はじめに
慢性的に進行する腎臓の機能低下、いわゆる慢性腎不全(慢性腎臓病、CKD)は、初期段階では自覚症状が乏しいまま静かに進行していきます。そのため、腎臓に何らかのダメージがあっても気づかずに放置してしまい、深刻な合併症へと至る恐れがあります。実際に、高齢者だけでなく若年層でも生活習慣の変化や既往疾患により腎機能が落ちているケースも少なくありません。腎臓は体内の老廃物や余分な水分を排出し、電解質のバランスを整えるなど重要な役割を担っているため、腎機能が落ちると全身の健康に影響が及びます。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
本稿では、慢性腎不全の兆候や主な原因、進行に伴う合併症、そして早期発見・予防のポイントまでを詳しく解説します。さらに、腎臓に負担をかける生活習慣、進行度合いに応じた一般的な管理法などについても言及し、日常生活で役立つ情報を幅広く取り上げます。
専門家への相談
本記事の内容は、腎臓疾患や慢性腎臓病(CKD)に関する基礎的な情報および国際的に認められている各種ガイドライン、学会報告などをもとにしています。また、本稿に登場する医師としては、記事中で言及されているBác sĩ Nguyễn Thường Hanh(内科・総合内科)からのアドバイス・コメントをもとに、腎臓病全般について分かりやすくまとめています。ただし、実際の診断・治療方針は個々人の健康状態や背景疾患などに大きく左右されるため、医師の診察や検査に基づいた判断が最も重要です。
慢性腎不全(慢性腎臓病)の主な症状
初期段階の特徴
慢性腎不全は、最初のうちはほとんど目立った症状が出ないことが多いです。そのため「腎臓が悪くなるとすぐにむくみが出る」などと思われがちですが、実際には軽微な症状から徐々に進行し、気づいたときには腎機能の低下がある程度進んでしまっているケースが少なくありません。初期段階では主に以下のような状態が散見されます。
- だるさや疲労感
- 眠りが浅い、または寝つきが悪い
- 尿の回数・量の変化(やや増加または軽度の減少など)
こうした症状は日常生活のストレスや疲労、加齢など、さまざまな要因でも起こりうるため、自覚症状だけでは腎臓が原因とは断定しにくいのが現状です。
進行すると現れやすい症状
腎機能のさらなる低下に伴って、以下のような症状が見られることがあります。
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血圧上昇(高血圧)
腎臓は体内の水分と塩分のバランスを調整しているため、腎機能が低下すると体内に余分な水分がたまり、高血圧を引き起こしやすくなります。 -
全身の倦怠感と集中力の低下
老廃物や余分な毒素がうまく排出されないことで、日中の強い疲労感や集中力の低下、物忘れなどを感じることがあります。 -
睡眠障害
身体のむくみや不快感、ホルモンバランスの乱れなどにより、睡眠の質が低下します。 -
浮腫(むくみ)
特に足首やふくらはぎなど下肢から始まり、症状が進むと全身に及ぶケースもあります。朝起きたときのまぶたや顔のむくみにも注意が必要です。 -
食欲不振や体重減少
体に蓄積した老廃物による吐き気や嘔吐、味覚の異常などが食欲低下につながる場合があります。 -
筋肉のけいれんやこむら返り
電解質バランスの乱れによって筋肉が異常に収縮しやすくなり、こむら返りが頻繁に起きることがあります。 -
皮膚のかゆみ
血液中の老廃物濃度が高まることでかゆみを感じやすくなります。 -
尿の色やにおいの変化、頻尿や血尿
何らかの異常が生じると、尿の色やにおいが通常とは違う形で表出する場合があります。血尿が見られる場合は、早めの受診が必要です。
これらの症状はほかの病気でもよくみられるため、早期発見を遅らせる原因にもなります。腎臓病のリスクが高い背景(糖尿病や高血圧など)をお持ちの方は、こうした症状が表れたときに早めに医療機関で相談することが大切です。
慢性腎臓病の主な原因
高血圧と糖尿病
慢性腎臓病の原因として最も頻度が高いのが、高血圧と糖尿病です。
- 高血圧: 血圧が長期間高い状態が続くと、腎臓に負荷がかかり、糸球体や血管にダメージが蓄積します。コントロール不良の高血圧は腎機能を加速度的に低下させる大きな要因です。
- 糖尿病(特に2型糖尿病): 血糖値が持続的に高いと、腎臓のろ過機能を担う糸球体が損傷されます。これは糖尿病性腎症と呼ばれる状態で、慢性腎臓病の原因の約3〜4割を占めるといわれています。
生活習慣や基礎疾患によるもの
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心疾患
心臓と腎臓は血液循環を介して相互に影響を及ぼし合います。心疾患があると血液の流れや血圧調整に悪影響が及び、腎臓への負荷が増大しがちです。 -
肥満と運動不足
日本でも肥満の若年化が指摘されており、運動不足や過度なカロリー摂取によって肥満度が高まると、糖尿病や高血圧を引き起こしやすく、その結果腎機能の低下リスクが増すと考えられています。 -
喫煙や過度の飲酒
血管収縮作用や血行障害によって腎臓の血流が低下するリスクがあり、慢性的に腎機能が損なわれる可能性があります。 -
遺伝的要因
家族に腎臓病や高血圧、糖尿病などが多いとリスクが高まる場合があります。 -
自己免疫疾患や炎症性疾患
たとえばループス(全身性エリテマトーデス)による腎炎、慢性の糸球体腎炎など。こうした疾患が長期間にわたって腎臓を蝕むケースもみられます。 -
多嚢胞性腎疾患(多発性嚢胞腎)
遺伝的要因で腎臓内に多数の嚢胞が生じ、腎機能をじわじわと低下させます。 -
使用薬剤の影響
一部の鎮痛薬やサプリメントなどを長期・過剰に使用することで腎臓に負荷をかける場合があります。
慢性腎不全の合併症
慢性腎臓病が進むと、単に腎機能が落ちるだけでなく、以下のような合併症や二次的問題を引き起こすリスクが高まります。
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高血圧の悪化
腎機能低下が高血圧を引き起こし、高血圧がさらに腎機能を悪化させるという悪循環に陥りやすいです。 -
心血管疾患
腎機能が低下すると、動脈硬化が進行しやすくなり、虚血性心疾患や脳梗塞などのリスクが上昇します。 -
貧血
腎臓が作り出すエリスロポエチン(赤血球生成を促すホルモン)の分泌が減り、血中の赤血球数が低下して貧血を起こします。倦怠感や息切れが強まる原因にもなります。 -
骨・ミネラル代謝異常
血中のリンやカルシウムバランスが乱れ、骨密度が低下して骨がもろくなるほか、血管の石灰化が進む場合があります。 -
免疫力低下
全身の栄養バランスが崩れやすくなることで、感染症にかかりやすくなる傾向があります。 -
電解質異常
ナトリウム(塩分)やカリウム濃度が異常になると、不整脈やけいれん、さらなる浮腫などを引き起こす可能性があります。 -
末期腎不全(腎不全末期)
腎機能がほとんど働かなくなった状態で、血液透析や腹膜透析、あるいは腎移植がなければ生命維持が極めて困難になります。
早期診断と受診のタイミング
慢性腎不全は自覚症状に乏しく、気づいたときにはすでに腎機能がかなり落ちていることもあります。以下のような兆候があれば、できるだけ早く病院やクリニックで検査を受けることが大切です。
- 血液や尿検査で何らかの異常が指摘された
- 尿に血が混じる(血尿)
- むくみが続く、急激に体重が増加または減少する
- 持病の高血圧や糖尿病が悪化していると感じる
- 夜間頻尿や尿の色の変化が気になる
日本では定期健康診断で血清クレアチニン値や蛋白尿のスクリーニングが行われるケースが多く、早い段階で異常を察知できる可能性があります。疑わしい所見があれば積極的に腎臓内科などの専門科を受診することが望ましいです。
慢性腎不全を防ぐための日常生活のポイント
1. 適切な食事管理
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塩分制限
高血圧の予防と進行抑制のため、塩分摂取を控えることが基本です。日本人の食生活は塩分が多くなりがちなので、醤油や味噌などの調味料の使いすぎに注意が必要です。 -
タンパク質の適正摂取
たんぱく質は筋肉や組織をつくる重要な栄養ですが、摂りすぎると老廃物生成が増え腎臓に負担がかかります。腎機能低下時には、医師や管理栄養士の指導のもと、たんぱく質量を調整することが推奨されます。 -
カリウムやリンの管理
野菜や果物、乳製品などの摂り方は腎機能の状態によって適切に調整します。カリウム制限が必要な場合、野菜を下茹でするなどの工夫が大切です。
2. 定期的な運動と体重管理
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適度な運動習慣
ウォーキングや軽い筋力トレーニング、ストレッチなどの適度な運動は血圧のコントロールや体重管理に効果的です。 -
肥満予防
過剰な体重増加は高血圧や糖尿病リスクを高め、腎臓への負荷を増やします。食事と運動の両面で体重管理に取り組みましょう。
3. 禁煙と節酒
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喫煙
血管収縮と血流障害を引き起こし、腎臓のろ過機能を損なうため、可能であれば禁煙を強く推奨します。 -
飲酒
過度のアルコール摂取は血圧上昇や脱水状態を招き、腎機能を不安定にします。適度な量を守り、できる限り控えめにすることが望ましいです。
4. 適切な薬剤の使用と定期検診
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薬剤の乱用を避ける
一部の鎮痛薬(NSAIDsなど)は腎機能を悪化させるリスクがあります。市販薬でも長期服用は避け、医師や薬剤師に相談してから使用しましょう。 -
定期的な健康診断
血液検査や尿検査を通して、クレアチニン、尿素窒素(BUN)、推算糸球体濾過量(eGFR)などを定期的にチェックし、腎臓の状態を把握することが大切です。
末期腎不全(腎不全末期)の治療選択
腎機能が著しく低下し、末期腎不全に至った場合、以下のような治療法が検討されます。
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血液透析
週に数回、人工透析装置を使って血液中の老廃物や余分な水分をろ過する治療。通院で行うか、自宅で行う在宅血液透析を選択する場合もあります。 -
腹膜透析
自分の腹膜をフィルター代わりに使って老廃物を排出させる方法。自宅で日常生活を送りながら行うことが可能ですが、手技の習得や管理が必要です。 -
腎移植
ドナーから健康な腎臓を移植することで腎機能を取り戻す選択肢。ただし移植可能なドナーの確保や拒絶反応予防のための免疫抑制剤管理など、クリアすべき課題があります。
腎移植や透析を行ったとしても、普段の生活習慣や合併症の有無によって予後は大きく変わります。Bác sĩ Nguyễn Thường Hanh(内科・総合内科)によれば、「慢性腎不全は早期発見・早期治療で進行を遅らせることができるため、定期健診や疑わしい症状がある場合の迅速な受診が非常に重要」とのことです。
最新の研究動向と日本での適用性
近年、慢性腎臓病(CKD)の進行を遅らせるために、新たな薬剤や生活習慣介入法に関する研究が数多く行われています。実際、日本でもSGLT2阻害薬やミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)を活用した新たな治療戦略が取り入れられ、腎機能の維持や心血管リスクの抑制に一定の成果を示すケースが報告されています。
たとえば、2020年にNew England Journal of Medicineで発表されたDAPA-CKD試験(doi:10.1056/NEJMoa2024816)では、SGLT2阻害薬であるダパグリフロジンを用いた治療が、慢性腎臓病患者の腎機能悪化や心不全入院リスクを有意に低減させたと報告されています。この研究は世界各国の複数の医療機関で行われ、糖尿病の有無を問わず幅広いCKD患者に適用可能な可能性を示唆しました。日本でも対象となる患者が多く、実臨床への応用が進んでいます。
また、2020年にNew England Journal of Medicineに掲載されたFIDELIO-DKD試験(doi:10.1056/NEJMoa2025845)では、フィネレノン(新規の選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)が2型糖尿病を合併したCKD患者の腎アウトカムと心血管イベントを改善する結果が示されました。こちらも日本を含む多数の国・地域で実施された大規模研究であり、実社会での応用が期待されています。
さらに、Kidney Disease: Improving Global Outcomes(KDIGO) 2021 Clinical Practice Guideline for the Management of Blood Pressure in Chronic Kidney Disease(Kidney International, 99(6), S1-S87, doi:10.1016/j.kint.2020.10.026) では、CKD患者の血圧目標や降圧薬の選択に関する推奨事項が最新のエビデンスを基にアップデートされています。高血圧とCKDの管理が密接に関連する日本においても、こうしたガイドラインの内容が診療現場で取り入れられ始めています。
このように、近年のエビデンスに基づく治療法の進展は、慢性腎臓病患者の生活の質や生命予後の改善につながると期待されています。ただし、薬剤の効果は個人差が大きく、自己判断での薬剤変更などは危険を伴います。日本人を対象にしたエビデンスは徐々に増えているものの、最終的には主治医の判断に基づき、個々人の病状や合併症の有無を総合的に考慮しながら治療方針を決定することが肝要です。
予防と進行抑制のための実践ポイント
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高血圧や糖尿病の管理
定期的な血圧測定や血糖値測定を行い、数値の乱れがあれば直ちに医師へ相談することが推奨されます。生活習慣の改善だけでなく、必要に応じて薬物治療も行います。 -
適切な体重・体脂肪率の維持
肥満は腎機能を悪化させるリスク因子の1つです。食事療法や適度な運動による体重コントロールは、腎臓だけでなく心血管の健康にも良い影響を与えます。 -
塩分・水分のバランスに注意
腎機能が悪化すると水分代謝にも影響が出るため、主治医から水分制限や塩分制限の指示を受ける場合があります。日常的に摂る飲料や加工食品の塩分量を確認し、摂取量を調整しましょう。 -
医師の指示に基づく定期検査
血液検査や尿検査、画像検査などを定期的に受けることで、腎機能低下の早期兆候や合併症のリスクをいち早く見つけられます。 -
喫煙の中止と飲酒量の制限
たばこは血管障害を促進し、腎臓への血流を低下させます。飲酒も高血圧や体重増加に直結するため、習慣的な飲酒はできる限り控えましょう。
結論と提言
慢性腎不全(慢性腎臓病)は、初期段階での症状が乏しく、気づかぬうちに腎機能が着実に落ちていく病態です。高血圧や糖尿病などの背景疾患の管理を含め、日常生活での食事・運動・ストレスコントロールなど複合的な取り組みが腎臓の健康を維持するうえで不可欠となります。本記事で紹介した症状や原因、合併症、予防法などを把握することで、早期発見のチャンスを逃さず、進行を遅らせることが期待できます。特に以下のポイントが重要です。
- 定期的な健康診断や検査で、腎機能(eGFRや尿蛋白など)を把握する
- 高血圧や糖尿病の管理を徹底し、目標数値を守る
- 喫煙や過度な飲酒を避ける
- 塩分摂取を抑制し、適切なたんぱく質やエネルギー量をとる
- 自己判断での薬剤乱用や無理なサプリ摂取を控える
- 体調の変化があれば早めに医療機関へ相談し、適切な治療と生活指導を受ける
腎臓の機能が低下すると、心血管系から骨の健康まで全身にわたる影響が生じやすくなります。しかし、近年はSGLT2阻害薬やミネラルコルチコイド受容体拮抗薬など新しい薬剤の有効性が明らかになるなど、治療の選択肢やエビデンスが増えてきました。日本人においても大規模な臨床研究が行われるようになり、個別化医療への道が少しずつ開けてきています。とはいえ、最善の方法は主治医の指導のもと、ご自身の健康状態に合った対策を早めに講じることです。
本記事で紹介した内容は、あくまでも一般的な情報提供を目的としたものであり、医学的な診断や治療方針を代替するものではありません。個々の病状や合併症の有無によって最適なアプローチは異なりますので、必ず医師などの専門家に相談するようにしてください。
重要なお知らせ
この記事は参考情報として作成されたものであり、専門家による正式な医療アドバイスの代わりにはなりません。症状や治療方針について疑問がある場合は、必ず医師などの有資格医療専門家に相談してください。
参考文献
- Kidney Disease Warning Signs. アクセス日: 2019年1月30日
- About Chronic Kidney Disease. アクセス日: 2019年1月30日
- Kidney Failure (ESRD) Causes, Symptoms, & Treatments. アクセス日: 2019年1月30日
- DAPA-CKD trial: Heerspink HJL, et al. “Dapagliflozin in Patients with Chronic Kidney Disease.”
New England Journal of Medicine 2020; 383:1436-1446. doi:10.1056/NEJMoa2024816 - FIDELIO-DKD trial: Bakris GL, et al. “Effect of Finerenone on Chronic Kidney Disease Outcomes in Type 2 Diabetes.”
New England Journal of Medicine 2020; 383:2219-2229. doi:10.1056/NEJMoa2025845 - Kidney Disease: Improving Global Outcomes (KDIGO) 2021 Clinical Practice Guideline for the Management of Blood Pressure in Chronic Kidney Disease.
Kidney International, 99(6), S1-S87. doi:10.1016/j.kint.2020.10.026