: 「おやつは、りんごがいい? それともバナナがいい?」と、実物や絵カードを見せながら選ばせることで、お子さまが自ら意思表示し、発話を促す絶好の機会を作ります。17 これは、子どもが受動的になるのを防ぎ、能動的なコミュニケーションを育てます。
  6. 実況中継をする(パラレルトーク/セルフトーク): お子さまの行動を「〇〇ちゃん、積み木を積んでるね」、親の行動を「ママは、お皿を洗います」のように言葉で実況します。19 これは、お子さまに言葉のシャワーを浴びせ、行動と意味、そして言葉の音を結びつけるのに非常に効果的です。
  7. 絵本の読み聞かせの工夫: 同じ絵本を繰り返し読むことで、ストーリーや言葉が定着しやすくなります。17 ただ読むだけでなく、「ワンワンはどこかな?」と指差しを促したり、「これは何色?」と簡単な質問を投げかけたりして、双方向のやりとりを意識しましょう。
  8. ターンテイキング(順番交代)の実践: ボールを転がし合う、楽器を交互に鳴らすといった単純な遊びを通して、会話の基本である「順番」のルールを楽しく学びます。17 この「やりとり」の感覚が、対話のキャッチボールの基礎を築きます。
  9. 先回りせず、少し待つ(プロンプトとディレイ): お子さまが何かを欲しがっていると分かっても、すぐに与えてしまうのではなく、意図的に5秒、10秒と待ってみましょう。20 この「間」が、お子さまが自分で伝えようと試みるきっかけ(プロンプト)になります。これを「タイムディレイ(時間差延滞)」と呼び、行動療法で用いられるテクニックの一つです。
  10. 音楽や手遊び歌の活用: 「むすんでひらいて」や「とんとんとんとんひげじいさん」などの手遊び歌は、リズムやメロディーに乗せて楽しく発声を練習できる優れたツールです。21 感覚的な楽しさが、話すことへの心理的なハードルを下げてくれます。

4. 専門的な療育と治療法:日本で利用可能な選択肢

家庭での支援と並行して、あるいは家庭での関わりだけでは難しいと感じる場合、科学的根拠のある専門的な療育法を知ることは、お子さまの可能性を最大限に引き出すための重要な鍵となります。ここでは、日本国内でも利用され始めている主要なアプローチを、その理論的背景やエビデンスと共に解説します。

4.1. 自然主義的発達行動介入(NDBI: Naturalistic Developmental Behavioral Interventions)

NDBIは、応用行動分析(ABA)の原理と発達心理学の知見を融合させた、現代のASD早期療育におけるゴールドスタンダード(標準的治療法)とも言えるアプローチです。7, 22, 23 2015年にこの分野の権威であるSchreibmanらが提唱した概念で、その特徴は、子どもの自発性を何よりも重んじる点にあります。7

机に向かってドリルをこなすような伝統的な訓練とは異なり、NDBIでは、セラピストが子どもの興味や関心に沿って、自然な遊びや日常生活の文脈の中で関わります。子どもが楽しんでいる活動の中に、コミュニケーションや社会性の目標を巧みに織り交ぜることで、子どもは「学ばされている」という感覚なく、楽しくスキルを習得していくことができます。前述した「親が媒介する介入(PMI)」の多くも、このNDBIの考え方に基づいています。

4.2. 絵カード交換式コミュニケーションシステム(PECS: Picture Exchange Communication System)

PECSは、特に発語がなかったり、言葉での要求が難しいお子さまに対して、自発的なコミュニケーションを教えるために開発された、行動療法に基づく体系的なプログラムです。24, 25 PECSは以下の6つのフェーズで構成されており、子どもは欲しい物(例:お菓子)の絵カードを相手に渡すことから始め、徐々に文章で要求したり、質問に答えたりするスキルを学んでいきます。

その有効性については多くの研究があります。2010年に発表されたメタアナリシスでは、PECSがASD児のコミュニケーション能力(特に要求伝達)の向上に効果的であることが示されています。8, 26 ただし、PECSが発話そのものを直接促進するかどうかについては、研究結果が分かれており、その効果は限定的である可能性も報告されています。8 そのため、PECSはあくまでコミュニケーション手段の一つと捉え、他のアプローチと組み合わせることが重要です。

4.3. 言語行動(VB: Verbal Behavior)セラピー

言語行動(Verbal Behavior)セラピーは、著名な心理学者B.F.スキナーの理論に基づいた応用行動分析(ABA)の一分野です。27, 28 VBの最大の特徴は、言葉をその見た目(単語や文法)ではなく、「機能」によって分類し、それぞれの機能を個別に教えていく点にあります。主な機能には以下のようなものがあります。

  • マンド(Mand): 要求。例:「お茶をください」
  • タクト(Tact): 報告・叙述。例:(犬を見て)「犬だ」
  • エコイック(Echoic): 模倣。例:大人が「りんご」と言った後に「りんご」と繰り返す
  • イントラバーバル(Intraverbal): 言語的なやりとり。例:「1、2、?」の後に「3」と答える、質問に答える

VBセラピーでは、まず子どもが「何かを要求したい」という動機(マンド)を最も重要視し、そこから言葉の機能を広げていくことを目指します。

4.4. 拡大代替コミュニケーション(AAC: Augmentative and Alternative Communication)

AACは、話すことや書くことによるコミュニケーションが困難な人々を支援するための、あらゆる方法やツールを指す総称です。これには、前述のPECSのような絵カードシステムも含まれますが、それ以外にも、ボタンを押すと録音された音声が再生される音声出力装置(SGDs: Speech-Generating Devices)や、シンボルを組み合わせて文章を作成できるタブレット端末のアプリなど、テクノロジーを活用した多様な支援が存在します。29

かつては「AACに頼ると、かえって話さなくなるのではないか」という懸念もありましたが、現在ではその考えは否定されています。30 むしろ、AACを通じてコミュニケーションの成功体験を積むことが、本人のストレスを軽減し、発話への意欲や言語理解の土台を育む可能性があるという研究結果が多数報告されています。29, 30

5. ひとりで悩まないために:日本の公的・専門的支援ネットワーク

保護者の皆さまは、決して一人で戦っているのではありません。日本には、子どもの発達に関する悩みを相談できる場所、利用できる公的な制度が網羅的に整備されています。ここでは、その支援ネットワークへの具体的な「地図」を提供し、皆さまが適切なサポートへと繋がるための道筋を明らかにします。

5.1. 支援への第一歩:乳幼児健診と身近な相談窓口

多くの保護者にとって、専門家と繋がる最初の公的な機会となるのが、市区町村が実施する乳幼児健診です。特に、1歳6か月児健診3歳児健診では、言葉の発達に関するチェック項目があり、発達の専門家(保健師、心理士など)に相談する重要なきっかけとなります。21

健診で「少し様子を見ましょう」と言われた場合でも、もし保護者の方に「何か気になる」という直感があれば、それを大切にしてください。健診を待たずに、お住まいの地域にある保健センター子育て支援センターに電話で問い合わせることができます。これらの身近な窓口は、より専門的な機関への橋渡し役も担っています。

5.2. 表:日本の主要な発達障害支援機関・相談窓口

以下の表は、保護者の方が「具体的にどこに電話すればいいのか」という最も切実な問いに答えるための、実用的な情報です。これらの機関は、皆さまの状況を丁寧に聞き取り、必要な情報提供や支援機関の紹介を行ってくれます。

機関名 主な役割 対象 公式サイト等へのリンク
発達障害者支援センター 総合的な相談窓口。情報提供、発達支援、家族支援、関係機関との連携など、幅広い役割を担う。 全年齢の当事者・家族 厚生労働省 一覧ページ31
精神保健福祉センター こころの健康に関する専門的な相談機関。医療機関や支援機関の情報提供も行う。 当事者・家族 全国精神保健福祉センター長会32
児童相談所 児童福祉に関する専門相談機関。療育手帳の判定や、福祉サービスの利用に関する相談も受け付ける。 18歳未満の子どもとその家族 お住まいの自治体名+「児童相談所」で検索32
市区町村の保健センター・福祉課 乳幼児健診の実施主体であり、最も身近な健康・福祉に関する相談窓口。 地域住民 お住まいの市区町村公式サイトで確認33
言語聴覚士(ST)のいる医療機関・療育施設 言語・コミュニケーションに関する専門的な評価(アセスメント)と、個別またはグループでの訓練(セラピー)を実施する。 一般社団法人 日本言語聴覚士協会で検索可能33

5.3. 専門家(言語聴覚士など)を見つけるには

言語やコミュニケーションの専門家である「言語聴覚士(ST: Speech-Language-Hearing Therapist)」による個別の評価や訓練を希望する場合、いくつかの方法があります。

  • かかりつけの小児科医からの紹介: まずは、お子さまの普段の様子をよく知る小児科医に相談し、専門の医療機関を紹介してもらうのが一般的です。
  • 支援センターからの情報提供: 上記の表にある「発達障害者支援センター」や「児童相談所」に相談することで、地域で利用可能な療育施設や医療機関の情報を提供してもらえます。6
  • 日本言語聴覚士協会のウェブサイト: 協会のウェブサイトでは、都道府県別に言語聴覚士が在籍する施設を検索することができます。

6. よくあるご質問(FAQ)

ここでは、保護者の方が抱きがちな、特に切実な疑問に対し、この記事で解説してきた科学的エビデンスを基に、簡潔かつ明確に、そして共感的に答えていきます。

Q1: 「まだ小さいから様子見でいい」と周囲に言われますが、本当に大丈夫でしょうか?

A: 保護者の方が「何か気になる」と感じるその直感は、何よりも尊重されるべきです。多くの研究が、早期発見と早期からの適切な支援(早期介入)の重要性を示しています。34 もちろん、発達のペースには個人差がありますが、「様子見」という言葉に不安を感じる場合は、決して一人で抱え込まないでください。かかりつけ医以外の医師の意見を聞く(セカンドオピニオン)、あるいは、お住まいの地域の「発達障害者支援センター」に匿名で電話相談してみるなど、積極的に行動することをお勧めします。専門家は、その不安に寄り添い、客観的なアドバイスを提供してくれます。

Q2: 療育に通えば、必ず話せるようになりますか?

A: これは非常によくあるご質問ですが、「必ず話せるようになる」という保証は、残念ながら誰にもできません。しかし、療育の最大の目的は、発語の有無だけではありません。療育の真のゴールは、お子さま本人が、言葉であれ、絵カードであれ、その他の手段であれ、自分にとって最も豊かな方法で他者と意思を伝え、社会と関わり、最終的に「生きやすさ」を高めることにあります。発語はあくまでその選択肢の一つです。多くの療育プログラムは、コミュニケーションの意欲そのものを育むことを目指しており、その結果として発語に繋がるケースも少なくありません。

Q3: 絵カードやタブレットに頼ると、かえって話さなくなりませんか?

A: これは、過去によく聞かれた懸念ですが、現在では科学的に明確に否定されている誤解です。絵カードや音声出力装置などのAAC(拡大代替コミュニケーション)が、発話を阻害するというエビデンスは存在しません。30 むしろ、多くの研究がその逆の可能性を示しています。つまり、AACを使って「自分の要求が伝わった!」というコミュニケーションの成功体験を積むことが、本人のフラストレーションを減らし、言葉を学ぶことへの意欲や言語理解の土台を育む、という positive な影響が報告されているのです。29, 30

Q4: 父親(あるいは母親)の関わりが少ないから、言葉が遅れているのでしょうか?

A: 決してそうではありません。この記事の冒頭で強調したように、ASDは生まれつきの脳機能の特性であり、特定の親の関わり方や愛情の量、家庭環境が直接の原因ではないことが科学的に明らかになっています。35, 9 このような自責の念は、保護者の方を不必要に苦しめるだけです。大切なのは、過去を責めることではなく、家族全員がお子さまの特性を正しく理解し、それぞれの立場で協力し、未来に向けてチームとして支えていくことです。

結論:お子さまの可能性を信じて、専門家と共に歩む

これまで、自閉スペクトラム症(ASD)の正しい理解から始まり、PMI(親が媒介する介入)を軸とした家庭での愛情ある関わり方、科学的根拠のある専門的な療育法の多様な選択肢、そしてそれらを力強く支える日本の公的支援ネットワークの存在について、包括的に解説してきました。

最後にお伝えしたい最も大切なメッセージは、発語の有無でお子さまの価値を測らないでほしい、ということです。お子さまは、お子さま自身の方法で世界を感じ、考え、伝えようとしています。その一つひとつのユニークなコミュニケーションの試みを尊重し、喜び、認めてあげてください。その姿勢こそが、お子さまの自己肯定感を育み、成長を促す最大の力となります。

この記事で得た知識は、あなたとお子さまの未来を照らす確かな光となるはずです。しかし、知識だけでは十分ではありません。ぜひ、その光を頼りに、具体的な一歩を踏み出してください。専門家は、あなた方ご家族と共に悩み、考え、歩んでくれる最高のパートナーです。一人で抱え込まず、まずはその扉をノックすることから始めてみませんか。

責任ある行動喚起

この記事を読み終えた今、あなたの次の一歩を具体的にサポートします。まずはお住まいの地域の「発達障害者支援センター」31や、日頃からお子さまの健康を見守ってくれているかかりつけの小児科医にご相談ください。それが、専門的なサポートへと繋がる最も確実な道です。

参考文献

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