赤ちゃんの肌トラブル完全ガイド:乾燥と赤い発疹への科学的アプローチと家庭でのケアプラン
小児科

赤ちゃんの肌トラブル完全ガイド:乾燥と赤い発疹への科学的アプローチと家庭でのケアプラン

大切なお子様の繊細な肌に赤い発疹やカサつきを見つけることは、多くの保護者にとって、心配で胸が痛む経験です。文献によれば、乳幼児の約9割が何らかの肌トラブルを経験すると報告されており、これは子育ての過程でほぼすべての家庭が直面する普遍的な課題と言えます1。しかし、その普遍性は、皆様の不安を少しも軽くするものではないでしょう。このレポートは、医療専門家チームがJAPANESEHEALTH.ORGのために作成した、包括的で信頼性の高いガイドです。私たちの目的は、単なる対処法の羅列ではなく、赤ちゃんの肌に関する科学的根拠に基づいた深い理解を保護者の皆様に提供し、自信を持って日々のケアに取り組めるよう支援することです。なぜ赤ちゃんの肌はそれほどまでにデリケートなのか、その科学的背景から解き明かし、現在起きている問題の管理だけでなく、未来のトラブルを予防するための知識で皆様を力づけます。本稿ではまず、赤ちゃんの肌が持つ特有の性質を科学的に理解することから始めます。次に、よく見られる発疹の種類を特定するためのガイドを提供し、日々のケアの核となる「洗浄」と「保湿」の原則を徹底的に解説します。そして、専門医の診察を受けるべきタイミングを明確にし、最後に、肌に優しい家庭環境を整えるための具体的なアクションプランを提案します。このレポートが、皆様の不安を和らげ、お子様の健やかな肌を守るための一助となることを心から願っています。

この記事の科学的根拠

この記事は、引用元として明示された質の高い医学的エビデンスのみに基づいています。以下は、実際に参照された情報源とその医学的指導との関連性の要約です。

  • 山形大学学術機関リポジトリ: 日本における乳児の約9割が肌トラブルを経験するという統計は、この文献に基づいています。
  • 米国国立医学図書館(PMC)/米国小児科学会(AAP): 赤ちゃんの皮膚バリア機能の未熟さ(薄さ、水分蒸散のしやすさ、酸性膜の発達途上)に関する科学的解説は、これらの国際的な研究論文に基づいています。
  • 日本皮膚科学会(JDA)/国立成育医療研究センター(NCCHD): アトピー性皮膚炎の診断基準、治療ガイドライン(ステロイド外用薬、プロアクティブ療法)、そしてアトピックマーチ予防の重要性に関する記述は、これらの国内最高権威機関の見解と研究成果に準拠しています。
  • 健栄製薬、ユースキン製薬などの国内企業や医療機関の情報: 日常的なスキンケア(洗浄、保湿)、一般的な湿疹の種類、家庭での具体的な対策に関する実践的なアドバイスは、これらの信頼できる情報源から引用しています。

要点まとめ

  • 赤ちゃんの肌は、薄くて水分を失いやすく、外部刺激に弱いという構造的・機能的な未熟さを持っています。この科学的理解が、特別なケアが必要な理由です。
  • 毎日のスキンケアの基本は「優しい洗浄」と「迅速な保湿」です。入浴後5分以内の保湿が、肌のバリア機能を守る鍵となります。
  • 乳児湿疹には脂漏性湿疹、あせも、乾燥性湿疹など様々な種類があり、原因に応じたケアが必要です。
  • アトピー性皮膚炎は、適切な薬物療法による早期の炎症コントロールが、将来の食物アレルギーなどの発症リスクを低減させる可能性があります。
  • 激しいかゆみ、ジュクジュクした発疹、1週間ケアしても改善しない場合は、自己判断せず小児科や皮膚科を受診すべき重要なサインです。
  • 衣類選び、洗濯方法、室内の湿度管理(50~60%が目安)など、肌に優しい環境を整えることも、スキンケアと同じくらい重要です。

第1章:赤ちゃんの肌の科学:なぜ特別なケアが必要なのか

赤ちゃんの肌を正しくケアするためには、まずその構造と機能が成人の肌とどのように違うのかを科学的に理解することが不可欠です。赤ちゃんの肌は、単なる「小さな大人の肌」ではありません。それは、生後数年間をかけて成熟していく、発達途上の繊細な器官なのです。

皮膚バリアという概念

私たちの皮膚は、体を覆う単なるカバーではなく、外界の脅威から体を守り、内部の水分を保持するという重要な役割を担う、ダイナミックで生きた臓器です。この最も重要な機能は「皮膚バリア機能」と呼ばれ、主に2つの役割を果たしています。一つは、体内の水分が過剰に蒸発するのを防ぎ、潤いを保つこと。もう一つは、アレルゲン、細菌、化学物質といった外部からの刺激物の侵入を防ぐことです2。このバリア機能の中心を担っているのが、皮膚の一番外側にある厚さわずか0.02mmの「角層」です。角層はよく「レンガとモルタル」の構造に例えられます。角層細胞が「レンガ」の役割を、そして細胞間脂質(セラミドなどが主成分)が「モルタル」の役割を果たし、これらが密に積み重なることで、強固なバリアを形成しているのです。この構造が健全であれば、肌は潤いを保ち、外部刺激にも強い状態を維持できます。

成人の肌との主要な生理学的差異

正期産で生まれた健康な赤ちゃんの皮膚バリア機能は、生後すぐから機能していますが、成人と比較すると多くの点で未熟です4。この未熟さこそが、特別なケアを必要とする根本的な理由です。

  • 構造的な未熟さ:赤ちゃんの角層は成人の約半分から3分の2の厚さしかなく、表皮全体も約20%薄いとされています2。この物理的な薄さが、バリア機能の脆弱性に直結します。レンガの壁そのものが薄い状態を想像すると分かりやすいでしょう。
  • 機能的な未熟さ – 「漏れやすい」バリア:角層が薄いため、赤ちゃんの肌は水分を保持する力が弱く、成人よりも水分が蒸発しやすい性質を持っています。この現象は「経皮水分蒸散量(TEWL: Transepidermal Water Loss)」という指標で評価され、乳児期は成人よりもTEWLが高いことが知られています3。つまり、赤ちゃんの肌は構造的に「乾燥しやすい」運命にあるのです。
  • 発達途上の酸性膜(Acid Mantle):健康な成人の肌表面はpH4~6の弱酸性に保たれています。この「酸性膜」は、黄色ブドウ球菌などの悪玉菌の増殖を抑える重要な役割を果たしています2。しかし、生まれたばかりの赤ちゃんの肌は中性から弱アルカリ性(pH 6.3-7.5)に傾いており、この酸性膜が生後数週間かけて徐々に形成されていきます4。このため、生後間もない時期は特に細菌感染に対する抵抗力が弱いのです。
  • 皮脂分泌のジェットコースター:新生児期は、胎内で母親から受け継いだホルモンの影響で皮脂の分泌が活発です。これが、生後1~2ヶ月頃によく見られる脂漏性湿疹の一因となります7。しかし、このホルモンの影響は生後2~3ヶ月頃に急激に減少し、それに伴い皮脂の分泌量も激減します6。この「皮脂の崖」とも言える現象により、肌は自前の未熟なバリア機能だけで乾燥と戦わなければならなくなり、乾燥性湿疹が発症しやすい非常に脆弱な時期(クリティカル・ウィンドウ)に突入します。

この一連の生理学的変化は、なぜ多くの赤ちゃんの肌トラブルが生後2~3ヶ月頃に顕著になるのかを説明しています。それは単一の原因ではなく、①母親由来のホルモンによる一時的な保護(皮脂)の消失と、②赤ちゃん自身の皮膚バリアの構造的・機能的な未熟さという、二つの要因が重なる「脆弱性の窓」が開く時期だからです。この移行期を理解することは、ケアの重点を「皮脂のコントロール」から「徹底した保湿」へと切り替えるべきタイミングを知る上で極めて重要です。

生後1年間の発達

赤ちゃんの肌は「進行中の工事現場」のようなものです。皮膚バリア機能が成熟し、成人のそれに近づくには、少なくとも生後1年、完全には2年ほどかかると考えられています2。この長い発達期間こそが、乳児期のスキンケアが単なる美容や快適さのためだけでなく、子どもの生涯にわたる健康の基盤を築くための医療的介入である理由です。この未熟な皮膚バリアは、アレルギー疾患の発症メカニズムを理解する上でも鍵となります。「アトピックマーチ(アレルギーマーチ)」として知られる、乳児期のアトピー性皮膚炎から食物アレルギー、そして気管支喘息へと進展していく現象の起点には、この「漏れやすい」皮膚バリアが深く関わっています。日本の国立成育医療研究センター(NCCHD)の研究では、湿疹によってバリア機能が低下した皮膚から食物などのアレルゲンが侵入(経皮感作)し、全身的なアレルギー反応を引き起こすというメカニズムが明らかにされています12。そして、湿疹を発症した早期から積極的に治療介入を行うことで、その後の鶏卵アレルギーの発症率を有意に抑制できたことが示されました12。日本皮膚科学会(JDA)のガイドラインも、保湿がアレルゲンの侵入予防につながることを明記しています14。これは、保護者の皆様にとって極めて重要な示唆を含んでいます。日々のスキンケアは、単に目の前の発疹を治す行為ではありません。それは、未熟な皮膚バリアというアレルゲンの「侵入口」を塞ぎ、将来の食物アレルギーやその他のアレルギー疾患の発症リスクを低減させる可能性を秘めた、積極的な予防医療なのです。この視点は、日々の地道なケアを続けるための強力な動機付けとなるでしょう。

第2章:発疹を読み解く:保護者のための見分け方ガイド

赤ちゃんの肌に現れる発疹を見て、「これは何だろう?」と不安になるのは当然のことです。小児科や皮膚科では、乳児期に見られる様々な皮膚炎を総称して「乳児湿疹」と呼ぶことがありますが、これは単一の病名ではなく、複数の異なる状態を含む包括的な用語です7。原因が異なれば、最適なケアの方法も変わってきます。この章では、保護者の皆様がご家庭でよく見られる発疹を区別し、医師との対話をより円滑にするためのガイドを提供します。

一般的な皮膚トラブルの詳細プロファイル

脂漏性湿疹(しろうせいしっしん)

  • 原因:母親由来のホルモンの影響による過剰な皮脂分泌が主な原因です7
  • 見た目:頭皮、眉毛、顔、耳の周り、脇の下など、皮脂の分泌が盛んな場所に、黄色っぽくベタベタした鱗屑(りんせつ、フケのようなもの)や、かさぶたが付着します。「クレイドルキャップ(ゆりかごのかさぶた)」とも呼ばれます。カサカサしたものから、ジュクジュクしたものまで様々です15
  • 特徴:通常、かゆみは少ないか、あっても軽度です。生後1~2ヶ月頃に最もよく見られ、多くは成長とともに自然に治まっていきます15

新生児ざ瘡(しんせいじざそう)

  • 原因:これも脂漏性湿疹と同様、母体ホルモンの影響で皮脂分泌が活発になることが原因です8
  • 見た目:おでこや頬を中心に、ニキビのような赤いポツポツや、先端に白や黄色の膿点を持つ発疹が現れます8
  • 特徴:生後2~4週間頃に出現し、通常は数ヶ月以内に特別な治療をしなくても自然に消えていきます8

あせも(汗疹:かんしん)

  • 原因:大量の汗によって汗を出す管(汗腺)が詰まり、皮膚の内部に汗がたまって炎症を起こすことで生じます9。赤ちゃんは大人と同じ数の汗腺が小さな体に密集しているため、汗をかきやすく、あせもになりやすいのです。
  • 見た目:首の周り、背中、肘や膝の裏、おむつで蒸れやすい部分などに、小さな赤いブツブツや透明な水ぶくれができます。かゆみを伴うことが多いです8
  • 特徴:高温多湿になる夏場に特に多く見られます15

おむつ皮膚炎(接触皮膚炎)

  • 原因:おむつの中の尿や便に含まれるアンモニアや酵素などの化学的刺激と、おしりふきによる摩擦などの物理的刺激が組み合わさって起こる接触皮膚炎の一種です8
  • 見た目:おむつが直接触れる部分、特に肛門周囲や性器の周りが赤くなったり、ただれたりします。カンジダという真菌(カビ)の感染を合併することもあります8
  • 特徴:下痢が続いている時などに悪化しやすくなります。

乾燥性湿疹・皮脂欠乏性湿疹(かんぴしょう・ひしけつぼうせいしっしん)

  • 原因:本レポートの主要なテーマであり、第1章で述べた皮脂分泌の減少と未熟な皮膚バリア機能により、肌が水分を保持できなくなることが直接の原因です6
  • 見た目:肌がカサカサと乾燥し、粉をふいたようになります。進行すると、ひび割れや、赤みを帯びた湿疹が出現します。強いかゆみを伴うことが多く、掻き壊してしまうとジュクジュクすることもあります。
  • 特徴:皮脂分泌が減少し始める生後2~3ヶ月以降に発症しやすくなります。頬、手足のすねや腕の外側、お腹や背中など、体のどこにでも現れる可能性があります9

発疹の場所と現れる時期は、その原因を推測するための重要な手がかりとなります。例えば、生後1ヶ月の赤ちゃんの頭皮に黄色いかさぶたがあれば、それはホルモン由来の脂漏性湿疹の可能性が高いでしょう。この場合、オイルでふやかして優しく洗うケアが中心となります。一方、生後4ヶ月の赤ちゃんの腕や足にカサカサした赤い湿疹があれば、それは乾燥が原因の湿疹であり、徹底した保湿が治療の鍵となります。このように、保護者の皆様が「いつ」「どこに」発疹が出たかを観察することは、漠然とした不安を具体的な観察へと変え、的確な初期対応や医師への正確な情報伝達につながるのです。以下の表は、これらの一般的な発疹を素早く見分けるための参考としてご活用ください。これにより、不安が軽減され、より落ち着いて次のステップ(適切なホームケアや受診の判断)に進むことができます。

表1:乳児の発疹 見分け方ガイド
疾患名 (英語名) 発症しやすい時期 主な見た目 よくできる場所 主な原因 かゆみの強さ
脂漏性湿疹 (Seborrheic Dermatitis) 生後1〜2ヶ月 黄色くベタついたフケ、かさぶた 頭皮、眉、顔、耳周り、脇の下などの皮脂の多い部分 ホルモンによる皮脂の過剰分泌 弱い〜中程度
新生児ざ瘡 (Neonatal Acne) 生後2〜4週間 赤いポツポツ、小さなニキビ 顔(特に頬、おでこ) ホルモンによる皮脂の過剰分泌 ほとんどない
あせも(汗疹) (Miliaria / Heat Rash) 夏場、汗をかきやすい時期 小さな赤いブツブツ、透明な水疱 首周り、背中、肘・膝の裏、おむつ周り 汗腺の詰まり 強いことがある
おむつ皮膚炎 (Diaper Dermatitis) 全月齢(特に下痢の時) 赤み、ただれ、ブツブツ おむつが当たる部分(おしり、性器周り) 尿・便による刺激、摩擦 痛みを伴うことが多い
乾燥性湿疹 (Dry Eczema / Asteatotic Eczema) 生後2〜3ヶ月以降 カサカサ、粉ふき、ひび割れ、赤い湿疹 頬、手足、体幹など広範囲 皮脂の減少、皮膚バリア機能の未熟さ 強い
注:この表はあくまで一般的な目安です。正確な診断は必ず医師が行います。

第3章:健やかな肌の礎:「洗浄」と「保湿」の毎日の習慣

赤ちゃんの肌トラブルに対する最も基本的かつ強力な武器は、日々のスキンケアです。特に「優しく洗って清潔にし、すかさず潤いを与える」という2つのステップは、車の両輪のように切り離すことができません。この章では、日本および国際的な医学会のコンセンサスに基づいた、科学的で実践的な「洗浄」と「保湿」の儀式(リチュアル)を詳しく解説します14。この習慣をマスターすることは、治療の土台を築き、再発を防ぐための最も重要な投資です。

パート1:優しい洗浄

洗浄の目的は、肌トラブルの原因となりうる汗、ほこり、細菌、アレルゲンなどを取り除き、皮膚を清潔に保つことです15。しかし、洗いすぎは肌本来の保護成分まで奪い、かえって乾燥を悪化させるため、その方法には細心の注意が必要です。

入浴のベストプラクティス

  • 頻度と時間:特別な理由がない限り、1日1回の入浴が推奨されます17。ただし、長湯は禁物です。お湯に浸かる時間が長すぎると、角層の細胞間脂質が溶け出し、肌の乾燥を助長します。入浴時間は5分から10分程度を目安にしましょう19
  • お湯の温度:お湯の温度は、皮膚バリア機能の回復に至適とされる38~40℃のぬるま湯が理想的です6。42℃以上の熱いお湯は、必要な皮脂や天然保湿因子を奪い、かゆみを誘発する可能性があるため避けるべきです14
  • 洗浄料の選択:弱酸性で、低刺激性、無香料、無着色の赤ちゃん専用の洗浄料を選びましょう23。固形石鹸はアルカリ性に傾いているものが多く、肌のpHバランスを崩す可能性があるため、泡で出てくるタイプや液体のボディソープが推奨されます。
  • 洗い方:「泡で洗う」の徹底:洗浄料を直接肌につけるのではなく、まず保護者の手でしっかりと泡立てることが極めて重要です。きめ細かな泡は、汚れを浮かせるクッションの役割を果たします。ゴシゴシこするための道具(ガーゼやタオル)は、肌表面を傷つけバリア機能を低下させる可能性があるため使用せず、たっぷりの泡をつけた素手で、なでるように優しく洗いましょう15。首や脇の下、足の付け根など、しわになっている部分も指で優しく広げて丁寧に洗います。
  • すすぎの重要性:洗浄成分のすすぎ残しは、肌への刺激となり、かぶれや湿疹の悪化を招く一般的な原因の一つです9。シャワーなどを使い、泡が完全に落ちるまで、しわの間まで念入りに、しかし優しく洗い流してください。

特別なケース:脂漏性湿疹のケア

頭皮などに黄色いかさぶた(脂漏性湿疹)がある場合は、無理に剥がしてはいけません。入浴の15~30分前に、ベビーオイルやオリーブオイルをかさぶたに優しくなじませてふやかし、その後、シャンプーで洗い流すと、自然に取れやすくなります8

パート2:守りの保湿

保湿の目的は、洗浄によって失われた水分を補い、皮膚バリアを修復し、さらなる乾燥や外部刺激から肌を守るための保護膜を作ることです6。これは、スキンケアにおいて最も重要なステップと言っても過言ではありません。洗浄と保湿は、一連のシステムとして機能します。洗浄は、刺激物を取り除くと同時に、肌を保湿剤が最も効果的に浸透する状態へと整える「準備」のステップです。そして保湿は、洗浄後の無防備な肌を「修復」し「保護」するステップです。この2つを連携させることで、スキンケアの効果は最大化されます。

「ゴールデンタイム」を逃さない

入浴後の肌は、水分を含んで潤っているように見えますが、それは一時的なものです。水分は急速に蒸発し始め、何もしなければ入浴前よりもかえって乾燥した状態(過乾燥)になってしまいます18。この水分の蒸発を防ぎ、お風呂で得た潤いを肌に閉じ込めるため、保湿剤は入浴後、体を拭いたらすぐに、理想的には5分以内に塗布することが極めて重要です。「保湿は入浴の一部」と捉えましょう17

保湿剤の選び方

ドラッグストアには様々な種類の保湿剤が並んでおり、どれを選べばよいか迷うかもしれません。基本的には、含まれる油分と水分のバランスによってテクスチャーと特性が異なります。

  • ローション:水分が多く、サラッとした使用感で伸びが良いのが特徴です。ベタつきが少ないため、汗をかきやすい夏場や、比較的乾燥が軽い肌に適しています6
  • クリーム:水分と油分がバランス良く配合されており、ローションよりもこっくりとしたテクスチャーです。伸びの良さと保湿力を兼ね備えており、乾燥が気になる秋冬や、中等度の乾燥肌に最適なオールラウンドプレイヤーです6
  • 軟膏・バーム:ワセリンのように油分が主体の製剤です。肌表面に強力な膜(油膜)を張り、水分の蒸発を強力に防ぐ「閉塞(フタ)」効果が最も高いタイプです。非常に乾燥が強い部位、重度の湿疹、あるいはよだれや食物の刺激から口周りを保護するバリアとしての使用に適しています6
表2:日本の季節と肌状態に合わせた保湿剤選択ガイド
剤形タイプ テクスチャーと感触 主な機能 最適な季節・状況 注目したい主な保湿成分
ローション サラサラ、みずみずしい 水分補給 夏、湿度が高い時期、軽度の乾燥、全身に素早く塗りたい時 ヒアルロン酸、グリセリン、アミノ酸
クリーム しっとり、なめらか 水分と油分のバランス補給 春・秋・冬、空気が乾燥している時期、中等度の乾燥 セラミド、ヒアルロン酸、スクワラン、シアバター
軟膏・バーム こってり、重め 水分蒸発の防止(保護膜) 冬、特に乾燥がひどい部位、ひび割れ、口周りの保護 ワセリン、ミツロウ、植物性オイル
白色ワセリン ベタつきがある 強力な保護・バリア機能 最も乾燥が強い部位、おむつかぶれの予防、スキンケアの最後の仕上げ (ワセリンそのもの)

塗布方法と量

  • 量:保湿剤は「もったいない」と思わず、たっぷりと使うことが効果を高める鍵です。皮膚科の診療ガイドラインでは、塗布量の目安として「FTU(フィンガーティップユニット)」が用いられます14。これは、大人の人差し指の第一関節までチューブから出した量(約0.5g)で、大人の手のひら2枚分の面積に塗るのが適量とされています。赤ちゃんに塗る際の簡単な目安は、「塗った後の肌がテカテカと光り、ティッシュペーパーが貼り付くくらい」です18。保護者の多くは塗布量が不足しがちなので、意識して多めに使いましょう。
  • 塗り方:保湿剤を清潔な保護者の手のひらで少し温めてから、赤ちゃんの肌に点々と置きます。その後、ゴシゴシ擦り込むのではなく、毛の流れに沿って、手のひら全体で優しく撫でるように塗り広げます22

頻度

保湿は、入浴後だけでなく、朝の着替えの時など、少なくとも1日2回行うのが基本です17。日中も、肌の乾燥が気になったり、よだれや食事で口周りを拭いた後などには、こまめに塗り直してあげましょう。一貫した保湿こそが、バリア機能を健全に保つための最も確実な方法です。

第4章:特別フォーカス:アトピー性皮膚炎の理解と管理

これまでに解説した乳児湿疹の中には、一過性で自然に良くなるものも多く含まれます。しかし、「アトピー性皮膚炎」は、単なる一時的な肌荒れではなく、適切な診断と継続的な治療管理を必要とする、慢性の炎症性皮膚疾患です。

アトピー性皮膚炎(AD)の定義

アトピー性皮膚炎は、その診断に明確な基準が設けられています。日本皮膚科学会のガイドラインによれば、以下の3つの要素を満たすものがアトピー性皮膚炎と診断されます7

  1. かゆみ(瘙痒):強いかゆみが存在すること。
  2. 特徴的な皮疹と分布:年齢に応じた特徴的な場所に、湿疹(赤み、ブツブツ、カサカサ、ジュクジュクなど)が現れること。乳児期は、顔や頭から始まり、体や手足に広がっていく傾向があります。
  3. 慢性的・反復性の経過:良い状態と悪い状態を繰り返しながら、症状が続くこと。乳児の場合は、2ヶ月以上続くことが目安とされます。

「アトピックマーチ」とアレルギー予防の関連性

第1章で触れたように、アトピー性皮膚炎はしばしばアレルギー疾患の最初のステップ(アトピックマーチ)となります12。バリア機能が壊れた皮膚からアレルゲンが侵入し、体が感作されることで、食物アレルギーや気管支喘息の発症につながるリスクが高まるのです。このメカニズムの理解は、アトピー性皮膚炎の治療の重要性を根本から変えました。つまり、皮膚の炎症を早期かつ徹底的にコントロールすることは、単に皮膚症状を改善するだけでなく、将来のアレルギー疾患を予防するための重要な戦略である、という認識が今日の標準的な考え方です12。この事実を理解することは、保護者の皆様が治療に取り組む姿勢に大きな影響を与えます。多くの保護者がステロイド外用薬などの薬物治療に漠然とした不安を抱くことは、医療現場で広く認識されています12。しかし、治療への躊躇が皮膚の炎症を長引かせることが、かえってお子様の将来の健康に大きなリスクをもたらす可能性があるのです。したがって、治療のパラダイムを「薬への恐怖」から「コントロールされていない炎症への恐怖」へと転換することが、効果的な管理への第一歩となります。適切に管理されない炎症は、激しいかゆみによる睡眠不足、QOL(生活の質)の低下、掻き壊しによる皮膚感染症(アトピー性皮膚炎の皮膚では黄色ブドウ球菌が増えやすいことが知られています28)、そして何よりもアレルギー疾患発症のリスクを高めるという、明確な「代償」を伴うのです。

最新の治療戦略:症状の鎮火から再燃の予防へ

アトピー性皮膚炎の治療目標は、「症状がないか、あってもごく軽微で、日常生活に支障がなく、薬物療法もあまり必要としない状態」に到達し、それを維持することです14。この目標を達成するため、現代の治療は症状が出た時だけ対応するのではなく、症状がない状態をいかに長く保つかという視点にシフトしています。

リアクティブ療法(Reactive Care)

これは、湿疹が悪化した(再燃した)際に、抗炎症薬を使って症状を鎮める伝統的なアプローチです。いわば「火事が起きてから消火する」治療です。

  • ステロイド外用薬:アトピー性皮膚炎の炎症を抑えるための第一選択薬であり、治療の基本です14。日本では強さに応じて5段階(ストロンゲスト、ベリーストロング、ストロング、ミディアム、ウィーク)に分類されており、医師は症状の重症度、部位、年齢を考慮して最適なランクの薬剤を選択します14。保護者が抱きがちな「ステロイドは怖い」というイメージに対し、以下の点を理解することが重要です。
    • 安全性:医師の指導のもと、適切な強さの薬を適切な期間使用すれば、全身性の副作用が起こることは極めて稀です。皮膚が薄くなるなどの局所的な副作用も、適切な使用(休薬期間を設けるなど)により予防・回復が可能です12。むしろ、不十分な治療で炎症を長引かせるリスクの方が大きい場合が多々あります。
    • 正しい使い方:大切なのは、中途半端に弱い薬をだらだら使うのではなく、症状に見合った強さの薬で一気に炎症の「火」を消し、その後速やかに減量・中止することです。塗る量もFTU(フィンガーティップユニット)を目安に、十分な量を塗布することが重要です14

プロアクティブ療法(Proactive Therapy)

これは、再燃を繰り返す患者さんに対して行われる、現代的な再燃予防治療です。「火事の後の残り火(くすぶり)を消し続け、再燃を防ぐ」アプローチと言えます。

  • 概念:まずステロイド外用薬などで皮膚炎を完全に寛解させた(見た目も触ってもツルツルになった)後、治療を完全にやめるのではなく、保湿剤によるスキンケアは毎日続けながら、これまで湿疹が再燃しやすかった部位に週2回など、間歇的に抗炎症外用薬(ステロイドやタクロリムス軟膏など)を塗布します12
  • 理論的根拠:一見きれいに治ったように見える皮膚にも、ミクロのレベルでは炎症細胞が残存しており、これが次の再燃の「火種」となります。プロアクティブ療法は、この目に見えない「亜臨床的炎症」をコントロールし続けることで、再燃そのものを予防するのです14。これにより、トータルでの薬剤使用量を減らしつつ、良好な状態を長期的に維持することが可能になります。

新しい非ステロイド性の選択肢

近年、治療の選択肢はさらに広がっています。特定の年齢の小児に対しては、デルゴシチニブ軟膏(JAK阻害薬、生後6ヶ月から)やジファミラスト軟膏(PDE4阻害薬、生後3ヶ月から)といった新しい非ステロイド性の外用薬が使用可能となり、治療の武器が増えています14。これらは、ステロイドとは異なる作用機序で炎症を抑えるため、部位や状況に応じて使い分けることができます。アトピー性皮膚炎の管理は、保護者と医師とのパートナーシップが不可欠です。治療の選択肢を正しく理解し、治療目標を共有することで、お子様のQOLを最大限に高めることが可能になります。

第5章:医師に相談するタイミング:専門的な医療ケアの活用法

日々の「洗浄と保湿」は赤ちゃんのスキンケアの基盤ですが、それだけでは対応しきれない状況も存在します。中等症から重症の皮膚トラブル、あるいは診断が不確かな場合には、専門家である医師の診断と指導が不可欠です。自己判断で様子を見続けることが、かえって症状を悪化させ、治療を長引かせることにもなりかねません。

ホームケアの限界

保護者の皆様が熱心にスキンケアを行っても、改善が見られない、あるいは悪化していく場合は、ホームケアの限界を超えているサインです。炎症が起きている皮膚には、保湿だけでは不十分であり、炎症そのものを抑える薬物療法が必要となります。

表3:医療機関受診のためのレッドフラグ・チェックリスト
チェック項目 詳細・理由 該当する情報源の例
□ 激しいかゆみがある 赤ちゃんが夜眠れない、常に体をこすりつけているなど、日常生活に支障をきたすほどのかゆみは、適切な治療が必要なサインです。 15
□ 発疹がジュクジュクしている 発疹から浸出液(透明または黄色の液体)が出ている、あるいは黄色っぽいかさぶた(膿痂疹)が付いている場合、細菌の二次感染(とびひなど)が疑われます。抗菌薬による治療が必要になることがあります。 15
□ 1週間ケアしても改善しない 毎日の洗浄と保湿を丁寧に行っても、1週間以上症状が改善しない、または悪化する一方の場合は、ホームケアだけではコントロールできない炎症が存在することを示唆します。 15
□ 発熱を伴っている 発疹に加えて発熱がある場合、ウイルス感染症(突発性発疹、はしかなど)や、重い皮膚感染症の可能性があります。速やかな受診が必要です。 15
□ 食物との関連が疑われる 特定の食べ物を食べた直後に発疹が出たり、悪化したりするなど、食物アレルギーが疑われる場合は、自己判断で食物除去を行う前に必ず医師に相談し、適切な診断を受ける必要があります。
□ 発疹が広範囲で重症 発疹が体の大半を覆っている、皮膚が真っ赤で硬くなっている(紅皮症)など、症状が重い場合は、入院治療が必要になることもあります。

注:一つでも当てはまる場合は、小児科または皮膚科の受診を強く推奨します。

小児科か皮膚科か?

どちらを受診すればよいかという疑問もよく聞かれます8

  • 小児科医(小児科):多くの場合、最初の相談窓口として最適です。小児科医は赤ちゃんの全身状態を把握しており、発熱を伴う発疹など、皮膚以外の症状との関連も診ることができます。一般的な乳児湿疹であれば、小児科で十分な治療が受けられます。
  • 皮膚科医(皮膚科):症状が重い、長引いている、小児科での初期治療で改善しない、アトピー性皮膚炎の専門的な管理が必要、といった場合には、皮膚の専門家である皮膚科医、特に小児皮膚科を専門とする医師への受診が望ましいです。アレルギー専門医との連携が必要になることもあります33

診察に備えて

受診の効果を最大限にするために、いくつか準備をしておくと良いでしょう。

  • スマートフォンのカメラで、発疹が最もひどい時の状態を写真に撮っておきましょう。診察時には症状が落ち着いていることもあるため、写真が診断の助けになります。
  • いつから、どこに、どのような発疹が出たか、かゆみの程度、試したケア、食事内容の変化など、簡単な経過メモを持参すると、医師に状況を正確に伝えやすくなります。

適切なタイミングで専門家の助けを借りることは、お子様の苦痛を速やかに和らげ、健やかな肌を取り戻すための最も確実な近道です。

第6章:包括的アクションプラン:肌に優しい環境づくり

赤ちゃんの肌トラブルの管理は、直接肌に触れるケアだけでは完結しません。日常生活の中に潜む様々な刺激要因をコントロールし、肌に優しい環境を整えることも、治療の重要な柱の一つです12。この章では、衣類から室内の湿度管理まで、ご家庭で実践できる具体的なアクションプランを提案します。

衣類と洗濯

  • 素材選び:赤ちゃんの肌に直接触れる衣類や寝具は、柔らかく、通気性の良い綿100%素材が基本です。ウールやごわごわした化学繊維は、繊維の端が肌を刺激し、かゆみを誘発することがあるため避けましょう16。また、衣類のタグや縫い目が肌に擦れて刺激になることもあるため、肌着は縫い目が外側にあるタイプを選ぶなどの配慮も有効です。
  • 洗濯方法:洗浄力の強い洗剤や、香料・蛍光増白剤などが含まれるものは、洗い残りが刺激となる可能性があります。赤ちゃん用の低刺激性洗剤を使用し、すすぎは十分に行いましょう。洗濯機の「注水すすぎ」や「すすぎ2回」設定を活用するのも良い方法です。柔軟剤は香料などが肌に残ることがあるため、肌トラブルがある間は使用を控えるのが賢明です。

日常的な刺激物への対策

  • 汗:汗は、それ自体が刺激物となり、あせもやアトピー性皮膚炎の悪化因子となります28。特に夏場や暖房の効いた室内、運動後などは、こまめに汗をケアすることが重要です。濡らした柔らかいタオルで優しく押さえるように拭き取るか、可能であればシャワーでさっと洗い流しましょう。汗で濡れた衣類は、速やかに着替えさせることが大切です9
  • よだれ:よだれが増える時期には、常に口の周りが濡れている状態になり、唾液に含まれる消化酵素などが皮膚を刺激して「よだれかぶれ」を起こしやすくなります。こまめに柔らかいガーゼなどで優しく拭き取るとともに、食事や睡眠の前後に、口周りに白色ワセリンなどの保護軟膏を薄く塗っておくと、皮膚を直接の刺激から守るバリアの役割を果たしてくれます6
  • 食物の付着:食事の際に顔や手についた食べこぼしは、食後すぐに濡れたタオルなどで優しく拭き取り、清潔に保ちましょう。
  • 掻き壊し:かゆみによる掻き壊しは、皮膚のバリアをさらに破壊し、炎症を悪化させ、二次感染を引き起こす最悪の悪循環を生み出します。赤ちゃんの爪は常に短く、角を丸く切っておきましょう。かゆみが強い時、特に無意識に掻いてしまう就寝時には、薄手の綿の手袋(ミトン)や、手足全体を覆う長袖・長ズボンのパジャマを着用させることも有効な対策です9

家庭環境の整備(特に日本の気候を考慮して)

  • 湿度管理:乾燥した空気は、肌から水分を奪う最大の敵です。特に、エアコンによる暖房で空気が乾燥しがちな日本の冬場は、徹底した湿度管理が不可欠です。加湿器を使用し、室内の湿度を常に50~60%程度に保つことを目指しましょう9。これは肌の潤いを守るだけでなく、ウイルスの活動を抑え、風邪の予防にもつながります。
  • アレルゲン対策:アトピー性皮膚炎と診断されているお子様の場合、ハウスダスト(ダニの死骸やフン)やペットのフケなどの環境アレルゲンが症状を悪化させることがあります14。こまめな掃除機がけ、寝具へのアレルゲン防止カバーの使用、空気清浄機の活用などが、アレルゲンへの曝露を減らすのに役立ちます。
  • 温度調節:赤ちゃんを厚着させすぎたり、室温を上げすぎたりすると、汗をかいて肌トラブルの原因になります7。赤ちゃんは大人より一枚少ないくらいの服装が目安です。着脱しやすい服装で、こまめに体温調節をしてあげましょう。

敏感な肌のための紫外線対策

赤ちゃんの未熟な肌は、紫外線のダメージを受けやすいという脆弱性も持っています2。日本小児皮膚科学会も、乳児期からの紫外線対策の重要性を指摘しています34

  • 対策の基本:紫外線が最も強くなる午前10時から午後2時の時間帯の長時間の外出はなるべく避けましょう。外出時は、日陰を選んで行動することが基本です。
  • 物理的な防御:つばの広い帽子をかぶせ、長袖・長ズボンなど肌の露出が少ない衣類を選びます。ベビーカーの日よけも活用しましょう。
  • 日焼け止めの使用:生後6ヶ月を過ぎたら、外出時には赤ちゃん用の日焼け止めを使用することが推奨されます。肌への負担が少ない「紫外線吸収剤フリー(ノンケミカル)」と表示された、酸化亜鉛や酸化チタンを主成分とする製品を選びましょう。使用後は、その日の入浴時に洗浄料でしっかりと洗い流すことが大切です34

これらの環境整備は、一つ一つは小さな工夫かもしれませんが、組み合わせることで赤ちゃんの肌への負担を大きく減らし、スキンケアや薬物療法の効果を最大限に引き出すことにつながります。

よくある質問

Q1: 赤ちゃんの肌トラブルは、食物アレルギーが原因なのでしょうか?
A1: 必ずしもそうとは限りません。実際には、多くの乳児湿疹は、本稿で解説したような皮膚バリア機能の未熟さや乾燥、皮脂のバランスの乱れが主な原因です。しかし、バリアが壊れた皮膚から食物アレルゲンが侵入して感作され、食物アレルギーを発症する「経皮感作」という経路が重要視されています12。特定の食物を食べた後に決まって症状が悪化するなど、明らかな関連が疑われる場合は、自己判断で食物除去はせず、必ず医師に相談してください。適切な診断のもとで指導を受けることが重要です。
Q2: ステロイド外用薬は長期間使っても大丈夫ですか?副作用が心配です。
A2: 保護者の方がステロイド薬に不安を感じるのは自然なことです。しかし、現在の皮膚科学では、医師の指導のもとで適切な強さの薬を適切な量と期間使用すれば、重篤な副作用のリスクは極めて低いと考えられています12。むしろ、不十分な治療で炎症を長引かせることが、かゆみによる苦痛やアトピックマーチ進行のリスクを高めることの方が問題視されています。治療の目標は、強い薬で一気に炎症を抑え、その後は速やかに減量し、保湿を中心としたプロアクティブ療法などで良い状態を維持することです14。不安な点は遠慮なく医師に質問し、治療方針を共有することが大切です。
Q3: 保湿剤はどのくらいの量を塗れば良いですか?
A3: 多くの保護者の方は塗布量が不足しがちです。目安として、保湿剤を塗った後の肌が「テカテカと光り、ティッシュペーパーが貼り付くくらい」の量を使いましょう18。皮膚科では「FTU(フィンガーティップユニット)」という単位が使われ、大人の人差し指の第一関節までの量のクリームで、大人の手のひら2枚分の面積をカバーするのが適量とされています14。「少し多いかな」と感じるくらいが、実はちょうど良い量であることが多いです。
Q4: 赤ちゃんの肌着はどんなものを選べば良いですか?
A4: 肌に直接触れるものは、刺激の少ない素材を選ぶことが基本です。柔らかく、吸湿性・通気性に優れた綿100%のものが最も推奨されます16。化学繊維やウールは肌への刺激となることがあります。また、衣類のタグや縫い目が肌に擦れないよう、縫い目が外側にあるデザインや、タグがプリントされているタイプの肌着を選ぶとさらに良いでしょう。

結論

本レポートを通じて、赤ちゃんの肌トラブル、特に乾燥と赤い発疹について、その科学的背景から具体的なケア方法、そして医療機関との連携に至るまで、包括的な情報を提供してまいりました。最後に、保護者の皆様が自信を持って日々のケアに取り組むための核心となる哲学を改めて強調したいと思います。

赤ちゃんの健やかな肌を守るためのアプローチは、以下の3つの柱から成り立っています。

  1. 基本のスキンケア:毎日の「優しい洗浄」と「徹底した保湿」。これは、すべての治療と予防の土台となる、最も重要で強力な手段です。
  2. 適切な医療介入:ホームケアでコントロールできない炎症に対しては、医師の診断のもとで「適切な薬物療法」をためらわずに行うこと。特にアトピー性皮膚炎においては、炎症を速やかに鎮静化させることが、かゆみの苦痛を和らげるだけでなく、将来のアレルギー疾患のリスクを低減させる可能性を持ちます。
  3. 環境の管理:衣類、汗やよだれなどの刺激物、室内の湿度やアレルゲンなど、「肌に影響を与える環境因子」を注意深く管理し、刺激を最小限に抑えること。

これらの柱を支えるのは、保護者の皆様の「知識に基づく自信」です。なぜ赤ちゃんの肌が脆弱なのか、なぜこのケアが必要なのかという「理由」を理解することで、日々の行動は単なる作業から、目的意識を持った意味のある行為へと変わります。このレポートが提供した科学的根拠は、皆様が情報に惑わされることなく、自信を持って正しい選択をするための羅針盤となるはずです。

そして、最も大切なのは「継続」する力です。赤ちゃんの肌の成熟には時間がかかります。スキンケアは、短距離走ではなく、長期的な視点で行うマラソンのようなものです。症状が良い時も悪い時も、一貫して基本のケアを続けることが、安定した健やかな肌状態を維持し、再発を防ぐための最も確実な道です。

お子様の肌トラブルに向き合う日々は、時に忍耐を要し、心労が重なることもあるでしょう。しかし、皆様の日々の地道な努力は、お子様の今日の快適さだけでなく、その生涯にわたる健康の礎を築く、非常に価値のある投資です。どうか一人で抱え込まず、かかりつけの医師をパートナーとして、自信を持ってケアを続けてください。このガイドが、その道のりを歩む皆様にとって、信頼できる伴走者となることを切に願っています。

免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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