はじめに
かつては自分を傷つけるほど追い込まれながらも、最終的にうつ病を乗り越えたある若い男性の体験談と、それに対する専門家の視点は、うつ病という心の不調について深く理解するきっかけとなります。うつ病は、脳内の神経伝達物質やホルモン分泌のアンバランスなど、生物学的要因が関わる場合もあれば、家庭環境や生活上のストレスといった心理・社会的要因が引き金となる場合もあります。実際には、複数の要素が絡み合って発症・悪化することが多いため、十分な理解と適切なサポートが不可欠です。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
ここでは、25歳の若者・Namさん(仮名)の体験をもとに、うつ病と診断されて治療を受け、日々の生活習慣や周囲の協力によって症状を改善したプロセスを共有します。さらに、相談実績を持つ専門家(以下では心理カウンセラー・Phạm Tiến Dũng氏)による補足解説を挟みつつ、「なぜうつ病に至ったのか」「治療のなかでどのような困難があったのか」「家族や友人によるサポートはどう生かされたか」などを詳しく見ていきます。うつ病に悩む方、そのご家族・周囲の方々へ、情報の一助になれば幸いです。
専門家への相談
Namさんのエピソードに登場する心理カウンセラーは、Phạm Tiến Dũng氏(Tham vấn viên tâm lý)。うつ病という心の病は、脳内のセロトニンやドーパミンなどの分泌不全を含めた多面的要因があると指摘されていますが、治療の中心には薬物療法・カウンセリング・生活習慣調整などが組み合わさることが多いです。実際、カウンセラーや医療機関と連携しながら適切な治療を受けることで、回復の可能性が高まることが知られています。Phạm Tiến Dũng氏による解説は、うつ病治療において「単に意志力の問題ではない」「脳の生理的変化も含む複合的な要因を考慮すべきだ」という理解を深める上で役立ちます。
うつ病に気づいたきっかけ
「最初に違和感を覚えたのは高校時代」
Namさんが初めて「もしかして自分はうつなのかもしれない」と疑ったのは、高校生活後半の頃でした。具体的には:
- 気分の変化が激しく、理由もなく突発的に怒りを爆発させる。
- 意欲の低下により、入浴や食事のような基本的な生活行動さえもおっくうに感じる。
- 極端に食事回数が減り、外出もしなくなる期間がある。
これらの症状が数週間あるいはそれ以上の単位で続くとき、専門家の間ではうつ病を疑う大きなサインとされます。心理カウンセラーのPhạm Tiến Dũng氏によると、米国国立メンタルヘルス研究所(NIMH)の情報や臨床現場の知見から見ても、うつ病には以下のような症状が2週間以上持続することが多いといわれています。
- 強い悲しみ、空虚感
- 絶望感や悲観的な考え
- いらだちや怒りが増す
- 自己評価の極端な低下(無価値感や罪悪感など)
- 興味や喜びの喪失
- 慢性的な疲労感
- 思考力や集中力の低下
- 睡眠リズムの乱れ(不眠または過度な眠気)
- 食欲不振または過食
- 自傷や自殺念慮
Namさん自身も、これらをいくつか自覚したことで「単なる一時的な気分の落ち込みではないかもしれない」と感じ始めたようです。
最初の専門的アプローチ
大学に進学してから、Namさんは学内のカウンセリング窓口を利用。相談員からは「気分転換として外に出て適度に運動や友人との交流を増やすように」という行動療法的なアドバイスを受けました。しかし、2か月ほど実践しても大きな改善を感じられなかったため、外部の専門クリニックを紹介されます。そこで、
- 心理検査(各種質問票やセルフレポート)
- 脳波検査(必要に応じた電気生理学的評価)
- 臨床面接(医師や臨床心理士による詳細な聞き取り)
を行い、うつ病と診断されました。Namさんにとっては「やっぱりそうか」と、ある種の納得が得られる瞬間でもありました。一方で、家族には「脳内物質のアンバランス」の概念が十分伝わらず、「単に精神的な弱さではないか」という見方をされる部分も残っていたといいます。
診断と治療の困難
薬物療法の開始
診断後、Namさんは抗うつ薬を中心とする薬物療法の処方を受けます。加えて、生活リズム改善の指示として、
- 週に数回の運動(ウォーキングや軽めの筋トレ)
- 家族・友人とのコミュニケーション
- 栄養バランスのとれた食事
- 趣味時間を確保する
などが推奨されました。数か月後、Namさんは心の波が以前より緩やかになったと感じるようになります。しかし一方で、抗うつ薬の副作用として眠気や倦怠感が出るなど、別の苦労も増えました。この副作用により、「朝起きられない」「やる気が出ない」状態が続き、最終的に「薬を飲まなくてもなんとかなるのでは」と早期に服用を中断してしまった時期があったそうです。
実際、抗うつ薬の中にはセロトニンやノルアドレナリンを増やすもの、脳内の神経伝達を安定させるものなど種類があり、副作用も多岐にわたります。医師からは「いきなり服用を止めると、リバウンドのように症状が悪化してしまう恐れがある」と再三指導があるものの、Namさんは「自分の判断でやめてしまった」結果、数年後に再度うつ状態が深刻化。結局、2020年に再度クリニックへ通い始め、医師の指示どおり少し軽めの抗うつ薬に切り替えて、徐々に副作用を抑えつつ治療を継続することになりました。
再度の治療と「脳の問題」への理解
Namさんが再び医療機関を受診したとき、医師からは「これは単なるライフスタイルの問題や気持ちの切り替えだけでは解決しない、脳の生物学的な状態も大きく絡む病気」という説明を改めて受けました。これにより、Namさん自身も「脳内で幸せを感じるために必要なホルモンがうまく分泌されていない」という事実を再認識し、治療へのモチベーションが高まったといいます。
心理カウンセラーのPhạm Tiến Dũng氏によると、抗うつ薬による治療はあくまで「気分の底上げ」「過度な不安や絶望を軽減」するためのアプローチであり、そこに加えてカウンセリングや環境調整、さらに家族の協力がそろって初めて効果が出やすくなるケースが多いとのことです。
うつ病を引き起こした要因
Namさんの場合、両親の離婚や家庭内トラブル、進学をめぐるストレスなど、いくつもの要素が同時期に重なっていました。また、父親からの遺伝で「てんかん」を疑わせる症状(突然の意識消失やけいれんなど)があり、これがさらに脳内の変化や薬剤の影響と複雑に関わっていたようです。
- 家庭環境の崩壊:激しい口論や暴力が絶えず、精神的に不安定になりがち
- 学業プレッシャー:学校で成績を常に上位に保つことへの周囲の強い期待
- 身体的健康問題:てんかんを含む脳への影響と、その薬剤治療の副作用
こうした要因にさらされ続けると、脳はストレスへの防御反応を起こしやすくなり、うつ病のリスクが高まるとされています。実際、てんかんと精神疾患(とりわけうつ病)には相互関係があるという研究報告も多々あります。たとえば、抗てんかん薬の種類によっては脳の感情調節機能に影響を及ぼし、うつ症状を引き起こすリスクを上げる可能性があるのです。
自傷行為とその背景
Namさんは「特に明確な理由があるわけでもないのに、衝動的に自分を傷つけることがあった」と振り返ります。具体的には、興奮や激しい怒りを急に感じたときにカッターの刃で太ももを何度も切りつけるなどの自傷をしてしまうことがありました。これは、うつ病や不安障害を抱える人々によくみられる「自傷行為」の典型的な例といえます。
専門家によれば、自傷行為は「痛み」や「流血」そのものを求めているわけではなく、「強い感情を一時的に逸らしたり、解消したり、あるいは自分が生きていると実感するための行動」として起こることがあります。背景には、「頭の中が混乱していて、苦痛感情をどう処理すればいいか分からない」という心の叫びが存在するのです。
環境調整と行動変容
生活習慣の改善と家族のサポート
再診後のNamさんは、医師やカウンセラーの助言をもとに、以下のような行動を取り入れました。
- 軽い運動習慣(ジムや自転車):体を動かすことで脳内のセロトニンやエンドルフィンが増加し、気分が上向きやすくなるとされています。
- 料理を趣味に:自分で献立を考え、丁寧に作る工程がストレス解消につながった。
- ペット(猫)の飼育:猫を世話することで「誰か(何か)のために行動する」喜びを感じられ、孤独や絶望感を緩和できた。
- 周囲への病状共有:これまでは家族にしか打ち明けなかったが、友人や親戚にも「いまうつ病の治療中」であることをオープンにし、理解とサポートを得た。
Namさんは「自分が誰かや何かに『関わる』感覚を持つと、集中できる対象が生まれて気分の落ち込みや自己否定が紛れる」という実感を得たそうです。家族も「薬を飲んだかどうかの声かけ」や「小さな変化を見落とさないようにする配慮」をしてくれるようになり、大きな安心感を得ました。
先のことより「今日1日」を乗り切る
うつ症状が重い人に「先を見据えて計画を立てよう」と言われても、逆に苦しみを増大させる可能性があります。Namさん自身も「数年後のことなど考える余裕もなく、今日1日なんとか生き延びるのに必死だった」という言葉を使います。そのため、
- 1日単位の目標や予定を立てる
- できたら自分を褒める
- できない日は休む
というように、小さなステップで気分を管理していくやり方が効果を発揮しました。これは認知行動療法でもよく取り入れられる手法で、「大きな夢や目標を考えるのではなく、現実的に達成しやすい行動に集中し、そこから前に進む」ことを重視します。
専門家からの視点:治療の継続とセルフケア
Phạm Tiến Dũng氏によると、うつ病は治療に時間を要するケースが少なくありません。薬物療法とカウンセリングの二本柱に加え、運動や栄養、睡眠など生活習慣の見直しが必要になります。さらに、家族や友人がうつ病について正しい理解を持ち、回復をサポートしてくれる環境をつくることも大切です。
実際のカウンセリングでは、
- 生活リズムを整えるためのスケジュール管理
- ストレスの要因を整理し、対応策を一緒に考える
- うつ状態特有の思考パターンをつかみ、それを修正していく練習
などが行われます。Namさんのように、「好きなことに没頭する」「自分が世話すべき存在を作る」ことは大いに助けになる一方、社会的ストレスや環境要因が強い場合は、学校や職場への相談、引っ越しなどの大きな生活変化も検討する必要があります。
体験者からのアドバイス
Namさんは最後に、うつ病に悩む方へ向けて以下のアドバイスをまとめています。
- 薬は自己判断でやめない
医師の許可なく勝手に中断しないこと。副作用に苦しむ場合でも、医師に相談して薬を変更してもらうなどの手続きを踏む必要がある。 - 少しでもおかしいと思ったら早めに受診
症状が軽度のうちに対処すれば、その後の回復がスムーズになるケースは多い。 - 「今日を生きる」ことに集中
長期的な目標を立ててもプレッシャーに感じるなら、無理をせず目の前の一日一日を乗り切ることにフォーカスしてみる。 - 何らかの趣味や楽しみを見つける
わずかでも「やってみたい」「好きだ」と思えることを大切にすると、塞ぎ込む時間が減る。 - 家族への共有や一緒の受診も検討
親や兄弟、配偶者など近しい人に自分の状態を伝え、必要なら受診に同行してもらう。周囲が理解を深めるほど支援を得やすくなる。
研究知見から見るうつ病治療
うつ病に対しては、運動療法や認知行動療法、薬物療法を組み合わせることで大きな改善がみられる事例が数多く報告されています。たとえば、2021年にActa Psychiatrica Scandinavicaで発表された大規模メタアナリシスでは、認知行動療法などの心理療法が軽度から中等度のうつ患者に効果的であり、再発予防にも寄与するという結果が示されました(Cuijpers Pら, 2021, doi:10.1111/acps.13335)。また、2023年にJAMAで発表された研究(Freedland KE, 2023, doi:10.1001/jama.2022.20389)では、心疾患を併発している患者のうつ治療においても、適切な抗うつ薬の調整と心理支援の連携が重要であると指摘されています。
さらに、2021年にPsychological Medicineで報告された研究では、うつ病に伴う認知症状(集中力低下や思考の滞りなど)と身体症状(倦怠感や睡眠障害など)が相互に悪影響を及ぼし合う場合があるため、治療プログラムの中で両面に注目する必要があるという見解も示されています(Fried EIら, 2021, doi:10.1017/S0033291720002208)。日本国内で治療を受けるうつ病患者さんにとっても、これらの知見は参考となり得るものです。
結論と提言
Namさんの体験談は、家族関係の不和、学業ストレス、遺伝的な要因など複合的な背景からうつ病が進行し、自傷行為に至るまで苦しみながらも、きちんと診断・治療を受け、周囲の理解と協力を得ることで回復できる可能性を示してくれます。うつ病は決して「心が弱いだけ」の問題ではなく、脳内ホルモンや神経伝達物質の分泌異常も関わる生理学的変化が大きいという事実を踏まえた上で、薬物療法・カウンセリング・生活改善を組み合わせることが重要です。
同時に、家族や友人にとっても、うつ病の基本的な理解(例えば「本人が怠けているわけではない」「薬をやめると再燃しやすい」など)は不可欠です。日常生活の些細な会話や行動を通じて、本人の小さな変化に気づき、早めに声かけをし、適切に専門家へ導くことが大きな支えになります。さらに、本人が「自分にとって意義を感じられる行動」を見つけることで、回復の糸口をつかむこともあるでしょう。
注意喚起と医療機関への相談
- うつ病をはじめとする心の病は、早期発見・早期治療が大切です。もしあなた自身、または身近な方が「長期間にわたって落ち込みが続く」「日常的に自分を傷つけたい衝動に駆られる」といった状況にあるならば、なるべく早めに専門医やカウンセラーに相談してください。
- 薬の副作用や費用面など、不安な点があれば医師や薬剤師に質問を。特に、抗うつ薬は自己判断で急に中断すると症状が悪化するリスクがあります。
- うつ病の背景には仕事や家庭環境の問題が複雑に絡んでいることが多いため、心理的アプローチと社会的アプローチを両輪で考えることも大切です。状況によっては、職場の産業医や学生ならスクールカウンセラー、あるいは行政の相談窓口を活用するのも有効です。
これは参考情報であり、専門家の診療に代わるものではありません
本稿で述べた内容は、あくまでも情報提供・学習目的であり、個々の医療上のアドバイスを代替するものではありません。もしご自身や周囲の方に類似した症状や悩みがある場合は、必ず医師・薬剤師・心理カウンセラーなどの専門家にご相談ください。
参考文献
- What Is Depression?
https://www.psychiatry.org/patients-families/depression/what-is-depression
アクセス日: 10/05/2021 - Signs of Depression
https://www.nimh.nih.gov/health/publications/depression/#pub2
アクセス日: 10/05/2021 - Depression is related to an absence of optimistically biased belief updating about future life events
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3880066
アクセス日: 10/05/2021 - The concept of depression as a dysfunction of the immune system
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3002174/
アクセス日: 10/05/2021 - Depression is More Than Just Sadness: A Case of Excessive Anger and Its Management in Depression
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3959025/
アクセス日: 10/05/2021 - Cuijpers P, Karyotaki E, Ciharova M, et al. The effects of psychotherapies for depression on response, remission, reliable change, and deterioration: A meta-analysis. Acta Psychiatr Scand. 2021;144(3):185–200. doi:10.1111/acps.13335
- Freedland KE. Treating depression in patients with heart disease: a complicated affair. JAMA. 2023;329(1):15–17. doi:10.1001/jama.2022.20389
- Fried EI, von Stockert S, Haslbeck JMB, et al. Cognitive and somatic symptoms of depression: a network perspective. Psychol Med. 2021;51(6):974–983. doi:10.1017/S0033291720002208
なお、本稿は情報提供を目的としたものであり、医学的な診断や治療を行うものではありません。うつ病やその他の精神的健康問題を抱えている場合には、必ず医師や公認心理師などの専門家にご相談ください。家族や友人がうつ病に悩んでいる場合も、できるだけ早く医療機関やカウンセリング窓口などにつなげるよう心がけてください。