肝細胞癌(HCC)は、依然として日本の公衆衛生における最も大きな課題の一つです。2021年の統計データによれば、年間で34,675人が新たに診断され、2023年にはこの疾患により22,908人もの命が失われました1。データは性別による顕著な差を示しており、男性の罹患率は女性の2倍以上で、50歳を過ぎると男女ともに罹患の危険性が急激に高まります3。しかし、日本の肝細胞癌の疫学的背景は、今まさに大きな変革の時を迎えています。
この記事の科学的根拠
本記事は、ご提供いただいた研究報告書に明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、参照された情報源とその医学的指針との関連性をまとめたものです。
- 日本肝臓学会(JSH): 本記事における全般的な治療アルゴリズム、特に薬物療法の選択に関する指針は、日本肝臓学会が発行する「肝癌診療ガイドライン」に基づいています91415。
- 国立がん研究センター: 日本における肝細胞癌の疫学データ(罹患数、死亡数)、標準治療に関する解説は、国立がん研究センターの公開情報および統計に基づいています12713。
- IMbrave150試験: アテゾリズマブとベバシズマブの併用療法が標準治療となった根拠は、その優れた有効性を示した画期的な国際共同第III相臨床試験であるIMbrave150の結果に基づいています2728。
- HIMALAYA試験: デュルバルマブとトレメリムマブの併用療法(STRIDEレジメン)に関する有効性と安全性プロファイルは、HIMALAYA第III相臨床試験の結果に基づいています29。
- REFLECT試験: レンバチニブがソラフェニブに対して全生存期間で非劣性を示し、客観的奏効率で優越性を示したことは、REFLECT第III相臨床試験によって証明されています2324。
要点まとめ
- 進行肝細胞癌の治療は、アテゾリズマブとベバシズマブ、またはデュルバルマブとトレメリムマブといった免疫併用療法により革命的な進歩を遂げ、生存期間が大幅に改善しました。
- 日本における肝細胞癌の主な原因は、ウイルス性肝炎から、肥満や糖尿病に関連する代謝関連脂肪性肝疾患(MASLD)へと変化しており、新たな検診戦略が求められています。
- 第一選択薬の選択は、出血の危険性、併存疾患、腫瘍の量などを考慮した、高度に個別化されたアプローチが必要となります。
- 免疫療法に伴う特有の副作用(免疫関連有害事象 – irAEs)の管理は、治療成功の鍵を握る新たな課題であり、多専門職チームによる対応が不可欠です。
- 切除や局所療法後の再発を予防する術後補助療法が新たな治療領域として登場し、アテゾリズマブとベバシズマブの併用が有望な結果を示しています。
背景:日本の肝細胞癌治療の現状
疫学と新たな課題:疾患構造の変化
かつて、日本の肝細胞癌の症例の90%は、B型肝炎ウイルス(HBV)および、特にC型肝炎ウイルス(HCV)の感染が主な原因でした6。しかし、C型肝炎に対する直接作用型抗ウイルス薬(DAAs)の登場をはじめとする、ウイルス性肝炎の効果的な検診・治療という公衆衛生上の取り組みが奏功し、ウイルス関連の肝細胞癌の割合は著しく減少しました7。ある調査では、2010年以前は肝細胞癌患者の74%がウイルス性肝炎の既往歴を持っていたのに対し、2021年以降にはその数値が26%まで低下したことが示されています10。
ウイルス性肝炎の制御という成功は、期せずして、増加しつつある別の原因群を浮き彫りにしました。それは非ウイルス性の肝細胞癌です。このグループには、肥満、糖尿病、メタボリックシンドロームを伴うことが多い代謝関連脂肪性肝疾患(MASLD、旧NAFLD/NASH)や、アルコール性肝疾患が含まれます6。この原因の変化は、医療制度に新たな課題を突きつけています。従来の肝細胞癌検診プログラムは、慢性肝炎ウイルス感染者という高危険群に焦点を当てていました。しかし今後は、より広範で特定が難しい代謝性疾患を持つ人々を対象とした、新たな検診モデルの構築が急務です。これには、ウイルス性肝炎がなくとも、MASLDが肝癌に至る重要な危険因子であるという国民的な認識の向上が不可欠となります。
標準治療の流れと全身療法の位置づけ
肝細胞癌の治療法の選択は、主に二つの要素に依存します。一つはChild-Pugh(チャイルド・ピュー)分類で評価される患者の残存肝機能、もう一つはバルセロナ臨床肝癌(BCLC)分類システムによって決定される腫瘍の進行度です12。日本肝臓学会(JSH)の「肝癌診療ガイドライン」によると、治療選択は以下のように層別化されています14。
- 超早期・早期(BCLC 0, A): 小さな腫瘍で肝機能が良好な場合、肝切除、肝移植、またはラジオ波焼灼療法(RFA)などの根治を目指した治療が優先されます13。
- 中間期(BCLC B): 根治治療が困難な大きな腫瘍や多発性の腫瘍に対しては、肝動脈化学塞栓療法(TACE)が中心的な治療法となります。TACEは、腫瘍への血流を遮断し、抗がん剤を直接送り込むことで腫瘍を制御します13。
- 進行期(BCLC C)またはTACE不応・不適: 癌が肝外に転移したり、主要な血管に浸潤したり、あるいはTACEが効果を示さなくなった場合、全身薬物療法が適応となります13。この分野こそが、近年目覚ましい進歩を遂げ、本記事の焦点となる領域です。
重要な点は、全身薬物療法がもはや「最後の手段」ではなく、連続的な治療連携における不可欠な要素となっていることです。局所療法(TACE)から全身療法への移行は、TACEが効果不応(TACE-refractory)の兆候を示した時点ですぐに、時機を逸せずに行う必要があります18。この決定をためらうことは、治療の「機会の窓」を失うことにつながりかねません。なぜなら、新しい全身療法の効果は、患者の肝機能が良好に保たれていること(Child-Pugh A)に大きく依存するためです12。したがって、TACEの効果を綿密に追跡評価し、最適なタイミングで治療方針を転換する判断が極めて重要となります。
標的治療薬の時代:ブレークスルーへの土台
ソラフェニブ対レンバチニブ:古典的な対決
肝細胞癌に対する薬物療法の時代は、2009年のソラフェニブ(ネクサバール)の承認によって本格的に幕を開けました。これは、画期的なSHARP試験において、進行肝細胞癌患者の全生存期間(OS)をプラセボと比較して有意に延長することを証明した最初の分子標的治療薬(TKI)です11。約10年間にわたり、ソラフェニブは唯一の標準的な全身療法として君臨し、後の研究の確固たる基盤を築きました。
ソラフェニブの独占状態は、レンバチニブ(レンビマ)の登場によって打ち破られました。REFLECT試験において、レンバチニブはOSにおいてソラフェニブに対する非劣性を示しました。しかし特筆すべきは、レンバチニブが無増悪生存期間(PFS)や、特に著しく高い客観的奏効率(ORR)といった重要な副次評価項目で優越性を示した点です23。
この奏効率の違いは、臨床目標に基づいた治療の個別化の始まりを告げました。レンバチニブの高い奏効率(腫瘍を縮小させる能力)は、腫瘍による症状がある患者や、腫瘍量が多い患者に明確な利益をもたらします。さらに重要なのは、それが「コンバージョンセラピー」という新たな概念への扉を開いたことです。これは、薬物療法を用いて腫瘍を縮小させ、かつては不可能だった切除やRFAといった根治的治療が可能な状態へと導く治療法です26。したがって、ソラフェニブとレンバチニブの選択は、単に生存期間の比較だけでなく、具体的な治療目標に依存するようになりました。長期的な病勢コントロールが目標であれば両剤とも合理的な選択肢ですが、症状緩和や根治機会の創出のために迅速な腫瘍縮小を目指すのであれば、レンバチニブが優先される可能性があります。
二次治療の選択肢とその限界
ソラフェニブによる治療後に病状が進行した場合、二次治療としていくつかのTKIが承認されました。これにはレゴラフェニブ(スチバーガ)、ラムシルマブ(サイラムザ、AFP値が400 ng/mL以上の患者対象)、そしてカボザンチニブ(カボメティクス)が含まれます12。これらの治療法は、患者の生存期間をさらに延長させ、逐次的な治療連携を可能にしました。
しかし、大きな制約として、これらの二次治療薬はすべて、ソラフェニブが一次治療の標準であった時代に開発・検証されたものであるという点です。これにより、レンバチニブや後述の免疫併用療法といった新しい一次治療が不応となった後の最適な治療順序については、「エビデンスの空白」が生じています。現代的なレジメンが効かなくなった後にどの治療法が最も効果的かを特定することは、未解決の課題であり、現在も活発な研究が進められている分野です22。
免疫併用療法の革命:治療標準を覆す
免疫併用療法の登場は真の革命を引き起こし、進行肝細胞癌の治療標準を完全に塗り替え、患者の予後を劇的に改善しました。
IMbrave150レジメン(アテゾリズマブ+ベバシズマブ):新たな標準治療
2020年、IMbrave150試験の結果は、世界的な新しい標準治療を確立しました。免疫チェックポイント阻害薬PD-L1を標的とするアテゾリズマブと、血管内皮増殖因子(VEGF)を標的とするモノクローナル抗体ベバシズマブの併用療法は、OSとPFSの両方でソラフェニブに対する優越性を証明した最初のレジメンとなりました27。併用療法群の生存期間中央値は19.2ヶ月に達し、これはそれ以前の治療法と比較して驚異的な数値です29。客観的奏効率も約27~30%と非常に高く、注目すべきことに、患者の6%が完全奏効(腫瘍の完全消失)を達成しました28。
このレジメンの成功は、相乗的な作用機序にあります。ベバシズマブは、腫瘍を養う新しい血管の形成(血管新生)を阻害するだけでなく、腫瘍の微小環境を「正常化」します。抑制性の免疫細胞を減少させ、細胞傷害性T細胞の腫瘍内への浸潤を促進します。これにより、アテゾリズマブが効果を発揮しやすい環境が整い、体の免疫システムが癌細胞をより効率的に認識し、攻撃できるようになるのです28。その卓越した有効性から、アテゾリズマブとベバシズマブの併用療法は、肝機能が良好な(Child-Pugh A)患者に対する一次治療の第一選択肢として、日本および世界で急速に普及しました13。
HIMALAYAレジメン(デュルバルマブ+トレメリムマブ):安全性プロファイルの異なる新たな第一選択肢
IMbrave150の成功直後、HIMALAYA試験はもう一つの強力な第一選択肢を提示しました。それは、CTLA-4阻害薬であるトレメリムマブの単回投与と、PD-L1阻害薬デュルバルマブの維持投与を組み合わせたSTRIDEレジメンです29。このレジメンもまた、ソラフェニブに対してOSでの優越性を証明し、生存期間中央値は16.4ヶ月でした29。
STRIDEレジメンの根本的な違いは、その二重の免疫作用機序と安全性プロファイルにあります。二つの異なる免疫チェックポイント(PD-L1とCTLA-4)に同時に作用することで、強力かつ持続的な抗腫瘍免疫応答を引き起こします。さらに重要なのは、このレジメンがベバシズマブのような抗VEGF薬を含まないことです。これは、食道静脈瘤破裂による消化管出血など、VEGFに関連する出血の危険性を伴わないことを意味します13。したがって、STRIDEレジメンは、出血リスクが高い患者やベバシズマブに禁忌がある患者にとって、特に重要な優先的選択肢となります。
これら二つの主要な免疫併用療法の登場は、治療の常識を覆しました。問題はもはや「どの治療法が最善か?」ではなく、「個々の患者にとってどの治療法が最適か?」となりました。治療選択は今や、食道静脈瘤の状態、出血歴、潜在的な自己免疫疾患、心血管機能などを包括的に評価し、深く個別化された多因子的な検討を必要とします。これは、多専門職からなる医療チームの不可欠な役割を強調するものです。
新時代の副作用管理:irAEsという挑戦
免疫療法は画期的な効果をもたらす一方で、免疫関連有害事象(irAEs)と呼ばれる全く新しい種類の副作用を伴います。免疫システムが過剰に活性化されることで、体内の健康な臓器を誤って攻撃してしまう可能性があるのです32。
irAEsはあらゆる臓器で起こり得、治療中止後数ヶ月経ってから現れる遅発性のものもあります。一般的で重篤な副作用には以下のようなものがあります。
- 間質性肺炎: 空咳、息切れなどで現れます32。
- 大腸炎: 下痢や腹痛を引き起こします32。
- 肝炎: 肝酵素の上昇、黄疸が見られます32。
- 内分泌障害: 甲状腺機能障害、下垂体機能低下症、副腎機能不全、そして特に劇症1型糖尿病などが挙げられます32。
- 皮膚障害: 発疹、かゆみ、皮膚炎などが起こります32。
これらに加え、ベバシズマブを含むレジメンでは、高血圧、蛋白尿、そして出血や消化管穿孔の危険性といった特有の副作用があります13。
これらの副作用を管理することは、肝細胞癌治療における必須の技能となりました。irAEsの初期症状は非特異的であることが多く、一般的な病気と見誤られる可能性があります。したがって、患者とその家族が初期兆候を認識し、速やかに報告できるよう教育することが極めて重要です。診断と対処(通常はステロイドや他の免疫抑制薬が用いられる)の遅れは、重篤な合併症につながる可能性があります。免疫療法の成功は、薬の効果だけでなく、医療チームの副作用管理能力に大きく依存しているのです。
実地臨床への応用:個別化治療の指針
日本肝臓学会(JSH)の薬物療法アルゴリズム
治療選択肢がますます複雑化する中、日本肝臓学会(JSH)は2021年版の診療ガイドラインおよびその後の改訂版において、独立した「薬物療法アルゴリズム」を策定しました15。このアルゴリズムは、主に肝機能が良好(Child-Pugh A)で全身状態が良い(Performance Status 0-1)患者を対象に、全身療法を選択するための明確な道筋を示しています。公表時点で最も強力な臨床的根拠に基づき、一次治療と二次治療の選択肢を体系化しており、STRIDEレジメンのような新しい治療法を統合するために継続的に更新されています14。このアルゴリズムの存在自体が、肝細胞癌の薬物療法が、専門的かつ詳細な指針を必要とする深い専門分野となったことを物語っています。
一次薬物療法の主要レジメン比較
臨床における意思決定を支援し、全体像を把握するために、以下の表で進行肝細胞癌に対する主要な一次薬物療法レジメンを比較します。
レジメン | 作用機序 | 主要な臨床試験 | OS中央値 | ORR | 主な副作用 | 臨床上の注意点 |
---|---|---|---|---|---|---|
ソラフェニブ | マルチTKI (VEGFR, PDGFR, RAF) | SHARP22 | 10.7ヶ月 | 2% | 手足症候群、下痢、倦怠感22 | 古典的な標準治療。長期的な実臨床データが豊富。 |
レンバチニブ | マルチTKI (VEGFR, FGFR, PDGFR, RET, KIT) | REFLECT24 | 13.6ヶ月 | 24% | 高血圧、蛋白尿、倦怠感、食欲不振23 | 高いORR。コンバージョンセラピーや症状緩和に有用。 |
アテゾリズマブ + ベバシズマブ | PD-L1阻害 + VEGF阻害 | IMbrave15028 | 19.2ヶ月 | 27-30% | 高血圧、蛋白尿、irAEs(肝炎、大腸炎、間質性肺炎など)13 | 卓越したOS。出血リスクのため、食道静脈瘤の内視鏡的スクリーニングと予防的治療が必要。 |
デュルバルマブ + トレメリムマブ (STRIDE) | PD-L1阻害 + CTLA-4阻害 | HIMALAYA29 | 16.4ヶ月 | 20% | irAEs(皮疹、下痢、肝炎、内分泌障害など)13 | 卓越したOS。出血リスクが高い、またはベバシズマブに禁忌のある患者への優先的選択肢。 |
最適なレジメンの選択:精密医療を目指して
最適な治療レジメンの選択には、多くの要素を考慮した深い個別化アプローチが求められます。
- 患者背景: 年齢、全身状態(ECOG PS)、肝機能(Child-Pugh分類)、そして特に自己免疫疾患(免疫療法の相対的禁忌となりうる)や心血管疾患といった併存疾患の有無。
- 腫瘍の特性: 腫瘍量、大きな血管への浸潤の有無、肝外転移の部位。
- 薬剤の安全性プロファイル: 前述の通り、ベバシズマブを含むレジメンを検討する際には出血リスクが重要な決定因子となり、全ての免疫療法レジメンでirAEsのリスクを慎重に評価する必要があります。
- その他の要素: 患者の希望や選択、治療医の経験、点滴のスケジュールなどの物流的な側面。
肝細胞癌治療の未来展望
術後補助療法:新たなフロンティア
肝細胞癌治療において最も期待される進歩の一つが、根治的治療後の再発を予防するための術後補助療法の開発です。近年のIMbrave050試験は画期的な結果をもたらし、切除またはRFA後に再発リスクが高い患者において、アテゾリズマブとベバシズマブの併用療法が再発のない生存期間(RFS)を有意に改善することを示しました29。
これは、肝細胞癌の術後補助療法の領域で成功した最初の第III相試験です。この結果は、早期肝細胞癌の治療モデルを、「経過観察と待機」戦略から「積極的な再発予防」へと完全に変える可能性があります。これはまた、強力な全身療法が治療過程のより早い段階で導入されることを意味します。外科医やIVR医は、これらの治療法とその複雑な副作用を管理するために、腫瘍内科医と緊密に連携し、慣れ親しむ必要があります。さらに、術後補助療法を受けた後に再発した場合にどのように治療すべきか、という新たな問いも生じます。これは全くエビデンスのない領域であり、今後の研究の焦点となるでしょう。
新たな研究開発の方向性
肝細胞癌の治療領域は、多くの有望な研究方向と共に、絶え間なく発展しています。
- 全身療法と局所療法の併用: 多くの臨床試験が、アテゾリズマブとベバシズマブのような強力な全身療法と、TACEや体幹部定位放射線治療(SBRT)といった局所療法を組み合わせ、肝内腫瘍の制御効果を高めることを目指して探求を進めています13。
- 新たな併用レジメン: レンバチニブとペムブロリズマブの併用など、TKIと他の免疫療法を組み合わせた臨床試験も、有望な初期結果を示しています11。
- 精密医療: 稀ではありますが、BRAF遺伝子変異やNTRK遺伝子融合といった分子生物学的マーカーを特定することで、他の癌腫と同様に、ごく一部の患者集団に対して特化した標的治療の選択肢が開かれる可能性があります18。
よくある質問
進行肝細胞癌と診断されましたが、もう手術はできないのでしょうか?
進行肝細胞癌の標準治療は薬物療法ですが、「コンバージョンセラピー」という考え方があります。これは、まず薬物療法で癌を十分に小さくし、その後に手術やラジオ波焼灼療法(RFA)といった根治を目指す治療へ移行する戦略です。特に奏効率の高いレンバチニブや免疫併用療法などの登場により、以前は手術が不可能だった患者さんでも、根治治療の可能性が生まれるケースがあります26。最終的な判断は、腫瘍の状態や肝機能などを総合的に評価して下されるため、主治医とよく相談することが重要です。
免疫療法は誰にでも効果がありますか?また、副作用が心配です。
免疫療法は多くの患者さんで高い効果を示しますが、全ての方に効くわけではありません。また、免疫関連有害事象(irAEs)と呼ばれる特有の副作用が起こる可能性があります32。これは免疫系が過剰に働き、自身の正常な臓器を攻撃してしまう現象です。しかし、医療チームはこれらの副作用を早期に発見し、適切に対処するための知識と経験を蓄積しています。治療開始前に副作用について十分な説明を受け、治療中に体調の変化を感じたら、どんな些細なことでも速やかに医師や看護師に伝えることが、安全な治療の鍵となります。
アテゾリズマブ+ベバシズマブとデュルバルマブ+トレメリムマブ、どちらの治療法が良いのでしょうか?
C型肝炎ウイルスが陰性なのに肝臓がんになりました。なぜですか?
結論
過去10年間で、進行肝細胞癌の治療風景は革命的な変貌を遂げました。かつては限られた効果の全身療法が一つあるのみでしたが、今や私たちは、患者の生存期間と生活の質を劇的に改善する、効果の高い複数の免疫併用療法や分子標的治療薬を手にしています。
この革命は、治療モデルを「画一的」なアプローチから、深く個別化された戦略へと移行させました。最適な治療法の選択は、もはや単純な有効性比較に基づくものではなく、腫瘍の生物学的特性、患者の臨床状態、そして各薬剤の安全性プロファイルを綿密に考慮することが求められます。これまで以上に、肝臓専門医、腫瘍内科医、放射線科医、外科医、薬剤師などから成る多専門職チームの役割が、複雑な治療選択をナビゲートし、患者の安全を管理する上で極めて重要となっています。
情報を求める日本の患者さんやご家族のために、日本には肝臓癌治療の分野で世界をリードする多くの医療機関や専門家が存在します。例えば、順天堂大学医学部附属順天堂医院、国立がん研究センター、東京大学医学部附属病院などは治療と研究の実績で知られており、椎名秀一朗医師や高山忠利医師をはじめとする多くの名医が日々診療にあたっています3943。肝細胞癌治療の未来は、さらなる飛躍的な進歩を約束しており、この難病に立ち向かう人々に新たな希望をもたらし続けるでしょう。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康上の懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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