放置は危険?斜めに生えた親知らずの抜歯、判断基準を専門医が科学的根拠で徹底解説
口腔の健康

放置は危険?斜めに生えた親知らずの抜歯、判断基準を専門医が科学的根拠で徹底解説

「親知らず、抜いた方がいいのかな…」「斜めに生えているけど、様子を見ていても大丈夫だろうか?」多くの方が、顎の最も奥に生えるこの歯について、一度はこのような疑問や不安を抱いたことがあるのではないでしょうか。痛みや腫れといった直接的な症状がなくとも、歯科医師から抜歯を勧められ、決断をためらっている方も少なくないはずです。そのお気持ち、非常によく分かります。行動を起こすことへの恐怖(手術の痛みや費用)と、行動しないことへの恐怖(将来起こりうる深刻な問題)との間で、私たちは板挟みになってしまうのです。この記事は、そのようなあなたの「不確実な状態」を解消し、ご自身の健康について情報に基づいた意思決定を下すための一助となることを目指しています。JHO編集委員会は、最新の科学的根拠、日米英の主要な診療ガイドライン、そして日本の医療現場の実情を徹底的に分析し、あなたが歯科医師と自信を持って話し合うための「判断基準」を明確に提示します。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を含むリストです。

  • 米国口腔顎顔面外科学会(AAOMS): 若年者における早期評価と管理を推奨する、より積極的な治療方針に関する指針は、本学会が発行した白書に基づいています。
  • 英国国立医療技術評価機構(NICE): 症候性のない親知らずの抜歯に対して、より慎重なアプローチを推奨する指針は、本機関のガイドラインに基づいています。
  • コクラン共同計画: 症候性のない親知らずの予防的抜歯に関するエビデンスの限界を指摘し、個別評価の重要性を示す結論は、本組織のシステマティックレビューに基づいています。
  • 日本国厚生労働省(MHLW): 歯科用CT検査の有効性や手術合併症の標準的対応に関する情報は、本省が公開した公式文書に基づいています。
  • 日本口腔外科学会(JSOMS): 専門医制度や適切な医療機関選択に関する指針は、本学会が示す基準を参照しています。

要点まとめ

  • 親知らずの問題は、現代人の顎が小さくなった進化の過程と関連しており、多くの日本人で正しく生えるスペースが不足しています。
  • 放置された親知らずは、隣の健康な歯に虫歯や歯周病を引き起こす重大な危険因子となり得ます。これは日本における成人の歯を失う最大の原因です1
  • 抜歯の判断は世界的に見解が分かれており、積極的な管理を推奨する米国(AAOMS)の方針と、慎重な対応を求める英国(NICE)の方針が存在します23
  • 最終的な決定は、智歯周囲炎の再発、隣接歯への影響、CT検査による神経との位置関係など、個々の危険性を科学的根拠に基づいて評価し、専門家と相談の上で行うべきです。
  • 日本においては、保険適用の範囲や、一般歯科、口腔外科、大学病院といった医療機関の役割を理解し、自身の状況に合った最適な選択をすることが極めて重要です。

第1部:親知らずが引き起こす問題の科学

親知らず、専門用語では「第三大臼歯」または「智歯」と呼ばれます。なぜこの歯だけが、これほど多くの問題を引き起こすのでしょうか。その答えは、人類の進化と現代の食生活に隠されています。


1.1. なぜ日本人は親知らずで悩みやすいのか?顎の進化と現代の食生活

古代の人類は、硬い木の実や生の肉を食べるために、大きく頑丈な顎を持っていました。しかし、火の使用や調理技術の発達により、私たちの食事は柔らかく、加工されたものが中心となりました。その結果、顎を使う機会が減り、現代人の顎は祖先よりも著しく小さく進化したのです。歯の大きさや数はそれほど変わらなかったため、最後に生えてくる親知らずのためのスペースが不足する事態が頻発するようになりました。日本の調査では、約70%の人が少なくとも一本の親知らずが正常に生えていない(埋伏または傾斜)と報告されており4、これは避けることの難しい現代的な問題と言えます。

1.2. 放置された埋伏智歯の5大リスク【科学的エビデンスに基づく解説】

症状がないからといって、斜めに生えたり、埋まったままの親知らずを放置することは、時限爆弾を抱えているようなものかもしれません。科学的な研究は、以下のような重大なリスクを明確に示しています。

1.2.1. 智歯周囲炎(Pericoronitis)

これは、親知らずに関連する最も一般的なトラブルです。歯が完全に生えきらず、一部が歯茎に覆われている状態だと、歯と歯茎の間に深い溝ができます。この部分は歯ブラシが届きにくく、細菌の温床となりやすいのです。体力が落ちた時などに細菌が繁殖し、歯茎が赤く腫れ、強い痛みを引き起こします。これは「智歯周囲炎」と呼ばれ、多くの臨床研究で抜歯の最も一般的な理由として挙げられています4。重症化すると口が開きにくくなったり、喉まで腫れが広がったりすることもあります。

1.2.2. 隣接歯(第二大臼歯)のう蝕(虫歯)

親知らずが斜めに生えていると、その手前にある非常に重要な歯、第二大臼歯との間に不自然な隙間が生まれます。ここは食べかすが詰まりやすく、極めて清掃が困難なため、第二大臼歯の後ろ側(遠心側)から虫歯が進行するリスクが著しく高まります5。第二大臼歯は噛み合わせの要となる歯であり、この歯を失うことは口腔全体の機能にとって大きな損失です。親知らずを抜歯する重要な理由の一つは、この大切な隣の歯を守ることにあるのです。

1.2.3. 歯周病の進行と悪化

智歯周囲炎と同様の理由で、親知らず周辺は歯周病菌の格好の住処となります。ここでの炎症は、隣の第二大臼歯の歯周組織にも波及し、骨を溶かす歯周病を誘発、または悪化させる可能性があります6。権威あるコクラン共同計画のシステマティックレビューでは、症状のない親知らずを保持することが、隣接歯の長期的な歯周炎リスクの上昇と関連しうることが示唆されています7。厚生労働省の最新の調査によれば、日本では成人の約半数が歯周病の所見を有しており8、歯周病が歯を失う最大の原因である1ことを考えると、このリスクは決して軽視できません。

1.2.4. 嚢胞・腫瘍の形成

頻度は低いものの、見過ごせない深刻なリスクとして、歯の組織から発生する嚢胞(のうほう)や腫瘍の形成があります。埋伏した親知らずを包む歯の袋(歯小嚢)が異常に増殖し、液体が溜まった袋状の病変(含歯性嚢胞など)を形成することがあります。これらは自覚症状なく進行し、発見が遅れると顎の骨を大きく破壊し、大規模な手術が必要になることもあります。複数の文献がこの関連性を指摘しています910

1.2.5. 歯根吸収と歯並びへの影響

斜めに生えた親知らずが、第二大臼歯の根を継続的に圧迫することで、その根が溶けてしまう「歯根吸収」という現象が起こることがあります10。これは第二大臼歯の寿命を著しく縮める可能性があります。また、かつては親知らずが前方の歯を押し、前歯の歯並びを悪化させると考えられていましたが、この点に関する科学的見解は現在、議論が分かれています。コクランレビューによれば、親知らずの抜歯が前歯の叢生(そうせい、乱ぐい歯)を防ぐという明確なエビデンスは限定的であり、現在では歯並びの悪化だけを主たる理由として抜歯することは少なくなっています7


第2部:抜歯か経過観察か?世界基準と日本の現状から導く「あなたの最適解」

では、具体的にどのような場合に抜歯を検討すべきなのでしょうか。この問題に対するアプローチは、実は世界的に統一されているわけではありません。ここでは、主要な国際的ガイドラインと日本の現状を比較し、あなたにとっての最適な答えを見つけるための道筋を示します。

2.1. 国際的な診療ガイドラインの比較:積極的な米国 vs. 慎重な英国

症状のない親知らずの扱いは、医療制度や哲学の違いを反映して、国によって大きく異なります。

米国の視点(AAOMS – 米国口腔顎顔面外科学会)
AAOMSは、より積極的な管理を推奨する立場です。2024年に更新された白書では、病状の証拠がなくとも、将来的に問題を引き起こすリスクが高いと判断される埋伏智歯については、外科的管理を考慮すべきとしています。特に、手術からの回復が早く、合併症のリスクが低い若年期(青年期後期から20代前半)に評価と管理を行うことの利点を強調しています211

英国の視点(NICE – 国立医療技術評価機構)
一方、NICEはより慎重なアプローチを取ります。2000年に発行された有名なガイドラインでは、国の医療サービス(NHS)において、症状や病理所見のない健康な埋伏智歯を予防的に抜歯することは推奨されない、と結論付けています312。抜歯は、智歯周囲炎の再発、虫歯、嚢胞形成など、明確な病状が確認された場合にのみ適応されるべきだとしています。

この二つのアプローチは、どちらが絶対的に正しいというわけではありません。米国のモデルは将来のリスクを未然に防ぐ「予防」を重視し、英国のモデルは不要な外科的介入を避ける「費用対効果」と「低侵襲」を重視しています。この両極端の考え方を理解することが、ご自身の状況を客観的に見る上で役立ちます。

2.2. 日本国内における抜歯の判断基準

日本の医療現場では、特定の一つのガイドラインに厳密に従うというよりは、米国のAAOMSに近い考え方を基盤としつつも、個々の患者の状況、リスク、そして日本の保険制度を考慮した、より個別化されたアプローチが取られるのが一般的です。神奈川県歯科医師会などの地域の専門家団体や多くの臨床現場では、以下のような場合に抜歯が強く推奨されます413

  • 繰り返し起こる智歯周囲炎:一度でも強い痛みや腫れを経験した場合、再発のリスクは高いと考えられます。
  • 親知らず自体の虫歯:治療が困難な位置にあるため、多くの場合、抜歯が選択されます。
  • 隣接する第二大臼歯への悪影響:虫歯や歯周病のリスクが高い場合、またはすでに発症している場合。
  • 嚢胞や腫瘍の原因となっている場合:これは絶対的な抜歯適応です。
  • 矯正治療の妨げになる場合:歯の移動を計画する上で、親知らずが障害となることがあります。

2.3. あなたのリスクを自己評価するチェックリスト

専門家による最終診断は不可欠ですが、ご自身でリスクを把握するために、以下の項目をチェックしてみてください。一つでも当てはまる場合は、歯科医師への相談を積極的に検討するサインです。

チェック項目 はい いいえ 不明
過去に親知らずの周りが痛んだり、腫れたりしたことがあるか?
親知らずの周りに食べ物が詰まりやすいと感じるか?
歯ブラシが一番奥まで届きにくく、磨き残しがあるように感じるか?
歯科医師から、親知らずが斜めや横向きに生えていると指摘されたことがあるか?
口臭が気になることがあり、その原因が奥歯にあるかもしれないと感じるか?
顎関節症や原因不明の頭痛・肩こりがあるか?(関連性は限定的だが考慮要素)

第3部:安全な抜歯のための実践ガイド

抜歯を決断した場合、次に重要なのは「いかに安全に、そして安心して治療を受けるか」です。ここでは、最新の診断技術から適切な病院選び、そして費用の問題まで、実践的な情報を提供します。

3.1. 診断の要:なぜ歯科用CTが重要なのか?

従来のレントゲン(パノラマX線写真)は2次元的な平面画像であり、親知らずの根と、顎の骨の中を走る重要な神経(下歯槽神経)との正確な位置関係を把握するには限界があります。もし親知らずの根がこの神経に近接、あるいは接触している場合、抜歯の際に神経を損傷し、術後に下唇や顎の皮膚にしびれが残る「下歯槽神経麻痺」という合併症のリスクが高まります14
歯科用CT検査は、3次元の立体的な画像を提供し、神経と歯根の位置関係をミリ単位で正確に評価することを可能にします15。これにより、術者は手術のリスクを事前に正確に把握し、神経損傷を回避するための最適なアプローチ(例えば、歯を分割して抜く、あるいは意図的に根の一部を残す)を計画できます。厚生労働省も、歯科治療時の偶発症に対する標準的対応の中で、CT検査の有用性に言及しています14。複雑な埋伏智歯の抜歯において、CT検査はもはや「ゴールデンスタンダード(標準的で最も信頼性の高い手法)」と言えるでしょう。

3.2. 病院選びのチェックリスト:一般歯科・口腔外科・大学病院の違い

「親知らずの抜歯はどこでやっても同じ」ではありません。症例の難易度に応じて、適切な医療機関を選ぶことが、安全な治療の鍵となります。日本における選択肢は主に以下の3つです1617

  • 一般歯科医院:まっすぐに生えている、あるいは簡単な抜歯で済むケースに対応可能です。かかりつけ医であれば、これまでの口内状況をよく理解しているという利点があります。
  • 口腔外科を標榜する歯科医院・クリニック:「口腔外科」は、口の中とその周辺領域の外科処置を専門とする分野です。日本口腔外科学会(JSOMS)18が認定する「口腔外科専門医」が在籍している場合、より複雑な埋伏智歯の抜歯にも高い技術で対応できることが期待できます。CTなどの高度な設備を備えている施設も多いです。
  • 大学病院・総合病院の歯科口腔外科:最も難易度の高い症例(神経と完全に癒着している、心臓病や糖尿病など全身的な疾患がある、極度の恐怖心から静脈内鎮静法や全身麻酔が必要など)に対応します。他科との連携もスムーズで、万が一の事態にも対応できる体制が整っています。

【病院選びのポイント】

  1. 症例の難易度:歯科医師に自分の親知らずがどの程度の難易度かを確認する。
  2. 専門医の有無:複雑なケースでは「口腔外科専門医」の在籍を確認する。
  3. 設備の充実度:歯科用CTが院内に設置されているか、または連携施設で撮影可能か。
  4. 説明の丁寧さ:リスクや治療計画について、患者が納得できるまで丁寧に説明してくれるか。

3.3. 親知らず抜歯の費用と保険適用

費用は、多くの方が心配される点だと思います。幸い、日本においては、病気の治療を目的とした親知らずの抜歯は、国民健康保険や社会保険などの公的医療保険の適用対象となります19。智歯周囲炎や虫歯、隣接歯への悪影響などが診断されれば、保険が適用されます。ただし、矯正治療のためなど、病的な理由以外での予防的抜歯は、自費診療(自由診療)となる場合があります。

以下は、保険適用(3割負担)の場合の費用の目安です2021

抜歯の難易度 内容 費用目安(3割負担)
簡単 まっすぐに生えており、歯茎の切開が不要な場合 約1,500円~3,000円
普通 歯茎の切開が必要な、部分的に埋伏した歯 約3,500円~5,000円
困難 骨の切削や歯の分割が必要な、完全に埋伏した歯 約5,000円~7,500円

注意:上記は抜歯処置自体の費用です。初診料、再診料、レントゲン・CT撮影料、薬剤料などが別途加算されます。CT撮影は保険適用で約3,500円程度が目安です。

3.4. 手術の流れと術後の注意点

手術に対する不安を和らげるため、一般的な流れと術後のケアについて理解しておきましょう。長崎大学歯学部などの専門機関で示されている標準的な手技に基づき、以下に解説します22

【手術の流れ】

  1. 麻酔:まず、表面麻酔を塗り、その後、十分な量の局所麻酔を注射します。これにより、手術中の痛みは感じなくなります。
  2. 切開:歯茎をメスで切開し、親知らずの頭の部分を露出させます。
  3. 骨の削除(必要な場合):歯が骨に埋まっている場合、専用の器具で歯を覆っている骨を慎重に削ります。
  4. 歯の分割(必要な場合):歯をそのまま抜くのが困難な場合、いくつかのパーツに分割して、少しずつ取り除きます。これにより、周囲の骨や組織へのダメージを最小限に抑えます。
  5. 抜歯および洗浄:歯を完全に取り除き、傷口をきれいに洗浄します。
  6. 縫合:切開した歯茎を縫い合わせます。通常、1週間から10日後に抜糸します。

【術後の注意点】

  • 痛み止めと抗生剤:処方された薬は、医師の指示通りに必ず服用してください。痛みは通常2~3日がピークで、その後和らいでいきます。
  • 腫れと冷却:腫れは術後48時間後がピークです。濡れタオルなどで冷やすと症状が和らぎますが、氷などで直接冷やしすぎると血行が悪くなり、治癒を妨げることがあるので注意が必要です。
  • 食事:麻酔が切れるまでは食事を控えてください。その後は、おかゆやゼリーなど、柔らかく、刺激の少ないものから始めましょう。
  • 歯磨き:傷口に歯ブラシが当たらないように注意し、他の歯は丁寧に磨いてください。頻繁なうがいは、血の塊(血餅)を剥がしてしまい、治癒を遅らせる「ドライソケット」の原因になるため避けてください。
  • その他:喫煙や飲酒、激しい運動は血行を促進し、再出血や痛みの原因となるため、術後数日は控えてください。

第4部:よくある質問(FAQ)と結論

最後に、患者さんから特によく寄せられる質問にお答えし、本記事の結論を述べます。

4.1. よくある質問 (FAQ)

抜歯はどのくらい痛いですか?

手術中は局所麻酔が効いているため、痛みを感じることはありません。「押される感覚」や「振動」はありますが、鋭い痛みはありません。術後の痛みは個人差がありますが、処方される鎮痛剤で十分にコントロール可能です。通常、痛みは数日から1週間程度で落ち着きます。

抜歯後の腫れはどのくらい続きますか?

腫れは、体の正常な治癒反応です。一般的に、術後2~3日目がピークで、その後1週間ほどかけて徐々に引いていきます13。下の親知らず、特に骨を削るような難症例ほど腫れやすい傾向にあります。

ドライソケットとは何ですか?

ドライソケットは、抜歯後にできる血の塊(血餅:かさぶたの役割を果たす)が剥がれてしまい、顎の骨が露出することで起こる強い痛みを伴う合併症です。術後2~4日頃から発症することが多いです。過度なうがいや喫煙、傷口を舌で触るなどの行為が原因となります。予防のためには、術後の注意事項を厳密に守ることが非常に重要です。

神経麻痺のリスクはどのくらいありますか?

下顎の親知らずの抜歯における下歯槽神経麻痺は、最も注意すべき合併症の一つですが、発生頻度は全体で見ると1%未満と稀です。ただし、神経と歯根が非常に近い難症例ではリスクが上昇します。前述の通り、術前のCT検査による正確な診断14と、経験豊富な口腔外科医による慎重な手技22によって、このリスクは大幅に低減できます。万が一発生した場合でも、多くは時間経過と共に回復しますが、一部に後遺症が残る可能性もゼロではありません。担当医からリスクについて十分な説明を受けることが不可欠です。

4.2. 結論:後悔しない選択のために

斜めに生えた親知らずは、決して「様子を見ていれば大丈夫」と安易に判断できるものではなく、科学的根拠に裏打ちされた様々なリスクを内包しています。一方で、抜歯という外科処置にも、痛みや腫れ、稀ではありますが合併症といった負担が伴います。

本記事で詳述したように、抜歯をすべきかどうかの決断は、一つの絶対的な正解があるわけではありません。米国と英国のガイドラインが示すように、専門家の間でも異なるアプローチが存在します。重要なのは、ご自身の親知らずがどのような状態にあり(位置、傾斜、隣の歯や神経との関係)、どのような潜在的リスクを抱えているのかを、科学的根拠に基づいて正確に評価することです。そして、その評価に基づき、抜歯による利益(将来のリスク回避)と不利益(短期的な負担や合併症リスク)を天秤にかけることです。

この記事は、そのための知識と判断材料を提供しました。次に行うべき最も重要なステップは、ここで得た理解を持って、信頼できる歯科医師や口腔外科専門医に相談することです。あなたの不安や疑問を率直に伝え、専門家と共に、あなた自身の健康と将来にとって最善の選択肢を見つけ出してください。情報に基づいた開かれた対話こそが、後悔のない決断への唯一の道筋です。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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