小児科

見逃さないで、子どものSOS:児童虐待の早期発見と対応のための包括的ガイド

児童虐待は、個人の主観的な判断ではなく、法律によって明確に定義された、子どもの心身を深く傷つける行為です。この問題を理解し、適切に対応するためには、まずその法的枠組みと、日本社会における深刻な実態を正確に把握することが不可欠です。本稿では、厚生労働省の指針にも示されている1、「児童虐虐待の防止等に関する法律」に基づく虐待の4つの類型を詳述し2、最新の公式統計データを用いて、その現状を明らかにします。

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

  • 日本の現状を示す公式統計:こども家庭庁が発表した令和5年度の最新データに基づき、国内の児童虐待相談の現状を解説しています4
  • 専門家向け診療ガイドライン:日本小児科学会が作成した「子ども虐待診療の手引き」を基に、虐待を疑うべき身体的サインを医学的観点から詳述しています9
  • 法的根拠:本稿で解説する虐待の定義や通告義務は、すべて「児童虐待の防止等に関する法律」に基づいています3

要点まとめ

  • 児童虐待の判断基準は保護者の「意図」ではなく子どもへの「影響」であり、日本では年間22万件以上の相談が児童相談所に寄せられています14
  • 子どもの身体的サインを見極める上で、怪我の状態と保護者の説明との「不一致」や、通常は怪我をしにくい柔らかい部位のあざ、境界が明瞭なやけどは極めて重要な手がかりとなります79
  • 「虐待かもしれない」と感じたとき、確証は必要ありません。匿名で相談・通告できる全国共通ダイヤル「189」へためらわずに電話することが、子どもの命を守るための最も重要な行動です22

第1章 日本における児童虐待の全体像:法的定義と統計的実態

「これは厳しいしつけの範囲内だろうか」「家庭のことに口を出すべきではないかもしれない」。そんな風に、子どもの状況を心配しながらも、確信が持てずに悩む方は少なくありません。そのお気持ちは、とても自然なことです。しかし、児童虐待は個人の主観で判断されるものではなく、法律で明確に定義されています。科学的には、虐待は保護者の「意図」ではなく、その「行為」と子どもへの「影響」に基づいて判断される、と文部科学省も指摘しています2。「しつけ」と「虐待」の境界線は、道路の速度制限のようなものです。運転手が「安全運転のつもりだった」と感じていても、定められた速度を超えれば違反となるように、保護者の意図に関わらず、子どもの心身の安全という基準を超えた行為は「虐待」と見なされるのです。だからこそ、まずは法律で定められた4つの虐待類型と、日本で年間22万件以上の相談があるという事実を客観的に認識することから始めてみませんか。

1.1. 法的枠組み:児童虐待の4つの類型

日本における児童虐待への対応は、「児童虐待の防止等に関する法律」(通称:児童虐待防止法)を根幹としています。この法律の重要な点は、虐待を保護者の「意図」ではなく、その「行為」と子どもへの「影響」に基づいて定義していることです。これにより、「しつけ」という名目であっても、子どもの心身に有害な影響を及ぼす行為は虐待と見なされます12。同法第二条では、児童虐待を以下の4種類に分類しています3。これらの定義と具体例を正確に理解することは、虐待のサインを認識するための第一歩となります。

虐待の種類 法律上の定義(児童虐待防止法 第二条より) 具体例
身体的虐待 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。 殴る、蹴る、叩く、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などにより一室に拘束する など
性的虐待 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。 子どもへの性的行為、性的行為を見せる、性器を触る又は触らせる、ポルノグラフィの被写体にする など
ネグレクト 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。 家に閉じ込める、食事を与えない、ひどく不潔にする、自動車の中に放置する、重い病気になっても病院に連れて行かない など
心理的虐待 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。 言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(面前DV)、きょうだいに虐待行為を行う など

出典: 児童虐待の防止等に関する法律3、こども家庭庁「児童虐待防止対策」25を参考に作成。

1.2. 統計的実態:今日の日本における児童虐待

こども家庭庁および厚生労働省の最新データは、児童虐待が日本社会において深刻かつ拡大し続けている問題であることを示しています。全国の児童相談所が対応した児童虐待相談対応件数は年々増加の一途をたどり、過去最多を更新し続けています。令和5年度の総相談対応件数は225,509件でした。「こども家庭庁, 2025, 統計」4。この増加は、社会全体の関心の高まりや通告義務に対する意識の向上も背景にあると考えられますが、依然として多くの子供たちが苦しんでいるという現実は揺るぎません。

項目 データ
総相談対応件数 225,509件4
虐待の種類別割合  
心理的虐待 134,948件 (59.8%)4
身体的虐待 51,623件 (22.9%)4
ネグレクト 36,465件 (16.2%)4
性的虐待 2,473件 (1.1%)5
被虐待児の年齢構成 小学生が最多 (35.1%)。小学校入学前の子どもの合計が42.1%を占める5
主たる虐待者 実母: 48.7%、実父: 42.3%5

出典: こども家庭庁 令和5年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数4、厚生労働省 令和4年度福祉行政報告例5を参考に作成。

これらの数字の中で、心理的虐待の割合が約6割と突出して高い背景には、警察がドメスティック・バイオレンス(DV)事案に対応した際、その場に子どもがいる場合を「面前DV」として積極的に児童相談所に通告するようになったことが大きく影響しています。「こども家庭庁, 2025, 統計」4。また、主たる虐待者が「実母」最多であるというデータは、単に母親個人を非難するのではなく、多くの家庭で母親が育児の主たる担い手であることや、孤立した育児環境、経済的困窮といった社会構造的な課題が背景にあると理解することが重要です6

このセクションの要点

  • 児童虐待は、保護者の「しつけ」という意図ではなく、子どもの心身に有害な影響を及ぼす「行為」そのものによって法律で定義されています。
  • 日本の児童虐待相談件数は年間22万件を超え、その約6割を面前DVを含む心理的虐待が占めています。

第2章 子どもの身体的サイン:傷に隠されたSOSを読み解く臨床的視点

活発な子どもの体に、あざや擦り傷はつきものです。「これはただ遊んでいてできた怪我だろう」と思いつつも、心のどこかで引っかかる。そんな経験はありませんか。偶発的な怪我か、意図的なものかを見分けるのは、時に専門家でさえ難しいものです。しかし、そこにはいくつかの重要な判断基準が存在します。科学的には、身体的虐待の診断で最も重要な原則は「不一致」であるとされています。「日本小児科学会, 2022, ガイドライン」9。虐待のサインを見つけるのは、経験豊富な庭師が植物の異常を見抜くのに似ています。庭師は、単に葉が黄色いことだけでなく、その黄色くなる場所、時期、土の状態など複数の情報を組み合わせ、「これは単なる水不足ではなく、根の病気かもしれない」と判断します。同様に、私たちは傷そのものだけでなく、場所や形、保護者の説明といった全体像から「これは普通の怪我ではないかもしれない」という危険信号を察知するのです。だからこそ、まずはアザのできやすい「場所」や「形」、火傷の「境界線」など、虐待を強く示唆するサインを学び、見分ける目を養いましょう。

2.1. 「不一致」の原則:身体的所見の評価における核心

身体的虐待の診断において最も重要な原則は「不一致(Inconsistency)」です。これは、以下の3つの要素間に矛盾がある状態を指し、厚生労働省の手引きでも強調されています7

  • 損傷と説明の不一致: 保護者が説明する怪我の原因と、実際の傷の状態が医学的に合致しない。
  • 損傷と発達段階の不一致: 子どもの年齢や発達段階では起こり得ないはずの怪我を負っている。例えば、まだ寝返りもできない乳児が「ベッドから落ちて骨折した」という説明は極めて疑わしいと言えます8
  • 受診行動の不一致: 怪我の重症度にもかかわらず、医療機関への受診が不当に遅れている7

これらの「不一致」に気づくことが、見過ごされがちな虐待を発見するための鍵となります。

2.2. あざ(内出血)、やけど(熱傷)、骨折の要注意サイン

子どもの怪我の中でも、特に注意深く観察すべきサインがあります。日本小児科学会の診療手引きでは、以下のような所見が虐待を示唆するとしています9

  • あざ(内出血): 偶発的なあざは膝や額など骨の突出部に多いのに対し、腹部、背中、臀部、耳、首など、通常はぶつけにくい柔らかい部位にあるあざは要注意です。また、手形、ベルト状、噛み跡など、暴行に使われた物の形を反映する「パターン痕」や、様々な色のあざが混在している場合(繰り返し暴行を示唆)は、極めて重要なサインです。
  • やけど(熱傷): 熱湯に手足や臀部を無理やりつけられた結果生じることが多く、境界が非常に明瞭で「手袋状」や「靴下状」になる特徴があります。タバコの火を押し付けた円形の熱傷や、アイロンの形をした熱傷も、虐待を強く疑うべき所見です10
  • 骨折と頭部外傷: 特に乳幼児期において、日常生活では起こりにくい特定の骨折(後方肋骨骨折など)は虐待に特異的とされます9。また、乳幼児を激しく揺さぶることで脳や眼に出血をきたす虐待による頭部外傷(AHT)は、身体的虐待による死亡の最大の原因であり、最も深刻な兆候です11
損傷の種類 偶発的な怪我の典型的な特徴 虐待が強く疑われる特徴
あざ(内出血) 骨の突起部(膝、すね、額)に見られる。単発的。 柔らかい部位(背中、臀部、耳、首)に見られる。殴打具の形(パターン痕)をしている。様々な治癒段階のあざが混在する。
やけど(熱傷) 不規則な形状で、しぶき(スプラッシュマーク)を伴う。 境界が明瞭。「手袋状」「靴下状」の分布。タバコやアイロンなどのパターン痕がある。
骨折 鎖骨骨折や単純な長管骨骨折など、説明可能な外力によるもの。 乳幼児における原因不明の骨折。肋骨(特に後方)、骨幹端、胸骨、肩甲骨の骨折。治癒段階の異なる複数の骨折。

受診の目安と注意すべきサイン

  • 腹部、背中、耳、首など、通常は怪我をしにくい柔らかい部位にあざがある。
  • 手形、ベルト状、噛み跡など、明らかに物の形をしたあざ(パターン痕)がある。
  • 境界がはっきりした「手袋状」「靴下状」のやけど、またはタバコの火のような円形のやけどがある。
  • 乳幼児に原因不明の骨折が疑われる。
  • 保護者の怪我の説明が曖昧であったり、矛盾していたり、受診が不自然に遅れていると感じる場合。

第3章 子どもの見えない心の傷:行動・情緒・発達面のサイン

「あの子、最近なんだか様子がおかしい。急に乱暴になったり、逆にまったく喋らなくなったり…」。子どもの心は、目に見える傷がなくても深く傷ついていることがあります。そのSOSは、行動の変化として現れることが少なくありません。その気持ちの変化に気づくことは、非常に重要です。科学的には、虐待によるトラウマへの反応は多様であり、最も注意すべきは子どもの普段の様子からの「急激な変化」であると専門家は指摘しています1214。子どもの心の状態は天気のようなものです。普段晴れの日が多い子が、何日も激しい嵐(攻撃性)や濃い霧(引きこもり)に覆われているなら、それは単なる気まぐれではなく、大きな気圧の変化、つまり深刻なストレスが起きているサインかもしれません。だからこそ、過剰な警戒心、年齢不相応な行動、学習意欲の低下など、行動や情緒、発達面のサインに気づけるようになりましょう。

3.1. 情緒および行動面のサイン

最も注意すべきは、子どもの普段の様子からの「急激な変化」です。以下のようなサインが複数見られる場合は、深刻な問題が背景にある可能性を示唆します。

  • 恐怖と不安の表出: 常に周囲を警戒しびくびくしている、大人が急に手を挙げただけで身をすくめ頭をかばうような防御姿勢をとる13
  • 極端または不適切な行動: 他の子どもや動物に攻撃的になる、あるいは表情が乏しく無気力になる。初対面の大人に過度になれなれしいなど、不適切な愛着行動が見られる。
  • 学校生活における問題: 集中力の欠如や成績の急な悪化、理由の不明確な遅刻や欠席が頻繁に見られる12。家に帰りたがらない。

3.2. ネグレクトと性的虐待に特有のサイン

特定の虐待類型では、より特徴的なサインが現れることがあります。

  • ネグレクトに特有のサイン: 季節や気温に合わない不潔な衣服、強い体臭、年齢相応の身長や体重に達していない(発育不全)108。治療されていない重度の虫歯。常に空腹を訴え、食べ物に異常な執着を見せる12
  • 性的虐待に特有のサイン: 年齢不相応な性的知識や言動が見られる16。歩いたり座ったりするのを痛がる、性器や肛門のかゆみや痛みを訴える15。急に始まったおねしょ(夜尿の再発)。

受診の目安と注意すべきサイン

  • 大人の特定の動きに対して、過剰におびえたり、身を守るような姿勢をとる。
  • 年齢にそぐわない性的な言動や知識が繰り返し見られる。
  • 常にひどく汚れた服を着ていたり、空腹を訴えたりするなど、基本的な世話がされていない様子が見られる。
  • 理由がはっきりしないまま、学校を頻繁に休んだり、家に帰りたがらない様子が続く場合。

第4章 環境が語る証拠:保護者と家庭に見られるサイン

保護者の言動にどこか違和感を覚えるけれど、他人の家庭のことにどこまで踏み込んでよいものか、迷うことは当然です。家庭内の問題は非常にデリケートだからです。しかし、子どもの安全を守るためには、保護者や家庭環境が発するサインにも目を向ける必要があります。科学的には、保護者が見せる矛盾した説明や不自然な受診行動は、単なる嘘ではなく、「子どもの治療を求める必要性」と「虐待の発覚への恐怖」という、保護者自身の深刻な内的葛藤の表れと理解されています。この葛藤を理解することが、非難ではなく支援へとつなげる第一歩となります。だからこそ、怪我の説明の矛盾、受診の遅れ、社会からの孤立など、家庭内に困難があることを示す保護者のサインを冷静に観察してみましょう。

4.1. 保護者の言動とリスク要因

子どもの状態だけでなく、保護者の言動や置かれている状況も、虐待の可能性を評価する上で重要な情報源となります。

  • 子どもへの態度: 子どもの怪我や健康状態に無関心に見える、子どものことを一貫して否定的な言葉で表現する210
  • 専門家との関わり方: 子どもの怪我の説明が曖昧・矛盾する17、受診を不当に遅らせる7、質問に過度に攻撃的になる18、家庭訪問を拒否するなど社会から孤立しようとする10
  • 保護者自身のリスク要因: これ自体は虐待の証拠ではありませんが、保護者自身の被虐待体験18、未治療の精神疾患や依存症、DV、経済的困窮と社会的孤立19などが複数重なる場合、虐待が発生するリスクは高まります。

受診の目安と注意すべきサイン

  • 子どもの怪我について、保護者の説明が曖-昧であったり、話すたびに変わったりする。
  • 明らかな怪我や病気があるにもかかわらず、医療機関への受診を不当に遅らせているように見える。
  • 学校行事に参加しない、家庭訪問を拒否するなど、家庭が社会から極端に孤立している様子が見られる。
  • 子どもの前で、日常的に夫婦喧嘩や家族への暴力(面前DV)がある。

第5章 統合的評価フレームワーク:虐待のサインを捉えるためのチェックリスト

これまで見てきた様々なサインについて、「情報が多すぎて、いざという時に何をどう見ればいいか分からなくなりそうだ」と感じたかもしれません。多くの情報を整理し、実践的に使うのは難しいものです。そこで、このチェックリストは、虐待の最終診断を下すためのものではなく、あなたの漠然とした懸念を具体的な観察項目に落とし込み、専門家へ相談する際の「橋渡し」として機能するように設計されています。一つのサインだけで判断するのではなく、複数の領域にわたる危険信号のパターンを認識することが重要です。この包括的なチェックリストを使い、身体、行動、環境の各側面から、懸念点を客観的に評価してみましょう。

注意:一つの項目だけで虐待と判断するのではなく、複数の項目に当てはまる場合に、子どもの安全への懸念が高まると考えてください。

包括的チェックリスト

【身体的虐待のサイン】

  • ☐ 転びやすい箇所以外(腹部、背中、耳、首など)にあざがある
  • ☐ 手形、ベルト状、噛み跡など、物の形をしたあざ(パターン痕)がある
  • ☐ 様々な治癒段階(色)のあざが混在している
  • ☐ 手袋状、靴下状など、境界が明瞭なやけどがある
  • ☐ タバコの火を押し付けたような円形のやけどがある
  • ☐ 原因不明の骨折、特に乳幼児の骨折
  • ☐ 大人の急な動きにおびえ、身をすくめる
  • ☐ 怪我の説明が曖昧、矛盾している、または子どもの発達段階と合わない

【ネグレクトのサイン】

  • ☐ 季節に合わない、またはひどく汚れた衣服を常に着ている
  • ☐ 強い体臭がする、入浴していない様子が見られる
  • ☐ 年齢に比して身長や体重が著しく小さい(成長障害)
  • ☐ 治療されていない重度の虫歯や皮膚疾患がある
  • ☐ 常に空腹を訴える、食べ物に異常な執着を見せる
  • ☐ 無断欠席や遅刻が多い
  • ☐ 乳幼児健診や予防接種を受けさせていない

【性的虐待のサイン】】

  • ☐ 性器や肛門周辺の痛み、かゆみ、出血を訴える
  • ☐ 歩いたり座ったりするのを痛がる
  • ☐ 年齢不相応な性的な言動や知識が見られる
  • ☐ 特定の大人との接触を極端に嫌がる、怖がる
  • ☐ 急に始まったおねしょ(夜尿)や悪夢
  • ☐ お風呂や着替えを異常に嫌がる

【心理的虐待のサイン】

  • ☐ 常に保護者の顔色をうかがっている
  • ☐ 自分を傷つける(自傷行為)、または「死にたい」などの言動がある
  • ☐ 子どもの前で、日常的に夫婦喧嘩や家族への暴力(面前DV)がある
  • ☐ 人前で子どもを罵倒したり、自尊心を傷つける言動を繰り返す

今日から始められること

  • このチェックリストを参考に、気になる子どもの様子について、具体的な事実(いつ、どこで、何を、どのように)を客観的に記録しておきましょう。
  • 複数の項目に当てはまる場合は、一人で抱え込まず、次の章で紹介する専門機関に相談することを検討してください。

第6章 疑いから行動へ:通告制度の理解とあなたの役割

「もし、自分の勘違いだったらどうしよう」「通告したことが知られて、あの家族を壊してしまったら…」。虐待かもしれない、と感じたとき、行動をためらわせる不安や恐れは、誰にでも起こりうる自然な感情です。そのお気持ちは、決して間違っていません。しかし、あなたを守り、そして何より子どもを救うための社会的な仕組みが、すでに用意されています。科学的根拠、というより法的な根拠として、児童虐待防止法は虐待の疑いを発見した者すべてに通告する「義務」を課しており、その通告者の匿名性は法律で固く守られています820。通告は、家庭を罰するための「告発」ではなく、困難を抱える親子に支援を届けるための「連携」の第一歩なのです。だからこそ、ためらわずに児童相談所虐待対応ダイヤル「189」に電話することが、子どもの命を救う最も確実な一歩になります。

6.1. 通告は国民の義務であり、秘密は守られる

「児童虐待の防止等に関する法律」第六条は、虐待を受けたと思われる児童を発見した者すべてに、速やかに児童相談所または市町村に通告する「義務」を課しています。これは「国民の義務」です8。特に、医師や教職員など守秘義務を負う専門職であっても、この通告義務が優先されると法律で明確に定められています20。子どもの生命と安全を守ることが、いかなる職務上の秘密保持よりも優先されるのです。

6.2. 命をつなぐ電話:児童相談所虐待対応ダイヤル「189」

「虐待かもしれない」と思ったときに、誰でも、いつでも、ためらわずに相談・通告できる窓口が、全国共通ダイヤル「189(いちはやく)」です。こども家庭庁が管轄するこのダイヤルは、24時間365日対応しており、通話料は無料です21

  • 匿名性と秘密保持: 通告は匿名で行うことができます。また、通告者の情報が外部に漏れることは法律で固く禁じられており、児童相談所が保護者などに通告者を知らせることは決してありません20
  • 確信は不要: 通告する際に、虐待であるという「確証」は必要ありません。「虐待かもしれない」という合理的な疑いがあれば、それで十分です22。判断や調査は専門家が行います。

6.3. 通告のその後:支援へのプロセス

通告が「家庭を壊す」行為なのではないか、という不安は根強いものです。しかし、児童相談所の対応の第一目的は、子どもの安全を確保した上で、困難を抱える家庭を支援し、親子の再統合を目指すことにあります23。通告を受けると、児童相談所は原則48時間以内に安全確認を行い24、調査を経て、その家庭に最も適切な支援(保護者へのカウンセリング、子どもの一時保護など)を開始します。

今日から始められること

  • スマートフォンや手帳に、児童相談所虐待対応ダイヤル「189」を登録しておきましょう。
  • 「虐待かも」と感じる場面に遭遇したら、その場で確証を得ようとせず、まずは安全な場所から「189」に電話することを思い出してください。
  • 通告は罰ではなく「支援の始まり」であること、そしてあなたのプライバシーは法律で守られていることを心に留めておきましょう。

よくある質問

「しつけ」と「虐待」の具体的な違いは何ですか?

法律上の最も大きな違いは、保護者の「意図」ではなく、その行為が子どもの心身に有害な「影響」を与えているかどうかです12。例えば、「しつけ」として叩いたつもりでも、子どもに恐怖心や身体的な苦痛を与え、健全な発達を妨げるものであれば、それは「身体的虐待」や「心理的虐待」と見なされます。

通告したら、その家族を壊してしまうことになりませんか?

そのように心配されるお気持ちはよく分かります。しかし、児童相談所の第一の目的は罰することではなく、困難を抱える家庭を支援し、子どもの安全を確保した上で、再び親子が健やかに暮らせるように手助けすることです23。通告は、専門的な支援を開始するための重要なきっかけとなります。

もし通告が間違っていたら、責任を問われますか?

いいえ、責任を問われることはありません。虐待の事実があったかどうかを最終的に判断するのは児童相談所の役割です。「虐待かもしれない」という善意に基づく通告であれば、結果的に虐待の事実がなかったとしても、通告者が責められることはありません22

匿名で通告できますか?個人情報は守られますか?

はい、完全に匿名で通告することが可能です。また、もし連絡先などを伝えた場合でも、児童相談所には厳しい守秘義務があり、あなたの個人情報が外部に漏れることは法律で固く禁じられています。誰が通告したかを保護者などに知らせることは決してありません2021

結論

児童虐待のサインは、時に明白な傷として、時に微細な行動の変化として、子どもの心と身体に刻まれます。本稿で詳述したように、これらのサインは身体的所見から行動的特徴、家庭環境まで多岐にわたります。一つの兆候だけで虐待と断定することはできませんが、怪我の状態と保護者の説明との「不一致」や、子どもの普段の様子からの「急激な変化」といった複数の危険信号が「パターン」として認識されたとき、それは見過ごすことのできない子どものSOSです。令和5年度に22万件を超える相談が寄せられたという事実は、児童虐待が日本のあらゆる地域で起こりうる身近な問題であることを示しています。「虐待かもしれない」と感じたときのあなたの行動が、子どもを危険から救い、困難を抱える家族に支援を届ける最初の、そして最も重要な一歩となります。全国共通ダイヤル「189」は、そのための安全で確実な窓口です。確信は必要ありません。あなたの懸念を専門家につなぐこと、それ自体が子どもを守るための決定的な行動なのです。

免責事項

本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

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  19. 奈良県. 児童虐待の基本的理解 [インターネット]. [引用日: 2025-09-17]. https://www.pref.nara.jp/21721.htm
  20. 警察庁. 2. 支援に携わる際の留意事項 2-2 被害類型別特徴と対応上の注意点 [インターネット]. [引用日: 2025-09-17]. https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/shien/handbook/html/2-2-7.html
  21. こども家庭庁. 児童相談所虐待対応ダイヤル「189」について [インターネット]. [引用日: 2025-09-17]. https://www.cfa.go.jp/policies/jidougyakutai/gyakutai-taiou-dial
  22. オレンジリボン運動. 189(イチハヤク)通告・相談ガイド [インターネット]. [引用日: 2025-09-17]. https://www.orangeribbon.jp/guide/
  23. 認定NPO法人3keys. 虐待発覚後、子どもはどうなるの?〜「保護」されても安心できない実情 [インターネット]. [引用日: 2025-09-17]. https://3keys.jp/issue/a06/
  24. 柏崎市. 3 虐待相談・通告後の対応及び支援の流れ [インターネット]. [引用日: 2025-09-17]. https://www.city.kashiwazaki.lg.jp/material/files/group/25/1805082125.pdf
  25. こども家庭庁. 児童虐待防止対策 [インターネット]. [引用日: 2025-09-17]. https://www.cfa.go.jp/policies/jidougyakutai

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