この記事では、血圧140/80mmHgという数値が、日本の「高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)」1や国際的な最新ガイドライン(2024年欧州心臓病学会ガイドラインなど)2においてどのように評価されるのかを徹底的に解説します。特に、この血圧値が該当しやすい「孤立性収縮期高血圧」3のリスクや、日本人の生活習慣との関連、そして今日から始められる具体的な対策(食事、運動、家庭での血圧管理など)について、最新の研究とエビデンスに基づいて、分かりやすくお伝えします。
この記事を読めば、血圧140/80mmHgについての正しい知識が身につき、ご自身の健康管理に自信を持って取り組めるようになるでしょう。
要点まとめ
- 血圧140/80mmHgは、日本の基準1では収縮期血圧(上の血圧)が「高血圧」の領域に達しており、特に「孤立性収縮期高血圧」3に該当する可能性があります。
- 放置すると、心臓、脳、腎臓などへの負担が増加し、心筋梗塞、脳卒中、腎不全といった重大な合併症のリスクを高めます4。
- 治療の基本は生活習慣の改善です。特に1日6g未満の減塩5、週150分以上の有酸素運動6、禁煙、節酒などが重要です。
- 家庭での正しい血圧測定と記録は、自身の状態を把握し、適切な治療方針を決定するために不可欠です7。
- 生活習慣の改善で目標値に達しない場合や、他のリスクが高い場合は薬物療法が考慮されますが、方針は必ず医師と相談して決定します8。
1. 血圧の基本:あなたの数値は何を意味する?
血圧について議論する前に、まずその基本的な意味と、なぜ健康の重要な指標とされるのかを理解することが不可欠です。
1.1. 血圧とは?なぜ重要な指標なのか
血圧とは、心臓が血液を全身に送り出す際に、血管の壁にかかる圧力のことです。この圧力によって、酸素や栄養素が体の隅々の細胞まで届けられ、生命活動が維持されます9。血圧は高すぎても低すぎても体に様々な問題を引き起こすため、健康状態を測る重要なバロメーター(指標)とされています。
血圧は、一般的に「上の血圧」と「下の血圧」の二つの数値で表され、単位はmmHg(ミリメートル水銀柱)が用いられます。
- 収縮期血圧(上の血圧):心臓が収縮して血液を送り出した時に、血管に最も強くかかる圧力。
- 拡張期血圧(下の血圧):心臓が拡張して血液を取り込む時に、血管にかかっている圧力。
1.2. 血圧は常に変動する:測定時の注意点と家庭血圧の重要性
血圧は一日の中でも、体調、精神状態(ストレスやリラックス)、時間帯、運動、気温など様々な要因で常に変動しています。そのため、一度の測定値だけで一喜一憂する必要はありません。健康状態を正確に把握するためには、安静な状態で正しく測定すること、そして何よりも家庭で継続的に血圧を測定する「家庭血圧」が極めて重要になります7。
家庭血圧の測定には、医療機関での測定だけでは分からない多くのメリットがあります。
- 白衣高血圧の発見: 普段の血圧は正常なのに、診察室という緊張する環境でだけ血圧が高くなる状態を発見できます。
- 仮面高血圧の発見: 診察室では正常なのに、家庭や職場では血圧が高くなる、より危険な状態を発見できます。
- 治療効果のモニタリング: 降圧薬の効果や生活習慣改善の効果を客観的に評価できます。
日本高血圧学会が推奨する正しい家庭血圧の測定方法を実践し、日々の血圧管理に役立てましょう1, 7。近年では、スマートフォンアプリと連携できる血圧計も普及しており、日本高血圧学会も「デジタル技術を活用した血圧管理に関する指針」を発表するなど、新しい管理方法への期待が高まっています10。
2. 血圧140/80mmHgの評価:これは「高い」のか?
それでは、本題である「血圧140/80mmHg」という数値が、医学的にどのように評価されるのかを、日本の公式な基準と世界の最新の知見から詳しく見ていきましょう。
2.1. 日本の高血圧基準:JSH2019に基づく判定
現在、日本の高血圧診療の基本となっているのは、日本高血圧学会が発行した「高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)」です1。このガイドラインでは、医療機関で測定する診察室血圧において、収縮期血圧が140mmHg以上、または拡張期血圧が90mmHg以上のいずれか、あるいは両方を満たす場合を「高血圧」と定義しています11。
この基準に照らし合わせると、血圧140/80mmHgは、収縮期血圧(上の血圧)が140mmHgであり、高血圧の基準値に達していると判断されます。以下の表で、ご自身の血圧値がどこに位置するのかを確認してみてください。
分類 | 収縮期血圧 (SBP) | 拡張期血圧 (DBP) | |
---|---|---|---|
正常血圧 | <120 mmHg | かつ | <80 mmHg |
正常高値血圧 | 120-129 mmHg | かつ | <80 mmHg |
高値血圧 | 130-139 mmHg | かつ/または | 80-89 mmHg |
I度高血圧 | 140-159 mmHg | かつ/または | 90-99 mmHg |
II度高血圧 | 160-179 mmHg | かつ/または | 100-109 mmHg |
III度高血圧 | ≥180 mmHg | かつ/または | ≥110 mmHg |
(孤立性)収縮期高血圧 | ≥140 mmHg | かつ | <90 mmHg |
2.2. 「孤立性収縮期高血圧(ISH)」とは?140/80mmHgが該当する可能性
上記の分類表で注目すべきは、一番下の「(孤立性)収縮期高血圧」です。これは、拡張期血圧(下の血圧)が90mmHg未満と正常範囲内であるのに対し、収縮期血圧(上の血圧)だけが140mmHg以上に上昇する状態を指します3, 11。血圧140/80mmHgは、まさにこの「孤立性収縮期高血圧(Isolated Systolic Hypertension, ISH)」に該当します。
ISHは、主に加齢によって大動脈が硬くなること(動脈硬化)が原因で発生し、特に高齢者で多く見られます。しかし、若年層や中年層でも見られることがあり、下の血圧が正常だからといって安心はできません。多くの研究が、ISHが心筋梗塞や脳卒中といった心血管イベントの独立した危険因子であることを示しており12、適切な管理が重要です。
2.3. 世界の基準との比較:ESC2024、WHO、ACC/AHAガイドラインでは?
高血圧の基準は国際的にも議論されており、主要なガイドラインで若干の違いが見られます。しかし、収縮期血圧140mmHgが「高い」という認識は概ね共通しています。
- 欧州心臓病学会(ESC)2024年ガイドライン: JSH2019と同様に、診察室血圧でSBP 140mmHg以上またはDBP 90mmHg以上を高血圧と定義しています2。血圧140/80mmHgは高血圧と評価されます。注目すべきは、治療目標として、多くの患者でSBP 120-129mmHgという、より積極的な降圧が推奨されている点です13。
- 世界保健機関(WHO)2021年ガイドライン: 他に合併症がない成人の薬物療法開始の目安として、SBP 140mmHg以上またはDBP 90mmHg以上を推奨しており14、140/80mmHgは治療を検討するレベルにあるとされます。
- 米国心臓協会/米国心臓病学会(ACC/AHA)2017年ガイドライン: より厳しい基準を採用しており、SBP 130-139mmHgまたはDBP 80-89mmHgを「ステージ1高血圧」と定義しています15。この基準では、140/80mmHgは「ステージ2高血圧」に分類され、より早期の介入が推奨されます。
これらの国際的な潮流からも、血圧140/80mmHgは決して軽視できない数値であることが分かります。
2.4. なぜ「収縮期血圧(上の血圧)」が重要視されるのか?
特に中高年以降では、拡張期血圧よりも収縮期血圧の上昇の方が、心血管疾患のリスクとより強く関連することが、米国のフラミンガム心臓研究16をはじめとする多くの大規模な疫学研究で示されています。収縮期血圧と拡張期血圧の差である「脈圧」の増大は、大動脈の硬化を反映しており、それ自体が心血管リスクの指標となります。したがって、「孤立性収縮期高血圧」は、血管の老化が進行しているサインとして重要視されるのです。
3. 血圧140/80mmHg(特に孤立性収縮期高血圧)の原因
なぜ収縮期血圧だけが上昇するのでしょうか。その背景には、加齢による変化、日々の生活習慣、遺伝的な要因、そして他の病気の影響など、様々な要因が複雑に関わっています。
3.1. 加齢と血管の老化(動脈硬化)
孤立性収縮期高血圧(ISH)の最大の原因は、加齢に伴う血管の老化、すなわち「動脈硬化」です。若い頃はしなやかで弾力性があった大動脈の壁が、年齢とともに硬くなり、弾力性を失っていきます。心臓が血液を送り出す際の衝撃を吸収できなくなるため、収縮期血圧が上昇しやすくなるのです。
3.2. 生活習慣の乱れ
日々の生活習慣は、血圧に直接的な影響を与えます。特に以下の習慣は、ISHを含む高血圧の主な原因となります。
- 食塩の過剰摂取: 日本人の伝統的な食事は塩分が高い傾向にあります17。厚生労働省の「令和5年 国民健康・栄養調査」18によると、日本人の食塩摂取量は依然として推奨量を上回っており、これが高血圧の大きな要因です。ナトリウム(食塩の主成分)は体内の水分量を増やし、血液量を増加させることで血圧を上昇させます。
- 運動不足: 運動不足は、血管のしなやかさを保つ内皮機能を低下させ、血圧を上昇させる一因となります19。
- 肥満: 肥満、特に内臓脂肪の蓄積は、インスリン抵抗性や交感神経系の亢進などを介して血圧を上昇させることが知られています20。
- 過度の飲酒: 習慣的な多量飲酒は、血圧を確実に上昇させます21。
- 喫煙: 喫煙はニコチンによる一時的な血管収縮だけでなく、長期的に血管内皮を傷つけ、動脈硬化を促進します22。
- ストレス・睡眠不足: 精神的なストレスや睡眠不足は、交感神経を緊張させ、血圧を上昇させるホルモンの分泌を促します23。
3.3. 遺伝的要因
高血圧の発症には、遺伝的な体質も関与していることが分かっています。両親や兄弟に高血圧の人がいる場合、自分も高血圧になりやすい傾向があります。これは、血圧の調節に関わる複数の遺伝子が影響する「多因子遺伝」と考えられています24。家族歴のある人は、より早期からの生活習慣の見直しが重要です。
3.4. 他の疾患の影響(二次性高血圧の可能性)
高血圧の約90%は原因が特定できない「本態性高血圧」ですが、残り約10%は他の病気が原因で起こる「二次性高血圧」です25。腎臓病、甲状腺機能の異常、睡眠時無呼吸症候群、副腎の腫瘍(原発性アルドステロン症など)が原因となることがあります。若年での発症、急激な血圧の上昇、通常の治療薬が効きにくいなどの特徴がある場合は、二次性高血圧を疑い、詳しい検査が必要となります。
健康に関する注意事項
- 血圧140/80mmHgは、治療や管理が必要な状態である可能性が高いです。自己判断で放置せず、必ず医療機関を受診してください。
- この記事で紹介する情報は、医師の診断や治療に代わるものではありません。治療方針は、必ず医師と相談の上で決定してください。
- 既に降圧薬を服用中の方は、自己判断で薬の量を変更したり、中止したりすることは絶対におやめください。
4. 血圧140/80mmHgを放置するリスク:どんな合併症が起こりうる?
血圧が高い状態が続くと、血管の内壁は常に強い圧力にさらされ、徐々に傷つき、硬くなっていきます。これが動脈硬化であり、全身の様々な臓器に深刻なダメージをもたらします。
4.1. サイレントキラーと呼ばれる所以:自覚症状がないまま進行
高血圧の最も恐ろしい点は、初期にはほとんど自覚症状がないことです26。頭痛やめまい、肩こりなどを訴える人もいますが、これらは高血圧に特有の症状ではありません。症状がないために放置され、気づいた時には重大な合併症が進行しているケースが少なくないため、高血圧は「サイレントキラー(静かなる殺し屋)」と呼ばれています。だからこそ、定期的な血圧測定が不可欠なのです。
4.2. 心臓への負担:心肥大、心不全、狭心症・心筋梗塞
高い圧力に逆らって血液を送り出し続けなければならない心臓は、次第に筋肉が厚く、硬くなります(心肥大)。この状態が続くと、心臓のポンプ機能が低下し、息切れやむくみなどを引き起こす「心不全」へと進行します27。また、心臓に栄養を送る冠動脈の動脈硬化が進めば、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患のリスクが著しく高まります。
4.3. 脳への影響:脳卒中(脳梗塞・脳出血)、認知症
脳の血管も高血圧の大きな影響を受けます。細い血管が詰まる「脳梗塞」や、血管が破れて出血する「脳出血」(これらを合わせて脳卒中と呼びます)は、高血圧が最大の危険因子です28。脳卒中は、日本の死因の上位を占めるだけでなく、寝たきりなど重い後遺症を残す要介護の主要な原因ともなっています29。さらに、持続的な高血圧は脳の血流障害を引き起こし、血管性認知症のリスクを高めることも知られています。
4.4. 腎臓へのダメージ:腎硬化症、慢性腎臓病(CKD)、腎不全
腎臓は、血液をろ過して老廃物を排出する役割を担う、非常に細い血管の塊です。持続的な高血圧により、この細い血管が硬くなる「腎硬化症」が進行すると、腎機能は徐々に低下していきます。これが「慢性腎臓病(CKD)」です。CKDが進行すると、最終的には体内の老廃物を排出できなくなり、透析治療が必要な「腎不全」に至ることもあります30。
4.5. 眼への影響:高血圧網膜症、眼底出血
眼の奥にある網膜の血管も高血圧の影響を受けます。高血圧網膜症や眼底出血を引き起こし、視力低下や視野の欠損の原因となることがあります31。特に糖尿病を合併している場合はリスクが高く、定期的な眼底検査が重要です。
世界の疾病リスク因子に関する大規模な共同研究(NCD-RisC)によると、高血圧の有病率は依然として世界的に高く、適切な治療と管理が行われていないケースが多いことが指摘されています。これは日本も例外ではありません。
5. 血圧140/80mmHgへの対策:生活習慣の改善でどこまで変わる?
血圧140/80mmHgと指摘された場合、まず最初に取り組むべき最も重要な治療は、生活習慣の改善です。JSH201933やESC202434など、世界の主要なガイドラインは、薬物療法の前に、あるいは薬物療法と並行して、生活習慣の修正を強く推奨しています。軽症の高血圧であれば、生活習慣を見直すだけで降圧目標を達成できることも少なくありません。
5.1. 食事療法:減塩とバランスの取れた食事(DASH食など)
食事は血圧管理の要です。特に以下の点を心がけましょう。
- 減塩:1日6g未満を目指す5
日本高血圧学会が推奨する目標値ですが、日本人の平均摂取量はこれを上回っています。意識的な工夫が必要です。- 昆布や鰹節などの出汁の旨味を最大限に活用する。
- 香辛料(胡椒、唐辛子、カレー粉など)や香味野菜(生姜、ニンニク、シソ、ネギなど)、酸味(酢、レモン)を上手に使い、味にメリハリをつける。
- 醤油や味噌は「減塩タイプ」を選び、「かける」のではなく「つける」習慣で使う量を減らす。
- ラーメンやうどんなどの麺類の汁は、全部飲まずに残す。
- 漬物や干物、加工食品(ハム、ソーセージ、練り物など)は「隠れ塩分」が多いため、食べる量や頻度を減らす。購入時は栄養成分表示を確認する習慣をつける。日本高血圧学会の減塩・栄養委員会が提供するレシピ35なども参考になります。
- カリウム、マグネシウム、カルシウムの積極的な摂取36
カリウムは体内の余分なナトリウムの排泄を促す働きがあります。野菜(ほうれん草、かぼちゃ)、果物(バナナ、キウイ)、海藻類、いも類、大豆製品に豊富に含まれます。マグネシウムやカルシウムも血圧の調節に関わっており、乳製品や小魚、ナッツ類などからバランス良く摂取することが大切です。 - DASH食(Dietary Approaches to Stop Hypertension)を参考にする
DASH食は、高血圧予防・改善のために開発された食事法で、その効果は科学的に証明されています37。果物、野菜、低脂肪の乳製品を積極的に摂り、飽和脂肪酸やコレステロールが高い肉の脂身や加工肉を控えることが特徴です。
5.2. 運動療法:有酸素運動を中心に習慣化
定期的な運動は、血管を広げ、血圧を下げる効果があります。国際高血圧学会(ISH)のガイドライン6やJSH201938では、以下のような運動が推奨されています。
- 種類と頻度・時間: ウォーキング(速歩)、軽いジョギング、サイクリング、水泳などの有酸素運動を、できれば毎日30分以上、または週に合計150分以上行う。
- 運動強度: 「ややきつい」と感じる程度(中強度)が目安です。息が弾み、軽く汗ばむくらいが良いでしょう。
- 注意点: 運動を始める前には準備運動を、終わりには整理運動を忘れずに行いましょう。心臓病など他の病気がある場合は、必ず事前に医師に相談してください。体調が悪い日は無理をしないことが大切です。
- レジスタンス運動の併用: 週2〜3回の筋力トレーニングを組み合わせることも、血圧管理に有効であると報告されています39。
5.3. 適正体重の維持(肥満の改善)
肥満は高血圧の大きなリスク因子です。BMI(Body Mass Index)が25以上の方は、減量に取り組むことが推奨されます40。体重を1kg減らすと、血圧が約1mmHg低下するというデータもあり、減量効果は非常に大きいです。上記の食事療法と運動療法を組み合わせ、無理のない範囲で継続的に体重をコントロールしましょう。
5.4. 節酒
アルコールの過剰摂取は血圧を上昇させます。JSH2019では、1日のアルコール摂取量の目安を、純アルコール換算で男性は20〜30mL以下、女性は10〜20mL以下とすることを推奨しています41。具体的には、ビール中瓶1本、日本酒1合、ワイングラス2杯程度に相当します。また、週に1日以上の休肝日を設けることも大切です。
5.5. 禁煙
喫煙は血圧に悪影響を及ぼすだけでなく、動脈硬化を強力に促進し、あらゆる心血管疾患のリスクを増大させます42。禁煙は、血圧管理において最も重要な生活習慣改善の一つです。自力での禁煙が難しい場合は、禁煙外来など専門的なサポートを活用することをお勧めします。
5.6. ストレス管理と十分な睡眠
精神的なストレスや睡眠不足は、自律神経のバランスを乱し、血圧を上昇させます。自分に合ったリラックス法(趣味、音楽鑑賞、瞑想、ヨガなど)を見つけて、上手にストレスを発散させましょう。また、1日6〜8時間を目安に、質の良い睡眠を十分に確保することも、安定した血圧の維持に繋がります。
6. 薬物療法:いつから、どんな薬が使われる?
生活習慣を改善しても血圧が目標値まで下がらない場合や、元々のリスクが高い場合には、医師の判断で降圧薬による薬物療法が開始されます。
6.1. 薬物療法開始の目安
薬をいつから始めるかは、単に血圧の数値だけでなく、年齢、糖尿病や慢性腎臓病、心血管病の既往といった他のリスク因子を総合的に評価して決定されます8。
- 血圧140/80mmHgの場合: JSH2019では、他にリスク因子がなければ、まずは数ヶ月間の生活習慣改善が優先されることが多いです。しかし、糖尿病や慢性腎臓病など心血管リスクが高いと判断される場合は、130/80mmHgを超えた段階から早期に薬物療法が検討されることもあります。
- 国際的な動向: ESC2024ガイドラインでは、心血管リスクが高い患者においては、生活習慣改善後も血圧が130/80mmHg以上であれば薬物療法を推奨するなど、より早期からの介入を重視する傾向にあります43。
最終的な治療方針は、個々の患者様の状態に応じて主治医が判断します。自己判断で市販薬やサプリメントに頼るのではなく、必ず専門家である医師に相談してください。
6.2. 主な降圧薬の種類と作用機序
高血圧の治療に使われる薬(降圧薬)には、様々な種類があります。作用の仕方が異なる薬を組み合わせることで、より効果的に血圧を下げることができます44, 45。
薬剤クラス | 主な作用 | 注意点・副作用の例 |
---|---|---|
カルシウム(Ca)拮抗薬 | 血管の平滑筋を緩め、血管を拡張させて血圧を下げます。 | 顔のほてり、頭痛、動悸、足のむくみ、歯肉の腫れなど。 |
ARB / ACE阻害薬 | 血管を収縮させる体内物質(アンジオテンシンII)の働きや産生を抑え、血圧を下げます。臓器保護作用も期待されます。 | 空咳(ACE阻害薬で比較的多い)、めまい、高カリウム血症など。 |
利尿薬 | 体内の余分な塩分と水分を尿として排泄させ、血液量を減らして血圧を下げます。 | 脱水、電解質異常(低カリウム血症など)、高尿酸血症(痛風の原因)、耐糖能異常など。 |
β遮断薬 | 心臓の過剰な働きを抑え、心拍数を減らすことで血圧を下げます。心不全や頻脈を合併している場合に有用です。 | 脈が遅くなる(徐脈)、倦怠感、気管支喘息の悪化など。 |
近年では、服薬の負担を軽減し、飲み忘れを防ぐために、作用機序の異なる2〜3種類の成分を1錠にまとめた「配合錠」も広く使われるようになっています46。
6.3. 薬物療法の進め方と注意点
薬物療法は、医師の指導のもとで慎重に進められます。一般的には少量から開始し、効果や副作用を確認しながら、薬の種類や量を調整していきます。最も大切なのは、医師の指示通りに毎日きちんと薬を服用し続けること(服薬アドヒアランス)です。血圧が下がったからといって自己判断で薬を中止すると、血圧が急上昇(リバウンド)して危険な状態に陥ることがあります。副作用が心配な場合や、体調に変化があった場合は、すぐに主治医や薬剤師に相談してください。
7. 日常生活で気をつけるポイントと継続のためのコツ
高血圧の管理は、長期にわたる自己管理が重要です。無理なく、そして前向きに続けるためのコツをご紹介します。
7.1. 毎日の血圧測定と記録の習慣化
家庭での血圧測定は、治療の成果を確認し、モチベーションを維持するための強力なツールです47。
- 測定タイミング: 朝(起床後1時間以内、排尿後、朝食・服薬前)と夜(就寝前)の1日2回、決まった時間に測定するのが理想です。
- 記録方法: 専用の血圧手帳やスマートフォンの健康管理アプリを活用しましょう。測定値だけでなく、その日の体調や気になること(睡眠不足、ストレスなど)も一緒にメモしておくと、血圧の変動要因を把握しやすくなり、診察時にも役立ちます。
7.2. 食事の工夫を無理なく続ける
厳しい食事制限は長続きしません。「あれもダメ、これもダメ」と考えるのではなく、「これならできそう」という工夫を見つけることが大切です。外食や中食が多い方は、栄養成分表示を確認する習慣をつけ、野菜の多い定食メニューを選んだり、丼物や麺類の汁は残したりするだけでも大きな違いが生まれます。「隠れ塩分」の多い加工食品との付き合い方を見直してみましょう。
7.3. 運動を生活の一部にする
まとまった運動時間が取れない場合は、「ながら運動」から始めてみましょう。一駅手前で降りて歩く、エレベーターではなく階段を使う、家事の合間にストレッチをするなど、日常生活の中で体を動かす機会を増やすことが継続の秘訣です。家族や友人と一緒にウォーキングやスポーツを楽しんだり、地域の運動教室に参加したりするのも良いでしょう。
7.4. メンタルヘルスの維持
ストレスは血圧の大敵です。ストレスのサインに早めに気づき、自分なりのリフレッシュ方法(趣味、音楽、入浴、軽い運動など)でこまめに発散させましょう。十分な休息と質の良い睡眠も、心と体の健康、そして安定した血圧のためには欠かせません。
7.5. 定期的な健康診断と医師とのコミュニケーション
年に一度は必ず健康診断を受け、体の変化をチェックしましょう。そして、何でも気軽に相談できる「かかりつけ医」を持つことが非常に重要です。検査結果や治療方針について、分からないことや不安なことがあれば、納得できるまで説明を求め、良好なパートナーシップを築きましょう。
8. 日本社会における高血圧対策の現状と今後の展望
高血圧は、個人の問題だけでなく、社会全体で取り組むべき重要な健康課題です。
8.1. 国や自治体の取り組み
日本では、国が主導する健康増進計画「健康日本21」において、高血圧の予防や管理に関する目標が掲げられています。また、40歳から74歳を対象とした「特定健診・特定保健指導」48は、高血圧を含む生活習慣病の早期発見・介入に大きな役割を果たしています。日本高血圧学会も、世界高血圧デー49に合わせたイベントや市民公開講座、減塩啓発などを通じて、国民への情報提供と意識向上に努めています。
8.2. テクノロジーの活用と未来の血圧管理
近年のテクノロジーの進歩は、血圧管理の方法を大きく変えようとしています。スマートフォンと連携してデータを自動で記録・グラフ化する高機能な家庭用血圧計や、手首などで連続的に血圧をモニタリングするウェアラブルデバイスの開発が進んでいます(ただし、その精度についてはまだ課題もあります50)。今後は、AIを活用した個々人に最適な治療法の提案や、オンライン診療による遠隔モニタリングなどが、より身近なものになっていくと期待されています10。
結論
血圧140/80mmHgは、日本の基準では収縮期血圧が高血圧の域にあり、特に「孤立性収縮期高血圧」に該当する、決して軽視できない状態です。自覚症状がないからといって放置すれば、将来的に心臓、脳、腎臓といった重要な臓器に深刻なダメージを与えかねません。
しかし、過度に悲観する必要はありません。この数値は、あなたの生活習慣を見直し、より健康的な未来を手に入れるための重要な「サイン」です。生活習慣の改善(特に1日6g未満の減塩、週150分程度の有酸素運動、禁煙、節酒、ストレス管理)を意識的に行い、家庭での血圧測定を習慣化し、定期的に医療機関でチェックを受けることで、多くの場合、血圧は良好にコントロールできます。必要であれば、医師の指導のもとで適切な薬物療法を併用することで、合併症のリスクを大幅に減らし、健康寿命を延ばすことが十分に可能です。
大切なのは、ご自身の血圧の状態を正しく理解し、今日からできることから前向きに取り組むことです。この記事が、その力強い一助となれば幸いです。
よくある質問
Q1. 血圧140/80mmHgだったら、すぐに薬を飲む必要がありますか?
A1. 必ずしもすぐに薬が必要とは限りません。日本の「高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)」1では、血圧140/80mmHgで他に糖尿病や心血管病などの危険因子がなければ、まずは数ヶ月間の生活習慣の改善(減塩、運動、減量など)が推奨されます。それでも血圧が目標値まで下がらなかったり、最初から心血管リスクが高いと判断されたりする場合には、医師の判断で薬物療法が開始されることがあります。2024年の欧州心臓病学会(ESC)ガイドライン2では、収縮期血圧130-139mmHgでも心血管リスクが高い場合は薬物療法を考慮するとしており、個々の状況によって判断は異なります。自己判断せず、必ず医師にご相談ください。
Q2. 孤立性収縮期高血圧とは何ですか?なぜ注意が必要なのですか?
Q3. 家庭で血圧を測るときの正しい方法を教えてください。
Q4. 血圧を下げるために最も効果的な生活習慣は何ですか?
A4. 血圧を下げるためには、特定の生活習慣一つだけではなく、複数の改善を組み合わせることが最も効果的です。特に重要なのは以下の点です33:
- 減塩: 食塩摂取量を1日6g未満に抑える。これは日本の食事では特に意識が必要です。
- バランスの取れた食事: 野菜や果物を積極的に摂り、カリウムを十分に摂取する(DASH食などが参考になります37)。脂肪の質にも注意する。
- 適度な運動: ウォーキングなどの有酸素運動を週に150分以上行う6。
- 適正体重の維持: 肥満(BMI25以上)の場合は減量する40。
- 節酒: アルコールの摂取量を適量に抑える41。
- 禁煙: 喫煙は血圧だけでなく、心血管系全体に悪影響を及ぼします42。
これらのうち、ご自身の生活で見直せる点から少しずつ始めて、継続することが大切です。
参考文献
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