血小板減少症(ITP)患者のための旅行計画完全ガイド:安全で快適な旅を実現するために
血液疾患

血小板減少症(ITP)患者のための旅行計画完全ガイド:安全で快適な旅を実現するために

血小板減少症、特に免疫性血小板減少症(ITP)と共に生きる患者さんにとって、旅行、とりわけ海外への旅という考えは、多くの懸念や不安を伴うことが少なくありません。しかし、周到な準備、確かな医学的知識、そして詳細な行動計画があれば、新しい土地を訪れることは単なる夢ではなく、完全に実現可能で、安全かつ価値ある経験となり得ます。本報告書は、日本の患者さんとそのご家族が、自信を持って旅行の意思決定を行い、計画を立てるために必要な情報を提供することを目的とした、専門的で包括的、かつ信頼性の高い手引きとして編纂されました。内容は、国内外の主要な臨床指針、最新の科学研究、そして特有の医療・保険制度に関する実践的経験を統合・分析したものです。最終的な目標は、知識を通じて患者さんに力を与え、不安を準備に、不確実性を自信に変えることです。病状、潜在的な危険性、そして効果的な予防策を深く理解することで、各患者さんは自身の医療チームと積極的に連携し、旅の喜びを最大限に享受しつつ、安全を確保するための個別化された旅行計画を築くことができるのです。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。

  • 難病情報センター: 本記事における免疫性血小板減少症(ITP)の基本的な定義、症状、日本の患者数に関する記述は、同センターが提供する公式情報に基づいています13
  • 日本血液学会 (JSH): 日本の成人ITP患者に対する治療方針やガイドラインに関する分析は、同学会が公表した診療指針を重要な根拠としています44
  • ITP Support Association (UK): 航空機利用の安全性、医療記録の準備、海外での緊急時対応など、旅行に関する実践的な勧告の多くは、英国の主要な患者支援団体が提供する詳細なガイダンスに基づいています12
  • 米国血液学会 (ASH): 治療開始の判断基準となる血小板数の閾値や、患者との共同意思決定の重要性については、2019年に発表されたASHのガイドラインが参照されています1920
  • 厚生労働省検疫所 (FORTH): 海外渡航時における感染症予防、特に飲食物の安全に関する具体的な注意点は、同検疫所の公式勧告に基づいています41

要点まとめ

  • 免疫性血小板減少症(ITP)患者の旅行は、血液専門医との綿密な連携と周到な計画により安全に実現可能です。
  • 飛行機搭乗中は、出血に加え、深部静脈血栓症(DVT)という「二重の危険性」を認識し、予防策を講じる必要があります。
  • 旅行の可否判断には、血小板数が一つの目安(多くの場合、30,000〜50,000/μL以上が望ましい)となりますが、最終的には個々の状態に基づき医師と共同で決定します。
  • 海外旅行の際は、持病の悪化を補償する「疾病に関する応急治療・救援費用担保特約」付きの海外旅行保険への加入が不可欠です。
  • 渡航先では、感染症対策と怪我の予防を徹底し、自身の体調に耳を傾け、無理のない範囲で活動することが成功の鍵となります。

第1部:旅行の意思決定のための医学的基礎

旅行に行くという賢明な決定を下すには、血小板減少症の性質と関連する危険性を深く理解することが不可欠です。このセクションでは、患者さんとご家族が推奨事項の背後にある科学的根拠を理解し、医師との対話に自信を持てるように、基礎となる医学的知識を提供します。

1.1. 患者向け免疫性血小板減少症(ITP)の概要

免疫性血小板減少症、すなわちITPは、自己免疫疾患の一種です。この状態では、本来外部からの病原体と戦うべき体の免疫系が、誤って自分自身の血小板を攻撃してしまいます1。この過程は主に二つの結果をもたらします。一つは、血小板が主に脾臓で急速に破壊されること、もう一つは、骨髄での新しい血小板の産生も抑制される可能性があることです1。その結果、血液中を循環する血小板の数が減少し、一般的に100,000/μL未満と定義されます4

日本において、ITPは指定難病として認定されています7。統計によると、約20,000人から25,000人がこの病気と共に生活していると推定されています3。この病気はあらゆる年齢層で発症する可能性がありますが、特に発症率が高いとされる三つの集団が存在します。それは、幼児、20代から40代の若年女性(男性の3倍の発症率)、そして男女間の発症率に差がない高齢者層です3

病名が「特発性血小板減少性紫斑病(Idiopathic Thrombocytopenic Purpura)」から「免疫性血小板減少症(Immune Thrombocytopenia)」へと変更されたことは、重要な進歩でした4。この変更は単なる学術的な詳細にとどまらず、強力なメッセージを伝えています。「特発性(idiopathic)」という言葉は原因不明を意味し、無力感を生む可能性がありました。対照的に、「免疫性(immune)」という言葉は、病気の自己免疫的な性質を明確に示します。これにより、患者さんは自身の状態が特定の生物学的機序によるものであり、したがって免疫系を標的とする治療法で管理可能であることを理解できます。この理解こそが、患者さんが受け身の姿勢から自身の健康を主体的に管理する姿勢へと移行するための第一歩です。

ITPの主な症状は、血小板の機能である止血に直接関連しています。血小板数が減少すると、以下のような症状が現れることがあります3

  • 皮下出血: 軽い打撲でも、点状の微細な出血(点状出血)や大きな青あざ(紫斑、斑状出血)が容易に出現します9
  • 粘膜出血: 歯磨き時の歯肉出血、止まりにくい鼻血、または口の中に血豆(血疱)が現れることがあります3
  • その他の出血: 女性では月経が長引いたり、経血量が増えたり(過多月経)することがあります。尿や便に血液が混じることもあります10
  • 重篤な危険性: 稀ではありますが、最大の危険性は重要な内臓、特に生命を脅かす可能性のある頭蓋内出血です3

ITPは経過に基づき、主に二つのタイプに分類されます。一つは急性型で、ウイルス感染や予防接種の後に小児によく見られ、自然治癒の可能性が高いです。もう一つは慢性型で、成人により多く見られ、12ヶ月以上持続し、長期的な治療が必要となることが一般的です2

1.2. 二重の危険性評価:出血と血栓症

ITPの管理、特に旅行時における最も複雑な側面の一つは、「二重の危険性」、すなわち出血の危険性と血栓(血の塊)形成の危険性に直面することです。

出血の危険性: 血小板数と出血の危険性の関係は、単純な直線関係ではありません。出血が確実に起こる、あるいは完全に安全であるという絶対的な「安全域」は存在しません11。出血の危険性は、炎症の有無、併存疾患、他の薬剤(例:非ステロイド性抗炎症薬 – NSAIDs)の使用など、多くの要因に依存します11。しかし、一般的な指針として、臨床的に意味のある出血の危険性は血小板数が50,000/μL未満に低下すると増加し始め、10,000~20,000/μL未満になると特に懸念されるようになります8

血栓症の危険性: これは直感に反するように聞こえるかもしれませんが、非常に重要な概念です。ITP患者さんは、たとえ血小板数が低くても、特に長時間のフライト中に深部静脈血栓症(Deep Vein Thrombosis – DVT)を発症する危険性があります12。機内の多くの要因がこの危険性を高めます。

  • 長時間の不動: 狭い空間で長時間座っていると、足の深部静脈の血流が滞ります12
  • 脱水: 機内の乾燥した空気と不十分な水分摂取は、血液を濃縮させる可能性があります12
  • 客室の気圧: 航空機の客室は高度2,000から2,500メートルに相当する気圧に調整されており、相対的な低酸素状態(hypoxia)を引き起こします。この状態は血小板や凝固因子を活性化させ、血栓が形成されやすい環境を作り出す可能性があります15

さらに複雑なことに、ITPの現代的な治療法の一部、特にトロンボポエチン受容体作動薬(TPO-RAs)であるエルトロンボパグやロミプロスチムは、骨髄を刺激してより多くの血小板を産生させます。これらは出血の危険性を減らすのに非常に効果的ですが、その使用が血栓症のリスク増加と関連する可能性があることが研究で示されています18

これは、旅行時の疾患管理においてジレンマを生み出します。計画は単に「血小板を増やして出血を避けるにはどうすればよいか」ということではなく、「個々の状態と現在の治療計画に基づき、出血を予防するのに十分安全なレベルに血小板数を維持しつつ、血栓症の危険性を最小限に抑えるための予防策を講じるにはどうすればよいか」という、絶妙なバランスを取る戦略でなければなりません。これこそが、患者さんと血液専門医との間の対話の中心となるべき点です。

1.3. 重要な臨床的閾値:いつ治療が必要で、いつ旅行が可能か?

世界中の権威ある血液学会からの臨床指針は、治療決定の指針となる血小板数の閾値を提供しています。これらの数値は絶対的な規則ではありませんが、重要な指標です。

米国血液学会(ASH)の2019年ガイドラインによると1920

  • 血小板数 ≥30,000/μLで、無症状または軽度の皮膚出血のみの場合:治療なしでの経過観察が推奨されます。
  • 血小板数 <30,000/μLの場合:無症状または軽度の出血であっても、治療開始を検討することが提案されます。
  • 血小板数 <20,000/μLの場合:患者に重大な症状がなくても、より厳密な監視のために入院を検討することがあります。

日本の臨床実践およびガイドラインによると1022

  • 血小板数 ≥30,000/μLで無症状の場合:通常は無治療で経過観察します。
  • 血小板数 20,000~30,000/μLの場合:治療の決定は、年齢、生活様式、併存疾患などの危険因子に基づいて個別化されます。
  • 血小板数 <20,000/μLの場合:通常、治療開始の適応となります。

国際的な指針と日本の指針には大きな類似性が見られ、20,000~30,000/μLという閾値が重要な決定点となっています。ただし、留意すべきニュアンスとして、ASHのガイドラインは「共同意思決定(shared decision-making)」と「患者の好み(patient preferences)」の考慮を非常に強く強調しています21。一方、日本の実践でも個々の要因は考慮されますが、より明確な数値の閾値に依存する傾向があります23。これは、数値が指針である一方で、最終的な決定は、客観的データ(血小板数)と主観的要因(生活様式、不安のレベル、旅行の重要性)のバランスを取りながら、医師と患者の間の開かれた対話の結果でなければならないことを裏付けています。

このプロセスを支援するために、以下の表は患者さんが自身のリスクレベルと必要な行動を自己評価するための迅速な参照ツールを提供します。

表1:血小板数に基づく旅行準備確認項目リスト

血小板数 (/μL) 一般的な出血の危険性 旅行に関する推奨事項 必要な行動
> 50,000 低い ほとんどの通常の旅行活動において安全と見なされることが多い。 依然として医師への相談、医療記録と保険の十分な準備は必要。
30,000 – 50,000 中等度 医師との綿密な相談が必要。怪我の危険性が高い活動は避けるべき。飛行機搭乗は通常許容される。 医師との詳細な計画立案、医療記録の完備、持病対応の専門保険への加入。
20,000 – 30,000 高い 血液専門医からの明確な許可が必要。不要不急の旅行は延期を検討すべき。 詳細な緊急時対応計画の策定、渡航先の医療機関の事前確認。
< 20,000 非常に高い 特に長距離フライトや医療体制が限られた場所への旅行は通常推奨されない。 やむを得ない場合に限り、医師の監督のもと、極めて厳格な医療計画を立てて旅行する。

第2部:極めて重要な準備段階:旅行前の医療相談

周到な準備は、旅行の安全性と成功を左右する決定的な要素です。この段階は単に書類を集める作業ではなく、治療、予防から緊急時対応に至るまで、包括的な戦略を構築するために医療チームと緊密に連携するプロセスです。

2.1. 血液専門医との旅行計画の策定

血液専門医(およびかかりつけ医)との面談は、理想的には航空券やホテルを予約する前のできるだけ早い段階で行うべきです24。これにより、治療計画の変更や予防接種の完了など、必要な調整を行うための十分な時間を確保できます。

最も効果的なアプローチは、会話を旅行の「許可を求める」ものから、「共同で計画を立てる」セッションへと転換することです。「旅行に行ってもいいですか?」という閉じた質問をするのではなく、目的地、期間、予定している活動など、自身の計画を主体的に提示します。これにより、医師はより具体的で適切な助言を提供しやすくなります。話し合うべき質問のリストを用意すると、相談がより効果的になります。

  • 現状評価: 最新の血小板数や症状に基づき、私の健康状態はこの旅行を実行するのに十分に安定していますか?24
  • 活動の安全性: 私が計画している活動(例:ハイキング、水泳、市内観光)は、私の状態に適していますか?絶対に避けるべき活動はありますか?25
  • 治療計画: 現在の薬の用量は、旅行前、旅行中、または旅行後に調整する必要がありますか?25
  • 市販薬の管理: 頭痛や風邪をひいた場合、どのような市販薬を使用できますか?これは非常に重要です。なぜなら、アスピリンや他のNSAIDsのような多くの一般的な鎮痛解熱薬は、血小板の機能を弱め、出血の危険性を高める可能性があるため、避ける必要があるからです3
  • 対応計画: 皮下出血や鼻血などの出血症状が突然現れたり、悪化したりした場合はどうすればよいですか?いつ直ちに医療機関を受診すべきですか?25

2.2. 海外旅行のための医療記録

完全で整理された医療記録一式を準備することは、海外旅行時の不可欠な安全網です。これは緊急時に役立つだけでなく、入国手続きを円滑に進めるのにも役立ちます。

必要な書類は以下の通りです。

  • 医師による英文の書簡(Doctor’s Letter): 病院や診療所のレターヘッドに、英語で書かれた書簡。診断名(例:「Primary Immune Thrombocytopenia」)、現在の健康状態、使用中の薬剤リスト(一般名と商品名)、用量、そして担当医の連絡先情報を明記する必要があります12。この書簡は、海外の医療従事者に説明するために非常に重要です。
  • 英文薬剤証明書: これは日本の旅行者にとって極めて重要な書類です。携帯する薬剤が個人の治療目的で必要かつ合法であることを証明し、渡航先の税関で一部の薬剤が厳しく規制されている場合に起こりうる問題を避けるのに役立ちます27
  • 処方箋の写し: 原本の処方箋の写しと、可能であれば英訳版を携帯します12
  • 重要な医療記録の写し: 最近の血液検査結果(特に血小板数を含む全血球計算)、および予防接種の履歴が含まれます24
  • 保険情報: 海外旅行保険の契約書の写しと保険証、そして24時間対応の緊急連絡先電話番号。

有用な助言として、これらの書類はすべて予備を準備しておくことです。紙の写し一部を荷物に入れ、電子版をスマートフォン、電子メール、またはクラウドストレージサービスに保存しておけば、どこからでもアクセスできます12

表2:必須の旅行書類と医薬品の確認項目リスト

項目 準備済み 備考
医療関連書類
医師による書簡(英文) 診断名、治療内容、連絡先を明記。
英文薬剤証明書 通関に非常に重要。
処方箋の写し(原本と翻訳)
最近の血液検査結果の写し 特に血小板数。
海外旅行保険情報と緊急連絡先 財布とスマートフォンに保存。
緊急連絡先リスト(医師、家族、大使館)
医薬品・医療品
ITP治療薬(旅行期間分+予備) 少なくとも1〜2週間分多めに。必ず機内持ち込み手荷物に入れる。
安全な市販薬(医師承認済み) 例:NSAIDsの代わりにアセトアミノフェン。
基本的な救急セット(ガーゼ、絆創膏、消毒薬) 小さな切り傷の処置用。

2.3. 旅行のための予防接種:計画とタイミング

予防接種は旅行計画に不可欠な部分ですが、ITP患者さんにとっては、より慎重な検討と計画が必要です。ワクチンで予防可能な感染症は、通常の症状を引き起こすだけでなく、ITPの再燃を誘発したり、病状を悪化させたりする可能性があります3

注意すべき点は以下の通りです。

  • 早期の計画: 目的地に必要なワクチンについての相談は、旅行の少なくとも4〜6週間前には医師と行うべきです12
  • 治療薬との相互作用: これが最も重要な要素です。ITPの治療薬の中には、予防接種に影響を与えるものがあります。
    • 高用量コルチコステロイド: ワクチンの効果を減弱させる可能性があります。
    • リツキシマブおよびその他の免疫抑制薬: これらの薬剤は免疫系を弱めるため、生ワクチン(麻疹、おたふくかぜ、風疹、水痘など)の接種は通常禁忌です。さらに、生ワクチンと不活化ワクチンの両方の効果が影響を受ける可能性があります。接種前に免疫系が回復するためには、治療終了後、一定の待機期間が必要です。
    • IVIG(静注用免疫グロブリン): 一部の生ワクチンに対する免疫応答を妨げる可能性があります。
  • 脾臓摘出(脾摘)後の患者さん: これらの患者さんは、莢膜を持つ細菌による重篤な感染症のリスクが高まります。そのため、肺炎球菌、髄膜炎菌、およびインフルエンザ菌b型(Hib)に対する完全な予防接種は必須であり、極めて重要です。定期的な追加接種が必要な場合もあります4

これらの理由から、予防接種の計画は、旅行許可を得るための単なる手続きではなく、健康を守るための不可欠な予防策であり、安全なITP管理の切り離せない一部なのです。

2.4. 海外での服薬管理

治療が中断されないようにすることは最優先事項です。旅行中の服薬管理には、慎重さと予備計画が求められます。

  • 十分な量と予備の携帯: 旅行全体に必要な薬の量を正確に計算し、少なくとも追加で1〜2週間分という十分な量の予備を携帯します。これは、フライトの遅延、荷物の紛失、または予期せぬ事態で旅行が長引いた場合に備えるためです12
  • 常に機内持ち込み手荷物に入れる: ITP治療薬を預け入れ荷物に入れることは絶対に避けてください。預け入れ荷物は紛失、遅延、または貨物室の不適切な温度に影響される可能性があります25
  • 元の容器で保管する: 常に薬局からの明確なラベルが付いた元の箱や瓶に入れて薬を保管します。これにより、保安検査員や税関職員が、これが合法的に処方された薬であることを容易に確認できます24
  • 分割戦略: リスクを最小限に抑えるため、薬を分割し、機内持ち込み手荷物内の2つの異なる場所に保管します。例えば、数日分の少量を個人のハンドバッグに入れ、残りを機内持ち込みのスーツケースに入れます。こうすることで、どちらか一方のバッグを紛失しても、治療が中断されることはありません。

第3部:航空機での移動:リスク分析と予防策

多くの患者さんにとって、フライトは旅の中で最も心配な部分です。実際のリスクを明確に理解し、一般的な懸念と科学的根拠を区別し、具体的な予防策を適用することで、ストレスを軽減し、安全なフライトを確保することができます。

3.1. 「搭乗資格」の問題:エビデンスの分析

ITP患者にとって飛行機搭乗が安全かどうかという問題は、しばしば提起されます。その答えは単純な「はい」か「いいえ」ではなく、現存する証拠の分析に依存します。

英国および米国の権威ある患者支援団体や血液学の専門家からの主要な見解は、航空機の客室内の気圧変化自体がITP患者の出血を引き起こしたり、リスクを増大させたりするという説得力のある証拠はない、というものです12。英国血液学基準委員会のガイドラインは2003年の時点でこれを明確に述べており、この勧告は現在も維持されています12。一般的に出される勧告は、患者の血小板数が30,000/μL以上で安定しており、活動性の出血の問題がなければ、飛行機搭乗が重大な追加リスクをもたらすべきではない、というものです12。小児を含む多くの患者が、これよりはるかに低い血小板数、時には20,000/μL未満でも、問題なく安全に飛行しています30

しかし、「害があるという証拠はない」という声明の意味を微妙に理解することが重要です。これは「絶対的な安全性の証拠がある」と完全に同義ではありません。それは、この関連性を肯定または否定するための大規模な研究がまだ不足していることを意味します。したがって、現在の勧告は主に臨床経験とリスクのバランスに基づいています。

慎重さは依然として必要です。再生不良性貧血の患者支援団体など、一部の情報源は50,000/μLというより高い安全域を提案しています25。一部の医師も懸念を表明し、血小板数が極端に低い場合(例:3,000/μL未満)は飛行を勧めないと助言しています30。この違いは、基礎となる病態の違いや個々の慎重さの度合いを反映している可能性があります。

最終的な結論は、飛行の決定は個別化されなければならない、ということです。それは、患者の病歴、出血傾向、および現在の状態を最もよく理解している血液専門医との率直な話し合いの結果でなければなりません12

3.2. 高度と低酸素の複雑な影響

民間航空機の客室は、実際の飛行高度よりも低い高度を模倣するように与圧されていますが、それでも標高2,000から2,500メートルの山にいるのと同等です16。この環境は低圧低酸素環境(hypobaric hypoxia)と呼ばれます。この低酸素状態は、体内で一連の複雑な生理学的反応、特に血液凝固系に対して引き起こす可能性があります。

高度と低酸素状態が血小板および凝固過程に与える影響に関する研究は、一見矛盾した結果を示しており、慎重な分析が必要です。

  • フライト中の急性リスク: 航空機の乗客にとって、主な関心事は急性的な影響です。研究によると、航空機の客室内程度の軽度の急性低酸素状態でも、血小板の反応性を高め、血栓形成傾向(prothrombotic phenotype)を促進する可能性があります1617。これが不動状態や脱水と組み合わさると、血栓、すなわちDVTの形成リスクが著しく増加します12。これこそが、患者が予防に集中すべき現実的かつ最も重要なリスクです。
  • その他の生理学的反応: 他の研究では、より複雑な効果が探求されています。一部の研究では、短期間の高度曝露が血小板産生を調節するホルモンであるトロンボポエチン(TPO)の産生を刺激し、一過性の血小板数増加につながる可能性があることが示唆されています31。対照的に、長期間(慢性的、1ヶ月以上)の高度曝露は血小板数の減少につながる可能性があります32。さらに、ユニークな研究分野として、ITPの治療法として高地気候療法(high-altitude climatotherapy)が用いられ、数週間にわたる適応プロセスの後に良好な結果が示された例もあります33

これらの影響を区別することは非常に重要です。旅行者にとって、数時間のフライトに直接関連するのは、長期的な血小板数の生理的変化ではありません。計画の焦点は、急性で対処可能なリスク、すなわちDVTのリスク管理にあるべきです。

3.3. 深部静脈血栓症(DVT)の予防行動計画

DVTの予防は、すべての乗客、特にITP患者が実施可能であり、また実施すべき積極的な行動です。これらの対策は単純ですが非常に効果的です。

  • 十分な水分補給: フライト前およびフライト中にたくさんの水分を摂取します。アルコールやカフェインを含む飲料は利尿作用があり、脱水を引き起こし血液を濃縮させるため、避けるか最小限に抑えます12
  • 定期的な運動:
    • 座席で: 足首の屈伸、足指の曲げ伸ばし、足首を回すなど、座ったままでできる簡単な運動を行います。これらの運動を、例えば1時間ごとに10回程度、頻繁に繰り返します12
    • 歩行: 安全ベルト着用サインが消えているときは、1〜2時間ごとに立ち上がって数分間通路を歩きます。これにより、足の筋肉が活性化され、血液循環が促進されます12
  • 快適な服装: 血行を妨げないように、ゆったりとした締め付けのない衣服を着用します34
  • 医療用弾性ストッキングの検討: 特に長距離フライト(4〜6時間以上)の場合、医療用弾性ストッキングの使用は血行を改善し、DVTのリスクを減らすのに役立ちます。適切な圧のストッキングを選ぶために、医師と相談することが必要です24

特に重要な警告: 一般の乗客にDVT予防としてよく勧められる、フライト前に低用量アスピリンを服用するという助言は、ITP患者にとっては絶対禁忌です。アスピリンは血小板の機能を抑制し、出血のリスクを著しく高める可能性があります12

表3:航空機旅行におけるDVT予防法

行動 具体的なガイダンス
水分補給 水やジュースを飲む。2時間ごとに約250ml飲むことを目標にする。
座席での運動 足首の屈伸、足首回し、足指の曲げ伸ばし。1時間ごとに10〜15回行う。
歩行 1〜2時間ごとに、安全な時に立ち上がり、数分間通路を歩く。
服装 ゆったりとして快適な、通気性の良い素材の服を着る。
弾性ストッキング 長距離フライトでは医療用弾性ストッキングの使用について医師と相談する。
避けるべきこと アスピリンは絶対に使用しない。アルコールとカフェインは最小限に。長時間足を組んで座らない。

第4部:日本における海外旅行保険:持病を持つ患者のための専門ガイド

基礎疾患を持つ患者にとって、海外旅行保険は選択肢ではなく、必須条件です。海外での医療費は非常に高額になる可能性があり、小さな医療上の問題でさえ、巨大な経済的負担になり得ます。しかし、日本でITP患者に適した保険を見つけるには、特有の条項や手続きについての理解が必要です。

4.1. 極めて重要な特別条項:「疾病に関する応急治療・救援費用担保特約」

日本でオンライン販売されている標準的な海外旅行保険契約のほとんどには、重要な免責条項があります。それは、既往の病気(持病)や過去にかかった病気(既往症)から生じる医療費は補償しない、というものです35。これは、もしITP患者が海外で出血したり、ITP関連の治療が必要になったりした場合、通常の保険契約では役に立たないことを意味します。

この問題の解決策は、「疾病に関する応急治療・救援費用担保特約」という特別な追加条項です37。この特約を契約に追加すると、以下のようなケースで補償が提供されます。

  • 応急治療: 持病(ITPなど)が旅行中に急激に悪化した場合に必要な医療費を補償します。
  • 救援費用: 患者が入院した場合に日本の親族が看病のために渡航する費用や、必要に応じて医療搬送で帰国する費用などを補償します。

しかし、この特約の重要な制限に注意する必要があります。

  • 「急激な悪化」: 予期せぬ緊急事態にのみ適用されます。事前に計画された治療や、急性増悪のない慢性的な状態には適用されません40
  • 期間と金額の制限: この特約は通常、短期間の旅行(例:31日未満)にのみ適用され、補償額に上限が設定されている場合があり、それは旅行中に新たに発生した病気や怪我の上限額よりも低いことが一般的です27

4.2. 申し込み手続きと告知義務

この特別条項を含む保険契約の購入は、通常、完全にオンラインでは完結できません。患者さんは保険代理店や保険会社の窓口と直接連絡を取り、手続きを進める必要があります35。このプロセスは詳細な情報交換を必要とし、時間がかかる可能性があるため、早めに開始する必要があります。

この過程で最も重要な要素は「告知義務」です。患者さんは、自身のITPの状態、その他の基礎疾患、使用中の薬剤について、正直に、完全かつ正確に申告しなければなりません。意図的に隠したり、誤った情報を提供したりすることは告知義務違反と見なされます。その結果は非常に深刻で、保険契約が無効とされ、たとえその医療事故がITPに直接関係なくても、保険会社はすべての費用の支払いを拒否する権利を持ちます35

4.3. プランB:公的医療保険の「海外療養費制度」の活用

民間の海外旅行保険に加え、日本の公的医療保険制度(国民健康保険または社会保険)に加入している国民および居住者には、第二の安全網があります。それが「海外療養費制度」です35

この制度の仕組みは以下の通りです。

  1. 患者は海外の医療機関で医療費の100%を自己負担で支払います。
  2. 現地の医師や病院に、必要な書類への記入と詳細な請求書の提供を依頼します。
  3. 日本に帰国後、これらの書類一式を自身の医療保険の担当機関(例:区役所や会社の健康保険組合)に提出します。
  4. 保険機関が審査し、費用の一部を払い戻します。

払い戻される金額は、海外で実際に支払った費用に基づくのではなく、もし日本で同等の治療を受けた場合の費用を基準に計算されます。この基準額から、患者の通常の自己負担分(通常30%)が差し引かれ、残りが払い戻されます36

この手続きを円滑に進めるため、患者さんは旅行前に、自身の保険機関のウェブサイトから「診療内容明細書」や「領収明細書」などの必要書類をダウンロードして印刷しておくことが賢明です36

これら二つの保険制度は互いに排他的ではなく、補完し合うことができます。民間の海外旅行保険は現地での即時サポート(支払い保証や24時間対応など)を提供し、高額な費用をカバーします。一方、「海外療養費制度」は第二の安全網として機能し、実際の費用が民間保険の上限を超えた場合や、民間保険でカバーされないケースで費用の一部を補填するのに役立ちます。

表4:日本の海外旅行保険オプションの比較

比較項目 持病対応の海外旅行保険 公的保険の海外療養費制度
補償範囲 持病の急激な悪化による応急治療費、救援者費用を補償。限度額あり。 日本の価格基準に基づき費用の一部を払い戻し。日本で認められた治療に適用。
申込方法 代理店や窓口経由。詳細な病状の告知が必要。早めの手続きを要する。 公的医療保険加入者全員に自動的に適用される。
支払プロセス キャッシュレス・メディカルサービスが利用できる場合や、自己負担後に請求する場合がある。 100%自己負担で支払い、帰国後に書類を提出して払い戻しを請求する。
必要書類 保険契約書、連絡先情報。 海外医療機関が記入した「診療内容明細書」「領収明細書」、パスポート。
利点 24時間対応サポート、支払い保証、救援者費用を含む高額な費用をカバー可能。 基本的な安全網であり、追加購入不要。すべての旅行に適用される。
欠点 保険料が高い、申込手続きが複雑、加入を断られる可能性、多くの制限や免責条項がある。 払い戻し手続きが煩雑、待機期間が長い、実際の費用より払い戻し額が大幅に少なくなる可能性。

第5部:目的地での行動計画:安全と健康の維持

旅行前の周到な準備も、渡航先での安全な行動が伴わなければ意味がありません。このセクションでは、旅行中にリスクを最小限に抑え、健康を維持するための実践的な戦略を提供します。

5.1. 包括的な感染症予防戦略

ITP患者さん、特にコルチコステロイド、リツキシマブ、またはその他の免疫抑制薬を使用している方々は、免疫系が弱まっている可能性があり、感染症にかかるリスクが高まります24。したがって、予防策を講じることは極めて重要です。

  • 食品と水の安全: これは消化器系感染症に対する第一の防御線です。
    • 沸騰させた水、安全な封がされたボトル入りの水、または缶入りの飲み物のみを飲みます24
    • 飲み物に入っている氷は、安全でない水道水から作られている可能性があるため避けます41
    • 自分で皮をむける果物のみを食べます。事前に洗浄されたサラダや生野菜は避けます41
    • 常に十分に加熱調理され、まだ熱い状態の食べ物を食べます。生の魚介類、レアの肉、または殺菌されていない乳製品は避けます41
  • 個人衛生:
    • 特に食事前やトイレの後は、石鹸と清潔な水で頻繁に手を洗います。水や石鹸が利用できない場合に備え、常にアルコールベースの手指消毒剤を携帯します24
    • 歯肉を傷つけないように、柔らかい歯ブラシで良好な口腔衛生を保ちます42
  • 環境における予防:
    • 可能であれば、混雑した市場やラッシュアワーの公共交通機関など、人混みを避けます28
    • 飛行機、電車、バスなどの密閉された公共の場所ではマスクを着用します27
    • 咳、発熱、その他の病気の症状を示している人との密接な接触を避け、距離を保ちます24
  • 虫や動物からの予防:
    • 蚊が媒介する病気(デング熱、ジカ熱、マラリアなど)のリスクがある地域では、長袖で明るい色の衣服を着用し、露出した皮膚にはDEETやイカリジンを含む虫除け剤を使用し、就寝時には蚊帳の使用を検討します41
    • 狂犬病などの病気を予防するため、野生動物や見知らぬペットとの接触を避けます41

5.2. 探索と安全のバランス:アクティビティ選択ガイド

旅行を楽しむことは、すべての活動を諦めることを意味しません。鍵は、健康状態とリスクレベルに適した活動を選択することにあります。一般的な助言は、怪我、衝突、または転倒を引き起こすリスクの高い活動を避けることです24

意思決定のためのより具体的な枠組みを提供するために、日本小児血液・がん学会(JSpho)が提案する身体活動に関するガイドラインを参考にし、成人にもある程度適用することができます。

表5:アクティビティのリスクレベルガイド

リスクレベル アクティビティの例 血小板数に基づく推奨
高(強い衝突、頭部外傷の危険性) 格闘技(ボクシング、柔道)、ラグビー、アイスホッケー、ロッククライミング、スキー(オフピステ) 血小板数が正常に近い場合(例:75,000-100,000/μL未満)でも、完全に避けるべき。
中(衝突、転倒の危険性) サッカー、バスケットボール、バレーボール、乗馬、マウンテンバイク、スケートボード 血小板数が50,000/μL未満の場合は避けるべき。それ以上の場合は医師と十分に相談する必要がある。
低(衝突の危険性が少ない) 水泳、ウォーキング、軽いジョギング、ゴルフ、テニス(ダブルス)、ダンス、美術館巡り、軽いヨガ ほとんどの血小板数レベルで安全と見なされるが、それでも慎重さを保ち、自分の体に耳を傾けることが必要。

この表は厳格な規則ではなく、医師と話し合い、自己評価するためのツールです。常に安全を最優先し、怪我の心配を伴わずに喜びをもたらす活動を選びましょう。

5.3. ストレスと疲労の管理

ITPの影響は身体的なものに限りません。疲労は一般的でありながら見過ごされがちな症状です。さらに、時差、スケジュール、環境の変化を伴う旅行自体がストレスを引き起こす可能性があります。注目すべきは、ストレスが一部の自己免疫疾患、血小板関連の障害を含む、の再燃を引き起こしたり悪化させたりする可能性のある要因として特定されていることです2443

したがって、ストレスと疲労を積極的に管理することは、旅行計画の重要な一部です。

  • ゆとりのあるスケジュール: 一日に多くの活動を詰め込もうとすることを避けます。活動の合間に休息と回復のための十分な時間を確保します28
  • 睡眠の優先: 定期的な睡眠スケジュールを維持するよう努めます。慣れない環境で質の良い睡眠を確保するために、耳栓やアイマスクを使用します24
  • リラクゼーションの実践: 公園での軽い散歩、読書、音楽鑑賞、または深呼吸や瞑想の技法を実践するなど、リラックスできる活動に毎日時間を割きます24
  • 適切な栄養: バランスの取れた食事を維持することは、免疫系をサポートするのに役立ちます。地元の食品の選択に自信がない場合や、手早く軽食が必要な場合に備えて、自宅から慣れ親しんだ安全な軽食をいくつか持参すると助かります24

最も重要なスキルは、自分の体に耳を傾けることです。疲れたと感じたら、休むことを自分に許可してください。記憶に残る旅とは、心身ともに健康で快適に過ごせる旅のことです。

第6部:海外での緊急事態への備えと対応

目標は予防ですが、最悪の事態に備えることは賢明かつ必要なステップです。明確な対応計画があれば、患者さんとご家族は医療上の問題が発生した際に冷静さを保ち、効果的に行動することができます。

6.1. 緊急キットと情報の準備

出発前に、「緊急情報パック」と基本的な救急キットを準備しましょう。

  • 緊急情報パック: これは第2.2部で述べたすべての重要書類を集めたものです。これらを別の袋やファイルに入れ、簡単に取り出せるようにしておきます。このパックには以下を含めるべきです。
    • 医師の書簡、薬剤証明書、処方箋の写し。
    • 海外旅行保険の契約詳細と24時間対応のサポート電話番号。
    • 日本の血液専門医、親族、保険会社、そして渡航先の日本大使館または領事館の電話番号を含む緊急連絡先リスト12
  • 個人情報カード: 氏名、診断名(「Immune Thrombocytopenia – ITP」)、重要なアレルギー、緊急連絡先を明記した小さなカードを準備します。これらの情報を英語と、可能であれば現地の言語に翻訳しておきます。このカードは常に財布やパスポートに入れておきます12
  • 基本的な救急キット: 通常の物品に加え、小さな切り傷や擦り傷を処置するための清潔なガーゼと医療用絆創膏を十分に用意しておきます。正しい止血方法を知っておくことが重要です。清潔なガーゼで傷口を直接、かつ継続的に、血が完全に止まるまで十分な時間(少なくとも10〜15分)圧迫し続けます8

6.2. 医療緊急事態発生時のステップバイステップガイド

医療事故が発生した際、パニックは最大の敵です。明確な行動手順があれば、方向性を見出し、正しい判断を下すのに役立ちます。

  1. 冷静になり、状況を評価する:
    • 小さな切り傷や鼻血であれば、その場で応急処置を施します。直接圧迫し、静かに保ちます。確認するために何度もガーゼを剥がさないでください8
    • 激しい頭痛、視力の変化、錯乱、または制御不能な出血などの重篤な症状がある場合は、直ちに処置が必要な緊急事態です。
  2. 直ちに保険会社に連絡する:
    • 海外旅行保険の24時間対応の緊急支援ホットラインに電話します。これが最も重要なステップです。彼らは海外での医療事態対応の専門家です。
    • 状況とあなたの現在地を伝えます。彼らは最適な医療機関(通常は海外旅行者の対応に慣れている病院)へ案内し、医療費の支払い保証を手配してくれる可能性があります。
  3. 医療機関へ向かう:
    • 「緊急情報パック」とパスポートを持参します。
    • 医療従事者に医師の書簡と関連書類を提示し、彼らがあなたの病状を迅速に理解できるようにします。
  4. 関係者に通知する:
    • 状況が安定したら、家族や日本の担当医に連絡を取り、状況を報告し、必要であれば追加の助言を受けます。

6.3. 目的地での医療支援の探索

事前の準備は、緊急事態において大きな違いを生むことがあります。

  • 旅行前の調査: 出発前に、滞在先の近くにある評判の良い国際病院やクリニックの住所と電話番号を調べて記録しておきます12。大使館のウェブサイトには、推奨される医療機関のリストが掲載されていることが多いです。
  • 現地の情報を知る:
    • 渡航先の言語でITPが何と呼ばれるかを調べておきます。これは、その国の大使館に問い合わせることで可能です12
    • 現地の緊急電話番号(日本の119番や米国の911番に相当)を覚えておきます12

よくある質問

血小板数がいくつあれば飛行機に安全に乗れますか?

絶対的な「安全な」血小板数というものはありませんが、多くの専門家は、血小板数が30,000/μLから50,000/μL以上で安定していれば、ほとんどの場合、飛行機搭乗は安全であると考えています1225。しかし、これはあくまで一般的な目安です。最終的な判断は、ご自身の病状、出血傾向、治療内容などを総合的に考慮し、必ず主治医の血液専門医と相談して個別に行う必要があります。

エコノミークラス症候群の予防のためにアスピリンを服用しても良いですか?

いいえ、絶対に服用しないでください。ITP患者さんにとって、アスピリンの服用は絶対禁忌です。アスピリンには血小板の機能を抑制する作用があり、出血のリスクを著しく高めてしまうためです12。エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症)の予防は、水分補給、定期的な足の運動、機内での歩行など、薬物を使用しない方法で徹底してください。

持病(既往症)があっても海外旅行保険に加入できますか?

はい、加入できます。しかし、通常のオンラインで申し込む標準的な保険では、持病であるITPの悪化による医療費は補償されません35。そのため、保険代理店や窓口を通じて、「疾病に関する応急治療・救援費用担保特約」という特別条項が付いた保険に加入する必要があります。その際、ご自身の病状を正確に申告する「告知義務」を果たすことが極めて重要です。

結論

ITPと共に生きながら旅行の準備をする道のりは、多くの挑戦を伴うかもしれませんが、それはまた、患者さんが自身の状態をより深く理解し、健康管理における主体的なパートナーとなるための、力を与えるプロセスでもあります。

ITPと共に安全で成功した旅行を実現することは、運に左右されるものではなく、以下の四つの柱の上に築かれます。

  1. 周到な計画立案: 早期に開始し、目的地について徹底的に調査し、詳細かつ柔軟な旅程を立てること。
  2. 医師との開かれた対話: 医師をパートナーとみなし、治療、予防から緊急時対応に至るまで、包括的な医療計画を共に構築すること。
  3. 万全な準備: 完全な医療記録一式を整え、十分な薬剤を確保し、適切な保険契約を結ぶこと。
  4. 常に安全を優先する姿勢: 自身の体に耳を傾け、適切な活動を選択し、感染症や怪我の予防策を真摯に実行すること。

正しい準備をすれば、旅行は単に可能なだけでなく、生活の質と精神を向上させる豊かで貴重な経験をもたらすことができます。それは、ITPが効果的に管理可能であり、患者が充実した活動的な生活を送ることを可能にするという証しです24

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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