60歳以上の血圧目標値は?日本の高血圧治療ガイドライン(JSH2019)に沿った管理法
心血管疾患

60歳以上の血圧目標値は?日本の高血圧治療ガイドライン(JSH2019)に沿った管理法

高血圧は「静かなる殺人者」とも呼ばれ、日本人における脳卒中や心臓病の最大の危険因子です。世界保健機関(WHO)の報告によると、世界の成人のおよそ3人に1人が高血圧に罹患しているとされています1。日本においてもこの状況は深刻であり、厚生労働省の令和5年(2023年)「国民健康・栄養調査」によれば、収縮期血圧が140mmHg以上の者の割合は男性で27.5%、女性で22.5%にものぼります2。テレビやインターネットでは様々な情報が溢れ、「どの数値を信じれば良いのか」と混乱されている方も少なくないでしょう。この記事は、JAPANESEHEALTH.ORG編集部が、日本の公式な医療指針である「高血圧治療ガイドライン2019 (JSH2019)」3をはじめとする最も信頼性の高い科学的根拠に基づき、60歳以上の皆様がご自身の健康と未来を守るための、正確で実践的な血圧管理の全てを、専門家の視点から徹底的に解説します。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に、提示された医学的ガイダンスに直接関連する実際の情報源のみをリストアップします。

  • 日本高血圧学会 (JSH): 本記事における日本の公式な血圧分類、治療目標値、生活習慣の改善目標に関する全ての指針は、同学会が発行した「高血圧治療ガイドライン2019」に基づいています。
  • 米国心臓協会(AHA)/米国心臓病学会(ACC): 日本と米国の血圧目標値の違いを解説するにあたり、米国における「2017年成人高血圧ガイドライン」を比較対象として参照しています。
  • 欧州高血圧学会 (ESH): 高齢者における血圧管理の国際的な視点を提供するため、より新しい「2023年ESH高血圧管理ガイドライン」を参考にしています。これは、特に高齢者のフレイル(虚弱)を考慮したアプローチにおいて、日本の考え方との比較に重要な示唆を与えます。
  • 世界保健機関 (WHO): 高血圧が世界的な健康課題であることを示すため、最新の「世界高血圧報告書」の統計データを引用しています。
  • 厚生労働省 (MHLW): 日本国内における高血圧の有病率や、日本人の平均食塩摂取量に関する正確な統計データは、同省が実施する「国民健康・栄養調査」に基づいています。
  • 国立循環器病研究センター (NCVC): 家庭血圧の正しい測定方法や日常生活における注意点など、患者様向けの具体的で実践的な情報は、同センターが提供する公開情報を参考にしています。

要点まとめ

  • 日本の公式目標値: 日本高血圧学会(JSH2019)によると、75歳未満の方は130/80mmHg未満、75歳以上の方は140/90mmHg未満が基本的な降圧目標です3
  • 目標値が年齢で異なる理由: 日本の目標は、特に高齢者における過度な降圧によるふらつきや転倒といった危険性を考慮した、安全性を最優先するアプローチを反映しています。
  • 家庭血圧の重要性: 病院での測定だけでは分からない「真の血圧」を知るために、毎日の家庭での血圧測定(家庭血圧)が、正確な状態把握と治療方針決定の鍵となります。
  • 生活習慣の改善が基本: 1日6g未満の減塩、カリウムを多く含む野菜や果物の積極的な摂取、適正体重の維持、定期的な運動習慣、節酒、そして禁煙が不可欠です4

血圧の基本:正常値と高血圧の定義

血圧管理の第一歩は、ご自身の血圧値がどのような状態にあるかを正しく理解することから始まります。血圧は常に変動しており、一度の測定値だけで判断するのではなく、基準に基づいて評価することが重要です。

収縮期血圧と拡張期血圧

血圧は、心臓が血液を全身に送り出す際の圧力のことで、通常2つの数値で表されます。

  • 収縮期血圧(最高血圧): 心臓が収縮して血液を送り出したときに、血管に最も強くかかる圧力です。「上の血圧」とも呼ばれます。
  • 拡張期血圧(最低血圧): 心臓が拡張して血液を取り込むときに、血管にかかる最も弱い圧力です。「下の血圧」とも呼ばれます。

これらの数値は、動脈硬化の進行度や心臓への負担を評価するための重要な指標となります。

日本高血圧学会(JSH2019)による公式血圧分類

ご自身の血圧がどの段階にあるかを知ることは、適切な対策を講じる上で不可欠です。日本高血圧学会は「高血圧治療ガイドライン2019」の中で、診察室で測定した血圧値を以下のように分類しています3

分類 収縮期血圧 (mmHg) 拡張期血圧 (mmHg)
正常血圧 120未満 かつ 80未満
正常高値血圧 120~129 かつ 80未満
高値血圧 130~139 かつ/または 80~89
Ⅰ度高血圧 140~159 かつ/または 90~99
Ⅱ度高血圧 160~179 かつ/または 100~109
Ⅲ度高血圧 180以上 かつ/または 110以上

この分類に基づき、診察室血圧が140/90mmHg以上の場合、「高血圧」と診断されます。高値血圧の段階から、将来的な心血管疾患の危険性が高まるため、生活習慣の改善を始めることが強く推奨されます。

【最重要】あなたの血圧目標値は?日本の公式ガイドライン(JSH2019)を徹底解説

高血圧と診断された場合、次に重要になるのが「どこまで血圧を下げれば良いのか」という降圧目標値です。この目標値は、誰でも同じというわけではなく、年齢や合併している病気によって個別に設定されます。

年齢で変わる目標値:75歳未満と75歳以上

日本の公式ガイドラインであるJSH2019では、高齢者の血圧管理において、年齢を大きな判断基準としています3

  • 75歳未満の方: 降圧目標は130/80mmHg未満です。
  • 75歳以上の方: 降圧目標は140/90mmHg未満を基本とします。

75歳以上の方の目標値が少し緩やかに設定されているのは、過度な降圧が、めまい、ふらつき、失神などを引き起こし、転倒による骨折といった重大な事態につながる危険性を考慮しているためです。これは、安全性を最優先する日本の医療の考え方を反映したものです。ただし、75歳以上の方でも、治療による副作用がなく、本人が問題なく目標を達成できると判断された場合には、個別に130/80mmHg未満を目指すこともあります3

合併症がある場合のさらに厳格な目標

特定の病気を合併している場合は、臓器を保護する目的で、より厳格な血圧管理が求められます。JSH2019では、以下のような合併症を持つ患者さんに対しては、年齢にかかわらず130/80mmHg未満を目標とすることを推奨しています3

  • 糖尿病
  • 慢性腎臓病 (CKD) で尿中にタンパクが出ている方
  • 脳卒中や心筋梗塞などの心血管病の既往がある方

これらの病気は高血圧と相互に悪影響を及ぼし合うため、より早期から厳格に血圧をコントロールすることが、将来の深刻な合併症を防ぐ上で極めて重要になります。

なぜ日本の目標は米国(AHA)と違うのか?安全性を最優先する日本の考え方

「海外ではもっと低い目標が良いと聞いたけれど、日本の基準で大丈夫なのだろうか?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。実際に、2017年に発表された米国心臓協会(AHA)のガイドラインでは、ほとんどの成人に対して130/80mmHg未満という一律の目標を推奨しています5。この背景には、SPRINT(Systolic Blood Pressure Intervention Trial)という大規模な臨床試験の結果があり、積極的な降圧が心血管イベントを減少させることを示しました6

しかし、日本の専門家たちは、この結果を日本人、特に高齢者にそのまま当てはめることには慎重な立場をとっています。その理由は、日本人高齢者には「フレイル」と呼ばれる、加齢に伴い心身の活力が低下した「虚弱」な状態にある方が多いという特徴があるためです。横浜労災病院の梅村敏医師をはじめとするJSH2019の作成委員たちは、フレイル状態の患者さんに過度な降圧を行うと、利益よりもむしろ起立性低血圧(立ちくらみ)や転倒などの不利益が上回る危険性があると指摘しています78。欧州高血圧学会(ESH)の2023年ガイドラインも、高齢者の治療において個々の状態を考慮する点で、日本の考え方に近い立場を示しています9

したがって、日本の目標値の違いは、科学的根拠に基づきつつ、日本人高齢者の特性と安全性を最大限に考慮した、思慮深い判断の結果なのです。

家庭血圧測定(HBPM)のすすめ:日本が世界をリードする健康管理法

診察室で測定した血圧だけが、あなたの本当の血圧を反映しているとは限りません。日々の血圧管理において、今や「家庭血圧測定(Home Blood Pressure Monitoring, HBPM)」が世界的な標準となっています。

なぜ家庭血圧が重要なのか?大迫研究から学ぶ

診察室では緊張して血圧が上がってしまう「白衣高血圧」や、逆に診察室では正常なのに家庭では高い「仮面高血圧」といった状態があります10。これらの状態を見逃さず、真の血圧を把握するために家庭血圧が不可欠です。

家庭血圧の重要性を世界に先駆けて証明したのが、日本の「大迫研究」です。1980年代から岩手県大迫町(現・花巻市)で行われたこの長期追跡研究は、家庭で測定した血圧の方が、診察室血圧よりも脳卒中の発症リスクをより正確に予測することを示し、家庭血圧測定を世界基準へと押し上げる大きな原動力となりました11。これは日本の医学が世界に誇るべき成果の一つです。

【図解】正しい血圧の測り方

せっかく家庭で血圧を測っても、測定方法が間違っていては意味がありません。国立循環器病研究センター(NCVC)などが推奨する、以下の正しい手順を守りましょう12

  1. 測定のタイミング: 朝(起床後1時間以内で、排尿後、服薬・朝食前)と夜(就寝前)の2回測定します。
  2. 測定前の準備: 椅子に座り、1~2分間安静にしてリラックスします。測定中の会話は避けてください。
  3. 正しい姿勢: 腕帯(カフ)を心臓の高さに合わせ、手のひらを上に向けます。脚を組まないようにしましょう。
  4. 記録する: 測定した全ての血圧値と脈拍数を、日付・時刻とともに血圧手帳に記録します。受診の際には必ず持参し、主治医に見せてください。

人生を変える生活習慣の修正:JSH2019が推奨する6つの柱

高血圧治療の根幹をなすのは、薬物療法ではなく、生活習慣の修正です。JSH2019では、以下の6つの目標を掲げており、これらを実践することで血圧は有意に低下することが科学的に証明されています4

  • 減塩: 1日の食塩摂取量を6g未満に抑える。
  • 野菜・果物の積極的摂取: カリウムを豊富に含むこれらの食品は、体内の余分なナトリウムを排出する助けになります。
  • 適正体重の維持: BMI(Body Mass Index)を25未満に保つことを目指す。
  • 運動療法: ウォーキングなどの有酸素運動を、毎日30分以上または週に180分以上、定期的に行う。
  • 節酒: アルコールの摂取量を、エタノール換算で男性は1日20~30mL以下、女性は10~20mL以下に制限する。(例:ビール中瓶1本、日本酒1合程度)
  • 禁煙: 喫煙は血管を収縮させ、動脈硬化を著しく進行させるため、禁煙は必須です。

減塩:日本食における具体的工夫

中でも最も重要かつ困難なのが減塩です。厚生労働省の調査によると、日本人の1日の平均食塩摂取量は9.8gであり、目標の6gを大幅に上回っています13。味噌汁、醤油、漬物、ラーメンなど、日本食には塩分の多い食品が多いため、以下のような工夫が必要です。

  • 出汁(だし)の旨味を活用し、味噌や醤油の使用量を減らす。
  • 香辛料(生姜、しそ、山椒など)や香味野菜、柑橘類(ゆず、すだち)を利用して風味を補う。
  • 麺類の汁は全部飲まない。
  • 加工食品や惣菜を購入する際は、栄養成分表示を確認する習慣をつける。
  • 減塩タイプの調味料を賢く利用する。

薬物療法について知っておくべきこと

生活習慣の改善を最大限に行っても血圧が目標値まで下がらない場合や、血圧が非常に高い場合には、降圧薬による治療が必要となります。薬は、あなたの血管や心臓を将来の危険から守るための重要な手段です。

JSH2019では、主な第一選択薬として、カルシウム拮抗薬、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)/ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)、サイアザイド系利尿薬などを推奨しています37。どの薬を選択するかは、患者さん一人ひとりの年齢、合併症、副作用の有無などを総合的に判断して、主治医が決定します。自己判断で薬の量を変更したり、中断したりすることは絶対に避けてください。

よくある質問

Q1: 血圧の薬は一度飲み始めたら、一生やめられないのですか?

必ずしもそうとは限りません。減塩や減量などの生活習慣の改善に成功し、血圧が長期間安定してコントロールできるようになった場合、主治医の判断で薬の量を減らしたり、中止したりできる可能性はあります。しかし、高血圧は基本的に完治する病気ではなく、コントロールしていく病気です。自己判断で服薬を中断すると、血圧が再び上昇し、脳卒中などの危険な状態を招くことがあります。必ず主治医の指示に従ってください12

Q2: 家庭血圧は朝と夜でどちらが高いのが普通ですか?

健康な人では、血圧は睡眠中に下がり、朝の起床とともに上昇し始め、日中の活動時間帯に高くなります。そして夜にかけて再び下がっていきます。このため、一般的には夜よりも朝の血圧の方が少し高くなる傾向があります。ただし、朝の血圧が急激に上昇する「早朝高血圧(モーニングサージ)」は、脳卒中や心筋梗塞の危険因子とされており、注意が必要です。家庭血圧を記録し続けることで、このような危険なパターンを発見する手がかりになります14

結論

60歳からの血圧管理は、健康で自立した長寿を享受するための最も重要な投資の一つです。本記事で解説したように、日本の公式ガイドライン(JSH2019)は、科学的根拠と日本人高齢者の安全性に最大限配慮した、信頼できる指針です。75歳未満では130/80mmHg未満、75歳以上では140/90mmHg未満という目標値を基本とし、合併症の有無によって個別に対応することが推奨されています。

何よりも大切なのは、ご自身の血圧の状態を「家庭血圧」で正確に把握し、減塩を中心とした生活習慣の改善を粘り強く続けることです。そして、その記録を持って主治医と密に連携し、あなたにとって最適な治療方針を一緒に見つけていくこと。この記事が、そのための確かで心強い道しるべとなることを願っています。

免責事項本記事は情報提供を目的としたものであり、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. World Health Organization. Global report on hypertension: the race against a silent killer. Geneva: World Health Organization; 2023. Available from: https://www.who.int/publications/i/item/9789240081065
  2. 厚生労働省. 令和5年(2023)「国民健康・栄養調査」の結果. 2024. Available from: https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2024/010819.php
  3. 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会. 高血圧治療ガイドライン2019. 東京: ライフサイエンス出版; 2019. Available from: https://www.jpnsh.jp/data/jsh2019_gen.pdf
  4. 日本高血圧学会. 一般向け「高血圧治療ガイドライン2019」解説冊子. 2019. Available from: https://www.jpnsh.jp/data/jsh2019_gen.pdf
  5. Whelton PK, Carey RM, Aronow WS, et al. 2017 ACC/AHA/AAPA/ABC/ACPM/AGS/APhA/ASH/ASPC/NMA/PCNA Guideline for the Prevention, Detection, Evaluation, and Management of High Blood Pressure in Adults. J Am Coll Cardiol. 2018 May 15;71(19):e127-e248. doi: 10.1016/j.jacc.2017.11.006.
  6. SPRINT Research Group, Wright JT Jr, Williamson JD, et al. A Randomized Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control. N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2103-16. doi: 10.1056/NEJMoa1511939.
  7. Oliveros E, Patel H, Kyung E, et al. Hypertension in older adults: Assessment, management, and challenges. Clin Cardiol. 2020 Feb;43(2):99-107. doi: 10.1002/clc.23303.
  8. HYVET Study Group, Beckett NS, Peters R, et al. Treatment of hypertension in patients 80 years of age or older. N Engl J Med. 2008 May 1;358(18):1887-98. doi: 10.1056/NEJMoa0801369.
  9. Mancia G, Kreutz R, Brunström M, et al. 2023 ESH Guidelines for the management of arterial hypertension. J Hypertens. 2023 Dec 1;41(12):1874-2071. doi: 10.1097/HJH.0000000000003480.
  10. 梅村 敏. 高血圧治療ガイドライン2019改訂のポイント. The Japan Medical Journal. 2019;No.4965:30-34. Available from: https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=12176
  11. 日本心臓財団. 第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに. 2020. Available from: https://www.jhf.or.jp/action/mediaWS/20/03.html
  12. 国立循環器病研究センター. 高血圧. Available from: https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/disease/hypertension-2/
  13. 日本生活習慣病予防協会. 食塩摂取量の平均値は 9.8g、野菜摂取量は 273.6g 令和5年(2023)「国民健康・栄養調査」の結果より. 2024. Available from: https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2024/010765.php
  14. 日本循環器病予防学会. 血圧の自己管理 (改訂版). Available from: https://jcvrf.jp/general/pdf_arekore/arekore_043.pdf
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ