食道静脈瘤は、それ自体が独立した疾患ではなく、主に進行した肝臓病、特に肝硬変が引き起こす深刻な合併症です。多くの場合、破裂して大出血を起こすまで症状が現れないため、「静かなる時限爆弾」とも呼ばれます。この記事では、食道静脈瘤がなぜ、どのようにして形成されるのか、その根本的な病態生理と、なぜそれが医学的な緊急事態となり得るのかについて、基礎から深く掘り下げて解説します。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
- 食道静脈瘤は主に肝硬変による門脈圧の上昇が原因で形成され、破裂すると生命に関わる大出血を引き起こす危険な状態です。2
- 診断の基本は内視鏡検査ですが、近年では肝硬度測定と血小板数を組み合わせることで、不要な内視鏡検査を安全に回避できる「Baveno VII基準」が重要視されています。6
- 治療は出血の予防、急性出血時の止血、再出血の予防の3段階に分けられ、薬物療法(β遮断薬)、内視鏡治療(EVL, EIS)、IVR治療(TIPS, BRTO)など、多岐にわたる選択肢があります。8
- BRTO治療は胃静脈瘤に非常に有効ですが、食道静脈瘤を悪化させる可能性があるため、治療後の厳格な経過観察が不可欠です。20
- 日本には肝疾患患者の経済的負担を軽減するための公的な医療費助成制度があり、地域の保健所などで申請が可能です。21
I. 食道静脈瘤を理解する:肝疾患の静かなる帰結
肝臓が悪いと指摘されたものの、特に自覚症状がなく、一体何が危険なのか実感しにくい。多くの方が抱く、そんな静かな不安はもっともなことです。体内で見えないリスクが進行しているかもしれないという心配は、大きなストレスになりますよね。科学的には、その静けさの背景には、体内の血流システムに起きた重大な変化が隠れています。これは、門脈という肝臓へ栄養を運ぶ主要な血管の圧力が異常に高まる「門脈圧亢進症」という状態です2。この現象は、高速道路(門脈)で大規模な渋滞が発生し、本来の流れを維持できなくなった車が周辺の一般道(食道の静脈)に溢れかえり、その細い道がパンク寸前になる様子によく似ています。だからこそ、まずこの「体内の渋滞」の仕組みを正確に理解することが、ご自身の状態を把握し、漠然とした不安を具体的な備えに変えるための第一歩となるのです。
食道静脈瘤とは、文字通り食道の下部にある静脈が異常に拡張し、こぶ状に腫れ上がった状態を指します。その根本原因のほとんどは肝硬変です。ウイルス感染やアルコールなどによる慢性的なダメージで肝臓が硬くなると、門脈の血流抵抗が増大し、門脈圧が上昇します3。日本肝臓学会の『肝硬変診療ガイドライン』によると、肝静脈圧較差(HVPG)という指標が10 mmHgを超えると、静脈瘤の形成や破裂のリスクが著しく高まるとされています2。代償性肝硬変という、症状が比較的安定している段階の患者さんでさえ、年間約8%の割合で新たに静脈瘤が発生するという報告もあり、定期的な監視の重要性が示唆されています。
日本では、かつて肝硬変の最大の原因はC型肝炎ウイルスでしたが、治療法の劇的な進歩により、その割合は減少傾向にあります。その一方で、B型肝炎ウイルスやアルコール性肝疾患は依然として主要な原因であり、近年では特に、肥満や糖尿病といった生活習慣病を背景とする非アルコール性脂肪肝炎(NASH)からの肝硬変が増加し、新たな課題となっています53。
食道静脈瘤の最も恐ろしい側面は、破裂するまでほとんど無症状であることです。多くの場合、最初のサインは突然の吐血や、タールのように黒い便(下血)として現れます。コクラン(Cochrane)の報告によれば、初回破裂時の死亡率は20%から50%にも達するとされ、これは肝硬変患者における主要な死因の一つです14。このため、静脈瘤の管理における最大の目標は、この破滅的なイベントを未然に防ぐことにあります。
受診の目安と注意すべきサイン
- 突然の吐血(鮮やかな赤色の血を吐く)
- 黒色便(タールのように黒く、粘り気のある便)
- 急な立ちくらみ、冷や汗、意識が遠のく感じ(出血性ショックの兆候)
II. 診断とリスク層別化:出血前に脅威を特定する
「毎年、胃カメラの検査を受けるのは心身ともに負担が大きい。もっと楽な方法はないのだろうか」。定期検査の重要性は理解していても、そう感じるのは自然なことです。そのお気持ちは、医療者も十分に理解しています。科学の進歩は、まさにその負担を軽減する方向へと向かっています。近年、医学界で注目されているのが、すべての患者さんが画一的に内視鏡検査を受けるのではなく、個々のリスクをより正確に評価し、不要な検査を安全に回避するという考え方です。その中心にあるのが、肝臓の硬さを測る「肝硬度測定」と血液検査でわかる「血小板数」を組み合わせるアプローチです2。これは、いわば「体からの事前情報」を読み解き、本当に詳細な内部調査(内視鏡)が必要かどうかを判断するようなものです。だからこそ、この新しい基準を知ることは、ご自身の検査計画について、医師とより具体的に話し合うための大切な知識となります。
食道静脈瘤の診断を確定するための最も確実な方法は、依然として上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)です。日本の分類基準では、静脈瘤の形(F1-F3)や、破裂の危険性が高いことを示す「RC sign」と呼ばれる赤色の所見の有無などを直接観察し、リスクを評価します7。
この内視鏡検査の負担を軽減するため、国際的な専門家会議で提唱されたのが「Baveno VII基準」です。これは、非侵襲的な検査で高リスクな静脈瘤の存在を除外するためのルールで、日本の診療にも大きな影響を与えています。具体的には、代償性の進行した肝疾患を持つ患者さんにおいて、「肝硬度測定値が20 kPa未満」かつ「血小板数が150 x 10⁹/L以上」の両方を満たす場合、破裂の危険性が高い静脈瘤が存在する可能性は極めて低いため、内視鏡スクリーニングを安全に延期、あるいは回避できるとされています62。ご自身がこの基準に当てはまるか、主治医に確認してみることで、今後の検査計画について新たな選択肢が見えてくるかもしれません。
このセクションの要点
- 食道静脈瘤診断のゴールドスタンダードは内視鏡検査であり、形状やRC signの有無でリスクを評価する。
- Baveno VII基準は、肝硬度と血小板数を用いて、内視鏡検査が不要な低リスク患者を安全に特定するための非侵襲的な方法である。
III. 治療戦略の全体像
食道静脈瘤の治療は、マラソンのような長期的な管理を必要とします。その道のりは大きく3つの区間に分けられます。それは、①最初の出血を未然に防ぐ「初回出血予防」、②突然の出血に対応する「緊急治療」、そして③一度出血を経験した後の「再出血予防」です。それぞれの区間で目標と戦略が異なり、これを理解することが、治療の全体像を把握する上で役立ちます。
初回出血予防は、内視鏡検査で破裂リスクが高いと判断された静脈瘤に対して行われます。主な選択肢は、門脈圧を下げるための薬物療法(非選択的β遮断薬:NSBBs)と、静脈瘤を直接処置する内視鏡的治療(内視鏡的静脈瘤結紮術:EVL)です8。日本のガイドラインでも両方が有効とされており、コクラン(Cochrane)のメタアナリシスによれば、どちらも死亡率を低下させる可能性が示されていますが、EVLは重篤な有害事象が多い可能性も指摘されています9。
一方、静脈瘤が破裂し急性出血を起こした場合は、生命を脅かす緊急事態です。この場合、国際的なガイドライン(AASLD)では、迅速な救命措置が推奨されています10。具体的には、①輸液や輸血による全身状態の安定化(制限的輸血戦略)、②門脈圧を速やかに下げる血管作動薬の投与、③感染症を防ぐための予防的抗菌薬投与、そして④12時間以内の緊急内視鏡治療(第一選択はEVL)という一連のプロトコルが確立されています110。吐血などの兆候が見られた場合、ためらわずに救急医療機関を受診することが極めて重要です。
一度出血を経験した患者さんは、再出血のリスクが非常に高いため、より強力な再出血予防が必要となります。現在の標準治療は、NSBBsの内服と定期的なEVLを組み合わせた併用療法です。これにより、恒常的に門脈圧をコントロールしつつ、静脈瘤を段階的に消失させ、再出血を効果的に抑制します10。 日本の医療費助成制度を活用することで、これらの長期的な治療に伴う経済的負担を軽減することも可能です。
今日から始められること
- ご自身の静脈瘤が出血予防治療の対象となるか、リスクについて主治医と改めて確認する。
- 万が一の吐血や黒色便に備え、夜間や休日でも対応可能な救急医療機関の連絡先を控えておく。
IV. 治療法の詳細な分析
「薬を毎日飲むべきか、それとも内視鏡で処置を受けるべきか…」。それぞれの治療法に長所と短所があると聞くと、どちらが自分にとって最善なのか迷ってしまうのは当然のことです。その迷いは、治療という旅の重要な分岐点に立っている証拠でもあります。科学的には、これらの治療法は異なる角度から同じ問題、つまり「高すぎる門脈圧」にアプローチしています。薬物療法は、血流の勢いを内側から穏やかにする「交通整理」のようなもの。一方で内視鏡治療は、危険なこぶを直接処理する「道路工事」に例えられます。だからこそ、このセクションの比較表を参考に、それぞれの「工事」や「整理」の方法をご自身のライフスタイルや価値観と照らし合わせ、医師とその情報を共有しながら、納得のいく治療法を一緒に見つけていきましょう。
薬物療法の中心は、非選択的β遮断薬(NSBBs)であるプロプラノロールやカルベジロールです。これらは心拍出量を減らし、内臓の血管を収縮させることで門脈への血流を減らし、門脈圧を低下させます8。しかし、日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公開する添付文書では、重篤な肝機能障害のある患者さんには禁忌とされており、副作用として肝機能が悪化する可能性も明記されています13。そのため、肝臓専門医による極めて慎重なモニタリングが不可欠です。
内視鏡治療には主に2つの方法があります。一つは、静脈瘤を小さな輪ゴムで縛り壊死させる内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)です。手技が簡便で安全性が高いため、特に緊急止血の第一選択となります7。もう一つは、静脈瘤に硬化剤を注入して固める内視鏡的静脈瘤硬化療法(EIS)です。こちらはEVLより再発率が低く根治性が高いとされますが、手技がより複雑で合併症のリスクも高まります17。興味深いことに、日本の診療報酬制度では、この二つの手技料は同一点数(8,990点)に設定されており、純粋に医学的な観点から最適な治療が選択されるべき環境が整えられています18。
内視鏡治療でコントロールが困難な場合には、インターベンショナルラジオロジー(IVR)という血管内からの治療が強力な選択肢となります。経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)は、肝臓内に人工的なバイパスを作成して門脈圧を劇的に低下させる治療法で、難治性の出血に対する救済治療として用いられます10。ただし、肝臓の解毒作用を迂回するため、肝性脳症という合併症のリスクが高まります19。一方、バルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術(BRTO)は、主に胃静脈瘤に対して行われる治療法です。静脈瘤に硬化剤を逆行性に注入し閉塞させるもので、胃静脈瘤に対する根治性は非常に高いと医学書院の報告で示されています20。しかし、その代償として門脈圧が他の経路に再分配され、約25~40%の患者さんで食道静脈瘤が悪化する可能性があり、生涯にわたる厳格な内視鏡フォローアップが不可欠です。
自分に合った選択をするために
薬物療法 (NSBBs): 毎日の服薬が可能で、内視鏡処置を避けたい方に適していますが、肝機能の状態によっては適応外となる場合があります。
内視鏡治療 (EVL/EIS): 緊急時や、薬の副作用が懸念される場合に有効です。EVLは安全性が高く、EISは根治性が高いという特徴を理解し、医師と相談することが重要です。
IVR治療 (TIPS/BRTO): 内視鏡治療でコントロール困難な難治例に対する強力な選択肢ですが、それぞれ特有の合併症リスクを伴うため、専門施設での慎重な適応判断が必要です。
V. 日本の医療制度の活用:費用、支援、専門家へのアクセス
「治療が長引くと、医療費は一体どれくらいかかるのだろう…」。長期にわたる病気との付き合いでは、経済的な心配が大きなストレスになるのは当然のことです。そのご懸念、とてもよく分かります。幸いなことに、日本にはその負担を支えるためのセーフティーネットが幾重にも張り巡らされています。科学的な治療の進歩だけでなく、こうした社会的な支援の仕組みを知ることも、安心して治療に専念するための重要な「知恵」です。これは、複雑に見える制度を一つひとつ解きほぐし、ご自身の状況に合った「お守り」を見つける作業に似ています。だからこそ、まずはどのような支援があるのかを知り、どこに相談すればよいのかを把握することから始めてみませんか。
日本の公的医療保険制度のもと、食道静脈瘤に対する標準的な治療はすべて保険適用となります。例えば、EVLやEISといった主要な内視鏡治療の技術料は8,990点(89,900円)に設定されていますが18、高額療養費制度を利用することで、所得に応じた自己負担限度額を超える分は払い戻されます。
さらに、肝疾患患者さんには、より手厚い医療費助成制度が用意されています。静脈瘤の根本原因となるB型・C型肝炎の抗ウイルス療法に対しては「肝炎治療医療費助成制度」があり、月々の自己負担上限額を原則1万円または2万円に軽減できます21。また、静脈瘤破裂による緊急入院など、B型・C型肝炎ウイルスが原因の重度肝硬変と診断された入院治療には、「肝がん・重度肝硬変治療研究促進事業」が適用される可能性があります。厚生労働省によると、この制度が認定されると、対象となる入院治療の自己負担上限額は月額1万円となります22。これらの制度の申請窓口は、お住まいの地域の保健所です。
適切な専門医を見つけることも重要です。「日本肝臓学会」のウェブサイトでは、認定された肝臓専門医のリストが公開されています24。また、各都道府県には、地域の中核となる「肝疾患診療連携拠点病院」が指定されており、院内に設置された「肝疾患相談センター」では、患者さんやご家族からの相談に無料で応じています25。治療方針に迷った時や、セカンドオピニオンを考えたい時に、非常に頼りになる存在です。同じ病気を抱える仲間との交流の場として、「日本肝臓病患者団体協議会(日肝協)」のような患者会も全国に存在します26。
今日から始められること
- お住まいの地域の保健所に電話し、ご自身が利用可能な肝疾患の医療費助成制度があるか問い合わせてみる。
- 日本肝臓学会のウェブサイトで、通院しやすい距離にいる肝臓専門医を検索してみる。
- 現在の治療で不安な点や疑問点をリストアップし、次回の診察で医師に相談する、または拠点病院の相談センターに連絡する準備をする。
VI. 生活と自己管理:日々のマネジメントで患者ができること
食道静脈瘤の管理は、病院での治療だけで完結するものではありません。日々の食生活や過ごし方が、静脈瘤という「時限爆弾」の導火線を刺激しないために、非常に重要な役割を果たします。食事においては、大きく二つの視点があります。一つは、静脈瘤を物理的に傷つけないようにする「機械的保護」。もう一つは、弱った肝臓に負担をかけないようにする「代謝的保護」です。
機械的保護の観点からは、せんべいやナッツ類、骨付きの魚といった硬く鋭い食品は、静脈瘤を直接傷つけるリスクがあるため避けるべきです28。お粥やよく煮込んだうどん、豆腐など、柔らかく消化の良い食品が推奨されます。代謝的保護の観点からは、特に腹水やむくみがある場合、塩分制限が極めて重要です。1日の塩分摂取量の目標は5~7gとされており、加工食品や外食を控える工夫が必要となります28。
また、肝硬変の肝臓はエネルギー源を十分に蓄えられないため、夜間の長い空腹時間中に自身の筋肉を分解してエネルギーを作り出そうとします。これを防ぐため、日本肝臓学会のガイドラインでも、就寝前に200 kcal程度のおにぎりなどの軽食を摂る「夜食療法(Late-Evening Snack: LES)」が、栄養状態の改善に有効であると推奨されています3。さらに、便秘は肝性脳症を悪化させる一因となるため、食物繊維を十分に摂取し、便通を整えることも大切です29。
病気と共に生きる上で、精神的な側面も無視できません。ある患者さんのブログでは、自覚症状がない中で静脈瘤が発見された時の衝撃と、「いつ破裂するかわからない」という見えない恐怖との戦いが綴られています1630。しかし、その一方で、「突然破裂して命を落とすよりは、計画的に入院して治療を受ける方がずっとましだ」という、病気を主体的に管理しようとする前向きな姿勢も見られます。こうした声は、定期的な内視鏡検査が単なる検査ではなく、病状をコントロールし、精神的な平穏を保つための最も重要な手段であることを示しています。
今日から始められること
- 食事の際、一口ごとに「これは静脈瘤に優しい硬さか?」と自問自答する習慣をつける。
- 就寝前に、小さなおにぎりやクラッカーなど、約200kcalの夜食を試してみる。
- 定期検査の結果について不安な点があれば、次の診察日を待たずに、かかりつけ医に電話で相談してみる。
VII. 治療の未来:新薬と進行中の研究
食道静脈瘤の治療は、過去数十年の間に大きく進歩してきましたが、科学の探求は今この瞬間も続いています。世界中の研究者たちが、より安全で、より効果的で、そして何より患者さん一人ひとりの状態に合わせた個別化治療の実現を目指しています。現在進行中の研究は、未来の治療がどのような姿になるのかを垣間見せてくれます。
米国の臨床試験登録サイト(ClinicalTrials.gov)を見ると、いくつかの有望な動きが確認できます。例えば、既存のβ遮断薬とは異なる新しい作用機序で門脈圧を下げる新薬「Avenciguat」の第II相試験が完了し、その結果が待たれています31。もしこれが成功すれば、副作用などでβ遮断薬が使えなかった患者さんにとって、新たな内服薬の選択肢が生まれることになります。また、中国では、既存の標準薬カルベジロールと、別の作用を持つ薬剤を比較する大規模な第III相試験が進行中です32。さらに、エジプトでは、特定の抗がん剤治療を受ける高リスク患者さんに対し、従来よりも早期に予防的な内視鏡治療を行うことの有効性を検証する研究も行われています33。
これらの動向から、未来の治療は三つの方向に進んでいくと考えられます。第一に、より副作用が少なく、安全に使える新しい内服薬の登場。第二に、Baveno VII基準のように、非侵襲的な検査で個々のリスクをより正確に評価し、不要な検査や治療を減らす個別化の加速。そして第三に、特定の高リスク群に対して、より早期から積極的に介入することで、予後をさらに改善しようとする試みです。科学の進歩は着実に、この静かなる脅威をより巧みにコントロールできる未来へと私たちを導いています。
このセクションの要点
- Avenciguatなど、従来のβ遮断薬とは異なる新しい作用機序を持つ経口薬の開発が進んでいる。
- 将来の治療は、新薬の開発、リスク評価の個別化、高リスク群への早期介入という3つの方向性で進化していくことが期待される。
よくある質問
症状が全くないのに、なぜ定期的な検査や治療が必要なのですか?
食道静脈瘤の最大の特徴は、破裂して突然大出血を起こすまで無症状である点です。症状がないことは、決して安全を意味しません。むしろ、静かに進行するリスクを破裂前に発見し、予防的治療を行うことが、命を守る上で極めて重要だからです。4
治療は一度で終わりますか? 再発の可能性はありますか?
治療法によって異なりますが、特に内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)は、内視鏡的静脈瘤硬化療法(EIS)に比べて再発率が高いとされています17。また、静脈瘤の根本原因である肝硬変と門脈圧亢進症が続く限り、治療後も新たな静脈瘤が形成される可能性があるため、生涯にわたる定期的な内視鏡検査による経過観察が不可欠です。
食事で気をつけるべき最も重要なことは何ですか?
物理的な刺激を避けるため、せんべいやナッツのような硬い食べ物を避けること、そして腹水やむくみがある場合は、塩分を1日5~7gに制限することが特に重要です。28
治療には高額な費用がかかりますか?
標準的な治療はすべて公的医療保険の対象となります。さらに、高額療養費制度や、肝炎・肝硬変患者さんを対象とした国の医療費助成制度を利用することで、自己負担額を月額1万円程度に抑えることが可能です。詳しくは、お住まいの地域の保健所にご相談ください。22
結論
食道静脈瘤は、肝硬変に伴う静かなる、しかし致命的となりうる合併症です。その管理の核心は、破裂という最悪の事態を未然に防ぐための「予防」と「監視」にあります。近年の医学の進歩は、Baveno VII基準のような非侵襲的診断法によって患者さんの負担を軽減し、薬物療法から内視鏡治療、IVR治療に至るまで、個々の病状に合わせた多様な選択肢を提供しています。しかし、最も重要なのは、これらの治療法を正しく理解し、ご自身の状態について主治医と密に連携すること、そして利用可能な日本の手厚い医療支援制度を最大限に活用することです。突然の出血に備えつつ、日々の自己管理を続けることで、この病気と主体的に向き合い、平穏な日常を守ることが可能になります。
免責事項
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
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