血小板増加症(thrombocytosis)は、血液中の血小板数が正常範囲を超えて増加する状態を指します。健康診断や人間ドックで「血小板が多い」と言われると、多くの方が「がんなのではないか」「今すぐ治療が必要なのでは」と強い不安を感じるかもしれません。しかし、血小板増加症には、一過性で良性の反応として起こるものから、専門的な管理を要する慢性的な疾患まで、幅広いスペクトラムがあります。その全体像を冷静に理解することが、過度な心配を減らしつつ、必要な検査や治療を見逃さないための第一歩になります。
本稿では、日本の読者の皆さまが血小板増加症の定義、分類、診断の進め方、治療・経過観察、そして日常生活での工夫までを体系的に理解できるよう、最新のガイドラインや信頼できる情報源に基づいて詳しく解説します。反応性血小板増多症と本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)の違い、血栓・出血リスクへの向き合い方、日本の医療制度や医療費の現実なども含め、できるだけ「読んだら次に何をすればよいか」がわかる実践的な内容をめざします。
この記事の要点
- 血小板増加症は、一般的には血小板数が45万/μL以上になる状態を指しますが、日本の人間ドックでは40万/μL以上で精密検査が推奨されます。
- 約80%は感染症や鉄欠乏などが原因の「反応性血小板増多症」で、原因疾患の治療によって血小板数は自然に改善することが多く、がんとは限りません。
- 残りの一部が「本態性血小板血症(ET)」などの骨髄増殖性腫瘍であり、JAK2・CALR・MPLといった遺伝子変異を背景とする慢性的な血液のがんです。
- ETの治療目標は、病気そのものを一気に「治す」ことではなく、血栓症や出血といった合併症を予防し、できるだけ普段の生活を続けられるようにすることです。
- 治療方針は、年齢、血栓症の既往、JAK2変異の有無などに基づく改訂IPSET-thrombosisモデルで層別化され、経過観察のみから、低用量アスピリン、細胞減少療法まで個別に選択されます。
- 血小板が極端に高い場合には「血栓」と「出血」という一見逆の合併症がどちらも問題になり得るため、自己判断で市販薬を服用するのではなく、血液内科専門医と方針を相談することが重要です。
- ETは日本の「指定難病」には含まれておらず、特に新しい高価な薬剤を使用する際には医療費の自己負担が課題となる場合があります。経済面も含めて主治医と相談しましょう。
血小板増加症とETへの実践ガイド
健康診断や人間ドックで「血小板が多い」「40万/μLを超えている」と指摘されると、「がんなのではないか」「すぐに治療が必要なのか」と強い不安を感じてしまう方は少なくありません。また、反応性血小板増多症と本態性血小板血症(ET)の違いが分からず、インターネット上の断片的な情報に振り回されてしまうケースもよく見られます。そのまま不安を抱え込んでいると、必要な検査や治療が遅れてしまったり、逆に心配しすぎて仕事や家事、育児など日常生活の質が大きく低下してしまうこともあります。
この記事で解説するように、血小板増加症には一過性で良性のものから、長期的な管理が必要なETまで幅広いスペクトラムが存在します。まずは「血小板が多い=必ず大きな病気」という思い込みをいったん脇に置き、検査結果や背景の病気を一つずつ整理していくことが大切です。血液の病気は貧血や白血病だけでなく、血小板異常や止血障害など多岐にわたるため、全体像を知っておくと自分の状態を位置づけやすくなります。血液疾患全体の中で血小板増加症がどのような位置にあるかを整理するには、血液疾患の総合ガイドも併せて確認しておくと、今後の理解がぐっと楽になります。
血小板増加症と向き合ううえで最初に押さえたいのは、「反応性血小板増多症」と「本態性血小板血症(ET)」という二つのタイプの違いです。約80%は感染症・炎症・鉄欠乏性貧血・手術や出血後などに反応して起こる反応性血小板増多症で、原因が改善すれば血小板数も自然と落ち着いていきます。一方、ETは骨髄増殖性腫瘍という慢性的な血液のがんに分類され、JAK2・CALR・MPLといったドライバー遺伝子変異を背景に、巨核球系が自律的に血小板を過剰産生する状態です。診断の入り口では、血小板数の高さだけでなく、感染・炎症・鉄欠乏・脾摘の有無などを慎重に確認し、どちらのタイプが疑われるかを一つずつ整理していくことが重要です。このとき、血小板異常の全体像を頭に置きながら医師の説明を聞くと理解しやすくなりますので、血小板異常を含む血液疾患の基本整理も参考にしてみてください。
次のステップとして大切なのは、「本当に治療が必要な状態か」を見極めるための検査と経過観察です。日本では人間ドックの基準(40万/μL以上)と、国際的な診断閾値(45万/μL以上)が異なるため、「要精査」となったからといって、ただちに病気が確定したわけではありません。まずは血液内科などを受診し、血算の再検査で血小板増加が持続しているかを確認するとともに、白血球や赤血球、CRPやESRといった炎症マーカー、血清鉄やフェリチンなど鉄欠乏の有無を調べてもらいましょう。必要に応じて、潜在的な感染症や悪性腫瘍を探す画像検査が行われることもあります。こうしたプロセスを通じて、「反応性かどうか」を丁寧に除外していくことが、過度な不安を減らしつつ、見逃してはいけない疾患を拾い上げるうえでの第一歩になります。
骨髄生検や遺伝子検査の結果、ETであると診断された場合でも、直ちに悲観する必要はありません。ETは多くの場合、ゆっくりと経過する慢性疾患であり、治療のゴールは「血栓症や出血といった合併症を防ぎ、日常生活をできるだけ制限せずに過ごすこと」です。年齢(60歳を境に)・過去の血栓症の有無・JAK2 V617F変異の有無などを組み合わせた改訂IPSET-thrombosisにより、超低リスク〜高リスクまで層別化し、それぞれに応じて経過観察のみ、低用量アスピリン、あるいはヒドロキシウレアやペグインターフェロンαなどの細胞減少療法が選択されます。自分がどのリスク群に属し、なぜその治療が勧められているのかを主治医と共有しながら、長期的なフォローアップ計画を一緒に描いていくことが大切です。
さらに注意したいのは、「血栓」と「出血」という一見相反する合併症がどちらも問題になり得る点です。血栓症は心筋梗塞・脳梗塞・深部静脈血栓症・肺塞栓症など生命に関わるイベントにつながる一方で、血小板数が100万〜150万/μL以上と極端に高くなると、後天性フォン・ヴィレブランド症候群により鼻血や皮下出血など出血傾向が目立つことがあります。特に、アスピリン内服中に血小板数が急激に上昇した場合や、1,500,000/μLを超えるレベルに達した場合には、アスピリンの一時中止や細胞減少療法の調整が検討されます。また、日本ではETが厚生労働省の「指定難病」に含まれていないため、ペグインターフェロンαやアナグレリドなど高価な薬剤を長期使用する場合には、医療費の自己負担という現実的な問題も無視できません。治療法のメリット・デメリットだけでなく、経済的な負担も含めて主治医と率直に相談し、無理のない治療方針を一緒に考えていくことが重要です。
最後に、血小板増加症と診断されたからといって、「将来は必ず重い合併症になる」「仕事や家事・育児をあきらめなければいけない」と悲観しすぎる必要はありません。反応性血小板増多症の多くは原因の治療とともに改善しますし、ETであっても、現在の標準治療と継続的なフォローアップにより、一般人口に近い予後が得られるケースが少なくありません。この記事で学んだように、自分の状態がどのタイプに当てはまるのか、どのリスク群なのかを冷静に理解し、一歩ずつ必要な検査・治療・生活習慣の見直しを進めていきましょう。不安を一人で抱え込まず、血液内科の専門医や医療チームと協力しながら、自分らしい生活を守るための最適なバランスを一緒に探していくことが、血小板増加症との上手な付き合い方につながります。
本記事は、JHO(JapaneseHealth.org)編集委員会が、厚生労働省や日本の専門学会、国立がん研究センター、査読付き論文などの信頼できる情報に基づいて作成しました。
記事の構成や文章の整理にはAIツールも補助的に活用していますが、内容の確認・更新・最終的な編集はすべてJHO編集部が行い、最新のガイドラインや日本の医療事情に照らして慎重に検討しています。
第1部:血小板増加症の概要
血小板増加症という診断に直面したとき、まず理解しておきたいのが、その定義と二つの主要なカテゴリーです。これらは今後の診断プロセスと治療方針の根幹をなす、極めて重要な知識です。ここでは、「そもそも血小板とは何か」「どのくらい増えると問題なのか」「どうして人間ドックと専門医の診断基準が違うのか」といった基本から整理していきます。
1.1. 定義と診断閾値:いつ「血小板が多い」と判断されるか?
血小板(platelets)は、血液中を循環する核を持たない小さな細胞断片で、血管の完全性を維持するために不可欠な役割を担っています。その主な機能は、血管が損傷した部位で血液凝固プロセスを開始し、出血を止めることです。また、免疫反応や炎症にも関与していることが知られています1。血小板の数と機能のバランスは、健康な循環器系を維持するための生命線と言えます。
広く受け入れられている医学的定義によれば、血小板増加症は、末梢血中の血小板数が1マイクロリットルあたり450,000個(45×10⁴/μL)を超える場合に診断されます1。ただし、日本の読者にとって重要なのは、定期的な健康診断(人間ドック)の文脈における「40万/μL」という数値との違いです。日本人間ドック学会は、警告閾値として400,000/μL(40×10⁴/μL)を設定し、この値を超える人には精密検査を受けることを推奨しています2。
この二つの数値の違いは矛盾ではなく、医療実践における二つの異なる目的を反映しています。より低い閾値(40×10⁴/μL)は、公衆衛生スクリーニングにおいて感度を高めるためのもので、「異常の可能性がある人を見逃さない」ことを重視しています2。一方、より高い臨床診断閾値(45×10⁴/μL)は特異度が高く、専門医が病気を確定し、不必要な過剰診断や過剰治療を避けるために用いられます。したがって、定期健診で血小板数が40×10⁴/μLを超えたという結果は、「すぐに病気が確定した」という意味ではなく、「血液内科などで詳しい評価を受けるべき重要なサイン」と受け止めることが大切です。
1.2. 主要な分類:「反応性」か「本態性」か?
血小板増加症の診断に際し、最も基本的かつ重要な問いは「これは『反応性』か、それとも『本態性』か?」という点です。この二つのタイプは、原因、病態生理、予後、管理方法が大きく異なるため、この鑑別がすべての診断・治療決定の基盤となります1。
- 反応性血小板増多症(Reactive Thrombocytosis):二次性血小板増多症とも呼ばれ、他の病態や生理的状態への反応として血小板数が増加する状態です。この場合、骨髄の造血幹細胞や血小板産生メカニズム自体は正常です1。
- 本態性血小板血症(Essential Thrombocythemia:ET):一次性血小板血症とも呼ばれ、骨髄の疾患です。具体的には骨髄増殖性腫瘍(Myeloproliferative Neoplasm:MPN)の一種であり、造血幹細胞が変異し、自律的に制御不能な形で血小板を過剰産生する慢性的な血液がんです6。
重要な統計として、発見される血小板増加症の約80%が反応性であるという事実は、患者さんの初期の不安を和らげるのに役立ちます1。これは、多くの方にとって血小板増加は血液がんのサインではなく、根本原因が解決されれば元に戻る可能性のある一時的な現象であることを意味します。この統計を知ることで、「まずよくある二次的原因から順番に確認していく」という合理的なアプローチを持つことができます。
表1:反応性血小板増多症と本態性血小板血症(ET)の比較
| 特徴 | 反応性血小板増多症(二次性) | 本態性血小板血症(一次性/ET) |
|---|---|---|
| 根本原因 | 感染症、炎症、鉄欠乏、失血、手術後などへの反応5 | 造血幹細胞のクローン性疾患(骨髄増殖性腫瘍)6 |
| 病理学的性質 | 正常な血小板の一時的な過剰産生1 | 異常な血小板の自律的かつ慢性的な過剰産生6 |
| 血小板増加の程度 | 通常は軽度から中等度(100万/μLを超えることは稀)4 | しばしば著しく増加し、100万/μLを超えることがある1 |
| 血小板機能 | 通常は正常1 | しばしば異常(凝集能の亢進または低下)1 |
| 他の血液細胞 | 白血球・赤血球は通常正常1 | 白血球が増加することがある1 |
| 遺伝子変異 | 特異的な変異(JAK2, CALR, MPL)はない | 約90%の症例でJAK2、CALR、MPLのいずれかの変異を認める8 |
| 血栓症リスク | 他の危険因子がない限り、通常は著しく増加しない4 | 著しく増加し、疾患の主要な合併症である6 |
| 主な治療方針 | 基礎疾患の治療5 | 抗血小板療法および/または細胞減少療法による血栓・出血の予防8 |
| 予後 | 基礎疾患に依存。治療後に血小板数は正常化する5 | 慢性疾患で生涯の経過観察が必要。適切な管理下では一般的に予後良好10 |
1.3. 血小板増加を指摘されたときの初期対応
「血小板が多い」と言われると、つい最悪のケースを想像してしまいがちですが、多くの場合は落ち着いて状況を整理することが大切です。一般的には、次のようなステップで考えるとよいでしょう。
- まずは再検査で「本当に高いのか」を確認する:採血のタイミングや一時的な炎症などで一過性に上昇することがあるため、一定期間をおいてもう一度血算を確認します1。
- 最近の体調や基礎疾患を振り返る:風邪や肺炎などの感染症、慢性炎症性疾患、手術や大きな出血の有無、月経の状態などを医師と共有することで、反応性かどうかの手がかりになります3。
- 血液内科への紹介・受診を検討する:血小板数が高値で持続している場合や明らかな原因が見つからない場合は、血液内科専門医で詳しい評価を受けることが勧められます。
- ネット情報だけで自己判断しない:インターネット上には正確な情報もあれば不正確な情報も混在しています。本記事や公的機関の情報を参考にしつつ、最終的な判断は必ず医療機関で行うようにしましょう。
第2部:反応性血小板増多症 ― 原因と対処法
反応性血小板増多症は、血小板数が増加する原因として最も一般的です。これは独立した病気というよりも、「体のどこかで起きている別の問題に対する反応」として起こる状態です。したがって、血小板そのものを直接ターゲットにするのではなく、その背景にある原因を特定し治療することが、この状態を解決する鍵となります。
2.1. 最も一般的な原因
体は様々な刺激に反応して血小板の産生を増やすことがあります。反応性血小板増多症の原因は多岐にわたります3。
- 急性・慢性感染症:肺炎から尿路感染症まで、さまざまな感染症が全身性の炎症反応の一部として骨髄を刺激し、より多くの血小板を産生させることがあります。
- 慢性炎症状態:関節リウマチ、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患、肝硬変などの慢性肝疾患は、持続的な血小板増加を引き起こす可能性があります5。
- 急性失血:重度の外傷、大手術、消化管出血などの後には、体が止血に備えて血小板産生を代償的に増加させることがあります3。
- 鉄欠乏性貧血:特に生殖年齢の女性において非常に一般的な原因の一つです。正確なメカニズムは完全には解明されていませんが、鉄剤の補充療法によって通常、血小板数は正常に戻ります3。
- 脾臓摘出後:脾臓は体内の全血小板の約3分の1をプールし、古い血球の「墓場」として機能しています。脾臓が摘出されると、これらの血小板が循環中に長く留まるため、血小板数が増加します1。
- その他の悪性腫瘍:肺がん、大腸がんなど一部の悪性腫瘍は、サイトカイン産生などを通じて反応性の血小板増加を引き起こすことがあります。場合によっては、血小板増加ががんの予後不良因子となることもあります3。
2.2. 臨床症状と診断
反応性血小板増多症の特徴は、「血小板が多いこと自体による症状がほとんどない」という点です。軽い頭痛やめまいなどの症状があったとしても、それらは不明瞭で、むしろ基礎疾患の症状に隠れてしまうことが多くなります5。例えば、関節リウマチの患者さんでは関節痛やこわばりが主症状であり、血小板増加は血液検査で偶然見つかる付随的な所見に過ぎません。
診断プロセスは、「なぜ血小板が増えているのか」という根本原因を見つけ出すための「調査」に焦点を当てます。典型的なアプローチには次のステップが含まれます。
- 詳しい問診と身体診察:最近の発熱、咳や尿の症状、腹痛、慢性疾患の有無、手術歴や外傷歴、出血のエピソードなどについて丁寧に確認します。
- 初期血液検査:血小板数の増加以外に、白血球数・赤血球数・ヘモグロビン・赤血球指数なども合わせて評価します。反応性血小板増多症では、血小板機能(例:血小板凝集能検査)は通常正常範囲内です1。CRP(C反応性タンパク)やESR(赤血球沈降速度)などの炎症マーカーはしばしば高値を示します11。
- 追加検査:臨床的な疑いに応じて、鉄欠乏を評価する血清鉄・フェリチン、潜在的な炎症巣や腫瘍を探す腹部超音波やCTスキャンなどの画像診断が行われることがあります5。
しかし、診断プロセスは必ずしも単純とは限りません。稀ではありますが、反応性血小板増多症であっても血小板数が1,000,000/μLを超えるほど非常に高くなることがあり、これは通常ETなどの原発性疾患を想起させるレベルです。このことは、「血小板の数だけでは二つの状態を確実に区別できない」という重要なポイントを示しています4。さらに、血小板増加の明確な原因が見つからない場合、未発見の悪性腫瘍など潜在する重篤な疾患の早期警告サインである可能性もあります4。そのため、血小板増加が持続していないかどうかを反復的な血液検査で確認しつつ、必要に応じて専門医による包括的な評価を受けることが重要です。
2.3. 治療戦略と予後
反応性血小板増多症の治療戦略は非常に明確で合理的です。ポイントは、「血小板を直接下げるのではなく、原因となっている病気を治すこと」にあります1。
- 感染症が原因であれば、適切な抗菌薬や抗ウイルス薬などによる治療。
- 鉄欠乏性貧血であれば、内服や点滴による鉄剤の補充。
- 慢性炎症性疾患であれば、抗炎症薬や免疫調整薬による基礎疾患のコントロール。
通常、血小板数だけを下げるための特異的な薬剤は必要ありません。反応性血小板増多症では血小板機能が正常であり、増加も一時的であることが多いため、血栓症リスクは通常著しく増加しません4。血小板減少療法が検討されるのは、患者さんが他の強い血栓症リスク因子(高度の動脈硬化、既往の血栓症など)を併せ持つ非常に限られたケースにとどまります。予後は完全に原因疾患の予後に依存し、根本原因が制御または解決されれば、血小板数は直接的な介入なしに徐々に正常レベルに戻るのが一般的です5。
2.4. 反応性血小板増多症とうまく付き合うために
反応性血小板増多症と説明された場合でも、「いつまで続くのか」「日常生活で気をつけることはあるのか」といった不安は残るかもしれません。一般的には、次の点を意識すると安心につながります。
- 定期的な血液検査で経過を確認する:基礎疾患の治療が進むにつれて血小板数がどのように変化しているかを確認し、必要なときにだけ追加の検査や紹介を行います。
- 基礎疾患のコントロールを最優先する:感染症であれば治療を途中でやめない、炎症性疾患であれば主治医と治療方針を相談しながら長期的にコントロールしていくことが重要です。
- 喫煙や脱水など、血栓リスクを高める要因を避ける:十分な水分摂取、禁煙、適度な運動は、血小板増加の有無にかかわらず血栓症予防に役立ちます。
第3部:本態性血小板血症(ET) ― 専門的分析
反応性血小板増多症が二次的で一時的な性質を持つのに対し、本態性血小板血症(ET)は骨髄そのものに生じる慢性的な原発性疾患です。診断には骨髄検査や遺伝子検査が必要であり、正確な診断と慎重なリスク層別化、長期的な管理が重要になります。この章では、ETの病態・疫学・症状・合併症、そして診断基準について整理します。
3.1. 病態:慢性血液がんの一種
ETは骨髄増殖性腫瘍(MPN)と呼ばれる疾患群に属し、これは骨髄内で一種類以上の血液細胞系統が過剰に産生されることを特徴とする血液がんの一群です6。ETの場合、異常な増殖は主に血小板の前駆細胞である巨核球(megakaryocytes)系統で起こり、その結果として血液中の血小板数が持続的に増加します11。ETは、赤血球の増殖を特徴とする真性多血症(polycythemia vera:PV)や、骨髄の線維化を特徴とする原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)と密接な関係にあります。これら三つの疾患は、いくつかの基本的な遺伝子変異を共有しており、時間の経過とともに互いに移行することがあるとされています6。
3.2. 疫学と遺伝的背景
ETは比較的稀な疾患です。日本では、大規模な観察研究により、年間新規発生率は人口10万人あたり約2〜3人と推定されており、これは全国で年間約5,000〜6,000人の新規症例に相当します14。2016〜2018年の全国がん統計でも、「その他の骨髄増殖性腫瘍」(ET, PV, PMFを含む)は年間約4,000人以上の新規症例があると報告されています15。
日本における注目すべき疫学的特徴は、発症年齢の二峰性分布です。ETは高齢者(60〜80歳)で診断されることが多く、通常は男女差があまりありません。一方で、20〜40歳の若年層に第二のピークがあり、この年齢層では女性の方が多く、女性/男性比が約3:1と報告されています16。このため、「まだ若いから血液のがんとは無縁」とは言い切れず、若年女性が検診で血小板増加を指摘されるケースも珍しくありません。
ETの根本原因は、造血幹細胞に生じる後天性(生まれつきではなく、人生のどこかの時点で起こる)の遺伝子変異にあります。ET患者の約90%は、以下の三つの主要な「ドライバー変異」のいずれかを持っており、これらの変異は通常互いに排他的です6。
- JAK2 V617F変異:最も一般的な変異で、ET患者の約50〜60%に見られます。JAK2遺伝子は血液細胞の増殖シグナルに重要なチロシンキナーゼ酵素をコードしており、この変異によって刺激がなくても酵素が持続的に活性化し、制御不能な増殖を引き起こします6。
- CALR(カルレティキュリン)変異:患者の約20〜25%で見られ、主にJAK2変異がない人に認められます。CALRは多機能タンパク質で、この遺伝子の変異もJAK-STATシグナル伝達経路を活性化させます6。
- MPL変異:頻度は低く、症例の約3〜5%を占めます。MPL遺伝子は血小板産生を調節する主要ホルモンであるトロンボポエチンの受容体をコードしており、この遺伝子の変異も持続的なシグナル活性化をもたらします6。
残りの約10〜15%の患者はこれら三つの変異を持たず、「トリプルネガティブ」として分類されます17。これらの変異はいずれも後天的に獲得されるものであり、親から子どもに遺伝するものではないと考えられています6。したがって、「親がETだから自分も必ず発症する」「子どもに遺伝する」といった心配は、そのままでは当てはまりません。
3.3. 症状と重篤な合併症
多くのET患者さんは診断時に無症状で、定期的な血液検査で偶然発見されます6。症状が現れる場合、それらは血液の流れの障害や全身状態の変化に関連しています。
- 微小循環障害の症状:小さな血管に微小な血栓が形成されることで、頭痛、めまい、目のちらつきやかすみ、耳鳴り、手足のしびれや灼熱感などが生じます。特に、手足の先が熱く赤くなり、焼けつくように痛む症状は、肢端紅痛症(erythromelalgia=四肢末端の強い灼熱痛を伴う病態)と呼ばれる特有の症状として知られています6。
- 全身症状:倦怠感、寝汗、原因不明の体重減少、かゆみ(特に温かいシャワーや入浴後)などが、疾患による慢性的な炎症状態を反映して出現することがあります20。
- 脾腫:骨髄外造血や血球の除去亢進により脾臓が大きくなり、左上腹部の違和感や食後の早期満腹感として自覚されることがあります6。
しかし、ETの真の脅威は、患者さんの予後と生活の質を左右する重篤な合併症にあります。
- 血栓症:最も一般的で危険な合併症であり、ET患者さんの罹患率と死亡率の主要な原因です9。血栓は動脈・静脈のいずれにも生じ、心筋梗塞、脳梗塞、深部静脈血栓症、肺塞栓症など生命を脅かすイベントにつながる可能性があります6。
- 出血:逆説的ですが、血小板数が1,000,000〜1,500,000/μLを超えるほど極端に高くなると、出血リスクがむしろ増加します1。これは「後天性フォン・ヴィレブランド症候群」によるもので、過剰な血小板がフォン・ヴィレブランド因子(vWF)を吸着・消費し、初期の血小板凝集が障害されるためです。その結果、鼻血、歯肉出血、皮下出血(あざ)などが起こりやすくなります4。
- 病型移行:ETは慢性疾患ですが、一部の患者さんでは経過中に骨髄線維症(post-ET myelofibrosis)や急性骨髄性白血病(AML)に移行することがあります。ただし、AMLへの移行はごくまれとされており、多くの患者さんは適切な管理のもとで長期間安定した経過をたどります8。
3.4. 国際基準(WHO)に準拠した診断プロセス
ETの診断は「除外診断」であり、医師は反応性の原因や他の骨髄疾患など、血小板増加を引き起こし得る全ての原因を体系的に除外する必要があります8。世界保健機関(WHO)が提示する診断基準(2016年改訂)は現在も広く用いられており、ETの確定診断には次の4つの大基準をすべて満たすか、最初の3つの大基準と小基準を満たすことが求められます11。
大基準(Major Criteria)
- 血小板数が450,000/μL(45×10⁴/μL)以上で持続している。
- 骨髄生検で、主に巨核球系統の増殖を示し、大型で成熟した多葉核を持つ巨核球が多数認められる。顆粒球や赤芽球系統の著しい増殖や、幼若細胞の目立った増加を認めない。
- 慢性骨髄性白血病(CML)、真性多血症(PV)、原発性骨髄線維症(PMF)、骨髄異形成症候群(MDS)など、他の骨髄増殖性腫瘍のWHO基準を満たさない。
- JAK2、CALR、またはMPLのいずれかの遺伝子変異が存在する。
小基準(Minor Criterion)
他のクローン性マーカー(特異的な染色体異常など)が存在する、または反応性血小板増多症を示唆する証拠(炎症マーカー高値や鉄欠乏など)がない。
この診断プロセスは、骨髄生検と分子遺伝学的検査の重要性を強調しています。骨髄生検は巨核球系統の増殖を確認するだけでなく、初期の骨髄線維症など別の疾患を除外するのに役立ちます。遺伝子検査はクローン性疾患であることを裏付けるだけでなく、予後や治療方針の決定にも重要な情報を提供します。
3.5. 診断がつくまでの流れをイメージする
実際に患者さんが経験するプロセスは、次のようなイメージになります。
- 健康診断や別の病気のフォロー中に血小板増加を指摘される。
- 数週間〜数か月の間隔で再検査を行い、増加が一過性か、持続しているかを確認する。
- 感染症・炎症・鉄欠乏・脾摘など、反応性の原因がないか詳細に評価する。
- 原因が見つからず、血小板増加が続く場合は骨髄生検や遺伝子検査を含む精査を行う。
- WHO基準などを用いて総合的に判断し、ETかどうかを確定する。
診断が確定するまでには時間がかかることもありますが、これは「慎重に他の原因を除外している」というプロセスでもあります。不安な気持ちは自然なものですが、途中経過で疑問があれば、その都度主治医に質問しながら一緒に進めていくことが大切です。
第4部:行動計画 ― 本態性血小板血症(ET)の管理と治療
ET管理の主な目標は、病気を完全に「治癒」させることではなく、症状をコントロールし、何よりも血栓・出血イベントを防ぐことです。その結果として、患者さんが実質的に寿命の制限なく、可能な限りふだん通りの生活を送れるようにすることが目標になります8。治療戦略は、血栓症リスクの層別化という核心的な要素に基づいて個別化されます。
4.1. 中核的原則:血栓症リスクの層別化
以前は、リスク層別化は主に「60歳以上かどうか」と「血栓症の既往歴があるかどうか」という二つの要素に基づいて行われていました21。しかし近年、分子医学の進歩により、遺伝子変異を組み込んだより精密な「改訂IPSET-thrombosis」モデルが広く用いられるようになっています8。
このモデルでは、年齢、血栓症既往、JAK2 V617F変異の有無を組み合わせて、患者さんを次の4つのリスクグループに分類します。
表2:ETにおける血栓症リスク層別化と対応する治療戦略(改訂IPSET-thrombosisモデル)
| リスクレベル | 基準8 | 治療推奨8 |
|---|---|---|
| 超低リスク | 年齢 ≤60歳、血栓症既往なし、JAK2 V617F変異なし | 経過観察。他の心血管リスク因子があれば低用量アスピリンを考慮。 |
| 低リスク | 年齢 ≤60歳、血栓症既往なし、JAK2 V617F変異あり | 低用量アスピリン(81〜100 mg/日)。 |
| 中リスク | 年齢 >60歳、血栓症既往なし、JAK2 V617F変異なし | 低用量アスピリン。場合により細胞減少療法を併用。 |
| 高リスク | 血栓症の既往あり(年齢・遺伝子型問わず)、または(年齢 >60歳 かつ JAK2 V617F変異あり) | 低用量アスピリン および 細胞減少療法。 |
同じ「血小板が多い」患者さんでも、年齢・既往歴・遺伝子変異の有無によってリスクと治療方針が大きく変わることがわかります。「自分がどのリスク群に当てはまるのか」「なぜその治療が勧められているのか」を主治医と確認しておくと、治療への納得感が大きく高まります。
4.2. 詳細な治療選択肢
4.2.1. 抗血小板療法(アスピリン)
低用量アスピリン(通常1日81〜100 mg)は、動脈血栓症を予防するための基本的な治療です。アスピリンは血小板内のCOX-1酵素を不可逆的に阻害し、血小板凝集を抑えることで血栓形成を防ぎます21。
ただし、現在では「ETなら全員アスピリン」という単純な考え方ではなくなっています。最近の研究では、JAK2 V617F変異を持つ患者ではアスピリンの有益性が明確である一方、CALR変異患者では有効性がはっきりしない、あるいは出血リスクが増加する可能性が示唆されています25。このため、遺伝子変異のタイプや個々の出血リスクを踏まえて、主治医と「メリットとデメリット」を話し合いながら決定することが大切です。
4.2.2. 細胞減少療法
細胞減少療法は、血小板数をより安全とされる範囲(一般に40万〜45万/μL未満)まで下げることを目的とし、血栓症と出血の両方のリスクを減らすために行われます20。高リスク群の患者さんに適用され、中リスク群でも状況に応じて検討されます。
第一選択薬
- ヒドロキシウレア(HU):最も広く使われている経口薬で、大規模な臨床試験で血栓イベントの減少に対する高い効果が示されています6。一方で、皮膚潰瘍などの副作用や、長期使用で急性白血病への移行リスクをわずかに高める可能性があるかどうかについて議論が続いており、通常は高齢者などに優先的に使用されます10。
- ペグインターフェロンα(Peg-IFN-α):若年患者や妊娠可能年齢の女性、HUに不耐性の患者に好まれる選択肢です8。インターフェロンはもともと体内に存在するタンパク質で、骨髄細胞の増殖を抑制します。二次がんのリスクを高めないことが大きな利点であり、さらに遺伝子変異を持つクローンを減少させ、分子遺伝学的寛解を誘導する可能性も報告されています25。
第二選択薬およびその他
- アナグレリド:巨核球の成熟を特異的に阻害し、他の血球への影響を比較的抑えつつ血小板数を減少させる経口薬です6。HUに不応または不耐性の患者で有用な選択肢ですが、頭痛、動悸、浮腫などの副作用が問題となることがあります6。
- ブスルファン:経口のアルキル化薬で、他の選択肢が難しい高齢者などに限って用いられます8。
表3:本態性血小板血症(ET)における主要治療薬の概要
| 薬剤名 | 作用機序 | 主な適応 | 利点 | 欠点・主な副作用 |
|---|---|---|---|---|
| アスピリン | 血小板凝集抑制 | 多くの患者(特にJAK2陽性群)8 | 経口、安価、動脈血栓予防に有効 | 消化管出血リスク、CALR群での効果不明・出血リスク増加の可能性25 |
| ヒドロキシウレア(HU) | DNA合成阻害による細胞増殖抑制 | 高リスク患者の第一選択、特に高齢者6 | 経口で服用しやすく、血栓予防効果が高い | 骨髄抑制、皮膚潰瘍、長期使用時の二次がんリスクに関する議論10 |
| ペグインターフェロンα | 免疫調節・骨髄細胞抑制 | 若年患者、妊娠可能年齢の女性、HU不耐性例8 | 非発がん性、分子遺伝学的寛解の可能性 | 皮下注射が必要、インフルエンザ様症状、倦怠感、うつ、甲状腺機能異常など25 |
| アナグレリド | 巨核球成熟の特異的阻害 | HU抵抗性・不耐性患者の第二選択25 | 血小板への比較的特異的な作用、非発がん性 | 頭痛、動悸、体液貯留、浮腫、骨髄線維化リスクの可能性6 |
4.3. 特殊な状況における管理
- 妊娠中・妊娠を希望する場合:妊娠中のET管理は大きな課題であり、血液内科医と産科医の緊密な連携が必要です。ET患者さんの妊娠では、流産、胎児発育遅延、早産、母体の血栓症などのリスクがやや高くなります。ヒドロキシウレアは催奇形性リスクから禁忌とされ、アナグレリドも胎盤通過の懸念から通常は避けられます25。より安全とされる選択肢としては、妊娠期間中の低用量アスピリン(適応がある場合)や、高リスク例におけるペグインターフェロンαなどが挙げられます。産褥期(出産後)の血栓予防には低分子量ヘパリンが使用されることもあります20。
- 極度の血小板増加:血小板数が1,500,000/μLを超えると、後天性フォン・ヴィレブランド症候群による出血リスクが著しく高まります。このような場合、アスピリンの使用は慎重な検討が必要であり、血小板数が細胞減少療法である程度コントロールされるまで一時中止されることがあります4。
4.4. 新規治療法と将来の研究動向
ET治療の分野は絶えず進化しており、従来の「症状コントロールと血栓予防」から一歩進んで、「病気の自然経過を変える」ことを目指した治療法も研究されています。
- JAK阻害薬:PVやPMFで承認されているルキソリチニブなどのJAK阻害薬は、標準治療に抵抗性のET患者を対象に研究されており、血小板数の制御や全身症状の改善に効果が示されています10。
- LSD1阻害薬:ボメデムスタットは、造血幹細胞のクロマチン制御に関与する酵素LSD1を標的とした新しい治験薬で、後期臨床試験が進行しています25。
- その他の標的療法:がん細胞の生存に関わるシグナル伝達経路(例:MDM2など)を標的とする治療薬も開発中であり、今後の選択肢の拡大が期待されています26。
4.5. 主治医と治療を決めるときのポイント
治療の選択肢が増える一方で、「どれが自分にとって一番よいのか分からない」と感じる方も多いでしょう。治療方針を一緒に考える際には、次のポイントを整理しておくと役立ちます。
- 自分がどのリスク群に分類されているのか(超低・低・中・高リスク)。
- 血栓症・出血歴、持病(高血圧、糖尿病など)、年齢、家族歴。
- 仕事や家事・育児、将来の妊娠希望など、生活背景や価値観。
- 各治療法のメリット・デメリット、副作用、費用、通院頻度。
これらを整理したうえで、「何を一番大切にしたいか(合併症リスクを最大限下げたいのか、副作用や通院の負担を抑えたいのか、妊娠希望を優先したいのか)」を主治医に伝えると、より自分に合った治療選択がしやすくなります。
第5部:血小板増加症との共存と将来の展望
5.1. 患者へのアドバイス:包括的な自己管理
ETのような慢性疾患の診断は、人生の大きな転機となり得ます。しかし、適切な理解と管理があれば、多くの患者さんが仕事や家庭生活を続けながら長期にわたり安定した生活を送ることができます。医師の指示に従った治療の継続に加え、次のような自己管理が重要です。
- 心血管リスク因子の管理:血圧のコントロール、糖尿病がある場合の血糖管理、脂質異常症の治療などは、血栓症リスクを下げるうえで不可欠です。
- 禁煙:喫煙は非常に強力な独立した血栓症リスク因子です。禁煙は、ET患者さんが自分の健康を守るためにできる最も重要な行動の一つです6。
- 健康的な生活習慣:バランスのとれた食事、適正体重の維持、定期的な有酸素運動は、心血管全体の健康に貢献し、倦怠感などの症状の軽減にも役立ちます。
- 脱水を避ける:長時間の入浴やサウナ、猛暑環境での作業時には、こまめな水分補給を意識し、脱水による血液の「濃さ」の上昇を避けることが重要です。
5.2. どのような症状があるときに早めの受診が必要か
ETや血小板増加症と診断されていても、いつ受診すべきか迷う場合があります。一般的には、次のような症状が現れた場合には、早めに医師に相談してください。
- 突然の片側の手足の麻痺・しびれ、ろれつが回らない、視野の一部が欠けるなど、脳梗塞を疑う症状。
- 胸の締め付け感、強い胸痛、息切れ、冷や汗など、心筋梗塞や肺塞栓症を疑う症状。
- 今までにない強い頭痛や視覚の変化。
- 鼻血や歯肉出血が止まりにくい、あざが増えた、血便など、出血傾向を疑う症状。
これらは緊急度の高いサインであり、救急外来での評価が必要になる場合もあります。日常のなかで気になる症状が続く場合や、薬の副作用が心配なときは、定期診察を待たずに医療機関に連絡して相談しましょう。
5.3. 日本における背景:医療制度と経済的負担
日本の患者さんにとって現実的かつ重要な側面が、医療制度におけるETの位置づけです。ETは慢性的で稀な血液疾患であり、生涯にわたる経過観察が必要ですが、厚生労働省の「指定難病」のリストには含まれていません27。
一方で、免疫性血小板減少症(ITP)など一部の血液疾患は指定難病として登録され、医療費助成の対象となっています16。ETが指定難病に含まれていないことは、患者さんがより大きな自己負担に直面する可能性があることを意味します。定期的な診察・血液検査、そしてペグインターフェロンαやアナグレリドなど高価な薬剤の長期使用は、多くの家庭にとって無視できない経済的負担となり得ます。
そのため、治療法の選択にあたっては、医学的なメリット・デメリットだけでなく、「現実的に続けられるかどうか」という観点も重要です。費用面で心配がある場合には、遠慮せず主治医や医療ソーシャルワーカーに相談し、公的支援制度や高額療養費制度なども含めた選択肢を一緒に検討していきましょう。また、将来的には患者団体などによる政策提言を通じて、制度の見直しが進む可能性もあります。
よくある質問(FAQ)
血小板増加症と診断されました。これは「がん」ですか?
血小板増加症には大きく分けて二つのタイプがあります。一つは「反応性血小板増多症」で、これは感染症や鉄欠乏、手術後など他の病気や状態に対する反応として起こるもので、がんではありません。原因となっている病気が治療されれば、血小板数は自然に正常域に戻ることが多いとされています。
もう一つは「本態性血小板血症(ET)」で、これは骨髄増殖性腫瘍という慢性の血液がんに分類されます。ただし、「がん」という言葉からイメージされるような急速に進行するがんとは異なり、多くの場合はゆっくりと経過し、適切な管理が行われれば予後は比較的良好です6。最初から「がんだ」と決めつけてしまう必要はなく、まずは反応性かどうかを含め、主治医と一緒に丁寧に原因を探っていくことが大切です。
本態性血小板血症(ET)は遺伝しますか?家族にも同じ検査が必要ですか?
いいえ、本態性血小板血症は、一般的には親から子へ受け継がれる「遺伝病」ではありません。ETの原因となるJAK2、CALR、MPLなどの遺伝子変異は、生涯のいずれかの時点で造血幹細胞に後天的に生じるものであり、生まれつき全身の細胞に存在する変異(先天性)ではありません6。
そのため、家族に同じ病気がいるからといって、ご自身やご家族が必ず発症するわけではありませんし、家族全員に同じ検査を受ける必要があるとは限りません。ただし、家族に似た症状や血液検査異常がある場合には、念のため医療機関で相談しておくと安心です。
血小板の数値が高いのですが、必ず治療が必要ですか?
血小板数が高いからといって、すべてのケースで治療が必要になるわけではありません。治療の必要性は、「血小板増加症のタイプ」と「血栓症リスク」によって決まります。
反応性血小板増多症の場合は、原因となっている基礎疾患の治療が優先され、血小板そのものを下げる薬は通常不要です。一方、本態性血小板血症(ET)の場合でも、年齢や血栓症の既往、遺伝子変異の種類などを組み合わせたリスク評価に基づき、「超低リスク」と判断されれば経過観察のみの場合もあります。治療が必要な場合でも、低用量アスピリンの内服だけで十分なこともあれば、細胞減少療法が必要になることもあります8。自分のリスクがどのグループに入るのかを、主治医と一緒に確認しておきましょう。
血小板増加症でも、仕事や家事・運動は続けて大丈夫ですか?
多くの場合、血小板増加症があっても、適切な治療とフォローアップのもとで仕事や家事、軽い運動を続けることが可能です。むしろ、完全に活動をやめてしまうと筋力低下や気分の落ち込みにつながることもあります。
ただし、血栓リスクが高い場合や、出血傾向がある場合、貧血や強い倦怠感がある場合などは、負荷の強い運動や長時間の立ち仕事を控える必要があります。主治医から「どの程度までの運動なら安全か」「仕事の内容で注意すべき点は何か」を具体的に確認し、自分の体調と相談しながら調整していくことが大切です。
どのような症状が出たら、すぐに受診・救急相談をした方がよいですか?
次のような症状は、血栓症や重い出血のサインである可能性があり、早急な受診や救急相談が必要になることがあります。
- 突然の片側の手足の麻痺・しびれ、言葉が出にくい、視野の一部が見えないなど、脳梗塞を疑う症状。
- 胸の強い痛みや締め付け感、息切れ、冷や汗など、心筋梗塞や肺塞栓症を疑う症状。
- 止まりにくい鼻血や歯肉出血、大きなあざが急に増える、血を混じた便や黒色便などの出血症状。
- 今まで経験したことのない激しい頭痛や意識の変化。
これらの症状がある場合は、「血小板が多いから様子を見よう」と自己判断せず、ためらわずに救急外来や救急相談窓口に連絡してください。
結論
血小板増加症は、とても不安を呼びやすい検査所見ですが、その背景には多様な原因が存在します。最も重要なことは、一般的で多くは良性の反応性血小板増多症と、慢性的な骨髄疾患である本態性血小板血症(ET)などの原発性疾患とを適切に鑑別することです。
反応性血小板増多症では、鍵となるのは「血小板そのもの」ではなく「原因となっている病気」です。感染症や鉄欠乏性貧血、慢性炎症性疾患などの根本原因を見つけ、適切に治療することで、多くの場合血小板数は自然に正常化します。一方、ETは骨髄増殖性腫瘍という慢性の血液がんの一つではありますが、正確な診断、臨床的および遺伝的要因に基づく慎重なリスク層別化、そして血栓・出血合併症を予防するための積極的な管理が行われれば、予後は一般的に良好です8。
近年、ETに関する分子生物学的理解が深まり、新しい標的療法や分子レベルでの寛解を目指す治療も開発が進んでいます25。研究の最終的な目標は、症状のコントロールや合併症の予防にとどまらず、病気の自然経過を変え、いつかは完全な治癒をもたらし得る治療法を確立することです。
患者さんやご家族にできることは、信頼できる情報源から最新の知識を得ながら、血液内科専門医や医療チームと緊密な協力関係を保ち、自身の治療や生活の工夫に積極的に参加することです。「自分の状態を理解し、納得したうえで前に進む」ことが、血小板増加症と長く付き合っていくうえで、何よりも大切な力になります。
免責事項 本記事は一般的な情報提供のみを目的としており、個々の患者さんに対する診断や治療の決定を代替するものではありません。具体的な症状や検査結果、治療方針については、必ず主治医や血液内科専門医などの資格ある医療専門家にご相談ください。
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