血中脂質・コレステロール完全ガイド:基準値、異常の原因と最新対策を専門家が徹底解説
心血管疾患

血中脂質・コレステロール完全ガイド:基準値、異常の原因と最新対策を専門家が徹底解説

ご自身の血中脂質の数値、それが健康にとって何を意味するのか、正確にご存知でしょうか?多くの方が年に一度の特定健診などで検査結果を手にし、LDL(悪玉)コレステロールや中性脂肪といった項目に一喜一憂されているかもしれません。これらの数値は、自覚症状がないまま進行し、心筋梗塞や脳卒中といった生命を脅かす疾患に直結する「サイレントキラー」である動脈硬化の重要な指標です。日本の食生活が欧米化し、生活習慣が多様化する現代において、血中脂質の管理はあらゆる世代にとって無視できない健康課題となっています。この記事では、JAPANESEHEALTH.ORG編集部が、日本の最新ガイドラインや国際的な研究に基づき、血中脂質とコレステロールに関する最も包括的で信頼できる情報をお届けします。基礎知識から、日本人のための具体的な基準値、数値異常の背景にある原因、そして明日から実践できる最新の対策まで、専門家の視点で徹底的に解説します。

要点まとめ

  • 脂質異常症は、LDL(悪玉)コレステロール、HDL(善玉)コレステロール、トリグリセリド(中性脂肪)の血中濃度が基準値から外れた状態を指し、自覚症状なく動脈硬化を進行させます12
  • 日本の診断基準は日本動脈硬化学会(JAS)の2022年版ガイドラインに基づき、LDL-C 140mg/dL以上、HDL-C 40mg/dL未満、TG 150mg/dL以上などが基準となります3。近年では食後の影響を受けにくいnon-HDLコレステロールも重視されています34
  • リスク評価には、脳卒中リスクも考慮された日本の大規模研究に基づく「久山町研究スコア」が用いられ、個々のリスクに応じた管理目標値が設定されます35
  • 原因は、飽和脂肪酸の多い食事、運動不足、肥満、喫煙、過度の飲酒といった生活習慣に加え、遺伝的要因である家族性高コレステロール血症(FH)も重要です67
  • 対策の基本は生活習慣の改善です。「The Japan Diet」に代表されるバランスの取れた食事8、中等度以上の有酸素運動9、禁煙が中心となります。それで不十分な場合は、スタチンなどの薬物療法を検討します10

第1部:血中脂質とコレステロールの基礎知識

血中脂質の数値を理解するためには、まずコレステロールとは何か、そしてその種類と働きを知ることが不可欠です。コレステロールは単なる「悪者」ではなく、私たちの体にとって必要不可欠な物質でもあります。

1.1. コレステロールとは何か?体にとっての必要性と役割

コレステロールは、脂質(脂肪)の一種であり、人間の体を構成する約37兆個の細胞すべての細胞膜の成分となるほか、性ホルモンや副腎皮質ホルモン、胆汁酸、ビタミンDなどを合成するための材料としても利用されます。つまり、生命維持に不可欠な役割を担っています。コレステロールは食事から摂取されるだけでなく、その約70-80%は体内の肝臓などで合成されています。

1.2. コレステロールの主要な種類とその働き

コレステロールは脂質であるため、血液に溶け込むことができません。そのため、リポタンパク質というカプセルのような粒子に乗って血中を移動します。このリポタンパク質の種類によって、コレステロールは「善玉」「悪玉」などと呼ばれます。

LDLコレステロール(悪玉コレステロール)

LDL(Low-Density Lipoprotein)は、肝臓で作られたコレステロールを全身の細胞に運ぶ役割を担っています。しかし、血中にLDLコレステロールが過剰になると、血管の壁に蓄積し、動脈硬化の直接的な原因となります6。このため「悪玉コレステロール」と呼ばれています。

HDLコレステロール(善玉コレステロール)

HDL(High-Density Lipoprotein)は、全身の余分なコレステロールを回収し、肝臓に戻す働きをします。これにより動脈硬化を抑制する効果があるため、「善玉コレステロール」と呼ばれています6。ただし、近年ではHDLの量だけでなく、その「質(機能)」も重要であるとの議論がなされています。

トリグリセリド(中性脂肪)

トリグリセリド(Triglyceride)は、体内で最も多い脂肪で、主にエネルギー源として貯蔵されます。エネルギーとして使われなかった分は皮下脂肪や内臓脂肪として蓄えられます。中性脂肪が過剰になると、肥満や脂肪肝の原因となるだけでなく、LDLコレステロールを小型化させ、より動脈硬化を惹起しやすくする(超悪玉コレステロールを増やす)ことが知られています。また、極端な高中性脂肪血症は急性膵炎のリスクを高めます3

Non-HDLコレステロール

Non-HDLコレステロールは、総コレステロールからHDLコレステロールを引いた値で、すべての動脈硬化惹起性リポタンパク質(LDL、VLDL、IDLなど)に含まれるコレステロールの総量を示します411。食事の影響を受けにくく、食後高脂血症の状態も反映するため、近年その重要性が増しており、日本動脈硬化学会の2022年版ガイドラインでも診断基準や管理目標に取り入れられました3

Lp(a)(リポタンパク質(a))

Lp(a)は、LDLにアポタンパク質(a)が結合したリポタンパク質で、遺伝的にその量が決まることが多く、独立した心血管疾患のリスク因子として注目されています。欧州心臓病学会/欧州アテローム硬化学会(ESC/EAS)のガイドラインでは、リスク評価のために少なくとも一度は測定することが推奨されています12

第2部:血中脂質の基準値と評価

自分の脂質状態を知るためには、まず日本の診断基準を理解することが第一歩です。日本の基準は、長年の日本人を対象とした大規模研究に基づいて設定されており、国際的な基準とは一部異なる点もあります。

2.1. 日本の脂質異常症診断基準(日本動脈硬化学会ガイドライン2022年版)

日本では、日本動脈硬化学会(JAS)が策定する「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」が診断と治療の根幹となります13。2022年版では、従来の空腹時(10時間以上の絶食後)採血に加え、実臨床を反映して随時(食後)採血の基準も導入されました314

項目 基準値(空腹時) 基準値(随時) 診断名
LDLコレステロール 140mg/dL以上 高LDLコレステロール血症
120~139mg/dL 境界域高LDLコレステロール血症
HDLコレステロール 40mg/dL未満 低HDLコレステロール血症
トリグリセリド(中性脂肪) 150mg/dL以上 175mg/dL以上 高トリグリセリド血症
Non-HDLコレステロール 170mg/dL以上 170mg/dL以上 高non-HDLコレステロール血症
150~169mg/dL 150~169mg/dL 境界域高non-HDLコレステロール血症

出典: 日本動脈硬化学会 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版314

「境界域」とは、直ちに薬物療法が必要なレベルではないものの、生活習慣の改善が強く推奨される状態を指します314

2.2. 国際的なコレステロール基準値との比較(AHA/ACC、ESC/EAS)

国際的には、米国心臓協会/米国心臓病学会(AHA/ACC)や欧州心臓病学会/欧州アテローム硬化学会(ESC/EAS)のガイドラインが広く用いられています。例えば、AHA/ACCガイドラインでは、理想的なコレステロール値として総コレステロール 200mg/dL未満、LDLコレステロール 100mg/dL未満、HDLコレステロール 60mg/dL以上などを提示しています1015。ESC/EASガイドラインはさらに踏み込み、心血管疾患の既往があるような超高リスク患者に対しては、LDLコレステロールを55mg/dL未満にまで下げることを推奨しています1216。これらの国際基準は、日本人を対象としたエビデンスよりも欧米人でのエビデンスに重きを置いているため、日本のガイドラインとは一部目標値が異なりますが、治療方針の世界的な潮流を示すものとして重要です17

2.3. 動脈硬化性疾患のリスク評価:久山町研究スコアの活用

脂質異常症の治療方針を決める上で最も重要なのは、単に数値を基準に当てはめるだけでなく、「今後10年間に心筋梗塞や脳卒中などを発症するリスクがどの程度あるか」を評価することです。JASガイドライン2022年版では、このリスク評価ツールとして、福岡県の久山町で40年以上にわたり続けられている住民調査(久山町研究)のデータに基づいた「久山町研究スコア」が新たに採用されました3518。このスコアは、年齢、性別、喫煙の有無、収縮期血圧、HDL-C値、LDL-C値、耐糖能異常の有無を用いて、冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞を合わせた動脈硬化性疾患の10年以内の発症リスクを算出します5。このスコアに基づき、患者は「低リスク」「中リスク」「高リスク」に分類され、それぞれに応じた管理目標が設定されます。

2.4. リスク区分別脂質管理目標値(日本動脈硬化学会ガイドライン2022年版)

リスク評価の結果に基づき、以下の管理目標値が設定されます。二次予防とは、すでに動脈硬化性疾患を発症したことがある患者さんの再発予防を指します。

リスク区分 LDL-C (mg/dL) Non-HDL-C (mg/dL) TG (mg/dL) HDL-C (mg/dL)
低リスク(一次予防) <160 <190 <150 ≥40
中リスク(一次予防) <140 <170 <150 ≥40
高リスク(一次予防) <120 <150 <150 ≥40
二次予防(冠動脈疾患既往など) <100 (超高リスク* <70) <130 (超高リスク* <100) <150 ≥40

*超高リスク:家族性高コレステロール血症、急性冠症候群、糖尿病合併など特定の条件。詳細は医師にご確認ください。
出典: 日本動脈硬化学会 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版31418

特に、糖尿病や慢性腎臓病を合併している場合、管理目標はさらに厳格になります319。これらの目標値を達成するために、生活習慣の改善や薬物療法が検討されます。

第3部:コレステロール値異常の原因

血中脂質のバランスが崩れる原因は多岐にわたりますが、大きく分けて「生活習慣」と「遺伝的要因」、そして「他の病気や薬の影響」の3つがあります。

3.1. 生活習慣要因

現代日本の脂質異常症の最も一般的な原因は、日々の生活習慣にあります。

  • 食事: 肉の脂身、バター、生クリームなどに多く含まれる「飽和脂肪酸」や、マーガリンやショートニング、加工食品に含まれる「トランス脂肪酸」の過剰摂取は、LDLコレステロールを著しく増加させます1214。また、清涼飲料水や菓子類に含まれる果糖の摂りすぎは中性脂肪の上昇につながります14
  • 運動不足: 運動はHDLコレステロールを増やし、中性脂肪を減らす効果があります。運動不足はこれらの好ましい効果を減少させ、脂質異常を助長します6
  • 肥満(特に内臓脂肪型肥満): 内臓脂肪が増えると、肝臓での中性脂肪の合成が促進され、HDLコレステロールの分解が進みます6
  • 喫煙: 喫煙はHDLコレステロールを低下させ、LDLコレステロールの酸化を促進し、血管を傷つけやすくします16
  • 過度のアルコール摂取: 適量のアルコールはHDLコレステロールを増やす効果も報告されていますが、過度の摂取は中性脂肪を著しく上昇させ、肝臓に負担をかけます14620
  • ストレス: 慢性的なストレスはホルモンバランスを乱し、脂質代謝に悪影響を及ぼす可能性があります6

3.2. 遺伝的要因:家族性高コレステロール血症(FH)を中心に

生活習慣に関わらず、遺伝的にコレステロール値が著しく高くなる病気があります。その代表が「家族性高コレステロール血症(FH)」です。FHは、LDLコレステロールを細胞内に取り込むための「LDL受容体」の遺伝子変異により、血中のLDLコレステロールが異常に高くなる遺伝性疾患です67。日本人では200~500人に1人の割合で存在すると推定され、決して稀な病気ではありません67。FHの患者さんは、若い頃から動脈硬化が急速に進行し、心筋梗塞などを若年で発症するリスクが非常に高いため、早期発見と強力な治療介入が不可欠です67。アキレス腱の肥厚や皮膚の黄色腫といった特徴的な身体所見が見られることもありますが、無症状の場合も多く、健康診断などで偶然発見されるケースも少なくありません。

3.3. 二次性脂質異常症:他の疾患や薬剤による影響

他の病気や服用している薬が原因で、二次的に脂質異常症が引き起こされることもあります。原因となる代表的な疾患には、糖尿病、甲状腺機能低下症、腎疾患(ネフローゼ症候群など)、肝疾患があります321。また、ステロイド薬や一部の利尿薬、β遮断薬なども脂質代謝に影響を与えることが知られています。

第4部:高コレステロール・脂質異常症が引き起こす健康リスク

脂質異常症が「サイレントキラー」と呼ばれる所以は、自覚症状がないまま体内で静かに動脈硬化を進行させ、ある日突然、命に関わる病気を引き起こす点にあります。

4.1. 動脈硬化の進行メカニズム

血中に過剰に存在するLDLコレステロールは、血管の内壁(内皮細胞)に入り込み、酸化されて「酸化LDL」に変化します。これを異物と認識したマクロファージ(免疫細胞の一種)が次々と取り込み、コレステロールを溜め込んだ「泡沫細胞」となります。この泡沫細胞の死骸などが蓄積してできたものが「プラーク(粥腫)」です7。プラークが大きくなるにつれて血管は狭くなり、血流が滞ります。さらに、プラークが不安定になり破裂すると、そこを修復しようと血小板が集まり「血栓(血の塊)」が形成され、血管を完全に詰まらせてしまうことがあります7

4.2. 心血管疾患リスク:心筋梗塞・狭心症

心臓に酸素と栄養を送る冠動脈で動脈硬化が進行し、血流が悪くなると狭心症(運動時などの胸の痛み)が、血栓によって完全に詰まると心筋梗塞(心臓の筋肉の壊死)が起こります。これらは命に直結する危険な状態です。

4.3. 脳血管疾患リスク:脳梗塞

脳の血管で同様のプロセスが起これば、脳梗塞(脳の組織の壊死)を発症します。脳梗塞は、死亡原因としてだけでなく、麻痺や言語障害などの重い後遺症を残す原因としても大きな問題です。

4.4. 末梢動脈疾患(PAD)

主に足の血管で動脈硬化が進行する病気で、歩行時に足が痛くなり、休むと楽になる「間歇性跛行(かんけつせいはこう)」が典型的な症状です。重症化すると、足先の組織が壊死し、切断に至ることもあります。

4.5. その他の合併症:急性膵炎など

特に中性脂肪が極端に高い場合(例:500mg/dL以上)、急性膵炎を引き起こすリスクが高まります。急性膵炎は、みぞおちの激しい痛みを伴い、重症化すると命に関わることもある危険な病気です。

第5部:コレステロール管理と脂質異常症の治療戦略

脂質異常症の治療は、まず生活習慣の改善から始めるのが鉄則です。それでも目標値に達しない場合に、薬物療法が検討されます。治療の目的は、単に数値を下げることではなく、将来の心筋梗梗塞や脳卒中を予防することにあります。

5.1. 生活習慣の改善:治療の基本かつ最重要ポイント

食事療法

食事療法はコレステロール管理の根幹です。日本動脈硬化学会は以下の点を推奨しています14

  • 総エネルギー摂取量の適正化: 肥満を防ぐため、標準体重と身体活動量に見合ったカロリー摂取を心がけます。
  • 脂質の量と質を見直す: 総エネルギーの20-25%を脂質から摂るのが目安です。特に、LDLコレステロールを増やす飽和脂肪酸(肉の脂身、バターなど)を7%未満に抑え、代わりに不飽和脂肪酸(魚油、植物油)を適度に摂ることが重要です。
  • コレステロール摂取量を管理: 1日200mg未満が目標とされています。卵の黄身や魚卵、レバーなどの過剰摂取には注意が必要です14
  • 食物繊維を増やす: 野菜、果物、海藻、きのこ、未精製穀物などに豊富な食物繊維は、コレステロールの吸収を抑える働きがあります12223
  • 塩分・アルコールを控える: 高血圧予防のために食塩は1日6g未満、アルコールは適量(エタノール換算で25g/日以下)を守りましょう14

具体的な食事パターンとして、魚、大豆製品、野菜、海藻などを豊富に含む伝統的な日本食のパターンである「The Japan Diet」が推奨されています824。また、国際的には野菜や果物、全粒穀物、低脂肪乳製品、ナッツ類などを中心とするDASH食や地中海食も、心血管疾患予防に有効であることが証明されています125

運動療法

定期的な運動は、HDL(善玉)コレステロールを増やし、中性脂肪を減らすなど、脂質プロファイルに多くの好影響をもたらします12627。ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリングなどの有酸素運動を、中等度以上の強度(少し汗ばむ程度)で1日合計30分以上、週に150分以上または週3日以上行うことが目標です181426。これに加えて、筋力トレーニングなどのレジスタンス運動を組み合わせるとさらに効果的です18。日常生活の中で階段を使ったり、一駅分歩いたりするなど、身体活動量を増やす工夫も重要です。

禁煙

禁煙は、脂質異常症の管理において最も重要な生活習慣改善の一つです。喫煙は脂質プロファイルを悪化させるだけでなく、血管そのものを傷つけ、動脈硬化を強力に促進します114。受動喫煙も避けるべきです。禁煙外来など専門家のサポートを活用することも有効です。

5.2. 薬物療法:生活習慣改善で不十分な場合に検討

数ヶ月間、生活習慣の改善に真剣に取り組んでも脂質管理目標が達成できない場合や、家族性高コレステロール血症(FH)や心血管疾患の既往があるなど、元々のリスクが非常に高い場合には、薬物療法が検討されます。薬物療法を開始した後も、生活習慣の改善は継続することが大前提です。

主要な治療薬の種類と特徴

  • スタチン系薬剤: 肝臓でのコレステロール合成を阻害する(HMG-CoA還元酵素阻害)ことで、血中のLDLコレステロールを強力に低下させます。大規模臨床試験で心血管イベントの抑制効果が証明されており、脂質異常症治療の第一選択薬です。副作用として、まれに筋肉痛や肝機能障害が起こることがあります。
  • エゼチミブ(小腸コレステロールトランスポーター阻害薬): 小腸での食事性および胆汁性コレステロールの吸収を抑えます。単独で、またはスタチンと併用して用いられます1516
  • PCSK9阻害薬(アリロクマブ、エボロクマブ): LDL受容体の分解を促進するPCSK9というタンパク質を阻害する注射薬です。LDL受容体を増やすことで、血中からLDLコレステロールを強力に取り除きます。FHや、スタチンで効果不十分な高リスク患者さんなどが適応となります1516
  • フィブラート系薬剤: 主に中性脂肪を低下させ、HDLコレステロールを増加させる効果があります。
  • EPA製剤(イコサペント酸エチル): 青魚に含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸の一種で、中性脂肪を低下させるほか、大規模試験で心血管イベントの抑制効果も示されています。

新しい治療薬の動向

近年、新しい作用機序を持つ治療薬も登場しています。その一つが「インクリシラン」です。これはRNA干渉(siRNA)という技術を利用し、肝臓でのPCSK9タンパク質の合成そのものを抑制する薬です。半年に1回の皮下注射で済むという利便性から、今後の普及が期待されています。

健康に関する注意事項

  • 脂質異常症の治療薬には、筋肉痛、脱力感、肝機能障害などの副作用が現れる可能性があります。気になる症状があれば、自己判断で中断せず、速やかに主治医や薬剤師に相談してください。
  • 薬の飲み合わせ(相互作用)に注意が必要です。他の病気で治療中の場合や、市販薬・サプリメントを使用する場合は、必ず医師や薬剤師に伝えてください。
  • 本記事は情報提供を目的とするものであり、医学的アドバイスに代わるものではありません。治療方針の決定や変更は、必ず専門の医療機関を受診し、医師の診断と指導のもとで行ってください。

第6部:予防と早期発見のために

脂質異常症は自覚症状がないため、予防と早期発見には定期的な健康診断が不可欠です。

6.1. 定期的な健康診断とコレステロールチェックの重要性

日本では、40歳から74歳までの方を対象とした「特定健診(メタボ健診)」が実施されており、血中脂質検査も含まれています。また、職場や自治体の健康診断を定期的に受けることが、異常の早期発見につながります。AHAは、20歳以上の成人に対して、少なくとも4~6年ごとのコレステロール検査を推奨しており、リスクの高い人はより頻繁な検査が必要です。

6.2. 医療機関・専門家との連携

健康診断で異常を指摘された場合は、放置せずに必ず医療機関を受診してください。かかりつけ医を中心に、必要に応じて循環器専門医、内分泌・代謝専門医、管理栄養士、薬剤師、健康運動指導士といった多職種の専門家と連携し、総合的なサポートを受けることが、効果的な管理につながります2

よくある質問

Q1:LDL(悪玉)コレステロールだけが高いのですが、大丈夫ですか?

いいえ、大丈夫ではありません。LDLコレステロールは動脈硬化の最も強力な危険因子の一つです1。たとえ他の数値(HDLコレステロールや中性脂肪)が正常範囲内であっても、LDLコレステロールが高い状態が続けば、動脈硬化が進行し、将来的に心筋梗塞や脳卒中のリスクが高まります。特に家族歴がある方や他のリスク(高血圧、糖尿病、喫煙など)を持つ方は注意が必要です。まずは生活習慣を見直し、医師に相談することが重要です。

Q2:HDL(善玉)コレステロールが高ければ、他が悪くても安心ですか?

HDLコレステロールが高いことは一般的に良いこととされていますが、それだけで安心はできません。LDLコレステロールや中性脂肪が高い、あるいは血圧が高い、喫煙しているなどの他のリスク因子があれば、総合的なリスクは高まります。また、近年ではHDLコレステロールの「量」だけでなく、コレステロールを引き抜く能力などの「質」が重要という考え方も出てきています。HDL値が高いことに慢心せず、他のリスク因子もしっかり管理することが大切です。

Q3:中性脂肪が高いと言われましたが、コレステロールとは違うのですか?

はい、中性脂肪とコレステロールはどちらも脂質の一種ですが、役割が異なります。コレステロールは細胞膜やホルモンの材料になるのに対し、中性脂肪は主にエネルギー源として使われます。しかし、中性脂肪が高い状態も動脈硬化のリスクを高めることが分かっています。特に、小型で酸化されやすい超悪玉のLDLコレステロールを増やしたり、善玉のHDLコレステロールを減らしたりする作用があります。また、極端に高い場合は急性膵炎のリスクにもなります3。アルコールの飲み過ぎや糖質の摂りすぎが主な原因となることが多いです。

Q4:薬を飲み始めたら、一生飲み続けないといけませんか?

必ずしもそうとは限りませんが、多くの場合、継続的な服用が必要になります。脂質異常症の薬、特にスタチンは、飲んでいる間だけコレステロール値を下げる効果を発揮します。自己判断で中断すると、コレステロール値は元のレベルに戻ってしまい、動脈硬化のリスクが再び高まります。ただし、食事や運動などの生活習慣改善を徹底することで、薬の量を減らしたり、場合によっては中止できたりする可能性もあります。治療方針については、必ず主治医とよく相談してください。

Q5:サプリメントでコレステロールは下がりますか?

一部のサプリメント(例:紅麹、EPA/DHAなど)には、コレステロールや中性脂肪をわずかに下げる効果が報告されているものもあります。しかし、その効果は医薬品に比べて限定的であり、心筋梗梗塞などの病気を予防する効果が科学的に証明されているものはほとんどありません。また、サプリメントによっては医薬品との相互作用や、予期せぬ健康被害のリスクもあります。サプリメントに頼るのではなく、まずは食事や運動といった科学的根拠の確立した生活習慣改善に取り組み、必要であれば医師の処方する薬で治療することが基本です。

Q6:遺伝的にコレステロールが高い場合、食事や運動は無意味ですか?

いいえ、決して無意味ではありません。家族性高コレステロール血症(FH)のような遺伝的な要因が強い場合、食事や運動だけで目標値まで下げることは困難で、多くの場合、強力な薬物療法が必要となります7。しかし、不健康な生活習慣は、遺伝的なリスクに加えてさらにコレステロール値を悪化させ、動脈硬化を加速させます。健康的な食事、定期的な運動、禁煙、適正体重の維持は、薬の効果を高め、総合的な心血管リスクを低減させるために不可欠です。

Q7:日本食はコレステロール管理に良いと聞きましたが、具体的に何を気をつければ良いですか?

伝統的な日本食のパターン、いわゆる「The Japan Diet」は、心血管疾患の予防に有益とされています824。ポイントは、(1)魚(特にサバ、イワシ、サンマなどの青魚)を多く摂る、(2)大豆製品(豆腐、納豆など)を積極的に食べる、(3)野菜、きのこ、海藻類を豊富に使う、(4)米は白米より玄米や雑穀米を選ぶ、などです。一方で、現代の一般的な日本食には、天ぷらのような揚げ物や、ラーメン、菓子パンなど、脂質や糖質、塩分が多いものも含まれます。伝統的な日本食の良い点を意識し、動物性脂肪や加工食品を控えることが重要です。

Q8:Non-HDLコレステロールや食後中性脂肪が高いと言われました。どういう意味ですか?

これらは、近年の脂質管理で重要視されている指標です。従来の空腹時検査では見逃されがちだった「食後の脂質上昇(食後高脂血症)」のリスクを評価するために用いられます。Non-HDLコレステロールは、悪玉のLDLコレステロールだけでなく、中性脂肪が豊富なリポタンパク質(レムナント)なども含めた、動脈硬化を引き起こす可能性のあるすべてのコレステロールの総量を示します4。食後でも測定できるため、より日常的なリスクを反映すると考えられています。これらの値が高いということは、食後の脂質代謝に問題があり、動脈硬化のリスクが高い状態であることを意味します3

結論

血中脂質の管理は、健康で長生きするための鍵です。コレステロールや中性脂肪の数値は、目に見えない血管の状態を映し出す鏡であり、それを無視することは将来の深刻な健康リスクを放置することに他なりません。幸いなことに、脂質異常症は、私たち自身の日々の選択、すなわち食事、運動、禁煙といった生活習慣の改善によって、大きくコントロールすることが可能です。そして、それだけでは不十分な場合にも、現代の医学には有効かつ安全な薬物療法が存在します。重要なのは、定期的な健康診断で自身の数値を把握し、リスクを正しく評価し、医師や専門家と相談しながら、個別化された管理計画を立て、粘り強く実践していくことです。この記事が、皆様一人ひとりがご自身の健康と向き合い、賢明な一歩を踏み出すための一助となることを心から願っています。

免責事項この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

参考文献

  1. しぎょう循環器内科・内科・皮膚科・アレルギー科. LDL(悪玉コレステロール)だけ高く困っていませんか?どうやったら下がるか?ほっていて危険はないのか?専門医が解説します。. https://shigyo-medical.com/info/ldl%EF%BC%88%E6%82%AA%E7%8E%89%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB%EF%BC%89%E3%81%A0%E3%81%91%E9%AB%98%E3%81%8F%E5%9B%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%9B/. 2025年6月10日アクセス.
  2. わだ内科・胃腸科クリニック. 脂質異常症の基本を解説!悪玉・善玉コレステロールの違いや効果的な改善方法について. https://wada-cl.net/blog/%E8%84%82%E8%B3%AA%E7%95%B0%E5%B8%B8%E7%97%87%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E3%82%92%E8%A7%A3%E8%AA%AC%EF%BC%81%E6%82%AA%E7%8E%89%E3%83%BB%E5%96%84%E7%8E%89%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AD/. 2025年6月10日アクセス.
  3. 日本肥満学会. 動脈硬化学会が「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」を発表 特定健診・保健指導にも影響. http://himan.jp/news/2022/000628.html. 2025年6月10日アクセス.
  4. 厚生労働省. non-HDL等血中脂質評価指針および脂質異常症標準化 システムの構築と基盤整備に関する研究 研. https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000111250.pdf. 2025年6月10日アクセス.
  5. Kubo M, Hata J, Ninomiya T, et al. Development of a New Risk Score for Atherosclerotic Cardiovascular Diseases: The Hisayama Study. *J Atheroscler Thromb*. 2022;29(5):672-690. doi: 10.5551/jat.62880.
  6. 国立循環器病研究センター. 脂質異常症|国立循環器病研究センター冠疾患科. https://www.ncvc.go.jp/coronary2/risk/dyslipidemia/index.html. 2025年6月10日アクセス.
  7. 国立循環器病研究センター. 脂質異常症|病気について|循環器病について知る|患者の皆様へ. https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/disease/dyslipidemia/. 2025年6月10日アクセス.
  8. 日本循環器協会. 脂質異常症. https://j-circ-assoc.or.jp/learn/3485/. 2025年6月10日アクセス.
  9. Sidhu MS, Thompson PD. The effects of exercise on low-density lipoprotein cholesterol. *Curr Opin Lipidol*. 2022;33(1):1-7. doi: 10.1097/MOL.0000000000000829.
  10. Grundy SM, Stone NJ, Bailey AL, et al. 2018 AHA/ACC/AACVPR/AAPA/ABC/ACPM/ADA/AGS/APhA/ASPC/NLA/PCNA Guideline on the Management of Blood Cholesterol: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Clinical Practice Guidelines. *Circulation*. 2019;139(25):e1082-e1143. doi: 10.1161/CIR.0000000000000625.
  11. Therapeutic Research. 食後高脂血症と動脈硬化. https://therres.jp/r-open/img/open_202004_1.pdf. 2025年6月10日アクセス.
  12. Mach F, Baigent C, Catapano AL, et al. 2019 ESC/EAS Guidelines for the management of dyslipidaemias: lipid modification to reduce cardiovascular risk. *Eur Heart J*. 2020;41(1):111-188. doi: 10.1093/eurheartj/ehz455.
  13. 日本動脈硬化学会. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版. https://www.j-athero.org/jp/jas_gl2022/. 2025年6月10日アクセス.
  14. 日本動脈硬化学会編. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版. 東京: 日本動脈硬化学会; 2022. 以下より入手可能: https://www.j-athero.org/jp/wp-content/uploads/publications/pdf/GL2022_s/jas_gl2022_3_230210.pdf
  15. Healthline. ACC/AHA Guidelines on the Management of Blood Cholesterol: What You Need to Know. https://www.healthline.com/health/high-cholesterol/acc-aha-cholesterol-guidelines. 2025年6月10日アクセス.
  16. American College of Cardiology. 2019 ESC/EAS Guidelines for Management of Dyslipidemias. https://www.acc.org/Latest-in-Cardiology/ten-points-to-remember/2019/09/12/15/13/2019-ESC-EAS-Guidelines-for-Dyslipidaemias. 2025年6月10日アクセス.
  17. 日本循環器学会. 冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドライン. https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_fujiyoshi.pdf. 2025年6月10日アクセス.
  18. HOKUTO. 【久山町スコア】2022年版で新採用!動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022の改訂ポイント. https://hokuto.app/post/J0cyFUG47xREzRa6SAtr. 2025年6月10日アクセス.
  19. CareNet.com. 寄せられた疑問に答える、脂質異常症診療ガイド2023発刊/日本動脈硬化学会. https://www.carenet.com/news/general/carenet/56974. 2025年6月10日アクセス.
  20. e-ヘルスネット(厚生労働省). アルコールと脂質異常症. https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-01-014.html. 2025年6月10日アクセス.
  21. e-ヘルスネット(厚生労働省). 脂質異常症. https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/keywords/dyslipidemia. 2025年6月10日アクセス.
  22. 巣鴨千石皮ふ科. 脂質異常症. https://sugamo-sengoku-hifu.jp/internal-medicines/dyslipidemia.html. 2025年6月10日アクセス.
  23. きむら内科小児科クリニック. 脂質異常症の治療法|食事・運動・薬物療法のポイント. https://kimuranaikashounika.jp/medical/internal/hyperlipidemia/hyperlipidemia-therapy/. 2025年6月10日アクセス.
  24. 公益財団法人 循環器病研究振興財団. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン・エッセンス. https://www.jhf.or.jp/pro/a%26s_info/guideline/post_2.html. 2025年6月10日アクセス.
  25. Van Horn L, Carson JAS, Appel LJ, et al. 2021 Dietary Guidance to Improve Cardiovascular Health: A Scientific Statement From the American Heart Association. *Circulation*. 2021;144(23):e472-e487. doi: 10.1161/CIR.0000000000001031.
  26. e-ヘルスネット(厚生労働省). 脂質異常症を改善するための運動. https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-05-003.html. 2025年6月10日アクセス.
  27. 公益財団法人長寿科学振興財団. 脂質異常症を改善する運動療法. https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/kenkou-undou/undou-shishitsu.html. 2025年6月10日アクセス.
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ