9歳の発達と「9歳の壁」のすべて:小児科医が解説する親ができること
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9歳の発達と「9歳の壁」のすべて:小児科医が解説する親ができること

9歳という年齢は、子どもの成長過程において極めて重要な転換期です。それまでのかわいらしい幼児期の特徴を残しながらも、心と体、そして知性が劇的な変化を遂げ、大人への第一歩を踏み出す時期と言えます。しかし、この急激な変化は、多くの子どもたちと保護者にとって「9歳の壁」または「小4の壁」として知られる特有の困難をもたらすことがあります。本稿では、最新の医学的・心理学的知見に基づき、9歳児の包括的な発達段階を詳細に分析します。身体的成長、認知的飛躍、そして社会性・情緒の再構築という3つの側面から、この時期の子どもたちに何が起きているのかを解き明かします。さらに、多くの保護者が直面する「9歳の壁」の正体を科学的に解明し、学習のつまずき、自信の喪失、友人関係の悩みといった具体的な課題に対する実践的な対処法を提案します。本稿が、この複雑で素晴らしい成長期にあるお子様を理解し、その可能性を最大限に引き出すための一助となることを目指します。

この記事の科学的根拠

本記事は、引用元として明記された最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、実際に参照された情報源と、それらが提示する医学的指導との関連性を示したものです。

  • 文部科学省: 本記事における子どもの発達段階ごとの特徴、特に9歳前後での認知能力の変化や学習課題に関する記述は、文部科学省が公開する資料に基づいています1112
  • 日本小児科学会: 子どものメディア接触時間に関する推奨10や、食品による窒息事故の予防策6など、子どもの安全と健康に関する指針は、日本小児科学会の提言を典拠としています。
  • 厚生労働省: 子どもの適切な睡眠時間に関するデータ9や、歯の発達に関する目安4は、厚生労働省の調査および資料を参考にしています。
  • 国立成育医療研究センター(NCCHD): 発達障害の特性を持つ子どもが直面する課題や、専門的な相談先の情報25は、同センターの公開情報を基にしています。

要点まとめ

  • 9歳は身体・認知・社会性の全てが劇的に変化する重要な転換期であり、抽象的思考が芽生え始めます。
  • 「9歳の壁」とは、この認知能力の飛躍と、学校の学習や友人関係の高度化との間に生じる「発達のズレ」が原因で起こる学習上・心理上のつまずきです。
  • 親の役割は、結果でなく努力の過程を具体的に褒め、子どもの自己肯定感を育むこと、そして困難に直面した際の「安全基地」であり続けることです。
  • 学習のつまずきには、分数をケーキで説明するなど抽象的な概念を「見える化」する工夫が有効です。著しい困難が続く場合は、専門家への相談が不可欠です。

9歳児の心と体の発達段階チェックリスト

9歳の子どもは、身体的、認知的、社会・情緒的に大きな飛躍を遂げます。これらの発達は互いに密接に関連しており、一つの領域の成長が他の領域を促進します。保護者がこれらの変化を理解することは、子どもを適切にサポートするための第一歩です。

身体的発達

9歳になると、子どもの身体能力は目覚ましく向上します。体力、瞬発力、バランス感覚が急速に伸び、より複雑でダイナミックな運動が可能になります1。例えば、自転車で長距離を移動したり、特定のスポーツで大人顔負けの技術を見せたりする子どもも現れます。この身体能力の向上は、子どもに行動範囲の拡大と新たな挑戦への自信を与えます。
同時に、手指の器用さ、すなわち微細運動能力も洗練されます。ハサミやカッターを使って細かい形を切り抜いたり、小さな紐を結んだりといった、より技巧的な作業が上手になります1。この微細運動の発達は、子どもの集中力を持続させる傾向があり、学業成績の基盤となる認知能力の発達にも良い影響を与えると考えられています。実際に、手先の器用な活動に集中できる子どもは、学習面でも粘り強さを発揮することが観察されています1
この時期の身体的成長は、単に体が大きくなるだけではありません。スポーツなどの集団活動への参加は、協調性や競争心といった社会性を育む機会を提供します3。つまり、身体の発達が社会性の発達を促し、逆に社会的な経験が身体活動への意欲を高めるという、相互に補強しあう関係が見られます。
健康面では、いくつかの重要な点に注意が必要です。まず、歯の発達です。9歳から11歳頃にかけて、永久歯である犬歯や小臼歯が生え始め、歯並びが大きく変わる時期です4。適切な口腔ケアが将来の健康に繋がります。また、食事面では、前歯が抜けている時期には食べ物を小さくして奥歯でしっかり噛むよう促したり、早食いや「ながら食べ」による窒息の危険性について教えたりすることが重要です5。日本小児科学会も、子どもの発達段階に合わせた食品の選択と食事中の安全について注意を促しています6
さらに、思春期早発症の兆候にも注意が必要です。特に女子で8歳未満に胸が発達し始めたり、男子で9歳未満に体つきの変化が見られたりする場合は、専門医への相談が推奨されます。早期の性ホルモンの影響は、最終的な身長の伸びを妨げる可能性があります7

表1:9歳児の身体的健康に関する指標
項目 男子 女子 出典・推奨
平均身長 134.1 cm 134.4 cm 文部科学省 令和5年度学校保健統計調査8
平均体重 31.4 kg 31.0 kg 文部科学省 令和5年度学校保健統計調査8
推奨睡眠時間 9~12時間/日 9~12時間/日 厚生労働省、米国睡眠医学会9
メディア接触時間 1日合計2時間まで(ゲームは30分まで) 1日合計2時間まで(ゲームは30分まで) 日本小児科学会10

認知的発達

9歳における最も劇的な変化は、認知能力の質的な飛躍です。文部科学省の資料が示すように、この時期の子どもは「幼児期を離れ、物事をある程度対象化して認識することができるように」なります11。これは、心理学者ジャン・ピアジェが提唱した発達段階における「具体的操作期」への移行と一致します13
この変化の核心は「脱中心化」です。つまり、子どもは自分中心の視点から抜け出し、他者の視点からも物事を客観的に捉えることができるようになります13。例えば、コップの形が変わっても水の量は同じであるという「保存の概念」を論理的に理解できるようになります3
この認知的な飛躍は、日常生活の様々な場面で観察できます。一つ興味深い例が、子どもの描く絵の変化です。多くの子どもがこの時期に、絵の中に「基底線」を描き始めます14。これは地面や水平線を示す一本の線で、空はその上に、家や木はその上に立つ、という空間の規則を適用していることを意味します。この一見単純な線は、子どもの頭の中で世界が論理的に構造化され始めたことを示す、非常に重要な視覚的証拠です。それまでは好きな場所に好きな大きさで描いていた対象物が、ある抽象的な規則(空間関係)に基づいて配置されるようになるのです。これは、子どもが具体的な見た目だけでなく、物事の背後にある関係性や規則を理解し始めたことを示しており、学業で求められる抽象的思考能力の萌芽と言えます14
さらに、論理的思考力は「メタ認知(自己の認知活動に対する認知)」の発達にも繋がります3。例えば、「Aさんが『○○と思っている』とBさんが思っている」といった入れ子構造の推測ができるようになるのはこの頃です3。また、道徳的な判断においても、行動の結果だけでなく「動機」を考慮し始めるようになります15

社会性・情緒的発達

認知能力の飛躍は、子どもの社会性と情緒の世界を根底から再構築します。自分と他者を客観的に見られるようになることで、人間関係はより深く、しかし同時に複雑になります。
この時期の最大の特徴は、「ギャングエイジ」と呼ばれる、同性・同年代の仲間と固い集団を作ろうとする傾向です1。この仲間集団は、子どもにとって親や教師から自立し、自分たちの規則や価値観を試すための重要な「社会実験」の場となります。仲間との間に「秘密の世界」を共有し、友情が非常に重要な価値を持つようになります15
一方で、自己意識(自我意識)の発達は、新たな葛藤を生み出します1。子どもは自分の価値基準で行動しようとし始め、親の言うことに対して言い訳をしたり、口答えをしたりすることが増えます。時には挑戦的な言葉を使い、これまで素直だった我が子の変貌に保護者が衝撃を受けることもあります1
しかし、これらの行動は道徳的な退行ではなく、認知的な成長の必然的な産物です。口答えをするためには、まず「自分の考え」と「親の考え」が別物であると認識する必要があります。これは、自己意識が芽生えた証拠に他なりません。つまり、反抗的な態度は、新しく生まれた「自己」を主張し、その境界線を確かめるための不器用な試みなのです。この視点を持つことで、保護者の対応は「罰する」から「対話し、導く」へと変わることができます。
感情面でも、子どもは他者の心を推測し、相手の気持ちがあることを理解し始めます2。これにより共感性が育まれる一方で、他者の視線や評価に一層敏感になり、自分と他者を比較して劣等感を抱きやすくなるという側面も持ち合わせます2

「9歳の壁」とは?その原因と乗り越え方

「9歳の壁(9歳のカベ)」は、多くの子どもが小学校中学年(3~4年生)で経験する学習面・心理面でのつまずきを指す言葉です。これは単なる俗語ではなく、文部科学省の資料でも言及されている、子どもの発達における重要な現象です11

「9歳の壁」の正体:なぜ多くの子どもが直面するのか

「9歳の壁」の正体は、文字通りの「壁」という障害物ではありません。むしろ、それは子どもの「発達の速度」と「環境からの要求」との間に生じる「乖離(かいり)=ギャップ」と理解するのがより正確です。
具体的には、2つの大きな変化が同時に起こることで、このギャップが生まれます。

  • 内的な変化(認知の飛躍): 前述の通り、子どもの思考は具体的なものから抽象的なものへと質的に変化し始めます。しかし、この能力はまだ発達途上にあり、不安定です11
  • 外的な変化(要求の高度化): それに合わせて、学校の学習内容も急に抽象的・論理的になります。友人関係もより複雑な感情や規則の理解を求めます16

つまり、「9歳の壁」とは、子どもがまだ十分に使いこなせていない新しい認知能力(抽象的思考)を使って、高度化された学業や複雑な人間関係という課題に直面しなければならない状況そのものを指します。この「ギャップ」を乗り越えるためには、子どもを無理に「壁に押しつける」のではなく、具体的な世界と抽象的な世界を繋ぐ「橋を架けてあげる」という視点での支援が不可欠です。

学習面でのつまずき:算数・国語の壁

学習面での困難は、「9歳の壁」の最も顕著な表れです。

  • 算数: 小学校低学年までの具体的な計算とは異なり、分数や小数、図形といった目に見えにくい概念が登場します16。算数は知識が積み重なっていく「積み上げ式」の教科であるため、一度つまずくと、その後の学習全体に影響が及びやすくなります16
  • 国語: 説明文の主題が身近なものから離れ、文章が長くなり、語彙も「葛藤」や「比較」といった抽象的なものが増えます18。文章を正確に読み解く読解力は、算数の文章問題を含め、すべての教科の基礎となるため、ここでのつまずきは深刻な影響を及ぼす可能性があります16

心の葛藤:劣等感と自己肯定感の低下

自分を客観的に見つめる能力は、成長の証であると同時に、諸刃の剣でもあります。子どもは他者と自分を比較し始め、「あの子はできるのに、自分はできない」といった劣等感を抱きやすくなります11。学習でのつまずきが、この劣等感をさらに増幅させ、自己肯定感の低下に繋がります21
この内面的な葛藤が、親への反抗的な態度、いわゆる「中間反抗期」として表出することもあります23。子どもは自分の未熟さや不安をうまく言葉にできず、いらだちや反発という形で表現してしまうのです。

特別な配慮が必要な子どもたちと「9歳の壁」

発達障害(神経発達症)の特性を持つ子どもたちにとって、「9歳の壁」の課題はさらに深刻化することがあります20

  • 注意欠如・多動症(ADHD): 授業が長くなり、内容が複雑化することで、集中力を維持することが一層困難になります。
  • 限局性学習症(学習障害、LD): 特にディスレクシア(発達性読み書き障害)24の特性がある場合、文章が長く複雑になるにつれて、読み書きの困難がより顕著になります20

これらの課題は、本人の努力不足や怠慢が原因ではありません。もし保護者が子どもの学習や行動に著しい困難を感じ、発達障害の可能性を考える場合は、一人で悩まず専門機関に相談することが極めて重要です。国立成育医療研究センター(NCCHD)のような専門機関には、「こころの診療科」25や学習障害を専門に診る外来が設置されており、正確な診断と個々の特性に合わせた支援策について相談することができます26。専門家への相談は、子どもの困難の根本原因を理解し、適切な支援への道を開くための重要な一歩です。

親としてできること:子どもの自己肯定感を育む具体的な支援

「9歳の壁」という発達の転換期を乗り越える鍵は、子どもの自己肯定感をいかに支え、育むかにかかっています。保護者の役割は、問題を解決してあげることではなく、子どもが自らの力で課題に立ち向かうための「安全基地」となり、具体的な技術を教えることです。

学習支援のコツ:「わからない」を「わかった!」に変える

学習のつまずきは、自己肯定感を直接的に損ないます。子どもの「わからない」に寄り添い、具体的な手助けをすることが重要です。

  • 抽象的な概念を「見える化」する: 9歳の子どもは、まだ抽象的な思考に慣れていません。分数や小数の概念を教える際には、ピザやケーキを切り分ける、おはじきを使うなど、具体的なモノを使って視覚的に説明することが非常に有効です13。理科の実験なども、動画サイトの映像を見せることで理解が深まります19
  • つまずきの根本までさかのぼる: 特に算数のような積み上げ式の教科では、どこからわからなくなったのかを特定することが不可欠です。焦らずに、子どもが理解できている単元まで戻り、基礎から丁寧に復習する時間を取りましょう16
  • 読解力を鍛える習慣をつくる: すべての学習の土台となる読解力は、日々の習慣の中で育まれます。子どもが興味を持つ本を一緒に読み、内容について話し合う時間を持つことが効果的です。わからない言葉があれば、辞書で調べる習慣をつけさせましょう16

効果的な褒め方とNG言動:子どもの心を育てる言葉の選び方

この時期の子どもは、言葉の裏を読み取る力も発達してきます。そのため、口先だけの褒め言葉は通用しません。具体的で、心のこもった言葉がけが、子どもの自信を育みます。

  • 結果ではなく「過程」と「努力」を褒める: テストで良い点を取った時、「100点ですごいね」と結果だけを褒めるのではなく、「毎日こつこつ勉強していたもんね。その努力が素晴らしいよ」と、そこに至るまでの過程を具体的に認めましょう18。失敗した時でも、「粘り強く挑戦した集中力がすごい!」と努力そのものを評価することで、子どもは失敗を恐れずに再挑戦する意欲を持つことができます21
  • 子どもの「できたこと」に光を当てる: 劣等感を抱きやすいこの時期には、保護者が意識的に子どもの長所や「できたこと」を見つけ、言葉にして伝えることが大切です。「お手伝いしてくれてありがとう、助かったよ」といった感謝の言葉は、子どもに「自分は家族の役に立つ存在だ」という有用感を与え、自己肯定感を高めます2732

一方で、子どもの心を傷つけ、自信を奪う「NG言動」を避けることも同様に重要です。

表2:9歳児との対話:推奨される関わり方(DOs)と避けるべき言動(DON’Ts)
推奨される関わり方(DOs) 避けるべきNG言動(DON’Ts)
子どもの気持ちに共感する:「そう感じたんだね」「悔しかったんだね」と、まず感情を受け止める19 「どうしてわからないの?」:子どもの能力を否定し、問い詰める言葉29
努力や過程を具体的に褒める:「諦めずに考え抜いたのがすごいね」と行動を評価する21 「〇〇ちゃんはできるのに…」:他者との比較は劣等感を植え付ける最も典型的な言葉。
理由を説明して規則を教える:「なぜなら~だから、こうしよう」と論理的に伝える23 「早くしなさい!」:子どものペースを無視し、焦らせる言葉30
一緒に解決策を考える姿勢を見せる:「どうしたらできるようになるか、一緒に考えてみようか」と寄り添う19 「あなたなんかいらない」:存在そのものを否定する、最も言ってはならない言葉31
失敗を前向きに捉え直す:「惜しかったね!もう少しだったね!」と次への挑戦を促す28 「ママ(パパ)も苦手だったから」:諦めを正当化し、努力する意欲を削ぐ可能性がある29

子どもとの意思疎通術:信頼関係を深める対話

親子の意思疎通の質が、子どもが困難な時期を乗り越えるための基盤となります。

  • 相談相手から「安全基地」へ: この時期、子どもの相談相手は親から友達へと移行し始めます16。親がすべきことは、無理に秘密を聞き出そうとすることではなく、子どもが本当に困った時にはいつでも安心して戻ってこられる「安全基地」であり続けることです。
  • 「中間反抗期」への理解: 子どもの口答えや反抗的な態度は、自立への第一歩です。頭ごなしに叱るのではなく、「あなたの意見はそうなんだね。でも、お母さん(お父さん)はこう思うよ」と、一つの独立した人格として尊重し、対話する姿勢が求められます23
  • 日常の小さな感動を共有する: 特別な催しでなくても、一緒に映画を観て感想を言い合ったり、きれいな景色を見たり、家事を手伝ってもらったりする中で、感動や喜びを共有する体験は、親子の絆を深め、子どもの心を豊かにします23

注意すべき兆候と専門家への相談

ほとんどの子どもは、保護者の温かい支援と適切な関わりによって「9歳の壁」を乗り越えていきます。しかし、一部の事例では専門的な支援が必要となる場合があります。学習の遅れが著しい、友人関係のトラブルが深刻化している、極端に自信を失い元気がない状態が続く、あるいは発達障害の可能性が考えられる場合などは、ためらわずに専門家に相談してください。
かかりつけの小児科医は、最初の相談相手として最適です。また、地域の教育相談センターや、前述した国立成育医療研究センター(NCCHD)のような専門医療機関も、より詳細な評価や支援を提供しています25。早期に専門家の助言を求めることは、子どもの問題を深刻化させず、その子に合った成長の道筋を見つけるための、賢明で愛情ある選択です。

よくある質問

「9歳の壁」は、すべての子どもに起こるのですか?
はい、多くの子どもが経験する一般的な発達段階の一部とされています11。しかし、その現れ方や困難の程度には個人差が大きいです。思考が具体的なものから抽象的なものへと移行するこの時期特有の「発達のズレ」が根本にあるため、程度の差こそあれ、ほとんどの子どもが何らかの変化や戸惑いを経験します。重要なのは、それを「問題」ではなく「成長の過程」と捉えることです。
子どもの反抗的な態度に、どう対応すればいいですか?
子どもの反抗的な態度は「中間反抗期」と呼ばれ、自我が発達し、自立しようとしている証拠です23。頭ごなしに叱りつけるのではなく、まずは「自分の考えを持ち始めたんだな」と成長として受け止めることが大切です。その上で、「あなたの意見は分かったよ。でも、お父さん(お母さん)はこう思う」というように、一人の人間として対等な立場で対話する姿勢を見せることが、信頼関係を維持しながら子どもの自立を促す鍵となります。
勉強のつまずきに対して、すぐに塾に行かせるべきでしょうか?
すぐに塾を検討する前に、ご家庭でできる支援を試みることが推奨されます。特にこの時期のつまずきは、学習内容が抽象的になることが原因である場合が多いです16。記事で紹介したように、分数をケーキで説明したり、図形を一緒に作ってみたりと、具体的なものを使って「見える化」してあげることが非常に効果的です13。どの段階で分からなくなったのかを一緒に見つけ、焦らずにそこから復習することが、根本的な解決に繋がります。
他の子と比較してしまうのですが、やめたほうがいいですか?
はい、避けるべきです。子ども自身が他者との比較で劣等感を抱きやすい時期だからこそ、保護者からの比較の言葉は子どもの自己肯定感を著しく損ないます22。比べるべきは「他の誰か」ではなく、「過去のその子自身」です。「昨日より漢字を一つ多く覚えられたね」「前はできなかった逆上がりに挑戦してえらいね」のように、その子自身の成長や努力に焦点を当てて褒めることが、自信を育む上で極めて重要です21

結論

9歳という年齢は、子どもが「子ども」の世界から「大人」の世界へと足を踏み出す、ダイナミックで重要な移行期です。この時期に現れる「9歳の壁」は、困難や課題の象徴であると同時に、子どもが新たな思考能力と社会性を獲得し、より強く、より賢く成長するための絶好の機会でもあります。
保護者の役割は、この変化の激しい時期に、子どもの傍らで揺るぎない「安全基地」となることです。子どもの小さな成長を見逃さず、結果ではなく努力を認め、具体的な言葉で褒めること。子どもの反抗的な態度の裏にある自立への渇望を理解し、一人の人間として対話すること。そして、学習のつまずきに対しては、抽象的な概念を具体的なイメージに翻訳する「橋渡し役」に徹すること。これらの関わりが、子どもの自己肯定感を育み、困難を乗り越える力を与えます。
以下の表は、本稿で解説した9歳児の発達の特徴と、それに応じた保護者の支援方法をまとめたものです。日々の関わりの参考にしてください。

表3:9歳児の発達段階と保護者の支援対応表
領域 9歳児の典型的な発達と課題 保護者の支援の要点
身体・健康 ・体力、運動能力が向上し、行動範囲が広がる。
・微細運動が巧みになる。
・永久歯への生え変わりが進む。
・安全に配慮しながら、多様な運動や手先を使う活動を奨励する。
・正しい歯磨きとバランスの取れた食生活を支援する。
・十分な睡眠時間(9~12時間)を確保する。
認知・学習 ・思考が具体的から抽象的へ移行する。
・学習内容が高度化し、つまずきやすい(9歳の壁)。
・論理的思考や客観的視点が育つ。
・分数や小数などの抽象概念を、図や具体物で「見える化」して教える。
・つまずきの原因まで遡って復習に付き合う。
・読書習慣を奨励し、語彙力と読解力の基礎を固める。
社会・情緒 ・仲間意識(ギャングエイジ)が強まり、友人関係が中心になる。
・自己意識が芽生え、口答えや反抗的な態度が見られる(中間反抗期)。
・他者と比較し、劣等感を抱きやすくなる。
・子どもの友人関係に関心を持つが、干渉しすぎない。
・子どもの意見を尊重し、対等な立場で対話する。
・結果ではなく努力の過程を具体的に褒め、自己肯定感を育む。

9歳の子育ては、時に忍耐と理解を要する挑戦です。しかし、この時期の子どもの目覚ましい成長に立ち会い、その旅路を伴走できることは、保護者にとってもかけがえのない喜びとなるでしょう。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  28. こどもまなび☆ラボ. 「10歳の壁」「9歳の壁」「小4の壁」とは? 子どもの発達段階を意識した4つの対処法. [インターネット]. [引用日: 2025年6月23日]. Available from: https://kodomo-manabi-labo.net/10years-old-wall
  29. こどもまなび☆ラボ. 「ママも苦手だったの」はNG!? 子どもを算数嫌いにする “禁句” とは. [インターネット]. [引用日: 2025年6月23日]. Available from: https://kodomo-manabi-labo.net/math-hate
  30. コクリコ. 「マイクラ」で子どもが次世代を生きるための必須能力が身につく. [インターネット]. [引用日: 2025年6月23日]. Available from: https://cocreco.kodansha.co.jp/cocreco/general/education/AGp97
  31. HugKum(はぐくむ). 子どもの育て方|年齢別の成長と親のお悩み別 子どもへの対応と伸ばし方. [インターネット]. [引用日: 2025年6月23日]. Available from: https://hugkum.sho.jp/322264
  32. たまひよ. 子どもをお手伝い好きにするには、親のかかわり方が9割!. [インターネット]. [引用日: 2025年6月23日]. Available from: https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=34108
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