要点まとめ
- 徐放性鉄剤とは: 鉄分が体内でゆっくり溶け出すよう設計された薬剤で、従来の鉄剤に比べ吐き気や腹痛などの消化器系副作用の軽減が期待されます。しかし、PMDAからは誤嚥や食道での停留による潰瘍形成などのリスクも警告されています5。
- 鉄不足のサインと診断: 疲れやすさ、めまい、顔色の悪さ、動悸などが主な症状です。診断には血液検査が不可欠で、特に体内の貯蔵鉄量を反映する「血清フェリチン値」が重要な指標となります6。
- 正しい服用方法が重要: 徐放性鉄剤は、効果を最大化し副作用を防ぐため、十分な水で、噛んだり砕いたりせずに服用する必要があります。他の薬剤や一部の食品(お茶、牛乳など)との相互作用にも注意が必要です7。
- 自己判断は禁物: 鉄剤の開始や中止、種類の選択は、必ず医師や薬剤師への相談が必須です。貧血の原因を正しく特定し、個々の状態に合った治療を受けることが、安全かつ効果的な鉄分補給の鍵となります8。
1. 鉄分の基礎知識:体にとってなぜ不可欠なのか?
鉄分は、私たちの体が正常に機能するために欠かせない必須ミネラルの一つです。その役割は多岐にわたり、生命維持の根幹を支えています。
1.1. 鉄分の主な役割と体内動態
鉄分の最も重要な役割は、赤血球に含まれる「ヘモグロビン」の構成成分として、全身に酸素を運搬することです2。肺で取り込んだ酸素は、ヘモグロビンと結合して血液に乗り、体の隅々の細胞まで届けられます。また、筋肉中では「ミオグロビン」として酸素を貯蔵し、運動時のエネルギー供給を支えます。さらに、鉄は体内の多くの酵素の働きにも関与しており、エネルギー産生(ATP合成)やDNA合成、薬物の代謝など、様々な化学反応に不可欠な存在です。体内の鉄は、実際に機能している「機能鉄」(ヘモグロビン鉄など)と、いざという時のために蓄えられている「貯蔵鉄」に分けられます。貯蔵鉄の大部分は「フェリチン」というタンパク質と結合した形で肝臓や脾臓、骨髄に存在し、血液中では「トランスフェリン」という輸送タンパク質によって運ばれています9。
1.2. 鉄欠乏はどのようにして起こるのか?
鉄欠乏は、体内の鉄の需要と供給のバランスが崩れることで発生します。主な原因は以下の通りです。
- 摂取不足: 偏食や極端なダイエットにより、食事からの鉄摂取量が絶対的に不足するケースです。特に、吸収されにくい非ヘム鉄中心の食事(例:厳格な菜食主義で、吸収を高める工夫が不十分な場合)や、高齢者における食事量の減少も原因となります。
- 需要増大: 急速に体が大きくなる成長期(乳幼児期、思春期)や、胎児の発育と母体の血液量増加のために鉄需要が著しく増える妊娠・授乳期は、特に鉄が不足しやすくなります10。また、月経による定期的な出血も、女性が鉄欠乏に陥りやすい大きな要因です。
- 吸収不良: 胃切除後や萎縮性胃炎などによる胃酸分泌の低下、またはセリアック病や炎症性腸疾患(クローン病など)といった病気により、消化管からの鉄吸収が妨げられることがあります。
- 損失過多: 過多月経は最も一般的な原因の一つです。その他、胃潰瘍や大腸がんなどの消化管出血、頻繁な献血、アスリートにおける汗からの鉄損失や消化管の微小出血(スポーツ貧血)なども鉄を失う原因となります。
1.3. 鉄欠乏のサインと症状:見逃していませんか?
鉄欠乏は初期には自覚症状が乏しいことも多いですが、進行するにつれて心身に様々なサインが現れます。これらの症状に心当たりがないかチェックしてみましょう3。
- 初期症状(軽度~中等度の鉄欠乏): 疲れやすい・倦怠感、顔色が悪い、頭痛・頭重感、めまい・立ちくらみ、動悸・息切れ(特に坂道や階段で)、集中力の低下、イライラしやすい。
- 進行した場合の症状(重度の鉄欠乏・鉄欠乏性貧血): 爪が薄くなり反り返る「スプーンネイル(匙状爪)」、舌や口角の炎症、食べ物が飲み込みにくくなる嚥下困難(プラマー・ビンソン症候群)、氷や土などを無性に食べたくなる「異食症(Pica)」。
- 小児・高齢者における影響: 小児では成長・発達の遅れや学習能力の低下3、高齢者では認知機能低下や転倒リスクの増加に繋がる可能性があります。
1.4. 鉄欠乏性貧血の診断:検査で何がわかる?
鉄欠乏性貧血の診断は、問診と血液検査によって総合的に行われます。血液検査では以下の項目が重要になります。
- ヘモグロビン値 (Hb): 貧血の有無を判断する基本的な指標です。日本の基準では、成人男性で13.0g/dL未満、成人女性で12.0g/dL未満などが貧血とされます(基準は施設により異なる)9。
- 赤血球指数 (MCV, MCHC): 鉄欠乏性貧血では、赤血球が小さく(小球性)、色が薄く(低色素性)なる特徴があります。
- 血清フェリチン値: 体内の貯蔵鉄量を反映する最も感度の高い指標です。血清フェリチン値が基準値(例:10~15ng/mL)未満の場合、貯蔵鉄が枯渇した「鉄欠乏状態」と判断されます8。WHOは成人で15µg/L未満を鉄欠乏としています6。ただし、炎症などがあると鉄欠乏でも数値が正常に見えることがあるため、注意が必要です。
- 血清鉄 (Fe) と総鉄結合能 (TIBC) / 不飽和鉄結合能 (UIBC): 鉄欠乏状態では、血清鉄は低下し、鉄を運ぶタンパク質の「空席」を示すTIBCやUIBCは増加します9。
日本の診断基準では、日本鉄バイオサイエンス学会の「鉄欠乏性貧血の診療指針」8などに基づき、これらの検査値を総合的に評価して診断が下されます。
2. 鉄剤の種類と特徴:あなたに合うのはどれ?
鉄剤には、含まれる鉄の種類や投与経路、製剤の工夫によって様々な種類があり、それぞれの特徴を理解することが重要です。
2.1. ヘム鉄と非ヘム鉄:吸収率と特徴の違い
食品に含まれる鉄には「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」の2種類があります。
- ヘム鉄: 主に肉や魚などの動物性食品に含まれます。吸収率が15~25%と高く、お茶やコーヒーなどに含まれるタンニンなどの影響を受けにくいのが特徴です。
- 非ヘム鉄: 主に野菜や豆類などの植物性食品や、医療用の経口鉄剤の多くに含まれます。吸収率は2~10%とヘム鉄より低いですが、ビタミンCと一緒に摂ることで吸収が高まります。
一部では、吸収されなかった非ヘム鉄が腸内で活性酸素を産生するリスクを指摘し、ヘム鉄サプリメントを推奨する意見もありますが11、その臨床的意義についてはさらなる科学的検証が必要です。
2.2. 経口鉄剤の主な形態
- 速放性製剤(従来型): 硫酸第一鉄など。服用後、胃腸で速やかに溶けるため吸収は速いですが、消化管粘膜への刺激が強く、吐き気や便秘などの副作用が出やすいとされています4。
- 徐放性製剤(本記事の主役): 乾燥硫酸鉄徐放錠など。錠剤がゆっくり溶けるように設計されており、消化管への刺激を和らげ、副作用の軽減が期待されます。
- 液体製剤、チュアブル錠など: 錠剤が飲みにくい小児や高齢者向けに用いられます。
2.3. 注射用鉄剤:どのような場合に考慮される?
注射用鉄剤は、経口鉄剤での治療が困難な場合に考慮されます。具体的には、経口剤の副作用が重度な場合、消化管からの吸収が著しく悪い場合、手術前など急速な鉄補充が必要な場合などです8。近年では、1回の投与で多量の鉄を補充できる製剤も登場し12、患者さんの負担軽減に繋がっています。ただし、アナフィラキシー様反応のリスクがあるため、必ず医療機関で慎重に行う必要があります。
3. 徐放性鉄剤の徹底解剖:効果、メリット、デメリット
徐放性鉄剤は、従来の鉄剤の大きな課題であった副作用を軽減する目的で開発されました。そのメカニズムと特徴を詳しく見ていきましょう。
3.1. 徐放性鉄剤とは?作用機序と設計の工夫
「ゆっくり溶け出す」メカニズムは、特殊な製剤技術によって実現されています。有効成分である鉄が消化管内で急激に放出されるのを防ぎ、長時間かけて徐々に放出されるように設計されています。これにより、鉄イオンが消化管の粘膜に高濃度で接触する時間を短縮し、胃腸への刺激を緩和することを目指しています。この設計の主な目的は、副作用を減らすことで患者さんが薬を続けやすくし(服薬アドヒアランスの向上)、治療効果を確実なものにすることです。
3.2. 徐放性鉄剤の期待される効果とメリット
徐放性鉄剤の最大のメリットは、消化器系副作用(吐き気、腹痛、便秘など)の軽減が期待できる点です。副作用が減ることで、患者さんは治療を中断することなく続けやすくなり、貧血の改善という最終目標を達成しやすくなります。また、理論上は鉄が持続的に吸収されることで、血中の鉄濃度をより安定させることができる可能性も考えられています。
3.3. 徐放性鉄剤の潜在的なデメリットと注意点
多くのメリットが期待される一方、徐放性鉄剤には注意すべき重要な点も存在します。
健康に関する注意事項
- PMDAからの重要な警告: 口腔内・食道・気管支への停留による潰瘍・狭窄のリスク
日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、乾燥硫酸鉄の徐放錠について、口腔内や食道に薬剤が停留し潰瘍を形成した症例や、誤嚥により気管支に薬剤が停留し、粘膜障害や狭窄に至った症例が報告されていると警告しています5。このリスクは、特に高齢者や飲み込む力が低下している方で高まります。
また、一部の研究では、ゆっくり溶ける設計がゆえに、鉄の吸収に最適な部位である十二指腸から上部空腸を通過するまでに完全に溶解せず、結果的に鉄の総吸収量が速放性製剤に比べて劣る可能性も指摘されています13。効果の現れ方が比較的緩やかになる可能性もあり、個々の製品によって特性も異なるため、一括りにはできません。
3.4. 徐放性鉄剤に関する科学的エビデンスの吟味
徐放性鉄剤の有効性や安全性は、多くの臨床研究で検証されています。多くの研究で、鉄欠乏性貧血患者のヘモグロビン値や血清フェリチン値を改善させることが示されています。副作用に関しても、一般的には速放性製剤と比較して消化器症状が少ないと報告されています。しかし、SABM(Society for the Advancement of Blood Management)が引用するメタアナリシスでは、経口鉄剤全般で高い副作用発生率が示されており7、徐放性であってもリスクがゼロになるわけではないことを理解しておく必要があります。特に妊婦や高齢者、消化器系が敏感な人など、特定の患者さんにとっては有用な選択肢となり得ますが、その選択は常に医師による総合的な判断に基づいて行われます。
4. 日本における鉄分補給の現状と推奨
日本人の鉄分摂取状況や、国内の医療現場での考え方を理解することは、適切な鉄分補給を行う上で非常に重要です。
4.1. 日本人の鉄分摂取状況と食事摂取基準
厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によると、特に月経のある成人女性の鉄分摂取量は、推奨量を満たしていないことが長年の課題です1。例えば、30~49歳の月経のある女性の推奨量(RDA)は10.5mg/日ですが、実際の平均摂取量はこれを下回っています。一方で、サプリメントなどによる過剰摂取にも注意が必要で、同年代の女性の耐容上限量(UL)は40mg/日と定められています10。
年齢区分 | 性別 | 状態 | 推奨量 (mg/日) | 耐容上限量 (mg/日) |
---|---|---|---|---|
30~49歳 | 男性 | 7.5 | 50 | |
30~49歳 | 女性 | 月経あり | 10.5 | 40 |
妊娠中期・後期 | 女性 | 付加量 | +8.5 | – |
授乳期 | 女性 | 付加量 | +2.0 | – |
*出典:厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」より抜粋10。
4.2. 日本の診療ガイドラインにおける鉄剤治療
2024年に日本鉄バイオサイエンス学会が発行した「鉄欠乏性貧血の診療指針 第1版」8は、日本の医療現場における標準的な指針です。この指針の重要なポイントは、治療目標を単なるヘモグロビン値の正常化だけでなく、体内の貯蔵鉄(フェリチン)の十分な回復においている点です。そのため、ヘモグロビン値が正常に戻った後も、通常3~6ヶ月程度は鉄剤の服用を継続することが推奨されています。徐放性鉄剤は、速放性製剤で副作用が出やすい場合の選択肢として明確に位置づけられています。
4.3. 日本で入手可能な鉄サプリメントの傾向
日本国内では、医療用医薬品以外にも多種多様な鉄サプリメントが市販されています。特に、吸収率が高いとされるヘム鉄を主成分とするサプリメントが人気を集めています14。一方で、徐放性鉄剤は主に医療用医薬品であり、市販のサプリメントで「徐放性」を謳う製品は限定的です。サプリメントを選ぶ際は、鉄の含有量や種類、添加物などをよく確認し、「飲むだけで治る」といった誇大広告に惑わされず、治療目的の場合は必ず専門家に相談することが重要です11。
5. 徐放性鉄剤の賢い選び方・使い方
徐放性鉄剤を含む鉄剤治療を安全かつ効果的に行うためには、専門家との連携が不可欠です。
5.1. 医師・薬剤師への相談の重要性
自己判断で鉄剤を始めたり、中止したりすることは絶対に避けるべきです。貧血のような症状があっても、原因が鉄欠乏とは限らず、他の病気が隠れている可能性もあります。医師は血液検査などで原因を正確に特定し、個々の健康状態や既往歴、常用薬との相互作用を考慮して、最適な鉄剤を選択します。特に徐放性鉄剤が適切かどうかは、専門的な判断が必要です。
5.2. 徐放性鉄剤が特に推奨されるケースとは?
最終的な判断は医師が行いますが、一般的に以下のような場合に徐放性鉄剤が有用な選択肢となる可能性があります。
- 従来の速放性鉄剤で吐き気や腹痛などの消化器症状が強く出た経験のある方
- 副作用が原因で服薬を中断してしまいがちな方
- 1日1回の服用で管理を簡便にしたい方(製品による)
5.3. 正しい服用方法とタイミング
徐放性鉄剤の効果を最大限に引き出し、副作用を最小限に抑えるには、正しい服用方法が極めて重要です。
- 水で、噛まずに服用: PMDAの警告5にもあるように、口腔内や食道での停留を防ぐため、十分な量の水(コップ1杯程度)で、噛んだり砕いたりせずに速やかに飲み込んでください。
- 服用タイミング: 鉄剤は空腹時(食前1時間または食後2時間)に服用すると最も吸収が良いとされています。しかし、吐き気などが出る場合は、医師の指示により食直後に服用することで症状が和らぐことがあります。
- 他の薬との間隔: 胃薬(制酸薬)や甲状腺ホルモン剤、一部の抗菌薬などは鉄の吸収を妨げるため、服用時間を2時間以上空けるなどの調整が必要です7。常用薬がある場合は必ず医師・薬剤師に伝えてください。
5.4. 鉄の吸収を高める工夫、妨げる要因への対策
食事の工夫で、鉄の吸収効率は大きく変わります。
影響 | 食品・成分例 | 対策・工夫 |
---|---|---|
促進 | ビタミンC(果物、野菜)、動物性タンパク質(肉、魚)、酸味のあるもの(梅干し、酢) | 鉄分の多い食品や鉄剤と一緒に摂取する15。 |
阻害 | タンニン(緑茶、紅茶、コーヒー)、フィチン酸(玄米、豆類の外皮)、カルシウム(牛乳、サプリ)、食物繊維(過剰摂取) | 食事中や鉄剤服用の前後1時間は避ける16。サプリメントは時間をずらして摂取する17。 |
日本の食卓に馴染み深いひじきや納豆も良い鉄分源ですが、これらに含まれる非ヘム鉄の吸収を高めるには、ビタミンC豊富なピーマンやブロッコリーを組み合わせるのがおすすめです。一方、食後の緑茶は、タンニンが鉄の吸収を妨げる可能性があるため、鉄剤服用時や鉄分の多い食事の際は、30分~1時間程度時間を空けるのが望ましいでしょう1618。
5.5. 副作用が出た場合の対処法
副作用が出た場合、自己判断で中止せず、まずは処方した医師または薬剤師に相談してください。症状に応じて、服用タイミングの変更、用量の調整、あるいは他の種類の鉄剤への変更などが検討されます。便秘に対しては、水分や食物繊維の摂取、適度な運動が有効ですが、改善しない場合は緩下剤の併用も考慮されます。
6. 特別な注意が必要なケース
特定のライフステージや持病がある場合、鉄分補給にはより一層の注意が必要です。
6.1. 妊娠中・授乳中の鉄分補給と徐放性鉄剤
妊娠中は胎児の成長などのために鉄の需要が著しく増大し、貧血は母子双方に悪影響を及ぼす可能性があります2。Cochraneレビューによると、妊娠中の鉄サプリメント投与は母体の貧血を減らし、低出生体重児のリスクを低減する効果が示されています4。つわりなどで消化器症状が出やすい妊婦さんにとって、徐放性鉄剤は有用な選択肢となり得ますが、PMDAの警告5も踏まえ、使用は必ず産婦人科医の診断と指導のもとで行う必要があります。
6.2. 小児・思春期の鉄分補給
乳幼児期や思春期は、急速な成長のために鉄需要が高まる第二のピークです。偏食やスポーツ活動、女子では月経の開始など、鉄欠乏に陥りやすい要因が重なります。最近のメタアナリシスでは、小児・思春期の鉄欠乏性貧血に対し、低用量の鉄サプリメントを特定の期間投与することが有効である可能性が示唆されています19。小児の鉄剤治療は、体重に応じた厳密な用量計算が必要なため、必ず小児科医の診断と処方に従ってください。
6.3. 高齢者の鉄分補給
高齢者は、食事量の減少や消化吸収機能の低下により鉄欠乏に陥りやすい一方、嚥下機能(飲み込む力)の低下という特有のリスクを抱えています。徐放性鉄剤の服用に際しては、PMDAが警告する誤嚥や薬剤停留による潰瘍・狭窄のリスク5に最大限の注意が必要です。服薬介助ゼリーの使用を検討するなど、安全な服用方法を医師や薬剤師と相談することが極めて重要です。
6.4. 慢性疾患(腎臓病、心不全、炎症性腸疾患など)を持つ人の鉄分補給
慢性腎臓病、心不全、炎症性腸疾患などの持病がある方は、病態自体や治療薬の影響で鉄欠乏を合併しやすいことが知られています。これらの疾患において鉄欠乏はQOLを低下させるだけでなく、原疾患の予後にも悪影響を与えます20。鉄補充療法は原疾患の専門医による厳格な管理のもとで行われる必要があり、炎症が強い場合などには、経口剤よりも静注鉄剤が選択されることもあります。
よくある質問 (FAQ)
Q1: 徐放性鉄剤はどのくらいの期間飲み続ける必要がありますか?
A1: 貧血の程度や原因、貯蔵鉄(血清フェリチン値)の状態によって異なります。一般的に、ヘモグロビン値が正常化しても、体内の鉄ストアを十分に回復させるために、医師の指示に従い、通常はさらに3~6ヶ月程度は鉄剤の服用を継続することが推奨されています8。自己判断で服用を中断すると、貧血が再発する可能性が高いため、必ず医師の指示に従ってください。
Q2: 鉄剤を飲むと便が黒くなりますが大丈夫ですか?
A2: はい、鉄剤を服用すると、吸収されなかった鉄分が便に混じって排泄されるため、便が黒っぽくなる(緑黒色~黒色)のは一般的で、通常は心配ありません21。これは鉄剤が体に作用している証拠の一つとも言えます。ただし、タール状の真っ黒な便(コールタール便)で、強い腹痛や吐き気などを伴う場合は、消化管出血の可能性も考えられるため、速やかに医師に相談してください。
Q3: ヘム鉄サプリと徐放性鉄剤(非ヘム鉄)はどちらが良いですか?
Q4: 鉄分の摂りすぎによる過剰症の心配はありますか?
A4: 健康な人が通常の食事から鉄分を摂りすぎて過剰症になることは稀です。しかし、鉄剤やサプリメントを自己判断で大量に摂取し続けると、鉄過剰症を引き起こし、肝臓や心臓などの臓器に障害をきたす可能性があります。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では、成人女性の耐容上限量(UL)は40mg/日、成人男性は50mg/日と設定されています10。医師の指示を守り、サプリメントは用法・用量を守ることが重要です。
Q5: スポーツをする人は鉄分が多く必要ですか?
A5: はい、特に持久系アスリートや成長期の選手は、汗からの損失や筋肉量増加、赤血球破壊などにより、一般の人より鉄分が多く必要となる場合があります。これにより「スポーツ貧血」に陥りやすく、パフォーマンス低下に繋がります。日本鉄バイオサイエンス学会の診療指針でも、スポーツ医学領域における鉄剤使用法について言及されています8。自己判断せず、医師やスポーツ栄養に詳しい専門家に相談することが推奨されます。
結論
鉄分は、私たちの体が正常に機能するために不可欠ですが、現代のライフスタイルの中では不足しやすい栄養素の一つです。鉄不足は、身近な不調から深刻な健康問題まで、様々な影響を及ぼす可能性があります。本記事では、鉄分補給の一つの選択肢である「徐放性鉄剤」に焦点を当て、その効果やメリット、そしてPMDAからの警告を含む注意点まで、科学的根拠に基づいて詳しく解説してきました。徐放性鉄剤は、副作用軽減という大きな利点がある一方で、特有のリスクも存在します。重要なことは、鉄剤やサプリメントの選択と使用については、必ず医師や薬剤師などの専門家に相談し、ご自身の状態に合わせた最適なアドバイスを受けることです。自己判断での鉄剤の開始や中止、過剰な摂取は、かえって健康を損なうリスクも伴います。鉄分補給の基本は、あくまでもバランスの取れた食事です。その上で、治療が必要と診断された場合に、鉄剤やサプリメントを医師の指導のもとで賢く利用することが、健やかな毎日を送るための鍵となります。JAPANESEHEALTH.ORG編集部は、これからも日本の皆様の健康に役立つ、信頼性の高い医療情報を発信してまいります。
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