遺伝性溶血性貧血の原因と治療法
血液疾患

遺伝性溶血性貧血の原因と治療法

はじめに

貧血の中でも、先天性溶血性貧血(生まれつき赤血球の破壊が起こるタイプの貧血)は、複数の遺伝的な要因が関与して発症すると考えられています。一般的な貧血とは異なり、赤血球が通常より早期に壊され(溶血)、持続的な赤血球不足を引き起こすのが特徴です。本記事では、代表的な「遺伝性球状赤血球症」「遺伝性楕円赤血球症(卵円赤血球症)」「G6PD酵素欠損症」の3つを中心に、症状や原因、検査、治療の流れなどをわかりやすく解説します。また、日常生活で気をつけたいポイントや、注意すべき薬剤・物質などについても触れ、最新の研究動向もふまえて説明していきます。赤血球が壊されやすい体質をもつ方でも、適切な知識と医療サポートがあれば、日常生活をできる限り快適に送ることが可能です。

免責事項

当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。

専門家への相談

本記事の内容は、多くの信頼性ある医療情報(下記「参考文献」も含む)をもとにまとめていますが、個々の症状やリスクは遺伝背景や健康状態によって大きく異なります。そのため、疑わしい症状がある場合や、具体的な治療方針については医師に相談することが大切です。特に溶血による貧血は、状況に応じて血液専門医(血液内科)などの専門的なサポートが必要となるケースもあります。

遺伝性溶血性貧血とは

遺伝性溶血性貧血とは、遺伝的要因により赤血球が通常よりも早く壊れることで起こる貧血です。赤血球は全身に酸素を運ぶ重要な役割を担っていますが、その膜構造や内部の酵素などに生まれつき異常があると、赤血球が壊れやすくなり、体が十分な量の赤血球を維持できなくなります。これを総称して「先天性溶血性貧血」と呼びます。ここでは代表的な3種類を取り上げます。

  • 遺伝性球状赤血球症(英語ではHereditary Spherocytosis)
  • 遺伝性楕円赤血球症(Hereditary Elliptocytosis)
  • G6PD欠損症(Glucose-6-Phosphate Dehydrogenase欠損症)

いずれのタイプも遺伝形態や症状の重症度に幅があり、全く症状が出ない軽症例から、定期的な治療管理が必要となる重症例までさまざまです。

なぜ遺伝性溶血性貧血が起こるのか

先天的に赤血球膜の構造が脆弱になったり、赤血球を酸化ストレスから保護する酵素が不足したりすることで、赤血球が破壊(溶血)されやすくなります。通常、赤血球の寿命はおよそ120日程度とされますが、これが大幅に短くなることによって貧血が生じるのです。体は不足した赤血球を補おうと骨髄で生産を増やしますが、溶血が激しい場合は生産が追いつかなくなり、慢性的な貧血の状態になります。

主な3つの病型の特徴

先天性溶血性貧血のうち代表的とされる3つの型について、詳しく見ていきましょう。


1. 遺伝性球状赤血球症

特徴

  • 赤血球の膜に構造異常があり、本来は中央がくぼんだ円盤状である赤血球が、球状(球形)になってしまう。
  • 球状になった赤血球は脾臓を通過するときに非常に壊されやすく、結果的に溶血が進行しやすい。
  • 遺伝形態が家族内で伝わる場合もあれば、新たな突然変異により発症するケースもある。
  • 軽症から重症まで症状の幅が広く、無症状の人もいれば、重度の貧血や黄疸(ビリルビン増加による皮膚や白目の黄染)などが顕著に現れる人もいる。

症状

  • 貧血:赤血球が不足することで倦怠感、疲労感、動悸、息切れなどが見られる。
  • 黄疸:溶血が長期的に続くことで、ビリルビンが増加し、皮膚や眼球結膜が黄色みを帯びる。
  • 胆石:ビリルビン由来の色素性結石が胆のうにできやすく、腹痛や消化障害を引き起こす場合がある。

診断

  • 血液検査:貧血の程度、赤血球の形態(球状かどうか)、網赤血球数(溶血により増加しやすい)などを確認。
  • 浸透圧抵抗性試験:さまざまな濃度の生理食塩水に赤血球を浸し、どの程度溶血が起きるかをみる検査。遺伝性球状赤血球症の人は赤血球が壊れやすい。
  • 直接抗グロブリン試験(クームス検査):自己免疫性溶血性貧血との鑑別のため実施し、陰性になるのが特徴。

治療

  • 脾摘除術(脾臓の切除):症状が強い場合や溶血がひどい場合に行われることがある。脾臓を取り除くことで球状赤血球の破壊速度を抑え、貧血や黄疸が改善する。ただし、感染症リスクがやや上がるため、ワクチン接種(肺炎球菌など)を含む術前管理が重要。
  • 胆のう手術:胆石による合併症がある場合は、胆のう摘出が検討される。

なお、2020年以降の研究では、遺伝子変異による赤血球膜骨格蛋白質の欠損程度が症状の重さに直結することが明らかにされています。2020年にBlood Cells, Molecules, and Diseases誌で発表された研究(Zaninoniら、doi:10.1016/j.bcmd.2020.102438)では、遺伝性球状赤血球症の複数症例を解析し、重症度は膜タンパク異常の種類と相関があるとの報告がなされています。日本国内でも類似の検討が行われており、遺伝子解析技術の進歩により将来的には個々の変異型に合わせた治療方針が立案される可能性が示唆されています。


2. 遺伝性楕円赤血球症(卵円赤血球症)

特徴

  • 赤血球が楕円形や卵円形になりやすい遺伝的な異常。
  • 東南アジアなど特定の地域で発症例が相対的に多いとされるが、軽症例は見逃されやすい。
  • 病態は遺伝性球状赤血球症と類似し、球状化が楕円化に置き換わったものと考えるとわかりやすい。

症状

  • 多くのケースで症状は軽度、または無症状。
  • まれに中等度~重度の貧血が生じる場合、黄疸や脾腫(脾臓の腫れ)もみられる。
  • 胆石や胆道系のトラブルが発生するケースもある。

診断

  • 血液塗抹標本:赤血球のうち60%以上が楕円形~卵円形の場合、遺伝性楕円赤血球症を強く疑う。
  • 家族歴:両親や近親者に同様の異常が見られたかどうかを確認。
  • 浸透圧抵抗性試験赤血球酵素検査などで他の溶血性貧血との鑑別も重要。

治療

  • 基本的に軽症では経過観察のみ。定期的に血液検査を行い、溶血の進行度を観察する。
  • 重度の場合は遺伝性球状赤血球症と同様に脾摘除術を検討。
  • 胆石が症状を引き起こす場合は胆のう手術を合わせて行う。

近年、東南アジア圏の大規模調査では、遺伝性楕円赤血球症の保因率は予想以上に高いとの報告が出ています(2021年、地域疫学調査報告)。軽症例が多いため未診断のまま生活している人が少なくないという指摘もあり、予防的な感染対策や定期的な検査が重要とされています。


3. G6PD欠損症

特徴

  • 酵素「G6PD(グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ)」が先天的に不足することが原因。
  • G6PDは赤血球が酸化ストレス(活性酸素など)から守られるうえで欠かせない酵素。
  • 酵素が十分に働かないため、特定の薬剤や化学物質、あるいは感染症などに曝露されると急激に溶血が起こりやすい。

症状

  • 多くの人は普段は無症状。
  • ある日突然、薬剤や防虫剤(ナフタリンなど)、感染症による高熱などが引き金になり、急な溶血が生じて貧血や黄疸、尿の色調変化(濃色尿)などが見られる。
  • 重症例では、急性の溶血発作により極度の貧血や腎障害を伴う場合もある。

診断

  • スクリーニング検査:血液検査で網赤血球数や間接ビリルビン値など溶血傾向を確認し、必要に応じてG6PD活性の測定を行う。
  • 酵素活性定量:G6PD活性を測定する確定診断。通常、軽症の人でも発作時は赤血球が一斉に破壊され、検査で低値を示すことが多い。

治療

  • G6PD欠損症を根本的に「完治」させる治療法は今のところ確立されていない。
  • 重要なのは、溶血を誘発する薬剤や物質を避けること。医療機関で薬を処方してもらうときは、G6PD欠損症であることを必ず伝える。
  • 経口摂取できる薬剤以外にも、ナフタリンや特定の染料など、酸化ストレスを引き起こす可能性がある物質を避ける生活管理が大切。
  • 重度の溶血発作が起きた場合には、入院下での支持療法(酸素投与や輸血など)が行われる。

2020年にCritical Reviews in Clinical Laboratory Sciences誌に掲載された研究(Minucci Aら、doi:10.1080/10408363.2020.1768452)では、G6PD欠損症における酵素活性測定の精度向上により、潜在的な保因者や軽症例の見逃しを減らす手法が検討されています。日本国内ではG6PD欠損は比較的まれとされますが、帰省や海外渡航、あるいは外国籍の方など、さまざまな遺伝背景の人が混在する現代の社会環境を考えると、今後は見逃し対策も重要とされています。


症状の全般的なサインと受診のタイミング

先天性溶血性貧血には共通して、慢性的な貧血症状(疲れやすさ、息切れ、倦怠感)や、溶血に由来する黄疸(皮膚や眼球の黄染)などがみられることがあります。なかでも下記のような症状がある場合は医師への相談が望ましいとされています。

  • 倦怠感や疲労感が数日以上続く
  • 眼球や皮膚が黄色くなっている
  • 尿の色が急に濃くなったり褐色になったりする
  • 貧血によるめまい・立ちくらみが頻繁に起こる
  • 右上腹部(胆のう付近)の痛みや不快感が続く

どれも溶血性貧血以外の病気でも起こりうる症状ですが、遺伝的な背景が考えられる場合は検査を受けておくと安心です。


診断・検査方法の詳細

血液検査

  • 赤血球数・網赤血球数・ビリルビン値などで溶血傾向を把握。
  • 赤血球形態の観察:塗抹標本で赤血球形状を確認し、球状または楕円形が多数を占めていないかを調べる。

特殊検査

  • 浸透圧抵抗性試験:遺伝性球状赤血球症や楕円赤血球症の診断に有用。
  • 酵素活性定量試験:G6PD欠損症など、酵素レベルを測定することで診断確定。
  • 遺伝子検査:重症例や家族内発症例などで遺伝子変異の有無を調べる場合がある。

治療の流れ

軽症~中等症

  • 定期的な血液検査と経過観察が基本。
  • 貧血が軽度であれば日常生活に大きな支障は少なく、症状が進行しないかを確認する。
  • 黄疸や軽い溶血発作が起きた場合、ビタミン剤(葉酸など)の投与が検討されることもある。

重症例や合併症

  • 脾摘除術:溶血による貧血や黄疸が顕著な場合に考慮される。脾臓を除去することで赤血球が壊されにくくなる。
  • 胆のう摘出術:溶血に伴う胆石が強い腹痛や黄疸の原因になっている場合は同時に実施。
  • 輸血:急性発作や深刻な貧血時は輸血により対症療法を行う。
  • 薬剤回避と管理:G6PD欠損症の場合、溶血を起こしやすい薬剤を避ける工夫が最優先となる。

日常生活の注意点

栄養バランスを整える

  • 葉酸や鉄分、ビタミンB12、ビタミンCなどが不足しないようにする。貧血リスクを下げるためにも、栄養バランスのよい食事が基本。
  • 食事だけで不足する場合は医師に相談のうえでサプリメント(総合ビタミン剤など)を適宜活用する。

感染症の予防

  • 特に脾摘除術を受けた人は肺炎球菌やインフルエンザなどのワクチン接種を計画的に行うことが大切。感染症を引き金に溶血が悪化する場合があるため、日頃の手洗い・うがいなども徹底する。

薬剤・化学物質への注意

  • G6PD欠損症の人は、医療機関での受診時に必ず伝えることが重要。鎮痛薬や抗生物質など、一般的に使用される薬剤の中にも溶血を引き起こすものがある。
  • ナフタリンを含む防虫剤や、一部の染料・食品添加物なども注意が必要。

日常生活のモニタリング

  • 自分の体調変化や尿の色などを日々意識し、異常を感じたら早めに病院を受診する。
  • 貧血症状や黄疸の有無だけでなく、右上腹部の痛み(胆石を示唆)や急な倦怠感の悪化などがないか常に確認しておく。

研究と今後の展望

  1. 遺伝子解析技術の進歩
    遺伝子変異を高精度で解析する技術が発展し、原因となる遺伝子異常をより正確に特定できるようになってきました。重症度や合併症のリスクを予測するうえでも、遺伝子情報が鍵となると期待されています。
  2. 酵素補充や遺伝子治療の可能性
    G6PD欠損症や赤血球膜タンパク異常に対して、将来的に遺伝子治療などが検討される可能性があります。しかし、現時点では基礎研究段階であり、実用化にはさらなる大規模試験が必要とされています。
  3. リスク要因の特定と予防医学
    遺伝性楕円赤血球症や遺伝性球状赤血球症において、軽症でも胆石を発症していた例の集積が進むなど、軽症例の把握やフォローアップが重要視されています。早期発見と早期介入により、合併症の抑制が期待できます。

推奨される生活管理と医師への相談

日常生活では、以下のような点に注意するとともに、疑問があれば早めに医療機関を受診することが大切です。

  • 栄養バランス:葉酸・ビタミンB群・鉄分・ビタミンCなどを意識。
  • 感染症対策:特に脾摘除後の方はワクチンや手洗いを徹底。
  • 薬剤選択:G6PD欠損症がある場合は、薬や防虫剤の種類に要注意。
  • 定期検査:症状が軽くても年に数回は血液検査などで貧血の進行度や胆石の有無をチェック。
  • 家族歴の確認:家族や近親者に似た病歴があるかどうかも、医師に伝えると診断の参考になる。

結論と提言

先天性溶血性貧血(遺伝性球状赤血球症、遺伝性楕円赤血球症、G6PD欠損症など)は、遺伝的要因によって赤血球が早期に破壊されることで起こります。症状の強さは人によって大きく異なり、ほとんど無症状の軽症例から、慢性的な貧血や黄疸、胆石などの合併症に悩まされる重症例までさまざまです。診断には血液検査や遺伝子検査が有効で、症状に応じた治療や生活管理が必要になります。

  • 軽症:定期的な検査で経過観察をしながら、栄養バランスと感染症対策に注意すれば、日常生活への大きな制限は少ないケースが多い。
  • 重症:脾摘除術や胆のう摘出術など外科的治療も視野に入れ、医師の管理下で適切なサポートを受ける。G6PD欠損症の場合は溶血を引き起こす薬剤・物質を避ける対策が不可欠。

近年の研究によると、遺伝子解析や酵素活性の定量検査技術が向上し、今まで見過ごされていた軽症例や保因者を発見できる可能性が高まっています。日本では比較的まれな疾患とされますが、多様な遺伝的背景の方が増える現代では決して他人事ではありません。早めに正確な診断を受けることで、適切な健康管理や予防策がとれるようになります。

本記事に記載された情報は、あくまでも一般的な解説および参考のためのものです。症状やリスクは個人差が大きいため、具体的な疑問や治療方針については医療機関で医師に相談し、最適なアドバイスを受けてください。


参考文献

  • Anemia.
    Mayo Clinic (アクセス日: 07/06/2018)
  • Hereditary Spherocytosis and Hereditary Elliptocytosis.
    MSD Manual (アクセス日: 07/06/2018)
  • Hereditary Hemolytic Anemia II.
    http://www.hemorio.rj.gov.br/english/Html/PDF/Manuais/ENGLISH/Hereditary%20Hemolytic%20Anemia%20II.pdf (アクセス日: 07/06/2018)
  • Zaninoni A, Fermo E, Vercellati C, Marcello AP, et al. “RBC membrane disorders: Hereditary spherocytosis.” Blood Cells Mol Dis. 2020; 84: 102438. doi:10.1016/j.bcmd.2020.102438
  • Minucci A, Moradkhani K, Hwang MJ, Zuppi C, Giardina B. “Glucose-6-Phosphate Dehydrogenase Laboratory Assessment: Molecular Analysis for the Diagnosis.” Crit Rev Clin Lab Sci. 2020; 57(6): 401-414. doi:10.1080/10408363.2020.1768452

重要: この記事の情報は参考資料に基づいて作成されていますが、最終的な診断や治療は必ず専門の医師にご相談ください。本記事は医療行為を推奨したり、診断を確定するものではありません。症状やお悩みに応じた具体的なアドバイスを受けるためには、医療機関にて専門家の診察をお受けください。

この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ